元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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 「怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ。
  汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである。」

 (フリードリヒ・ニーチェ)


 久々に再開するオウム裁判のバカ騒ぎ。マスコミと視聴者は、いつまでもオウムを悪の象徴としてスケープゴートにし続けたいらしい。確かにオウムは数々の凶悪事件を引き起こした。これは元幹部としても弁解のしようがない。しかしこのバカ騒ぎは、一つの色合いを浮き彫りにしつつあると考える。世間がオウムに悪を投影しているということである。

 オウムが凶悪事件を起こした大きな要因。これは自ら正義を追求しつつ、悪を社会に投影したことである。オウム報道は、被告となった元信者らをワイドショー的にいじくり回すのがほとんどである。一応「真相解明」という手前、それなりの大義を持たせるべく、ちょこっと以下のようなコメントを付け加える。

「なぜオウムが社会に登場したのか」
「なぜオウムは事件を起こしたのか」
「なぜ今に至って入信する若者がいるのか」

 これらを社会の問題としても考え続けなければならない、とするが、一向にその答えらしきものは報道されない。どころか報道とそれを追う国民そのものが、オウムと同じ轍を踏みつつある。犯罪史に残る凶悪事件を起こした麻原とオウムを憎悪すべき対象として見入りつつ、鏡写しのようにその憎悪すべき様相を備えつつある。残念ながら、小生にはそのように思えて仕方がない。

 再開するオウム裁判は、今回は平田信、それから菊地直子と続く。まだ狂信・盲信の中にある高橋克也も含めて、彼らは関連する事件においても脇役に過ぎない。既にオウムの洗脳は解けたと思われる平田と菊地について、報道されてきた凶悪なイメージとのギャップを感じないのだろうか?「走る爆弾娘」などと称された菊池直子は、どこにでもいそうな結婚を夢見た女性である。平田信の逃亡生活も、同居女性とペットを飼って引きこもっていただけである。どこにも逃走犯を支援するオウムの秘密部隊など存在しなかった。

 なぜこの「元オウムで事件に関わった」以外、どこにでもいそうな人間の裁判にここまでの注目が為されるのか?それはとりもなおさず、「オウム」という記号化された悪の称号を担わされたからであろう。しかしそれでも平田は仮谷拉致事件の脇役、菊地直子に至ってはサリン事件もVX事件も起訴にならず、かろうじて都庁小包爆弾事件の材料運搬に絡んで殺人未遂罪と爆発物取締罰則違反の幇助罪で起訴されただけ。「オウム事件の真相解明」ともっともらしい大義名分をつけてはいるが、どの事件も中心的役割の幹部は全員逮捕され、ほとんどの事件はあらかた事実関係は判明済み。彼らが主導的役割どころか、使いっ走りで事件に関わらされてしまったに過ぎないことも、大体のマスコミは分かっている。

 わざわざこれほどまでに大騒ぎをする理由が他にあるだろうか?中川・井上・林(小池)死刑囚が証人尋問されるというのも一つかも知れない。それに対しても特殊な護送車を用意し、裁判所に防弾ガラス設置を検討したというものものしさ。麻原が気が触れた状態にある以上、オウム信者・アレフが彼らを奪還することも、彼らに危害を加える危険性も、そのような実力も何も無い。それはオウム担当の公安庁・公安警察もよく分かっているはずである。残る危険性を考えるなら、「死刑囚が一般人から危害を加えられて殺されないように護衛する」という馬鹿馬鹿しい構図になる。

 これは単に、平穏な社会秩序を脅かす悪として、善悪二元論的にオウムを記号化しているに過ぎない。おどろおどろしい凶悪なイメージを作り出し、怖いもの見たさの視聴者にうけるワイドショー仕立ての報道。これも自己の中に存在する敵愾心(てきがいしん)を、平田・菊地に投影したに過ぎない。

 ほとんどが死刑囚になった幹部連中は、殺された村井含めて例外なく単に麻原の指示に従っただけだ。事件の真相を本当に知りたいのなら、首謀者である麻原に聞くしかない。そうしたいのなら父親の再審を訴える三女アーチャリーの願いを叶えてやれば良かろう。一連の凶悪事件を何故起こしたのか?無慈悲で凶悪なテロを起こした真相は、麻原の頭の中にしかない。しかし「真相解明」と言いつつ、「早く麻原を死刑にしろ」という。

 小生には麻原の考えていたことは、おおよその見当が付いている。世の中にある醜悪で凶悪なものを、麻原自身とオウムに投影させようとしたのであろう。であるとするならば、正にこの平田公判を巡る治安当局・マスコミのバカ騒ぎは、麻原の術中に見事に嵌(はま)っている。そう言わざるを得ない。一人で興した教団を10年程の間に毒ガステロ事件を起こすまでにした麻原は、怪物とも言える存在であった。とはいえたった一人の怪物と彼に心酔した実行犯は、トータルで数十名程度だ。たったそれだけの敵を倒す過程で、日本社会が怪物の様相を帯びつつある。だがこう言ってしまうとオウム事件を過大視しすぎて誤解を生む。

 要するに、オウムは社会の縮図そのものであった。オウムが外側に敵を作り上げ事件を起こしたことは、現代社会の行く末を暗示している気がしてならない。これが拙ブログの主張である。これまで主張してきた通り、社会もオウムも男性原理に支配されており、一神教的であるわけだが、直線的歴史観の一神教は最終的に自滅するということである。

 この記事は一見さん向けに書いた内容なので、一神教というと分かりづらいだろう。一神教とは唯一絶対の神を善・正義として崇めたたえる宗教である。現代社会の何が一神教の神として崇拝対象なのか?平たく言えばお金が現代の神である。現代人は、グローバル資本主義において、画一化された価値基準に従うよう仕向けられている。均質化され社畜として飼い慣らされているという点において、オウム信者とそっくりである。

 オウムにおいては、麻原と麻原の説く真理に疑問を持たず唯々諾々と従うことが信者の模範とされた。そのような麻原の奴隷になることが「帰依の実践」として重要視された。「帰依の実践」として奴隷のように正義・真理を追究しながら、内側の悪を社会に投影したのである。グローバル資本主義の現代においては、効率よくお金を稼ぐために、雇用主もしくはお客の為に奴隷になる。社畜として金儲けの実践に励みながら、同様に悪を外側に投影することになる。

 「投影」という内容も、一見さんにはやや分かりづらいので解説する。小生はホームレス支援をやっているので、生活保護の例を挙げてみる。

 拝金主義奴隷でこき使われればこき使われる程、「普通に仕事をしてお客様に奉仕して普通に金を稼ぐ」「これが普通」という強迫観念に縛られれば縛られる程、ストレスは増大する。その拝金主義奴隷から逃れたい・金儲けを否定したい気持ち・社会制度そのものを覆してしまいたい気持ちが抑圧された不満として蓄積される。蓄積された不満は、「普通」状態から逸脱した生活保護受給者に向けられたりする。

「なんで俺達は金を稼ぐために必死に働いているのに、働かないでタダで金をもらえるヤツらがいるんだ!」

 このように抑圧された想いを生活保護受給者にぶつけるのである。

「俺だって金のために奴隷みたいにこき使われる(派遣)労働なんてやりたくないのに、お前達はずるいじゃないか?」

 自分自身のある程度物質的に豊かな生活を捨てることは出来ないので、今の奴隷状態をなげうつことができない。それ故、自身の否定的感情を他人に投影した上で攻撃するのである。

 オウム信者の場合、様々な現世的欲望を断つことが帰依の実践であった。例えば性欲だが、出家したからと言って性欲がなくなるわけではない。何年修行したからといって性欲がなくなるわけではない(極論認識が生じる以上なくなりはしない)。理想とされる性欲が滅した状態にはなかなか到達できないが、これだと修行をやっている意味が分からなくなり、自分が団体に所属する意味が危うくなる。そこで団体内外で相対的により性欲を有する対象に自己の性欲を投影し、攻撃する。極めて単純にしてしまえば、これがオウムが社会を悪とみなして戦いを挑んだ原理である。

 画一化された価値基準による理想・正義を追求しながら、自身に内在する理想にそぐわない悪の要素を他者(社会)に投影し、その悪を滅ぼそうとしたのがオウムである。麻原への模範的な忠誠心・帰依を貫かねばならないという強迫観念が強まるほど、精神的ストレスも高まる。その結果、抑圧された価値基準の否定・その否定的想念が投影された社会への攻撃性も強まる。

 同様にグローバル資本主義経済下の価値基準による理想・善を追求しながら、自身に内在する理想にそぐわない悪の要素を他者に投影し、その悪を滅ぼそうとする。金を稼ぐため、企業や顧客のための模範的な労働力たらねばならない・仕事をしなければならないという強迫観念が強まるほど、精神的ストレス・抑圧された価値基準の否定・その否定的想念が投影された他者への攻撃性も強まる。

 拝金主義の奴隷状態に甘んじなければならないという強迫観念は、先に述べたとおり生活保護受給者への攻撃に結びつく。それ以外にオウム含めた犯罪者への攻撃にも抑圧のはけ口は向けられる。仮にそれが社会的に一定の功績をなした政治家等(猪瀬直樹氏とか)であっても、それがほんの些細な法令違反であっても、容赦なく過剰なまでの攻撃となる。

 社会の価値基準から少しでも外れたもの・異端・異質な存在によってたかって攻撃を加えるのは、子供のいじめと同じ構造である。人間関係・絆が希薄になった現代人は、どこかで人と群がるつながることを希求している。分断された個人主義の社会で、自分の居場所が見いだせない、未来に希望が見いだせない。大学卒業してもなかなか正社員になれない、正社員でもいつリストラに遭うか分からない。個々のアイデンティティーが危ういだけではなく、その集合体としても方向性が定まらない社会。そこで団体としてのまとまり・結束を保てる活動、そこに個々が身を委ねられるものは、異端排除くらいしかない。しかしこの流れを続けていくと、多数が長期的に共有できるものは最終的には排外主義・ナショナリズムというネガティブなものしか選択肢がなくなってくる。

 オウムの社会への攻撃性は、教団武装化を経て地下鉄サリン事件含む一連の凶悪事件へとつながった。拝金主義の社畜状態にある一般国民の否定的想念・破壊的衝動は国家間の戦争へと結びつくのではないか。これがオウム事件の反省・総括として小生が有する懸念である。

 しかしながら資本主義下の強迫観念とこの抑圧され蓄積する否定的想念、これは資本主義体制への潜在的破壊的衝動とも解釈しうるのであるが、この攻撃性が他者に投影されるという因果関係については、容易には理解しがたいであろう。仮にそれがぼんやりと理解できたとしても、その強迫観念から離脱する行動が取れるかどうかは、極めて困難と思われる。結局それは今のある程度物質的に豊かな生活を維持したいが故に、勤め先や商取引の人間関係を維持するしかない。それが大半の人の心情であろう。

 小生は麻原一神教の誤謬には10年以上前から気づいていた。団体を離れるまでの数年間はそれまで誤導した信者らへの責任をとるべく、正悟師という教団の指導的立場を利用してその誤謬性を説き続けた。勿論それは目の前にした信者らの精神状態に応じたモノであり、あからさまな脱会勧誘や背信的組織的運営でもなかった。当初は極めてソフトな内容であった。だが教団の画一化された価値基準(=麻原絶対主義)との違いが明確になるのに、それ程時間はかからなかった。

 麻原を相対化した小生は、「魔境」「悪魔」のレッテルを貼られ、教団内で最高ステージにあったにも関わらず、「除名」されるに至った。その過程で何十回となく信者らの前で講話をしたり、教団運営会議で中枢幹部30数名を相手に激論を交わしたことも十回近くに及んだ。この騒動で何人かの信者らは辞めていったが、ほとんどの信者らはそれまでの考え方を変えることはなかった。

 教団に集った信者らは、真理の実践者であることを自認している。「人は何のために生きるのか?」「人はどこから生まれ死んでどこに行くのか?」そのような人間の存在含めて宇宙を貫く真理を探究し、自らを解脱悟りに導かんとする為に入信した人達である。当然心理学の「投影」程度の話は、彼らの教義にも記してある。にもかかわらず大多数の信者は、それが認められない、理解出来ない、否、ある程度理解した者もいたのかも知れないが、教団を辞めるに至らなかった。結局それは、それまで自分の半生をかけた価値観を捨てられない、今の何となく安定した環境から抜け出すことをしたくない、というところであろう。

 世間から見れば、単に麻原による洗脳である。その洗脳について、宇宙の真理・人生の真実を探求しようとした人達ですら、脱却することができないのである。団体の指導的立場にあった小生が数年かけて説得してこの結果である。オウムと同じ一神教の狂信者らが作った近代合理主義、そこから派生したグローバル資本主義に、70億の人類はほぼ染まりつつあると言える。物質的な豊かさを維持するために商品サービスを提供しお金を稼ぐ。その画一的価値基準が拝金主義の洗脳であるが、余りにも当たり前すぎるこの価値観を客観視できるであろうか?

 構成員が何の疑いもなく、無思考に、むしろ良きこと・善であるとして、その価値観追求に邁進した結果、オウム事件の悲劇は起きた。そのオウムの洗脳より遥かに根深く認識しづらい洗脳が、遥かに多数の人間に何の疑いもなく、無思考に、むしろ善であるとして共有されている。その価値観に同調しなければ排除されるという強迫観念が、内在する悪を外側に投影して排斥し、攻撃を加える。それがナショナリズムとして統合され、オウムと同じく外側に戦いを挑むリスクがある。このように小生が指摘したとして、一体どれだけの人がそれを認識し、そこから抜け出すことが出来るだろうか?

「なぜオウムは重大な結果を招くことになったのか、オウムとは何だったのか、なぜオウムが登場したのか?」

 結局これは一神教的思考による暴走の結末を示唆するものだということであり、それと同等のリスクが、オウムよりも遥かに普遍的で根深く地球人類全て巻き込む形で存在している。この点を語らずして、オウム事件の反省・謝罪・総括など有り得ないと考える。

 上記は単に野田個人の私的見解に過ぎず、その懸念も杞憂に過ぎない可能性もあるが、そのリスクが招く結果の重大さを考慮して申しあげる次第。仮にその懸念が当たらなかったとしても、生活保護受給者含めた貧困層は右肩上がりに増え続けるだろう。どうであれ小生は、社会から落ちこぼれたような人達を対象に、これまで通りの支援活動を続けるだけだ。

 中国か韓国か北朝鮮か分からないが、国家が戦争を仕掛ける。小生もそのような事態には至って欲しくはない。単にこれが小生の妄想・杞憂に過ぎず、今のアベノミクスを契機に日本も世界も豊かで平和な時代が享受できますように。現状を鑑みると虚しく響くが、一応祈りを捧げておくことにしよう。

コメント


生活保護が増えたら動物化、国が衰退するでしょ
救済に弊害でしょ、大変なンデス!

たしかに

> 生活保護が増えたら動物化、国が衰退するでしょ


と言うのはもっともですが、
何だか、「畑を荒らすサルを駆除するべきか否か」に似ている気もしますね。
生活保護を無くせば、彼らの多くは犯罪や自殺や餓死に追い込まれます。
彼らは確かに「動物」(に近い意識状態)です。
でも、だからといって犯罪を犯すようにし向けさせたり、死に追いやるというのは、
どうかと思いますね。
難しい問題です。
まあ、オウム流の考えれば、
「救済のためには、それもやむなし」
と言うことになるんでしょうが。




アレフの存在そのものが
世の中を衰退させている
気がするのですが、

例えば今の日本人の多くは以下のように考えるかも知れない

韓国の存在そのものが世の中を衰退させている
中国の存在そのものが世の中を衰退させている

でも相手国から見るとこう考えているかも知れない

日本の存在そのものが世の中を衰退させている

結局それは鏡写しでお互い様だということなんですが、そこに気付けるかどうかなんです。

確かにオウムは事件の加害者です、でも現時点での危険性・今回対象となる被告・それにまつわる報道を比較して上記のように述べました。いつまで経っても「オウム悪し」とするなら、同様に前世紀大戦加害者日本はいつまで経っても「日本悪し」と言われ続けなきゃいけない。

感想

一理あると思います。ツイッターとFBに投稿しました。
また、ご意見を参考にさせて頂きます。


2年くらいまえかな?
在日特権を許さない市民の会に
入会したいと、思ったことあったが
元オウム出家信者の負い目から
断念したことがあった。
上のリンク先で、思い出したな

東京都から支払われた損害賠償金のサリン事件等共助基金への送金及び再開されるオウム真理教事件の裁判について

icon 2014年1月14日(火)
 95年の警察庁長官狙撃事件の公訴時効が成立した直後に、警視庁が「オウムのテロ」と断定した捜査結果を公表したことについて、当団体が東京都を相手に提起した損賠賠償請求訴訟の判決の一部(1,000,000円の賠償命令)が東京高裁で確定したことに伴い、2013年12月20日、東京都より、当団体代理人の口座宛に損賠賠償金に遅延損害金を加えた1,186,438円が振り込まれました。

 当団体ではこの賠償金等全額を、オウム真理教事件の被害者への配当金の上乗せを実現するために設立された「サリン事件等共助基金」の原資としていただくため、本日(1月14日)、同基金の口座宛に送金をいたしました。

>>このように小生が指摘したとして、一体どれだけの人がそれを認識し、そこから抜け出すことが出来るだろうか?

お前は永遠にノストラダムスの予言、
預言を信じていなさい。

ハッとさせられる文章でした。
読んでいくうちに中国とかが浮かんできていたので、最後まで読んでまたコメントを見て漠然とした物がスッキリしました。お金払ってでも読みたい文章だったので得した気分です。

しかし、自分の意見を述べるのはいいと思うけど匿名をいい事に心ないコメントをする人は卑怯だと思う。
野田さん、今後はIPをさらせばいいと思いますよ。
彼らは臆病なのでそういう事を一番嫌うはずです。

じゅんさん、こんにちは、米どうもです。

IPさらしは、今の所悪質な一人だけやらせて頂いております。

現代資本主義における神とは

GODにLを入れた存在

「GOLD」がその神である。

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