元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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革命か戦争一神教終焉表紙

 遠藤周作の「沈黙」が提示した一神教の問題とは何か?それは絶対的正義である神への追求・殉教と、そこまでの追求ができない弱さを持つものへの同情・哀れみ・救いの手が矛盾するということです。ロドリゴの殉教と、穴吊りにされて棄教するという信者達やキチジローの救いが矛盾するということなのです。

 更に突き詰めるならば、一神教の掲げる絶対的正義(=神)への追求と、対立概念として同時発生する悪への対処です。全く相矛盾する二つの存在にどう対応するか、です。この問題は、悪と善を相対化する以外に解決不能です。具体的な解決とは、自らの信仰を強めて正義に近づくだけではなく、悪の要素を自分の内側にも見る、ということになります。ロドリゴが、かつて軽蔑していたキチジローと自身に何ら大きな違いがないことを悟ったようにです。

 ロドリゴが自らの信仰を犠牲にして救いの手を差し伸べたのは、元信者達です。これは「敵を愛せ」というイエスキリストの掲げた課題からすれば、まだ緩いと思います。自らの生命・身体をかけて崇高な実践をなしたイエスは偉大ですが、一神教信者でこれを理解するものは少ないです。実践はおろか理解すらできないというのは、絶対的正義の追求という点において中途半端であるからとも言えるのです。

 オウム・アレフの正悟師・正大師の内、教団に復帰しながら残っているのは二宮正悟師だけです。小生と上祐・他3名は、それぞれ事情の違いはありますが、教団から離れることとなりました。個別異なるそれらの事情に共通したのは、現実問題の対処と絶対的正義の追求が相容れない葛藤状態におかれたということです。それは「沈黙」におけるロドリゴの状況にも通じる点があります。

 もう少し分かりやすく説明してみます。二宮正悟師と現役アレフ信者、更には一神教の信者一般と、アレフを離れた5人の正悟師・正大師の違いです。それは現実問題の対処について自分で今責任を負うかどうか、と表現することもできます。

 前にも拙ブログで取り上げたかも知れませんが、地下鉄サリン事件について、ある元信者が事件で捕まっている元幹部に手紙で質問したことがあります。「被害者のことについてはどう考えているのですか?」と。それに対する回答は「来世私が仏陀になって救済します」でした。

 「(苦しんでいる人は)来世高い世界に生まれ変わる」

 「神(グル)が救済してくれる」

 これらの思考は、今目の前にある現実問題の対処を、「来世」という形で先延ばし・放置し、責任を全て神(グル)に転嫁するということです。先延ばし・責任逃れ・現実逃避なのです。

 現実とは眼前の悪です。それはロドリゴの隣で「転ぶ転ぶ」と叫んだような信仰心が足りない信者であったり、信仰を妨害する反対勢力であったりします。それらの「悪」は、きよらかで崇高とも思える絶対的正義を追求すれば、同時発生的に生じて来ます。その現実から目を背けることは、理想的信仰の世界に引きこもり、自らはきよらかでありたいという自己保全・プライドです。それはほとんどの宗教で否定の対象となる個人のエゴに他なりません。

 かくいう小生も、十数年前までは、現実逃避・自己保身・プライド・無責任な幹部だったことは間違ありません。今となっては恥ずかしいですが「来世私が仏陀になって救済します」と同等の発言を晒されたこともあります。自らが教団の舵取りをする立場になければ、その考えは大きく変わることはなかったかも知れません。「敵を愛せ」ということを理解することもなかったでしょう。

 信仰というもの自体が人間の心にもたらす影響、これについて小生は理解しているつもりです。アレフ含めた一神教の信仰についても否定するつもりはありません。むしろ右にも左にも希望が見えない物質主義・拝金主義の現代においては、明快な判断とも言い難く甲乙・白黒つけづらいものではありますが、団体の存続意義を認めるものです(団体存続意義参照)

 信仰の初期段階においては、自らの思考を神(グル)に委ねることにより、エゴの働きを押さえ込んでいきます。それにより全てを神(グル)に委ねた、一見きよらかで崇高な空間が形成されます。ですが、その理想的宗教空間も、相対的に汚れた社会という空間に存在する以上、どこかできよらかでない問題を対処する必要が生じます。神(グル)が目の前に存在し、一つ一つの指示を与えてくれるのでもなければ、誰かが責任を負って判断することになります。その判断が、誰も責任を負わない自己保身丸出しの合議制とはお笑いぐさです(アレフの合同会議)。

 宗教の一つの本質は「愛」です。その「愛」の本質とは、宗教的正義・理念・理想とは相対する悪をも包含するものであると考えます。もし生きていること、現実世界が幻影であり、そこから解脱すべきものであるとするならば、敵の真っ直中に飛び込んで非難されようと、袋だたきにされようと、逮捕されようと、平気でしょう。二宮正悟師他責任を取れる立場にある幹部達は、早くそこに至るべきでしょうし、そこに至らない末端信者はそこに至るまでせいぜい頑張るべきでしょう。

(とりあえず終わり)

コメント


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半年前は元気でした

【秘密コメントへの回答は1記事当たり最高1回で終了です、理由は他の人には全然面白くないからです。】

信仰

こんにちは、丁度興味深かった内容でとても勉強になりました。良い記事をいつも有り難うございます。

以前、私はキリスト教に長く居ました。それで信仰って何だろう…と、不意に考えると、人でも何でも 自分都合な理想形をおしつけて叶うようなものが 外部に耀く訳じゃないのを痛く感じます。

宗教組織内では、皆 お互いに人格形成の途中、病人が出たり色んなことが起きたのですが、良いも悪いも無いことに本質から逸れた拘りの解釈を続け命の無駄遣いをしており、それが残念でした。
また、内容交錯しますが、自他を分断したうえに誰かを絶対的な犠牲者に仕立て留めて成り立つ救済などある訳がありません。良心は即座にそれを教えてくれているのに、ここに宗教的な執着をすると考えが対立下に留められて、そもそもは依存であるしで、成長そのものが出来なくなってしまうのですね。

自分としては、十代から宗教組織で過ごした時間はすごく勿体なかったけど、馬鹿らしい価値観が崩れ偏見の無意味さを知ったり、お金で買えない経験でした。救済は気分では無いことも知られて良かったです。

付け加えで、苦痛だったのは本心から大事なことはどうしても一人ひとり見識が異なるのに、それを組織で指導…となるとそれだけで無理を感じました。バイアスの掛かった学習塾と同じで、その場を出てからが本番だと思っています。

もし知見が浅くても 在ることへの責任から傍観者を止そうと決められたら、自らの良心が経験でもたらすことには無駄など無い筈だ…だから大丈夫。死ぬのも決まっているから最初から大丈夫(笑)、なので頑張ろう。。この頃はこんな風に信じています。
それにしても自白狂みたいに、当たり前の話しで再び長くなってしまい、御免なさい。


秀吉と徳川幕府がなぜキリシタンを弾圧したのかというとキリスト教は神の名前を唱えながら人身売買をして、貿易相手と(伴天連大名ですが)火薬などを交換しておりました。

http://www.geocities.jp/kanemasa2/data5/ten2.htm
http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/113/

ここらへんの資料はGHQの焚書になったはずですので、わたし達の持っているクリスチャンのイメージは取り締まる側から見るのとだいぶん違ったものとなっていると思います。

宗教を外から眺めるのと、内から信仰心を持って眺めるのではまったく違ったものが見えるのでしょう。
騙されもいいから、真っ直ぐにまっとうに信じるということが正しい信仰の姿であるのだとしたら(アメリカには創世記を信じている人が大勢います)科学と宗教は相容れない存在となります。

過激な環境において、信仰の先に救いを求めるのならば「来世」にしか見出せないことになるのかもしれません。

江戸時代の「島原弾圧」と現在の「チベット弾圧」を比べるというのもどうかとは思いますが、いつの時代にも神は「沈黙」でしか答えないのです。




秀吉と人身売買禁止の件は知りませんでした、どうもありがとうございます。

拙著(一神教~)にも書いたのですが、キリスト教徒が真理の流布という大義を掲げて新大陸でやったことはメチャクチャです。オウム事件が可愛くみえます。

本読んで勉強させていただいてます

カトリック・キリスト教に関して言いますと、
中世の中東における十字軍の戦争もあったですね。

「人を殺すなかれ」というユダヤ教やキリスト教共通の教えや、
「汝の敵を愛せ」というイエスの教えを信仰を実践してるなら、
そもそも十字軍や新大陸における戦争行為なども無かったような気がします。

自分の宗教を世界で強くしたいというプライドなのか、エゴなのか、
どこかで勘違いして、本来の信仰では無い事を信仰だと思ってやってしまう事に
問題があるような気がします。

解釈?定義?

人の定義が特殊だったんでしょうね
黒人は人にあらず、が正式な見解だったという説もありますし
イギリスがインド支配に向かったさいには、支配を(宗教的に?)正当化するために、えらい学者さんたちに決定的に違う人種であることを証明させようとしたとか、まあそのときは、イギリス人とインド人が、インドヨーロッパ語族とかいうとても近しい人種であることが逆に判明してしまい、反対にそれを隠匿しようとする用になったと聞きおよんでいます
ユダヤ教の場合、人とはユダヤ人のことだけなんでしょ?だからユダヤ人以外は、だまそうが殺そうが戒律違反ではないってわけで、キリスト教の場合は人は殺してはいかんが人以外の動物、たとえば魚、牛や馬などは神様が人が食べるために作ったものなんだから気にしなくていいんだそうです
同じように、キリスト教的定義で、人間から外れる、たとえば有色人種は、だまそうが、殺そうがかまわない、という場合だってあるんですな、かなしい考え方です


キリスト教は異邦人迫害するだけじゃなくてむしろ受け入れることによって、
ユダヤ人の民族的排他主義を超えて世界宗教となったという側面もあるそうです。

パウロのローマ信徒への手紙の文章だったと思いますが、パウロによりますと、

「神の子であるイエス・キリストが十字架につけられた意味は、ここにある。
これを信じ、これを受け入れるとき、人は無条件で義とされる。
神の前には、"ユダヤ人と異邦人の区別も、奴隷と主人の区別"も、男と女の区別もない」

といった事から考えるに聖書における考え方では特に異邦人、
有色人種などを迫害しても良いと考えるのは不自然な気がします。

また、聖書に登場するイエスは差別主義者ではく、復活したとき、
異邦人に対しても同じように福音を述べ伝え全ての民族を弟子に
するように、当時の弟子に命令しています。

でもその神の(イエスキリスト)の名の下に十字軍における異教徒の虐殺や、
新大陸を武力で侵攻すると言った事がなされています。

何故このような事が起こるのかはっきりわかりませんが、

こういったことは起こる原因は野田さんの本に書かれおられる陰陽の反転、影の逆襲、
とい言った事で説明できるのかもしれません。

もしくは理想と自分のエゴとのギャップの開きが大きくなりすぎて、
何故か、理由はわかりませんが、どこかの段階でエゴを信仰だと勘違いしてしまい。
おかしな方向に行ってしまったという言う事なのかもしれないです。

要約してしまえば大体そんなところです

>こういったことは起こる原因は野田さんの本に書かれおられる陰陽の反転、影の逆襲、と言った事で説明できるのかもしれません。

>どこかの段階でエゴを信仰だと勘違いしてしまい。 おかしな方向に行ってしまったという言う事なのかもしれないです。


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