仏の心

「こいつは仏の心を宿しているよ」
そういったのは、かつて小生を雇っていた不動産屋のMさんです。Mさんは、10年以上前オウムに物件を仲介してから、オウム信者と関わっています。そのほとんどの信者は、現在では脱会しているが、何人かには住居提供などもしています。Mさん曰く「60人位面倒をみてやった」。
小生の場合は、「仕事を手伝ってくれ」というところから、その不動産屋に通うようになりました。とはいえ、左団扇大家業で収入があるので、給料は無しです。自分がとってきた仕事など、出来高で報酬をもらうことになっていました。
最初の発言をしたのは、Mさんの知り合いの元ヤクザのAさん。刑務所から出所してきた直後で、Mさんに挨拶に来たといいます。何をもって「仏の心」といっているのか分からなかったので、適当に聞き流しておきました。
一週間ほどして、その元ヤクザは再び不動産屋に現れました。
「野田、こいつの住居世話してやってくれよ」
住居の世話とは、賃貸物件の仲介ではなく、生活保護のことでした。よくよく話を聞いてみると、その元ヤクザのAさんは、何度も刑務所とシャバの間を往復する生活だったとのことです。その上、身を寄せるところもないらしいのです。刑務作業で得たお金も底をつき、他人の家の軒先で夜を過ごしているらしいです。季節は丁度今と同じ10月。これは厳しいです。
「生活保護を取るなら、Mさんの住居空いてますよね。そこでとって上げましょうか?」
Mさんは、店舗の後ろに自分のアパートを持っており、そこに元信者なども暮らしていました。しかしMさんは、私のその申し出に対して、顔をしかめて拒絶の意を表しました。自称「60人のオウム信者」を助けてやったMさんです。「仏の心」を持っている人間なら、それこそ受け入れてやればいいのに、家賃も入るのになんでしかめっ面?そうは思ったが、突っ込まないことにしました。それで結局小生のグループホーム戸建ての空き部屋に住んでもらう運びに。そのグループホームは、X市にあり、高齢の元ホームレスが二人、それぞれ個室に住んでいます。
住居に入ってもらった翌日、X市役所に生活保護申請に行ってもらいました。この時小生は用事があったので、ボランティアのBさんに同行してもらいました。(都内を除いて大体そうだが)X市では申請してお金が下りるまで一ヶ月かかります。その一か月間は一時金というのを役所から借りることになります。その額は多くて3万位まで。そのもらったお金を最初に使ってしまう人も少なくありません。よって当方では、全額使ってしまわないように、一時金の半分程度預かることにしています。預かったお金は勿論最終的に全て本人に渡りますが、これについてその元ヤクザAさんにも事前に説明していました。ところが役所に行ってから、ボランティアのBさんから小生に連絡が。
「一時金を1万円もらったのですが、Aさんが『自分がもらったお金だから自分で全部持っておく』と言い出したんです。」
事前の約束を覆すことは、ホームレス支援では珍しいことではありません。そこでAさんに電話に出てもらって小生から説明をしました。
「Aさん、生活保護費が出るまで一ヶ月あって、お金を使っちゃう可能性があるからってことで事前に約束しましたよね?」
「お金は俺が借りたモノだから、俺が管理する、1ヶ月これで過ごすから大丈夫だ!」
元ヤクザとあって、かなり強い口調でAさんは答えました。1万円で1ヶ月となると、1日333円。元ホームレスといえども厳しい数字です。
「じゃあそれで1ヶ月過ごせなかったら今度はこちらでお金を管理させてもらうことになりますから、約束して下さい」
「分かった、約束する。」
一時金についてはAさんに譲歩して、生活保護決定を待つことになりました。
(つづく)
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