元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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長野県富士見町――。2010年に廃校になった旧南中学校の敷地では、ある実験設備が急ピッチで作られている。「ビームダウン式太陽熱集光装置」。東京・三鷹市の中小企業、三鷹光器がNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成を受けて進めている太陽蓄熱発電の実験プラントだ。

@2600枚の鏡で電気を作るミタカ方式

 その仕組みは至って単純だ。校庭に並べた反射鏡(ヘリオスタット)で太陽光を反射、高さ20mに設置された凹面楕円鏡を通して地上の集熱装置に太陽光を集める。その太陽熱で装置内の溶融塩を400~500度まで過熱、蒸気タービンを回していく。太陽光発電とは異なり、24時間発電が可能なのは蓄熱発電のため。今回の実験では、20mのタワーで250キロワット級の出力を確保した。

 もちろん、シンプルな構造の中には三鷹光器の技術の粋が集まっている。今回の実験で使うヘリオスタットは2600枚(直径50cm)。その表面は100万分の1の精度を誇る。凹面楕円鏡を活用して集光効率を高めているのも同社の特許。エネルギーの未来を一変させる可能性を持つミタカ方式には、欧州だけでなく、石油以外のエネルギー源を模索している中東諸国も熱い眼差しを注ぐ。


 「町工場の巨人」との異名を持つ三鷹光器。これまでにも、大手企業を向こうに回した製品開発で幾度となく世の中を唸らせてきた。1966年に天体望遠鏡メーカーとしてスタートすると、ロケットやバルーンに搭載する観測機器の製造に乗り出し、オゾンホールやブラックホールの発見に大きく貢献した。1981年には三鷹光器が作った特殊カメラがスペースシャトル・コロンビアに搭載されている。

 この手の観測装置のほかにも、脳外科手術用の顕微鏡や非接触の三次元測定器でも高い評価を得ている。

@唯一無二の製品を作り続ける町工場のなぜ

 同社の手術用顕微鏡は他社の製品に比べて小さく、顕微鏡が執刀医の頭の上から下りてくるため、手元スペースを十分に確保することができる。この技術のライセンスを受けているライカマイクロシステムズが北米で50%を超えるシェアを確保しているのも、作業性のよさを執刀医に評価されているからにほかならない。

 もう一方の三次元測定器も1ナノメートルから130ミリメートルを非接触で測れる優れもの。バルーン用観測装置の仕組みを応用した測定方法はISOに登録された。ビームダウン式太陽熱集光装置も国内外の注目を集めている。売上高28億円、社員数47人に過ぎない三鷹光器。その存在感は圧倒的だ。

 それにしても、規模や資源に劣る町工場が独創的な次々と製品を生み出しているのはなぜだろうか。その解を探るには同社の代表取締役、中村勝重の半生を紐解くことが不可欠だろう。そして、その軌跡を紐解くことで、来るべき時代に求められるものが浮き彫りになる。

中村勝重が生まれたのは太平洋戦争末期の1944年のこと。生家のある三鷹市大沢には国立天文台と民家が数軒あるだけで、のどかな田園風景が広がっていた。勝重が我が庭とした武蔵野の原風景――。その面影は木々に囲まれた天文台と野川のせせらぎに残されている。

@「最後の機械職人」、中村義一の眼力

 子供の頃の勝重は絵が上手な子供だった。しかも、ものを見る視点がほかの子供とは違っていた。

 「魚釣りのある風景」を描いた時のこと。ほかの子供が釣り人の姿を描いたのに対して、勝重は釣り人を水の中の視点で捉えた。床屋の絵を描いた際も、鏡に映る自分ではなく、髪を切られている自分を上から描写した。中学時代には都のコンクールで特選を受賞、美術教員を対象とした展覧会に内緒で絵を出展し、高い評価を受けたこともある。

 これだけの画才である。当然、周囲は美大への進学を勧めた。だが、勝重は工業高校に進むことを決意する。その背景には、一回り歳が離れた兄の助言があった。

 三鷹光器を設立した中村義一は立志伝中の人物として知られている。17歳で父親が勤めていた天文台で働き始めると、天体望遠鏡製作の技術を習得、凄腕の職人として業界に名を轟かせた。その後、府中光学や友人と共同で経営した三鷹光機製作所を経て、1966年に三鷹光器を設立、同社を町工場の巨人に育て上げている(現在は会長)。職人としての腕はピカ一で、「最後の機械職人」と尊敬の念を込めて勝重が言うほどだ。

 義一が工業高校を薦めたのは、ものづくりに対する勝重の素質に気づいていたためだ。

@NASAが認めた特殊カメラ

 義一が府中光学で天体望遠鏡を作っていた時代、毎月の給料を取りに行く勝重の役目だった。府中光学があった分倍河原までおよそ7?の道のり。小学生の勝重は毎月のように分倍河原に足を運んだ。そして、現場に行くたびに、勝重は義一の作業をじっと眺めた。目盛りが壊れたフライス盤で誤差なく金属を削る兄の姿は無性に格好よかった。

 その様子を見ていた義一は義一で、勝重の素質を試していたようだ。「等間隔に溝を入れるにはどうすればいい?」「この真鍮に穴を空けてみろ」。時に質問を投げかけ、時に実際の作業を体験させた。その過程で、勝重の観察力や発想力、手先の器用さに気づいた義一は勝重をものづくりの世界に誘った。その後、工業高校を卒業した勝重は兄と行動を共にしている。

 その才能を見抜いた義一の目に狂いはなかった。三鷹光器に参加した勝重は兄とともに数々のプロジェクトを成功に導く。先の述べたロケットの観測装置やスペースシャトルの特殊カメラ、手術用顕微鏡、三次元測定器などは勝重が中心となって生み出したものだ。特に、スペースシャトルにまつわるエピソードは勝重の柔軟な発想を物語る。

この計画には、三鷹光器のほかに2社の大手電機メーカーが参加していた。3社で競わせて、最も優れたカメラをコロンビアに搭載するという方針をNASAが取ったためだ。その後、NASAは低温にしたり、真空にしたり、振動を与えたり、カメラの性能試験を繰り返した。すると、低温実験で明らかな違いが現れた。他社のカメラがマイナス120度で止まったのに対して、三鷹光器のカメラはマイナス160度でも動き続けたのだ。

 三鷹光器のカメラが極寒の世界でも動き続けた理由はカメラを精密に作らなかったところにある。

@精密機械を精密に作らない理由とは

 スペースシャトルに搭載する観測用カメラと聞けば、精緻に精緻を重ねた精密機器を想像させる。だが、宇宙空間はマイナス270度という超低温の一方、太陽光線が当たるところでは100度以上に温度が上がる苛酷な世界。精密に作れば作るほど、どこかで不具合を起こしてしまう。

 それがわかっていた勝重は、金属の膨張と収縮によってシャフトがシャフト受けに挟まる事態を防ぐため、シャフトの先端を円錐にした。円錐であれば、シャフト受けが収縮した時にはシャフト受けが上がり、膨脹した時には下がる。「ガタガタだが、精度がいいという状態を作った」とは勝重の弁。より精密に、膨張と収縮を制御しようと考えた他社とは対照的な発想と言っていいだろう。

 バルーン用観測装置も勝重の発想が生きた。バルーンの目的は太陽観測であり、観測装置は常に太陽を捉える必要がある。ただ、ふわふわと浮いているバルーンは風向き1つで向きを変えてしまう。そこで、勝重は観測装置の両側に太陽光パネルを設置、観測装置の向きがずれて太陽光パネルに光が当たると、方向を修正する仕組みを取り入れた。聞けば仕組みは単純だが、なかなか思いつくものではない。

 勝重はよく「無から有を生む」という言葉を使う。事実、三鷹光器は世の中になかった製品を作り、社会に展開していくことを繰り返してきた。もっとも、「無から有を生む」と言葉で言うのは簡単だが、誰にでもできることではない。それなのに、なぜ勝重には可能なのか。それは、「常に自分の頭で考える」という勝重の生き方と無縁ではない。

@創造力の原点はこどもの遊び

 他の子供がそうだったように、子供の頃の勝重も創意工夫を働かせて自分の遊び道具を作った。

 遊びで使う刀を作った時のこと。木を鉋で削って刀を作ったが、どうしても日本刀の反りが出せない。いろいろ考えた勝重は野川の土手に生えていた低木に石をぶら下げた。石の重みで木がしならせるためだ。そして、ちょうどいい反りが出たところで木を切り、刀を仕上げた。絵を描くための墨がなかった時も、天文台で紙の燃えかすをもらって墨汁を作った。裏を返せば、自分の力で考え抜くという行動原理が見についたのは何もなかったため。モノがなければ考える――。人はそういう風にできている。

 だが、現実を見れば、遊びの中で創意工夫を発揮する場面はめっきり減った。何かを作ろうと刃物に触っても、「危ないのでやめなさい」と大人は止める。「無からモノを作る原点は子供の時の遊び。そう考えると、今の子供はかわいそうだね。だって、遊びまで大人が取り上げているからね。子供ほどの天才はいないのに」と勝重が嘆くように、遊びを通して何かを作るという機会は失われつつある。

 もちろん、勝重が幼少期を過ごした昭和20年代と今では時代が違う。だが、作りたい何かを思い描き、答のない中で知恵を絞って理想の形に近づける。この反復運動以外に、創造性を身につける術はない。教科書の知識を積み重ねただけでは、無から有を生む力は得られないということだ。

 そう信じているがゆえに、勝重は社員にものを教えない。

 新入社員に求めるのは、先輩社員の動作を見て覚えること。学歴がどれほど高くても、観察ができない人間はものづくりに向いていないと判断する。そして、実際に触らせる。ドリルやバイトなどの切削工具も使い方は教えるが、コツは教えない。材料も高価な材料を惜しげもなく与えている。

 当然、うまく削れず、ドリルやバイトが破断することも少なくない。結果として、工具や材料は無駄になる。それでも、勝重は気にしない。先輩と自分の違いを観察し、うまくいくように自分の頭で考える。それが、無から有を生む基礎になる、と考えるためだ。「板前が腐ったマグロで刺身の練習をしても意味がないでしょう」と勝重は笑う。

@「見て覚える。また見て覚えろ」

 赤ん坊は二本足で立つ時に倒れて泣き、歩けるようになった後も壁におでこをぶつけて泣く。言葉をしゃべり出した後も、親や兄弟に悪口を言っては怒られる。このように、いいことも悪いこともやってみて覚えるもの。創造性はその過程で育まれる。「だから、教えちゃいけない。『見て覚えろ。また見て覚えろ。さらに見て覚えろ』。これ以外にないですね」。

 こういった三鷹光器のやり方は古くさく、時間とカネが余計にかかる。だが、ここまでしなければ、三鷹光器のアイデンティティは維持できない。迂遠に感じるが、自分で解決策を考え抜く癖をつけない限り、無から有を生むことはできないということだ。現実を見れば、勝重が求める人材は減り続けている。人材育成の難しさは増しているが、愚直に人材を育てない限り、会社の未来が描けない。


 同社が進める独自の採用方法もこの考え方の延長線上にある。

 三鷹光器は入社試験で裸電球を描かせる。その後、昼食で焼き魚定食を取り、午後に模型飛行機を作る。その意味するところは何か。裸電球を描かせるのは、球体をどう表現するのか、その表現力と観察力を見ることが目的だ。焼き魚定食や模型飛行機づくりでは、箸使いや手先の器用さなどを見ている。

 手先の器用さや観察力といった要素はものづくりの大前提。その素養を持つ人材を見つけるには、ペーパー試験よりもデッサンや模型飛行機の方が相応しい。それでも、最近は勝重の基準を満たす人材は減少の一途を辿っている。中途入社まで門戸を広げたが、思うように採用できない状況が続く。「1年に3人のペースで入れていきたいが・・・。この3年が特に厳しくなりました」と勝重はため息をつく。

@「便利なものより必要なもの」

 三鷹光器が無から有を生み出せるのはなぜか――。もう1つの理由を語れば、「便利なものより必要なものを作る」という哲学も大きい。

 「現場で困っていることを考える。それが、アイデアを見つける一番の早道ですよね」。そう勝重が語るように、三鷹光器が生み出した製品の中には、現場が抱えている課題の解決を通して生まれたものが少なくない。脳外科用手術顕微鏡はその典型だ。

 脳梗塞や脳腫瘍の手術をする際には、頭部を切開して腫瘍を切除し、血管を縫合する必要がある。この手術顕微鏡はこういった脳外科手術で使われる顕微鏡である。倍率は4~20倍。特別仕様の顕微鏡は100倍の精度。これまでに、三鷹光器ブランドとライカブランドの両方で2000台以上を販売している。

 発端はライカの担当者の相談だった。

 それまでの手術用顕微鏡は手術中に顕微鏡のヘッド部分を動かした時に、同じ患部に再びピントを合わせることが難しかった。一刻を争う脳外科手術でピント合わせに時間がかかるのでは致命的。そこで、顕微鏡を動かしても、元の位置でピントを合わせることができる顕微鏡の開発を三鷹光器に依頼してきたのだ。まさに、社会が必要としているものを開発したと言っていいだろう。

 その際に遵守しているのは開発者自身が現場を見ることだ。三鷹光器の技術者は手術現場に行き、脳外科手術の現場を直接見る。そこで、外科医の様子を観察し、見つけた課題を解決していく。現在の手術用顕微鏡は執刀医の頭の上から顕微鏡が降りるオーバーヘッド型。これも、外科医の作業を観察した結果である。

 原発事故が象徴しているように、この国の前途には解決困難な課題がいくつも横たわっている。だが、大手メーカーが作っているのはより便利なものばかり。高度なマーケティングを駆使して、些細な便利探しを繰り返しているように映る。ここ数年で売上高が1億円ずつ増えている三鷹光器。急速な円高で製造業が軒並み苦戦する中、最高益を更新しているのは唯一無二の製品を提供しているからだ。

@太陽エネルギーを温度ごとに活用

 三鷹光器が無から有を作り出せるのはなぜか。改めて振り返れば、三鷹光器は直面する課題に正対し、考え抜くことを厭わずにきたことが大きい。未来を切り開くのは自分自身――。その覚悟と反復運動が課題解決の知恵を生み、唯一無二の製品作りをもたらした。

 そして、便利でなく必要とされるものだけにアンテナを立ててきた。自分の技術領域で顧客の声に耳を傾け、開発者自らが現場に望む。顧客に必要とされる製品を生み出すことができたのは、この姿勢を守り続けてきたため。もちろん、発想を具現化する技術力を磨き続けていることは言うまでもない。

 単品受注の中小企業と大量生産の大手メーカーを比較することに意味はない。ただ、ものづくりに対する三鷹光器の考え方は普遍的だろう。ここに、製造業復活の糸口があるのではないだろうか。

 勝重が今、関心を寄せているのはビームダウン式太陽熱集光装置の次なる展開だ。

 勝重によれば、太陽熱は温度帯によって様々な活用が可能という。例えば、太陽光を濃縮して1500度まで温度を上げれば、水を分解して水素を作ることができる。1200度では海水から難燃性マグネシウムを取り出すことができる一方、400~500度では蒸気タービンを回すことで電力を得ることができる。

 高温から低温まで、無限の太陽エネルギーを使いこなす意義は計り知れない。

 水素は燃料として活用できるうえに、チッソと反応させれば将来の燃料になりうるアンモニアを生成できる。難燃性マグネシウムは産業用材料として使えるだけでなく、生理食塩水をかけると電気を発生させるという特徴を持つ。蒸気タービンを回した後の余熱で蒸留水を生成することは容易く、ミネラルを付加すれば飲料水としても利用可能だ。水素の生成については現在、宮崎大学で実証実験を進めている。


@「動植物を作ったのは誰か」

 宗教学者で思想家の中沢新一は震災後に著した「日本の大転換」で次のように述べている。

 動物や植物の死骸が分解されてできた化石燃料。その動植物が光合成をベースに生まれたとすれば、化石燃料を作り出したのは太陽にほかならない。いわば、石炭や石油は太陽と光合成を媒介としたエネルギーと位置づけられる。


動物と植物を作ったのは太陽。その力を借りるべき」と中村社長は言う(写真:村田和聡)
 その一方で、原子力エネルギーは太陽で起きている核活動を直接的に生態系に持ち込んだものであり、光合成のような太陽が媒介したエネルギーではない。生態系にとって異物である核を無媒介に生態系に持ち込んだことに問題の根本がある。ゆえに、原子力の次のエネルギーは生態系に媒介、変換された太陽エネルギーになる――と。

 「動物や植物を作ったのは誰か。私は太陽だと思っているんですね。じゃあ、我々を作った太陽の力を借りるのが一番安全じゃないだろうか」。勝重がそう語るように、勝重が進める太陽熱の活用は中沢が言う「媒介、変換されたエネルギー」を体現した存在だ。しかも、開発を始めたのは東日本大震災の前。「必要なものを作る」という信念がそうさせたのだろう。

 原発に依存したエネルギー体制は瓦解した。圧倒的な強さを誇ったものづくりは踊り場に立つ。ひとりの職人と中小企業の物語。だが、様々な示唆を与えていると感じるのは私だけではないだろう。「町工場の巨人」を率いる中村勝重。その視線の先には新しい時代が映し出されている。

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