元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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書きかけなんだけど、まずはネットの転載から。

--------------
軍人勅諭のなかに「上官ノ命令ハ朕(チン)ノ命令ト心得ヨ」なんて乱暴なのがある。

つまり階級が一つでも違えば上官の方が偉い。その上官の命令には、絶対に服従しなきゃいけない。

この捕虜の首を斬れって命令されたら、絶対にやらなきゃいけない。

上官がいささか「キ印」で「この赤ん坊を放り上げて、落ちてくる所を銃剣で刺し殺せ」なんて命令したら、その通りにやらなきゃいけない。やらないと、命令不服従で軍法会議にかけられ、牢屋に入れられた上に、階級を落とされる。

と言った塩梅で、昔の軍隊じゃ一つでも階級が上の者は、神様みたいだと言われた。

そうだろう。上官の命令は天皇陛下の命令で、天皇陛下は神様なんだから、簡単な三段論法だ。

--------------

「私が今も車の免許を持たない訳になるんですが・・・。」

長野県に住む神林益夫さんは、そう言って畳の上に視線を落としました。

現在85歳。

神林さんに戦後一貫して運転免許を取らないと決心させた出来事。

それは上官の命令によって起きました。

上官が薄笑い

中国に従軍していた時です。

神林さんは運転免許取得の試験を受けるように言われました。

試験前夜、上官らは神林さんの顔を見てニヤニヤしました。

嫌な予感がしました。

当日、試験の場所に行くと、10歳前後の男の子が両手を前に縛られ、立っていました。

上官は言いました。

「轢き殺したら合格だ。」

「上官の命令は朕(ちん=天皇)の命令。」

命令に背けば何をされるか分かりません。

神林さんはアクセルを踏み込みました。

男の子は両手を縛られたまま逃げました。

逃げて逃げて逃げ惑いましたが、助かる場所等ありません。

疲れ果て立ち止まりました。

「そこへ私は突っ込んで行った・・・。」

「合格!」と言う上官の声にサイドブレーキを思い切り引きました。

止まった勢いで神林さんは座席から転げ落ちました。

4~5メートル先には「ウーウー」とうなって腹を押さえる男の子が倒れていました。

「私は腰の短剣を抜き、その子の心臓を一突きした・・・。」

男の子を苦しめないようにでした。

上官らは男の子と神林さんを見て薄笑いを浮かべていました。

「戦場での閉塞感は人間の心をゆがめるだけでした。」

初めて「殺す役」を命じられたのは、朝鮮人女性3人が日本軍の前線に迷い込んで来た時でした。

彼女たちは従軍「慰安婦」でした。

「楽にしてやれ。」

殺せという意味でした。

仲間と埋めた

「本当にビクッとした。でも上官の命令は天皇陛下の命令だから聞かなきゃいけない。手を合わせる彼女たちを苦しめないよう1発でやろう(殺そう)。そう思い、近寄って覚悟を決めて・・・。」

手榴弾を女性たちに向けて投げました。

彼女たちの体は引き裂かれました。

神林さんはとっさに腰に下げていたもう1つの手榴弾を手に取り、自殺しようとしました。

その時です。

仲間3人が神林さんを突き飛ばして止めました。

「お前が死ぬことあるかあ!」

神林さんは「頼むから死なせてくれ!」と叫びましたが、仲間は泣いて訴え、止めました。

正気を取り戻した神林さんは仲間と共に女性たちを埋めました。

「バラバラになってしまった遺体を上着に乗っけてね・・・。「勘弁してください」って泣きながら土をかけました。その時に初めて戦争のひどさを知った。これでいいのかって思いました。」

しかし、戦争は神林さんの良心を許しませんでした。

ただ出来ることは、相手を苦しませずに死なせることだけでした。

「63年も前のことですが、話をするとまだ彼女たちの顔を思い出すんです。」

神林さんはグッと涙を飲み込みました。

運転免許の試験で犠牲になった男の子に対しても「どう報いることが出来るのか」と考えました。

「免許返納しかないと思いました。」

「天皇のため国のためと言ってたくさんの人を殺しました。帰国後、この代償をどうしたらいいかと自分に言い続けながら暮らしてきた。」

そう話す神林さんは地域の○○の会に携わり、活動は300回を超えました。

証言活動を始めてからは30年余がたちます。

「1人でも2人でもいいから呼んでくろ。」と話します。

「命ですよ、一番人間に大事なのは。当たり前のことですが。」

コメント


反逆権

聖書の中に「ヨブ記」というのがある。このなかで神に散々な目に合わさられるヨブは神を罵倒するんだよね。ところが神はそれを許す。
これが欧州民主主義の原点だといってもいいとおもうんだ。
間違っていると思えば批判し、ただす事は義務である。それが社会である。
欧米の軍隊の特徴と言ってもいいけれど、軍隊であれ、こうした反逆権利は保証されているんだよね。

野田さんその寸劇、

9条の会の戦略でしょw
いわゆる虐げられた三国人というマイノリティーイメージを醸造し、それを売りにする一つの国家的ビジネスに使う道具立て。
慰安婦問題や南京大○○と一緒。
題材としてはちょっと・・

ヨブ記

そのヨブ記なんだけど、教団ではこういう風に使われちゃってるね。

「神は信奉者に対して罵倒したくなるほどさんざんな目に合わせることもあるが常に見守っている。我々のグルとシヴァ大神も同じだから、どんな辛いことがあっても耐えましょう。」


>9条の会の戦略

グルイズムの話につなげるんですってば

何でもかんでも裏の意図でそれが全て… みたいに否定するのはどうかと思うよ。誰がどういう状況でそれを使うか、が問題で。

人を人でなしにするもの

何が原因だろう。制度とその中で派生する組織の問題、お金の問題も甚大である。
 本来、人間関係には自然の秩序があるものだ。ところが規則があると本来のものではない上下関係が生まれる。官位、階級、長幼の序、男女差別などきりがない。
 切りがないから無間地獄に陥る。
 その規則が無価値だからだ。価値がないから虚飾に走る。日本文化などと特別扱いされている物も我々の実生活と無縁の虚飾であるものがあまりに多い。これでは満足感が得られず、もっともっとと追い込まれて行く。
 悲喜劇の材料が増えるだけだ

のださんへ、

ええそれはわかってますけど、題材の信憑性が既に喧々諤々な話題ですし、勘ぐったり込み入ってきたりもしますよね。
野田さんはサヨか・・などとも思われてしまう。
現に私もその点で困惑した。

そういう意味で露払い的に先に突っ込んでおきました。
続けて下さい。

>とあるさん

    まるで推理小説の1ページ目に犯人の名前書いて貸してくださるかのような、大きな慈愛を感じました ( ´ 人 ` ) …


あぁ…

>グルイズムの話につなげるんですってば

という野田さんのコメントを読まなくても、
タイトルだけでグルイズムの話なんだろうなと
分かってしまう元サの哀しさよ

続き待ってます。

600人もの反逆者を処刑したゲバラが20世紀の英雄であるのも事実で、あるところでは戦争が犯罪に、あるケースでは神のごとく、、、、

ゲバラが英雄なのは、食物連鎖という人類にとって「最大の敵」を真剣にくつがえそうとしたからかと。

この世のすべての不幸の元凶は食物連鎖。縁起の現象化といってもいいか。

>600人もの反逆者を処刑したゲバラ

市民革命であり、権力を持った人々の代表としてリンチもしくは戦争行為をおこなったのであり、ゲバラ個人が主体的な判断でおこなったものではないでしょう。

主体者

ゲバラの場合には主体者は革命を待望した市民であり、松本死刑囚の場合には、その主体者は松本死刑囚本人であった事はまちがいないとおもうんだよね。
ゲバラの場合、その主体者である市民(社会的な多数)が、その罪を追うべきであるのと同じように、オームの場合は松本と、その支持者が罪を負うのは当たり前のことなんだよね。

野田ちゃんの「ヨブ記」に関する話を聞いて、はっきりいって驚いた聖書読解(ペシェル)には一定の解釈方法があるものなんだけれど、ここでも松本あるいは松本の側近達による勝手なパッチワークがおこなわれていたということなんだよね。「ヨブ記」の遺産を引き継いだラスカサスという僧侶は奴隷解放や民族平等を口にし、教会と激しい対立をおこない、最後には民主主義というものの原則にいきついたわけだけれど、それと比べるとオームは人殺しと差別にいきついたわけだよね。

なんとも哀れな話だよ。

>聖書の中に「ヨブ記」というのがある。
>このなかで神に散々な目に合わさられるヨブは神を罵倒するんだよね。
>ところが神はそれを許す。

キリスト教と仏教の違いかな。

仏教の場合、さんざんな目に合わされてもそれをカルマの返りとみる。

このまえに貼り付けた動画の引き寄せの法則でも

自分のまわりにあるものは全て自分が引き寄せたといっている。

神が試練を与えたとかそのような発想はしない。


>仏教の場合、さんざんな目に合わされてもそれをカルマの返りとみる。

それだと、この男の子や女性たちって、被害者なのにもかかわらず
「前世で悪いことをしたからだ、自業自得だ」
って言ってるのと同じじゃないですか?
やっぱり仏教っておかしい。

では、くるみさんの深い見地からのご教授をお願いいたします。

教団の起こした事件による被害者の方々に対してのご見解も合わせて。


ああ、削除しよったww
保存しときゃよかったなぁ、残念!

>やっぱり仏教っておかしい

生まれたときから両手両足がないとか、目が見えないとか

そういう人たちがいますが、仏教ではそれも前生のカルマによって

そのようになったと言っています。

これは確かにきついです。

でも体が障害があるだけで

魂が優れていれば、結局は大成功すると思います。

反対に魂の方に障害があれば、体が健康でもいずれは

体も不健康になり、うつになったり精神障害になったりするのでは

ないでしょうか。


その論理でいくと、サリンの被害者の河野さんの奥さんも、
苦しんだだんなさんも、悪いことをした人間だから、カルマでそうなったんだ、っていうことになる。
ヒトラーに殺された人たちもみんな、悪い人間だから仕方がないんだ、って。
社会的正義が全然ない。

>自分のまわりにあるものは全て自分が引き寄せたといっている。

オウム死刑囚のオウム死刑囚によるオウム死刑囚のためのグルイズム
オウム死刑囚のオウム死刑囚によるオウム死刑囚のための坂本弁護士松本地下鉄サリンリンチ殺人事件

ということですね。


>目が見えないとか
>そういう人たちがいますが、仏教ではそれも前生のカルマによって
>そのようになったと言っています。

アサハラさんのことですね。


>反対に魂の方に障害があれば、体が健康でもいずれは
>体も不健康になり、うつになったり精神障害になったりするのでは
>ないでしょうか。

アサハラさんのことですね。



>仏教の場合、さんざんな目に合わされてもそれをカルマの返りとみる。

千日回峯行で有名な阿闍梨は、「修行中の苦難は御仏が与えてくれた試練です。」と言っていましたよ。
どこぞの宗教団体(のトップ)のように、○○を失敗したのは○○のせいだなどと陰謀論をかざし(たあげくにテロし)たりはしません。

オウムの唱える事件陰謀論。
陰謀があったとして、オウムがいろいろ陰謀しかけたから、陰謀され返されたってことでしょう。
因果応報。



どうでもいいけど、
テトラサイクリン歯のホワイトニング方法
http://www.teethart.com/tetra.html

なんですか?このコメント ↑
変なの・・・

股の名を不悪口言う

漏れのことが話題になってる? あ、違ったかw

>相手がそういう風になってしまった業を悲しむのが本筋で

障害者として生まれてきた、または殺された、っていうのは本当に業なんですか?
結局はキモチの持ち方次第ってことで、
言ってることは前の人と結局一緒ですよね~?
なんか、この人、上祐さんみたい

ええと、

オウムの教義がマスコミの報道や誤解で微妙に一人歩きしてる面はあると思います。
それと信徒の解釈不足もありますね。(私含めて)

現サマナや元の人、ここぞと解説してほしいな~

コンプレックスは解決から遠退く

議論が紛糾したときは原理原則に戻ればよい。
ここでは末節を置いて、基本的人権を語ればよい

そうっすね(また外すか?)

野田さんとこのブログに合う話題、↓が凄く突き刺さった。
一気に読んでるけど改めて日本はそうとうきつい国になってんだなって思った。
まさに弱肉強食、死屍累々ですわ。

【話題】 資産5億円お嬢様姉妹 莫大な借金で電気、ガス止められ餓死
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1296030874/l50

野田さんは経済も不動産も詳しい、更に混乱期のオウムの内実にも精通・・なるほど危機感ぱねーすょ!! ってことか。

確かに信徒も大衆もおめでたい、ぬるま湯だ・・
http://www.youtube.com/watch?v=J2575Z_jTUw
http://www.youtube.com/watch?v=JKSS811z1iI

古代仏教の環境

古代仏教というのは虐げられた人々が支配を受け入れざるを得ないという状況の中で諦観というものを論理的に煮詰めて、その逃げ場を作ったんだと思う。金剛般若経なんかには、そうした悲痛な叫びに満ちているようにも僕の目には映るんだ。
民主主義以前の諦観を中心とした救済の道であり、それは今でも必要な部分もあると思う。

松本死刑囚はそれを積極的に霊感詐欺に利用したというところに問題があるんだよね。

災難や苦難はカルマか?

>仏教の場合、さんざんな目に合わされてもそれをカルマの返りとみる。

仏教と言うより、ヒンドゥー教じゃないですか?
あるいは、江原さんたちのやっているスピリチュアル系とか。

仏教ではそんなことはあまり言わないでしょうな。
大乗仏教の六波羅蜜の忍辱波羅密では、
苦難や災難を、カルマというより、修行だと思ってとらえますけど。


ソンシの場合やオウム事件の被害者については、
分かりませんね。

まあ、何らかのカルマでしょうけど、
前世や過去に「・・・をした」カルマだとは、断定できないでしょうな。
わたしも思い当たることはありますが、
殺生をした地獄のカルマにしても、曖昧な部分が結構あります。

アブラムシなどの虫を殺したカルマなんてよく返るようですけど。
怪我をしたり、風邪を引いたり、いろいろと。

でも、大病がないということは、
それほど重いカルマは積んではいないみたいですね。
コレも断定は出来ないですが。

え。そんなに細かいんじゃ食事に困るなあ。
アブラムシまで考えもしませんでした。
貝類なんて生きたまま釜茹でにして食べますし。

実のところ、オウムのカルマ論、地獄論は、
それまでの日本のカルマ論、地獄論の歴史の中では画期的な素晴らしいものでした。
というのは、以前のそれらは、「行為と罰則」の関係でしたから。
「罰」とは、裁定者があって初めて成立するものです。
閻魔大王であれ、神仏であれ、裁定者に罰を下される、
という発想で「往生要集」は成り立っています。
それをチベット死者の書の発想で突き崩したオウムは画期的でした。

惜しむらくは、一歩進めてカルマそのものにも、
もう少々ラディカルなメスを入れてほしかった、ということかな。
あと一歩でそこまで行ったのに。

すると、カルマ論が差別やいじめにはならなくなるんですわ。
一番差別になるのは、昔ながらの「行為と罰則」形式の発想なんです。
そういう劣等を背負ったのは「罰」なんだから、
「罰」の執行として差別してよい、いじめてよい、となりますからね。

あほらしい

わざわざ地獄を作り出すんだから、それ自体が悪業なのに、何を弁護してんだよ

ゲバラは自ら処刑もしてませんでしたか? ああそか。革命軍の内部の定められた法によって裁かれたのか。ゲバラは地元の村民に危害を与えたりした人には容赦なかったようですね。オウムとは逆サイクルなんですね。

>仏教はおかしい

過去世のカルマ、と決めつけることは原始仏教ではしませんよ。
安易にカルマで片付けるな、と、よく言われます。

心の持ち方として、他人のせいにせず、自分の過去が現在をつくる、とは言います。

が、しかし、ポイントは、

障害があることが劣っている、とか、苦しみであること感じることが、自分の過去の習性による妄想であって、その劣っている、苦しみであると感じている心そのものに気づき、その心の苦しみを取り除くことが原始仏教の教えであって、

障害がなくなるわけではないし、これから先、障害者にならないわけでもない、ということ。

身体の障害は過去の心のカルマによるもの、とは考えず、身体という物質の過去現在未来の変化、と考えたほうが原始仏教的でしょう。



道徳論や感情論

では、仏教は歪んでしまうでしょうな。

ひろさちやさんや瀬戸内寂聴さんのように。


>ゲバラは自ら処刑もしてませんでしたか

ゲバラは自らが「革命は輸出するものではない」といいながら、求められたとはいえ自らが輸出してしまい。その結果、ボリビアの政府軍に射殺されました。人に求められという事が多い人物であり、そのためには自身の信念すら曲げてしまうという側面を多く持った人物です。
そこに彼のローカルモラルの弱さがあると思えますね。

>「罰」とは、裁定者があって初めて成立するものです。

罰がいかなるものであるか、それは裁定者の有無を問わずに存在するのではないか。それを合議の元で決めようというのが十戒にみられる合議神の発生につながります。同時に罰を規定する上でもっとも大事なものが「罪」という概念になります。

この「罪」を為政者のために作り上げたのが密教であり、大陸王朝の庇護のもと諦観とともに布教した。現世をあきらめよ。おとなしく付き従え。これは王朝の永久性を担保するために作られたものといってもいいでしょう。虐げられた人々へのセーフティネットとしての転調であり、当時の為政者の身勝手な社会保障のようなものと考えてもいいのではないでしょうか。

この為政者のためのツールとしての「罪」と「罰」の仕組みを自らの性犯罪と詐欺に利用した。それが、松本死刑囚でしょう。

計画殺人をポアと称し人間根本原理である「殺人否定」を人の心から取り去る。もちろん、末端は違うでしょうが、上位の人間達はそこまで崩壊していた。

ここに分裂した二重性がみられるわけです。片方では世界平和とか多くの人の来生のためといいながら、他方では殺人をもいとわない指示を出す。それが作為的である。そこにオームの強い詐欺性が認められるわけです。

仏教においても

 問題が少なくない現代宗教に追随する形で、特に為政者協力に熱心であったチベット密教も大きな変化を見せている。多くの原因は僧侶達や民衆等が密教を捨て、イスラム教やキリスト教への改宗への脅威が大きな要因になっているのだろうけれど、現世においての権利の訴求がいかに大事なのか、人への愛がいかに大事なものであるか。
為政者のための信仰である密教は現世に生きるもの達の信仰へとダライ ラマという偉大な宗教者によって進められているわけなんですよね。

(このコメントはlog倉庫にポアされました。)

一切の生類に対するのはいいとしても

信仰は駄目かな、やっぱり。
キリスト教にしてもイスラムにしてもヒンドゥーにしても、信仰ではやっぱりね、抑圧になる気が。
ツィッターで若いカトリックの女性が真摯にキリスト教を追求していたけど、信仰から一歩すすんでる気がしましたね。数学を神と自分とをつなげるもののように感じると言っていた。そこまでの教理があるのであれば言葉を神を心に変えればアビダンマに通じると思いました。最初は信仰であってもいいのですが、そこに揺るがない論理と自律の軸が両輪として働かないと、社会悪になると思います。

密教は仏教とヒンドゥーの結合みたいなもんかと思いますし、ヒンドゥーとイスラム、キリスト、大乗は大雑把な世界観は似てるし世界中にある土着信仰にも似てるものはおそらくたくさんあるでしょうから、西洋に行ってキリスト化するのは必然でしょうね。

それぞれのカラー

ところがね~、hayanoさん。
その「良識的な一部」以外も、面と向かって個人的な付き合いすると、ごくまともで普通の良い人だったりするんですよね。(一部の頑固者的例外あり)

そこが問題でして、人というのはみな、その時点での自分なりの合理的倫理観を見出し完結させて生きてるからでしょう。だから私なんかもできるだけ中立的視点でいたいと思っていても、実際は私なりの偏った視点を持っているわけだし、hayanoさんも野田さんも同じ。

人は表層ではなく無意識層優位に動くからです。法解釈や法引用もそれによって無意識的に微妙に捻じ曲げられ、偏向される。

問題はこの点に自覚をどれだけ持てているか、持とうとしているかなんですよね。

自覚が出来れば、もはや一人だけでいることよりも、より多くと意見を交わし自分を補正し、協調・補完し合おうというムーブメントになりうる。

それを阻害しているのが行き過ぎたステージ制度と依存性などってことですね。

だから何度も言うけど、もっと心を開けっぴろげにしたコミュニケーションからですわ。勘ぐり合い、探り合い、だけでは疑心に苛まれる。

白鳥座の惑星状星雲 CRL2688
http://www.astrosurf.com/luxorion/Images/egg-nebula-crl2688.jpg

>瀬戸内寂聴さんのように。

2年ほど前、イケメン男子を前にして大はしゃぎで三者対談を展開していたのが印象的。三人目が美和明宏。濃すぎる(汗

あの年になって、あの情熱は単純にすごいと思った。
若い頃は愛情問題で悩みが絶えなかったようだけど、後年の著述活動や仏道へのこころざしも、そういったマグマのような衝動が根底にあるんだろうな。。

AsianCup勝った!

いやそんなにサッカー好きじゃないけど、これも何かのさきがけ、
日本もだんだんと実力で勝てるようになってきた。
若者の潜在力に期待!

市橋くんの本

リンゼイさん殺害容疑者市橋君の本を読んだ。彼は文中の中で自罰として逃亡生活を送っていたと書いているんだけれど、これってオーム関連者の勘違いとよく似ているんだよね。
自分の自由で与えられる苦痛というのは罰でも、なんでもないんだよね。あくまでも自分の自由で与えられるという前提がまちがっている。
彼自身29歳になるまで一度も仕事をした事が無い人間だった。そして、両親と同じ医者になれないという世間からの目にコンプレックスを感じ社会からの評価から逃げていたんだよね。

社会との相対性から逃げていたといっても良いと思う。心理学的に考えても人は深層意識に支配されるのではなく、社会における自分の相対位置によって動かされるとみるのが妥当なんだよな。関わりを持とうとしなければ、自己倫理的な狂った倫理観をもつ。市橋君は自己倫理のみで逃げ続けた。

深層意識というものをどういう風に認識されているのかわからないけれど、もし、それがゲシュタルト的なものならば、そういった認識は捨てるべきものでありエビデンス上では否定されているものだという事を常識としてもたれるのが良いでしょう。

ゲシュタルトに関して話すと長くなるので割愛しますが、盲人認識などの臨床観察において深層意識(ユング派の一部表現も含む)なるものは存在しない。つまり理性核(新皮質)とRT核(旧皮質)の機能を混濁して捉えているだけなんだよね。

社会に応じて相対性を確保することが脳の大きな機能であり、それは社会とのコミュニケートによって、どんどん更新されていくものなんだよね。倫理観が人ぞれぞれというような唯物的な意見をここで聞こうとはおもっていなかった。倫理観とは「観」である以上、より構造的なものであり、全体的な「像」であるんだよね。


レスポンスしてみます。

はい。
私も精神世界や心理学分野で一般的に言われる「表層意識(顕在意識)」「潜在意識」「超潜在意識(大いなる自己等)」なる分類は、実は便宜的なものではないか、と推察しているところです。

顕在意識とは、最も容易く認識できる類の分類であり二元的意識。潜在意識はもう少し込み入った相補関係まで関わったより繊細な意識、超は・・といった具合。後者になるほど実在性の本質と近似になってくる意識。(抽象的な表現になりますが)

深い(オウムではこれまた便宜的に深層にあるもの的に定義した)意識層ほど通常分別され難い意識なので、潜在と表現される。

因みに私はそれぞれの層にちゃんとメカニズムがあると確信しています。
しかしその構造性は、一般的な学問体系で切ってゆくにはまだまだ二元的過ぎて説明不可能なだけであると思ってます。解析するためのツールが足りな過ぎる訳です。

その点では、理論物理学の方がいい感じでずっと先に進んでしまっているわけですが。

「唯物」の定義をもっと緩くするなら、メカニズムがある以上、唯物論の延長上にある概念といっても差し支えない物とも思います。

これをより突き詰めていくと、よりホリスティックな理解力も必要になってくる。
この領域は難解過ぎてページが足りませんし私もまだま~~だ解析途中です。

あのね

どうして物理の話が出るのかな。理論物理で数学以外での表現で多層世界とかいうのはね。情報通貨として我々が互換的に認知できない世界を極端に我々側にコンパイルした話なんだよね。もし、あなたがこの時空宇宙より大きな目を持ち、無限大のエネルギーをもった目を持ち、その目が素粒子まで見通せるもったとしましょ。っていうお話なんだよね。つまり、あなたはクマさんです。八百屋の木村さんは君を怖がりませんから、そこで電話を借りて、うな丼を注文して食べて見ましょうっていう例え話であり、僕達が明日からクマになる事ができないのと同じようにあり得ない話なんだよね。おそらく時空のスパンとかが理解できていないから現実と混同しているのだとおもうのだけれども、すごいパッチワークだと思いますね。あくまでも数理的な理解ができない人たちのためのものなんだけれど、そこから腰をバキッと折って、パッチワークする必要性もないのじゃないでしょうか。

わたしがここであげた構造とはギャザリングのお話なんだよね。なんでこうなるのかわかりません。

う~ん、

まあ込み入ってきますがw
まぁまさんは要するに、妄想的な価値観は捨てるべきだ、とこう言いたいわけですよね、虚実が人を狂わすと。

それには私も同意なんですが、仏教哲学自体が、全ての事象は、妄想「的」なもの、虚実「的」なもの、ゲシュタルト「的」なものと言っ切ちゃってると思うんですね。
そこに「賭けてみた者」が要するに宗教者ってことになると思うんですが。

それが馬鹿げていることであるかどうかは別として、そこはいいでしょうか。

信仰というものの歴史性

 多くの信仰は誤りもする。時としては、暴君のような為政者の庇護を求めるあまりに為政者の権力肯定と農奴の諦観を促進もした。しかし、その誤りは正せば良いし、多くの人の意見を取り入れれば良いだけのことなんだよね。
 もともと信仰というものが生まれた背景は成功した事例を後世に残す事が目的だったと僕は思うんだよね。それが先祖崇拝というものと神話成立の背景だった。しかし、おそらくは原初時には小さな集団のなかで成立していたものが農耕文明という、より集約力が成功の鍵となる文明の発達とともに権力の集約がおこり、虐げられる人々がうまれた。
ここで、社会における個人の苦痛というものが歴史的に生じた。
この「個人の苦しみ」に光をあてたのが仏陀であり、キリストであった。
そして彼らは集団化しそれを社会に訴求するために旧来からある信仰を飲み込むようにして新しい信仰、つまり弱者と苦しみのための信仰をつくった。その上では針の上で天使が何人踊れるだろうかという神学的な論争や哲学等は無力にしかすぎないんだよね。

 特に先発であった仏教においては、その時点で「諦観」という概念をもって社会にあたるしか苦しむ人々に逃げ場をあたえることが出来なかった。仏教哲学における行動概念そのものを原初時のままで適応するという事は「諦観」し、力に畏怖し自罰的な行動をあたえる可能性が非常に高い。それに特化したものが仏教哲学の本質であり、仏教がもつ迷宮的な問題だとも思う。

サンスクリット文献等に目を通す限り、こうした「諦観」に対する問答はパズルとしては個人的にもパズル的であり非常におもしろいものであるとはおもうが、哲学というものは基本的には現実行動に対して自らを如何様に処するかというものだと定義する時に多雨買われるツールであり、その意味を鄢著巣売る限り、これら仏教並びにキリスト教神学的な迷宮は哲学ではありえない。ユングと同じく自分自身を閉じ込めるためのレンガの塔のようなものだといってもいいのではないか。(あるいみの精神療法)

本質的な宗教者、キリスト、モハメッド、仏陀、そしてルター、ラスカサス、そして現ダライ ラマはこれらの神学的拘束から多くの人々をとりのぞき、原初的な「個人の苦しみ」に立ち戻ろうとしているんだよね。

ただ考える思うだけでは宗教者ではないし神学的な考えを自分の正当化と権力を強めるために行動し「個人の苦しみ」増幅させた松本死刑囚のような存在は宗教者でもなんでもない。松本死刑囚は単なる悪意に基づいた詐欺師であるといっても過言じゃないと思う。

「個人の苦しみ」を見つめ、そしてどのようにすれば良いかを試し続けるものが宗教者であるのだろうと僕は思う。

ダライ ラマもその改革を持ってして、いつか神話をのこし、後世の人々にミメーシス(模倣と訳していただいて結構)させるのだろうとおもう。しかし、また、新たな人がその神話を書き換え「苦しみ人」のための新たな神話を作るのだろうと思う。
つまり、神話形成と、その刷新こそ宗教者の役割であり、決して自己憐憫や自己正当化などのためのものではないんだよね。

人によって様々な感想を持つでしょうけれど

人ひとりの命の大切さ
相手を思う心の持ち方
単純ですがそういったものが大切だと感じますね。

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