元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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 郵便不正の大阪地検特捜検事の逮捕について。

 検察も、今回のような証拠のねつ造は特例で例外、というわけでもないだろう。いつもそれなりに有罪に導くための強引なことをやっている。それは私自身の裁判でもそうだった。

 古い話で申し訳ないが、2004年に逮捕された桃源クリーム事件です。「桃からつくった天然のクリームだ」といいつつ実はステロイド入りだったという。いわゆるアトピービジネスだが、当時はそんなことは全く知らなかった。

 「桂林の洞窟の暗闇にしかならない桃の実がある」。それは当時入りたての信徒Nが作ったデタラメな話だった。その話に元V師(以下V)他出家・在家信徒の多くが巻き込まれた。最終的にNと共に私含めた在家出家十数名が逮捕された。裁判の過程で、検察はステロイド入りの詐欺の話も、Nが主導したのではなくVが主導したというストーリーを作った。Nはそのストーリーに則って供述する一方、Vは黙秘した。結果として、Nの公判は他の共犯者とは最初から分離され、早々に判決が出た。求刑は執行猶予が付きそうなギリギリの四年、判決は思惑通り3年で執行猶予5年。

 その後、Vや私他十数名の公判が進行した。証人出廷したNの話は、明らかな矛盾とウソでボロボロ。それでもNの確定した判決は変わらない。検察ストーリーで主犯とされたVの求刑は6年だった。が、裁判所はNの証言に余り信用性をおかず、判決は2年6月の実刑だった。

 検察としては有罪にできればいいということなんだろうか。事実でなくとも、執行猶予や保釈を餌にして供述させ、供述しない人に罪を押しつけさせる。それくらいは平気なんだろうな。

 こういう事実と違う押しつけをやっているから、何十件かに一件は無罪になる。オウム事件でも幹部Sは、監禁罪でかなり初期に逮捕・起訴されたが無罪になった。勿論、これを持って一連の凶悪事件が捏造だなどと言うつもりは毛頭無い。

 ちなみに私が巻き込まれた経緯。私はこのビジネスの経緯は知らなかったが、途中であの有名な大阪セクハラ事件で東日本道場管轄の仕事が転がり込んできた。あのセクハラ事件がなければ、私もこれで逮捕されることもなかったろう。Vと師補の主導権争いに巻き込まれて、このビジネスの存在を知った。当時不動産の仕事等をやっていた部下に調べさせたが、どうやっても薬事法その他に抵触することが分かった。Vには「どうやっても違法だから辞めろ」と言ったが、彼は「信徒が勝手にやっていることですから」とかわした。

 まあこのVは、正悟師の言うことでも聞かないヤツだった。ある時三女が「VはM(道場担当の女性サマナ)にひっかかっている。Mは違う道場に異動させろ」と私に指示してきたことがあった。しかしこれも三女は教団運営に関係ないという建前上、「あなたが考えた指示としてやってね、私の名前は出さないで」ということだったからやっかいだった。いくら説得しても、Vは私の言うことを聞かず反論し続けた。Mに引っかかっているということも当然認めない。1時間くらい説得しても話にならないので、次のように言った。

 「あのなー、これ秘密って言われたんやけど、あなたが言うこと聞かないからここだけの話でいいます。これアーチャリー正大師の指示なんです。あなたどうする?」

 「あ、分かりました」

 Vはあっさり折れた。こういうアホらしい教団運営を1年くらい続けた後逮捕された。

コメント


ヴァーラナ師

今、何をしているんでしょうかね?
Alephに復帰したのかな?

わたしも彼と東京道場で面談したことがありましたけど、
VT正悟師とは真理図書館で絵本を届けにいらっしゃったのを拝見しただけでつ。


ヴァーラナ師は出所後やめましたよ。
今どうしてるのかな?

あまり関係ないですけど、今回のヤスの備忘録はいいですね。
http://ytaka2011.blog105.fc2.com/blog-entry-187.html

「私の経験では、このような英知は、既存の信念の体系や既製宗教の信仰心では得ることはできない。この英知を得るためには、われわれの中にもあり、周囲にもいつでも存在している不可視の世界を直接体験しなければならない。このような体験のみが、われわれを本格的なイニシエーションへと導くのである。

この体験をすると、すべてが変化してしまう。すべての存在がすべてのものと結び付いているのが分かるからだ。そして、意識こそ、すべてのものが関係付けられ、関係が維持される場なのだとうことを実感する。

これを体験すると、今度はわれわれ自身も、すべてのものをものすごい生命力で結び付けている場(意識)の一部であることを実感する。この場(意識)こそ「神」と呼ばれるものである。

私の生命力の場に関する研究では、「神」は、ものや名詞で表すことのできる存在ではない。「神」というのは動詞であり、プロセスなのだ。それはあらゆる存在にあるプロセスであり、超越的でもあり内在的でもある力である。それは、遠くにありながらもいたるところに偏在する力だ。それは、ここにもあちらにもあり、上にも下にも、中にも外にもある。」

閉話休題

ヴァーラナ師は情の面?で囚われがあったのでしょうか・・
でも他人の業をあえて背負おうとしてたところがあるような方だったと思います。
色々誤解されて巻き込まれちゃうタイプかな、私は優しくて好きだったな~、いつもニコニコ、相手の話にもできるだけ圧殺しないよう「うん」「そうそう」と肯定的に返す方だった。

さて、やっと、やっと、やっとほんとに涼しくなってきましたね(^^)

破の挿入歌の歌詞がなにげに凄い。

「Keep Your Heads Above The Mayhem」

僕の幸福を教えなきゃいけない
教えられた事を学ばないといけない
僕の運命は決まっていない
僕はそう信じ続ける。

未来に待ち受けるものは何?
僕は報われるの?
豊かさの権利はもらえるの?
目標なんかないこんな世界で。

時間を作ったのは誰?
僕の運命はいつ決まるの?
前もって警告はあるの?
僕自身が決めたの?そんなこと思いもよらないけど。
僕の幸福を教えなきゃいけない
教えられた事を学ばないといけない
僕の運命は決まっていない
僕はそう信じ続ける。

最強たる勇者の魂の戦い
善は悪を撃ち滅ぼすであろう
世界が破滅に向かう事あらば
カオスを統べよ、カオスを消し去れ
破滅への濁流の中、
暴力を超越し己を保ち、虚勢の閃きを見せよ。
躊躇い(ためらい)と死を覆い隠せ。
それは汝の武器となること、明白であろう。

我らがなさねばならぬ最後の決断
創造か破壊か、我らの運命が定まる。
もし我ら敗れることあれば
アルマゲドン(最後の審判)は告げるであろう
地獄の業火、後の世もなし、また別の世界もなしと。

かくして大虐殺がはじまる
隠れ場所など、誰にも、何処にもない
最も血塗られた戦い、慈悲は与えられる事も奪われる事もない
全ての戦いを終わらせる戦いがここにある
空は大いなる恐怖に満たされ
幾百万人が虐殺されるにまかせ、人類は苦しみ姿を消していく
もしもこの戦いが終局に向かわなば
我らは永遠の暗黒に覆われる
破壊の淵に死が、我らは暗黒の時に覆われる
多くの人類が、普遍的な悲劇が降りかかる結末へと向かう


神が我等を救い得ないならば、我等を救いえる者はいないであろう
もし我等を救い得る者がおらぬならば、我等は永遠に立ち去らねばならぬ

終末は ここに 終末は ここに 終末は ここに 終末は ここに 
そして 今。


「The Final Decision We All Must Take」

http://fefnir.com/kt/sh/eva_the%20final%20decision.shtml


両方ともYuutubeやニコニコに動画あります。

「Keep Your Heads Above The Mayhem」http://www.nicovideo.jp/watch/sm7689113
「The Final Decision We All Must Take」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7583809

(私、eva原理主義者ですのでうざかったらすいません。)

<Vはあっさり折れた。こういうアホらしい教団運営を1年くらい続けた後逮捕された>
そうでしたか。今でも師、試補、サマナなんかアホぞろいですよ、。12月始めから末にかけて入谷にパ-ルシャンバラが全員移動で荒木、サンサン、慈愛がパ-ルシャンバラに全員移動です。師の気に入らないサマナは首切りで、気に入られてるサマナは気に入らないサマナと話をするなと言われているみたい、アホくさ。

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質入れ生活

べつにアホなわけでなく、心を人質にとられてるんですよ。
だから表情が暗い。
権威筋の意向に忠実に動かなければ今の立場を維持できない。
そこまで心を捨てられない人ははじき出される。

だから中枢、管理部門の対応はすごく冷酷に感じる。
宗教的、経済的脅しで、魂を抜かれるようなことがあってはならない。
それはある種の観念的脅し。人は太陽と大地があれば生きていける。サマナはもともとすごく生活力があるよ。

うお!

二拍子さんに珍しく毒気があるw
こういうのは本物、悪くないよ。
解放のとき。

気に入らないサマナ?

気に入らないサマナは首切りといっても
完璧にやることやって
表面的に布施したり内ワークしたり戒律は守ってばれないところで破って
修行をしてれば出されないでしょう。

突つきようがないから。
財施系のサマナであまりにもやりたい放題の人は危ないかもしれませんね。
でも形だけの出家でストレス溜まってる人はいい機会ですよ。
枠に無理矢理押し込められると精神が病んでくるから。

主体的に発言したり行動すれば、自分の立場なくなりますよ。自ら突つかれる要素を作っただけですけどね。

黙っていれば、行動に気をつければ、出されないでしょうけど、いつか行き詰まるし、そうでなければロボットと化すか。他のひとを排除することに加担することを拒否したら、もう窓際ですからね。責任を持ったパートの人は無難にやり過ごすことも難しい。だから旧役員の人は追い出された。

そこまで来ると、そこに居るだけではモチベーション持てないから(別のモチベーションが無い限りは)、行事に参加したりすることも難しくなるだろうし。布施する意志があっても何かのきっかけで即刻出されることもある(あった)し。

グルグル尊師尊師に留まっていれば、いろいろ不満はあっても個人の信仰の枠内で続けられる場合もあるかもしれないけど、自分の場合はそうはいかなかったってだけですかね。

そのグルグル尊師尊師が、不可侵の聖域であるが故に、ここ数年の問題の温床と化したと見ていますから。それを誰かが気づいた時点で声をあげないと。たまたま発言する人が少ないから自分自身、特殊な目で見られるけど、気づいた人はもっと声を出すべきかと。

真の修行とは

秋になると、澄んだ空気の中で、空が透き通るように広がっていきます。
纏わりつく夏の暑さが消え、沁みるような秋の涼しさを感じます。
鳥の鳴き声は、朝を喜んでいるような感じがします。まるで生きることを喜んでいるように。

規律というのは、外から強制されなければ、守ることができないものなのでしょうか。
もし、外からの強制が一切なくなったら、規律を守ることができなくなってしまうのでしょうか。

20歳の頃、私は朝5時に起きて、完全菜食で、徹底的にサーダナ(霊的な修行)をしていました。
それによって、心が浄化されたような気がしていました。

しかし、あるとき疑問が湧いてきたのです。
私が規律を守り、一生懸命修行をしているのは、外からの強制、
あるいはそうしなければならないと思ってしていることではないだろうか。
これは真の意味での霊性修行なのだろうか、と。

もし、一切の強制がなく、評価されることも、励まされることもない世界で、
私が規律を守り、霊性修行を実践するなら、私の修行は本物である。

でも、強制されたり、評価されることを求めて修行をするなら、
それは単に子供が親の愛情を欲しがってする、子供じみた幼稚な振る舞いに過ぎない。
それが真のサーダナなのか。

その疑問は日増しに強くなり、私は一切の強制のない世界に飛び出しました。
その結果、私の中に、規律など全くなく、浄化されたと思っていた心など、
私の幻想に過ぎなかったということを、嫌というほど見せ付けられました。
それはまるで、囚人が、自分の牢獄を飾り立てるようなものです。
どれほど美しい生活でも、牢獄は牢獄なのです。牢獄から飛び出して、
社会の中で、自分の人生を美しくしていく…それこそが、真のサーダナではないでしょうか。

しかし私がそういうことに気づくまで、大変な時間がかかりました。
様々な人間関係のトラブルや、大きな病気、経済的な困窮など、
人間のあらゆる苦労を一通り体験したと思います。

しかし、今になって思えば、
それが私にとっての真のサーダナであったと理解することができるのです。


全く強制がなく、仲間もいなくて、自分を評価してくれる師もいない。
そんな生活の中で、自らの内から湧き出てくる自己規律によって、美しい生活ができるでしょうか。
自分の心身が、規則正しい生活を欲しているから、規則正しく生きることができるでしょうか。
自分の肉体が、美味しく美しい食材を欲しているから、食事に気を使うようになっていくでしょうか。

誰かにこうしろと言われ、守られた場所で、どれほど自分を厳しく律しても、
自分の根本にある様々な欲求を抑圧し、見ないようにしているだけでは、真に成長することはできません。

誘惑があっても、誰からも強制されなくても、自分自身で自分を律していくことができる、
これが真の自己規律です。
それは、そのような社会の中でしか、実現することができないものです。
悲しみがあり、絶望があり、信じられないような暴力や陰謀や、
優しさの欠片もない社会の中で、自分の中の美しさを育てていく、
これこそが、真の意味でのサーダナ、霊性修行ではないでしょうか。

私にそれができているとは、私自身も思っていません。
ただ、この道は、間違っていないという確信があります。
一番厳しいのは、この社会そのものです。
この社会こそが、地獄であると同時に、天国を実現していくことのできる可能性も秘めているのです。
だから私たちは、この社会に生まれてくる決意をしたのではないでしょうか。

守られた繭の中で、どれほど安らぎを感じても、それは幻想に過ぎないでしょう。
このあるがままの社会の中で、自分の中に真の安らぎを確立できないなら、修行は何の意味も持たないのです。

だから社会の中で、仕事をする必要があるし、人間関係の中で揉まれる必要があるのかもしれません。
私もサラリーマンの頃は、毎日仕事が終わると、吐き気を催しながら帰路についていました。
日々の仕事の疲れ、人間関係、責任、様々な重圧がのしかかってきます。

もちろん、自分が心地良く、楽しんで仕事ができる場所を求めていくことは大切だと思います。
今の私は、フリーな状態で、自宅で仕事をしていて、ストレスのない状況を実現しています。
でも、それは守られた世界ではないし、いつ路頭に迷うかもわかりません。
だから、自分の実力だけが頼りなのです。

こういうことを考えると、私の目の前には、いつも美しい蓮の花が浮かんできます。
ハウス栽培でもなく、栄養を与えられながら育つ花でもなく、泥の中に根を張り、
美しく咲く蓮の花。仏教が、蓮の花を象徴としてきたのは、
この四苦八苦の社会の中でこそ、真の修行ができるということを、知っていたからだと思います。

出家することもなく、健全な社会人として、この社会の中で生きていくこと。
それこそが、一番大切な修行だと思います。
蓮の花のように、社会という泥の中に根を張って、美しい大輪の花を咲かせることが、
真の意味での修行なのです。

Mon, September 27, 2010

http://ameblo.jp/shin-mizui/entry-10660288254.html

興味こそ原動力

信仰の形態は様々だと思います。
まぁ方法論に過ぎないわけですから、固定的にしない方がよいような気はしますね。
あの閉鎖的だったチベット密教ですら、追い詰められた果てに今では世界を股にかけたような独創的な展開になり始めてますからね。

さて、多くの人は暗い日常の現状に、膠着したような精神状態(ナーディー状態)にあるかもしれませんね。

そんな時は刺激ですね。
通常やらないようなことやってみる、合わないような性格の人にまみえる、場所に行く、概念などに触れてみる・・・etc のも一興かも知れません。

【解明】宇宙の仕組み その1【ブラックホール編】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12092385
【解明】宇宙の仕組み その2【ブラックホール編】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12092436

これらはSFなどではなく、現在まで解明されたほんとにある物理現象、ブラックホールについての解説。まだまだ知られてなかったことが怒号のように出てきます、しかも理解不能のような神秘的な出来事だらけ。

そしてこれらも真理の一側面ですね。

事象の地平の向こう側はニルヴァーナなのか如来の領域なのか全くわからないとして、マクロの領域と原子の領域は映し鏡みたいなもんか?事象のループ性は・・事象とは時間軸が織り成すタペストリーのような・・など興味は尽きません。

こんなん知ると、狭量な視野で信仰形態のありように右往左往して拘るのもちょっと馬鹿らしくなってきます。

ちょっとした停滞に多くが苦慮してる、ならみんなでワイワイやって変えてきゃいいじゃん、いったい誰のための教団なんでしょうかね?
そんな風に思うわけで。

もっと大らかに自由に行きたいものですね。


# #lKqhJUcQは誰?師、役員、幹部の人かいな?

違うよ

役員でも現役でもないよ。
生活とか心理的な面握られてるのは生命線を組織に握られてること。
つまり人生預けてる。

中途半端に出家生活するなら出た方がいいよってこと。
鼻つまみモノとして認識されちゃうと潜在意識に傷が付く。

元々出家は生活共同体でも互助会でもないんだから。方向性が自分と違うとなると落ち着かなくなってくるのでは?

出家してますってことだけど煩悩満たそうとベクトル向かってるなら現世の方が生きやすいよ。
潜在意識出てるからしょうがないんだってことなら
それだけ強い潜在意識なら尚更現世の方が後々の為にもいいと思います。

共同体から出家教団に戻す動きがあるようだけどもうパワーはないよね。

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