元オウム教団幹部 野田成人のブログ

★唯一人の荒らしの為にコメントは承認制になります★ 累積賠償額949万円

HOMEPR 都市難民 住宅ローン 経済 ニュース イスラム国 幸福・功徳 陰陽 オウム関連 団体存続 雑多 きまぐれ

 だいぶ間隔があいたが、団体存在意義の続き。もっとも重要と思われる事項なのだが、「社会に溶け込めない人間の居場所」として、教団は一定の存在意義があると思われる。

 現代の資本主義社会に違和感を覚える人間、あるいは競争の過程でそこからはじかれる人間というのは少なくない。人間の価値観・考え方は洋々だから、特定の価値観の枠組みにはまらないケースも多い。そういう人間も自分の居場所が見つけられるような団体や集団が必要ではないか、と考える。

 社会で居場所を見つけられない人間が増えるとどういうことが起こるか?そういう人間は、社会の裏の面の影を負わされるようになる。具体的には、誰がどんな影を負って何をするのか?一つの典型的な例としては、一昨日から被告人質問が始まった加藤智大被告。あの秋葉原無差別大量殺人の犯人である。

 私見だが、彼は現代日本社会において「影の反逆」の役割を背負わされたのだろう。この「影」とは、社会の安定・秩序維持という光に対して、破壊という影である。これはかなり普遍的に存在する問題なので、一般にはほとんど理解されないであろう。当然のことながら、加藤被告自身にもそれが理由であるなどとは理解できていない。この辺の問題は、拙著「革命か戦争か」のあまり皆さんがよく読んでいない第9章を参照願いたい。

 27日に開かれた第16回公判被告人質問において、事件の動機とも言える部分が彼の口から語られている。彼は事件を起こした理由を「使っていたインターネットの掲示板で嫌がらせをしてきた人たちに、事件を起こすことで本当に嫌がっているということを伝えたかった」などと述べた。彼は掲示板を「建て前の現実社会と違い、本音でものを言い合える場所だった。他にかけがえのないものだった」と重要性を強調した。事件前に「私のふりをして書き込むなどの荒らし行為をされた。自分が大切にしていた(ネットでの)人間関係を乗っ取られ、奪われた」などとした。

 私はこれは単なるきっかけに過ぎないと考える。それより注目したのは、彼の母親との関係だ。以下適当に抜粋したが、詳細は産経新聞web参照。長くなってしまったので次に続く。

弁護人「小さいころのことで一番記憶にあることはなんですか」

 被告「アパートに住んでいて、母親にトイレに閉じこめられたことです」

弁護人「青森市に移ってから、お母さんから何かされましたか」

 被告「2階の窓から落とされそうになったことがあります」

 弁護人「なぜ?」

 被告「その直前に、母が夕食の準備をしていて、3つの皿にキャベツの千切りを盛っていたが、子供のいたずら心で、一つの皿にまとめたら、母親が激怒しました。そういうことがありました」

弁護人「理由がないのに怒られる。毎回そうだということですか」

 被告「毎回よく分からない。説明をされないということです」

 弁護人「何が悪いか教えてくれない」

 被告「そういうことです」

 弁護人「母親との楽しい思い出はありますか」

 被告「特に思い当たることはありません」

弁護人「自宅が新築になってからは、残っている記憶とかはありますか」

 被告「一緒に遊んでもらった大工さんに対してあこがれの気持ちを持つようになりました。大工さんになりたいと母親に伝えたら怒られました」

 弁護人「大工さんと一緒に遊んでもらって、あこがれを持つようになったのですか。お母さんはどう言いましたか」

 被告「『何でそんなものになりたいの』と言いました」

 弁護人「その言葉の意味は分かりましたか」

 被告「いえ。分かりませんでした」

 弁護人「お母さんに対してはどうして大工さんはだめなのか聞かなかったのですか」

 被告「聞きませんでした。そうしたことを言える環境じゃなかったです」

 弁護人「どうしてですか」

 被告「抵抗したりすると怒られてしまうと思いました。母親の意に沿わないことをするとさらに怒られます」

被告「母親から何かするように言われて、それをうまくできなかったら10を数えるうちにやりなさいと言われました」

 弁護人「できなかったらどうなるのですか」

 被告「何らかの罰を与えられるのです」

 弁護人「それで抵抗することをやめたのですか」

 被告「そうです」

 弁護人「大工さんのほかに夢はありましたか」

 被告「レーサーになりたいと考えました」

 弁護人「F1レーサーのようなものですか。お母さんに話すとどう言われましたか」

 被告「そんなものになるべきじゃないと一蹴(いっしゅう)されました」

 弁護人「どう思いましたか」

 被告「悲しかったです」

 弁護人「転校してからお母さんとの間で残っている記憶はありますか」

 《加藤被告の発言と呼吸を合わせるように質問を続ける弁護人》
 被告「お風呂で九九を教えてもらいました。湯船に入っている間に暗唱しなさいと言われました」

 弁護人「お母さんも一緒にお風呂に入っていたのですか。嫌な記憶はありますか」

 被告「間違えるとお風呂に沈められました。頭を押さえつけられて沈められました」

 弁護人「どんな気持ちでしたか」

 被告「大人しく沈められていました」

 弁護人「沈められているときにどんな言葉をかけられていましたか」

 被告「笑われていました」

 弁護人「お母さんはふざけて沈めていたのでしょうか」

 被告「苦しくなるまで沈められていたので、ふざけていたということはないです」

 弁護人「もう一緒にお風呂に入りたくないとお母さんに言わなかったのですか」

 被告「ありませんでした。結局はやらされるからです」

弁護人「ほかにどんな怒られ方をしましたか。泣いてしまったことはありますか」

 被告「よく泣いていました。でも泣くことでお母さんに怒られる材料になりました」

 弁護人「どんなことがありましたか」

 被告「口にタオルを詰められてその上からガムテープを張られたことがあります」

 弁護人「黙れという意味ですか」

 被告「たぶんそうだと思います」

弁護人「ほかにはありますか」

 被告「私が泣くたびに母親がスタンプカードをつくりました」

 弁護人「スタンプカードとはどういったものですか?」

 被告「押すところが10個あって、スタンプが10個たまると罰を与えられました」

 《弁護人の質問にすべて即答で答える加藤被告》

 弁護人「罰とは何ですか」

 被告「いろいろありましたが、屋根裏部屋に閉じこめられることがありました」

 弁護人「屋根裏部屋はどんな所でしたか」

 被告「サウナのようなひどい所でした」

弁護人「家族だんらんの思い出はありますか」

 被告「ないです。だんらんとはいいたくないです」

 弁護人「なぜだんらんとは言いたくないのですか」

 被告「リビングに集められてカードゲームをやったりしましたが、楽しくなかったのでだんらんとは言いたくないです」

 弁護人「あなたにとってだんらんではなかった」

 被告「はい」

 弁護人「嫌々、参加していたんですか」

 被告「嫌々ではないですが、嫌々参加しているように見せないようにしていました」

弁護人「家族で食事をしているときに記憶に残っている出来事はありますか」

 被告「私は食べるのが遅いので、食べきれなかったのを新聞の折り込みチラシにぶちまけられて食べるように言われました」

 《子供のころの出来事を淡々と告白する加藤被告》

 弁護人「お母さんにですか」

 被告「はい」

 弁護人「いつごろですか」

 被告「小学校3年生ごろからです」

 弁護人「チラシにですか」

 被告「いつもはチラシですが、1度だけ廊下の床にぶちまけられたことがありました」

 弁護人「いつもというのは何度かあったんですか」

 被告「何度もありました」

 弁護人「お母さんが食器を片付けたいからですか」

 被告「そういうことです」

 弁護人「食べるのが遅かったのはなぜですか」

 被告「私が食べるのが遅かったのもありますが、量も多かったです」

 弁護人「量が多いことを断ることはできなかったのですか」

 被告「言えませんでした」

 弁護人「どうしてですか」

 被告「母のやり方や性格を考えると、最悪、食事を抜かれるということが容易に想像できたからです」

 《加藤被告は、決して楽しいとは言えない子供のころの出来事についても丁寧な口調で話し続けた》

 弁護人「チラシに食事を撒かれてどうしたんですか」

 被告「必死で食べました」

 弁護人「どんな気持ちでしたか」

 被告「屈辱的でした」

 《加藤被告は相変わらず、無表情で前を見据えたまま》

 弁護人「チラシにご飯を撒かれたときはお父さんや弟さんはいたんですか」

 被告「食卓にいました。チラシに撒かれたときは弟がいました。廊下に撒かれたときは父親もいました」

 弁護人「お母さんは弟さんにはしなかったのですか」

 被告「弟は賢いのでがんばって早く食べていました」

 弁護人「あなたも早く食べなかったのですか」

 被告「がんばったが間に合いませんでした」

 弁護人「お父さんは廊下に食事が撒かれているときに何か言わなかったのですか」

 被告「見て見ぬふりをしていました」

 弁護人「かばったりはしてくれなかったのですか」

 被告「そうですね」

 《弁護人は加藤被告が家族の間で、違う扱いを受けていたということを強調する質問を続ける》

 弁護人「食事について逆に抜かれたことはありましたか」

 被告「それもありました」

 弁護人「どういうときにですか」

 被告「あるとき父の部屋で漫画を見つけて、見ていたら母親に見つかり食事を抜かれました」

 弁護人「お父さんの部屋に入ったことに対してですか」

 被告「そうではないと思います」

 弁護人「漫画を見ていたことに対してですか」

 被告「おそらくそうだと思います」

 弁護人「お母さんには何か言われなかったのですか」

 被告「言葉で説明をされてはいないので」

 弁護人「どんな漫画を読んでいたんですか」

 被告「少年誌のジャンプなどの漫画雑誌です」

 弁護人「お父さんの部屋にあったということですが、あなたの家では子供に漫画は与えられてなかったのですか」

 被告「はい」

 弁護人「お父さんのをこっそり見ていたんですか」

 被告「はい」

 弁護人「弟さんも見ていたんですか」

 被告「はい」

 弁護人「お母さんは弟さんにも同じことをしたんですか」

 被告「いえ」

 弁護人「どうしてあなただけなんですか」

 被告「感じとして、私だけが母親の目の敵にされているような感じがしました」

 弁護人「全般的にですか」

弁護人「大きくなるまで、おねしょをしていましたね?」

 被告「はい。小学校高学年のころまで」

 弁護人「母親に何か言われたことはありますか?」

 被告「『何でおねしょをするの』と怒られ、オムツをはかされました」

 《女性弁護人の手によって過去が赤裸々に明かされていく。加藤被告は動じた様子もなく、背筋を伸ばして明瞭(めいりょう)に答える》

 弁護人「どんな気持ちでしたか」

 被告「屈辱的でした」

 弁護人「オムツはどんなものでしたか」

 被告「布のものでした」

 弁護人「赤ちゃんがはくようなものですか」

 被告「そういうものです」

 弁護人「洗濯しましたか」

 被告「はい。わざわざ外の物干しざおに干され、さらし者にされました」

 《女性弁護人は加藤被告の横顔を見つめながら、質問を続ける》

 弁護人「屈辱的でしたか」

 被告「はい」

 弁護人「勉強やスポーツで優等生だったようですが、学校生活はどうでしたか」

 被告「家にいるよりはマシでした。勉強は嫌いでした」

 弁護人「成績は良かったんじゃないですか」

 被告「母親に無理やり、勉強をさせられていました」

 弁護人「良い点を取って楽しくなかったですか」

 被告「それはなかったです。テストは100点を取って当たり前で、95点を取ったら怒られました」

 弁護人「絵がコンクールに入賞したり、詩や作文が評価されていましたね?」

 被告「形式上はそういうことがありました」

 《独特な言い回しで答える加藤被告。女性弁護人が「形式上」の意味を尋ねると、加藤被告は淡々と答え始める》

 被告「私が書いたものではなく、母親が手を入れたり、母親がほとんどやったりして、私の名前で出しました」

 弁護人「お母さんが書いたのですか」

 被告「夏休みには私が最初にやるのですが、母親が手を入れていき、私のものではなくなっていくということがよくありました」

 弁護人「作品が評価されても、自分が評価されていると感じなかったのですか」

 被告「はい」

 弁護人「将来の進路について言われたことはありますか」

 被告「小学校低学年のときから、北海道大学の工学部に行くよう言われていました」

 弁護人「中学、高校についてはどうですか」

 被告「北海道大学に行くことが大前提で、中学のころは青森高校、県内トップクラスの進学校に行くことが当然という空気でした」

 弁護人「自分では『どうしたい』という希望はありましたか」

 被告「車が好きだったので、車関係の仕事を考えていました」

 《弁護人は加藤被告が小学校時代に足が速いと評価されていたことに質問を移すが、加藤被告は自虐的とも受け取れる発言をした》

 被告「学校のイベントで自分だけが一生懸命やり、一番になった。そして陸上部に入って練習して、足が速くなっていった」

 弁護人「もともと得意ではなく、みんなが手を抜いたということですか」

 被告「はい。そういうことです」

 弁護人「好きなスポーツは?」

 被告「小学生のときは陸上部ではなく、野球部と考えていました。小さいころ、近所のお兄さんと草野球をやっていたから、野球に興味がありました。みんなで1つのスポーツをやることにあこがれていました」

 弁護人「それでも野球部に入らなかったのですか?」

 被告「母親に『入りたい』と言いましたが、『ダメ』の一点張りでした。理由は説明されなかったので、分かりませんでした」

弁護人「小学校には制服がありましたか」

 被告「私服でした」

 弁護人「服を自分で選びましたか」

 被告「母親が前の日に選びました」

 弁護人「自分で選んだことはありますか」

 被告「選ぼうとしたことはありました。母親は着ていく服を私の部屋にあるタンスの上に置くのですが、あるとき、私は自分で選んでそこに置きました。母親はそれを無言で床に投げ捨てました」

 弁護人「(母親は)どうしてそんなことをしたのですか」

 被告「最初は服の組み合わせがダメだと思いました。別の組み合わせを試したのですが、何度(服を)置いても投げ捨てられました。結局、『自分が着たい服はダメ』と言いたかったのでしょう」

 《進路、部活、通学服。着せ替え人形のような幼少期を過ごした加藤被告はいま、黒いスーツ姿で証言台に座り、微動だにせずに答えていた》

弁護人「小学校のころに仲の良い友人はいましたか」

 被告「いました」

 弁護人「何人ぐらい?」

 被告「数人ですね。一緒に遊ぶような友達はいました」

 弁護人「友人が家に遊びに来ることもありましたか」

 被告「最初はありました」

 弁護人「最初は、というのは?」

 被告「友達が帰ると、母親がこれ見よがしに部屋の掃除を始めるので、『家に人を入れるな』ということだと思い、友達を連れて行かなくなりました」

弁護人「中学の頃、女の子と付き合ったことはありますか」

 被告「はい。覚えているのは2人です」

 弁護人「初めて付き合ったのは?」

 被告「中学2年のころです。クラスメートです」

 弁護人「どんなお付き合いでしたか」

 被告「一緒に学校から帰るとかです。何となく始まって、何となく終わりました」

 弁護人「2人目は?」

 被告「中学3年の時です。やはり何となく始まって何となく終わった感じでした」

 弁護人「自然消滅したということですか」

 被告「いいえ。母親に『あの子と付き合うのはやめなさい』と言われました」

 弁護人「なぜ付き合っているのが、お母さんに分かってしまったのですか」

 被告「自室の机の引き出しの中の手紙を発見されたのです」

 《母親は加藤被告の机を勝手にのぞいて手紙を見つけ、「付き合いをやめないと転校させる」と迫ったという》

 弁護人「反抗はしなかったのですか」

 被告「したところで転校させられるのは明らかなのでしませんでした」

 弁護人「中学校時代にお母さんにしたことを覚えていますか」

 被告「2年か3年の時に一度殴りました」

 《母親を殴った理由について弁護人が尋ねると、加藤被告は「ちょっと経緯が長くなりますがよろしいですか」と断り、説明を始めた》

 被告「食卓で黙々とご飯を食べていたところ、母親が何かのことで私に怒り出し、頬をつねったり髪をつかんで揺さぶったりしていたのですが、私はそれを無視していました。その後、私が洗面所に移動したところ、母親がついてきて、本格的に殴りだしたので反射的に手が出てしまったのです」

 弁護人「どんな風に殴ったのですか」

 被告「右手で。グーで。力いっぱい、左の頬のあたりを殴りました」

 弁護人「お母さんに暴力を振るったのは…」

 被告「後にも先にもこれ1回です」

 弁護人「どんな気持ちでしたか」

 被告「悲しかったです。何でこうなっちゃうんだろうという気持ちでした。涙が流れました」

弁護人「中学生までのことを聞いてきたので、高校からのことを聞きたいと思います」

 《進学校だという青森高校に進学した加藤被告》

 弁護人「青森高校に合格してうれしかったですか」

 被告「特にうれしいとは思いませんでした」

 弁護人「母親は喜びましたか」

 被告「喜んでいたようです」

 弁護人「ほめてくれたりはしましたか」

 被告「覚えていません」

 弁護人「入学してからの成績はどうでしたか」

 被告「最初の試験はビリから2番目でした」

 弁護人「中学ではトップクラスだったのに成績が下がったのはどうしてですか」

 被告「単純に勉強しなかったからです。そもそも、勉強が好きではなかったし、一定の母親の要求に応えたのでもういいだろうと思いました」

 弁護人「成績が下がったのはショックでしたか」

 被告「ショックというわけではないですが、まずいなと思いました」

 《その後、加藤被告は、勉強をして成績を100番巻き返し、真ん中より下まで上げたという》

 弁護人「がんばって成績を上げた後の母親の反応はどうでしたか」

 被告「特にありませんでした」

 弁護人「下がったときはどうでしたか」

 被告「どうして勉強しないのかといわれてばかりいました」


コメント


管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

こんなことができるのは宗教団体か慈善事業団体しかない

>「社会に溶け込めない人間の居場所」として、
>教団は一定の存在意義があると思われる。

こういうことができるのは宗教団体か慈善事業団体しかない。

利益追求の会社法人はこんなことはできないし、
公共団体…国とか地方行政なんかもきめ細かな対応は難しいみたいだし。

アレフもカリスマ性のある人はみんないないわけだし、
それでも存在し続けているのはすごいことかも。

目立たなくてもすごい実力ありなのかな。


この母も連座で死刑にしろ

北大や東北大の工学部ごときで、厳しく躾る(実際は虐待)な。ドアホ。
だいたい、俺の母校(N県のお寺の名前が付いた全国に名高いクイズ強豪校)ではな、こんな所なんか1年浪人して東大・京大に前期で受からなかった者が嫌嫌後期で「私立に行くよりマシ」と言って行くような所やぞ。(ちなみにうちでは下位20位(220人中)に入らなければ合格できる)

厳しく躾るなら、せめて弘前大や東北大の医学部医学科、もっと言うなら理3や京大医学部医学科辺りなら厳しく躾てもエエがな。
ケツの穴が小さいわ。やから青森はいつまで経っても教育過疎県なんや。ホンマに大馬鹿や加藤被告もその母親も。強いて言えば父親も。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://alephnoda.blog85.fc2.com/tb.php/471-22192997

 | HOME | 

プロフィール

alephnoda

alephnoda

野田成人のブログです
メール返事欲しい人は氏名・電話番号必須
ブログ手伝ってくれるスタッフ募集中
メールは上の画像の vv9919662014 @ じーめいる。コム

月別アーカイヴ

2037-12 : 1
2017-08 : 2
2017-07 : 1
2017-06 : 6
2017-05 : 4
2017-04 : 6
2017-03 : 6
2017-02 : 6
2017-01 : 5
2016-12 : 5
2016-11 : 4
2016-10 : 3
2016-09 : 3
2016-08 : 4
2016-07 : 4
2016-06 : 5
2016-05 : 3
2016-04 : 6
2016-03 : 3
2016-02 : 4
2016-01 : 6
2015-12 : 7
2015-11 : 9
2015-10 : 7
2015-09 : 5
2015-08 : 6
2015-07 : 8
2015-06 : 6
2015-05 : 8
2015-04 : 8
2015-03 : 8
2015-02 : 10
2015-01 : 10
2014-12 : 5
2014-11 : 9
2014-10 : 9
2014-09 : 9
2014-08 : 7
2014-07 : 6
2014-06 : 13
2014-05 : 9
2014-04 : 9
2014-03 : 8
2014-02 : 6
2014-01 : 5
2013-12 : 2
2013-11 : 6
2013-10 : 8
2013-09 : 8
2013-08 : 9
2013-07 : 13
2013-06 : 8
2013-05 : 12
2013-04 : 8
2013-03 : 10
2013-02 : 9
2013-01 : 12
2012-12 : 6
2012-11 : 10
2012-10 : 8
2012-09 : 4
2012-08 : 9
2012-07 : 10
2012-06 : 8
2012-05 : 8
2012-04 : 6
2012-03 : 13
2012-02 : 14
2012-01 : 15
2011-12 : 9
2011-11 : 13
2011-10 : 6
2011-09 : 10
2011-08 : 8
2011-07 : 9
2011-06 : 11
2011-05 : 9
2011-04 : 6
2011-03 : 11
2011-02 : 4
2011-01 : 6
2010-12 : 6
2010-11 : 5
2010-10 : 9
2010-09 : 10
2010-08 : 10
2010-07 : 7
2010-06 : 7
2010-05 : 7
2010-04 : 6
2010-03 : 6
2010-02 : 7
2010-01 : 4
2009-12 : 2
2009-11 : 3
2009-10 : 5
2009-09 : 3
2009-08 : 4
2009-07 : 9
2009-06 : 10
2009-05 : 10
2009-04 : 13
2009-03 : 7
2009-02 : 1
2009-01 : 4
2008-12 : 8
2008-11 : 9
2008-10 : 6
2008-09 : 7
2008-08 : 7
2008-07 : 8
2008-06 : 5
2008-05 : 4
2008-04 : 7
2008-03 : 7
2008-02 : 7
2008-01 : 7
2007-12 : 10
2007-11 : 8
2007-10 : 5
2007-09 : 8
2007-08 : 12
2007-07 : 7
2007-06 : 15
2007-05 : 18
2007-04 : 9
2007-03 : 17
2006-04 : 1
2004-03 : 12
[RSS 1.0]  [RSS FEED]

FC2Ad