元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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前回の続きです。
次回掲載予定: 4/29 昭和の日にちなんだ話題

――でも今までは政治力のある上祐さんが代表となって社会との軋轢を緩和させていたわけですが、それがなくなってしまった。今後教団がどうなるかは公安も気にしているでしょうね。去年の松本家関係への家宅捜索でも、恐らく教団と松本家の関係を把握したいというのが狙いだったのでしょう。        

野田 松本家の方も、そのあたりは気にして相当慎重になっているようです。


――その意味で昨年、松本家の四女が家出して最終的に江川紹子さんのもとへ身を寄せたというのは衝撃的な事件だったわけですね。野田さんから見ると、四女の離反というのは、もともと家庭内の対立、ゴタゴタなんですか。

野田 やっぱり信者が思っているような聖人君子の家族ではなくて、普通の家族ですからね。


――その事件で村岡さんはA派から中間派に転向したと言われるわけですが、一時は村岡さんたちが四女を担ごうとしたわけですね。

野田 そんな部分はありました。A派に対して、「三女の言っていることも絶対じゃないのだ」と訴えて、教団の分裂を止めようとしていました。


◆野田新代表と荒木広報
◆部長の対立

――野田さんたちはこれからどうすることになるんですか。

野田 僕は新代表として、社会と教団との溝を埋めたいと考えています。当面は自分の判断でマスコミの取材を受け、自分の考えを表明していきます。
 アーレフ広報部は現在A派ですから、僕とのコミュニケーションは今のところできていないし、荒木は広報対応、マスコミ対応をしていません。言いたいことだけホームページに一方的に書いて、マスコミからの質問には一切回答しない。それではまずいと思うんです。あれだけの事件を起こした教団なのだから、社会には教団に対して「何をやっているのか」という不安があると思います。結局、相手が何を考えているかわからないから、非常に警戒し、不信感が募る。
 教団と社会との間に、かなり修復が困難な広い溝ができてしまっているのは事実です。僕は、そこに少しでも橋渡しをさせていただきたいと思っています。  今回の分裂の後も教団に残っている信者は、狭い世界に引きこもっている宗教ニートみたいな人たちで、うまく社会に適応できない。だからと言って何か悪いコトをするということはなく、単に閉じられた集まりの中で考え方の合わない奴らを村八分するという、その程度なんです。そこを社会のみなさんに理解していただきたいですね。


――オウム事件の被害者賠償のことで管財人とやり取りしているのは誰なんですか。合同会義でやっているんですか。

野田 合同会義で決めたことに沿って動いているようです。支払いも遅れていますからね。5年間で9億6000万円支払うといいつつ、それが結局4億円くらい残っています。それを3年間引き伸ばして、最低4000万円ずつ払うということになりました。


――野田さんは代表だけど直接の交渉には関与してないわけですか。

野田 していません。現実問題、お金を僕が管理していませんから。僕が個人的にやっている分はありますが。


――今後、賠償金の支払いはどうするんですか。

野田 上祐の新団体の方も払うと言っているし、一応、A派も支払うとは言っています。

――野田さんが新代表として役員会を招集することはあるんですか。

野田 一応、正悟師には意見交換しながらマスコミ対応することなども決めていくつもりです。
 僕は荒木に「俺にマスコミ取材がきたら対応してくれ」と言ってあったのですが、「教団全体の意思決定がなされていなし、合同会義も賛成していませんので動きかねます」と拒否されたので、合同会議の連中にこう言いました。「君らが対応できないのなら、自分で対応させてもらいます」。結局、ある意味、彼らは「誰も責任をとりたくない」という匿名集団なんです。


◆800人の教団信者は
◆これからどうなる?

――上祐さんたちの脱会後、教団の信者は何人になっているんですか。

野田 出家信者で出て行ったのが60人。残ったのが320人。在家信者は、残った方が500人と上祐派が150人くらいですね。つまり、800人ほどが今なおアーレフですね。実際上、現場の動きを支配しているのは、合同会義とそれをリードしている約30人の師といってよいでしょう。
 ただ実際にはA派も完全にまとまってはおらず、3月12日の合同会議も、僕が一方的に質問攻めにあい、表立って支援してくれる人はいませんでしたが、個別に、話がわかりそうな人に「この話をどう思う」と聞いたら、「大きい声では言えないんですけど、私は賛成です。でも言わないでくださいね」と耳打ちされました。そういう状況もあるのです。

――野田さんは新代表と宣言してしまっているけれども、合同会議は今後どう出るのでしょうか。

野田 対抗馬を立ててくるという話もちらつかせていました。僕が代表であることを今も認めてはいませんから。


――A派が担ぐとしたら正悟師の中で唯一のA派とされる二ノ宮さんではないですか? 野田さんらは彼とは連絡はとっていないのですか。

野田 去年の3月から彼と直接、話をしたことはありません。何度、電話をしてもつながらないのです。たぶん僕の電話を取らないことにしているのでしょう。 でも僕は、二ノ宮は、松本家との関係も含めて責任をとるような立場にはならないと思いますよ。そもそも2004年10月頃、上祐が修行に行かされていた時、「修行から抜けて、指揮をとってください」と頼みに行ったのは二ノ宮なんです。その後二ノ宮はまた考え方を変えて、「やっぱり上祐はおかしい」とか言い出し、現在まで立場がころころ変わっているわけですが。


――野田さんは今後、社会に対してどんなことを訴えていきたいのですか。

野田 例えば今の教団に疑問を感じて、脱会する人も多く、この1年ちょっとで100人以上辞めています。でも脱会した信者も、社会になじめなくて、仕事にもちゃんと就けず、人に騙されて多額の借金をつくってしまった人とかもいるんです。3年ぐらい前に辞めた信者で、借金を400万円くらい作って自殺した人間もいました。僕としては、辞めていく信者への社会の理解をお願いしたいし、住む所や働く所の支援をしていきたいと思っています。


――もともと教団の人たちは、今の社会に絶望して宗教に入ったわけだけども、そこから社会に戻るというのは容易なことではないですよね。残っている人たちは、今、どう思っているのですか。死ぬまで教団にいるでしょうか。

野田 全財産をお布施して、親兄弟もいないという人もいます。現実問題どこにも行きようがないような人もいます。
 僕個人は、今まで教団の中で上の方に立ってきた責任もありますし、彼らの今後生きていく糧を得るよう支援していく責任を感じています。


――上祐さんの新団体との関係は今後、どうなるんですか。世田谷本部では双方が向かいあわせのマンションに住んでいるわけですよね。交流は禁止ということになっているわけですか。

野田 そうですね。あくまで個人の付き合いですね。


――野田さん自身、道場の説法会に呼ばれることはないんですか。

野田 ありません。マスコミに出ていろいろしゃべっているので、「野田もおかしくなった」と言われていますから。
 実際、「松本智津夫被告の死刑が確定し、あと数年後に死刑になる」と説法していたことがあるのですが、信者には「そんな否定的な話をしないでください。もっと希望の持てる話をしてください」と、思い切り反発されました。全員が全員そうではないんですけど、そういう声を上げる人がいたら、それが正論に聞こえてしまうというのが、今のアーレフの空気です。


――現世を捨てて出家しているわけだから、そこも否定されたらいく所がないということになってしまうんでしょうね。

野田 グル絶対崇拝でいくと、どうにもこうにもできなくなってしまう。事件自体の反省も、事件がどうして起こったのかも、麻原に対してどう思っているのかも問えなくなってしまう。「申し訳ありませんでした。あれは殺人でした」と認めるわけにはいかない。「グルは神である。そのグルがやったことを批判などできない」となってしまいますから。
 A派の考え方は、ひとつの信仰のあり方としてわからなくもありません。でもそれを突き詰めていくと、社会との軋轢がどんどん増して、経済的に追いつめられて乞食になるか、当局から目をつけられて刑務所に入るか、そういうことになりかねません。常々、A派にそう主張しているのですが、わかってもらえないのが残念です。
 

コメント


今日の記事を読んで

VT正悟師の考えがよく分かりました。

「現実をありのままに見て現実的に対応し、社会や教団の人たちが幸福に生活できるようにお手伝いしたい」ということですね。

VT正悟師には与えられた立場・環境で頑張っていただきたいです。


>実際、「松本智津夫被告の死刑が確定し、あと数年 後に死刑になる」と説法していたことがあるのです が、信者には「そんな否定的な話をしないでくださ い。もっと希望の持てる話をしてください」と、思 い切り反発されました。


 彼らはVT正悟師に
「奇跡が起きて尊師が教団に戻ってきてくださる!」
「尊師が死刑になっても陽神で復活してくださる!」
「ゲイカがいつか教団を率いてくださる!」
「苦しいのはカルマが落ちているからだ。今の苦しみを乗り越えれば必ず事態は好転する。真理は必ず勝つ!」

と言ってほしいのでしょうか?


 教祖は
「一切は無常である。生じたものは必ず滅する。」
「人は必ず死ぬ。絶対死ぬ。死は避けられない。」
「奇跡は起こらない。なしたことが返ってくるだけだ。」
「すべてをありのままに見なさい。それが真の幸福に至る道だ。」

と説きました。


 彼らには「すべてをありのままに見て、真の幸福に至る道」を歩いていただきたいです。


御意見をお聞かせ下さい

野田さんお久しぶりです。
わたしは18年来の信徒のような、そうでもないような、ダルマに対して究極的信を抱き続けて行きたいと望んでいる、法に対する1ファンの者ですが、本名表示での投稿ですからお判り頂けるかもと思い、今パソコンでキーボード叩いています。

> グル絶対崇拝でいくと、どうにもこうにもできなくなってしまう。

> A派の考え方は、ひとつの信仰のあり方としてわからなくもありません。でもそれを突き詰めていくと、社会との軋轢がどんどん増して、経済的に追いつめられて乞食になるか、当局から目をつけられて刑務所に入るか、そういうことになりかねません。

私は、ここで表現されているグルと呼ばれている人が、確かに、かなり高い法に対する理解を有していた時期があったと、称賛すべきであるという見解は変わっていません。

しかし乗り物という法則は、手段であって目的に決してなることはないのが、仏教を学んではや30有余年になっても、捨てられない法則の一つに、時と場合によって適応される法則は、常に千変万化、条件によって変わるものである。と表現可能なものがあるでしょう。

目的があって、目の前に激流があり、向こう岸に渡らなければ目的地に近付かないなら、筏を造り、その激流を渡るべし、ここまではおそらくグルイズムが手段であると認められる者には、安々とその筏を造り乗り込み、その激流を渡ることをすることは、万人が認める選択だと言えるでしょう。

それはその時の置かれた環境、社会情勢、あるいはその他諸の諸条件を勘案した結果、筏を造りそれにに乗ることが、最も適切な手段であったことは確かに間違いないでしょう。当時の他者およびすべてのまわりの人達が迷惑だと思ってもいない時ですからなんら問題もないでしょう。

しかしながら、それらの置かれた環境、社会情勢、あるいはその他諸の諸条件が変化してしまった暁に、その現実的条件を一顧だにしないで、もしかしたら、今はまさに、断崖絶壁を超えなければならないときに至っているにも関わらず、昔使った便利な筏を背に背負って、しなくても良い苦労を、一生懸命している様に、私の目には今のアーレフで頑張っておられる方々の所業が、映ります。

識別は、無明のすぐ次に来るのが、お釈迦さんの縁起の法でしょう。

早い話が、好きか嫌いかを弁別するのが、識別ですが、苦か楽を弁別してしまうのも識別でしょう。

苦を選択的に選び取ろうとすることが、修行だとしたら、A派の方々の考え方は、ひとつの信仰のあり方として認められ要素は、彼らは選択的に意識的に、楽を避け苦を選択した道であると言い切れるのでしょうか。

生命を有して生きる限りにおいて、他者(人と動植物すべて)の恩恵に預かり、かつその他者を苦しめずに生きられない、このことは必然的に避けられない、よってその他者の苦の上に生きることが避けられない生を、歩む限りにおいて、他者の苦を少しでも取り除くお手伝いをしようとすることが本願であるのが、ダルマの真意だと愚鈍な私は信じています。

このような視点から観察すれば、自分たちの好む信仰が他者を苦しめることになっている現実を、顧慮し得ない者に、他者の苦をほんの少しでも軽減する役割を努力しようとしている者と言えるのでしょうか?、それともそんなことはどうでも良い我々の生存が脅かされることのない平安が確保さればそれでよいのだという思いが優位なのでしょうか?

どちらに価値を見出されるのでしょうかね。

どちらとは、自分たちが好む信仰その者が、他者を苦しめることになっている現実は、・・・故に無視し、生存そのものが他者の恩恵なくしては成り立たないことも無視して、

自らが正しいと好む、乗り物を、実は断崖絶壁を乗り越えるには、邪魔以外の何物でもないのだが、それを背負って、激流を渡ることではない、ロック・クライミングを続けていくことによって、目的に近づいていると思いたいということなのか?

それとも我々の存在そのものが、他を苦しめているのではなくて、他を安らがせる因を、形成し続けているのだと思いこんでおられるのでしょうか?

野田さんが、このどちらでもないであろうことは予想しています。しかし縁あって知古になり得た方へ、真意をお伺いしたくペンならぬ、キーボードを叩いている次第です。

早々

河本様

すいません、ちょっとよく分からない箇所もあるので、vv99@yahoo.co.jpまで電話番号を送って下さい。こちらから電話します。電話に都合の良い時間もお知らせ下さい。よろしくお願いします。

ガンバレ!のだちゃん!

>信者が思っているような聖人君子の家族ではなくて、普通の家族

なんかこの言葉印象的だなあ。
フツーの家族でいいとおもうんだけどなー。
フツーの家族にしたくない大人がまわりにいて
コドモたちはかわいそうだな。

いつものようにv-19
返答のないコールセンターに電話しているような状態で、のだちゃんは自分でやるしかないずら!状態なんだなー。

大変だけど、やっぱ内部の人から声かけていったほうが通じるかも?とかオモウ。
一般語では届かないし。

がんばるのだのだちゃんー!


A派は現世的なお家制度にこだわっていますね。

私はかつて何度かA派サマナに「グルの本質に従ってください。自他同一の気持ちがあるならば、あなた方が現世との壁を取り除かないと」とメールを送りましたが、
『そんな話は聞きたくない。聞かせないでください』と拒否の一点張り。

A派はどうやって衆生救済するつもりなんだろ?
グルの意思とは、ツルグルと崇め奉ることではないのに。
尊師やある高弟は、衆生救済ができたら次は地獄へ行こうと言っているのに。

グルとの縁が切れる?地獄へ行く?
馬鹿馬鹿しい。
口先で奉らねば縁が切れるなんて凡夫くらいのもの。
教祖たるもの聖者たるもの心を見抜いているはず。

救済者にとって地獄への転生は本望でしょうに。
何を恐れることがある?

誰も救えず天界への転生・
大勢の人を救ったことが結果的には多いなる悪業であり、地獄へ転生。
どちらかを選ぶなら、迷わず後者を選ぶはずです。

地獄家への転生を恐れる、教団を離れたら地獄へ落ちると脅すサマナがいること自体が不可解です。





セイラさん

の投稿を読んでいますと、

「地獄へ救済に行くために、あのような事件を起こした」

と解釈しそうな香具師がいるのではないかと危惧しております。(藁)


麻原氏は衆生済度のためとはいえ、
「そんなことまでやるのかなぁ」と疑問に思ってしまいます。

説法の中では、「次は天界だ」と言っていたように記憶しております。

宗教はほんとうはもっと面白い

先の投稿内容が、ちょっとよく分からない箇所もあるとの、御指摘を受けました。少し反省して別の視点で私見を書きます。

少なくとも、全ての現在までに明らかになっている数々の凶悪事件が行なわれた団体に所属していることだけをもって、既に「業」として、自らに、それらの全ての凶悪事件を、未然に起こさないように出来なかった責任があると受けとめています。よって宗教的に失敗を犯したことを自ら認めることができます。

間違いを犯したのは、何も知らなかった末端信者ではなく、事件に直接関与したものだけであるという見方は、少なくとも私の仏教理解における「業」の解釈にはありません。

だからといって、宗教的教義の全てが、間違っていたということにはならないでしょう。

それでは他者を苦しめても、自らが正しいであろうと好む宗教教義中に、どこか間違いがなかったのか?、を反省する必要が当然あるはずです。そしてその是非を選り分ける作業は個々人がしなければならないことでしょう。

自他の苦悩からの解放を、願って、宗教活動をして、多くの他者を苦しめ、恐怖を与えてしまったどこに、間違いが潜んでいたのか?、を自らに問うことをなし、そのあるべきでなかった要素を改めもって当初の目的、自他の苦悩からの解放に、軌道修正をすることが求められているのが現実ではないでしょうか?

難点があるとすれば、ありのままの現実を正確に観察し、それを受けとめる過程が何故、隠蔽され続けたのか、個人的には事実を事実として出来る限り掌握する努力を続けたきました。

しかし起きた事実を、ありのままに掌握することができない内部情報体制は不幸です。ここに団体に属するものの進歩や間違いを間違いとして素直に認める道を閉ざした一因があるように想像されます。是非今後は、過去に現実に起きた事、および、今も起きている事実をガラス張りに出来るだけして行って欲しいものだと希望します。

もう一点、大切な視点があるのではないか、それは宗教が、実は互いの相互理解に資する宝の部分があるはずであるということです。

それは、我々宗教に関わるものが、多くの人が、宗教に抱く、怪訝視する部分を、修正をする役割があるのではないかということです。

最近出版された、中沢新一さんの「ミクロコスモス II」にこのような文書が書かれていまいた。

「宗教はほんとうはもっと面白い」と題するの文書中に、

「・・・仏教はそんな実体すらないと主張して、別のなりたちをした「思考法の規則」の体系を生み出して、別のやり方で、人生を理解しようとしたのである。宗教とはそういうものであるから、おたがいのあいだの相互理解は可能であるし、ほかの宗教にたいしては寛容の精神を抱かなくてはならない、・・・・・「思考法の規則」としての諸宗教の殻を割った奥には、すべての宗教に共通する「核」のような部分が潜んでいて、これを取りだすことがこれからの人間のやらなければいけない仕事だと言っている。これはまったく正しい視点であると、私も思う。いずれにしても、宗教というものは、世間で言われたり考えられているのとはちがって、ほんとうに面白いものなのである。ことによると、人間という生き物のいちばん面白い部分は、そこに凝縮されていると言ってもいい。・・・私も日本の「娘たち」や「息子たち」に、もっとやさしく、楽しく、宗教を語ってあげる義務が、自分たちにはあるなと感じた。それを知っていると人生は確実に豊になるからだ。」

もしも、我々宗教的な誤りを犯した者たちが、そしておそらく宗教に対して、最もダークイメージを与える事をなした者達が、失敗をしたが故に、それを教訓として、天から与えられた役割があるとしたら、中沢新一氏が書いているように、宗教の本当の面白さを伝えていくべく、自らを反省して、宗教を分かり易く次世代の人達に語ってあげる、義務があるのではないでしょうか?
当然そこには、自らの間違いを正すことを含め、そして間違いでは無い部分をより分かり易く他者に伝える役目は、失敗した者にこそ、唯一出来る贖罪でもあるのではないでしょうか?


これからの道

>もしも、我々宗教的な誤りを犯した者たちが、そし ておそら く宗教に対して、最もダークイメージを与 える事をなした者 達が、失敗をしたが故に、それを 教訓として、天から与えら れた役割があるとしたら、中沢新一氏が書いているように、宗 教の本当の 面白さを伝えていくべく、自らを反省して、宗教 を分かり易く次世代の人達に語ってあげる、義務があるのでは ないでしょうか?
 当然そこには、自らの間違いを正すことを含め、そして間違い では無い部分をより分かり易く他者に伝 える役目は、失敗し た者にこそ、唯一出来る贖罪で もあるのではないでしょう  か?


 この考えをグループとして試みているのが上祐派です。

 http://www.joyus.jp/new-party/

 そして個人として試みている人たちもいます。

 人それぞれ立場・考え方・環境が違います。

 これからは一人一人が自分の歩く道をしっかり選択することになると思います。
 

深刻な後遺症

サリン被害者の脳「縮小」 不調続く原因か 東大病院
2007年04月29日08時30分

 95年の地下鉄サリン事件で被害を受けた人たちの脳にサリンの影響で縮小したとみられる形の違いがあることが、東京大病院の助教を務める山末英典医師(精神神経科)らの研究でわかった。被害者の中には、いまでも疲労感や動悸(どうき)といった不調に悩む人が少なくない。こうした後遺症は、実は脳に起きた損傷による可能性が出てきた。

 研究グループによると、長期的な後遺症を抱える被害者が、「気のせいだ」などと決めつける周囲の反応に苦しんでいるという。山末さんは「脳に損傷を受けたことがはっきりすれば、被害者の孤立感を減らすことができるかも知れない」とみている。

 事件の被害者で筋力低下や頭痛といった急性中毒症状を起こした男女38人に協力してもらった。磁気共鳴断層撮影(MRI)で脳の体積などを調べ、被害を受けていない76人と比べた。

 被害者は、左右のこめかみから4~5センチほど内側にある脳の「島皮質」や「海馬」などの体積が、被害のなかった人より小さかった。

 これらの場所の体積の違いで、動悸や息苦しさなど長期的な後遺症の度合いに差があり、サリン中毒の程度を示す血中酵素の低下が激しいほど体積は小さい傾向があった。サリンで損傷を受けたことで痛みや疲れに敏感になり、不調に悩むなどの後遺症につながったと考えられる。

 研究グループは以前、事件後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された人たちで、感情の制御にかかわる脳のある部分が小さかったことを報告している。今回は場所が異なり、サリンそのものの化学的影響の可能性があるという。

 サリン事件を中心に、犯罪被害者らの支援に取り組む「リカバリー・サポート・センター」(東京都新宿区)は昨年秋、松本サリン事件を含めた被害者約150人を対象に検診を実施。「頭痛がする」と訴えた人が受診者の6割、「目が疲れやすい」とした人は8割にのぼっている。

 今後はこうした後遺症に悩む人についての診断法と、治療法の開発につなげていく必要がある。

http://www.asahi.com/life/update/0428/TKY200704280251.html

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