元オウム教団幹部 野田成人のブログ

★唯一人の荒らしの為にコメントは承認制になります★ 累積賠償額987万円

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 「再審請求」懇願の立位礼拝は、結構な数のサマナがやったようだ。教団内には、グルを大義名分に掲げられた話には、反対しづらい空気もある。しかし、それ以上に自発的に、精神的拠り所をグルイズムに求めるサマナが多いと解すべきだろう。

 「グルは絶対だ、なぜならグルがそう言っているから」

 読者諸氏には、これは無意味なトートロジーに聞こえるかも知れない。しかし、私は信仰とはそういうものだと考える。だがそれ故、最初の動機や本質的意味合いを、いつの間にか喪失して暴走するリスクがある。

 ついでに死刑に関する信仰を挙げておこう。それは次のような信仰である。

 「尊師は死刑執行されても絶対死なない」

 私は上に内容を複数聞いたことがある。その根拠としてあるのが、日本の死刑制度で死刑執行されて生き残った例があるらしい(裏取ってない、調べてみて)。1890年頃に死刑執行後、ひょっこり蘇生して無罪放免された死刑囚がいたらしいのだ。だから「尊師も無罪放免で戻ってくるに違いない」、のだそうだ。だが、現代の制度ではありえないだろう。

 大体100年前の話だし、国家の制度そのものがまだ整備されていない時代だ。その後、死刑執行のやり方も、かなり進化したらしい。絞首刑とは言うが、窒息ではなく、ほとんどが頸椎損傷で即死する仕組みだとか。執行の瞬間、足下の床が「バタン」と開いて、4メートルくらい自由落下するのだ。それで首の骨が折れる。

 仮に天文学的数字の確率で生き残ったとしても、今なら国家の威信にかけて「殺される」と予想する。世界的にも有名になったカルト宗教テロ集団のヘッドが無罪放免などとは国家の恥である。国家も結果の為には手段を選ばないだろう。「ヴァジラヤーナ」の実践者なればこそ、そのカルマの報いは不可避。

 私は「死ぬ」方に、1000億ドル賭けてもいい(またジンバブエドルだよ、2008年8月デノミ以前の旧ジンバブエドル、パン一斤買えるよ)。

 ま、これはどうでもいいのだ。

 もう一つの信仰とは何かというと、紙幣への信仰、あるいはドル信仰である。

 そもそも現代の紙幣は、金(ゴールド)と交換される兌換紙幣ではない。国家・金融当局が発行した信用状みたいなものだ。国家が倒れれば、紙切れ同然となるし、国家への信頼が危うくなれば、それに近い状態にもなりうる。その危機的状態に、基軸通貨ドルが瀕している。

 繰り返しになるが、世界唯一の覇権国家の強みで借金を積み上げてきたのがアメリカだ。まともに返せる当てもないのに、これ以上借金を重ねられるのかどうか、なのだ。これまで贅沢三昧のつけで、米経済は落ち込んでいる。そもそも経済とは好況と不況を繰り返すものだ。しかし贅沢になれてしまった米国人には、どうも耐え難いことらしい。更に借金を積み上げてその場をしのごうとしているが、果たしていつまで持つのか?

 今週の焦点は、GM(ゼネラルモータース)が救済されるか否か、だ。もし仮にGMが救済されるとするならば、他の企業も「ウチも助けてくれ」「ウチも!!」という話になる。すると米財務省とFRBは、また際限なく米国債とドル札をバラマキ続けなければならない

 既に現時点での救済案(シティーバンクその他)だけで、8兆ドル(750兆円)を超えている(予定救済枠を含む)。この対応については、相当数の経済専門家も懸念を表明している。

 GMが潰れれば、経済の破壊と再生という点ではプラスになる。だがそれでも、一時的には株価の暴落含めて、相当な混乱が予想される。救済にしろ、破綻にしろ、行くも地獄、戻るも地獄だが、まだ破綻の方が多少マシか。

 教祖の死刑執行は、教団にそれほど大きな影響を与えないだろう。なぜならまだ長男・次男がいるからだ。次はそれが教団の希望となる。

 しかしドルが暴落すれば、人類全てが相当なダメージを受けることは不可避だ。その混乱から戦争が起こるシナリオも十分に予想される。

(つづく)

コメント


あ、そだね

間違いでした 訂正しました

30センチ1トン

成人男性の場合、さかむきにして1トンのものを首にくくりつけて30センチの高さから落とせば首は完全におれます。30センチ/トンで絞首台は設計されています。負荷をかけすぎると首がちぎれて後始末が大変になる(この計算式は処刑の効率化をもとめるために中世欧州の修道士が実験をくりかえしもとめた)また、絞首刑の特徴は、もし、それで駄目な場合には頚動脈の血流と気管を圧迫することによって死の確率を高めます。同時に下板が開放された時点で刑の執行が終了するのではなく、明確に記憶していませんが、ある程度の時間放置し、死亡が確認されるまで首に結ばれた絞首縄は解かれることはありません。

松本死刑囚が執行されるときには、激しい抵抗も予測されますので、ストレッチャー(移動寝台)にのせたまま、あるいは執行者が抑えつけて刑が実行されることになるでしょう。

幾人かの書き込みをみせていただくと、松本死刑囚は政治犯だという主旨の書き込みがありましたが、彼の場合、その政治信条をもってして検事側は死刑の求刑をだしたのではありません。霊感詐欺を核として刑事責任を問われた結果、死刑を検事側は求刑しました。
つまり、彼は政治信条によって収監され拷問をうけた昭和の政治犯や自由を求めたがゆえに処刑された人々とは大きく異なります。

現行法において死刑が最高刑であるいじょう、彼にもとめられる死刑は妥当なものだと僕は考えています。たしかに一部の国際法において死刑は不穏当なものであるとしていますが、国際法においてはそれと異なり死刑を肯定すると読んでもよいものも多くあります。国際法の基本的な考え方として、それが大きな枠組みである国際的な条約のようなものは二国間法のようなものと違い、それぞれの国家任意による施行が慣習として認められています。つまり、こうした条約ならびに規約は二国間法のような憲法に上位すると考えるのは現実的に非常に無理のあることでしょう。

松本死刑囚に刑がおこなわれるのは対テロという観点からも、国際的に日本が執行をおこなうことを期待されるでしょうし、日本のテロに対する態度を明確にするためには非常に重要なものと判断される可能性もおおきいものと思います、通常こうしたテロ指導者に関しては逮捕するよりも、その場で射殺してしまうのが国際的には常なのですが、本件においては警察が逮捕するという至極まっとうな手段で進んだために松本死刑囚が生きたまま裁判にかけられるという事態がおきたのでしょう。あるいみこれは警察の遵法精神がゆえに司法の場に彼を引き出すことに成功したといってもいいとおもうし、その功績は誇れるものだとも僕は考えています。警察官諸氏の努力にかかわらず、充分な審理がつくされていないというのは非常に問題があるといわざるを得ないでしょう。松本死刑囚の精神病に対してなんら有効な治療をおこなわず公判の維持さえ難しい状態にしてしまった。そのためにいかなる刑を執行されようとも彼の口から悔恨と謝罪の言葉が聞こえてくることはないことになってしまった。これは同時にいまだに彼を信じるものたちがいまだに抜け出せない大きな理由となっています。ある意味というより積極的に言ってもいいのだけれども、いまだに松本信仰を堅持する人々は加害者であるとともに被害者であるといってもいいとおもう。こうした彼や彼女たちが被害から回復するのは松本死刑囚の言葉しかない、ほかに手段があってもそれは非常に困難を極めるものだとおもう。

考えてみると松本死刑囚やオウムのすべてを否定できない部分もある。初期に松本死刑囚に力が集まり始めたころ、彼自身、ひょっとすれば自分にも善き行いが、寄り添う人々の力を借りてできるのではないだろうかという思いもあったのではないかと思うときもある。ゆえに初期のパーティーでは善が語られただろうし、そうしたことをおこないたいと思った人々が彼の元に集まったのかもしれない。すべてが悪でこりかたまっていたわけではないとおもう。だが、この松本という人物は過去に自分がおこなった犯罪や真実の自分を語れないばかりか、自分のおかした罪が正しいものかのようにしてしまった。そこからすべてが転落してしまったのだろう。いかがわしさやまがいものといった社会からの印象批判に対して、かれは真実を打ち出し自分の過去の罪を告白し、そのうえで自分が善行をおこないたいと言い出すべきだった。にもかかわらず独善性の高い多神教的な仏教もどきを構築し自己正当化に汲々とし、最後には自身の逮捕等をはぐらかすためにテロをおこなった。これは政治的な信条ゆえのテロではなく、自身の罪を隠蔽するための前代未聞の霊感詐欺師によるテロだった。

これは彼がその生育歴のなかで獲得してしまった人格障害がなせる業というよりも、社会一般として人々はこうした弱さを持ちえる。彼も哀れな人の子であるということにしかすぎないのだけれども・・・

追記

人は悔い改めることができるって個人的には信じたいのだけれども、松本死刑囚に関しては詐病の可能性も低くない。この場合、彼は善悪を判別できる状態にあり、自らの悪を覆い隠そうとしていることになるのだろう。その場合、彼が自らの生命がたたれる事に恐怖していることだろう。

詐病にせより罹患にせよ。

どちらにせよ。この人物があわれむ状況にあるのは間違いない。
しかし、それは人の普通の幸福を踏みにじった結果にほかならないだろう。

病ならば、すでに人格は死んでおり、病でないならば恐怖におびえて処刑台にたつ、どちらにせよ結果は同じだ。

刑事責任は免れることはないが彼が人として救われるゆいいつの道はすべての人々にむかい自分が詐欺と殺人をおこなったことを述べ謝罪し後悔の念を真摯に述べることに他ならなかったはずだ。

御長男様と御次男様は教団に関わるおつもりがあるのでしょうか?

死刑が回避されても

>御長男様と御次男様は教団に関わるおつもりがあるのでしょうか?

そもそも論として、重大ですね。
メサイアとして担ぎ上げられる当人が、どういうつもりなのかということをまったく顧みることなく周囲の期待と信仰だけが膨らんでいく状態。
それがメサイア復活信仰の宗教の有り様なのかもしれない。

2010年代は本質的にキリスト教が終わりを迎えるはず。

信仰は寿命を伸ばす

信仰は寿命を伸ばし、
無神論的な考え方は健康に悪いと言えるでしょう。

http://www.rda.co.jp/topics/topics3961.html

喜劇の裏の悲劇

 尊師の再審請求についてVT正悟師のブログの内容を知らない上で以下のように考えていたので、私と私の周囲との話し合いをまとめて以下のことを書かせていただきました。
 ある友達より尊師の再審請求が通るように教団で12月いっぱい。毎週、最低6時間。最長12時間立位礼拝すると聞いて思ったこと。

 こういうこと言うと教団に私が現在いたらもう罵倒され嫌悪され魔境扱いされつるしあげられるけど・・・その立位礼拝は逆に尊師の死刑を早めています。
 また、尊師はそんなこと望んでいません。(断言する)これについて友人とのやりとりと照らしあわせて自論を述べます。
 
ある友Aさんはこんなことを書いてきた。(一つ一つやりとりを書くので・・・)
●友Aさん
 もちろん死刑にはなってほしくないよ
でも、帰ってきてほしいとか、もうそういう次元じゃないよね。自分たちで何ができるか、何をしていくか。
 もう少し変えると、こういう言い方でもいいかもしれないグルのために自分は何ができるか。

 以下◆私の意見。

◆これに関して私も決して尊師が死刑になってほしいとまでは思いません。しかし語弊があるのを承知で言います。
 立位礼拝はムドラーとして、またこの機会に神々への帰依を高めようとかそういうことで修行することはまあやるのはいいことだろうからそれを否定しません。
 ようするにどういう心で礼拝するかなので立位礼拝すること自体には問題はないのです。
 しかしですね。その礼拝の目的、思念が尊師が死刑にならないで・・・っていう心だけで、自分たちの尊師を大事にする心だけ優先して礼拝してもね。エゴが増大していくだけなんです。いくらやったって、せっかく修行して一生懸命やってもその心の背景が自分たちが大事に守っているもの壊されたくないっていうエゴを帰依と言い換えて増大させてもそれ、その礼拝やればやるほど尊師の死刑を早めるんですね。
 逆ベクトルだよ。なぜなら私がずっとそこを勘違いして大きくはまった大間抜けな人間だったから。大きくはずし、失敗したのですよ。そこを。自分は正しいと信じてね。その反対のことを言う人を嫌悪して、私も最初はVTさんをすっごく嫌悪してましたから。だからこそ、言うのです。
 その礼拝の根本の心の働きが自分たちの大事なものを壊すものは許せないっていう排斥と嫌悪だからね。地獄の意識高めていっている。それをグルが望まれるか?
 最近、田端さんが死んだのを利用して師がリレー説法して教団にいればこんな死ぬときでも神々に守られるのよって宣伝いっぱいしてて、そしてやっぱり修行するのにエゴを滅していかないと・・・って言っている師がいろんな体験して教学もしているだろう師がこんなエゴが増大する(滅してるつもりなんだろうがな)まぬけなことを提案してやっている。
 彼らのエゴと彼らの言う煩悩が私の考えているエゴと煩悩とは深さ広さ、次元が違うのです。まあエゴでも尊師へ向けるものならいいんだ!!って言い切るやつばかりだろうが?
 あのねーそんな心で自分たちが安泰ならいい。自分たちが大事なものを失いたくないから、自分たちが傷つきたくないから、それは恐いから自分たちは何一つ壊したくない・・・それだけでそこに他の魂の気持ち、苦しみについて全く考えずに礼拝なんてしても現象は変わらないよ。だってエゴを増大させるために礼拝を用いることはダルマによってダルマを汚すんだ。
 自分たちは全く他の魂も苦しみにさえ無頓着で、大事なものを奪われる恐さ。苦しさそれをいっぱい凡夫といって彼らが蔑んでいる魂に平気でやっておいて、それでもしらばっくれてろくに謝罪もせずに・・・金はいっぱいあるところにはあってトップが贅沢してそれを隠蔽し・・・別に金がめてもいいが。被害者賠償する金はいっぱいあるところにはあっても出さない貪り強めて・・それを知らないでやっている。かわいそうだね。
 彼らの12時間の礼拝が彼らが求める方向に向かわないっていう喜劇の裏の悲劇、悲惨である。
 自分たちのグルが神々が他の魂のことないがしろにして自分の保身のために礼拝しろって求める魂とあの人たちは考えるのかな?神々に失礼だな。
 もし現象を本当に変えたかったらその礼拝やめて、ありのままの現実(尊師の死刑を含めたすべてのこと)を受け入れて、恐くても守っている観念を壊して、団体としては、例えば被害者の方々のところにいって話を聞いてお詫びもしてきちんと賠償もして、その上で、個人個人としては他の魂の苦しみに対して自分たちが何をしたらそういう魂が少しでも助かるのか?それを考え必死でできることやる。だって一応あの人たち理念に四無量心ってかかげてるんだろう。
 なんで自分たちの保身ばっかりしてるんだよ。何を放棄してるんだ。食の戒律守っているっていうこと・・・言われた戒律守っているだけってこと!!それ放棄?言われたこと何も考えずやってるだけだろう。一番大きな捉われ放棄してないじゃないよ。
 彼らの戒律守っているっていうプライドは別の戒律に違反しているんだってこと思いもしない。説明するのも脱力だからここではそのことでは言及せんがね。
 ちょっと一個例にだすが、なんかパールヴァティでは「この教団は教団以外の食べ物を食べることを禁止している教団です。よって他のたべものを食べることを禁止します。」って言って、自分たちの都合のいいところだけの説法抜粋して切り貼りして(いつものこと)張り紙してるって・・・ギャクか? 笑わせてるのか?だったらいいけど。
 うちの教団って他の食べ物を食べることを禁止する教団ではないよ。尊師が決めた教団はそんなチンケな教団ではないんじゃないの?
 戒律の一つとしてそれがあるだけで、それだけの教団では決してない。バカくさい。
 買い食いする人がいる。空間浄化しなきゃ(これが空間の捉われと嫌悪)煩悩的なことして許せない!!こういう心の働きでさ。何を証智し何を悟るのさ。苦しみを嫌がってさ。
 そういうことで心が揺れて買い食いしたくなるってことで自己の煩悩とかもってる捉われ証智するんだろう。で、自分がその苦しみを戦うことで餓鬼の住人の苦しみが減りますようにとかさ、財施とかで煩悩が出てどうしようもなくなっている魂の苦しみを自分が理解しそれを乗り越えることで少しでも彼らの苦しみが減りますようにとか、そういう心は誰もだそうとしないの。自分の煩悩を他人の買い食いのせいにして嫌悪しているだけで。
 もちろん人の煩悩刺激したらカルマになるから、だから自分達も煩悩があってどうしても食べ物の匂いなどすると自分の心が弱いからゆれてしまって苦しい。できるだけ戒律も守っていきたいからどうかできるだけ食べ物の匂いさせないようにしてくれる。自分も頑張るからって買い食いしてる人にお願いするならまだわかるけどね。絶対正義で言うなちゅうの。
 その反面、買い食いしている人たちはやっぱり他に影響与えて苦しませているっていうことはそれは考えないといけないし、中に(出家して)いる以上、守るのも周りや相手のことを考えることだし。両者でそうやって思いやりもってやっていくのならわかるが、戒律やぶるやつが悪いやつって・・。一方的に絶対正義で嫌悪増大させてもね・・・。
 だったらね豆腐や豆乳は修法しているのかしらんが納豆ね・・あれってサマナが買ってきて配ってるだけだし、あれ破戒だな。にんじんも玉ねぎも野菜類もそうだな。
 この自分たちの法友でさえ嫌悪している彼らは一般人なんて屁とも思ってなくて、ほんで、あー尊師が死刑にならなくて戻ってくれなきゃ自分たちがしんどいのーーー!!凡夫がどうなってもいいのよーーー!尊師が戻ってきたら救済成功するから(自分らは何もやらない)凡夫のためにも救済になるのよ(大きな御世話と勘違い)ってだけで礼拝やって・・・・その嫌悪で地獄へと・・・。笑えん。でも、まあ私が魔境でグルを冒涜するひどいカルマの悪い人ってことなんだろうな。
 もう尊師がこの世に生きてるかどうかの次元でのグルへの帰依って無理があって変化してるんだけど、いつまで思い出にひたっているのやら。

 また別の友達Bさんが以下のこと言っていた。
●Bさん意見
 この間、話してた尊師の再審請求のための修行。自分がおぶさりたいから尊師~、自分の人生に自分で責任持ちたくなくて尊師任せにしてるから そういう人たち だから怖いだろうね 己の人生と向き合わなくちゃならないから 何かを都合よく放棄しちゃってる。
 そういう人結構いそうだね。

◆全くその通りと私も思う。

 以下続く

 

まだ週間ポストは見てないが

 で、また以下友人Aさんから驚くべき内容が送られたきた。

●Aさんから
  あと、このメール、ほんまにバカバカしくて、情けないというか、怒りが湧いて くるというか。転送するよ ↓
 送り主:Cさんから
 U正悟師に聞いた話です。

> 麻生首相は尊師を死刑にしたがっているんだそうです。
> しかし、あるすじでは、死刑にしたことにして、身柄を北朝鮮に送り、政治的裏取引をするんじゃないか、という話があるそうです。
> 北朝鮮は尊師を欲しがっているらしく、教団は北朝鮮と関係を持っていたらしい、ということでした。
> 現教団は必死で尊師の再審請求をし、サマナはまず12時間連続の立位礼拝に全員が取り組むそうです。
 尊師の救済計画はこれからかも知れません。

◆もう、Uさん?いい加減にしようよ。無責任な発言は。このCさんもUさんの言うこと間にうけるの止めろよ!あの人は自分の発言に一回でも責任もっただろうか?いっつも思いつきで発言して、結局一個もあたったためしなし。で、すぐに気分でコロっと意見を変えて恥じることも反省することもない。バカはバカ、戯言は戯言としてちゃんと区別しろよといいたい。
 また北朝鮮にいったらって、これがどうなんだよ。だからなんなんだよ。尊師の救済はこれからっていっつまで言ってるんだよ。それずっと言ってる。いい加減目を覚ますっていうか?現実を見ろ!

●友人Aさん
 もう本当に、ばっかじゃないの??!!!!!って言いたくて。

◆一回被害者の前で上記のことほざいてみろ!!罵倒され、ぼこぼこにされたらええねん。
 妄想はさ思うのは勝手だが、人を巻き込むな!!

●友人Aさん
 もちろん死刑になってほしくないよ。 でも、今の現実をきちんと受け止めようよ。信徒さんからメールで、勉強会で再審請求がなされていること、回向をすること、とかあったって。

◆あこぎなことしてんなよ。信徒さん巻き込んで。

●Aさん
 今まで見てみぬふりして、必死に守らなかったじゃん!非法則で自分たちの事ばかり守って、功徳へらしてるやんか!そんなんで、今頃やったって、神々だってきいてくれないよそれなら本気でやるなら、人知れず、陰徳を積もうよ本当に四無量心の実践心がけようよそうやって法則ならってきたやんか一人ひとり課題は違うけれど、自分はどうやったら成長して少しでも他の為にできるかってなんでやらへんの?やってるかもしれんよ、でもどう見ても、ぬるま湯で、管理ばっかりだよねグルだけじゃなくて、仲間の法友のことさえ、無視だよね。なんでそんなに都合いいの?

◆自分たちが楽したいから。

●Aさん
 今の尊師の体は、再起できるのかどうかも分からないよあんなになられてさ。北朝鮮にいって、それでどうなるの?
 死刑にさえならなかったらいいの? ズレまくってない?もっと現実受け止めようよ

◆これね言っても現実さえ見られない人がほとんど。

●Aさん
  自分たちが何をしないといけないのか、 立位礼拝にしても、瞑想にしても、現実でできるようになるため 心を変えていくためでしょ?

◆そうなんだけど、もうダルマ曲げてるからさ。言っても仕方ないって思うよ。こっちが邪悪扱いされるだけ。

●Aさん
  もっと人のこと考えて優しくしようよ。内輪で立位礼拝12時間やるからって、そういう問題?

◆まったく違う。けど、思い込んでるからさ。

●Aさん
 自分の道はどう進むべきか、狂うくらい考えてないのかな。教団にいたらOKなんかじゃないよ。サンガは大切だよ。でもなにをするかやろ!!

◆それ考えたくないから今の現状なんでしょう。そういう人で残っている人はわずかだね。そこまで考えていたらあんな太平楽なことしてないよ。12時間の立位礼拝。マスターベーションと変わらん。
 私もサンガは否定しないよ。でもね、そう何をするか、いたってだけではね。自分の責任と後自分で考える能力作らないとね。でもさ、出てしかできないんだよね。そういうことはね。別に自分が出たことを肯定するために言ってるんじゃないけど。

 以上、私は彼らが12時間の礼拝を必死ですればするほど、尊師の死刑を早めているっていうこと、せっかくの努力が泡どころか仇になっているってことを理解しているのだろうか?と不思議に思う。

 週間ポストに麻生とオウムってのってるらしいがまだ見てない。でもニュースソースガ週間ポストってね・・・。

まあ現象動かしてもらいましょう。

再審通らなかったら何て言い訳するんだろう。

半島では指揮官が死んでるそうだから
その代わりか?
確かに教団自体が非常に北と酷似してるので
縁はあるんだろう。


ええ?!田端さん亡くなったの?

血糖値が低くなる度に飴をなめてた姿を思い出します。
悲しいですなあ

北朝鮮の話ってコンビニで売ってる
いろいろな死刑囚について書いた
単行本に書いてあった内容だね。

田端さんて誰ですか?

書き込む方は少しプライバシーに配慮したらどうでしょう?

大村さんに噛み付いた中間派です

大村さん、サマナはグルが生きていることが、衆生を利することになる、と思い込んでやっているわけですから、彼らの礼拝は、利他心から行われているといえないことはないと思いますが、どうですか?

あなたのその「そんし」は利他心かどうか

>大村さん、サマナはグルが生きていることが、衆生を利することになる、と思い込んでやっているわけですから、彼らの礼拝は、利他心から行われているといえないことはないと思いますが、どうですか?

O村さんの言ってる前提として、そういう思いで礼拝しているわけではないから(もし本当に利他の本質を大切にしようとしてるなら、こんなに教団は荒れなかった)、「逆に尊師の死刑を早めています 」なんですよ。
もし「グルに長生きしてほしい」と願うなら、「皆さんが戒律を守り、徳を積み、瞑想なさって…」という本人談からして、それぞれの修行を進めることが最もいいというわけで、信じるもの、価値観を壊されたくない一心での動機なら、かなり危ないことになります。

ここは重大なパラドックスなわけで。

信仰のためなら仲間も切り捨てる。敵が100万倍に膨れても、どんなに泥沼でも突っ込んでいく。

世界経済の行方

世界経済は歴史が示しますように後退する可能性が高いと言えます。後退しても人間が存在する以上はゼロにはなりません。但し、過剰に生まれた企業が淘汰されて適正水準になるまでは世界経済は厳しい状況が続くと思います。この適正水準になるという意味は企業倒産による淘汰と合併になる淘汰の二つになります。

世界は、日本の失敗の経験を知っていますので、私は1年から1年半くらいで淘汰が終わるのではないかと思います。

http://www.miller.co.jp/kmp00_01/visitor/report/view/20081024.html#rep3

↑うそばっかやな。こんなの信じてるのか?
1~2年で終わる淘汰を、100年に一度の危機とか言うわけねーじゃんか。各企業も必死で正社員まで切り始めてる。
だまして投資させて食い物にする気満々だな。


勝者は解決策に目を向け、敗者は不平に終始する

 「幸せの国の百人」は、何が起こっても、それを他人のせいにはしません。「宇宙は自分を支えている(支援の法則)」と考えて、どんな困難からでも教訓や利点を探そうとするでしょう。
 あなたも、誰かのせいだと思えて仕方がないときには、こんなふうに考えてみてください。
「ここから何か学べることはないだろいうか」
「この問題化ら得られるプラスの部分は何なのか」

「脳にいいことだけをやりなさい」(マーシー・シャイモフ著  茂木健一郎 訳)より

ポジショントークという言葉を今回はお勉強してください。

自分のポジション(建て玉状況)に有利な情報、見通しを述べること。
意図的に自分に有利なように誘導しようとしていることを意味しているが、期待感から無意識的に偏った見通しを述べていることも含んで言うことがある。

ポジショントークとは、株式・為替・金利先物市場において、買い持ちや売り持ちのポジションを保有している著名な市場関係者が、自分のポジションに有利な方向に相場が動くように、市場心理を揺さぶる発言をマスメディア・媒体などを通して行うことを指す。有価証券の価格変動を目的として行われる「風説の流布」は虚偽の情報を流すことを指しているが、ポジショントークは「虚偽」ではなくあくまで「市場予測」であるため、これをもって風説の流布として摘発された事例はない。ただし明白に虚偽とは言えなくとも、合理的な根拠のない情報であれば罰せられるおそれがある(例えばインサイダー情報を語る、など。仮に真実であったとしても情報入手に合理的・合法的な根拠が無い場合)。

↑だいぶ辛辣なカキコになってしまって申し訳ない。

ご存知の方教えていただきたいのですが、大戦前に株が暴落しましたが、底値で買った人達は儲けられたのでしょうか?
どういう人たちが恐慌を経て勢力を強めたのでしょうか?
世界恐慌や大戦をまたいで儲けを出す実績のある方法があるなら、ある程度信頼するのですが。

先の1年から1年半くらいで淘汰が終わるとの予測は、80年代以降の経済体制についてしか論じていない。すごく短いタイムスパンでしか見ていないという問題点をはらんでいるように思います。
戦後の資本主義、成長戦略はもう通用しないというのが大方の見方になってきているように思いますが、こういった観点がまったく抜け落ちた論です。
今後も同じ戦後の世界体制が続くのではなく、今は戦前で、これから世界体制が大きく変わるのではないのでしょうか?そのときに通用する投資術なんでしょうか?


世界恐慌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%81%90%E6%85%8C

インドのテロを見て、テロ世界大戦が本格化した印象を受けた。

第二次世界大戦は資源・食料を奪い合い、結果として植民地の開放が起こった。

今回のテロ世界大戦では、イスラム、キリスト教原理主義、イスラエルなどの宗教戦争の様相が強く、精神の開放がテーマになるのではないかと思う。

そして、このテロの雛形はサリン事件。

戦後、焼け野原の中、人々に衣食を与えたいと松下や本田などの企業家が立ち上がり、人々を助けた。
今回は、精神的荒廃の中で、「如何にしたら精神的豊かさが得られるのか?」という問いに答える新しい精神性、文化、ライフスタイルが求められるだろう。

この分野に果敢に挑戦する先駆者たちが必要とされるだろう。

テロとの戦い

精神的なものの戦いじゃないと思いますよ。
基本的に貧困と紛争の問題でしょう。イスラム教やキリスト教がたまさか貧者やの側にあり、救済をおこなっていたということにしか過ぎないでしょう。インドなどでもイスラム教徒やキリスト教が増え、チベットの僧ですらイスラム教への憧れを口にしだし改宗をしようとしていますからね。(亡命政府調べですらダライラマの支持率は47パーセントにおちている)

東に信仰の重心がうつる。それは貧困の救済を目的とする信仰が貧しい東に移動し始めたということにほかならないでしょう。

テロは絶対に許されてはいけないことだけれど、個人の傲慢から生まれたサリン事件と人々の貧困や紛争から生まれたテロとはまったく性格が違うものでしょう。


確かにイスラム教徒でもドバイの人がテロなんてしないもんね。陰謀論では「裏で資金提供してるんだ」ぐらい言うのかな。

↑そうそう、そういうんです。
ビンラディンンも富豪の息子。テロに参加する人間が、貧者ばかりでなくけっこうな裕福層の人間もいて衝撃を与えたっていう話が他にもあった。

イスラム諸国は国ごと反米、反キリスト教だからイラクみたいな見せしめを作っとかないとすぐに刃向かうというのもある。貧富の格差がテロの主原因なら、国内の裕福層打倒が目標になるはずがそうもならない。

あとは、貧困が原因なら、テロの中心はアフリカになると思うんだけど、中心はオイルダラーを持っているイスラムになってるのを見ても、貧困が原因ではなく宗教、民族対立だなと思う。

反証はいくらでもある。だって「宗教テロ」って呼ばれてるんだから。

物心両面での荒廃

物質的な、背に腹代えられない事情と、宗教的大義がない交ぜになってるっぽいですね。精神的荒廃という異常乾燥が戦火を煽ることにもなりそうだ。

実情を知らないようだから言いますが

テロが最大におこなわれているのはアフリカですよ。
もちろんアフリカの野蛮な部族なんぞは知らないという欧米発信の報道を見ることが多い日本では仕方ないでしょうけどね。

むかしBBCのあほ記者に文句をいったことがあります。
どうして、アフリカのことを報道しないんだとね。すると彼らはこういった。白人も石油、相場も絡んでいないからねとね。(ダイヤとかレアメタルが絡む紛争では報道をすることもある)

それにしても、アフリカでもキリスト教徒やイスラム教徒は必死になって救済をしているけれど仏教徒ってなにをしているんでしょうね。まぁ、現世で苦しんでいる人はカルマをうけた因果応報の人間であり、そこに自分が踏み込めばカルマ返しをうけるってことなのかな。
皆無ではないんだろけれど、あまりにも少なすぎるように思える。キリスト教徒やイスラム教徒がメシアズムにそまっているというのは大きな誤解だと思う。多くは自らの現世を犠牲にしてでも他者の命に祝福をあたえ、苦しむものがいれば、そこに救済をあたえることを目的としている。


そういう意味では野田は仏教徒を超えた部分をもっている。こんなちっちゃな国なんか飛び出しちゃえばいいのにとも思う。しかし、それもできないだろう。彼は口にすることはないし、それが公言されるのをいやがるだろうけれど、僕が言う分には言う分には文句もあまりいわないのでいってしまうが、彼は必死になって働いたお金や節約したお金を被害者に匿名で寄付するだけではなく、オーム関連団体から脱退した人たちに物心を提供している。こういう責任の取り方を無言でする人間はそうはいない。

オーム関連団体にいた人間は松本と出会うという不幸な出会いがあったけれど、野田と出会うという幸運にも恵まれたんだと思う。

野田に直に会うことがあるならば、彼から学ぶことは多くあると思う。

野田のような人間が多く出れば

仏教は大きく変わる可能性があると思う。彼自身は自身のことを惨めな人間だと卑下することもあるし自分の罪にさいなまれることもある。これは自分勝手な自分救済だけしか頭にない獅子唐辛子おつむの連中にはわからん葛藤だとおもう。また、政治的な立場をとることしかできない人間にもわからないだろう。

「これでやーめた」と彼が思えば、彼の手にはいつでも普通の幸福が手に入る。でも、彼はそこに足をむけない、完全にむけないとはいわない、いったりきたりしながら、どっちにすすすむか悩みながらも、彼は人のためになることを選択し続ける。
こういう人間が増えなければ仏教に将来はないだろう。

中間派さんへ

>大村さん、サマナはグルが生きていることが、衆生を利することになる、と思い込ん
>でやっているわけですから、彼らの礼拝は、利他心から行われているといえないこと>はないと思いますが、どうですか?

大村さんに投げた質問ですが、横から意見を言わせてください。

中間派さんがおっしゃるように本当に他の幸福を願って行っている人が多少なりともいるかもしれません。でもどんなにがんばっても本人が心の功徳を積むだけではないでしょうか。
あなたが、そんな彼らを根はいい奴なんだと分かってほしいだけなら了解です。でも彼らが本当に結果を出せると思っている以上、それは逆効果だとアドバイスしてあげるのが法友ではないでしょうか?
そして残念なことに大乗とか四無量心とか掲げていても、本音は自分の為に修行している人のほうが多いと感じます。

過去にユニホームを着たサマナが襷をかけて街頭で踊りパフォーマンスしたのを知ってますか?あの時とよく似ています。あれを見た人々が、誤解が解け、教団に好感を持って私もあのようになりたいと思って入信してくると思いますか?一部のカルト好きしか来ませんよ。わたしは教団を潰したいのかと思いましたよ。いったい何が目的だったのですか?
師やサマナはこういいます「あれはいいカルマ落としになるからいいのよ♪~♩
つまり自分たちのことしか考えていない。

そういうケースがいっぱいあるんですよ。
被害者やその遺族がオウムが自己中心的にしか見えないのがわかりますか?

そして信者各人のそういう思考の集大成としてサリン事件が起きたとは思いませんか?
事件後、幹部は信徒・サマナにこのように説明しました。
この事件をカルマ落としとして受け止めましょうと。
でもこれには二つの解釈ができるのです。
ひとつはバッシングのことを指していて、事件よりも以前からの我らの口の三悪によって、いわれのない迫害を受けていると。教団はやっていない、悪くないと。
もうひとつは先にも書いた我々の身・口・意の性質が招いた犯罪であるという解釈。
このどちらなのかは曖昧にされていて、各人にゆだねられているのです。
広報部のHPを見ても、複数解釈のできる曖昧な謝罪文があるだけだと思いませんか?

みなさんも派閥・現役・元サに関係なく自問自答してみてはいかがでしょうか。


>キリスト教徒やイスラム教徒がメシアズムにそまっているというのは大きな誤解だと思う。

イズムの呼び名は様々違っても、本質的には同じですよ。別に人のような形をしたものが復活するという形を取ってなくても。それぞれの人の中に住まう聖なるもののようなものが逆に愛を奪ってしまう構図は全く同じです。だからどちらかというと仏教よりの教団も、やけにキリスト教みたいになってる。

全ての紛争が宗教絡みだとは思わない。

宗教が争いごとをエンドレスにしているのは疑いようのない事実で、そうでなければ物質的な紛争ならもっとドライな解決もある。事実、身近な所の、小さな宗教団体の対立も、誰も止められなかった。これは傍から見て理解し難い、奇妙なことに見える。
しかもお互いルーツを同じくする団体というのもなんとも。

物質的なものでさえ、「不浄な財」とみなしたものは受け取ることすら拒否した経緯もある。またほとんどまともな財産分与交渉もないままサックリ分かれた。はっきり言って、教団は相当に物質面に無頓着(無頓着すぎて現場が困った)だとつくづく思った。宗教的潔癖性がはるかに上回っていた。

どんな力技でも壊せない最後の聖域というものが人の心にはあると感じた。

---

教団は一貫して仏教団体としての自己定義を避けてきた。「真理」といって憚らなかった。それだけ今の「仏教」という言葉で連想するものによって固形化されることを慎重に避けてきた。自分たちがその型枠によって自縛されないようにする意味合いのほうが強いといまさらながら感じた。

象徴的

中間派さんへ

 ご意見ありがとうございます。あれをきっかけにまたいろいろ自分の心を検討してみることができたので、書いてもらってよかったです

。いや、まじで嫌味でなくね。
 でも、私のそれについての答えはもう他の人が答えてくださっているので、あの質問に関しては私にはこれ以上言うことはありません。
 それより今回まあ、あの関連で私に直接恨みの言葉を書いてくる人がいて、個人攻撃をここですることが目的でなく、その考え方が教団

のサマナ特有の考えで象徴的なのでプライバシーを守りながら(読んだ本人は自分のことと思うだろうけど。そこは仕方ない)ここに書か

せていただきました。
 私が彼らの礼拝を心配することがここにはっきりと証明されているからです。だから粘着質に思われるかもしれませんがこれは結構教団

のサマナ特有の勘違いなので指摘させていただきました。

 以下Cさんより送られたもの1

●ブログ見ました。Cさんて私のことでしょう。
 批判するのは易し、批判されないのは難しですね。
 最後にひとつだけお願いですが、教学を深めて下さいね。
 カルマは返って来ることをお忘れなく。
 返信は無用です。

 まず「批判するのは易し、批判されないのは難しですね。」に関して・・・これは彼女の言葉ではありません。彼女の文章の特徴では、

こういう書き方をできる人ではないからです。彼女にはこれは書けません。
 これはミラレパ正大師の真似です。つまりこの人は自分の反論でさえ自分の言葉で言えないどころか成就者とかエライ権威の人の言葉や

力を借りて、自分は汚れが一つもないように、また自分は恨んでいのよ。これは法則よと上から目線で自分の恨みを隠蔽して書くので自分

の心の汚れの証智にもならなく、そこからさえ逃げて見ることができないんです。何も教団にいる人すべてがこうなのでなくしかし、大半

がこういう人が多いです。こういう人にはせめて「自分の意見でものをいいなさい。」と思います。そこまで依存してもね?
 その方が自分の心の働きがわかるし自分の考えをはっきりともつ訓練になっていいと思います。

 次に「最後にひとつだけお願いですが、教学を深めて下さいね。カルマは返って来ることをお忘れなく。」についてですが、この人は自

分は人にこう言えるほど教学を進めているのでしょうか?疑問です。
 なぜなら盗人猛々しいことは百も承知で言うならば、「カルマが返ってくることをお忘れなく」って人に言うなら、教学のできている人

なら、今回の私の行為も自分のカルマで起きたこと。「カルマ落としてくれてありがとう」って私に感謝すればいいと思うのですね。人に

言うほど教学入ってるならね。「お願いです」ってのもミソで人の心配をよそおった嫌味の隠蔽。
 私に恨みのメールなんて送ってないで文句をいっさい言ってこないならまだこう言われても認めるんですよ。またどうしようもなく腹が

立ったなたありのまま自分の感情をぶつけてもらってもその方が私は理解できます。反省もできるんですが。
 また「カルマは返って来ることをお忘れなく。」っていうのは法則を使った私への恨みの表現と呪詛なのです。自分は正しくてあなたは

悪業つんで「カルマが返ってくるんだからね」と捨て台詞をはいて(カルマの法則で私がひどいめにあえって)私に呪詛して、自分は上か

ら目線でいっさいカルマをつんでないという法則を用いた嫌味や恨みや呪いの表現でね。悪口いってないような巧妙な恨みの言葉。こいう

ことがサマナには往々にしてあるので、ダルマをもってダルマを汚すなって思うのです。
 これが教団の今までの考え方のゆがんだ傾向と今やってる礼拝に通じているゆがんだ心の象徴なのです。
 結局、自分たちは気付かないでダルマを実践してるつもりで結局それは自分たちの嫌悪やエゴの表現になっているっていう象徴的な特徴

なんです。だから私はそういう礼拝は心の働きは大丈夫ですかと懸念するわけなんです。
 この「カルマは返って来ることをお忘れなく。」っていうようなこと、これ教団の人って使う人多いですよね。
 だから、今度の礼拝も(全員ではないと言っておく。)目的は尊師が助かって自分たちの勝利を確認したい!これまで世間に非難や現世

の凡夫に否定されたけど、自分たちはやっぱり正しかったと証明したい!これまでのことは私たちはカルマ落ちたけど、あんたらカルマつ

んでるんだから、今後は尊師が帰ってきたらカルマ落ちるんだからね。私らはカルマつまずに耐えたんだから。ああ、それが証明されて凡

夫が苦しんだらすっきりする。教団批判した人はカルマが落ちるってことをお忘れなく!!私らが勝利して教団の正しさが証明されるけど

、凡夫たちはこれでやっとカルマ落とされ思い知り、改心するのよ!!
 これが彼等の本音です。こういう心の働きで礼拝することを私は逆ベクトルと言っているのです。ご理解いただけるでしょうか?
 続く
 

これも象徴的

 「返信はいりません」ってのも一方的だな?まあいいけど。
 また、他にも私がこれで悪業をつんでるとか言ってる人がいるが、最終解脱までいかずに悪業つまないで何かやれる人がいるなら教えてほしい。
 たとえばさU正悟師のこととか批判めいた(めいたであって批判はしてない。事実を言っているだけなんだけど)事書くと正悟師っていうステージの人を批判するのは・・・とか言う短絡的な人がいるけど、私はもう出た人間だし、教団内のステージ関係ないの。
 また私にとって師だとか正悟師とかもう権威ないでんす。私はそういう教団内ステージなんてどうでもええんです。しかしVT正悟師に関しては、正悟師っていうステージで見るのでなく。人間、「野田」っていう人を見ると、正悟師っていうステージに達するだけのことはあると自分は思う。(何も私が決める問題ではないけどね。そんなエラそうなことでなくね。自分に見えるってことね)私は決しては野田びいきではないが。しか
し、彼は確実にやることをやって、またそれ相応のステージの責務は果たしている。だから尊敬する。
 他の人に関しても教団内ステージで判断せずにその人個人がどれだけのことをやっているかで見て尊敬や称賛をするし、その要素について少しでも見習いたいと思うのです。
 だからUさんが正悟師とか言うのだったらちゃんとそういうことを見せて責任ある発言をちゃんと言うようにしていただけたら私もあのようには書きません。
 私に悪業をつませたとか(決め付けてる・・・)何か大村さんに悪業を積ませてとか言ってる人は、たぶんこれも上の人の言葉を真に受けているのでしょう。だってその人のステージで何が善業で何が悪業かわかるはずはないのだから。それほどのステージとも思えず。
 だから私に悪業をつませたは大きなお世話なんですね。私はもう私の責任で生きているし、間違ってる可能性とリスクはあるけど、自分の責任で自分の言葉で意見を書いているから。間違ったら自分の責任なんですよ。
 そういえば私が教団を出たときに一番それに乗っかって私を追出すのに奔走した典型的ガチサマナのTさんとのことだが、私が最後にVT正悟師に「Tさんとだけは話したくないっていう大村さんの心は狭い。大きな心で相手を受け入れてあげなさい」という指示にしたがって、気持ちは反対であったけどやっぱり自分も成長したいから自分の心に打ち勝ってTさんに自分の反省点をのべたところ、彼女も「私も反省しているのです」と言って何を反省するのかと思ったら「私が大村さんを甘やかして正しい道に導けなかったから・・・」あのね。これって自分の反省か?自分には何も間違いはないのね。
 また、あなたってそういうステージの方?いやーこれにはまいって絶句した。最後の最後までバカにされているのである。でも黙って耐えたよ。
 まあこれが教団の中で認められている人たちの特徴ね。全員がそうではないよ。ちゃんと考えている人はいるよ。でも往々にしてね。このような勘違いがあるってことを象徴、証明していることなので書かせていただきました。
 私も彼らも正しいダルマを実践できますように。(ちょっと奇麗事書いてしまった。でもそう祈るよ)

ぶっちゃけスマン

ぶっちゃけで悪いけど、O村さんは欠点がどうしても目立つから、周囲の人も態度が批判的になるのね。

それでも本質を見抜いて真っ当な態度でつき合える人は度量が大きいと思うよ。

(個人的には)自分のダメさ加減からして、なかなか個人攻撃なんてできないな。自分を責めることと同義だし、ましてや追い出すようなことでもしたら自分に追い出される番が回ってくる。

ありがとうございます

 ちょっと個人のやりとりになってしまって申し訳ないのですが、まず上のコメント二拍子さんに感謝します。
 ぶっちゃけて言ってもらえることはすがすがしいです。欠点が目立つというのも欠点が多いってこともあるので反省する面多々ですね。

●(個人的には)自分のダメさ加減からして、なかなか個人攻撃なんてできないな。自分を責めることと同義だし、ましてや追い出すようなことでもしたら自分に追い出される番が回ってくる。

 そうですね。私は個人攻撃うすrことも多いからこれは肝に銘じていますし、これからもよく考えたいです。また「自分のダメさを・・・」というところも大いに考えさせられました。今も同じような問題が個人的に生じていて、心の訓練中です。
 今回のコメントは心底ありがたかったです。ありがとうございます。
 読んでる方には個人的な自己のことを書いて場をわきまえずごめんなさい。

ぶっちゃけ2

> ぶっちゃけて言ってもらえることはすがすがしいです。欠点が目立つというのも欠点が多いってこともあるので反省する面多々ですね。

でもね、欠点と長所って、どちらも表裏だからわかんないもので、O村さんの意識には人の被りものを取っ払って潜在的なものを浮き上がらせる妙な作用がある。

O村さん自身の表層の被り物が薄いからだと思う。「欠点が目立つ」というのはそういう意味があって、「欠点が多い」とは限らない。

・・・?大村さんへ

えーっと、、、ほかの人がわたしの書き込みにご意見をくださったから、ご自身のお答えはくださらない、っというのは、二拍子さんのおかきになっていることが、大村さんのお答えと考えて、大きくは間違っていないということでよろしいですか?

ごめんなさい

 中間派さんへ・・・何か直接お返事しなくて失礼しました。そうですね。そっくり同じとは言えないですが概ね私のいいたいことを言ってくれているし、私以上の深い見解もあったと思っています。だから私が改めて書くより、もっとちゃんと答えていただいているのでいいかなと思ったのです。
 でも、私がちゃんと答えなければいけないということでしたら、それは書いた以上答えないといけませんね。
 彼らが礼拝をどういう心でやっているか?そこに勘違いがないか?

 これって非常にむずかしいことですよね。自分は帰依のつもりでやっていると思っていても、またそれが救済になると思っていても、そこに大きな勘違いがあるかもしれないってことをよく検討しないといけないと思います。ここは大変なところです。恐いくらいズレやすいところだと思います。
 そこまで深く考えて彼らがやっていると私には思えないんです。自己の心を狂いそうになるくらい見つめて、葛藤してその上でやはりこうだと信念をもって思ってやっているか?
 たぶん上から言われたからってのがほとんどでしょう。でも上からただ言われてということではもう済ませない時代にきていると私は思っています。教団のこれまでの流れを見てもこれまでの起こってきた現象をみても今起こっていることも。教団をとりまく社会環境や社会の反応とか、すべて検討してみるとどうも大きくずれていると思いませんか?
 そうでなければ今のような状況になっているでしょうか?

●サマナはグルが生きていることが、衆生を利することになる、と思い込んでやっているわけですから、彼らの礼拝は、利他心から行われているといえないことはないと思いますが、どうですか?

 例えをデフォルメして言えば、ある人が多くの人を殺すことが衆生のためだと思ってそれを実行して思い込んでいてもそれは衆生を利することになっているのかな?
 アングリマーラのこととかここで出さないでね。あれはね特例ですから。
 また衆生のためと言って本当は自分のためだけだったっていう場合とかね。(これがほとんどだとご私は思っています)
 またこの辺は長くなるのでこれくらいにしておきますが、私のかわりに答えてくださった二人の方のコメントの内容で十分だと思っています。
 また私が新たに書いたコメント(長すぎたけど)にもその勘違いをサマナがよくはまっているということも書いたと思いますが?それでご理解いただけますでしょうか?

最大の冒涜

立位礼拝はチベットの五体投地をアレンジしたもの。

前に「礼拝修行は願望成就にいい」ということを
聞きましたが願い事を叶えるために
五体投地があるのではない。

自分を捨てる修行なのに
"わたしの大事なグル"のために
死刑になってほしくないから礼拝しますというのはズレてないですか。

仏教をねじ曲げて都合のいいように
活用するのは
アレフの皆さんは
得意とするところですが。


私もそう思った・・・。

>「礼拝修行は願望成就にいい」ということを
>聞きましたが願い事を叶えるために
>五体投地があるのではない。

>自分を捨てる修行なのに
>"わたしの大事なグル"のために
>死刑になってほしくないから礼拝しますというのはズレてないですか。

これは同感します。そう思います。
私は教団辞めてますが、中にいたらやってるんだろうな~。
やらないと居られないだろうしね。

もちろん純粋な部分もあるだろうから礼拝すること全ては否定しないが、上記の方々が書いておられるように根本的な動機が不純
というかズレてたらやっぱり祝福はないかもしれませんね。

つくづく教団出てよかったと思わせる事柄でしたね。
中にいると独特の意識状態で、なかなか気づきづらいというのもありますし。あと、気づくとなおさら辛いんですよね。

「なんかおかしい・・」って思いながらその場にいたり、ましてや礼拝するのって辛い。そもそも礼拝は神聖なものだから、なお辛いだろうね。そういう辛さが増してくると買い食いなんかもしてしまいがちになるんですよね。食べて自分をなぐさめるんですよ。
でも裏腹に買い食いの後ろめたさや、「なんでこんなことしてしまうんだろう・・・」って悲しくなる。

とにかく1回リセットできるなら教団もリセットしたほうがいいんだろうが。難しいだろうな。

パソコンも不具合がでると再起動するしかないじゃん。
教団は再起動できないままずーーーっとエラーをぶっちぎって動かしてる感じがするね。



reごめんなさい

二拍子さんのおっしゃったような大前提があるということであれば、納得です^^。
しかし前提があるんであればあると、さいしょに言っといてくんないと、誤解をまねくんでは?

>例えをデフォルメして言えば、ある人が多くの人を殺すことが衆生のためだと思ってそれ>を実行して思い込んでいてもそれは衆生を利することになっているのかな?

どうでしょうね、極論ですが、多くの人を殺すことがより多くの人を生かすために必要なケースだってないとはいえませんので、これだけではなんともいいがたいと思います。
教祖が死刑になることが、サマナのためになるんだ、と考える正悟師がいらっしゃるわけですし、事件の再発を真に恐れる、被害者の心情を鑑みれば、毒ガスをまこうとする団体は全員を死刑にするのが、社会のためだとする考えにもうなずけますし、幼少児を何人もレイプしたうえで、殺すような異常者は、死刑にすることで、模倣犯罪への抑止力にしなければってのも一つの考えかもですしね。

われながらいみのわからないぶんしょうをかいてしまった

アメリカも死刑廃止の傾向?

こういう有意義な情報もときどき書き込むから
ブログ続けさせてあげてよん →A派幹部

この周辺記事を読む限りでは、アメリカにも死刑廃止の流れがきてるみたいだね
アメリカは日本と違って州別に法律が異なるから、完全廃止には時間がかかるだろうけど、日本にもなんらかの影響を及ぼすのでは?
*****************************************
「死刑執行数が減少、2008年は37人 米NPOの報告」
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200812110026.html
ワシントン──米国で2008年、死刑を執行された死刑囚は37人で、1994年以来、14年ぶりに最少を記録したことが非営利組織(NPO)の死刑情報センター(DPIC)の報告で分かった。

年内に死刑判決を受けたのは、残り期間での予想数を含め、111人と推計している。

DPICによると、今年の執行数は2007年の42人から12%減少し、06年からは30%減った。死刑判決数は昨年の115から減っており、1998年からは60%以上も少なくなった。

米国で現在、死刑制度があるのは36州。今年、執行された37人のうち、33人は南部州だった。特にテキサス州が突出して多く、半数の18人を占めた。

今年になって死刑制度を廃止したのはニュージャージー州で、メリーランド州でも来年中に廃止する見込み。また、死刑制度を導入している州でも、仮釈放がない終身刑を死刑の代わりに言い渡している州も増えており、ここ10数年で死刑数は減少し続けている。

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