元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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●以前VT正悟師に送った原稿だが、この政治を誰がやっても同じとか、体制を批判しているが、だったらお前がやってみいといわれたらできるのかということを自分が教団を批判したりしている部分と重ねて以下のことをかなり前に書いてみた。
 書いたのは「尾崎豊について」だが、私は彼ほどの才能がないので彼と自分を重ね合わせるのもおこがましいのだが、やっぱり批判だけをするどくつっこんでもという自分自身の自戒の気持ちも持っていて、かなり前から考えて書いていた原稿です。

◆尾崎について

 尾崎豊の死に関しては今だ多くの謎が解明されていない。尾崎側の遺族と尾崎夫人とも和解した様子はない。私は尾崎とは同い年だが、彼の生前は彼のことは知っていたが曲を聞いたりしたことはなかった。

 その後、彼の曲をいくつかは聞いたことがある。いくつか曲を聞くうちに彼が若者のカリスマになった理由も若者が思春期にもつ、いいようのない苛立ちや、エネルギーのもって行き場所のないそういう気持ちを見事に代弁していて、彼が若者のカリスマだったことは当然のことと思った。胸に迫るものがあるからだ。

 しかし、これは彼のファンにはいささか腹がたつ言い方だろうが尾崎は26歳で死ななければいけなかったのだと私は思うのだ。これは永遠の若者のアイドルとしてジェームスディーンのように伝説になるべくしてというのでもない。私は尾崎自身が26で死ななければいけなかった。彼の望みだったように思っているのである。

 彼は今まで若者の立場で学校や教師、また世の中の矛盾をそのするどい感性で見事について闘ってきた。体制やそういう束縛するものからの支配を嫌い、大人達の汚れに満ちた生き方を断罪してきた。それは思春期の若者には必要なプロセスである。

 しかし、彼はいつの頃から気づいていたのだと思う。それは残酷なことにその若者の代弁者として断罪してきた大人というものに自分がなっていっていることに。

 とかく若者は社会や学校や組織を鋭く批判し、それは純粋で正論で確かにそういう汚れた腐敗したものはやはり指摘していくべきだろうが、これは許されるのは思春期までなのである。二十歳をすぎたら一応今の日本では成人となる。ということは今度はその「お前ら大人は汚い」と言っていた大人に自分がなっていくのだ。そのときになってはじめて気づく「お前達汚い!!」と言うのは簡単だろう。また必要でもある。しかしここからが大人と子供の違いである。だったら自分達はその断罪してきた大人のように腐敗せず、それこそ純粋なままで今度は自分達がだったらどうやったらいい社会を作れるのだろう、自分達が言ってた矛盾をなしの世の中にしていくべきだろうと考えそれを示さなければならないのだ。

 そう文句を言っているうちはいい。だけど今度は自分が大人になったらその断罪してきた大人になって、どううやったら自分が指摘してきたように純粋な世の中を作っていくのか?これができなかたったら、結局自分達が大人は汚いというそういう大人に自分たちがなっていくのだ。

 尾崎は戸惑っていたのではないか?あるとき気づいたらあれほど嫌って、こうはならないと思っていた大人になって言っている自分に。26とはもう大人にならないでいられるぎりぎりの年齢だ。いやもうすでに年齢的にはかなりの大人の年齢で若者の教祖の年齢はとうにすぎていた。自分の年齢で大人はどうの社会がどうのと言っていたら、だったらあなたはどうやって社会を作りますか?あなたがやってみせてくれますか?こう言われる年齢である。

 それは尾崎の相当のダメージであったろう。彼は今まで断罪してきたその大人そのものにならなければいけない自分に気がついていた。それは尾崎にとっては敗北か?もしくは耐え難いことであったであろうと思う。いつまでも体制に文句を言っている年齢ではない。自分が断罪してきた以上の大人になってどういう大人になればいいのかの模範を示さなければならない。

 でもそれは無理なことなのだ。大人になって社会的な立場にたつときれいごとだけでは運営していけないのだ。矛盾も毒も汚れも受け入れなければ、決して大人になれないのだ。そういうものを背負っているのが大人だ。しかし、彼は汚れた大人になることを拒否したのだろう。自分がさんざ言ってきた大人の矛盾を自分がもっていること、またそうなっていってしまっていること、そしてそうしなければ生きていけないこと。これほど彼のとって残酷なことはないであろう。彼の心にはそれは何より耐え難いこと。拒否しなければならないことであっただろう。

 だから彼はあえてかどうかは知らないが、たぶんそれを拒絶し死んでいく道を選んでいたのではないか?彼の死の真相がわからないので、これはあくまでも事実がどうであるということでなく、彼の心の中として考えるならば、自殺でもなく他殺でもなく、彼は26歳というぎりぎりの年齢で死ななければならなかったのだと私は思う。

 しかしここで死者に鞭うつようなことを言わしてもらえば尾崎は卑怯である。彼は社会と大人と教師を鋭く断罪してきたのだから、今度は彼は彼の立場で、ではどういう大人になれば理想に近いのかを見本をみせなければ、ただの無責任に文句だけ言っている中高生と一緒ではないか?

 彼にはその感性で彼なりに理想の大人の姿を見せてほしかった。そこから逃げてほしくなかったと思う。しかし、彼の売り方と彼の存在意義からはそういう大人になる道はなかったのかもしれない。私には尾崎の当惑が見えるようである。尾崎が薬物やお酒に溺れていった気持ちがわかるように思う。自分もこの年齢になってもまだ迷い、実はどういう生き方が本当に理想かわからないでいるのである。未だに自分ではできないだろうが、社会や体制に文句を言っている思春期の頃のような生き方をしている。尾崎はこういう自分になりたくなかったのであろう。

 しかし、やっぱりあえて言うわしてもらう!尾崎よ!私も今もアル中のようになりながら!生きているのである。君の歌に今だ共感し、今だ迷い戸惑い生きているのだ。だから君には死んでほしくなかった!!君は若者を先導したのだ。だからこそ、今度は大人になってそういう人間達を先導する役目があったのだ!!君にとってそれが死ぬ以上の苦しみであってもである。

 尾崎は新しく今度は大人になって、どういう生き方を貫いていくか、それがわからないまま、26歳で死ぬしかなかったのであろう。これは私が勝手に思うことであって、尾崎のファンにはものすごく失礼であるかもしれない。そこは申し訳なく思う。これが私が尾崎を思うときいつも考えることである。

コメント


昔のオウム真理教HPには、

序章 尾崎豊は殺された


 正直いって、僕は尾崎豊の大ファンというわけでもなかった。それはあまりにも彼の歌がストレ-トすぎて、10代だった僕には気恥ずかしかったのかもしれない。気恥ずかしく感じたのは、多少はあい通じるところがあったのだろうと今では思う。

 僕が彼のことを真剣に考えるようになったのは、彼の死を知ってからだ。彼は死んだ。いや、殺された。
 最初は、マスコミがいうように彼が酒の飲みすぎで死んだ、そう思った。
 でもそうじゃない、彼は殺された、と思うようになったのは、彼の父の話や最後のマネ-ジャ-の大楽氏の手記によって、いくつかのことを知ったのがきっかけだった。
 尾崎は死ぬ直前、いったん病院から自宅に戻り、そこでのたうち回った後、突然こぶしを突き出し、足をけりあげ、まるで何かと闘っているように立ち回ったという。
 そしてその目は、何かを捉えるように一点を見つめていたという。そして静かに横になった。
 最初、僕は彼が空手をやっていたので、酒をグデングデンになるまで飲んで朦朧とした状態で立ち回りを演じたと思った。
 ところが、彼の目に鈍器で殴られた跡があった。
 また、彼が最初に発見されたとき、裸で背中を地面や木にこすりつけていたことがわかった。これは薬物を投与されたとき、皮膚が発熱し、かゆみを覚えたときの反応だといわれている。にもかかわらず、警察発表では薬物との因果関係が述べられなかった。
 警察は、当初彼の死因について「彼の死に関してはプライベ-トにかかわることですから」といって、あいまいに応じたことがあったが、最終的には肺水腫により病死ということになった。しかし、それでは最後の彼の行動が説明できない。
 だれかが警察に圧力をかけて真実を握りつぶしたのか。それとも警察が尾崎を殺したのか。
 尾崎はなぜ殺されたのか。尾崎は最期まで何を訴え、何と闘おうとしたのか。
 彼が残してくれたヒントを頼りに、僕は尾崎を殺した連中を捜し出そうと心に決めた。
 尾崎が死んだとき、マスコミは
「学校に反抗する歌を書いていた尾崎は学校を出て反抗すべき相手を見失った」
といっていたが、それはウソだ。『卒業』を聴けばわかる。

先生、あなたはかよわき大人の代弁者なのか
俺たちの怒り、どこへ向かうべきなのか
これからは何が俺をしばりつけるのか
あと何度自分自身卒業すれば
本当の自分にたどりつけるだろう

 つまり、彼は学校など相手にしていなかった。その後ろにある、もっと強大な敵を10代の時に肌で感じていた。学校や先生なんて、そんな大きな力の代弁者にすぎないと知っていたのだ。実際、彼はアジアの難民のためにも歌っていた。彼の目は世界に向けられていた。
 そして僕は、尾崎を殺した奴らを見つけた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんて書かれていましたね。


どちらも真実かもね

自分自身に対しても鋭く疑問を突きつければ、破滅的最期を迎えることもありえないことではない。

外に目を向け、矛盾の深奥に果敢に攻め入れば、最後のボスキャラがいかなるものか、垣間見てしまうことになる。沈黙を破って暴く者の命は保証されない。VT正悟師もずいぶんリスク背負ってる。

私自身、ここ数年、教団の問題を突き詰めてきましたが、いずれ狂おしい現実にぶち当たるわけですよ。究極の矛盾を前にして、大切にしていた価値観が無に帰するのはショックですよね。そういったことにまつわる話もいくつか聞きました。そういうショックをはたして乗り越えられるかどうか。


尾崎が純粋な若者の代弁者なら

浜田省吾は汚れた大人の代弁者ですね。

http://jp.youtube.com/watch?v=jLEDrA6qgQY&feature=related


>しかし、やっぱりあえて言うわしてもらう!尾崎よ!私も今もアル中のようになりながら! 生きているのである。君の歌に今だ共感し、今だ迷い戸惑い生きているのだ。だから君に は死んでほしくなかった!!君は若者を先導したのだ。だからこそ、今度は大人になって そういう人間達を先導する役目があったのだ!!君にとってそれが死ぬ以上の苦しみで あってもである。


大村さんは

「尊師よ!私も今も精神的苦悩を負いながら生きているのである。尊師の教えに今だ共感し、今だ迷い戸惑い生きているのだ。だから尊師にはずっと教団にいてわたしを導いてほしかった!!尊師はわたしを先導したのだ。しかし尊師はとらわれの身になり死刑判決を受けてしまった。尊師にはいつまでも教団にいてわたしを導いてほしかった!!尊師にとってそれが死ぬ以上の苦しみであってもである」

とも思っているのかもしれません。

大村さんは教団を卒業しました。

大村さんが「尊師」や「尾崎」という幻影から「卒業」し、自分の足で人生を歩いていくことを願っております。

「卒業」

http://jp.youtube.com/watch?v=n-9lE2C-suE

集団ストーカーの手口暴露

ほのめかし



標的となる人物(ターゲット)しか知らないはずの「個人情報」や、ターゲットしか知らないはずの言動や仕草、例えば、あなたが自分の部屋で一人でしていた行動などを、他人や知人が、一見関係のない文脈の中でさりげなく、時にしつこく話すことです。暗証番号や電話番号と同じ数字のナンバーをつけた車が目の前に現れるといった、視覚に訴える演出もあります。ターゲットに「盗聴されているのではないか?」「盗撮されているのではないか?」いう疑念を抱かせる効果があります。ターゲットがその疑念を口にすると、ターゲットが「おかしな人」になるよう仕組まれます。犯罪協力者は、ほのめかし行為が「偶然」であることを注意深く装います。音声記録等は難しいですが、記録することは可能です。ただし、それが本当にあなたに対して行われた言動かどうかを証明することは、難しい行為です。

http://antigangstalking.join-us.jp/AGSAS_Glossary.htm

陰謀論みたいなの出てくるからこの手の内容の記事はいらないよ

ただ単に、尾崎の死の原因はシャブです。
殺害されたか変死は別として、シャブに手をださなかったら
長生き出来たでしょう。

>なか卵様。尾崎の話の真偽は別にして、巷に溢れる陰謀論の中から、「真実」と「ただの妄想」を見分ける目を養っておかないと、この先、いろいろ大変だと思います。



ちなみに「本当のことは書くとやばいから、誰も書かない」というのは「真実」。

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集団ストーカーの手口暴露

ノイズキャンペーン(Noise Campaign)



標的となる人物(ターゲット)の周囲で四六時中なんらかの「音」を立て、ターゲットが「音」に敏感になるよう仕向ける行為です。壁を叩く音や室内でのカタカタ、ゴトゴト音のような小さな音から、水を流す音、洗濯機の音、近隣の騒音、外出、外食時のうるさい会話、突然大声で話したり高笑いをしたりする人物、咳払いを繰り返す人物、いびき、貧乏ゆすりによるカタカタ音、子供を利用した騒ぎ声、携帯電話の着信音、「カツカツ」と音のする靴で力強く歩く音、アイスコーヒーの氷を延々とかき混ぜる音、工事や大工作業による騒音、ブレーキの鳴く音、車やバイクのマフラーによる排気音(爆音)、広報車や宣伝カーの騒音、緊急車両のサイレンまで、あらゆる「気になる音」の演出がこれに含まれます。あなたの住居付近に加担者が潜伏し、かわるがわる「気になる音」、「神経を逆なでする音」を出すことが多くあります。

それぞれの「音」は日常生活であってもおかしくない「音」ですが、あなたが意識せざるを得ないのはその頻度とタイミングです。頻度は四六時中、タイミングはあなたがなにか行動を起こした時、あなたが通り過ぎる時、あなたがなにかに集中しだした時など、実に巧妙です。「音」を発する人が見えている場合には、あなたに意識させる行動を取ったり冷笑を加えたりすることがあります。

こういった音は、録音可能です。

http://antigangstalking.join-us.jp/AGSAS_Glossary.htm

忍辱

俺の娘婿がどうやら尾崎豊の大ファンらしい。俺はその根拠を知らない。ただ生年月日の月日が同じなのだけは俺を納得させる事実である。さて俺は尾崎豊をどう見ているかと言えばひと言である。純粋な男であったろう。しかし彼の生き様と言葉は多くの者に勇気は与えた要素があったかもしれない。だがしかし、彼はすべての現実現象を受け入れる忍耐の美を知り得たのだろうか?このただ一点を彼に送りたい。

現実現象は、われわれ個々人が学ぶべき教師であり、グルでもあるのです。よってその事実現象に感謝しないなら、おそらく妄想を真実と思い込む以外に選択肢は無くなるでしょう。
空海さんはこのように語っています。至言でしょう(私見)。

(一)如幻の喩を詠ず

個としての存在者は幻の如くであり、
すべては移り行く諸要素の結合。
盲目の意志とその張り巡らす業の絲に
中となく外となく包まれて、凡夫の迷路は深い。

世界は造り造られの連続、
十方虚空を総括する宇宙は大日の蓮華蔵世界、
無にあらず有にあらず、有・無の一にあらず、
空・仮と見えて真、表現を超えて実在する。

春園の桃李は目くるめく、
秋水の月光は酔漢を溺らしめた。
渓谷に仰ぐ夏雲は有と見えてまた無、
麗しの白雪の舞姫は水面に軽い。

執着狂迷人の世界は炎の海。
徹見無我を悟れば宇宙は清浄。
さても迷える人々よ、誰がこれを観る。
超越せよ。・・・・・

批判するのは簡単だが…

批判するのは簡単だが、
批判する対象ではない、別の何かを作り上げることが難しいということですね。
それは、その通りです。

自分をほんの少し変えるだけでも、
けっこう難しいことだから、
自己の周囲の現象を巻き込んで、
よい方向に動かしていくということは、
なかなか大変なことです。

だから、そういうことが、
少しでもできている方を称賛して、
そういう人から学び、
自分もできるようになりたいと思っています。

靖幸がいる。

尾崎の友人は岡村靖幸らである。

私は岡村靖幸のファンであり、しかし、今の彼を許す気にはならない。
そしてすべて彼が書いた 青春や純粋も 今は 封印してしまったよ。

>尾崎は卑怯である。彼は社会と大人と教師を鋭く断罪してきたのだから、今度は彼は彼の立場で、ではどういう大人になれば理想に近いのかを見本をみせなければ、ただの無責任に文句だけ言っている中高生と一緒ではないか?

別に尾崎すきじゃないけど、
卑怯かよ?とおもう。

アーティストと、
ソンシと一緒にしないでよね、大村さん~~!

自分がアルコール依存だからって、
そんなことだけ自分とダブらせないでくださいよ。

大村さんのほうが、随分あまっちょろいですよ。

甘えるのもいい加減にしてくださいよっていいたいですね。

>君は若者を先導したのだ。だからこそ、今度は大人になってそういう人間達を先導する役目があったのだ!!君にとってそれが死ぬ以上の苦しみであってもである。

なんだそれ。オザキはよくて キリストはダメw
ソンシはよかったけど、ソンシのほうが卑怯。

死ぬ以上の苦しみを乗り越えて
じゃあ、大村さん
あなたアルコール依存と共依存からたちなおりなさい。

くやしかったら たちなおって生きてみやがれ!!!



解釈は人それぞれ

尾崎とそんしを一緒には考えてないでしょう。

同じ土俵には乗せてないでしょ。

脳内での解釈は人それぞれだけど
自分の歪みを通して元々の文章表現をも
歪めて受け取るのは止めましょうね。

ちなみに共依存はA派の師とサマナに多い病気です。

そうかしら牛島くん?

ほんとうにそうかしらw
そうだといいわねw牛島くん。

ちなみに私は大村さん ラブリー。

牛島くんは僕におもしろいことをいうなあ。

じゃ、おしえてもらいましょうか

僕の歪みをね。

僕ほどゆがんだ人間もめずらしいから。

どーゆーふーにwwねえ、牛島くん?


wを多用する時点でまともに書く気なくした。


了解

了解w

尾崎について

尾崎豊と聞いてすっとんできました。(笑)
僕は尾崎がデビューした頃に生まれたので、リアルタイムでは良く知りません。
8年程前に尾崎を知り、楽曲や小説を集め始めた程度の1ファンではありますが、
大村さんは、尾崎をあまりにも一般的なイメージからしか語らず、
作品もあんまり聞いていないんじゃないかな?と感じました。

まず、尾崎自身は、「誰かの代弁者」として詩を歌っていたわけではない、ということ。
ただ、その作品に込められた情熱に、世の若者が圧倒され、そして支持をして、
マスコミが煽ったことも手伝って、尾崎は創り上げられたカリスマになってしまった。
本当は、そんなものになんかなりたくなかったのだと思います。

「若者の代弁者」としてのイメージが強いというのは、
「卒業」とか、その頃の作品から来るイメージなんだろうけど、
確かに20歳前後の頃には、尾崎は社会と向き合った詩が多いと思います。
社会はこんな汚いけど、誠実に自分の道を歩んでいこう、といったような。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/8237/ETERNAL/ETERNAL.html
アルバムでいうと、回帰線とかそのあたり。
社会と向き合った上で自由とは何かを追い求めたのではないかと思います。

でも、そういった作品とは別に、尾崎の詩には、
人間として生きていくことの孤独感を歌ったものが多いです。
どこまで人を愛しても決して分かり合うことができないこととか、その悲しさ。
恋愛とかを通して、幼い頃に描いていたような絶対的な信頼関係のようなものは
現実的には存在し得ないのだと感じていったのだと思います。

特に渡米後には、孤独感を主題にした作品が増えるんですけど、
その頃から尾崎は、社会という概念に触れることなく、
一人の人間としての自由とか、常識の範疇では辿り着くことのできないものを
求め始めていったのではないか、と思います。(だから覚せい剤)
尾崎は確かに何かに限界を感じていたのかもしれませんが、
でもそれは、大村さんの指摘するような理想の大人の生き方とか
そういった社会的なものではなくて、
もっと人間の本能(知覚)とか魂とかそういったものに対してだと思います。

長くなりすぎたので、はしょりますが、この後の尾崎の作品というのは、
はみだした幻想的な世界のものが色濃くなっていった気がします。
あまりにも純粋に己の与えられた生を、妥協せずに追い求め続け、
その途中、トリップ中の世界に何かを見出してしまったからこそ、
そのまま薬をやめることができずに死を迎えてしまったのではないでしょうか?

僕が一番好きなシーンです。(ニコニコ動画)http://www.nicovideo.jp/watch/sm3138258
5:47のところの笑顔。

僕は尾崎には、薬物を克服して、その先にある世界を生きていって欲しかったです。

社会を先導する役目なんていうのは、
尾崎だけでなく、そして他の誰にも望むべきことじゃないと思います。
だから、大村さんもファンに失礼とか前置きするくらいなら、
もっと尾崎の作品を聴いたり、小説を読んだりして欲しいと思います。
1ファンとしての意見です。長文失礼しました。

とてもかっこよかったです。

ああいえば醤油さんありがとう。
出勤前 ニコ動いまみたよ。

尾崎ははじめのMCのとこから
やっぱ相当 自分てもんと向かいあっていたとおもった。

try try TRY。

尾崎は素材

尾崎が実際にどうこう、というよりも

政治批判・教団批判について、自分は棚上げ状態から、自分自身がまな板の上のコイになったときにどうするか、っていうことで考えて欲しかっただけです。




無責任なことについて無責任?

素材に対してあまりにも取材不足だと思います。
その取材不足を棚上げにしてはいけないでしょう。
それこそ、無責任っちゅうもんです。

尾崎はさんざん若者を煽っておきながら、自分は汚い大人になりたくないから
無責任に、薬物へ逃げ死んだ。
これと、今の政治・教団への批判が無責任である、ということを重ね合わせる。
で、その見解を述べた大村さんは、どこまでの責任感をもってして
尾崎を卑怯者とまで罵ったんでしょうか?

少なくとも僕は上コメに関して、どのあたりの作品分から
どういったことを感じとり、どう推測していったのか記述していってますよ。
もっと詳細書けというのなら書きますよ。

僕は尾崎は逃げたとは思いません。美化するつもりじゃないですけれども、
必死に自分の存在を自分の納得いくまで追求しつづけた。
その一つの完成形がライブでの充実感に満ちた笑顔だし、
「誕生」における次世代の命へのメッセージなのだと思っています。
そういった意味では、あの時すでに自分の生へ固執はなかったのかも知れません。

しかし、尾崎に勝手に使命を与えておいて、それを達成しなかったから卑怯だという
大村さんの主張にはとても納得できません。
そういった他人に自分の理想を押し付ける輩が多かったから、
尾崎は、求められる自分と、自分自身の在り方に苦しんでいったんだと思います。

VT師へ

>政治批判・教団批判について、自分は棚上げ状態

これは、大村さんは棚上げにはしないだろう、ということですか?
それとも、そんな大村さんも棚上げにしてしている、という皮肉じみたものですか?

おっしゃることもわかります

 朝、「ああいえば醤油さん」のコメント読んで確かに尾崎のことはよく知らずに書いているなと思って、ちょっと無責任だったなと思っていました。時間がなくてコメントは書けなかったうちに何か発展していて、まあ尾崎はあくまでも素材っていうのもそうなんですが、確かにその人物に対しては知らないで書いていることはある意味無責任だと批判されても当然だと思います。
 ただ、罵っているのではなかったんですがね。私は尾崎にもっと生きてほしかったと思ってた気持ちを書いただけです。
 後、私は自己のことを棚上げしているのでなく、自分の自戒と冒頭で書いていると思うのですが?
 でも、自戒をするなら自分のことだけ書いて尾崎のことを土台にだすなっていうのも正論だとは思う。
 ただスターになった時点で本人の思惑とおり自己をわかってもらえるわけでないし、それは有名税でしょう。
 いくら尾崎のことを勉強しても尾崎の本当のところなんて尾崎本人が語らない限り本当のことは誰にもわかりません。だから「ああいえば醤油さん」が例え尾崎のことを深くいろんなものを読んで理解したつもりでも当の尾崎は「いや、そんなことないよ」ってこともありえるよね。
 例えば作家で佐藤愛子って人がいるんだけど、その佐藤愛子の作品を大学のテストの問題で引用してここはどういう意図をこの作家はこの文章にこめているのでしょうかっていう問題で文学をすごく研究している大学教授がその回答を書いているのだが、当の佐藤愛子は「そんな意味なんてちっとも込めてなかった」って何かのエッセーに書いていたことがある。
 だから「ああいえば醤油さん」がいくら尾崎を好きで私よりよく知っていてもそれが正しい理解をしているとは絶対とはいえないです。
 ただ、あくまでも僕は大村より尾崎の歌をもっとよく聴いているし、小説など読んでいて、大村が書いていることは間違っていると自分の意見を書くのに私は反論しません。
 「ああいえば醤油さん」は最初、かなり冷静な原稿を書いていて、私もそうだなってすごく素直に反省したのですが、そこでVT正悟師がコメント書いただけで、そこまでヒステリックになるってのはちょっと飛躍していて私も確かに無責任だが、自分は尾崎を理解しているってそこまで言うこと自体も無責任ですよね。あなた尾崎じゃないんだから。狂信的な信者的なファンの攻撃みたいで反省する気もひいてしまいました。
 あくまでも私の考えてることだってこと。また尾崎を罵っているのでもない。卑怯だとは書いているがね。あくまでも引用ですよ。引用。
 そんなの批評家だってもっといいたいこと書いてますよね。スターとかタレントなどはある程度(あくまでもある程度ね・・・ヒステリックに、有名人でも名誉はありますって書かないでね。わかってるから)勝手なことかかれてもそれも受け入れないと表現そのものを全部否定しなければならなくなりますよ。
 作品を発表したらそれの感想は書くのは自由でしょ。だからまあ私の意見に反論するもあり。
 それにまた反論してもいいわけ。ということでまた意見を書きました。また、怒られるか!!

つけくわえわえると

 私はとにかく尾崎が本当はどうだったかってことは何も言っていません。あくまでも私は一般的な尾崎の作品を聞いたり、番組で見たものから尾崎の一面を(あくまでも私に見えた一面ね)見て、それを題材にして他を批判することの是非について自分なりに考察したことを書いただけです。
 何だか尾崎のこと書くだけでこう過剰反応されると尾崎ってやっぱりある種のファッショだったと思えてきます。尾崎本人が望まなくてもそうやって周りに利用されたってことかもしれませんが。

ああいえば醤油さんのことからはズレてしまうかもしれないですが、A関連の人に話を聞くと、大村さんを何とか否定しようとする心の歪みを感じました。上からの指示とか、なんらかの情報操作がされているように感じる。

上夕魔境キャンペーンと似たものを感じたので、カキコ。

こういう場合、相手の素直で率直な心情に対するわけではないから、反論も不毛に感じる。

大村さんも一歩引いてスルーも必要だよ。ああいえば醤油さんはA関連の人ではないかもしれないけどね。

ちなみに、私も尾崎と同時代を生きて、「卒業」がリリースされたころに「卒業」を聞きながら卒業したんだけど、ああいえば醤油さんの感じ方もわかるけど、大村さんの尾崎感もあながちまちがってないと思うよ、あの時代の空気をよく表していると思う。

そんな時代から、社会をひっくり返そうとするオウムの出家やオウム事件が出てきたんだよ。

逆に若い君にはわからないだろ?同じ時代を生きて同じ空気を吸っていた人間にはピンと来るものがあるんだよ。

ま、歌なんて、各人が自分を投影して聞くモンだよ。ああいえば醤油さんの意見は「否定のための否定」に見える。

もちょっとトンガって言っとくと
ロックなんて取材して聴くもんじゃねーんだよ!こころにガツ!!っと来て「やるじゃん」ってなるか、「ブー、引っ込んでろ!!」のどっちかなんだよ
ってな感じかな。

あと、私これ読んでいろいろ考えさせられた。

天才ロッカーの尾崎しかり、ファンがいて個展を開くほどの芸術家・大村さんしかり。


一般に、天才には夭折する人が多いといわれている。これはその才能が惜しまれながらも失われたことによる評価も含むのであろうが、後述するように奇人・変人の域にある彼等は家族等周囲にとっても世話のやける、厄介な存在であることが多い。そのため、対人関係における摩擦も多く、彼等の多くが現実には孤独で、更に非常識な感性のため薬物中毒やアルコール中毒に安易に侵され、また気分屋であるため一旦夢中になると常軌を逸して猛突突進してしまい健康を省みないで容易に病死、或いは実質的自殺行為に至ってしまう、といった破滅型天才の宿命という事情も絡む。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%89%8D

暗闇

尾崎と親しかった同年代ミュージシャンによれば「尾崎の歌には光が差すことがなかった。どこまでも絶望的に暗かった」ということだった。

いわば「無明」。現実を突き詰めれば、どこまでも絶望的に暗い。そこを突破するのは容易ではない。特に現代は深い矛盾の淵がある。
尾崎のように自分を追い込むタイプのアーティストは居る。幸福を掴むことに関して不得手な人が多い。

ん~別にヒスってるわけでも、怒ってるわけでもないんですがねぇ…(笑)
それに尾崎信者ってわけでもないですよ。
普通よりちょっと詳しい程度だと思います。好きなことには違いないですけど。

わかる人には僕が誰だかわかってると思いますが、A派でもわっかでもないです。
オンフ板には出入りしてますけど、
多重HNは常習ですがここにカキコするのは滅多にないです。

尾崎のことは所詮解釈の違いなんですから、
それについてうんぬんこれ以上言うつもりはないです。
上コメで具体的にいろいろ書いたのは、
他人の見解を否定するのだから、それに対して説明をしなくては、という意味で、
自分の推測について具体的に長々と書きました。

この記事の主題が、無責任な批判とかについてであるならば
「国民や野党とかが政治とかの不祥事・表面だけを捉えて批判する」
「自分が若いときは大人を断罪したが、自分は大人を逃げた」と、解釈してる、と。

要点は、別に大村さんの解釈が間違ってるとかそういう話じゃなくて、
(僕は確かに大村さんの主張は違うと主張してるとは思いますが)
他人に対して責任を問いかける上で、
問いかける側の姿勢はどうあるべきなんですか?ってことなんですよ。

僕は、記事というものは、見る人に何かしらを伝え、
そして見た人がその考えに違う点があれば、
どこがどう違うのか話すことで初めて有益になると思います。

この記事が大村さんの単なる感想文であり、
特に批評を望まぬものであるというのなら、
いらない突っ込みいれてすいませんでした。

尾崎豊さんも芸能人

でしたので、そういう狂信的なファンもいるんです。
人間界からすでに転生してしまった人ですけど。

あ、アーナンダ正悟師(井上被告)も熱心な尾崎ファンでしたね。
彼も物事を深刻に悩むタイプだったんかな。

というか、90年代前半の世相を考えると、バブルもはじけて深刻な状況でしたね。
黒い色に満ちあふれていたような?
世の中どうなってしまうのか?
ノストラダムスの予言当たるか?
なんて考えていましたね。

それがどういう訳か、95年以降流れが変わってきたような気がします。
別に、麻原派の言うように「尊師が悪いカルマを背負ってくれたんだ!」


なんて言うつもりはありませんけど。

わたしは「地下鉄サリン事件」が歴史の流れを変えたのではなく、
6千名もの人命が失われた「阪神淡路大震災」が歴史の流れを変えたと思いますね。

もしそれが起きなければ、おそらく、
日本全土が焼け野原状態になっていたことでしょう。
オウム真理教のセイで。
本当に大都市部の人口が十分の一になったと思います。

あの強制捜査前、警察は宗教団体に対して腫れ物扱いだったのが、
それ以降は遠慮なくやりますからね。

>これは、大村さんは棚上げにはしないだろう、ということですか?
>それとも、そんな大村さんも棚上げにしてしている、という皮肉じみたものですか?

どちらでもないですけど、要するに尾崎を記事のように受け止めた人間は少なくとも1人いたわけであり、その人は尾崎を題材にして、教団批判も含めて「棚あげにしがちな自分」を直視しようとしているから、それはそれでいいのではないか。



は~い。

感覚だよ

>教団批判も含めて「棚あげにしがちな自分」を直視しようとしているから、それはそれでいいのではないか。

単に野田ちゃんえらそうだずら。

単純なる感想。

尾崎じゃなくても尾崎だから どーの という問題ではないな。もともとは。
感覚だな。

でも じゃ こーじゃん?とか書くと

批判されたー!だろう?
変だよ。

いいじゃないか 自分を見つめてればなにやったって!
というならさ

人のこと無責任とかいえないよー。

ギリギリ 心境でがんばってる アーティストさんとかみてるとさ
売れようが売れまいが
なんだずら?とおもうずら。






ZARDだって!

アーチストとしてのタイプは違うかもしれないが、この間ミマカッタZARD(坂井泉水)の歌にも青春の孤独を感じさせるものがあるよ。FOVにあげた「君がいたから」とか。テレサテンにあげた歌とか…

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