元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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 ちょっとテレビで見たことで考えさせられたことがあります。正義ってなにかってことですね。

 それは原爆投下についての番組でした。今まで紹介されなかった知られざる秘密っていうことでいろんなことが紹介されていました。そこで原爆投下したアメリカの軍人について、その直前と直後の様子などが語られていました。

 まあ、途中から見たり、後、これについて何かを書くつもりもなかったので固有名詞などが確実でなく申し訳ないのですが、私はこれを見て、ちょっとショックを受けましたし、これってうちの教団にも当てはまることだと思いました。

 まず原爆投下した中である軍人のAという人がいるのですが、その人はパイロットとして非常に優秀な人物でアメリカ軍としてもかなり信頼をよせていた人物です。で、実は原爆は広島・長崎に落とされる前に東京の皇居にも落とされていました。それを落としたのがこのAなのです。

原爆を落とすには視界が開けていて、晴れていて雲などが少なく投下場所を間違わないような状況でないと落とせなかったのです。それでAが偵察とまあ投下指令があったら投下する目的で日本の空を飛んでいました。しかし目的の場所が非常に雲が多く視界が悪かったのです。そのときは落とせという指令はなかったということでした。でもAは上司の言うことを無視して東京の皇居あたりに長崎で使われた原爆と同じものを自己判断で投下したのです。
 しかし、これは何かの理由で結局、Aが目的とした場所に落ちずに不発に終わります。これは軍法会議にかけられて当然、厳しい罰を受け、退陣しなければならない大きな命令違反でした。しかし、アメリカ軍の司令官たちはAの類稀なその優秀なパイロットとしての能力を失いたくなかったので、全くおとがめも罰もありませんでした。
 そして、今度は日本に原爆を落とすチームができて、まずは広島、そして長崎と原爆は落とされました。そして、本当はそのAがその後すぐに東京皇居に原爆を落とす予定だったのです。

 しかし、Aが原爆を落とす前に戦争が終結しAは原爆を落とすことはできませんでした。そしてこの戦争でもっとも成果をあげたと勲章をもらって高く評価それた人は実際に原爆投下をした軍人たちでした。

 Aはくやしがりました。その後、Aについてある原爆を落とした退役軍人は「彼は大変な野心家で自分の成績をあげることばっかりの人だった」と酷評します。実際Aは大酒を飲んでギャンブル好きで人々に「荒馬」か「荒くれ馬」と評された人物で戦争時は非常に好戦的だったということでした。

 しかし、ここで驚いたのが、その原爆を実際に広島や長崎に落とした軍人がまだ生きていたのですが、その人が悲惨な原爆の様子を映した写真などを目にしても、悲惨な状況の話を聞いても全く動じず。そして「原爆投下についてどう思うか」とインタビュアーが聞いたときにその退役軍人は信じられないことに「あの原爆投下は決して間違っていません。原爆投下は正義だった。あれによって戦争は早く終結し、われわれは多くの人を助けた勇者です。原爆投下は人助けだった。われわれが原爆を落としたことで多くの人たちが救済されました」と語るのです。

 それにはインタビューをしているインタビュアーも一言も発することができませんでした。実際多くのアメリカの軍人が原爆は投下しなくても戦争には勝っていて、日本の敗戦はわかっていた。あれは実験であって、大変非道なことであると、原爆を落とした軍人の中でさえそう言う人もいるし、多くのアメリカ人がそう発言しているのに、この人は原爆投下をあくまでも正義と言い切るのです。

 それからAはその後どうなったかというと、そのAの甥が語るには原爆投下後何年かしてAは、それまで以上に荒くれた生活をし、そのため奥さんとも離婚し、なんと強盗に入るまでに落ちていきました。

 しかし、ここで不可思議なのがAは強盗に入ってもお金をださせてそのお金を返却して逃げたり、また別のところで強盗に入ったときは確実に逃げられるはずの状況で、ずっとその現場で狂ったように踊りくるい、わざとつかまったとしか思えない行為をします。
 そして、ついにAは退役軍人で多くの戦争の後遺症で精神を病んでいる人がいく退役軍人の病院に入院させられます。

 それからその甥はAから非常に意味深な発言を聞きます。Aは甥に「原爆投下は間違いであった。原爆投下は極めて非人間的で決してやってはいけない行為である、そして自分もまたその被害者である」と言ったそうです。そしてその甥はAから実際に驚くべき話を聞いてAの言う意味を理解したのです。

 それは戦争を終結してからもアメリカ軍は原爆の実験を世界最終兵器として続けていました。そのときにAも含む何人かの軍人がその原爆投下の後の様子を調査させられたのでした。そしてなんとその軍人たちのほとんどが被爆してしまうのです。

 それはかなり後に気がつきます。まず、奥さんが二度も子供を流産します。それからいろんな不可思議な症状がでるので、調べて見ると被爆した男性の精液に異常が出て、奥さんが妊娠しても流産してしまう確立が非常に高いということを知るのです、そしてその後同僚たちにも同じ現象が起きて、いろいろ調べるうちに自分たちが被爆した事実を知るのです。

 その上、その任務につく誓約書にはその事実を知っていたにも関わらずそのことが一言も書かれていなかった。それを知って初めて自分たちが落とした爆弾がどれだけ非道なものであるか知って愕然とするのです。結局Aはしばらくして死ぬのですが、そのことをアメリカは隠してきました。

 Aは死ぬまで原爆投下をした自分の非道さとまた自分になされたアメリカの非道さを訴えて、そのことはは甥に引き継がれました。甥は原爆がどれだけ恐ろしいものであるかを今も語りついでいます。

 ここで少し日本側のことも話しましょう。日本人も実は原爆を作ろうとしていました。そしてウランの発掘を軍人や一般の人、そこには少年や子供たちもいましたが必死で作業させていました。しかしなかなかウランが思うように採集できずにアメリカに先を越されるのです。それに対してそのとき少年だったある男性に、そのときの気持や今の心境はとインタビューします。

 それに対してその人は「確かに一生懸命来る日も来る日も非常に暑い中、大変な思いをして作業していましたので、そのときは大変くやしい思いもしました。しかし、私は今はそれでよかった。決してそんなものを落として多くの人を殺さなくてよかった。また後遺症で多くの人を苦しませずにすんだ。本当にあのときに間に合わなくてよかった。そんな非道なものを落として人を殺すことにならなくてよかったと心から思う」とコメントします。

 私がこれを教団とだぶらせることは結局大変非道なことをなしておいてそれを正義って言い切って信じていること。自分の行為がどういう非道なことをしているかってことを疑いもしないこと。

 正義の名においてなされることはそれで他がどんな苦しい人がいても正義で正しい、それが救済。人助けと言い切るところですね。教団から言えばカルマが悪い人は殺されても苦しんでも正義だからいいってことになることですね。しかしそれが例え宗教的に正論としても、この人たちは自分がそういうことをされてもそれが言えるでしょうか?

 そこまでの確信をもち、何があってもいっさいを自分のカルマとして受け入れ、耐える覚悟あってのことか!!

 例えばA派がいう自分が大事にしている尊師が殺されても社会の人は正義って言ったとして、それを受け入れれるのでしょうか?自分の身に非道なことが降りかかってもそれは自分のカルマで相手が正義って言い切れる人って何人いるのかな?

 そして、それを指摘するとそれはただの情って言い切るのでしょうか?私はこの正義って言った原爆投下をしたアメリカ人に教団の正義をふりかざす人を重なって見てしまい、本当に恐ろしいことだと思いました。

 もうひとつはこのAていう軍人があきらかに大きな違反をしたにも関わらず、ただ優秀ってだけでおとがめなし、他の下っ端や能力のない人がやったら大問題にするけど、自分たちに都合がいい人が何をしても、例え性欲の破戒や豪勢な料理を食いまくって贅沢してもすべて不問にして、しかし、その人が使い物にならなくなったり、自分たちの都合にあわなくなったら即刻魔境って切り捨てるところですね。

 自分たちがさんざ今まで特別扱いしてきたクセにってことです。その人が魔境なら、そうしてそれを許してきたあなた方にも非があるじゃないですかってことです。

 それから自分たちが優秀だと称賛してきた人が立場が悪くなると、あいつは元々野心家だったとか、そのときには決してそれがあっても言わないできて、その人の立場が変われば、それを拡大して、悪口を言い、最初からあいつは・・・と平気で貶めることを言うことですね。だったらその人が評価されてるときにもその欠点を指摘すればいんです。それをそのときは決して言わずにきて、調子が悪くなると、まるでその人のすべてが悪かったがごとく完全否定して、逃げるってことですね。変わり身の早いこと。

 教団ではよく四無量心、聖無頓着とか言っていますが、あれは自分の痛み・苦しみには無頓着であれってことで、他人の痛みにはむしろ敏感になって、慈愛や哀れみの心をもつってことって私は思っています。決して他人の痛み苦しみに無頓着でいいはずはないはずです。

 しかし、教団の人はむしろ自己の痛みには敏感で他の痛み・苦しみには無頓着という全く逆のことをしている人がほとんどに見えます。意味を間違っているか意図的に曲解してるのか?
 
 私も後者の立場できたし、今もそうであると思って恥じています。少しでも前者でありたいと努力したいと思っています。とりあえず上手くいいたいことを書けませんでしたが。少し考えさせられたものでここに筆をとった次第です。

 正義をふりかざしている人って己を見ることは決してなく、己を省み反省することもないかわいそうな人ですね。

 以上、私が考えたことです。
 
 ※ここである軍人をAとしたのはなにもA派をあてこすってのことではありません。単にアルファベットのはじめを取り入れたものです。書いていてちょっと誤解されるかなと思いました。

 大村佳子

コメント


大村さんへ

特別扱い、使えなくなったら非情な切捨て、
これは、とりあえず今のような社会の黒幕たるには必要な資質ですよ。
黒い世界を黒く動かすには不可欠だと思います。
それを、理想社会を盾にして批判してもしかたないと思いますけどね。

これをアレフに当てはめて考えてみた場合、
単にアレフがそんな黒い団体になっている、というだけのことです。
尊師がいた頃からそうだったのであれば、その頃から黒かったと。
最近そうなったのであれば、それは最近黒くなったと。

また、日本だって黒くないわけでもないと。(笑)
黒と黒がぶつかれば、力のある方が残り、力のない方は消え去ります。
つまり、アレフも長くはない、それだけのことです。

ちなみに、白には絶対にならないことですね。
白になる、ということは敗北が確定するのと同義です。
なぜなら、白は少しでも黒が混ざれば敗北。
黒は自ら白に混ざってグレーになることを恐れず、
それを敗北とはみなさないわけですから。
そして、ぶつかった結果、色が混ざらないわけはないんですから。

黒と白

>ちなみに、白には絶対にならないことですね。
>白になる、ということは敗北が確定するのと同義です。

完全な黒や白は存在しないそうです。

ソンシにも白い部分もあり、日本社会にも白い部分があると。
そして、大村さんやぼんちさんやわたしにも。

ありがたい

 上記のコメントはありがたいですね。ちゃかしでなく真剣に書いてくださっているのが伝わって、私も善悪にとらわれているし、黒白をはっきりさせたいというところがかなりあって、これはまずいぞって思っているんですね。個人的恨みとかも残っていて、だから反省することとかこいつ(大村)はないのか!とお叱りを受けるのは当然だと思うのですね。
 完全に相手だけが悪いわけでなく。私にも問題がたくさんあったわけですから。でも、やっぱり自分の現在の心境で疑問に思ったことなど感じたままにと思っています。
 だから自分が書いた記事にはかなり私の汚れや間違った見解。冷静でないところや感情がたくさんあって、でも今思っているありのままをそのとき出てきたまま書いています。
 よってそこにニュートラルな見解を書いていただけると大変ありがたいのです。
 批判は覚悟で書いているのですが、まだ心は動きますから、そこは自分が心を動かしても感情を生起させてもカルマになる部分もあって・・・。
 意見を書くことも含めてです。
 でも、自分が書いたことに対してのコメントを読むとなるほどなとか、そういう視点がなかったなとか、よく読んでくれたんだなとかありがたいです。
 黒白・・グレーか。よく読んで考えていきたいです。私も視野が狭いのでついつい自分の思考の中でぐるぐる回ってしまうので、どうもありがとうございます。
 

お~むらさん

白だ黒だと言うのはおよし 白という字も墨で書く
(詠み人知らず)

有能な人

優秀な人だと性欲の破戒しても不問になるのですか?


ステージ降格

破戒して師のステージ剥奪される人と
されない人がいますね。

お馬~にとっては、

例え、教団を離れていても、
サンディタ師も、バドラー師も、ラーシャー師も、パヴィッタ師も、ナーギタ師も、
「師」(=クンダリニー・ヨーガの成就者)なんです!

破戒して「師」のタイトル剥奪ですって!

「そんなのかんけぇ~ね~」
「そんなのかんけぇ~ね~」
「そんなのかんけぇ~ね~」


透明な心の窓

> ちょっとテレビで見たことで考えさせられたことがあります。正義ってなにかってことですね。

白か黒かは、受け止める個々人の中の識別に依っているので、白いものが黒くなったり、黒いものが白くなったり、ある人が白といっても、別の人は黒という。

大村さんは、特にこれが白、これが黒とは言っていないようですね。
ただ、「白(もしくは黒)に決まってるだろ、議論の余地なし」という凝り固まった状態がいかに悲しいことになるか、という一例から疑問を投げかけている、ということですよね?

不変の白、黒という客観的対象は存在しないから、既存の善悪観念に安住していると、結果的に悪となることもある。外側に規定された価値観が無難とは限らない。瞬間瞬間、予断を排して透明な心の窓を通して本質を判断するしかない。

>黒は自ら白に混ざってグレーになることを恐れず、
>それを敗北とはみなさないわけですから。
>そして、ぶつかった結果、色が混ざらないわけはないんですから。

「洗濯」するしかないでしょうね。
様々な5つの薀に自分自身の本質的意識が絡め取られた状態になると、結果的に「黒」へと転びやすくなります。つまり、ここでの黒とは「本質を見誤り、結果的に判断を誤り、望ましくない状態に転落する」ということです。

五薀
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%98%8A


大村さんへ

仮にも法友だと考えていますので、
シニカルな投げかけ方はするかもしれませんが、
その意図まで茶化しに走るわけではありませんので、
そこらへんの私の人間性をわかった上でお付き合い願います。(笑)

つまりは「個人」のレベルにおいては、
黒も白も、その混合色であるグレーもある、ということなのです。
それを認める、ということがとても大事なのです。
仏教の目的は、小乗的に言えばそのどの色も消すこと、
大乗の空論的に言えば、もともと色などなかったことを悟り、解放されること、
密教的に言えば、それらの色を素晴らしい荘厳色とし、仏となること、
というあたりにあるはずですね。

ところで、私は「白にはなるな」と書きました。
言い換えると、「自分が白だと思い込むな」ということです。
思い込んだ瞬間、白でない人たちに対する黒い見解が生起するからです。
次には自分の中でなぜかグレーになっている部分を見つけてしまい、
認めたくない自分が内面に存在することがわかり、人格が歪んでしまうのです。
忌避、逃避しつつ内在を知る・・・これは歪みしか生みません。
どうせなら掃除の専門業者が汚れたトイレを掃除し始める時のように、
誇りをもって堂々と汚れに対峙しましょう。

さて、個人レベルであれば、黒、白、グレーの混在ですむのですけども、
団体、となるとそれは個人の集合体ですから、
ややもすると個人の黒の部分の汲取り便所となりがちです。
ですから個人よりもはるかに、はっきりした黒色を呈します。
オウムが、信者個々人はいい人たちで支部も居心地のいいところ、だったのに、
団体としての行動は、傍目から見るとかなり悪辣な団体だった、
ということを思い出してください。

では団体としての悪辣さは解消しつつ、
個々人の白い部分は生かす方法・・・これは一つしかありません。
個々人が団体を「卒業」していくことなのです。
これは外部の圧力による「崩壊」で得ることのできない結論です。
外部圧力による崩壊では、黒い想念を持つ小部隊が出来てしまいますから、
外部には寛容を要求したいと思いますが、
信者個々人にはシビアに覚醒し、「卒業」していかれることを希望しています。

色で思い出しましたが、

実際には、白や黒の他にも色がありますね。
「色別恋人判定法」とかありましたが、光沢があるほどいいみたいです。
で、濁っているのはダメとか。
モスグリーンやこげ茶色なんて悪い色の代表みたいなものです。

http://www.amcac.ac.jp/~Suzuki/03irojiten/irotop.html

回ってない洗濯機です

>団体としての行動は、傍目から見るとかなり悪辣な団体だった、
>ということを思い出してください。

これはやっぱり、個々人の黒い部分に由来して、浮かび上がってきた汚れの部分ということですよね。組織は人による何らかの意思決定があり、それを受容する構成員によって動いていますから。
元を断てば現れもいずれ消える方向へ向かうのではないでしょうか?
洗濯機も洗い始めは黒いんです。

>次には自分の中でなぜかグレーになっている部分を見つけてしまい、
>認めたくない自分が内面に存在することがわかり、人格が歪んでしまうのです。

ここらへんから、団体として「ウチは白いんですよ!」と、お約束としてひたすらPRすることから、本当に白いと思い込んで内外の乖離が極端になっていくのかも。


組織に残っていても、そこで各個人が洗濯して出来るだけ白くすることがなければ、いずれ黒くなってしまう。実践がなく、何か白いご本尊らしきものを拝んでいても構成員はぜんぜん黒いままかもしれない。
教団にいても、グルグル(いわゆる念仏ですね)と唱えながらでもエゴの追求をすることも可能だし。
組織があるなしにかかわらず、どこにいようが、それぞれ個人がどれだけクリアネスを追求するかどうかに尽きるんでしょうかね?

今の教団は自動洗濯機ではないので、居るだけではただの淀んだ水溜めにすぎないかも。

環境

団体に居て修行できる環境に感謝しましょう。
国が立て替えた借金も少しずつですが確実に
返済行っていますし。
欲の世界なんだから、何処の国でも企業レベルでも
矛盾があり個人にとっては理不尽なことがあります。
グル、グル言ってそれでナーディが通りますから。
下向した人達はナーディが詰まり苦しくなり教団に批判するのです。
道場はエネルギー空間もよいです。
仕事から疲れて帰ってきても、洗濯機の中で麻原グルの恩寵を
受けれます。
秘儀瞑想も実践できます。
教材破棄された人達はできませんが。
修行がんばりましょう。

中間派さまへ

教団はあと何年持つと思いますか?

わたしはすでに教団を出ましたが、教団を出た後の方がグルとシヴァ大神の祝福・導きを強く受けていると実感しています。

たとえ教団が崩壊したとしても、あるいは中間派さまが教団を出ることになったとしても、グルとシヴァ大神の本質である智慧と慈悲の実践をすれば、いつでもどこでもグルとシヴァ大神の祝福・導きを得ることができます。

すべては心の現れです。

智慧と慈悲の実践をがんばりましょう。

今、

いる人達が死ぬまでは、持つだろう。

流されず

また、若い人達も次々入信しています。
西日本のある支部ではここ一年で10人以上入信し
実際に道場でコツコツ修業もしています。
グルの意思は救済です。導きに従事しているサマナは賞賛に値します。
今後とも頑張ってください。
麻原グルは三グナに影響されない魂です。
渡辺弁護団長も最後の意見陳述で、似たような事を
怒りをあらわにして発言していました。
大乗仏陀イニシエ-ションの詞章を思い出し事件に流されず、がんばりましょう。

ハンナ アーレントのナチ評

ナチとオウム、ヒットラーと松本死刑囚、つまり国家社会主義と狂信集団はその規模や影響は大きく違うし、かたや世界史にのこり、かたや犯罪史の一部にしかのこるものではないけれど、似通っている部分もある。
ハンナアーレントがナチについて書いた書籍は多くあるが、彼女はそうした書物の中で、おおくのナチ幹部はよい家庭人であり、良識人であったと語っている。
ところが親衛隊の制服に袖を通すと、その良識も吹き飛ぶ。。。というか常識人であるが故に組織に盲目的に服従してしまい、おおくの無実の人々を殺めた。
無思考で従順である人々が犯罪者の下に集まったとき、それは凶器となる。

それはナチであろうがオウムであろうが同じではないだろうか。


アーレフ

ナチを夢想するネオナチみたいなものですな。
公安は新規に入信するものも含めてしっかりと監視をして、一般市民を守って欲しいものです。ここ十年ほどで十人ほどの信徒が増えた。これはしっかりと公安は監視しているのだろうか。
どうでもいい集団としてあつかっているきらいもあるけれど、壊滅させるまで、その手を緩めないで欲しいものだ。

三つ目

拘置所の下水管から糞でもあつめて祭壇にかざったらどうだろうか、
その中の数パーセントは松本死刑囚の糞だ。
糞にまとわりつくハエがごとき犯罪者崇拝信者には、うってつけの聖体になるだろう。
次は人間に生まれ変われると努々思うな。
輪廻が続く限り、罪人の糞をありがたく喰らいつづけるハエに生まれ変わる。
それをしっかりと自覚するべきだ。

私は命があるかぎり、信仰を貫きます。

二拍子さんへ

オウムに限らず、伝統仏教であれ、「信者」なんぞやってる段階で、
狭義の自己洗濯はおろか、広義の自己洗濯も不可能でしょうね。
彼らには哲学的思考による確信すらも確立されてないわけで、
予備知識を仕入れずに海外旅行に来たようなもので、
ガイドさんがいなかったら何も出来ないからです。

1人1宗教、という状態になればいいんですけどね。

お金が貯まっているぞさんへ

何でもかんでもオウム教義にあてはめて考える癖、
そろそろ放棄しませんか?(笑)

だれがその判定法の範疇内で白だの黒だの申しましたか?

中間派さん

信徒が10人増えた?名古屋か。

ほぼ全員まっとうなやり方でなくて
偽ヨガ教室とか出逢い系で騙して
入信させた人達のことですね。

某支部では結婚詐欺までやってました。

中間派さんへ

あの、中間派さん・・・
茶化してお書きになってるのでなければ、
なんぞ悪意を持ってかいておられるのか、
さもなくば「底抜けのアホ」か、いったいどれでしょうね?(笑)

ちなみに「麻原グル」と称する法友もいないと思うのであるが・・。
言うならやっぱり「尊師」でしょ。
もう少しグルは大切に扱いましょう。
また、たとえグルとはいえ、他人の恩寵をあてにするのはやめましょう。
グルに恩寵を与えてやるんだ、くらいのつもりで修行しなされ。
仮にも救済がどうの、と偉そうに言うくらいなのだったら、
まずご自分の脳みそを救済なされたし。

あなたの感覚はA派並みですな。
サットヴァレモンでツラ洗って出直して来なさい。

中間派というより麻原派みたいな?

ヤクザもオウムもネオナチもそういう社会に不満がある者からの需要があるんでしょうな。
だから、ポリちゃんが壊滅させようとしても無理というものです。
地下に潜ってしまうだけですし、そうなれば、なおさら怖い気がします。

昨今の『蟹工船』ブームもあるように社会に対しての不満分子は多く存在しています。
わたしのようなワーキングプアとか、派遣社員とか、。。。

智大くんの起こした「秋葉原事件」に同情する声も多いし。
彼には「『勝ち組』に対する怨念のようなモノ」があったと思います。
それはキャンディちゃんのオウムに対する怨念の比ではありません。

まあ、そういうこともありますから、
Alephについては「ガス抜き」程度の存在価値はあると思いますけどね。
わたしはそんな集団になんか二度とはいる気はありませんけど。

ぼんちさんへ

>何でもかんでもオウム教義にあてはめて考える癖、
>そろそろ放棄しませんか?(笑)

>だれがその判定法の範疇内で白だの黒だの申しましたか?


いいえ、ここではそうしているんです。

自称Aleph代表のブログじゃないですか!


お金が貯まっているぞさんへ

だったらそれは他の、
まあ中間派さんみたいな方に対してやって下さいな。
私にやるのは筋違いです。(笑)

それからここは、アーレフ代表のブログであって、
Alephの代表者ではありません。
だって、VT正悟師はAlephの成立を認めていないようにも思えます。
認めていないものの代表者だとは思っていもいないでしょう。(笑)

ぼんちさんへ

あ~、誰を相手にしていたのか分からなくなってしもうた。
いきなり、投稿者が増えたので。


>それからここは、アーレフ代表のブログであって、
>Alephの代表者ではありません。

それもそうですな。

嗚呼。

私もこのテレビ見たんですよね

私も大村さんが記事にしているテレビ報道みました。
感想はほぼ大村さんと同じです。
正直、教団とだぶって見えてしまいましたね。

事件って本当に反省して悪いって思ったら教団に存続することはできないだろうと思う。

本当に悪いと思っているのにオウムから引き続いている宗教団体生活するというのはやっぱりおかしいよね。

だから今現存している出家信者達はアメリカの軍人で「原爆を落としたから戦争が終わったから正義である」みたいな感じで
事件もどこかで肯定しているか、もしくはそこには心が触れないように、見ないようにしているのだと思う。

その心の扉を開くには勇気がいるだろうね。
でもその勇気が本当の愛とか救済とかにつながっていくような気がします。

見たのですね

 通りすがり様

 あなたもあの番組、見られたのですね。あれは何かを考えさせられるものでしたね。実は私もっと前にエホバの証人のことについてと尾崎の死についてVT正悟師に原稿書いたのです。
 たぶんエホバの証人の原稿はあなたも同感していてだけるかな?と思っています。その前にちょっとギャグ系のことの方が先に載るかもしれませんが、かなり前に書いたものですけど、いつか載ったときはまた通りすがりに読んでください。
 他の方のも、本当にコメントはすっごく自分に役立っていて、みんなしっかりと考えていて、私はすごいなーと思っています。自分ももっといろいろ学ばねばという心境です。
 まあ、これからも皆様にいろいろ教えていただいたり考えていただいたりして私も成長していきたいので率直に疑問に思ったことは書いてみたいと思っています。
 まあ、それよりもっと他にやることはあるだろうってこともありますが。
 よろしくお願いいたします。

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