元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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 コメント欄で、大村さん還俗指示を合同会議が全会一致で決定したのか、という内容があった。これを補足する。

 合同会議では、まず大村さんの色々な悪事と問題点をあげたてた。その上での結論が、「大村さんの今後の処遇についてパール(のA派?)の師に一任する」。そういう決議を全会一致で決めたそうだ。一任されたパールのA派師(以下D師とする)からは、還俗指示が下された。これが私の伝え聞いた話である。つまり具体的に還俗その他の選択肢や、それぞれについて適当な内容かどうかなど全く検討していない。それがいきなりD師からの還俗指示になっているのだ。

 改めて考えてみると、「これはほぼ100%三女もしくは松本家の誰かの指示ではないか」と私は推測する。あくまで個人的主観に基づく推測だが、以下にその根拠を挙げる。

 まず今のA派の思考パターンにおいて、あるサマナを還俗させるだけの判断力・決断力を有する師は存在しない。彼らの思考パターンとは、「松本家(教祖含む)のありがたいお言葉」に完全に支配されている。それを金科玉条のごとく守っているので、そこから逸脱することは、無間地獄にも匹敵する恐怖である。サマナを還俗させるカルマというか責任を負うだけの覚悟も度胸も資質もない。

 事実これまで教団は、できるだけサマナが還俗しないような対応を取り続けてきた。それがサマナを引き上げる(下向させない)ことであり、功徳である。そのような観念に凝り固まっている。例外的にサマナの還俗指示を出せるのは、正大師以上である(現時点では松本家にしか存在しない)。

 サマナの還俗問題に限らずとも、あらゆる問題で師やサマナは保守的だ。何か問題があると、まずやることは「前例を探す」。なければ上の指示を仰ぐ。つまり自分で判断出来ない、責任が取れない。責任を取りたくないから問題は盥回し。お役所的思考パターンなのだ。

 よってD師、もしくはもう1人のパールの師(A派ではない師、以下C師とする)と二人で還俗指示を出すなど、まず考えられない。彼らの思考パターンは、「自分たちで判断出来ない、責任を負えないから、師全員で考える」。それが逃げ口上になっている訳だが。

 私は、D師が事前に松本家の大村さん還俗指示を受けていたのだろうと推測する。恐らく合同会議で具体的な還俗指示の決議を取ったならば、「そんな責任は負えない」と反対する師が数名はいただろう。それを予測した上で、パールの師に一任、という抜け道を取ったのではないだろうか。松本家指示については、合同会議では出せないからだ。

 ここ数年で明確な還俗指示が出たサマナは、私が今思い出す限り3名である(大村さん除く、私が今思い出していない人もいるかも)。Oさん、Aさん、Mさんの3名だ。Oさんは私が居ないときなので不明だが、他二名には松本家が絡んでいる。今回の根拠の裏付けでもあるが、これはまた別の機会に述べる。

 もう一つの根拠だが、これもコメントにあった内容。大村さんが居なくなった部屋を大音響マントラで浄化しているとのこと。これは三女がよくやっていたし、指示しそうなことだ。

 もしそうだとすると、C師(パールのA派ではない師)が、冷たい対応を取ったのも納得がいく。D師から「上から指示があった」と言われていたならば逆らえないだろう。「大村さんの部屋をすぐに大音響マントラで浄化すべし」ってね。

 勿論、A派ではないC師に松本家の指示が明かされる可能性も高くはない。しかしこの2人の師は、昔から同じ部署で付き合いが長い。あうんの呼吸で上からの指示を悟らせたのかも知れない。

 あうんの呼吸でやったと言えば、地下鉄サリンも同じだった。マンジュシュリー(村井)正大師の「これは、…(目線を上に向ける)…からの指示だからね」との林証言を思い出す。今はそこまで危険なことはやらないだろうが、嫌がらせは平気ってことかも。

 仮にそれが上からの指示であったにせよ、荷物すら置かせないのは、非情な対応に違いない。(こないだまでサマナだったが)もうサマナではない人間が困ろうと何をしようと、上からの指示が絶対かね?まあ、C師自身が非人間的ではなかったんだ、と信じることにしよう。


コメント


VT正悟師

あーちゃんの話が出たところで。(藁)

ATA説法集は、アーちゃん(=ウマー・パールヴァティー・アーチャリー正大師)が、
らく氏をそそのかして作らせたように思えるんですが、
実際はどうなんでしょうか?


多分違うと思います

この記事内容に対する

大村さんの意見をぜひ聞きたいですね。

このVT正悟師の記事内容が正しければ、師たちが大村さんを教団から追い出したのは松本家の指示による単なるワークだったということになりますからね。

地下鉄サリン事件をはじめとする教団が行った数々の犯罪行為も教祖の指示によるワークでした。

上から指示されたワークを忠実に行うのが出家者の義務ですから。

大村さんは師たちに対する批判はずいぶんしてきたと思いますが、教祖や松本家についてはどう思っているのでしょうか?

もし大村さんがパールの師だったとして、松本家から
「あのパールのサマナは問題が多い。このまま教団にいさせると功徳を消耗するし悪業になる。あのサマナは下向させなさい。それが教団にとってもあのサマナにとっても利益になるから。尊師も問題のあるサマナは下向させていました」
という指示を受けたとしたらどうするでしょうか?

「あのサマナを下向させるというワークの指示が来た。よし、ワークを達成することがグルの意思だ。あのサマナを下向させるぞ!それが教団にとっても彼女にとっても利益になる!尊師も問題のあるサマナは下向させていた」とそのワークに取り掛かるでしょうか?

それとも
「そのワークの指示はおかしいです!そのワークの指示は四無量心の教えに反しています!どうしてそんなワークの指示を出すんでしょうか?わたしはそんなワークできません!」
と松本家を直接批判しワークを拒否するでしょうか?


ラーシャー師は教団を出た理由を以前このブログのコメントで告白しました。

http://alephnoda.blog85.fc2.com/blog-entry-113.html

「最後に、なぜ私がやめたのか。。。
それは、簡単にはいい表せません。

出家教団がすごく好きだから頑張ったけど、どのような隙間にいようとしても、もう、自分の宗教的考えからすると、カルマを作ってしまわないことが出来なくなって、居場所がなくなってしまったから・・・泣く泣く。

上からの指示をきいて、下からの不満を聞いて、両者が相容れないから、中間管理職が矛盾のある対処をしないといけない。久しぶりに思い出すと涙が出てきますね。。。」


(追伸)

大村さんは教団を出て
「失敗した!教団に残って徹底抗戦すべきだった」と思っているのでしょうか?

それとも
「よかった!教団を出てせいせいした」と思っているのでしょうか?

仮に教団から
「再出家してもいいよ」
という連絡が来たら、再出家するのでしょうか?

とりあえずモチツケ

ラーシャー師

横浜道場HPにあった体験談を読んで、これの真実度は何%だろうか?と考えてしまいました。

http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/bc/468a815d_1834e/bc/fea9/%a5%e9%a1%bc%a5%b7%a5%e3%a1%bc%bb%d5%c2%ce%b8%b3%c3%cc.txt?bcApZkIBF3xYS72o

補足

<パールのA派師(以下D師とする)からは、還俗指示が下された。>
D師はインドラーニ、C師はクサラカラティですよ。
ちなみに、いまだにパールシャンバラでは他人の郵便物を勝手に封を開けて盗見しているのは橋本と幹事の上田です。

刑法133条

>ちなみに、いまだにパールシャンバラでは他人の郵便物を勝手に封を開けて盗見しているのは橋本と幹事の上田です。


他人の郵便物の封を勝手に開ける行為は刑法133条 信書開封罪になります。

(信書開封)

133条 正当な理由がないのに,封をしてある信書を開けた者 → 1年以下の懲役又は20万円以下の罰金

http://park.geocities.jp/funotch//keiho/kakuron/kojinhoueki1/jiyunitaisurutsumi1/himitsuwookasutsumi/shinshokaifu.html

あるシャンバラのサマナは「わたしに来る郵便物を勝手に開封しないでください。これは犯罪行為ですから」と明確に意思表示して自分に来る郵便物を勝手に開封されなくなったそうです。

これは親告罪ですので本人が明確に親告しなくては罪を問われません。


以下の事件を起こしたシャンバラのサマナは有罪判決(執行猶予付)になり、合同会議で布施者格下げに決まりました。

http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20080404-344274.html

彼の布施者格下げも松本家の指示なのでしょうか?

それにしてもシャンバラ・パールはトラブルが多いですね(^_^;)

お答えいたします

 コメントを自粛すると思いましたが、こう言われては答えざるおえませんね。できるだけ正直に答えます。
 私が同じように上から師の立場で同じ指示をうけたらどうするかがまず最初ですね。
 それについて、これには二つ回答がでます。
 それは最初、私は上祐氏を追い出すのに積極的だった立場でした。そのカルマで自分が追い出されたのです。それだけではありませんが、ひとつの要因としてそれはあります。なのであの頃の私なら、それはもう考えずやっていたでしょう。それくらいそういう指示もきましたし、もう上からむちゃくちゃ考えられないくらい追い込まれましたから。
 でも、やはり自分でこれではいけないって思いだしたのです。それで本当に逆ベクトルに走った私ですから、それこそ断腸の思いでVTさんの話を嫌でも、恐怖が出てもまずは聞くことからはじめました。心はむちゃゆれました。ほんま、耐えがたいことでした。それまでの私の観念が崩壊させられるのです。恐怖でした。しかし、私はそれは聞かなければならないと思いました。
 最初はVT正悟師の話を聞いて泣きわまめきました。骨折と結核の中、やっと出席した上での話でしたから。次はVT正悟師に途中で席をたってもいいですかってお断りして聞きました。その次は説法に怒鳴って反論しました。
 それでも私はやっぱり聞かなくてはいけないと必死でした。なぜならそれから逃げては決して本当の解脱・悟りにいけない。逃げられないと思ったからです。
 自分なりにもどうしてもおかしいな、ちょっとこれはと思ってきたからです。疑問も感じました。で、合同会議の結果だけを聞くのでなくその様子をビデオ(DVDか?)にとったものをはじめて見て、その様子を見たときにVT正悟師の意見が正しい間違っているってでなく、VT正悟師のみんなに罵倒されながらも孤軍奮闘して本当にちょっと感情的な感じもあって、そりゃ正悟師らしくないっていえばそうだけど、そうでなく本当に全身で彼はその思いを伝えているのに、師は態度は冷静、沈着、でもその対応は情熱はなく、慇懃無礼、まるで労人形のような不気味な姿でした。そのときにこれは師が発表していることと違うでないかってはじめて気づいたのです。
 あきらかに師の方は人間性も何もかもなくてロボットに見えたのです。それから大勢で正悟師の発言を妨害したり、V師など鼻で笑って失礼な態度でした。それに対してVT正悟師は自分の言葉でしっかりと何時間もたった一人で立派に自分なりの決意、そして、熱い思いを答えていました。
 それ以降ですね。合同会議の様子は二度と発表されることはなくなりました。分が悪いってことに気づいたのでしょうね。だから師は今も結果だけを話して本当の姿はみせてません。
 そこでこれはちょっと違うぞって思ってきました。それからです。真実を見なければならない。自分の観念で安住していてはいけない。いくら心が壊れゆれても自分でしっかりと真実を見極めなければならないとそう思い出しました。それでも、VT正悟師の話を聞くことはかなりつらかったです。しかし、私はきちんと聞くべきだと思いました。
 だから、それからはA派を否定するのでなく、ちゃんとお互い話し合いましょうよっていう気持ちでした。自分の観念を壊す人を嫌悪して何の悟りが得られましょうか。
 だから、私はちゃんとお互い人間同士話し合いましょう。
 みんなちゃんと自分の考えを持ちましょう。ちゃんと自分で真実を見て責任をまちましょうっていうスタンスになりました。よってそれ以前の私ならA派と同じことをしていたでしょう。だから私はそこで失敗してきたから、なおさらちゃんとそこはやっていかないとと必死でした。それからの自分はこの眼で確認しないことには同意しなくなりました。
 私は何度もVT派でないと言ってました。
 今も私とVT正悟師との宗教性は違いますよ。今でも。でもお互いを尊重できるようになりました。
 それで自分が崩壊していくことで混乱してそれまで以上に酒を飲んでいましたね。苦しかったですよ。で、そのときに私はVTさんの言うこともちゃんと聞こうと思うっていうことと、師にもどうどうと戦いましょうよ、もしどちらかが間違っているとしてもそれならなおさら話し合いましょうよということを言ったつもりですけど、サマナの会議で「私はVT派ではないですが」って言ったらI師が手をあげずに大きな声で、「酔っ払ったときVT派になったって言った」とか怒鳴るのです。これは卑怯ですよね。わたしはちゃんと手をあげて発言しているのに、そこで自分は手をあげずにわたしの発言をさえぎりようにそういう極めてサマナにひとつの観念をうけつけるがごとく叫ぶのは!それから師の態度が一変しましたね。
 よって逆ベクトルに走って失敗したゆえ、その危険性を強く感じ、あくまでも私はどちらが正しいでなく、ちゃんとその人の言い分を聞きましょうよ、魔境と決め付けないでということを言ってきただけです。よって失敗した、大きな過ちをおかした私だからこそ、そこは考えを改めました。だからそれ以降は決して上がそういうからといってそういうことをしないようにと決意しそれをつらぬきました。
 だから今、こうなりました。最初の答えはこれでいいでしょそうか?教団の罠、宗教の盲点、怖さ、諸刃の剣であると確信したからそれ以降慎重になりました。
 つまり自分もはまってわかったという情けない状態です。でもそこまでいった私だから言えることもあると思いました。自分もかつて同じ落とし穴に落ちたので声を大にしてそれは大変怖いことだと言い続けました。
 私が言ってきたことはちゃんと相手の話を自分で聞いて、自分で判断しまそうってことだけでした。それでもえっらい憎まれました。次の答えはまた次に書きます。

次の質問に

 次は今教団を出たことを後悔しているかってことでしたね。
 出たことは後悔していません。必然でしたし、出て見なければならないこともあったし、残るカルマがなかったと思っています。
 だから残るカルマのある人は残って戦うなりしてくれたらいいと思っています。
 ただ、割り切っているかというと見苦しいくらい潜在意識では執着は切れていません。そんなに簡単に忘れられないです。
 また、それは時間がかかると思っています。完全に昇華できるのは。夢ではいろいろ見てまあ、それで自分の心の中が見えます。
 心底教団のことを憎んでいません。愛着があるゆえ腹立たしくもなります。私はインドラーニ師やPJM師は一人の修行者というか人間として決して憎んでいません。
 好きです。不器用な人です。自分も不器用ゆえ不器用な人は憎めません。ただしそれと今彼らがやっていることを肯定するかというとそれは違います。
 やはりおかしいと思っています。それに対してはきちんと意見はいいます。場合によっては攻撃するかもしれません。
 みんなといいきってはいけませんが大概はやっぱり同じ志をもって出家した人間を心底憎めますか?それなりの思いがあって意見をいいあっているのと思いますよ。
 反オウムであっても、なくても、ひどい扱いをあれて出た人も、心底で憎んでいない人がほとんどだと思います。
 だから出たのに教団の体制にあれこれ言うんだと思っています。自分は出たけど、信じて真理と信じて、まじめにそれなりに一緒に修行した仲なんです。みんなそれなりの熱い思いがあって、だからこそやるせなく、だからこそ腹立たしく、だからこそ許せないのです。
 しかし、私は二度と教団に戻る気はありません。
 後戻りしたくありません。もう私は別のフィールドに出なければなりません。教団の中に自分の居場所も役割もなくなりました。
 外からときどき意見をこうやって言うくらいです。しかし、それは見苦しい執着かもしれませんね。
 卒業したらもう別の段階や場所にうつるでしょう。だから戻る気はないし、戻ってもあまり意味はないです。
 でも、決して教団のことを忘れられないですね。いい意味でも、悪い意味でも、だから今後教団に戻りません。 
 教団を出たことに失敗したとも思っていません。せいせいもしていません。再出家はありえません。
 気持ちの整理をして今まで教団で育んできたことをいかに世の中に還元するか?どう生きるか?まだ答えは得られていません。
 これでいいでしょうか。かっこ悪いよね。私。ほんま何をしているのやら。
 でも、ここから立ち上がるのに必死ですね。
 みんな通らないといけない道なのでしょうか。
 しかしね、人は迷って道をおぼえ、回り道をして大くの道を知ると思っています。

 また以下の心境ですね。
 私は、まずわ、自分がこれからどう生きるかが一番だから。
 私は自己犠牲って必要ないと思う。
 本当に自分の身・口・意を布施している人は自分を決して犠牲にしていないん
だと思う。
 自分を大切にすること=他のためになっている人だと思う。これは自分もめ
ざしたいけど、まだまだできない。
 なぜなら私たち勘違いしてきているんだけど、放棄とかエゴを滅するといって、
無理やり自分を殺すので自分を大切にしていない。自分を大切にしていない人は
他も大切にできない。だから嫌悪が増大する。
 エゴを滅するつもりが自分はこれだけ自己放棄してるって、自分のやせ我慢を
心から納得しないで続けて、結局プライドを満たし、エゴを増大させているんで
す。
 これは自分にもいえます。そういうことやってきたから。
 でもね、まず自分のために生きてこそ、他のために生きられる。自分を大事に
して他を大事にできる。
 いずれ自己のために生きる=他のために生きるになれればいいんだけど、それ
をするのにまずは自分のことから大事にしないとね。
 
 私のこともそうなんだけど、まず自分を自分で守れなければ仕方ないですから。
 私は、ちょっとしばらく守りに入ります、それでも入れない場合はそれはグルの意思ですね。
 私がそのことを理解するまで(ブログ発表の意義と無意味さのきりわけとか、もろもろね)
 あえて、それを理解できるまで、失敗させるというね。
 だから、自然にそうなったらそれはもう逃げられない。

 以上、これで回答になっているでしょうか?おろおろし、見苦しい毎日を生きています。泣きながらもね。そんなにかっこよくはいけませんね。
 

松本家

 最後は松本家に対してですね。どう思うって私にはわかりませんが、彼ら、彼女らには帰依をしていません。ダクメーマだって間違いましたからね。
 ご家族を大事にするのが「グルへの帰依の50の唄」としても、決して帰依はしてはいけません。
 だから彼女らに憎しみはありませんが正しいとは思っていません。何が真実かは私にはわかりません。
 すべてはカルマに応じて現象化しているとしたら、それは何らかの意味があるのでしょうね。 
 よって松本家に対して帰依はしてないし、できません。
 自分たちの責任で生きたらいいのではないですか?それこそカルマを引き受けて。
 それ以上でもそれ以下でもないです。
 

大村さんへ

非常に丁寧な回答をしていただいてありがとうございました。

「きっと大村さんは回答してくれるだろう」と期待して質問をしましたが、期待以上に細かく丁寧に回答していただいてうれしく思いました。

大村さんの心境の変化や合同会議でのVT正悟師の様子・師たちの様子がとてもリアルに伝わってきました。

新しい修行・人生のために頑張ってください。


大村さんにグルの言葉を贈ります。

「すべてをありのままに見ること、すべてをありのままに表現すること、ありのままに生きることが、本当の幸せになる道なんだよ。」

「君たちは自己をかばいすぎていないか?完全なる自己破壊が修行の目的であることを忘れてはいないか?」

「結果的に人は自己を愛するがゆえに苦しむのである。そして自己を放棄したとき、そこには光輝く自分自身が存在している」

「どんな環境になろうとも、自己の精神的成長のために頑張ってください。」

大村さん

> 外からときどき意見をこうやって言うくらいです。

A派に仕返しというわけでないですが、
『マハーヤーナ』などの機関誌記事を載せたり、
今までの顛末を載せたブログやHPを作ったらどうでしょうか?
(ただし、機関誌記事は著作権の関係で日本の鯖会社ではちょっと無理みたいです。海外鯖の方が良いですね)
http://aumer000yasu.tripod.com/kakuseinotoki.html
http://aumer_yasu.hosting-cow.com/

>しかし、それは見苦しい執着かもしれませんね。
> 卒業したらもう別の段階や場所にうつるでしょう。
>だから戻る気はないし、戻ってもあまり意味はないです。

2ちゃん・完璧スレはあまりオススメしませんが、
あべるさんの掲示板でしたら、いつでも歓迎してくれると思います。
http://honfleur.sakura.ne.jp/bbs/bbs3/nerimb3.cgi


わたしはそこにはもう書かないですが。
というのも、あそこはオリーブの栄光さん以来、常連が幅をきかせていましたからね。
そのままでは、この板が立ちゆかなくなると思い、そこを出ました。
別に、その管理人さんに不満というわけではないです。


おもしろいスピリチュアルサイトを見つけました。知っている人も多いかもしれません。

伊勢―白山 道
http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou

非常に霊的な人で、神を見ているそうです。
その中で、アレフを思わせるような記載があるので転載します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
主役は あなた 自身です
Weblog / 2007-05-19 22:28:17

2007/02/10(土) 07:13:37
これからは、教祖は要りません。 みなさん1人1人が覚醒
するからです。 キリストや救世主の再来を期待してもムダ
です。 
御自分以外の方の、どんなに 素晴らしい話を聞いたり、
有料の祈祷を受けても、あなたには、変化は起こりません。
一時の高揚感で終わります。 
逆に言えば、今までは幽界が現実界に及ぼす力が強かった
ので間違った祈祷が幅を利かしたかもしれません。 
感謝なんてしても反応が得られにくかったでしょう。
これからは、現実界が主役になるので違います。

生かして頂いて ありがとうございます  

と常に 感謝想起 すれば、あなた自身の 内在神 が
意識の殻である 心の岩戸 を破り出てくる時代に成りました。


お願い
Weblog / 2007-05-14 19:39:31
私のメールの方に、個人的な御相談を沢山頂いております。昔は、個人的な御相談に応じて居た時期がありましたが、それは結局は個人が自ら成長する気持ちを減退させて、依存体質の人を作成する原因なので20年程前に止めました。それに、現在は幽界の縮小に伴い、感謝 の念で全ての事象に御自身で解決出来る時代に入っており、依存体質の人間には霊的に大変厳しい時代にも成ってます。 ただ、人間は弱いものです。 個人的なメールでの返答は、致しませんが、公の場で御相談をされたものについては、出来るだけ返答したいと思います。(募集してるのでは無いですよ) 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
などなど。

また、仏教とはまったく形は違うものの、人を霊的に進化させてゆくシステムを神道が持っていることが伝わってきて興味深い。

日本の神々の記載も、ミラレーパの物語にある、地神を・・・・といった感じを連想させ、なじみを感じる。

教祖依存、教団依存つながりで投稿。

↑これはAへの批判で書いたのではありません。

流行のアセンションやその他の霊的な系統が、
「人々の進化の時は近い。成就は近いぞ」と告げているように感じ、喜ばしく思っています。

心の内側にある絶対神を見失い、外側の人や団体にしがみついているなら、いろいろ思い出してみてください。

こんなノー天気なこと考えてるのは私だけ?

私も白山道には注目していましたが、日本の有史以前のリーディングの部分、大和民族以前に外来の種族や王朝が白山、丹後、付近に存在したという部分は、読み物として楽しめます。神道の解釈も面白いですが、ほとんどの記述が著者のリーディングによるものなので真偽の確かめようがありません。それなりに力はある方とは思うのですが、全般的に先祖供養を奨励されている点では、やや相容れないものも感じます。神道に興味がある方はのぞいてみたらどうでしょう

↑訂正
先祖供養なので、神道でもない独自の修行のようです。

この人の修行形態は仏教的に見ても効果ありそうなので書いときます。

感謝によって、知足するので、煩悩を鎮めることになりそう。

先祖供養は、他者への思いやりとして行じているので、四無量心の瞑想と通じているようだ。

また、先祖供養を密教的に見ても、人間として生まれる際には本人のカルマと、両親より受け継いだカルマがあると言われているので、家系のカルマを浄化しようとする修行形態もありうると思った。
両親から受け継いだカルマを浄化し、その後に自分自身のカルマがクリアに表れるというのは死と転生のプロセスにおいて起こる「生死を越える」のプロセスです。この側面を体験的に理解しているようです。

以上。

>また、先祖供養を密教的に見ても、人間として生まれる際には本人のカルマと、
>両親より受け継いだカルマがあると言われているので、
>家系のカルマを浄化しようとする修行形態もありうると思った。


阿含宗あたりではあり得るかな。
あそこは先祖供養とか除霊とかやっていますからね。

オウム・Alephでは聞いたことはないです。

どこかの経典に出家して修行すれば7代まで浄化されるとかあったような?
あと、目蓮が餓鬼に墜ちている実の母を、
他の比丘に供養することで浄化したということが曲解されているような?

効果はあるにしてもオマケのような気がします。
超能力獲得と同じでつ。


大きな過ちをおかした

> 放棄とかエゴを滅するといって、無理やり自分を殺すので自分を大切にしていない。自分を大切にしていない人は他も大切にできない。だから嫌悪が増大する。

ピーンポーン。これになかなか気付けないんですよね。私も含めてみんながね。そしていまは、松本智津夫氏自身も同様であったと感じています。

彼が真剣に、修行とは自己における永久変革への誓いを連続させることだと気付いていれば、
個人の自由と他者の尊厳をたがいに認め合い、ひとり勝ちを求めずに、みながみな自立し支え合って生きていく、

これこそが人間に求めるられるべきだ、と説いたでしょうが、このような謙遜と協調性・寛容性は微塵も感じられなくなって行った後半期であったなぁと感じています。


self-マトリョーシカ

(ほとんど誰も読まないようなチラシの裏のメモ書き)

Take care of yourself 「ご自愛ください」は修行の土台にあるものだが、往々にして「じぶん」を見失ってしまうから、自分を大切に出来なくなる。

> 放棄とかエゴを滅するといって、無理やり自分を殺すので自分を大切にしていない。自分を大切にしていない人は他も大切にできない。だから嫌悪が増大する。

表層意識の「こうあるべき善良な規範」を自分と定義している状態。仏教的に言うところの「非神秘力(無明)」「経験の構成(行)」は一切見ない。だからそこに光があたると嫌悪感が出る。

小乗的には、様々なグナの干渉(情報や刺激、欲求の対象のようなもの)を避け、自我意識の静止状態をできるだけ大切にすることをもって良しとされる。
しかし、識別、欲求が動き出すような干渉や照らし出しの光はその状態を乱してしまうことにもなり嫌悪感が生じる。
安定を乱しすぎてコントロールできなくなりそうなら、干渉を避けることもあながち間違いではない。
しかし行き過ぎると、自分の中の無明、識別、観念をひたすらかばってしまうことにもなりかねない。これでは自分を大切にしているどころか、牢獄に閉じ込めてしまっている状態だ。かばいすぎて監禁状態になったわけだ。

そういった何重にも重なった無明の殻を一つ一つ取り除いていくことをいずれにせよ行なわないといけない。嫌悪感の原因が存在する環境にさらして偽りの自分を壊していくことだから、かなりショックを伴うことになる。

>彼が真剣に、修行とは自己における永久変革への誓いを連続させることだと気付いていれば、

これは過去の説法のなかに何度も出てきます。

>サマナの還俗問題に限らずとも、あらゆる問題で師やサマナは保守的だ。何か問題があると、まずやることは「前例を探す」。なければ上の指示を仰ぐ。つまり自分で判断出来ない、責任が取れない。責任を取りたくないから問題は盥回し。お役所的思考パターンなのだ。

前例を探すにしても、仏典の逸話やそのアニメまで前例にしてしまわぬよう注意すべき。時代背景やなにやら現代とは違うのだから、そのままやろうとしたら無思考極まりない。
あとマニュアルに依存するサマナがいますが、在家対応などでうまくいかないとカルマが悪いでかたづけてしまうのも問題。心の問題を扱う宗教ならば十人十色は当たり前です。

かつて教団は陰謀論や社会の理不尽さを指摘し、現世は汚れているとして勧誘トークの材料としてきた。でも実態をみれば世間となんら変わらない人間臭さ、煩悩を有していますね。まず世間を見下さない本当の謙虚さを備えましょうよ。グルの前だけで謙虚ならOKですか?それは謙虚ではなくて謙虚なフリ、ゴマスリだと思う。死後、バルドーで転生の弁護に立ってほしいという見返りしか頭にないでしょう?このままでは信者の解脱願望はよく映画やアニメに出てくる永遠の命を得たいという欲望と同じではありませんか?

>このままでは信者の解脱願望はよく映画やアニメに出てくる
>永遠の命を得たいという欲望と同じではありませんか?


わたしはそういう題材のアニメ・漫画は『銀河鉄道999』しか知りません。
いわば不老不死で、仙人志向です。
そういうオウム信者のタイプは少ないですね。
わたしはそういうタイプでしたけど。
よって、そういうアニメが好きですね。

大多数のオウム信者が好むアニメはそういうモノではなく、
『風の谷のナウシカ』『宇宙戦艦ヤマト』『エヴァンゲリオン』のように、
「救済」モノだと思うんですが。

なんだか、A派だとか、それ以外だとか、追い出されただとか、村八分だとか、そういった内部的ないざこざが多いですね。

私はそういった派閥間の軋轢が酷くなる前に脱会したので、「そんなのどうでもいいーんじゃない?」というのが素直な感想です。

それよりもっと大切な問題はたくさんあるんじゃないです? 経済もそうだし、社会的な問題もそうだし、被害者の問題とか。

しかも、もとは「救済」を掲げた組織だったわけだから、外側の人々に何らかの恩恵や奉仕を与えていけるような仕組みを考えて、広げていかなければならないと思うんですが、そのためには限られた人材や経済力を結集してA派とかM派とかそれ以外とか関係なしに一丸となって頑張る必要があると思うんですがね・・・・・

Aにしろ、それ以外の集団にしろ、組織としての目標はいったいどこにあるのか?という疑問をもちます。確固たる目標があれば、多少の内部でのいざこざにとらわれてる場合じゃないと思うんじゃないのかなあ。

普通に考えれば、目標もなく、内部でのいざこざばかりにとらわれて、次々に人材がやめていく、あるいは分裂する、という現象が続くのは「滅び行く組織」の特徴そのものですが、当事者の方々はどう認識してるんですかね? やっぱり奇跡がおこるってことになってるのかな?

まるで井戸の中のカエルが、井戸の狭い世界で小競合いをしてるようですね。

私はカエル語は理解できないのですが、ひょっとしたらカエルにもM派とかA派とかがあって
「M派の鳴き声は、われわれの井戸のカエルの伝統的な本来の鳴き声ではない。あれは外来種の鳴き声だ」とか主張して排斥し

M派はM派で
「外来種でもカエルはカエルだ。同じ生物として優れた鳴き方は取り入れるべきだ」
だとかいって「我々の鳴き声もこの井戸の中で認めてほしい」とか主張してるかもしれませんよ。

それで住んでる場所も、お互いにシマなんかがあったりして、井戸の右半分はA派のカエル、左半分はM派のカエルとかね。

また同じA派のカエル内でも、「あのOというカエルは、この井戸のカエルとしての鳴き声がなってない」「あのカエルをこの井戸から追い出そう」とかやってるかもしれません。

でも、さすがにカエルでも、外から蛇とか鳥のような外敵がやってきたり、井戸の水が少なくなりはじめたら、お互いの鳴き声の違いなんてどうでもよくなるんじゃないのかなあ。

ましてや俗世を捨てて、智慧を磨く修行をしている人間達にとって、その程度の対立がどうしてそんなに重要なもんかねえ。と外野には映りますね。

誰も止められなかった

>ましてや俗世を捨てて、智慧を磨く修行をしている人間達にとって、その程度の対立がどうしてそんなに重要なもんかねえ。と外野には映りますね。

派閥対立を主導していた人々は割と少数ですが、多くの人がそれに乗ってしまったから分裂が成立してしまったのでしょう。

智慧というより、観念的なダルマの理解によって善悪のように分裂した二者択一の意識にはまってしまったことと、それを多数派工作の大義名分に使って互いに全否定する状況でしたから、外野に追い出されたほとんど全ての正悟師が「これは無理。折り合いがつかない」と諦めていた状態でした。

外側に形作られた宗教的オーソリティはこの先フェードアウトするでしょうけど、却ってそれが個々人の中の生きたダルマをたよりに狭小な自我の打破を達成する方向へ背中を押すことに繋がると思っています。

>二拍子さん。事情わかりました。自分はさっさと脱会した立場でいうのもなんですが、なんとなく仏教者集団ではなくなった感がして残念だなあ。仏教者は自分達の集団を守るために、人を追い出したりしないと思ってたんですけどね。むしろユダヤっぽいな。

加害者と被害者と傍観者

なんか、小中学生のイジメにも似ていますな。
加害者は少数でも、傍観者は多数ですからね。


傍観者は関わりになるのを恐れて、被害者に親しく話しかけもしなくなります。
実にその状況にそっくりですな。

しょ~がないわね~と言わせたもん勝ち

 この場合イジメっ子は担当の師かな。
読んでるとD師の心から生起して成就したようにみえるのは間違いか?
会議前から根回しして、許可を得、うまく自分に一任されるようにして、抜け道をつくるあたり、かなりの執念がみられる。
この人さえいなくなれば。。。それがみんなのため、本人のため、これが最近の教団の救済活動のコンセサス。

 どうも高い世界のお方とのパイプの太い師にロックオンされると、その対象は必ずその師の目の前からいなくなるらしい。

普通のイジメと違うのは校長から職員一同協力して学校を追い出してしまうところか。
イジメっ子は口をそろえていじめられる奴に問題があるという。
傍観者も関わり合いになればついでにロックオン。教団の掃除はエンドレス。

特徴としては追い出す側が女性の方が多いように見える。一応サンガということらしいんだけど。

まあ、正悟師にまで嘘がつけるほど一致団結はしてないのが今後の課題点か。


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