元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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◆ドル暴落修正2

 私が指摘し続けている問題のポイントは、極めて単純である。本来人間の心は、純粋透明で広大無辺な空である。そこに一つの意味づけ、方向付けとしての「善」を作り出せば、同時に相対的な「悪」が発生する。「善」だけをどんどん拡大して、「悪」のない状態を作り出すのは不可能である。必ず「善」の拡大と同時に、「悪」も巨大化していく。個人の中で、あるいは社会で、どんどん自己矛盾をはらみ出すのである。「善」を維持しようとし続けると、何とか弥縫策で取り繕い続けるしかなくなる。根本的な「善」と「悪」の定義をし直さない限り、本質的解決は無理なのである。

 この原理を無視して、「善」を推し進めようとすると、ある時から「善」だと思っていたものが、「悪」に転換してしまうのである。これが陰陽の要約。

 教団においては、グルイズムが悪になり、事件へと発展した。社会においては、経済的発展が善であり正義である。しかしそれは物質的豊かさをもたらすと共に、以下のような問題を発生させた。いずれも個人の快楽・快適さ・効率追求の影で、脇に追いやられてきた要素だ。まあ「悪」というより「負」の部分といった方がいいかも。

1,富の集中による貧困層の増大・格差の増大
2,商業主義が他の全ての価値観・倫理観をぶち壊す
3,個人の物質的快楽の追求が、家族や地域社会などの人間の絆をバラバラにするという精神的貧困
4,人類の生存を脅かすほどの地球環境破壊

 私はよくゴルゴ45氏・ゴルゴ28氏と経済や哲学の話をする。この二人は東大・京大の超エリートコースを進んだ人物である。その中で出た今後の経済シナリオだが、表面的には株価や為替は安定して、政府や金融当局は「経済は大丈夫だ、大丈夫だ」と喧伝する。一方で格差は広がり、貧困層は見殺し、金持ちはドバイあたりで涼しい顔。こういう事態もありうるだろう。

 今回のサブプライム問題は、あくまで資本主義システムの一つのほころびに過ぎない。仮にサブプライム問題が無事終わったとしても、上記4つの問題は置き去りにされたままである。これらの状況について、私はマスコミの人ともよく話す。彼らが口をそろえて言うのは、「先が見えない時代」「どんどん窮屈になる」ということだ。システム管理者の政府・金融当局も必死だが、末端でも行き詰まりは肌で感じられる。

 何度も繰り返すが、「経済」とは「経世在民」。世の人々を救うこと、お互いの信頼関係に基づく協力である。しかしながら、今の金融システムは、この人間同士の信頼関係を、全てお金に置き換えてしまった。政府と中央銀行が管理する「紙幣」に置き換えてしまった。果たしてあなたは、今の政府や中央銀行を信用しますか?福田首相や自民党を信用しますか?そこを突き詰めれば、単に今までの流れでシステムに乗っかっているに過ぎないと理解出来るはず。これは全く今の教団のサマナと同じである。師は信用できないが、しょうがないから今までの教団システムに残っているわけだ。

 「紙幣」も本来紙切れである。気づいたら「紙切れ同然」というリスクも、どうか念頭に。

◆机上の空論

 ところで、私の経済の話その他について、「机上の空論」その他のご批判を頂いた。これは極めて当然のことである。と同時に、どこか勘違いをされていると思う。

 冒頭にも書いているとおり、私が展開しているのは、大乗仏教の「空」論とも言うべき話である。「机」すら用意していない、元から「空論」なのである。

 よって、お寺に乗り込んできて、「どうしてここはチキンナゲットを売ってないんだ!」などという場違いな論争は、双方時間の無駄であるので、ご遠慮頂きたい。

◆ゴルゴ45氏について

 私のマブダチであり、先生です。自身の信頼関係を削って、本の出版関係などで私の後押しをしてくれています。リアルの付き合いなので、コメント大目に見ています。ただ最近、コメント数が多すぎたり、批判色が強い内容だったりした点については、再考願いました。1日上限3コメント、教祖大好きの(元)信者に配慮して頂くということです。

 これに伴い、他の皆さんも原則1日3コメントまででお願いします(秘密コメントとVTは除く)。勿論、質問を振られた場合や活発な建設的議論その他、流れは配慮します。

 ちなみに私はネット上より、リアルの付き合いを優先しております。「机上の空論」批判その他も、オフラインでは個別随時受け付けております。メール→電話→八潮の順でどうぞ。

コメント


そうなんですよね

> 本来人間の心は、純粋透明で広大無辺な空である。そこに一つの意味づけ、方向付けとしての「善」を作り出せば、同時に相対的な「悪」が発生する。「善」だけをどんどん拡大して、「悪」のない状態を作り出すのは不可能である。

これを称してシッダルータが
教えを説かれている時に、コンダンニャ(コーンダンニャ)長老に、『およそ生ずる性質のものは、すべて滅する性質のものである』という、塵を離れ、汚れを離れた真理の眼が生じた。
ということになったのでしょう。
両義性が明確に感知できれば幸せでしょう。

しかし・・・・・・・・・
いろいろな選択があり得るのだよね。

だから、私は
『私は世界を滅亡させる強大なカーラ(時間)である。諸世界を回収する(帰滅させる)ために、ここに活動を開始した。たといあなたがいないでも、敵軍にいるすべての戦士たちは生存しないであろう。』(『バガヴァッド・ギーター』11-32、上村勝彦訳)

至上の神とは、まさしく万物を生み、同時に死滅させる「時」に他ならない。それは徹底的に両義性である。「私は一切を奪い去る死である。生まれるべきものの源泉である」
 生と死、産出と滅亡、暴力と平和、善と悪―――すべての両義性をおさめて活動する「時」とその根源。絶対的帰依が求められるのは、その根源に向かってである。

宗教の両義性は、そのまま我々人間の存在の、そして世界の両義性である。その両義性を見据えた上でなければ、本当の平和を論ずることはできない。そしてその際、我々生きているものだけの世界ではなく、死や死者を含め、不可視の他者とともにいることは忘れてはならない。
(末木文美士氏の発言を借用しました)

ここに、『およそ生ずる性質のものは、すべて滅する性質のものである』という理解を自他共に選択ができるようになりたい、或いはその選択へ誘えるお手伝いがしたいものだと願っているのです。
この世における日々瞬間毎に選択することそれこそが、すべてを幸せにし不幸にするものであると感じるからです。


光市死刑だってよ!

マブダチは・・・イケメン28じゃなかったのか チッ

それはさておき、東大と京大の最大の違いがここにある
京都は狭いじゃん
だから京大のやつはさ、すぐに他学部のやつと出くわすわけ
そこで学際議論がすげーわけよ
毎夜毎夜、学部を超えて壮絶に殴りあうから強いんだよ
くやしいけどそこがやつらのアドバンテージなわけ
だから45はやたらつえーわけ

成君東大生だったとき、帰って寝るだけだっただろ?
帰宅途中に誰にも会わなかったろ?
こんなんだからパラダイムシフトがおきにくいんだよ
これだから東大は、っていわれるんだよ

つまり僕は、君と、経済の話より光市について語りたい
やろーぜ、なぐりあおーぜ、ゴルゴ45もいっぱい呼ぼうぜい

と書きながら経済(学)の話

スーパーKYの俺コメント連投

> 何度も繰り返すが、「経済」とは「経世在民」。

"経世在民"は中国語です
経済は英語でエコノミクスといいますね

エコノミクスはギリシア語でオイコノミアといいます
オイコスは"家族"です

アリストテレスはオイコノミア(家計)とクレマティスティケ(利殖)に分類していますね
そして「経済学者に必要なのは、冷静な頭脳と暖かい心」といったマーシャルほか
ほとんどの経済学者が、経済をクレマティスティクスに改訳すべき、と提唱しています

経済やるならアリストテレスから読みなさいと、
でないと土俵にすら立てない。何度いえばわかってくれるのだ

ぬくぬくとした現実感

>根本的な「善」と「悪」の定義をし直さない限り、本質的解決は無理なのである。

人類の未来は過酷だ…こんなこと本当に出来るのだろうか?
コモンセンス、常識という居心地のいい居場所を壊されることに誰しも嫌悪感を抱く。

ゾロアスター風にいえば、アフラマズダーの影がルシファーという事実を受け入れられるだろうか?
「元は全天使の長であったが、神と対立したため地獄に落とされた悪魔」う~んまさにその通りなんだけど。

シュタイナーは世俗の支配者であるアーリマンとルシファー(光を生ずる者、明けの明星)の違いに言及した。キリスト教の中ではサタン、悪魔として混同される場合がある。元々ルシファーという存在は聖書にもゾロアスター教の世界にもなかった概念。天界での善悪決戦の描写の中で出てきた概念ではないだろうか。もちろんそれが人間の世界にも投影される。

怪獣懐柔

うーん、ゴルゴさんの書き込みは、気取ったところがないのに、なんだか知的、だと思ったのは、ほんとに頭のいい人だったからなんだ、僕の人を見る目も、たいしたものだったわけだ。
正悟師はセンスのいい文章をお書きですね、とても面白いです。

そこで一元ですよw

白だ黒だというのはおよし 白という字も墨で書く
っときたもんだ

机というか

"経世在民"という先入観からはいるから、大きく空転するんだよ
言い換えると、真理という名の第一原理から演繹するから、哲学論になる
自覚あんじゃん

でもね純哲は科学じゃねーんだ

真理とは、現状から帰納されてゆく科学のこと
あたりを見渡し手の届くところからはじめるのがアリストテリアン
この意味で科学だけが、宗教という名の迷妄から人を解放するんだよ

>この意味で科学だけが、宗教という名の迷妄から人を解放するんだよ

おおむねそう思う。
科学が信仰の対象に堕することが無ければ。
人間の知の及ぶ範囲に限界があることを忘れなければ。
己の限界を知るから、さらなるフロンティアを開拓できる。

大乗の「空論」と「机上の空論(=虚論)」を混同する詭弁

最初の四つのコメント、相変わらず代わり映えのない面々が、それぞれの趣味で好き勝手な事を書いていて笑えますな。
さて私も・・・


VT正悟師さま

いつも批判的なコメントばかりで申し訳有りませんが、故有って行っておる事ですので、どうか御容赦を。

>根本的な「善」と「悪」の定義をし直さない限り、本質的解決は無理なのである。

 観念によって生じた善悪なら、一旦全部捨て去れば良いと思いますが。

>この原理を無視して、「善」を推し進めようとすると、ある時から「善」だと思っていたものが、「悪」に転換してしまうのである。
>これが陰陽の要約。
>教団においては、グルイズムが悪になり、事件へと発展した。社会においては、経済的発展が善であり正義である。
>しかしそれは物質的豊かさをもたらすと共に、以下のような問題を発生させた。
>いずれも個人の快楽・快適さ・効率追求の影で、脇に追いやられてきた要素だ。
>まあ「悪」というより「負」の部分といった方がいいかも。

 グルイズムや資本主義などは、それぞれ解脱や物質的繁栄などの目的達成の為の「方法論」にすぎないのに、それらを絶対的な物と見なしてしまった「無智」に破綻の原因があるのだと思いますが。

>1,富の集中による貧困層の増大・格差の増大

 結局、富の集中・貧富の格差などの問題が生じるのは、為政者・権力者側に貪りの心が存在するからでしょ?
 資本主義では「自由に利益を追求して良い」という事になっていますけれども、だからとて無制限に貪欲さを暴走させれば富の偏在という問題が生じてしまう訳です。
 例えば産油国などでは、石油利権で莫大な富を手にするのは極一部の階層にすぎませんが、イスラム教の戒律によって伝統的に「喜捨」の慣習が有るために、(完全に平等では無いにしろ)或る程度は国民に対して富の再分配が為されていて、(その内の)人口の少ない国においては医療費や教育費などの完全無料化が実現されております。  
 しかし物質的な平等を旗印にしている共産主義の国なのに、北朝鮮の様な極端な階層社会や中国の様な棄民政策によって極端な富の偏在が起こり、隔絶的な格差が出来上がってしまう例も御座います。
 これらは経済制度その物よりも、それを使う人の心によって富が偏在したり再分配されたりするという好例だと思います。
 要するに全ては心の持ち方(空性)によって、現実の結果(物象)は違って来るという事です。

>2,商業主義が他の全ての価値観・倫理観をぶち壊す

 その典型的な例は、あまりに商業主義の毒された結果、崇高な五輪憲章をも有名無実化してしまった現在の北京五輪準備委員会及びIOCでしょう。
 各地で問題を起こしている聖火リレーも、スポンサーとの違約金が発生するために止(や)めるに止(や)められないそうです。

>3,個人の物質的快楽の追求が、家族や地域社会などの人間の絆をバラバラにするという精神的貧困

 これは上記2.に付随する内容ですね。
 物質という外側の物ばかりに意識が向かった結果、精神という意識の内側が貧困になるという訳です。

>4,人類の生存を脅かすほどの地球環境破壊

 これは直接お話しする時に出そうとしていた話題ですけれども。
 とある歴史研究家の書いた本によると、現在の消費社会をそのまま拡大させて行くと早い時期に資源が枯渇し環境を不可逆的に破壊してしまって、現代文明は確実に破綻を来して滅亡してしまうので、今後は環境破壊や資源の節約などを念頭に置く新しい生活スタイルが21世紀の文明の潮流となるだろうとの事でした。
 しかし、現在に至っても未だに20世紀の大量消費社会を夢見て急速に肥大している国々があると。
 おそらくこのまま行くと、丁度第二次世界大戦の時に民族自治の原則を打ち出して旧来の植民地政策から脱却しようとしていた連合国とその潮流に乗り遅れて帝国主義的繁栄の夢を追った枢軸国とが激しくぶつかり合ったように、大きな衝突が起きるのは避けられないだろうと。
 これは新しい21世紀の文明と旧来の20世紀の文明の衝突であるから現状のままだと不可避であり、当然、第三次世界大戦の可能性すら有り得るとの事でした。


 そしてこれら資本主義に於ける4つの問題点は、全て何だかんだと言いながら旧教団で言われていた事をそのまま実践すれば結構簡単に乗り越えられ解決出来るはずだと思うのですが、如何でしょうか?

>私はよくゴルゴ45氏・ゴルゴ28氏と経済や哲学の話をする。
>この二人は東大・京大の超エリートコースを進んだ人物である。

 東大・京大の超エリートコースというと、大学院を出て博士号を取得し、経済学に於いて何か画期的な貢献を果たした世界的な権威であり、現在教授職にある御方なのでしょうか?
 私は経済学には疎いので寡聞にして彼等の御高名を存じないのですが、一体どういういった御方なのでしょうか?

>何度も繰り返すが、「経済」とは「経世在民」。
>世の人々を救うこと、お互いの信頼関係に基づく協力である。

 「経済」という単語は、既にゴルゴ28氏の指摘通り英語の「economy」を翻訳する時に意訳して漢語の「経世済民」の略語を当てはめた訳語です。
 貨殖興利に「世の人々を救うこと、お互いの信頼関係に基づく協力」という大乗仏教的な意味合いを加える事自体には賛同致しますが、元々の「economy」にその意味合いが希薄なので下記あるいは上記4項のような問題点が生じたのだと思います。  
 
>しかしながら、今の金融システムは、この人間同士の信頼関係を、全てお金に置き換えてしまった。
>政府と中央銀行が管理する「紙幣」に置き換えてしまった。
>果たしてあなたは、今の政府や中央銀行を信用しますか?
>福田首相や自民党を信用しますか?
>そこを突き詰めれば、単に今までの流れでシステムに乗っかっているに過ぎないと理解出来るはず。

 「信、無くんば立たず」とよく言われる通り、政権も貨幣も信用が無くなれば価値が無くなって消えていくだけですね。

>これは全く今の教団のサマナと同じである。
>師は信用できないが、しょうがないから今までの教団システムに残っているわけだ。
>「紙幣」も本来紙切れである。気づいたら「紙切れ同然」というリスクも、どうか念頭に。

 「いつ、どんな場所でも真理の実践が出来るようにしてください」という言葉を実践すべきですね。
 「教団は幻影」と言った師の方は、慧眼だと思います。

>◆机上の空論
>ところで、私の経済の話その他について、「机上の空論」その他のご批判を頂いた。
>これは極めて当然のことである。と同時に、どこか勘違いをされていると思う。
>冒頭にも書いているとおり、私が展開しているのは、大乗仏教の「空」論とも言うべき話である。
>「机」すら用意していない、元から「空論」なのである。
>よって、お寺に乗り込んできて、「どうしてここはチキンナゲットを売ってないんだ!」などという場違いな論争は、双方時間の無駄であるので、ご遠慮頂きたい。

 そりゃ、大乗仏教の「空論」と慣用句の「机上の空論」を混同した詭弁でしょ?
 大乗仏教の「空論」はあくまでも「空即是色」、現象の裏側にある空性を如何に捉えるかという話です。
 一方のVT正悟師の経済談義に対する批判の方は、いわゆる慣用句に於ける「机上の空論」、つまり実態の伴わない虚論ではないかと批判されている訳です。
 両者は同じ「空論」という単語を使っていても全く意味合いが異なる物です。
 何故、こういう子供じみた詭弁を弄して自己正当化を図るのかなぁ・・・
 確かに一部では現実に起きた経済的事象について「陰陽」などを持ち出して関連づけている所も御座いますが、元々真理の法則を用いて森羅万象を説明出来るのは当たり前の事。
 幾ら「陰陽」などに関連づけたからといって、現実に起きた事象の跡を追うだけの取り留めのない無駄話が現実の救済に役立つ話に変化する訳でも御座いますまい。

>◆ゴルゴ45氏について
>私のマブダチであり、先生です。自身の信頼関係を削って、本の出版関係などで私の後押しをしてくれています。
>リアルの付き合いなので、コメント大目に見ています。

 要するに仲の良いお友達だから、多少の逸脱も黙認していただけでしょ?
 縁の深い者だけを依怙贔屓する所は、長老部の頃から全然変わっていませんね。
 
>ただ最近、コメント数が多すぎたり、批判色が強い内容だったりした点については、再考願いました。
>1日上限3コメント、教祖大好きの(元)信者に配慮して頂くということです。

 何か完全に勘違いしていらっしゃるようですが、たとえ教祖に対する批判でも真っ当な論拠がある真面目な物なら全然問題無いのですよ。
 でも超エリートコースを歩いている方の割りには教団への批判的な投稿の数々では知性の欠片も見られず、感情に流された単なる罵詈雑言ばかりでしたから。
 それに加えて彼の論拠はあくまでも現世的な善悪の観念に過ぎぬ上に仏教の基本的な法則すら知らぬのが丸分かりでしたのにVT正悟師の情実によって黙認され放置されていた訳ですから、今更取り留めのない経済談義が大乗の空論だとか言い出してもお笑い種ですよ。

>これに伴い、他の皆さんも原則1日3コメントまででお願いします(秘密コメントとVTは除く)。
>勿論、質問を振られた場合その他、流れは配慮します。

 こういった投稿ルールは重要なので、blogの欄外にでも貼り付けておく事は出来ないものでしょうか?

>ちなみに私はネット上より、リアルの付き合いを優先しております。
>「机上の空論」批判その他も、オフラインでは個別随時受け付けております。
>メール→電話→八潮の順でどうぞ。

 明日メールを送りますので、よろしく。


ゴルゴ28さま
>つまり僕は、君と、経済の話より光市について語りたい

 横レス失礼します。
 この事件に関しては、下記リンク先に掲載されている被害者遺族の方の死刑論が秀逸でした。

ttp://critic2.exblog.jp/3251270/


> "経世在民"という先入観からはいるから、大きく空転するんだよ
>言い換えると、真理という名の第一原理から演繹するから、哲学論になる
>自覚あんじゃん

 「経済」=「economy」という貨殖興利の方法論に「経世済民」という大乗仏教的な意味合いを加える事自体は悪くはないと思います。
 でもそれを念頭に演繹的に論を進めて行く内に、それが却って先入観念になってしまって、抽象的な哲学論のまま堂々巡りをしたり、現実にそぐわず行き詰まったりしてしまうという事ですかね。

>でもね純哲は科学じゃねーんだ
>真理とは、現状から帰納されてゆく科学のこと
>あたりを見渡し手の届くところからはじめるのがアリストテリアン
>この意味で科学だけが、宗教という名の迷妄から人を解放するんだよ

 「科学」も「哲学」も「宗教」も、真理を探究していく上での方法論に過ぎないと思いますが。
 あくまでも方法論ですから、演繹的な方法でも帰納的な方法でも何でも有りだと思います。
 しかしいずれの方法によって得た結果にしろ、最終的には帰納的な方法で実証されない限りそれは真理とは呼べないとは思いますがね。
 

机上の空論

>私が展開しているのは、大乗仏教の「空」論とも言うべき話である。
>「机」すら用意していない、元から「空論」なのである。

これは詭弁ともいえるけれど、
VT正悟師のユーモアでしょう。

「机上の空論」と批判する人も、
実は「机上の空論」を語っていることが多いから、
お互い様でしょう。

二拍子さん

>人類の未来は過酷だ…こんなこと本当に出来るのだろうか?

ナチス第三帝国消滅、大日本帝国消滅 程度でしょう。

ノアの箱船より遙かにマシ。


縁の深いものを依怙贔屓

正悟師みんなそうですよね。

お気に入りのサマナには業財+おこずかい+物品提供。
そのサマナが働いてて一銭も
布施しなくても見逃す。
で、周りのサマナから文句が出る。

VTさんはそうでもなかったが
他の正悟師達は異常なほど依怙贔屓が
目立ちました。

僕のことが出ている

世界的な権威でもなんでもないだろう僕はW
僕は大学を捨てた人間だよ。
権威を盾にしてしゃべるtってことをやめたんだよ!
現役時代は一部の学会では有名だったろうけれど、そんなものどうでもいいようになたんだよ。前職が何者だったかってことについては僕は言及するつもりはないし、高名であろうが権威であろうが僕につきまとっていたものは僕にとっては意味のないものなんだよね。

あんね。人間松本を誰も弁護しないのが不快なんだよね。
罵倒されて傷ついているのはあなたがたの中にいる人間松本なんじゃないのか。
不快であり見るのもいや、それは人間松本があなたがたの心の中で叫び声をあげているに他ならないじゃないか。また、人の幸福は認めないひいては人間としての尊厳をみとめないけれど、自分自身の尊厳をそこに見出すことが出来るからだろう

それを直視しろって言うんだよ。
松本にもどこか同情すべきところがあるのと同様に自分自身あるいは団体に尊厳があると自覚するならば、それを損なわれた人々への罪悪感ももってしかるべきじゃないのか。

以前に上祐とはなしたときに松本はかわいそうな人間だと上祐は口にしていた。
それからくらべるとあんたがたはおろかでエゴイスティックな人間だといわざるを得ない。もちろん光の輪を認める気など毛頭ない。しかし、松本を憐憫すべきところもある人間であるとしているところは立派だと思う。

人をおもいやれない、そうして生きていかざるを得なかった松本という人間。それにたいしての思いやりが欠けるってんだよ。

彼の犯した罪はどんな言い訳をしても許されるもんじゃない。しかし、そうして生きざるを得なかった。そういう面もある。どうして、それを弁護してやらないのか。
自分の心をぬくぬくとさせることに躍起になって、話の通じる、もっといえばだ松本を偉大だったと妄想する人たちの中に自分をおく。

つまりだ、あんたがたはそれぞれの心の中にすむ人間松本を傷つけているって事にほかならないんだよ。

そんな連中に知性なんかひつようないんだよ。

これからも機会があれば罵倒し続けてやるよ。面と向かって胸倉をつかみながらやってやってもいいよ。

そうして自分の心の中で傷つく人間松本見続けろよ。

ちんけな理屈のなかで自分たちが傷つけているもの、それはなんだよ!

似非なる神にまつりあげたのはお前たちであり、松本を地獄におとしつづけ憐憫の感情さえ世間につくらせないのはお前たちだろう。

人間松本を踏みにじっているのはおまえたちであり、罵倒している世間や僕ではないんだよ。

いい加減に松本を似非なる神から人間松本にもどしてやったらどうなんだ。

サンディダさんねぇ

あんたのいってるのは自分が逃げ回るためのパッチワークであり、なにもしない何も考えない、なにもかえりみない、そのためには松本の人権ですら認めないという。
もっともエゴイスティックな言葉の羅列にしか過ぎないんだよ。七氏のような実直な、あるいみ隣人松本を否定したくないという気持ちから生じたものじゃないんだよ。

師と一度呼ばれからには、そこならば師として認められるという自己保身のための言葉。そりゃぁあの白龍さんにも邪魔者としてあつかわれるよ。

つまらん自尊心なぞすてろよ。向かい合ったときそこには人間と人間しかいないし、こころっていうものも向かい合った人間が会話しようというときにその中間にしか存在しないんだよ。仏陀でも彼が目の前に実存するならば人間として彼はどんな人間にも向かい合ったはずだ。

われわれは選ばれた民でござい!いやしい人々の声はかまわずに修行する。

ふざけんじゃないよ。

自分たちがお互いに同じ人間であるということを認めたうえでだ。できればそこでおたがいを愛し合う、実存として人を愛することが大事なんだよ。そのためには信仰であろうが権威であろうが捨ててもいい。それが解脱じゃないのか。

おお、これで今日は二個目になってしまったW

「なすがままに」という愛

神格化された挙句、利用されるという構図は、教団内においては枚挙に暇が無い。「ただの人間に戻してくれ」と言おうものならどうなるか。さらなる束縛が待っている。都合のいい人は利用される。そんな構図をよく見てきた。

でも、諭しても怒鳴っても胸倉掴んで揺すっても、全て「聖域の冒涜」と捉えられる。話にならない。全くといっていいほど。
よけいに激昂したくなるのもわかりますが。

「グルイズムの実態」その心の内を現実のものとして完全な形で現象化し、終極までリアルに経験として刻む以外に方法はない。
そういう意味では、あらゆるネガティブな現象も許されている。
これだけ固いから、末期の破壊力は過酷だ。

掲示板・コメント欄だから何でも書いても良いのか?

ここのブログ管理人はVT正悟師ですからね。

わたしも少しは遠慮して書いております。


彼がアーレフの代表だからと言うわけではありませんです。

サンディタ師はブログを作るのはイヤだと仰いましたが、
そういう人こそ作るべきですな。


サンディタ師なら、
西村氏のブログコメント欄にそのURLでも知らせておけば、
すぐ冒頭のリンク表に載せてくれると思いますよ。


VT正悟師!

白龍さんのブログコメント欄に以下のような投稿文が書いてあったんですが、
どうなんでしょうか?


http://blog.goo.ne.jp/hakuryuu_001/e/282a0bad75fd089e9f6f7b3a7d158f8e

>では、オウム真理教ドイツ支部とは、どのような役割を果たしていたのか。 
>ドイツ支部の初代支部長・野田成人は法皇官房の実質的トップを務めていた
>石川公一と同じく、教祖・麻原の子どもたちの家庭教師も務めていた
>麻原の側近中の側近、腹心のひとり。
>現在の教団内部でも指導的立場にある大幹部のひとりである。
>「要するにドイツ支部を拠点にして、教団最高機密レベルの
>秘密ワークが行われていたのです」


都合が悪ければ、削除して良いですよ。


と言っても、白龍さんのところに書かれていたモノですから、
彼にも言わないと不味いし、これは完全に名誉毀損に当たりますな。

法皇官房?

管理人さんは車両省所属で富士の麓の田舎道を
スポーツカーで乗り回してた記憶が・・・。

転載

世の中のいわゆる悪で、善を内に含んでいないものがあったら見せてもらいたい。また、悪を含んでいないような善があったらお目にかかりたい。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

ナチのホロコーストに如何なる善があるのか

キューリーフ人にどのような悪があるのか

おしえてください

放射線治療の副作用で酷い目にあった患者は結構居る

ホロコーストって無かったのでは? w

気にならない

>白龍さんのブログコメント欄に以下のような投稿文が書いてあったんですが、どうなんでしょうか?

黒に炭を塗っても黒、炭を拭っても黒

問題にするのは対象との個人的関係だけです

科学的イノベーションの裏に、様々な苦しみと災厄が。戦争もどんどん悲惨になる。
焼け野原の後の復興。いまや日本もドイツも「もっとも世界に好影響」の国との評価だとか。

悪は純粋に悪であるゆえ、善を手助けする。キリスト教以前の悪魔は「唆しの天使」として神に協力する存在だったはず。
連合国首脳はWW2ndの真相を知って驚愕し、すべて封印して黙り込んだわけだ。悪の枢軸の首領を処刑することはできなかった。

匿名で投げるのは反則かも。

ドイツ時代

 以前野田ちゃんに聞いたけれど、実際には支部があるっていいたいがために作られた支部であり、ドイツではドイツ語を勉強するくらいしかなかったんだよね。

 これは逆側だけど、これも策謀妄想みたいなものだよ。

人はこういう風に陰謀を妄想するものだよ。特に敵対し続けたいと思う、あるいはそこからなんらかの利益をこうむる人たちはそれを作為的にあおる。なんらかのストレス下にある人はそこに自分のネガティブの原因があるんじゃないかという風に信じる人もいる。そういった人たちは矛をむけつづける。

こういうのは個人関係をよりおおくつくり、理解を作り出すしかないんだよ。
理解できない人たちはおおいけれど、理解してくれる人間は必ずいるもんだしね。

野田ちゃんとつきあうまでは、本気で危険な男だと僕はおもっていた。だから、周囲の人間にも近づかないほうがいいんじゃないのってことも言っていた。(ゴルゴ28とかにね)でも、言った尻から、本当にそうなのって自問して話してみた。

それから時間をかけて会話をしていって、ああ、まちがっていたって僕は気が付いたんだよね。

阪神ファンに悪い人はいません!

>以前野田ちゃんに聞いたけれど、実際には支部があるっていいたいがために作られた
>支部であり、ドイツではドイツ語を勉強するくらいしかなかったんだよね。

虚勢を張る為にドイツに支部を作ったということですかね。
オウムは信徒さんの業財を無駄に使わないと言っていましたけど、
嘘ばっかりですね。

釈迦が悟りを開いたと言う立ち入り禁止の菩提樹の木の下に、麻原死刑囚が無断で侵入して座り込み寺院関係者につまみ出されそうになったところ、インド人にとって大金の賄賂100万円を渡して黙認させたらしいけど、ドイツ支部はそれと同じじゃないですか?
ハッタリかましてまで信徒に帰依させたいのですかね。

現世は穢れている、が、麻原死刑囚の口癖でした。
穢れた現世を嫌悪するあまりサリンまで撒いてしまった。
ところが、実際のオウムは現世より遥かに穢れていて、嘘と虚栄に満ちていたのだ。

悪魔の世論操作

 野田氏にマブダチがいたとは、驚きです。経済は世界支配の道具、マスメディアと同じです。過去の日銀総裁の系図を調べていくと、三菱財閥につながっています。ちょっと驚きでしたね。野田氏の経済論はあまりおもしろくないです。映画について、小説について、哲学について語って下さいよ。



 1999年10月26日、埼玉県のJR桶川駅西口前で、跡見学園女子大2年、猪
野詩織さん(21)が小太りの男に刺された。猪野さんは搬送先の病院で、間もなく
死亡した。猪野さん殺害の実行犯として逮捕された久保田祥史(34)に殺害を依頼
したとして、12月20日、風俗店の実質的経営者の小松武史(33)が殺人容疑で
逮捕された。小松武史は猪野さんをつけ回すスト-カ-行為を続けていた元交際相手・
小松和人(27)の兄で、久保田ら店の従業員に猪野さん殺害を依頼したという。殺
害報酬は1000万円とも2000万円とも言われている。
 翌2000年の1月27日、全国に指名手配されていた小松和人の遺体が、北海道
の屈斜路湖で発見された。死因は水死。北海道警と埼玉県警は「自殺の可能性が高い」
と見ている。事件の「最重要人物」である小松和人の死により、警察は「事件の真相
解明は厳しくなった」と事件に幕を引いた。

 しかし小松和人自殺説には疑問が投げかけられている。「実は、小松は北海道で滞
在していたホテルから、知人や自宅に電話を掛け、近況を語っているんです。が、そ
れは決して逃亡生活に疲れたという内容ではない。『どうして自分がこんな目に遭わ
なくてはならないんだ』というような、身勝手な嘆き節が中心だったようです」(『週
刊文春』2000.2.17)
 小松和人は周囲に対して一貫して無罪を主張していた。陰謀学に通じた読者はもう
お分かりだろう。小松和人は猪野さん殺害の犯人ではない。小松武史も久保田も同様
である。小松和人は自殺に見せかけられて殺された。事件の動機についてはもうお分
かりだろう。猪野さん殺害に続く何件かのスト-カ-殺人のおかげで、スト-カ-規
制法が無事に成立した(2000年5月18日)。猪野詩織さんと小松和人は、スト
-カ-規制法成立の生贄に供されたのである。

悪魔の世論操作

 1999年11月12日未明、千葉県警の捜索により、成田市内のホテルの一室か
らミイラ化した死体が発見された。兵庫県川西市在住の元会社員、小林晨一さん(6
6)のものだった。司法解剖の結果、死因は脳内出血と判明したが、同宿していた家
族らは「死んでいない」と訴えている。小林さんと家族は、自己啓発セミナ-「ライ
フスペ-ス」のメンバ-で、800万円を払い、団体の主宰者である高橋弘二(62)
の独自の治療を受けていた。
 筆者は高橋弘二を一目見て似ているな、と思った。その風貌が某新興宗教団体の教
祖にそっくりなのだ。言わずと知れた麻原彰晃である。まず長く伸ばした髪と顎ひげ、
それに片目が失明していること。高橋弘二は明らかに麻原彰晃の物真似だなと思った。
そして高橋が行っていた治療の名前が、シャクティパットである。麻原彰晃も宗教儀
式として、シャクティ-パットを行っていた。
 11月15日の警察の司法解剖の直前、小林さんの家族や「ライフスペ-ス」のメ
ンバ-が数人で成田署に押しかけ、「小林さんを返せ。解剖したら本当に死んでしま
う」と強く訴えた。「ライフスペ-ス」はミイラ化した死体を「まだ生きている」と
言い張る、狂気のカルト集団と揶揄された。しかし小林さんは本当に死んでいたのだ
ろうか。「ライフスペ-ス」側は、「小林さんの脈が取れる」「回復傾向のピ-クで
警察が連れ出した。小林さんは衰弱体だった」と主張している。筆者は、小林さんが
警察病院で殺された可能性は否定できないと考えている。
 ではこの事件の真の動機は何だったのだろうか。事件と平行して、医療ミスによる
患者の死亡事件がマスコミを賑わせていた。現在、医療制度改革の必要性が声高に叫
ばれている。しかしいくら医療制度改革が必要であると言っても、「ライフスペ-ス」
のような現代医療を否定するシャクティ治療では困るのである。医療制度改革は現代
医療の枠組みの中で行われなければならない、これがこの事件で世間に発せられたメ
ッセ-ジだったのである。

悪魔の世論操作

 1999年12月1日、横浜市都筑区の北川直貴ちゃん(1)が市内の病院で死亡
した。直貴ちゃんは父親の北川和徳(28)に階段下の廊下に数回、叩きつけられる
ように投げ出され、死亡した。和徳は当初、階段から突き落としたのは妻の方だと主
張していたが、やがて自分の犯行だと供述した。
 この事件だけではない。最近、幼児虐待が急増している。男友達と外泊して次男を
置き去りにして窒息死させた24歳の母親。泣き止まない次男を殴りつけ重傷を負わ
せた22歳の父親。要するに、子供を生んで育てる資格のない親が増えているという
ことだ。この幼児虐待については陰謀の影は薄いと考える人がいるかもしれない。し
かし筆者は幼児の死因には疑わしい点があると考えている。子供たちは本当に親に殺
されたのか。あるいは家庭内に侵入した秘密結社のエ-ジェントによって殺されたの
か。それとも病院で殺されたのか。疑問は尽きない。ところで児童虐待の先進国アメ
リカでは、虐待防止の取り組みがなされているという。

 アメリカの取り組みは第1に、児童虐待の早期発見である。教師も医師も看護婦も、
虐待を見つけたら報告する義務があり、報告を怠れば罰せられる。その代わり、虐待
でないケ-スを勘違いして報告した場合には免責される。
 一般の人々も虐待に関しては非常に関心が高い。他人の生活に干渉しないと思われ
ているアメリカ社会だが、児童虐待をはじめとする社会的不正義には敏感だ。ス-パ
-マ-ケットの駐車場の車中に子供を置いて買い物をしていた日本人女性が、通報さ
れ拘束されたケ-スもある。(『週刊新潮』1999.12.16)

 「日本でも児童福祉法の整備を急げ!」と訴えるこんな記事が登場したかと思うと、
2000年5月17日には児童虐待防止法が成立してしまった。児童虐待防止法の何
がいけない、とお叱りを受けそうなので、ここで筆者の未来ビジョンをお話してその
答えに代えたいと思う。児童虐待防止法では、「児童相談所長は、親の意に反し、施
設に入所させた子どもへの親の面会や通信を制限できる」とある。問題のある親から
子どもを取り上げることができるのだ。この延長線上に、国家が子どもの養育を行う
社会をかいま見ることができる。子どもは生まれるとすぐ、親の手を離れて国家の教
育機関で育てられる。最終的には、女性が子どもを生まない社会が出現するだろう。
小子化などその前兆である。おいおいそれじゃ人類は死滅するじゃないか、と反論な
さるかも知れない。心配御無用、その頃にはクロ-ン技術が完成していて、人間コピ
-の大量生産が可能になっているからだ。馬鹿やブスは未来社会から一掃される。秘
密結社にとって理想的な社会が出現するのだ。

いちばん面白くないのはあんたの長文。

黒龍さんの陰謀論

私は、それなりに面白いと思う。
黒龍さんほど、何でもかんでも陰謀論にする人は他にいるだろうか?
全日本・陰謀論・生産量コンテストがあったとしたら、
黒龍さんが優勝するかもしれない。

陰謀論

昔も、『ムー』には陰謀論が載っていましたね。

これだけの投稿量ですから、
黒龍さんもHPでも作ったらどうかと思いますね。
それなりに興味のある方はいると思いますし、『ムー』的な方は読むんじゃないですか?

でも、わたしは予言同様、陰謀論なんて興味はありませんけど。

究極のこだわり。

これだけ激しく陰謀論にこだわるのは、でっちあげ逮捕でつかまってそれがトラウマと化している人なのだろうか…?
等と勘繰ってしまいます。

悪魔の世論操作

 1999年12月21日、京都市伏見区の日野小学校校庭で遊んでいた小2生・中
村俊希君(7)が、フ-ド付き青ジャンパ-に柄物ズボンを穿いた男に惨殺された。
犯人は、いきなり背後から包丁で俊希君の首に切りつけ、防ごうとした俊希君の手や
腕も構わず、十数回にわたって執拗に切り続けた。
 「それは酷い殺し方でした。首は左右両側から深く切り込まれ、ほとんど骨だけで
つながっている状態でした。赤い血潮が飛び散りましたが、犯人はひるむことなく、
犯行を継続している。おそらく首を切断するつもりだったのではないか」(『週刊新
潮』2000.1.20)。事件現場には、「私は日野小学校を攻げきします。理由
はうらみがあるからです。今はにげますがあとで名前を言うつもりでいます。後で手
紙をかきます。だから今は追わないでください。私を見つけないでください。私を識
別する記号→てるくはのる」という犯行声明文が残されていた。
 現場に多くの遺留品が残されていたことや、犯行声明文の筆跡などから、事件は早
期解決が予想された。しかし意外にも捜査は壁に突き当たってしまう。ところが翌2
000年2月5日になって、京都府警に任意同行を求められた俊希君殺害の容疑者・
岡村浩昌(21)がリュックを投げつけ説得先の公園から逃走、団地から飛び降りて
自殺してしまったのだ。
 「投げ捨てられたリュックの中から、十通ほどの文書が見つかりました。『日野の
事件は自分がやった』とか、『自殺』をほのめかす内容でした」(『週刊文春』20
00.2.17)。しかし岡村と日野小学校との直接の繋がりはない。小学校2年ま
で、日野小のすぐ近くの小学校に通っていたというだけである。さらに不思議なのは、
事件当初、犯人の身長は160・前後、犯人は小学校高学年から中学生ぐらいとされ
ていたことである。岡村は立派な成人男子である。事件の動機についてもさっぱり分
からない。岡村は教育制度への恨みがあったというが、それが小学生殺害と一体どう
繋がると言うのか。矛盾だらけである。

 岡村と同じような母子家庭の引きこもり青年が犯した超弩級の犯罪が、新潟の少女
監禁事件である。2000年1月28日に新潟県柏崎市で保護された女性(19)は
9年前に新潟県三条市内で行方不明になった下谷貞子さん(=仮名、当時小学校4年
生)と判明したのだ。貞子さんは佐藤宣行(37)に下校途中に誘拐され、柏崎市内
の佐藤の自宅2階の部屋に監禁されていた。同居している佐藤の母親(73)は、息
子の暴力を恐れて2階に上がったことはなく、少女の存在を知らなかったという。

 だがちょっと待って欲しい。こんな馬鹿なことが現実的に起こるはずがない。常識
で考えても分かる。住宅街の民家の2階に少女を9年間も監禁しておいて、近所の住
民にも同居の母親にも気づかれなかった、などということは小説や映画の中だけに起
こる話である。SF作家・星新一氏の小説に『月の光』という作品がある。15歳の
混血少女を赤ん坊の頃からペットとして飼育するという話だ。佐藤もこの小説に影響
されて、貞子さんをペットとして自分の物にしていこうという異常な欲望があったの
ではないか、と指摘されている。
 ペットとその飼い主という主題は、竹中直人主演の映画『完全なる飼育』でも描か
れている。中年男に誘拐され、男の自宅アパ-トに監禁された女子高生がやがて男に
愛着を覚えるようになり、最後には恋人関係になるという話だ。主題はおもしろいが、
これもやはり映画の中でしか起こりえない話だろう。ボロアパ-トに少女を監禁する
という設定自体に無理がある。アパ-トには他の住民もいるし管理人もいる。部屋の
壁は薄いし、窓もある。中年男は日中は仕事で部屋を開ける。少女は逃げようと思え
ばいくらでも逃げられるのだ。これと同じことが現実に起きた新潟事件についても言
える。貞子さんが佐藤の自宅に監禁されていた、というシナリオ自体に無理があるの
だ。筆者は貞子さんは絶対に脱出不可能かつ外部の人間にその存在を知られることの
ない場所に監禁されていたと考えている。

悪魔の世論操作

 さて事件の動機について。佐藤はわいせつ未遂の前科があるし、精神異常だったと
言われている。新潟県警の失態の一つとして、佐藤の前科のデ-タベ-ス入力漏れが
指摘されている。この事件のせいで精神病者に対する管理は強化されていくであろう。
 彼らの目的は刑法に保安処分を導入することにあると考えられる。昭和49年に公
表された改正刑法草案(97~111条)に盛り込まれた保安処分には「禁絶処分」
(アルコ-ルおよび薬物使用対象)と、「治療処分」とがあり、後者については前期
98条で以下のように定めている。「精神の障害により、16条2項(責任能力)に
規定する能力のない者(現刑法にいう心神喪失者)又はその能力の著しく低い者(現
刑法の心神耗弱者)が、禁錮以上の刑にあたる行為をした場合において、治療及び看
護を加えなければ将来再び禁錮以上の刑にあたる行為をするおそれがあり、保安上必
要があると認められるときは、治療処分に付する」とある。しかし流石にこのナチス
ばりの予防拘禁政策は、未だに実現の目処が立っていない。だが、油断は禁物である。
 

黒龍さんへ

黒龍さんは次から次へと陰謀論を出すより、
重要な事件だけに絞って、
詳しく解説した方がいいのでは?

私が重要だと思うのは、
①オウム真理教の事件
  地下鉄&松本サリン事件、坂本弁護士事件
  特に、村井秀夫刺殺事件
②石井紘基衆議院議員刺殺事件
③911同時多発テロ陰謀説
④中国政府の法輪功に対する弾圧問題

この四つです。
911同時多発テロ陰謀説を唱える人たちは、
なぜか法輪功問題にはサラリと触れる程度で、
逆に、法輪功弾圧問題を追及する勢力は、
911同時多発テロ陰謀説には沈黙しています。

これは、興味深い現象です。
この問題について、
黒龍さん独自の見解があるならば、
聞かせてほしいものです。

過去の投稿と重複しても問題がないと思います。
黒龍さんのコメントを全部きっちりと読んで、
全部記憶している人は、
おそらく、ほとんどいないと思うからです。

そろそろ

黒龍さんをアクセス禁止にしてもよろしいのでは?

段々ヒートアップしております。
コピペ等一切禁止とかでもいいのですが。

黒龍さんのコピーの原本

黒龍さんはコピーして貼り付けているのですね。
改行の長さが違うので、そうではないかと思います。
コピーの原本は何ですか?
原本となる文章も自分で書いたのですか?

R1グランプリ

文字にするよりもピン芸にされたほうがいいんじゃないかな。
妄想陰謀研究家とかなんかでやれば、うけると思うW


承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

荒唐無稽な予言や陰謀論を載せるオカルト雑誌、
学研ムー、トワイライトゾーン、それにノストラダムス予言の五島勉氏。
少年時代に、これらの悪書の洗礼を受けた人は、読んでいない人達より
カルト宗教に入信しやすいのかもしれない。


陰謀の見え方

原初体験的な意味合いそういった怪奇書などを読むのはありだと思うし、現実と錯綜しなければ、それはそれでいいんだと思いますよ、成長に伴ってこういったものは薄くなっていくものだと思うんですよ。

いくらUFOが好きだといっても、すこし調べれば、ああ本当じゃないんだってことも簡単にわかっちゃう。たとえば僕らが子供のころは宇宙人(アダムスキーUFOに乗っってるのね)は金星人だったわけですよ。ところが、この惑星への探査やアマチュア天文家たちの観測手段があっぷして惑星学のリテラシーがあがってくると、金星に宇宙人などすめるわけがないと分かってくる。すると、UFO派の人たちは今度はもっと遠くの宇宙からきていると豹変される。それまでは宇宙人と会話して宇宙人当事者に聞いたのだから間違いないといってたにもかかわらず。また、ここで陰謀説もふりまく、政府が隠すために偽の情報を流しているんだとね。キャトルミュートレーションという現象をご存知の方もおおいとおもいますが、この宇宙人が家畜から内臓を摘出しているというお話は、多くの昆虫学者や一般人の観測により虫が内臓を食い荒らしているという現象だということは確認されています。

ところが、宇宙人支持派の人たちはそれを認めない。金星人の話とおなじようにリテラシーが低い場合には自説を展開してつけこんでくる。つけこんでくるっていうと悪いかなW 論拠のなさをカーペットの下にはきこんで、反論が生じない方向に話を転じようとする。信じたいものを客観的に検証することをしないといってもいいと思う。

検証をせずに自説を展開して、時としてそれを真理だといったりする。論証のためのスキルが非常に低いといわざるを得ない。本来ならば成長するとともに持つだろうリテラシーや批判という観点を損なったばあいに本来ならばエンタメでいいものが害をなす場合もある。

それが、カルトだったりするのだろうとおもう。

怪奇大好き、それはそれでいいんだけど、それが他者にとって害をなすかもしれないと考えた場合には充分に気をつけたほうがいいと思う。

予言があたらなかった、犯罪性をともなったひどいことをする。

こうしたものを正当化するために面妖な話を展開する、陰謀や奇妙な輪廻のはなしなどがそうである。

個人的には輪廻は存在すると僕自身は信じているけれど、それは人知のおよばぬところに存在するものだとおもっている。そういった人知がおよばぬところの人間本性にかかわる霊性の部分を自分たちの都合によって勝手に解釈するのは大きな間違いだとも考えている。

来世にいいことがある今生は仮の姿であるとするならば、生まれ変わった来世が今生になったときには、それもまた仮の姿であるということになってしまう。つまり永遠と仮の姿であり、来世に約束された幸福などどこにもこないということになってしまう。

この部分はニーチェが苦しみぬいた無限の時間に再現される有限の個の苦しみというジレンマなんだろうと思う。

まぁニーチェはおいとくとして、輪廻の思想や実存について仏教(特に密教)が説明的になり人知の枠に押し込めようとしたのはチベット密教が王朝のかたがわりをして政治をつかさどらなければなかったためであるといわれている。王朝はその権威を世襲しながら政治の一連性をまもるのだけれども、その世襲制に代わるものとして子供を持てぬ仏教指導者たちは転生者という形式を採用した。つまり政治的な選択としての転生者であったわけであり、血族的なつながりを霊的なものにかえたものである。

あるいみ政治判断機構として無欲であり、我欲のすくないものを中核にそなえるのは非常に効率的な手段でああり、民主主義という比較的公平な為政がリテラシーの結果でしかもたらされないということを考慮し且つ当時の環境を考えると、それは叡智の集結したものだといってもいいだろう。

つまり、禁欲をもって多くの人のことを考えるということが転生思考には必ず付帯されなければならないということなんだけど、松本さんの場合にはこれが大きく違った。
禁欲とは程遠い生活を送り、それを肯定し続けるために理念を自分の都合にそって操作し続けた。また、不都合があれば陰謀というものに責任転嫁した。

それにまんまとのってしまった人々がいた。それは師制度などの徹底した権力機構から信徒たちに伝播させた。おおむね師と呼ばれる人たちも洗脳を受けた人々であり、被害者であるのだけれども、しかし、実際には松本さんから与えられるステージの権威にしがみつきたいという思いもあったと思うし、それは各位が誤誘導をしてしまったという自覚があるならば、それはそれでいいのだと思うけれども。そうではない。

この権力の走狗から抜け出せない人間はいまだに陰謀説や無思考による思考停止を信徒たちに共用している。おそらく、50から100までに削られる出家者体制にのこり、そこでも権力を発揮したいという保身を優先しているのだろうとおもうし、現状においては彼らが洗脳下にあるとはおもえない。

もし、彼ら師が洗脳下にあるのならば自らの主張を責任をもって主張するだろう。けれど、彼らは責任をもって自らの主張をおこなうことはない、それどころか自分たちの面が割れたら訴えてやるというような意味合いの言葉を吐くものもいるようである。辟易とするようなやり方だけど、これは彼らが自身の主張に正統性がないのを充分に承知しているということに他ならず、その上で自分たちに与えられたヒエラルキー上の上位性を守りたいということに他ならないのではないか。

階級をしくのはけっこうである、それが他者に迷惑をかけないのならば子供のゴッコとおなじく勝手にやって結構である。

だが切り捨てられる人たちはどうなるのだろうか。

また切り捨てられる人を見捨てる際にどのような口上を切り捨てられる人たちにするのだろうか、おそらく陰謀説をふりまき、みずからの責任をそこに転嫁しようとするのだろうけれど、責任の所在は明確であり、それを自己保身のために覆い隠す使うためのものとなるだろう。

悪魔の世論操作

 以上が事件の動機の一つである。しかし筆者は京都の事件にしろ新潟の事件にしろ、
もっと視野を広げて考えてみた方が良いと思っている。前にも述べたように、両事件
のキ-
・ワ-ドは「引きこもり」である。1999年の末頃から「引きこもり」というマス
コミ用語が頻繁に登場するようになった。自室に引きこもり、社会との接触を絶っ
てしまう男性女性が急増しているというのだ。彼らは世間からダメ人間の烙印を押
されているが、筆者は彼らの気持ちも分からないではないと考えている。最近街を
歩くと不快な現象に遭遇することが多いからだ。
 臭いとほざく糞ばばあ、大股開きの雌犬姐ちゃん、鼻つまみのしょんべん小娘、小
生意気な洟垂れ小僧、にやけ笑いの腑抜け野郎、空威張りのノ-タリン親爺など、引
きこもり青年でなくともうんざりしてしまうような汚物が街中に沢山転がっているか
らだ。無神経な馬鹿者は自分を誤魔化しながらこの怪現象と折り合いをつけている。
だが、元来神経きめ細やかで繊細な感受性を持つ引きこもり青年は、こんな醜悪な現
実に耐えられないのである。要するに根が真面目なのだ。人は傷つけたくないし自分
が傷つくのも嫌だ。だから彼らは他人との接触を避けて「引きこもる」のである。
 そんな彼らと外界との唯一の接点は、インタ-ネットである。人と顔を合わせずに
会話ができる。同じ悩みを持った人と相談できる。引きこもり青年もインタ-ネット
では心を開いて他人とコミュニケ-ションができるのだ。だから何なんだ、と読者は
問うかも知れない。筆者が言いたいのは、引きこもり現象の増加とコンピュ-タ-、
インタ-ネットの普及は無関係ではないということだ。引きこもり青年の社会復帰も
重要な課題ではあるが、彼らがインタ-ネットを通して人との繋がりを持ち、それを
仕事に役立てることも大いに期待されているのだ。引きこもり青年タイプの方がえて
して、コンピュ-タ-等の技術的知識に明るく、特殊技能や才能を有しているもので
ある。これからの時代は、自宅にいながらにして仕事ができるSOHO〔small
 office home office〕のような職業形態がポピュラ-になるだ
ろう。ソ-ホ-(SOHO)とは、パソコンを活用し、自宅などで新ビジネスを行う
職業形態である。自宅と会社がコンピュ-タ-で直結されるという、SF小説に描か
れた世界が現実となる日も近いのだ。

 1999年3月24日、埼玉県警は本庄市の金融業者・八木茂(50)ら4人を公
正証書原本不実記載・同行使容疑で逮捕した。もちろん本命の保険金殺人容疑を追及
するためである。八木は知人の男性に多額の生命保険に加入させ、風邪薬を飲ませて
殺害して保険金を騙し取ろうとした。
 正直に言ってまたか、という感じだ。保険金殺人事件には、古くは1974年11
月に大分県で起きた「荒木虎美3億円保険金殺人事件」、1977年から79年にか
けて起きた「愛知連続保険金殺人事件」、1981年に起きた「ロス疑惑」事件、最
近の事例では1991年に起きた「トリカブト保険金殺人事件」、1998年に起き
た「和歌山毒カレ-殺人事件」がある。
 八木が風邪薬の「アセトアミノフェン」で人を殺そうとしたというのは嘘であろう。
事件の真の動機は、保険制度改革にあると思われる。奥さんや旦那、子供や従業員に
保険金を掛けて殺す。こんな極悪非道の仕打ちが許されて良いはずはない、誰でもそ
う考える。「和歌山毒カレ-殺人事件」以来、保険金受取の審査の基準が厳しくなっ
たと聞く。保険制度の面でも日本はようやく、外資や欧米の基準に近づきつつあるの
だ。勿論それによって得をするのは掛金を支払う庶民ではなく、生命保険各社という
ことになろう。

悪魔の世論操作

 いよいよ最後になった。最後に来るのはやはり少年犯罪でなければならない。19
83年2月12日、神奈川県警は横浜市中区の横浜スタジアム、山下公園などで無抵
抗の浮浪者を襲っていた少年10人を、傷害致死の疑いで逮捕した。彼らは、横浜市
と川崎市の市立中学の2、3年生が5人、横浜市立定時制高校生1名、無職少年4名
のグル-プだった。逮捕された少年たちは、こう供述した。
 「浮浪者は抵抗しないし、追いかけるのはスリルがあって面白かった。喧嘩の練習
にもなったし、汚いやつらがいなくなれば、街がきれいになっていいと思った」

 なんという悪ガキだと世間は非難するだろう。しかし少年を非難する当の本人も、
道端で浮浪者がダンボ-ルにくるまって寝ころがっているのに遭遇しても、侮蔑の視
線を投げかけて通り過ぎるだけで何もしようとはしない。こういう人を偽善者と言う
のである。政府もマスコミも一般大衆も皆、偽善者なのだ。しかし政府にとっては、
この「風太郎狩り」事件は有難かったに違いない。
 当時政府は少年法の改正?に着手していた。この事件は「少年犯罪を何とかしろ」
という世論作りにもってこいだった。政府はさっそく、「非行防止対策推進連絡会」
を開催。「非行防止」を名目に、学校の管理強化に乗り出す。「風太郎狩り」はこの
ために起こされた事件だったのだ。

 1999年4月14日、山口県光市で、会社員木村洋さん(23)の妻と長女の2
人が殺された。犯人は事件当時18歳の少年。水質検査を装い、新日鉄の社宅に侵入、
部屋にいた主婦、弥生さん(23)を絞殺し、遺体を凌辱。さらに、生後11ヵ月の
娘、夕夏ちゃんが泣き叫んだため、床に叩きつけた末に、絞め殺した。木村さんは少
年の実名報道と少年に対する死刑判決を強く望んでいる。

 1997年に起きた「酒鬼薔薇聖斗事件」、2000年5月に入って立て続けに起
きた17歳の少年による殺人事件。5月1日に愛知県豊川市で17歳の少年が主婦を
刺殺。5月3日、佐賀市内の17歳の少年による高速バス乗っ取り事件発生。いま現
在、政府による少年法改悪は正念場を迎えつつある。

ハイライト、大団円、悪魔の世論操作

 最後に秘密結社の構成員が犯罪に果たしている役割を整理して、終わりとしたい。
まず在日X人が犯行を実行する。警察は真犯人を見逃してスケ-プ・ゴ-トを逮捕す
る。犠牲者が運ばれた病院では、医者が生贄にとどめを刺す。犠牲者が万一生き返っ
ては困る。殺人事件にならなければ、大衆に対するインパクトが少ないからだ。マス
コミはセンセ-ショナルに事件を報道し、世論を一定の方向にうまく誘導する。裁判
官は無実の被告に有罪を宣告する。ごくたまに再審無罪で冤罪が晴らされるのは、刑
事裁判が正常に機能しているという幻想を大衆に与えるためである。そして疑うこと
を知らない大衆は正義が行われたと錯覚する。この陰謀の輪には僧侶も一枚噛んでい
る。風邪が吹けば桶屋が儲かるかどうか知らないが、人が死ねば坊主は確実に儲かる
からである。こんな誰もが夢想だにしない陰謀が現に秘かに進行中なのである。

 古代ケルト社会の祭司「ドルイド」は、小枝で編んだ人形の巨像に詰められた人間
と動物を焼き殺したという。生贄である。これを見た農民たちは恐怖を感じて、支配
者の持つ権力の絶対性を再認識させられた。人身供犠は支配者の政治的コントロ-ル
に使われたのである。古代の農民たちは自分らが恐怖することを支配者は望んでいる
のだ、ということを知っていた。一方、現代人はオカルト的な恐怖のテクノロジ-な
ど存在するわけがないと信じ込んでいる。その実、あっさりと受け入れているのだ。
凶悪な殺人事件に恐怖を感じた大衆は、マスコミの煽動に簡単に乗せられてしまう。
それが残酷な宗教儀式であることも知らずにだ。そう、この世には魔女も存在してい
るし魔術も存在している。そして悪魔的な陰謀のネットワ-クが世界を覆っている。
この現実を大衆が受け入れない限り、邪教徒による不滅の心理劇が繰り返されること
になるのだ。


まぁ言いたいことが分かりましたね

自分が弱いと感じたとき。責任転嫁はどんどんやりなさいということなのでしょう。
人が弱いのはあたりまえだし、それに応じて責任転嫁をするひつようもないんだけどね。
あっちをみてもこっちをみても四方八方エージェントだらけ。
自分が眠っている間にかぁちゃんととうちゃんは陰謀をめぐらしている。
策謀妄想をかきたてて、弱い人々の社会参加を妨げたい。

まぁそんなところでしょうね。

オウムの人たちも、黒龍さんの話はわらってみているのでしょうけど、松本さんの主張はこういったものだったということは忘れてはいけませんね。


三つ目

案外こういうのを信じやすいのは、A派さんより光の輪の女性陣だったりして
おっとぉW

ほんとの悪魔の世論操作

「なんと我々は世論操作されていたのか!」
と黒龍さんに操作されるという猿の惑星のようなオチ

ゴルゴ45さま

コメントするのも阿呆らしいと思って放っておきましたが、やはり少し回答しておきます。
決して悪意は御座いませんので、お気を悪くなさりませぬよう。

ゴルゴ45さま
>世界的な権威でもなんでもないだろう僕は
>僕は大学を捨てた人間だよ。
>権威を盾にしてしゃべるtってことをやめたんだよ!
>現役時代は一部の学会では有名だったろうけれど、そんなものどうでもいいようになたんだよ。
>前職が何者だったかってことについては僕は言及するつもりはないし、高名であろうが権威であろうが僕につきまとっていたものは僕にとっては意味のないものなんだよね。

 そうですか。
 では、なぜVT正悟師は「超エリートコース」なんて言葉を使ったんでしょうかね?
 よく意味が分かりません。
 まあ単に「東大・京大の超エリートコース」とは一体何の事かいな?と少々疑問を感じただけなんですけどね。

>あんね。人間松本を誰も弁護しないのが不快なんだよね。
>罵倒されて傷ついているのはあなたがたの中にいる人間松本なんじゃないのか。
>不快であり見るのもいや、それは人間松本があなたがたの心の中で叫び声をあげているに他ならないじゃないか。
>また、人の幸福は認めないひいては人間としての尊厳をみとめないけれど、自分自身の尊厳をそこに見出すことが出来るからだろう

 ああぁ、論拠は誤解と予断と憶測と一般論と感情論と妄想ばっかなのに、なぜか最後は断定口調と。
 だからもう言っている事が無茶苦茶。全くお話になりません。
 あまり学術的な論議に慣れていない方なのかな?
 正直、かなり頭が悪いというか無知な方だとは感じますが。

>それを直視しろって言うんだよ。
>松本にもどこか同情すべきところがあるのと同様に自分自身あるいは団体に尊厳があると自覚するならば、それを損なわれた人々への罪悪感ももってしかるべきじゃないのか。

 誰も「(尊厳を)損なわれた人々への罪悪感」を持たないとは一言も言ってませんが。

>以前に上祐とはなしたときに松本はかわいそうな人間だと上祐は口にしていた。
>それからくらべるとあんたがたはおろかでエゴイスティックな人間だといわざるを得ない。
>もちろん光の輪を認める気など毛頭ない。
>しかし、松本を憐憫すべきところもある人間であるとしているところは立派だと思う。

 私は「松本を憐憫すべきところもある人間であるとしている」ともしていないとも一言も述べておりませんが?
 何で、勝手に決め付けて次々話を進めるのかなぁ?

>人をおもいやれない、そうして生きていかざるを得なかった松本という人間。

 それがまず貴方の誤解だっちゅーに。
 私自身、何度も教祖の深い「思いやり」を体験ましたから。
 貴方は一面識もない人間の事を、ホンの一面だけを見て適当に決め付けて論じているだけみたいですね。
 どうせ、論拠は伝聞や憶測だけでしょ?
 ああ馬鹿馬鹿しい・・・

>それにたいしての思いやりが欠けるってんだよ。

 貴方自身にも思いやりの欠片も感じませんけどね。
 まさに「他に対する批判は~」ですな。

>彼の犯した罪はどんな言い訳をしても許されるもんじゃない。
>しかし、そうして生きざるを得なかった。
>そういう面もある。どうして、それを弁護してやらないのか。

 もちろん、殺人など他を苦しめる行為は悪業です。
 でも、貴方は事件の背景について何一つ理解していないみたいですね。
 貴方は事件の背景にある物を教祖の心の弱さだと短絡的に決め付けているみたいですが、実際は全然違います。
 その誤解が解けない限り、貴方は永遠に事件の真相を知る事は出来無いでしょう。

>自分の心をぬくぬくとさせることに躍起になって、話の通じる、もっといえばだ松本を偉大だったと妄想する人たちの中に自分をおく。

 いやいや、誰がどう見ても妄想の中に身を置いているのは貴方ですって。

>つまりだ、あんたがたはそれぞれの心の中にすむ人間松本を傷つけているって事にほかならないんだよ。
>そんな連中に知性なんかひつようないんだよ。
>これからも機会があれば罵倒し続けてやるよ。面と向かって胸倉をつかみながらやってやってもいいよ。

 貴方自身が知性の欠片も無く、ただただ幼稚な感情に流されて罵倒し続けているだけじゃん。
 間違った思い込みから好き勝手に妄想を拡げているだけでは、真実どころか事実にすら到達出来ませんよ。

>そうして自分の心の中で傷つく人間松本見続けろよ。
>ちんけな理屈のなかで自分たちが傷つけているもの、それはなんだよ!
>似非なる神にまつりあげたのはお前たちであり、松本を地獄におとしつづけ憐憫の感情さえ世間につくらせないのはお前たちだろう。
>人間松本を踏みにじっているのはおまえたちであり、罵倒している世間や僕ではないんだよ。
>いい加減に松本を似非なる神から人間松本にもどしてやったらどうなんだ。

 私は尊師が神だとか人間だとか一言も言っていないのに、一体何を檄高しているの?
 最低限の分別があるなら、他の人の話と私を混同しないで下さいね。
 しかし思い込みの激しい人だなぁ・・・
 
>あんたのいってるのは自分が逃げ回るためのパッチワークであり、なにもしない何も考えない、なにもかえりみない、そのためには松本の人権ですら認めないという。
>もっともエゴイスティックな言葉の羅列にしか過ぎないんだよ。
>七氏のような実直な、あるいみ隣人松本を否定したくないという気持ちから生じたものじゃないんだよ。

 一体、なんのこっちゃ?

>師と一度呼ばれからには、そこならば師として認められるという自己保身のための言葉。
>そりゃぁあの白龍さんにも邪魔者としてあつかわれるよ。

 白龍さんの件については、結局、元々彼に悪意というか真面目に議論するつもりが無かったという事、及び彼の人間としての器が小さかったという事ですので。
 詳しくは過去ログをどうぞ。

>つまらん自尊心なぞすてろよ。
>向かい合ったときそこには人間と人間しかいないし、こころっていうものも向かい合った人間が会話しようというときにその中間にしか存在しないんだよ。
>仏陀でも彼が目の前に実存するならば人間として彼はどんな人間にも向かい合ったはずだ。

 では貴方ももしオウム問題に首を突っ込みたければ、事件や教団に対してもう少し真面目に真っ正面から向かい合ったらどうですか?
 もし少しでも向かい合っていれば、こんな愚かしい発言は繰り返さないはずですよ。
 貴方の発言を読む限り、徹底的に斜に構えて誤解や予断や憶測や妄想や思い込みや感情に流されたまま適当な放言をし続けている姿しか見えません。

>われわれは選ばれた民でござい!いやしい人々の声はかまわずに修行する。
>ふざけんじゃないよ。

 それ、A派じゃん。
 A派と私とを混同しちゃっているよ、この人。
 過去ログを全然読んでいないんだね。

>自分たちがお互いに同じ人間であるということを認めたうえでだ。
>できればそこでおたがいを愛し合う、実存として人を愛することが大事なんだよ。
>そのためには信仰であろうが権威であろうが捨ててもいい。それが解脱じゃないのか。
>おお、これで今日は二個目になってしまったW

 その通り。多少言葉は違いますが、それがオウムの教えです。
 でもどこかの団体のように口先だけで「愛」を説いて実際には心で貪・瞋・痴の三連奏では仕方がありませんよ。


ついでに黒龍さんの陰謀論への話題に横レスしておきます。

>いくらUFOが好きだといっても、すこし調べれば、ああ本当じゃないんだってことも簡単にわかっちゃう。
>たとえば僕らが子供のころは宇宙人(アダムスキー UFOに乗っってるのね)は金星人だったわけですよ。
>ところが、この惑星への探査やアマチュア天文家たちの観測手段があっぷして惑星学のリテラシーがあがってくると、金星に宇宙人などすめるわけがないと分かってくる。
>すると、UFO派の人たちは今度はもっと遠くの宇宙からきていると豹変される。
>それまでは宇宙人と会話して宇宙人当事者に聞いたのだから間違いないといってたにもかかわらず。
>また、ここで陰謀説もふりまく、政府が隠すために偽の情報を流しているんだとね。
>キャトルミュートレーションという現象をご存知の方もおおいとおもいますが、この宇宙人が家畜から内臓を摘出しているというお話は、多くの昆虫学者や一般人の観測により虫が内臓を食い荒らしているという現象だということは確認されています。

 程度の低いUFO信者への反論はそれで良いんですけどね。
 でもあのー、もしかして「UFO=宇宙人の乗り物」だと誤解していませんか?

>ところが、宇宙人支持派の人たちはそれを認めない。
>金星人の話とおなじようにリテラシーが低い場合には自説を展開してつけこんでくる。
>つけこんでくるっていうと悪いかなW 
>論拠のなさをカーペットの下にはきこんで、反論が生じない方向に話を転じようとする。
>信じたいものを客観的に検証することをしないといってもいいと思う。
>検証をせずに自説を展開して、時としてそれを真理だといったりする。
>論証のためのスキルが非常に低いといわざるを得ない。
>本来ならば成長するとともに持つだろうリテラシーや批判という観点を損なったばあいに本来ならばエンタメでいいものが害をなす場合もある。
>それが、カルトだったりするのだろうとおもう。

 うん、それがUFO信者の悪い所ですね。
 でもそういうUFO信者の論法って、貴方自身がオウム問題について論じる時とほとんどソックリなんですけど?
 つまり貴方のオウム論には
「論拠のなさをカーペットの下にはきこんで、感情論で畳みかけて反論が生じない方向に話を転じようとする。」
「自分の論拠をを客観的に検証することをしない」
「何一つ検証をせずに自説を展開して、時としてそれを真理だといったりする。」
「論証のためのスキルが非常に低いといわざるを得ない。」
「本来ならば成長するとともに持つだろうリテラシーや批判的・客観的な観点を損なっている」
という特徴が有りますので。

>個人的には輪廻は存在すると僕自身は信じているけれど、それは人知のおよばぬところに存在するものだとおもっている。
>そういった人知がおよばぬところの人間本性にかかわる霊性の部分を自分たちの都合によって勝手に解釈するのは大きな間違いだとも考えている。

 もし修行して宿命通を得れば、実体験として理解出来ると思いますが。
 もしそれを為さない・為せないならば、そりゃ永遠に「人知の及ばぬ所に存在する」と言い続けねばならないでしょうな。

>来世にいいことがある今生は仮の姿であるとするならば、生まれ変わった来世が今生になったときには、それもまた仮の姿であるということになってしまう。
>つまり永遠と仮の姿であり、来世に約束された幸福などどこにもこないということになってしまう。
>この部分はニーチェが苦しみぬいた無限の時間に再現される有限の個の苦しみというジレンマなんだろうと思う。

 だから「全ては幻影であり、輪廻転生を続ける事は苦しみである」と説かれているのですが。

>まぁニーチェはおいとくとして、輪廻の思想や実存について仏教(特に密教)が説明的になり人知の枠に押し込めようとしたのはチベット密教が王朝のかたがわりをして政治をつかさどらなければなかったためであるといわれている。王朝はその権威を世襲しながら政治の一連性をまもるのだけれども、その世襲制に代わるものとして子供を持てぬ仏教指導者たちは転生者という形式を採用した。
>つまり政治的な選択としての転生者であったわけであり、血族的なつながりを霊的なものにかえたものである。

 えーと、輪廻転生の思想を人知として捉えようとしたのは古代からインド一帯で受け継がれて来たヨーガや仏教の伝統であり、必ずしもチベット仏教のオリジナルでは御座いませんが?

>あるいみ政治判断機構として無欲であり、我欲のすくないものを中核にそなえるのは非常に効率的な手段でああり、民主主義という比較的公平な為政がリテラシーの結果でしかもたらされないということを考慮し且つ当時の環境を考えると、それは叡智の集結したものだといってもいいだろう。

 そういう一面も御座いますが、少し考えすぎでしょう。
 真実は、輪廻を越えた徳の高い成就者がその徳に従って政治的権力の座に就き、政治を行っているだけだと思います。

>つまり、禁欲をもって多くの人のことを考えるということが転生思考には必ず付帯されなければならないということなんだけど、松本さんの場合にはこれが大きく違った。
>禁欲とは程遠い生活を送り、それを肯定し続けるために理念を自分の都合にそって操作し続けた。

 えーと、その「禁欲をもって多くの人のことを考えるということが転生思考には必ず付帯されなければならない」というのは、貴方の根拠無き思い込みによる誤謬見解ですね。
 確かに禁欲や救済願望などは輪廻を越える際の修行法としては役立ちますが、必ずしも輪廻思考そのものに付帯する訳では有りません。
 真実の輪廻思想は、欲=煩悩が有る限りそれに従って転生をし続けるが、もし完全に煩悩を滅してしまったらそれ以上は輪廻転生しなくなるという、ただそれだけです。
 だから出来るだけ多くの衆生を済度しようとする菩薩は、意図的に「救済願望」などの煩悩を残して転生をし続ける訳です。
 (チベットのダライ・ラマも、この人間界に転生をし続けているというので、意図的に煩悩を残している筈です。)

 修行により煩悩を滅した証拠は、数々のサマディに入れるかどうかで、客観的に証明可能です。
 教祖が修行で煩悩を滅したにもかかわらず救済のために意図的に煩悩を残していたかどうかは、実際にサマディに入れるステージにあったかどうかで決まるのです。
 ですからその点を検証せずに単に外側だけを見て論じても、全く意味のない事なのです。

>また、不都合があれば陰謀というものに責任転嫁した。 
>それにまんまとのってしまった人々がいた。それは師制度などの徹底した権力機構から信徒たちに伝播させた。
>おおむね師と呼ばれる人たちも洗脳を受けた人々であり、被害者であるのだけれども、しかし、実際には松本さんから与えられるステージの権威にしがみつきたいという思いもあったと思うし、それは各位が誤誘導をしてしまったという自覚があるならば、それはそれでいいのだと思うけれども。そうではない。
>この権力の走狗から抜け出せない人間はいまだに陰謀説や無思考による思考停止を信徒たちに共用している。

 実際には、修行者は陰謀論やらの外側の物には一切とらわれるなという教えでしたけど?
 貴方は教団の中における陰謀論の位置付けについて、何か大きな勘違いをしてしまっているみたいですね。
 それはおそらく、貴方のお友達には予言や陰謀論にとらわれていた出来の悪いサマナしか居ないからかも知れませんが。

>おそらく、50から100までに削られる出家者体制にのこり、そこでも権力を発揮したいという保身を優先しているのだろうとおもうし、現状においては彼らが洗脳下にあるとはおもえない。
>もし、彼ら師が洗脳下にあるのならば自らの主張を責任をもって主張するだろう。

 洗脳下にある人が「自らの主張を責任持って主張する」事なぞ有り得ないと思いますが?

>けれど、彼らは責任をもって自らの主張をおこなうことはない、それどころか自分たちの面が割れたら訴えてやるというような意味合いの言葉を吐くものもいるようである。

 これについて、詳細というか具体例をお教え頂ければ有難いのですが。

>辟易とするようなやり方だけど、これは彼らが自身の主張に正統性がないのを充分に承知しているということに他ならず、その上で自分たちに与えられたヒエラルキー上の上位性を守りたいということに他ならないのではないか。
>階級をしくのはけっこうである、それが他者に迷惑をかけないのならば子供のゴッコとおなじく勝手にやって結構である。
>だが切り捨てられる人たちはどうなるのだろうか。
>また切り捨てられる人を見捨てる際にどのような口上を切り捨てられる人たちにするのだろうか、
>おそらく陰謀説をふりまき、みずからの責任をそこに転嫁しようとするのだろうけれど、責任の所在は明確であり、それを自己保身のために覆い隠す使うためのものとなるだろう。

 A派の師がサマナを切り捨てる際に、陰謀論を持ち出したという話は今迄一度も聞いた事がないんですけど。
 やはり貴方は常に根拠無き憶測や妄想で物を語っているようにしか思えません。


 以上の私の指摘、どうかお気を悪くなさりませぬよう。
 別に貴方の悪口を言っているつもりはないのですが、貴方のコメントを率直に評するとどうしてもこの様にしかなりませんでした。
 なお、上記の根本的な問題が直らない限り貴方と論争しても全く時間の無駄ですので、もし今のまま反論されてもほとんど回答する気は御座いません。
 どうか素直にこれらの批判を受け入れて早く御自身の誤謬に気付かれますよう、お願い申し上げます。

これが修行の成果です。
これがオウムの聖者です。

> 別に貴方の悪口を言っているつもりはないのですが、貴方のコメントを率直に評するとどうしてもこの様にしかなりませんでした。

さんちゃんさんちゃん、別に評する必要ないんだよ
評するだけがやりとりの仕方じゃないんだから。
自分が相手から勉強するという姿勢を忘れてません?
サンちゃんはゴルゴさんの投稿から何も得られなかったの?
たとえ相手が間違っていたとしても、相手の良いところを見いだそうとする姿勢を忘れてません?
他人から学ぶ姿勢が重要って説法でも言われてたじゃんか。

少しでも勉強になるところがあったら
「いや~勉強になりました」って言うべきだと思うし、それをやらずに意見が違うところだけを追求して、相手に一方的に自分の意見に従うように要求すれば、まともなやりとりすらできなくなっていくのを感じてません?

この投稿の長さも含めて、異常に見えます。

どうか素直にこれらの批判を受け入れて早く御自身の誤謬に気付かれますよう、お願い申し上げます。と、サンちゃんの言葉で締めくくっときます。

篠沢さんね

おっようやく、出てきたね。サンディタさんが。。。。
どうしているのか心配していたんだけどね。
この人って聖人なんだ
基本的に僕はサンディタさんの文章は読んでいないし、ログも読んでいないよ。最近になって、そういう人がいるのって知ったくらい。それも普段無口な人間ってことくらいしかしらないし。自分が安全な場所にいるときに尊大になる人間だって噂は聞いてるけどね。基本的にはそういう人がいたのねって感じなんだよね。わたしゃオウマーじゃないし、どういう面子がいるのかって言うのは付き合いの中でしか知らないんだよね。
セイゴ師とセイタイ師どっちが上位なのかもわかんないくらいだしね。

で、今回は篠沢さんにこの方が犯罪者崇拝の世界において聖者に列せられるべき
方であるという助言をいただいた。

まぁ世間には、視界のゆがみからいろんな聖者というものがいるのだなということを学ばせていただきました。

ところで、その聖者様は
ほー、ほー。ありがたやありがたや

五体倒地でもしてほしいのかな、それともありがたい説法をしたいのかな。
本当に求めたいのは、尊敬なんだろうね。
ところが白龍さんみたいな紳士にほうりだされるような聖者さんなんだよね。

ちょっと脱線するけどねぼんちさんも聖者なんだよね。
まっ、そっちのほうがかわいいな、先日、クラッシク評論家からぼんちさんのことを偶然聞いたんだけど、ぼんちさんは世間様に認められるような才能があるようだね。まだ、若いからこれからてtことだろうけどね。つまらんオーマーやってずにそっちをしっかりやればいいのにって思うけど、まぁそれは好き好きだろう。

話は師様に戻すけど世間様的な風体から考えて道理がないということがわかんないんだろうね。それが犯罪者崇拝において自分の権威を肯定したい聖者の特徴かな

ああそれと予測的な部分まで妄想って言われたらこまるねぇ。そうなるだろうってことなんだろうけどね。それからね洗脳下にないっていってるのは「師」という世間では師とはみとめられない矮小権力のごみのことをいってるんだよね。



実際に陰謀論にとらわれないっていう教義なのjかな?サリンをまかれたとかいったってのはおたくたちじゃなかったのかな。一面で影響されないとしながら、まかれたという。ということはだ、まかれたという事実認識があるわけだね。しかし、そういう事実がないってことはそういう妄想が見えていたってことかな。フリーメーソンやら米国陰謀とやら妄想の坩堝の中で、この聖者さまはどういう真実をみていたのかな。その後にどういう正当化のためのパッチワークをその知性的で清らかなおつむで整理をつけているのかな。なんにせよ私は師であるという自負の元で発せられたものであるのは間違いないようだね。

ひっかかったのは28や僕を超エリートってよんだことにあるんだろう。
そりゃ大学の教職をしたり国費留学をした人間はそうよばれることもあるだろうけど
わたしたちゃそんなことどうでもいいの。

ところが自分はエリートって言いたい人間、そう訴求したい人間にとっては違う。
それが犯罪者崇拝であり世間様で犯罪者の弟子とよばれいても、そこでエリート、つまり師ってやばれたからにゃたった一個しかない自尊心がだまっちゃいない。
人に上位者として影響をおよぼしたいと考えている人間はそうもなるわな。

野田ちゃんは先生だとかいうけれどね、わたしゃただのおっちゃんであり、野田ちゃんの友達にしか過ぎないんだよね。


A派などの師は洗脳下にはないのだろうけど、この人は違うみたいだねW

うしなったものがあまりにも大きく、それでいて、社会から認められることがなかったのかな?それとも、ぼんちのように愛される可能性(これは失礼かな一部には大変評価されている)もないのかな。

だから松本死刑囚からいただいたホーリーネームという仏教的には非常に不遜なヒエラルキー上の名前を後生大事にかかえて、自分の自己存在を主張するためにリスクのもっとも低い場所を選ぶ。つまりマスターベーションだね。いつまでも師でいたいって感じがありあり。






ご忠告有り難う

#l.rsoaagさま
>さんちゃんさんちゃん、別に評する必要ないんだよ
>評するだけがやりとりの仕方じゃないんだから。

 ええと、彼の教化とは全く別の目的が有ってあえてこういう批判を投降させて頂きました。
 目的は彼の救済では無いという事です。

>自分が相手から勉強するという姿勢を忘れてません?
>サンちゃんはゴルゴさんの投稿から何も得られなかったの?
>たとえ相手が間違っていたとしても、相手の良いところを見いだそうとする姿勢を忘れてません?
>他人から学ぶ姿勢が重要って説法でも言われてたじゃんか。

 彼の考え方は分かりますが、正直得る物は少なかったです。
 
>少しでも勉強になるところがあったら
>「いや~勉強になりました」って言うべきだと思うし、それをやらずに意見が違うところだけを追求して、相手に一方的に自分の意見に従うように要求すれば、まともなやりとりすらできなくなっていくのを感じてません?

 当初からまともなやりとりが出来るとは考えていませんでしたので。
 
>この投稿の長さも含めて、異常に見えます。
>どうか素直にこれらの批判を受け入れて早く御自身の誤謬に気付かれますよう、お願い申し上げます。と、サンちゃんの言葉で締めくくっときます。

 ご忠告有り難う。
 そのご批判は喜んで受けさせて頂きます。 

おやおや師様

やっぱり教化なんだ。
おしえたいし、指導をしたいんだね。
救済してもらわんでも、わたしゃ充分に幸福なんだよな。
だいたい師様のいうところの救済ってなによ。
汗をかいて人のために働くわけでなし、師様が後生大事に犯罪者からいただいた名前を大事にするってことだろう、そういうい汚らわしいものはいらないね。

ここでは多少の注目もひくだろう、師様ってお名前のもとにね。オウマーや心とご一行には通じるだろうけれど、そんなものどこにも通用しない。

当初からって言うがね仕掛けたのは犯罪者からいただいた名前をお持ちになる師様からじゃなかったかね。その系統だたぬ自尊心が故の卑しさから発せられる言葉は自分で恥ずかしくないのかねぇ。

誤誘導したという自覚の元でVTという十字架を背負っている野田とは比べるべきもない人間だし、誤誘導をいかにごまかして且つ自分をいかに正しいものに見せるか、それに汲々として、時としてはA派ですら批判する(ちがうかな?読んでないからわかんないけどね)まだ、それならば、社会からの批判を受けるA派のほうが立派というもんだよ。自分のリスクは最小に見積もる。それでいて権威はすてられない。通常の人間から見ればホーリーネームなんていうものを背負っている人間なんてのはイナゴやバッタ以下のものなんだよ。

ああ、すまないイナゴやバッタに申し訳ない。W

だいたいにしてその穢れた名前を堂々と使っていること自身が恥ずかしくないかね。

誤誘導への反省もなく救済だの教化だのいう言葉を使う。幸福をもたざるものが幸福を実感し生活している人々に対してあたえるだってぇ。君の言葉はね人を奈落に落とす言葉であり自分自身の人間性をいやしめる言葉にほかならないんだよ。それを体現しているのがその薄汚れたホーリーネームなんだよ。

だいたいにして、こういう周縁部にある人間たちが、いわゆるオウム問題などを複雑怪奇にしているといわざるを得ない。これはオウマーも含むことなんだけれど、オウムが犯した犯罪はテロでもなんでもない、松本という憐憫すべき詐欺師が犯した事件であり、それを被害者ではあるが幇助したその信徒に咎がある。また、その信徒を松本の手足として率いた師をはじめとした似非信仰団体の指導層の人より上位に立ち人を救済したいだの教化したいだのという、ご上等欲望に起因する犯罪幇助への加担の度合いは大きい。

松本という人間は本当に憐憫すべき人間だったとおもう。彼の資料等に目をとおすと、子供のころから自分は人の上に立つべき人間だという、子供ならば誰でも持つ欲動を成長期に抑えれなかった、つまり人格形成の失敗。そこに輪をかけるように受験の失敗や空手修行の失敗など具体性を持つ成功の手段が閉じられてしまった。それを怪奇趣味へと転じた。ひたむきに勉強することもできなかった、ひたむきに修行することも出来なかった。でも、ここならば出来るかもしれない。そうして生まれたのがオウムだったんじゃないだろうか。

PSIというシナプス理論の常識を覆す霊感商法布団がごときものの修行を師様はお受けになったせいかどうかはしらないけどね。

犯罪性という点以外は、松本のクローンとしてそのコンプレックスや責任転嫁、自分はご上等って意識はしっかりとつたわっているよ。もちろん、松本さんはその罪を仏罰として、その身に受けているけれどね。

やったぁ

殺意だね。正直でよろしいです。きていただければ片手でねじってあげましょうW
おそらく世間の風当たりよりも僕の言葉は柔らかだと思う。W
再現性があり、おそらくそれ以上の言葉を浴びせられるだろうし、もっと過酷な無視も受けるだろう。
つまりそれにたいしては社会憎悪がしっかりとその心にあり殺意すらいとわないってことだね。
なるほど、これが滝本さんが言う、子供の犯罪ってことだね。
殺意を明確にお持ちになられたんだからこっちにきなさいな。
楽しみにしているよ。
そんな事件があったら報道はどう報道するだろうね。
オウム信者議論の末に暴行未遂、被害者に取り押さえられるかなW

君たちに見えていないのは社会なんだよ。社会が正しいとは言わない。しかし、犯罪をおかしそれを幇助したものが犯罪者を賛美し自己正当化するのは許されないんだよ。

繰り返し言おう!
まつもとは憐憫すべき犯罪者であり、ホーリーネームも穢れたものである。

ネットと言わずにどうぞその殺意表明という刑事犯罪を明確にしてくださいな。

GWセミナ~

>サンディタさんさっきはごめん
>オレもこいつに殺意わいたわ

↑A派かな?


ところで、恒例のGWセミナ~はいつからやるんでしょうかね。>VT正悟師

まさか、そういう情報までA派は連絡してこないとか?

VT氏へ

悪いことは言わない、ゴルゴ45とは縁を切ったほうがいいです。
そのうち、VT氏も悪の道に引き込まれることになりますよ。

エネルギー感覚

私がゴルゴさんのコメントから得るものがあるとしたら、
それは、世間一般的な人の持つオウムに対する嫌悪感の再認識、
世間一般的な人の思考回路の再認識というところでしょうか。

私がゴルゴさんと直接会って、
議論したとしても、
おそらく噛み合わないでしょう。

その理由の一つは、
エネルギー感覚であると思います。

ゴルゴさんは原則として、
エネルギー交換を認めないし、
エネルギー感知能力がないように思います。

例えば、陣痛中の奥さんの感覚が、
ゴルゴさん自身に伝わってきたにもかかわらず、
トランスパーソナルとか、神の力とか言って、
そこを厳密に分析することを避けています。

エネルギー感知能力がない場合、
尊師が何故に、尊師であるか、
それを理解してもらうのは非常に難しい。

しかし、絶対に不可能とは言い切れない。

サンディタさんの言いたいことはよく理解できます。
でも、もう少し、ポイントを絞った方がいいと思います。

l.rsoaag さんへ

サンディタさんや、l.rsoaag さんの気持ちはよく分ります。

ただ理解することができないゴルゴさんを嫌悪するのではなく、
理解できないゴルゴさんに対して、
むしろ、哀れみを持つことが必要なのではないでしょうか。

了解

まあ、現実の事象に慈愛を持つのは難しい、共に頑張ろう。

>ところで、恒例のGWセミナ~はいつからやるんでしょうかね。

えーと、サマナが2~6です。信徒は3から6じゃないかな。
そんなのいちいち教えてくれないですよ。

白黒つけるつもり?

ゴルゴ師:
>検証をせずに自説を展開して、時としてそれを真理だといったりする。論証のためのスキルが非常に低いといわざるを得ない。本来ならば成長するとともに持つだろうリテラシーや批判という観点を損なったばあいに本来ならばエンタメでいいものが害をなす場合もある。

七氏氏:
>ただ理解することができないゴルゴさんを嫌悪するのではなく、
理解できないゴルゴさんに対して、
むしろ、哀れみを持つことが必要なのではないでしょうか。


いやはや、片方にとっての絶対善はもう片方の絶対悪なわけだ。
こんな2極対立はいつの時代から始まったんだろう?昔は科学も宗教も哲学もそんなにカテゴリ分けがはっきりしてなかったからね。紀元後のキリスト教社会の中で分離が目立ち始めた。

科学にとって、定量化できない摩訶不思議は滅ぼすべき存在だ。
宗教にとって科学的割り切りは現実世界への縛りであって開放されるべき束縛となる。

思考と思考停止はどちらも必要なこと。担当するパートが違うだけ。
思考が大切なのは現代の人は誰でも理解できるけど、思考の停止が何の役に立つのかは、なかなか理解されない。ネガティブな意味で使われることも多いのでなおさら。

科学は常に不思議と対峙して戦いをいどみ、古い科学常識をかなぐり捨ててきたから、古色蒼然とした伝統宗教のような権威に堕してしまうことを回避してきた。
宗教は、人が踏み込めない所にある神秘的パワーを自分たちの都合のいいように利用しようとしてコントロールを失う危険を、自身の分別の力を深め、聖域を主体的に自ら探求することでコントロールする作用がはたらく。

本来は補完関係なわけだ。

オセロのどっちが表か裏か、立場の違いがもとで言い争いになるような不毛なことにならなければいいけど。決着はつかないよ。

あー制限こえちゃった。なかなか次のブログエントリー来ませんね。失礼しました。

哀れみは僕はもっているけどねW

まずいっとくけどね。あたしゃまったく興奮もなにもしていないんだよ。
それはその後に電話で話した恩田ちゃんとかに聞けば分かると思う。

野田ちゃんや恩田ちゃんと僕とは背景になる思想信条は全然違うんだよ。
それでも話をするんだよなぁ。「泊まりにくるならばおいでよ」、「はい」ってな感じなんだよね。このカルト嫌いの僕がだよ。

まぁ野田や恩田とくらべうるべきもない、自宅を修行洞穴にみたてた引きこもりにしかすぎない連中なんだけどね。一般社会のひきこもりは人の不幸を願わない。けれども、このカルト引きこもりというかお宅といえばいいのだろうか、この種の連中は自分の不幸は普遍的に人々に存在していると考える。

自分たちがもてない、あるいは奪われた普通の幸福。それを認められないということだ。だからキャンディーさんにもあれほどの矛をむけるのだろう。

普通に幸福でいたかった。それを取り上げた連中はその罰をうけろ。

彼女のこうしたあたりまえの訴求に対して、袋叩きでもいとわない。

被害者の声は押し殺す。そして、自分たちは正当化する。
巨大な霊感詐欺事件において被害者は過酷な道をあるいている。できうれば詐欺師の手足になった師といわれる人間どもに対してこうした被害者は法的に告発を本来ならばおこなうべきなのだろうけれど、そうした道すらオウム信者であったということでさまたげられている。そして、時として霊感商法でうりつけられた布団がごときものを抱きしめながら、これってすごいんだよって言い張る。被害者の状況が訴えられないという事を盾にしている連中だ。

願わくばオウム関連の法曹関係者はいまだに反省をつくりださない連中に対し個別で師に対して損害賠償訴訟を起こすべきだと思う。彼らは反省をもたずいまだに犯罪者礼賛をくりかえす。
自分たちが作り出した実存の不幸というものを直視せず、そこに責任もみとめないどころか、霊性やその他の屁理屈を駆使してなんとか逃れようとする。

自分たちが作り出した不幸であるにもかかわらずだ。痛み、苦しみ、悲しみ、そういった実存する苦痛は苦痛ではないという。そのわりには自分たちが非難されたら殺意でも感じる。
このような現況において実存として苦しみを受け続けなければならない元オウム信者のなかで
いまだに社会復帰を心身ともにおこなえていない人々は法的に被害者とならなければ、いつまでたってももだえ苦しむ。

実存としての人間の存在を軽視する人間に対しては対置する手段として実存として民事的な被害応報というものをしなければならないのではないか。彼らは実存としての自分というものの順位も低い、ならば、その実存としての罪もしっかりとうけとめ、決して教団のせいなどとはいわないだろうW

手を直接下したのは師である。実行者として民事責任をとわれてしかるべきではないか。




本題に即して

えーっと、一生懸命やっているようなので、指摘ね

>1,富の集中による貧困層の増大・格差の増大
>2,商業主義が他の全ての価値観・倫理観をぶち壊す
>3,個人の物質的快楽の追求が、家族や地域社会などの人間の絆をバラバラにするという精神的貧困
>4,人類の生存を脅かすほどの地球環境破壊

って話だけど、1は事実ですねえ
でも2と3はどうかな?1の増大に伴って、2と3が逆説的肯定に導かれるように思えるんだけど。4はわかんね。男は環境破壊しながら生きてると思う。クーラー大好きだし。

>「紙幣」も本来紙切れである。気づいたら「紙切れ同然」というリスクも、どうか念頭に。

唯物的には紙で、唯心的には信頼だね

しかし、、、

>貨殖興利に「世の人々を救うこと、お互いの信頼関係に基づく協力」という大乗仏教的な意味合いを加える事自体には賛同致しますが
>今更取り留めのない経済談義が大乗の空論だとか言い出してもお笑い種ですよ。

これは大きく矛盾しとる

>最終的には帰納的な方法で実証されない限りそれは真理とは呼べないとは思いますがね。
 

これはそのとおり!模範解答!抽象論には必ず現象学が必要です。

ちなみにニーチェは「真理とは、それが錯覚であることを忘却されてしまった錯覚のことである」という。楽しいよねニーチェ

松本死刑囚だけど・・・

僕はちょっと見てる視点がちがって、司法に大きな問題があると思うんだよね
松本死刑囚にしても、山口光市事件にしても

弁護士が何の代弁もしてなくて、イデオロギーありきで詭弁を振り回して
メディアは弁護すらさせないように煽って
反省すら許されない松本や、自らを語ることすらできないほどに未熟な人間のまま据え置かれる加害者

今の司法には、対話が完全に欠如していて、一方的な裁きしかないんだよね
しかも力をつかった裁き方。どっかの教授のブログ丸こげにしたような、物理的な力をつかう一方的な裁き。それが正義になってしまってる

正義はもはや応報という消極的徳性でしかなくて、弁護や反省、そして和解という相互の積極的な徳性の不在
これはニーチェでなくともやべーと思いますよ 今の社会やべー!って

教義や裁きや正義はいったんおいて、純粋に個としてかれの生い立ちを知ると、なんか悲しくなるよ。すごく可哀相な育ち方をしてる。目が悪く生まれただけで、それって誰のせいでもないのに、年端もいかない、まだ分別もつかない時分に施設に入れられてる。
不安でさびしくて甘えたいのに誰も愛をくれない。だから全盲の仲間たちを支配して、寂しさを紛らわせてた。大人になって嫁さんもらったけど、癒されなかった。

そこから先、弟子が沸いてきて、自尊心が肥大したままの彼は悪夢を現実にしてしまうんだけど、、、

なぜ誰も同情してやらない、哀れに思う心すら社会に与えようとしない。そういった権力構造にも重大な責任があると思う

7氏

の神秘体験とは、エネルギー感知能力以外に、どんなものがありますか?

口封じ

松本死刑囚は口封じの為に薬物を投与されて頭がおかしくなったということが一部で言われているようです。事実は不明ですが、その話を聞いてそういうカルマを持っていても不思議はないなという印象を持ちました。その点、VTさんのご意見を聞きたいです。

そういうカルマ確かにありそうですが、個人的には自発的だと思います。

二拍子さんへ

一つのトピックにつき、コメント3個まで、ではなくて、
一日につき、コメント3個まで、ですよ。

#-さんへ

神秘体験は幻影だと思っているので、
そのことについては、書くことを控えます。

神通的な体験も、
再現性がないので、書くことを控えます。

#-さんへ

ハンドル(ネーム)を付けて下さい。

まあ、御覧の通りですね。
思い付きで口を滑らしているだけで、誰に何を言っているかすら分からない。
しばらくは話にならない放言が続くとは思っていましたけど。
彼との親密な関係を表明してしまったVT正悟師が少し気の毒だとは思います。
ま、それはともかく。

l.rsoaag さま
 コメント消したみたいですが、もし嫌悪が湧いたなら一旦心を静めて、少し距離をおいて彼のコメントを御覧下さい。
 そうすれば自然と哀れみが湧きますから。
 そして彼の心の状態が把握できるようになったら、自然と慈愛も持てると思います。

# | 200804-27 15:44:57 |さま
>悪いことは言わない、ゴルゴ45とは縁を切ったほうがいいです。
>そのうち、VT氏も悪の道に引き込まれることになりますよ。

 彼を簡単に悪と断定すべきでは有りません。
 彼と同じように、色の付いたメガネで物を見る事はお勧め出来ません。
 実際の所は、単に彼がまだ未熟な人物であるというだけです。

七氏さま
> 私がゴルゴさんのコメントから得るものがあるとしたら、
>それは、世間一般的な人の持つオウムに対する嫌悪感の再認識、
>世間一般的な人の思考回路の再認識というところでしょうか。

 彼の言いたい事は分かりますが、所詮根拠は今迄散々既出の一般的な感情論・常識論以上の何物でも無いし、ほとんどが私と教団を混同した稚拙な批判ばかりなので、正直私には得る物は少なかったです。(上でも同じ事を書きましたけど)
 ちなみに被害者でない世間一般の人がオウムに対して嫌悪感を持つ場合、そのほとんどの原因は真実を知らぬまま決め付けを行っている例が多かったです。
 でも逆に私の周囲では、思い込みだけで一方的にオウムを非難する人はほとんど居ませんでした。
 私の職場では皆な一様に、「確かにマス・メディアでは色々言われていたけれども、実際に自分の目で間近で確かめてみなければ本当の所は分からない」というスタンスでした。
 これはおそらく、仕事に於いて常に「現地現物」、つまりどんな事でも自分の目で直接確かめてから行動すべしという習慣が身に付いているからだと思います。
 ただし約一名、自分の思い込みだけで私を非難する人が居ましたけれども、その人は仕事でも同じように自分が知りもしない作業を自己流の解釈で適当に行っては威張り腐っていたので、会社ではほぼ全員から嫌われた挙げ句、仕事でも会社に大損害を出しました。
 ゴルゴ45さんを見ていて、その人の事を思い出した次第です。

>でも、もう少し、ポイントを絞った方がいいと思います。

 彼の取り留めのないコメントに沿って適当にレスを付けていただけでしたので、ポイントが絞れず散漫になってしまうのは避けられませんでした。

>ただ理解することができないゴルゴさんを嫌悪するのではなく、
>理解できないゴルゴさんに対して、
>むしろ、哀れみを持つことが必要なのではないでしょうか。

 嫌悪というか、こういう人は話が出来るようになるまではマトモに相手にしない方が良い事は経験上理解しておりますので。
 もし彼とマトモに話し合うつもりなら、もう少し時間を掛けて様子を見た方が良いと思います。

サンちゃんまたやりすぎ。
前回と同じ様なことしてるから今度は弁護できない。
何事もバランスがあって、相手が10殴ってきたら、こっちも10までは
殴れるけど、100殴っちゃいけない。
私たちの立場は、相手を見て、理解してくれそうな人のときにたまーに
反論することのできるくらいの正当性しかない。これはゴルゴさんの言うとおり。
私たちはもう社会に対して何百発も打撃を加えている。
本当は相手の痛みを感じなければならないのは私たちのほう。

ちょっとやりすぎ。できるなら非難の部分を削除して。

ほんとは殴られても殴っちゃいけない。私はVTセイゴシたちが
もう人を殴らなくなってほしかったので、わざと反論した。
もう同じことを言う必要はないと思う。

「自己の内側の、嫌悪という敵が調御できないなら、敵が増えるだけ」
外側の世界に論破すべき敵がいるわけじゃない。
自分の内側に、愛すべき心の透明さ、やわらかさがあれば敵も消えていくはず。

さんちゃんやりすぎ。

別にいいんじゃないっすか?
ここに出入りしてる人ならサンディタ師がそういう人だってわかってるだろうし。
読む人がサンディタ師の文を読んで判断すればいいだけのことです。
世間様って結構寛大だと思いますよ、意外と。
教団なんかよりずっと。
ただ問題なのは、未だグルへの帰依を持ち続けているであろうサンディタ師が、その言動によってグル自身の評価を一層貶めてることに気づいていないことでしょう。
原理派の皆さんにとってはいい迷惑じゃないでしょうかね。

松本死刑囚の影響

分裂後も松本死刑囚の影響=オウム真理教-公安、警察が報告

4月30日9時31分配信 時事通信


 公安調査庁と警察庁は30日午前の閣議で、オウム真理教(現アーレフ)の昨年の活動状況を報告した。オウムは昨年3月、主流派と上祐史浩前代表率いる上祐派に分裂したが、いずれの派にも松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚の影響が見られるとしている。
 報告は、オウム対策として制定された団体規制法に基づき毎年1回行われている。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080430-00000039-jij-soci

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