元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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 善を求めれば悪も派生する、楽を求めれば苦も派生する。そのような相対の思考の中に生きている人間は、色んな形で心のバランスを保とうとする。そのバランス機能の一つに、投影というものがある。投影とは、自分の中の不都合な感情・見たくない感情について、他人の性質であるかのように感じることである。それによって、自分の自己正当化したり、アイデンティティーを確立したり、自己矛盾への直面を避けたりするのだ。

 具体例を見ていこう。例えば週刊誌ネタで、スキャンダラスな記事がよくある。汚職事件で賄賂をもらっている、あるいは政治家が金をもらっている、等々。それは、「あ~、なんてこいつらは金に汚いんだ。ひどい奴らだ。」と共感を呼ぶ内容である。しかしそれは、読者も同じようにお金が欲しいから、「ひどいヤツだ」と思うわけである。「私もお金が欲しいのに、この人達はこんなやり方でお金儲けをしている。ずるい!!」というワケだ。

 言い方を変えれば、みんなお金が欲しいと思っている。でも、一方で「お金は欲しいけど、お金の為になんでもする、そんな汚い真似はいけない」と理性で自制しているだけなのだ。「お金に汚くなってはいけない」と思いつつも、「これくらいだったらいいだろう」という各自の基準を超えないようにしている。例えば、税金を節税する為に、経費で落とす。飲み会の支払いは、できたらおごってもらいたい、せめて割り勘、いや均等割より少し減らないかな…とか。現実の問題に直面すれば、絶えずお金に汚くならないように自制せざるを得ない。

 自分は自制しているから、怒りが出る。「私はこのようにお金に意地汚くならないように我慢している、しかしこの政治家達はなんなんだ。お金の為に魂を売り渡しているじゃないか」と。極めてえげつなく言うと、「私もやりたいのを我慢しているのに、お前ら好き放題やってずるいじゃないか」となる。結局、これは程度問題なのだ。

 一般的には、人間は自分の中に悪が存在していることは認めたがらない。自分は常に善の側、正義の側にいたいと思っている。だから週刊誌を見て、「私はこんなひどいことはやってないのに、こいつらはこんなに酷いことをやっている」と正義の側に立って、一緒に批判する。しかし自分の中にもお金に対するえげつない気持ちがあるのだ。

 人間の心は、二元的である。絶えず相反する思考や感情の間で揺れ動いている。本来真っ平らだった水面を、波立たせて高くするが故に低いところも同時発生するからだ(陰陽6参照)。自分が理想とする状態と、理想に合わない悪の部分はどうしても切り離せない。だから本来、他人の欠点を取り上げて、「あいつはひどいやつだ」という時は、自分自身も同じ要素があると認識すべきである。だが自分の欠点を棚に上げて、他を批判した方が痛快だし、それでプライドを満たしてしまいがちだ。


 教団の話で具体例を挙げてみる。A派M派の派閥闘争の際、次のようなA派サマナの発言を、よく耳にした。

「今回の派閥争いで、自分の中の帰依がより深まりました。」

それは簡単なことである。単にグルを批判しているM派を批判し排斥すれば、オウムの中で相対的に「帰依がある」部類にランクアップする。

 A派サマナの中にも「グルへの批判や疑念」は存在する。なぜなら信や帰依と疑念は、切っても切り離せない裏表の関係だからだ。帰依しようとすればするほど、疑念も絶えず影のようにつきまとう。「事件の意味合いって何だったんだろうか?」「予言って何だったんだろうか?」と。

 上祐の話は、その自己の内側の疑念をより喚起させるものだ。彼の話を聞くと、自分も疑念が増大し揺れが出てくる。よって、彼の話をシャットアウトし、否定・批判・排斥することにで、信と帰依を保とうとする。具体的には、上祐とそれを支持するM派信者に、批判と排斥を加えるわけ。「帰依をなくした」M派を排斥し見下すことによって、自分は「帰依がある」側におさまる。それによって自己の中の疑念はフェードアウトしたかのように見える。しかし、実際には、上祐らM派に疑念を投影しただけである。

 勿論、帰依を至上の価値観とするA派からすれば、「上祐の魔の誘惑に打ち勝った」ということになる。それはとりもなおさず、自己の内側の疑念に耳を傾けなかったことだから、帰依といえば帰依だろう。それは、異端分子への批判と排斥によって、帰依を深めていたわけである。

(つづく)

コメント


帰依と疑念

帰依と疑念の間を揺れ動くより、
自己のステージを上げて、
自己の分析能力を高める方が大切ではないだろうか?

私が尊師を批判するとしたら、
尊師と同じぐらいの教団を組織するぐらいの、
(その教団を崩壊させることができるぐらいの)
現象を動かす力を持つようになってからでもいいし、
マイトレーヤ正大師(上祐さん)を批判できるとしたら、
光の輪と同じぐらいの宗教団体を主宰できるようになってからでも、
いいのではないかと思っている。
現象化という力では、
明らかに尊師やマイトレーヤ正大師は、
(少なくとも現時点においては)
私よりステージが高いので、
私のつたない分析力で分析して、
判断するより、まず修行に専念したい。

私が他を批判的に見るとき、
必ず自分にもその要素はある。
私はオウム関係者で、
宗教評論家のように、
あれやこれや評論している人に対して、
批判的な気持ちを持つ。
「宗教評論家であるより修行者になれ!」
と私は主張したいが、
自分にも同じ要素がある。

もっと下世話な煩悩に対しても同じだが、
自己の煩悩を自慢しても仕方がないので、
具体例は控える。

自己にも同じ要素があると考えるとき、
少なくとも、その人に対する嫌悪感は減少し、
少なくも、その人を理解できるようになる。

問題は

何処の修行者になるか、である。
疑念をシャットアウトし、死ぬまで修行しても、それはそれで
一つの宗教的生き方ではないだろうか。

犯罪者を尊師と呼ぶ

どうして松本死刑囚と同じ立場にならないといけないの W
宗教詐欺をハルマゲドンでごまかそうとした矮小な犯罪者と同じになるの W
一般常識で方の付く話でしょうが、

生活が残っても社会からは受け入れられないA派、路上でサドゥーでもされるのがよろしいんじゃないかな。もちろんサドゥーのように尊敬はされない。犯罪者の裾によりすがる自滅者にしかすぎない。ホームレスの人々にも受け入れられることはないだろう。

どんな視点をもってしても

A派というのは個人崇拝を中心とした集団であり、その信仰の対象は松本氏である。
この犯罪者を擁護するだけならばまだしも、崇拝の対象にしている集団は松本氏の犯罪を模倣あるいはあこがれかねない集団であるとみるのが妥当であり、それは社会的に政治権力以外のところで大衆の良識のもとで嫌悪されるべきものでしょう。
多くの人が忌み嫌う存在であり、自己憐憫的な弁護をどのような形で繰り返そうと、世間は受け入れない。

哀れでか弱くみにくい毒毛虫のような存在。
それがA派だよ

ゴミ箱をあされ

ゴミ箱をあさりゴミ箱にへばりついたたべれそうなものをあさり、どぶに落ちているパンくずをさじですくって食えばいい。それが松本死刑囚を信じ続ける人間の修行だろう。だけれども決して自らが浄化されるなどと考えてはいけない。ひもじい腹を抱ええて死ぬとき、仏の手はそこに届かぬ。苦しめた人々の手の数だけの手がつめをたてて地獄にひきこみ永遠とその身を煉獄に松本死刑囚と同じようにつなぐだろう。


彼らに合唱してほしいですね

ひかりの輪 テーマソング

http://www.youtube.com/watch?v=Ukw8HMaJCIA

A派 テーマソング

http://www.youtube.com/watch?v=ztRQKcMVEZc&feature=related

何か

個人的怨念のこもったコメントが多いね。
被害者関係者でもないなら、やはり
エージェント・スミスかな。スミスの分身は
無数だからな。

そそ

エージェントなのよねぇ。だからゴルゴなのよねぇ
幼稚な松本死刑囚の言葉に踊らされてきた、あのときのまま
そうやって自己愛むきだしで誰かのせいにしてわらわれていればいいんだよ。

別に怨恨はないよ。ただの市民嫌悪という感情。
なんどもいってるじゃないの毒毛虫や蛾を見るような心境って 爆笑

あっちもエージェント
こっちもエージェント
にげろや
にげろ
社会はエージェントでいっぱい

これっって貧困妄想の親戚みたいな妄想だね。
モンスターはクローゼットにもベッドにもいるって幼児性の恐怖の裏がえしみたいなものだね。

自分の命にすがるために狂人を演じているうちに本当に狂人になってしまった
どこかのだれかは、あーたの神でござい

犯罪者を拝んできらわれませう
もっときらわれませう

ひからびたウンコみたいなもの

おやおや、どこかのウンコは自分はきれいだとおしゃべりになられる。
どこの詐欺師が路上でウンコたれしたのかしらないけれど
ずいぶんと月日はたっているじゃないか。
みるとお日様にあたって、表面がひび割れもしているじゃないか。
えっなんだって?
私たちの帰依は正しいだってぇ
ああ、そうかい、そうかい
まぁ、そのうち干からびてウンコカスになって風にとばされるんだろうけどね
過去を真摯に振り返らず同じことをくりかえしていたら、カスになっても今度は
風にとばされながらも、どこかの洗濯物にでもへばりつくんだろうね。


あっ

レニークラビッツもユダヤ人だったね。有名プロデューサーの子供だから、きっと彼もエージェントでしょう。
彼のおかあさんは黒人だけどね。こりゃまた純潔を守ろうとかいうユダヤ人の陰謀とやらとは遠く離れとりますな。

ひょっとすると

レニークラビッツはデスノートのスピンオフ作品に楽曲を提供することによって、ユダヤ陰謀を日本人の脳内に浸透させるつもり気かもしれない。そして偉大な犯罪者崇拝集団をおとししれる気かもしれない!

おそるべし!エージェント


オウムも歩けば妄想エージェントにあたるですな!

なんだか具体策がみえてこない
どうやってもだめっていいたいのですか?

一歩目は

ここにかいてあるじゃん W

>「事件の意味合いって何だったんだろうか?」「予言って何だったんだろうか?」と。

ローカルルール

女房を殴りながら、女房の価値観や道徳観を変更させて自分に従順な奴隷を作るよう夫のような存在であった松本死刑囚(信徒に)やったわけだけどね。価値観や道徳観がローカルな領域でしか通じなくなってしまった人々はそこに従順になる。それが傍目から違和感があっても、自身が傷つこうともわからない。

つまり主と奴隷の関係ですな。

その力の構造を主がいない状況でも実行しているのが、A派の幹部でしょう。
それぞれが自分の意識と外部の意識を比較して、自己を修正する。
方法はそういうところにしか見つけられませんよ。

ゴルゴさん勘違いしておられますね。

胸痛さんのおっしゃっている「具体策」というのは、
「私たち真理の実践者の正しさを、無知で煩悩に侵された社会に、
いかにしたら理解させることができるのか?」
ということの「具体策」ですよ?

実は、僕はエージェントに狙われています。

いつも僕にいじわるする会社の先輩は、僕が真理の実践者だと気づいて攻撃してくる、メーソンのエージェントに違いありません。
あと、昨日近所のスーパーで買い物したときに、「半額」のシールが貼ってあるにもかかわらず半額にしてくれなかったレジのおばさんは、真理の実践者である僕を経済的に追い詰めて、布施をできなくさせようとしている、メーソンのエージェントです。
おまけに僕の親も、僕が真理の実践をするのを邪魔しようとしました。
まさか実の親がエージェントだったとは・・・
自分のカルマの悪さを恨むばかりです。

このように、エージェントは、友人、知人、ときには親にまでなりすまして、真理の流布を妨害してきます。
真理の実践者の皆さん、愛の白い戦士の皆さん、主の中の主・王の中の王・仏陀の中の仏陀である偉大なる完全なる絶対なるグルに集う皆さん、エージェントの妨害などに決して屈せず、帰依を貫き頑張ってください。

集団ストーカー

エージェントがメーソンとは言ってないよ。
嫌がらせを専門職とする、いわゆる
集団ストーカーが大勢、教団に潜り込んで
いるんだよ。
「半額シール」も、集団ストーカーのいやがらせの
典型的な手口だな。
あと、家族にも影響力を持っているので、
親のいうことをうのみにするのも危険だ。
集団ストーカーについての情報はネットに氾濫しているので
自分で調べてくれ。

なにをおっしゃいますやら

そんなに大層な集団じゃないよ。犯罪者崇拝者集団といっても小さなものだし
そのうち風に飛ばされるだけ。
嫌悪感を示すことがあっても、わざわざ乗り込むもんですか
ウンコにつばをはくようなもんであって、近寄れば身の穢れってやつだよ。

なるほど

ステッカーの張り替えはストーカーの仕業なんですな。 爆笑

集団ストーカー

ステッカーの張り替えじゃなくて、レジをミス打ちしたんだろ。
よくある手口。ワンパターンだからな。命令されたまま動く。
今日も京急の改札で前のやつの足を踏んだら、何も
言わず、いきなり私の襟首つかんで引き回して顔を
柱に押し付けたやつがいた。そのまま行こうとしたので
腕をつかんで駅員が来たところで、警察を呼んで
引き渡そうとしたが、急いでいたのでやめておいた。
職業的犯罪者だな。暇だったら告訴したんだがな。
自分の人生捨ててる哀れなやつらさ。
君達もそうなのか?

そりゃ先に足踏んだ方が悪くないか?
俺が裁判員ならそう判断するが。

集団ストーカー

確かにそうだが、過失でかかとを踏んだに過ぎない。
一言もいわず、いきなりつかみかかってきて暴行を
働いた方が、不利だろうね。

「新老人」

>一言もいわず、いきなりつかみかかってきて暴行を
>働いた方が、不利だろうね。

最近は、年寄りも暴走しだして、「新老人」などと呼ばれているらしい。
http://book.asahi.com/review/TKY200710160280.html

テレビでも、コンビニでチェーンソーを振り回した老人がいたとか言っていた。

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