元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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 コメント欄でエックハルトという神学者の名前が出てきたので、ググってみた(といってもwikiだけ…)。彼の記録は地上からほとんど抹殺されてしまったようで、正確には分からない。だがウィキペディアを見た限りでは、それなりに本物だったのかも、と印象を持った。本物というのは、私が勝手に定義しているに過ぎないが、簡単に言うと大乗仏教の空のような結論になるものを指す。私個人は、どの宗教をやっても、最終的には同じ結論になるものだ、と思っている。

「無になることの重要さをエックハルトは繰り返し説く。板の上に何かが書き込んであるとして、そこにいかに高貴なことが書き込まれていようとも、その上に更に書くことはできない。神が最高の仕方で書くには何も書かれていない板が最適であるという。極限の無になることで自分を消し去ったとき、内面における神の力が発現し、被造物の内にありながら創造の以前より存在する魂の火花が働き、魂の根底に神の子の誕生(神の子としての転生)が起こる。」(ウィキペディアより引用)

 ここで私なりの説明を述べてみる。最初に何らかの概念があって、それを元に人間はイメージして行動する。それは最初、一つの世界を作り上げる段階では、うまくいっているように見える。しかしその概念を固定することは、新たな創造を妨げるモノである。尚且つ、最初に理想とされた概念や理念からどんどんかけ離れて、終いには矛盾だらけのものとなってしまう。例えば教団では、グル絶対崇拝であり、社会では資本主義経済の概念です。

 なぜ矛盾が発生するのかというと、いかなる概念も相対的なモノだからである。善を求めれば悪も派生する、楽を求めれば苦も派生する。一方だけをとり続けることはできない。魂の本質自体が空というか、透明な湖面の水のようなものである。永遠に色づけておいたり、波の高いところを維持し続けることはできない。だから適当にリセットして、元の透明な状態に戻しておくことが必要と考えます。これは、コーザル界(メンタル界)、アストラル界、物質界、というヨーガ(というのか神智学というのかよう分からんが…)の思想、欲界、色界、無色界、という仏教の思想も同じと考えます。

 しかしこのリセットするのは、一般的にはなかなかできない。一つには、人間はパターン化された考えや行動で安定したいと考え、それで実際に安心してしまうから。もう一つには、自分がどう色づいているのか分からない、どう偏っているのか分からない。

 前者のパターン化というのは、どういうものか?例えば皆さんが、何か仕事をするにしても、一旦慣れてしまってよく分かっている仕事なら安心出来る。しかし毎日毎日派遣先が違って、分からない仕事を一から覚えなければならないとしたら、大変不安であろう。「何をどうしていいか分からない」「失敗して怒られるかも知れない」となる。人間未知のモノには恐怖が生じるものだ。

 後者の偏りについてはどうするか?これはありとあらゆる見解と、自分自身を比較対照することによって、修正が可能である。しかしなかなかこれは難しい。やはりこれも「頭がこんがらがってしまう」となるからだ。コメント欄で、「結局グルイズムに対してはどうしたらいいか?」と質問があった。ここで現実的な結論として述べられることは、「それなりにいい先生につくしかないですね」となる。偏りは各個人で全く違うから、いくら教科書を読んでもダメ。


 さて、エックハルトの続き。

「エックハルトは、神はその源初において無というほかはないと述べる。この状態で神は安らぐことがない。神からロゴス(言葉)が発し、被造物が創造されることによってはじめて神は被造物において自分自身を存在として認識する。」(ウィキペディアより引用)


 上記の部分を別の言葉で表現した内容を、「神との対話(ニール・ドナルド ウォルシュ)」で読んだことがある。極めて適当だが思い出して書いてみる。

「始めは神は一人ぼっちだった。つまらないから、自分を鏡写しにして分身を作って、かくれんぼを始めた。自分自身にも分からないように巧妙に、分身の正体を隠した。余りにも複雑な仕組みで正体を隠したので、その内自分でも本当にワケが分からなくなった。複雑に絡んだパズルを戻す為に、宗教や修行が必要になった。しかしそれも最初に一人ぼっちの神が意図した遊びの一環である。」

コメント


ブッフバルトッ!!

イブン・アラビー

エックハルト氏が何時の時代の方かよく見きわめ且つ、当時よりやや遅れて(400年後)仏道・仏法が、仏教という名を初めて生じたヨーロッパでの「虚無の信仰」への恐怖の時代的背景を読み取った上で、評価はしてもよいのではないかな?と思われます。
マイスター・エックハルトは、ドイツ神秘思想の源流となり、時代下って、ルネサンス期のニコラウス・クザーヌス、宗教改革者マルティン・ルター、近世神秘思想家ヤーコブ・ベーメ、さらにそれらを通じてロマン派の文学者など数々の文化人が強烈なインスピレーションを受けていきます。また近現代でも哲学者マルティン・ブーバー、心理学者C・G・ユング、精神神経科医師および思想家エーリッヒ・フロムなどから高い評価を受けています。

当時、1260年頃 - 1328年頃は、イスラーム圏で、イブン・アラビー(1165~1240年)スペイン南部に生まれ、北アフリカと西アジアを遍歴して晩年はダマスカスで過ごした。幼少より天賦の才能を発揮しイブン=ルシュドをも感嘆させたといわれる。存在論的認識哲学をベースとした宇宙論的の神学を展開し、宇宙を絶対無限定な「存在」の表れとする「存在一性論」や人間を宇宙の範型・小宇宙とみなす「完全人間」説を唱え、その教説は後世のイスラム思想のみならずダンテ、ラモン=ルルらにも多大な影響を与えたのである。
その著作も数百に及び、全560章からなる「メッカ啓示」や、預言者ムハンマドの啓示を契機に執筆を始めて1233年に完成した「叡智の台座」がその代表作である。
彼の影響をマイスター・エックハルトが受けたかどうかは判然としないが、彼らキリスト教とイスラーム教における多大な影響力を発揮したよく似た思想家のその根幹部分は非常に類似しているとみなせるでしょう。

よって、リセットするに関わらないと思う。エックハルト研究をされるなら是非イブン・アラビーも同時に研究して欲しい。本当に仏道・仏法をお歩みになろうと思われる方ならば共通項がみえてくるでしょう。


源流

エックハルトのドイツ語口述の中にも、アヴィケンナ(イヴンシーナー)やプラトン、アリストテレスの名前が時々出てきたと思います。
源流はギリシャ、さらに核心はエジプトにルーツがあると思われます。

思想史を

すこし整理されたほうが良いように思いますね。神学においてのエックハルトは神を個人として占有することを示唆した人間であり、そこから個人資産の概念が明確になりました。ひいてはこれがピューリタリズムにうけつがれ、新大陸で大きな花を咲かせた。源流的にはグノーシス主義がよみがえったものであり、どこかから生まれたものではないでしょう。特にエジプトのような合議神、つまり一神教の影響をうけていると考えるのは非常に難しいと個人的には思えますね。

ローマカトリック以前

>神学においてのエックハルトは神を個人として占有することを示唆した人間であり、

個人的にはベクトルを逆に捉えていて、
「囚われている個人を神の自由へ」と受け止めています。エックハルトにとっては、神性は錯覚した自我意識より近い存在のはずで(=自己の本質)、占有するまでもないものと考えられます。

結果的にプロテスタントがローマ教会からの隷属を離れ、中産階級が多く生まれた背景にあるのはそうだと思います。

グノーシスに関しては、かなり解釈が分かれて(キリスト教の異端か、東方の思想流入か)、しかも広い範疇を指し示すため(地域的、時期的、宗派的)、あまりどうこう言えません。誤解が多くなると思います。
凡そ二元的色彩が色彩が強いようですが、言ってみれば西洋思想文明の根本的アプローチ方法の土台になっているように思えます。語源からして、「知識、認識」knowということですから。
二元というより区別(西方諸派)もしくは二極対立(特に東方諸派)へのアプローチに主眼が置かれ、また古代中世ヨーロッパにもともとあったが、ローマ教会の勢力、権威によってグノーシス主義に根ざした諸派が衰退に追い込まれていった経緯があるようです。

当時のヨーロッパのネオプラトニズムとヘルメス文書などの流行の背景から、エジプトのルーツがあるということです。おっしゃる通り、最古代のエジプト文明とどの程度関連があるかどうかまではわかりません。これは歴史的、文献学的なものです。

さらに一神教といえども、ユダヤ起源の一神教と、その他の一神教の性質は違うことも多く、エジプトの一神教は新王国時代に一時期現れた特色です。もともとは中心となる神と多神からなる構造です。
この教団は一神教か?というと、もともとその傾向は弱いはずですが、最近とみにキリスト教のような一神教の風潮が強くなっているのです(汗)

神性の無

上田静照氏、大沼忠弘氏、井筒俊彦氏の対談で、上田静照氏はエックハルトの思想について、
神の根底の純一性無雑性を強調し、人格的な神は前庭であってそこを突破して神の最内奥、神の根底へということをエックハルトは非常に強調し、そしてその神の根底では神も神ではなくて神と区別して「神性の無」といっていると語っていますね。
神を個人として占有することと受けとめるのは、逆の道すなわち『神は私を神の独り子として生む』という言葉で、涜神として問題にされている方、現実下降の場合の解釈部分ですよね。

ネオプラトニズムは中世イスラーム圏で、アラビア語へ(イスラーム的に)翻訳され不及し、これがヨーロッパ地域で盛んにキリスト教神秘主義に接収された流れという側面があるでしょう。
イスラームは元来ネオプラトニズムとグノーシスの色濃い伝統の根付いていたアラビア半島で発生していますしね。

なんでそんなに皆ものしりなんですか

アクセス禁止

光音天ではこのブログはアクセス禁止に細工されてるようです。

胸痛さん、大丈夫ですよ、ワシも何も知らんから。ミラレパも難しいことは何もわからんかった。個人の悟り目指すだけなら、知らなくても大丈夫。

ただワシみたいに何か提示しようとすると、知らんと困るんですけどね。ゴルゴ氏他にも「頼むからちゃんと勉強してくれ」と言われとる。。。。


イエス・キリストは

架空の存在であり、聖書もでっち上げられたものである、という説が近年流布するようになりました。そちら方面の追求をしたほうが、ためになると思います。

基本的な問題提起ですが

>神はその源初において無というほかはないと述べる。
>この状態で神は安らぐことがない。
>神からロゴス(言葉)が発し、被造物が創造されることによってはじめて
>神は被造物において自分自身を存在として認識する。」(ウィキペディアより引用)

被造物があるなら、被造物をつくった創造者は誰が作ったのか。
無ですか。
論理が飛躍しており、因果関係が成り立っていないと思うのですが。

釈迦の言葉を借りると、
「この輪廻は無限で『はじめ』という時点は見当たらない」のだそうです。

あとさ

無駄に知識を溜め込んでもしょうがないから、本質だけズバっと突ける
スマートな人はいないんですかね。

被造物と創造者はセットなんです。

彫刻を彫ったから、彫刻家なのと同じ。

一元だから、通常の論理も因果関係も成り立たないと思います。

言葉と世界

言葉を発して、世界が出来上がった、とありますね。
言葉は本質のダイナミクスを固定化して、一面のみを表現する、それによって固定的なものとして主体が捉える。でも本質的無常性がなくなるわけでもない。
大昔に偉い誰かさんが作った、というだけではないと思いますよ。どんな時間、空間、スケールの大小にかかわらず世界の創造と破壊のダイナミクスは一貫していると思います。

ルーツはどこだろう

仏道を歩く前にエックハルトに出会ったときは「これは他とは違う」という思いが先にたった。学んだこともあったが、当時は十分理解したとはいえなかった。

仏門をくぐり、いろいろな困難の前に、あれやこれやと逡巡した後、もう必要ないやと放っておいた中世ヨーロッパの学僧に改めて再会すると、その言わんとするところが数倍、以前より深く読めるようになり、本当に驚いた。

仏教的考え方とその訓練を続けることで、キリスト教の(もちろん当時は異端とされたのだが)僧と再び対話するなんて。実質これは仏教、いやさらには人類有史以来の古典的智恵の源泉に根ざしているからであろうか。

別にイエスが・・・

仏陀であろうがイエスであろうがモハメッドであろうと、それが架空の人物であるかどうかが問題であることはないでしょう。法身と現身とは違うものだし、歴史がどのようにおりかさなり、総体をなしているか。彼らの実存を議論することはゴシップ以上のものではないでしょう。

無を問うこととは、ゼロを問うこと同じでしょう。
ゼロを認めるとゼロは存在し得ない、有にたいする客体を持つことそこに無の意義があり、その周縁から事物は生まれる。

ああ!ミドルセックス州エンフィールドにて、父親はタクシー運転手、あまり豊かじゃない、家庭に生まれ品行もよろしくないAmyがグラミーをとりましたけど・・
これも彼女の両親がユダヤ人だからとれたのかな W

神との対話

一人ぼっちの神は大神聖天ですね。
まさに経典どおり。

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