元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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元信徒の方から以下のような話を聞きました。一連の事件が起こる以前の話のようですが…

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オウムの実態を告げ知らせる一例として、こんなことがあった、、、。

当時、僕が住んでいた、同じアパートの住人で、かなり変わったおばあさんが住んでいた。

年齢的には70ぐらいだろうか、どうも、このおばあさんは被害妄想が激しいようで、なにやらわけの分らないことをよく大声で怒鳴っていたのだった。

「苦しい、出て来い!」「誰だ、毒ガスを撒くのは!」「お前らになど、殺されてなるものか!」

あまりに、そのおばさんの醜態が見るに絶えないのか、よく同じアパートの住人がおばあさんに苦情を言ったりで、その住人と、そのおばあさんがもめている様子を見かけたものだった。

それで、僕も見かねて、「こういうのはオウムの専門分野かも?」と、あまり深く考えずに、近くのオウム支部に出かけ行き、そこでのリーダ的な出家信者に相談してみたところ、「分りました、わたしが会ってみます」と快く相談に乗ってくれて、そのおばあさんと対面したのはいいけれど、その時の、その信者の対応に僕は思い切り引いてしまったのだった。

なにやら精神に異常をきたした様子のおばあさんと、怪しげなオウム信者との無作法な対面によって引き起こされた、あまりにシュールな光景に、僕は唖然としてしまい言葉を失ってしまったのだった。

「オウム信者なんて、危ない奴、多いかも?」とは、なんとなく僕は思ってはいたのだが、その信者は強烈に危なかった。

どういゅうっことかって、なんとその信者、そのおばあさんに会うなり、見ず知らずのおばあさんに対して、カルマ(因果応報))の法則など、いきなりオウムの専門用語を唱え出し、「あなたは過去生で、このような悪業を積んだ結果、今このようになっているのですよ。」などと分けのわかんないことをそのおばあさんに説教し初めて、当然のことながら、そんな話を聞いても、おばあさんが納得するはずもなく、その後は、この世のものとは思えぬ、見るも無残な妖怪大戦争状態となって。

「こんな奴を呼んだ僕がバカでした」とおばあさんにわびを入れて、丁重にそのオウム信者にはお帰りいただいたものの、まあ、なんともおぞましい光景を目の当たりにした僕は、その後のオウムの暴走を、なにか予感せずにはいられない気がしたものだったのだ。

「彼らが、なにかまずい方向に向かわねばいいのだが」そんな思いが頭の中を駆け巡ったのだった。

そして、あの毒ガスばあさんの予言は、彼らが引き起こしたサリン事件によって現実のものになってしまったのだった、、、。
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「野田代表、団体の危険性とはどういうものでしょうか?」

--要するに、周りが見えていないで、自分の世界にはまりこんでいる。相手が何を理解し理解していないか、それを感知することなく、自己の世界観を得々と説いている。それによって社会との摩擦を広げている。まあ、危険性というより、考え方があぶない、といった方が正確でしょうね。

「では具体的にまた毒ガスをまくなどということは…?」

--ありえません。年に2回ほどの定例強制捜査、加えて公安調査庁の立ち入り調査がありますから、市民を傷つける危険な道具は持ち得ません。資金的にもカツカツですから、全く大丈夫です。

「しかし教団のA派は、麻原回帰主義で危険だと言われますが?」

--これもせいぜい身内に対する嫌がらせ程度ですね。グルや松本家を否定しようものなら村八分で冷たい扱いを食らう。こちらから話をしようにも、電話にでなかったり居留守や無視。後は、せいぜい私のブログに自作自演の書き込みをするくらいです。非暴力・不悪口の教えもあるから、表面上は大人しいですよ。むしろ私の方が口が悪いと指摘されるくらいです。

「野田代表としては、今後どのような指導を考えていますか?」

--内部に対しては、グル絶対主義の過ちについて指摘し続けています。しかしいかんせん、グル絶対と信じ込んでいる信者もまだ少なくないので、私の方が妖怪・悪魔・魔境扱いを受けています。。。。余りにも嫌われる状態になると、少し距離をおいて様子を見るしかない状態です。


コメント


妖怪がいっぱい


インナーとロコ

一見おとなしい人が犯罪を起こす。多くの場合は付き合いが少なく、礼儀も正しい。
これはモラルというものが社会と接触することによって醸造されるものであるにも
かかわらず、その接点がない、あるいは非常に少ない場合にインナーモラルやローカル
モラルが作られてしまうことに原因があるのではないでしょうかね。こうしたインナーやローカ
ルモラルは個人や小集団によって方向性や傾向などが容易にずらされ、突拍子もないモラル感覚をもってしまう。
オウムしかりネットしかりですけどね

危険かどうかといわれるとあまり危険でないようにも思えますね。
麻原さんという存在に対してサカキバラ事件のような教祖性をみつけて模倣を行うものがいるとしたら外部につくるだろうし、麻原氏をまったく知らない人物がおこなうと考えるほうが妥当だとおもいます。
まぁ、認めたくはないですが光の輪という存在やアーレフというある意味正統な継承者たちがいる限り模倣的な犯罪はある程度抑えられるとも思いますね。
本来は十分な情報公開を行い。公判などで事実確認をするっていうのが本則であり、もっとも効果的な抑止につながるんですけどね。

日本語ならわかります

>どういゅうっことかって、なんとその信者、そのおばあさんに会うなり、見ず知らずのおばあさんに対して、カルマ(因果応報))の法則など、いきなりオウムの専門用語を唱え出し、

対外的な仕事をたくさんこなしてる人と、そうでない人では、かなり違うんですよね。価値観の相違以前に相手に伝わらない、日本語なのに世界が違う。専門職の人はよくはまります。

社会とは一線を画す価値観をもってすれば、その軋轢は必然ですが、
「そんなの関係ねぇ!」「そうじゃないだろw」と、アプローチの違いは個々それぞれでしたね。
みんな独特の価値観に染まって判で押したような、というわけでもなく、外との対応には開きがありましたね。

自分自身と外との軋轢を「こっちが正しいからこれでいいんだ」と口実にして肯定することで間違いを見なかったことにする風潮が混じってたりして、ちょっとハラハラしたこともありました。交通違反切符は素直に認めたほうがいいでしょ、さすがにあの説法の例と前提条件がちがうでしょ...そういうこともありました。

なにか特別な趣味にはまった人とか、ライフスタイルや人付き合いや趣向、服装など、ちょっと変人っぽく見られたりすることはいくらでもあって、それと大きく異なるところはなかったりしますが。
街にその格好で行くのはどうよ?って、二輪乗りなら皮ツナギ、フルフェイスメット、サーファーなら、鉄ちゃんなら、レゲエなら、いろいろあります。
やっぱり逸汎人にとってはキモイんです。平たく言えば感情的に「不快」なんです。良し悪しの基準が相対的だから。

客体は自心を示す

(因果応報)の法則って何だとと思います。

実の如く自心を知る為に使われることは有効であっても、他者との間で善悪・優劣・損・得・苦・楽・名誉・不名誉・称賛・非難の現象価値基準において、表現して俺たちが言っていることが正当だとして主張するように、善・優・得・楽・名誉・称賛を得るためとして使ってしまえば、それはその法則に従ってみれば、逆のことを呼び込むことを一生懸命していることでしょ。

法は、自心を知るツールの筈だと思うな、他者に自心を知らしめるツールとして使う場合は、先ず、客体を自らの心の顕れとしてとらえることがなかったらその対象をないがしろにしていることになるのではないかなと思うなぁ。

キモくても不快でも

>なにか特別な趣味にはまった人とか、ライフスタイルや人付き合いや趣向、服装など、ちょっと変人っぽく見られたりすることはいくらでもあって、それと大きく異なるところはなかったりしますが。
街にその格好で行くのはどうよ?って、二輪乗りなら皮ツナギ、フルフェイスメット、サーファーなら、鉄ちゃんなら、レゲエなら、いろいろあります。

その人たちは、何等犯罪行為を犯していませんからねえ。
同列にしてしまっては失礼ではありますまいか?

同列とはどこにも。文脈上の喩えで出ただけでも不快というなら失礼しました。

>まぁ、認めたくはないですが光の輪という存在やアーレフというある意味正統な継承者たちがいる限り模倣的な犯罪はある程度抑えられるとも思いますね。

何を認めたくないのかを、もう少し具体的にお願いします。

アーレフに「存在意義」なるものを認めたくないという意味でしょうか?

危険な存在がいるというプロパガンダを世間に布けなくなると、団体監査や非常時体制や警察力などに力をいれる機運が薄くなりますから、ある意味、新手のテロ発生を防止してるのだろうか。

滅びるものとして

アーレフや光の輪が滅びるものとして、その姿と実態をみせるということですよ。
亜流を生まない、模倣犯がこの世に存在しうるということは認めたくないけれど、この世は模倣を生む。その種にならないためにはしっかりと野辺に枯れ落ちる姿をみせなければならない。
あまりにも異化されすぎ社会的な意味合いをもたされすぎた。普通になり滅びること
それが大事だと思いますよ。

人間なんて生き物

所詮は死や滅びを目の当たりにしなければ、なんもわからへんとおもいますよ。
それは社会でも同じだし、死や滅びを真摯に繰り返し、はじめて前にすすめるんじゃないでしょうかね。

>--要するに、周りが見えていないで、自分の世界にはまりこんでいる。相手が何を理解し理解していないか、それを感知することなく、自己の世界観を得々と説いている。それによって社会との摩擦を広げている。まあ、危険性というより、考え方があぶない、といった方が正確でしょうね。

相手が何を理解し理解していないか、それを感知することとっても大切ですよね~。
そのためにも、皆さんコミュニケーションしましょう(*^^*)
ってことで、完璧スレ↓
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/psy/1200671243/




第二の自分

> 自分自身と外との軋轢を「こっちが正しいからこれでいいんだ」と口実にして肯定することで間違いを見なかったことにする風潮が混じってたりして、

わたしつらつら思うのだが、自分自身と外との軋轢を意図的に作り出して、自己の都合の良い思い込みで「こっちが正しいからこれでいいんだ」と、自己の都合で他との関係をないがしろにする最も法に反することであると気付けない罠に嵌っていたのではないでしょうかね。

本来法は、自分自身と外との軋轢を自覚することにあるのではなくて、接する全ての対象は、自分自身を教えてくれる鏡として現象世界・対象としてみなされるべきで、その対象は第二の自分であるという視点が最も大切なのではないかなと、最近つくづく実感する。

正しい・間違っているという基準などというものはとても流動的・浮動的なもので、大枠は良識でだれでも本来は分かっているのに、自己の都合により思い込みでこっちが正しい、と思いたがる人間の抜きがたい性に気付くのはたいへんかもしれない。




組織を

解体するのは、組織の力をそぐためでしょ。組織が、政治や宗教と関わりを持ってなくても、ある程度の人数が共通の目的のために結束するのは、支配者の脅威なんですよ。従って、シナリオに基づいて組織解体作戦が練られるのです。それは、外部的な暴力によって組織を解体するのではなく、組織の自己崩壊、自滅するように誘導する手法が取られます。理由は分かりますよね。殉教者を出さないためです。革マルVS中核、連合赤軍事件、オウム事件、すべてにおいて共通のパターンが見受けられます。組織内部でのリンチ殺人、その隠蔽、言論の主張を超えて、現実的な暴力による支配体制への抗議。でも、まあまともな判断が出来る人がいれば、日本国の革命改革改造など、現段階では不可能であると言うことがわかるでしょう。では、彼らはそんなことにも気づかなかったのかと言うと、一部はイエスであり、もう一部はノー、ということになります。どういうことかと言うと、当該組織にスパイを多量に送り込み、外部のエージェントと連絡を取りながら、組織を一定の方向に誘導します。オウムの場合は毒ガス攻撃されてる、というものでした。こうして追い詰められた組織が、防衛のために、暴力を振るってくれれば、法律を犯してくれれば、万歳です。クライマックスを迎えた組織破滅劇(浅間山荘や地下鉄サリン事件や対立党派の殺し合いなど)は、我々の潜在意識に体制に逆らうことへの無力感をインプットしてくれます。
オウム事件も過去の事件と共通性があるので、シナリオがあり、そのシナリオを書いてる人間がいる、ということを暗示してくれます。破滅した組織は、出来るだけ分裂してくれたほうがいい、それが組織の力をそぐことになるから。
従って支配者としては、支配の最小単位としての核家族制度に国民全部を持っていきたい、いや家族なんかも崩壊して、生まれた時から国家が教育する方がさらに好都合だ、と考えているのです。最近起きている、家族の殺し合いという殺人事件の背後には、そういう意味合いがあるのです。マスメディアに騙されないようにしましょう。

民主化の最終段階は人間の群集としての単純な集合体からの自己組織化された有機体への変容であって、主体性とエゴの超克がそれを可能にすると思います。それなくしてはカルトで終わってしまうでしょう。その民主化の方向性は、天体の運行のごとく、誰にも止めることはできないでしょう。その、天の意思を汲むことができるかどうか。
かつてのポーランドでも、最近のミャンマーでも、司祭にあたる人々がそれをサポートしました。

シナリオ

支配者側のシナリオが常に存在していると仮定しましょう。

> まともな判断が出来る人がいれば、日本国の革命改革改造など、現段階では不可能である

> 組織の自己崩壊、自滅するように誘導する手法

この両者の考え方に矛盾があるよね。
支配者側が革命改革を必要だと思わないのは、支配力を継続させたいという意思なのだろうが、そんな永遠不滅の実体が存続していると考えることそのもに自己矛盾がある。

支配者側と被支配者側が常にあるものだという前提でみたとして、その支配者側が同じ支配力意思で変わらぬ実体として存続しているとみなそうとしている。

共通の目的のために結束させることが不都合で、仮に現支配者側が、当該の集まりを自滅するように誘導するシナリオの存在を認めたとしても、支配者側が変わらぬ実体として存続していないのであるから、支配者側のシナリオありきという発想はこれまた自己矛盾しています。

要は支配者層の入れ替わりを認めないという発想です。

それはこの世がすべて変化していることを認めることが出来ない種族ですから、

祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはわす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

このおごれる者に相当するでしょう。
支配者側のシナリオが仮に存在したとしてそれはかくの如しでしょう。




請求しうる権利が集団に存在するならば、権力に対して脅威も存在するでしょうけれど、社会が求めるものと団体が訴求するものを比較し相殺すれば、反権力でもなんでもありません。
現状は単に自然死しようとしている集団が線香花火よりもよわよわしく光ってるだけです。

民主主義というシステムが最終でどのようになるかは、まったくわかりません。本来的に民主主義は小集団でならば成立しうるものですが、そのくぐりを大きくしたものにすると自分たちの身の丈とまったく違うものが現出します。それが今世紀から来世紀まで続くだろうグローバリズムであり、そこに苦しむ人間はふえつづけるでしょう。
追放から生まれる文化、それが刷新をしつづける。それが歴史が証明してきた唯一のことであり、現在のグローバリスムもパックスローマの再現にしかすぎない。それも最終的にはひとつになりえない。ひとつになることは危険であり、破滅への道であるということではないでしょうかね。

いまの民主主義よりも僕はネアンデルタールやクロマニヨンの共同体意識のほうが優れているようにもおもうんですけどね。民主主義とは基本的には退化しつづけている概念(本能といったほうがいいかな)であり、それを必死になって、なんとか支えている。その程度のものですよ。

退化する社会本能

これを補ってきて、あるいみ多くを混在させない排他性を維持してきたのが
信仰だという側面もあるとおもいますよ。

大きな船は動くのか

>民主主義というシステムが最終でどのようになるかは、まったくわかりません。

>民主主義とは基本的には退化しつづけている概念(本能といったほうがいいかな)であり、それを必死になって、なんとか支えている。その程度のものですよ。

この2つがどう関連するのかはちょっとよくわからなかったのですが、

ローマとか、フランス革命、戦後の植民地独立あたりで、民主主義の概念が定義されると、そういう結論になってしまうと思います。そういうやり取りはずっとありました。民主主義という言葉も、宗教と同様に斜陽論で語られています。
グローバル化はVT正悟師の解釈によれば強者の論理の他地域への押し付けですから、民主主義とは話が少し違うかもしれません。世界中の人や経済、情報の流れが激増し始めたための歪みだと思います。世界がばらばらに小さなコミュニティでまとまって鎖国のように営まれるというスタイルに逆行することはまず無理でしょう。むしろ地球単位で流動していく中でどうするかを考えざるを得なくなります。そこが21世紀の大きな課題です。

世界大戦、ポストモダンと闘争の時代を終えて、「民主主義ってこの程度のもの」という固定観念がどうしても出てきます。しかし、そこから責任や問題からの逃避へと傾き、本質的自由や各個人の本当の意味での解放を完全に忘れ放棄して(依存≒被支配の容認)、刹那的に排他的に生きることでごまかす、というのがクールな生き方という風潮に固まりつつあります。
地球上の人間が営みを続ける環境は世紀毎に大きく変わり続け、そこで何が正義であるかはどんどん変遷していきます。20世紀と21世紀ではだいぶ違ってくるでしょう。グローバル化で語られるように、時間、空間の感覚も変わってきています。
もちろん、民主主義という言葉は、あまりに使い古されて固まりつつあり御幣がありすぎます。他に適切なものは出てくるのか?というと、そこは今、産みの苦しみのただ中なんでしょうね。

ひとつ言えるのは、小さな地域コミュニティと地球規模の人間社会の営みでは、根本的に機構をドライブするための仕組みが違ってくるはずです。この部分はあまり理解してもらえないのですが。

仏道を歩き、真の大乗ってどんなものだろう?と長年模索してきました。いまでもまだ途上ですが。
「小乗の確立なくして、真の大乗もない」と、よく語られてきました。
個々の自覚、自助努力と、絶対他力は表裏一体でしょうね。

基本的に

民主主義というのはリンチから生まれたものと考えられるといいかもしれませんね。
人道主義とはまったくちがうものです。陶片政治から始まったものであり、それは基本的には足をひっぱりあう発想から生じたものでしょう。
人間は小さな群れで生活するようにプログラムされた生き物ですが、おそらく多少の利便性をもとめて掟という制度を作った。それが凶暴さが故に膨張し本能を上回ってしまい。制度ありきの状態になっている。
生物としては小集団を形成して種を分岐していくというのが、あたりまえの姿であるはずであり、それが進化というもの本質でしょう。それに逆行しているのが人類という間抜けな猿。
また、世界規模といわれますが、それがもしありえるとしたら、それは人為的に収斂された要求がなんらかの価値観のもとで上位で昇華されるというルートをたたどり、次に逆に上位下達となる。その時点において弱者を踏みにじりかねない強烈な法や統一観念を生むでしょう。地域と世界を機序立たせずに動かせばそうなるでしょう。価値観などを如何に均質化するか、そこに焦点がおかれた世界国家。つまりそれはインターナショナルってやつですね。

二拍子さんのいわれているというか夢想される将来は現実として目の当たりにされているものですよ。

無駄とわかりながら滅びるまでシステムを作り続ける。まぁ、人間に残された道は、それくらいしかないですよ。生物的な進化のとまった動物にはそれくらいしかできないでしょう。




組織=制度とは限らず

う~む民主主義の本質というより、どんな社会秩序や制度でも、体制側としての負の側面を述べてるんですよね?そしてそれはエゴ(異なるシステムどうしの互換性への配慮のなさからくる齟齬)をどうやって折り合いをつけるかの歴史。その前提を崩さないと、どんな状況でももカオスや腐敗に帰着するだけですね。制度や国家体制については言及しするつもりはなかったけど、民主主義って持ち出したのが誤解の元かな?

>価値観などを如何に均質化するか、そこに焦点がおかれた世界国家。つまりそれはインターナショナルってやつですね。

何か一つのスタンダードに従わなければならないという押し付けって言うのは何だろう?逆に多様な価値観を許容できないってのは何だろう?そこで不幸が生じるなら、また争いが生じる。グローバリゼーションは、19-20世紀の覇権国家の21世紀版焼き直しだ。

小単位の独立したコミュニティというのが基本というのはその通りだと思います。グローバル化したからといって巨大で単一のシステム、国家的枠組みの押し付けという形になることはないでしょう。誰も幸せになれない。
ミクロで見れば個の自立、マクロで見れば、それらの個々が自律的に協調して機能する。それは他の中に自己を見出すから機能する。それを成立させる条件が整えば機能する。これを何と言うのだろう?
仮想的には単一にも見えるんですけどね。

あんまり国家体制やイデオロギーの話はしたくないけど、そっちにもっていかれる。

何か

変な反論ですね。いつも晦渋な論議をしているので、変な人だな、と思ってたのですが、どうやら哲人ではなく、エージェントなんでしょうね。

>要は支配者層の入れ替わりを認めないという発想です。

永遠に支配が続くわけではないけれど(多分)、数百年単位では支配構造が変わらない国なんていっぱいあったでしょ。ローマ帝国だって千年ぐらい続いたんじゃないか。
シナリオは存在しない、支配層は入れ替わる、これはあなたの独断でしょ。シナリオの存在を否定したがる、永続的な権力の存在を否定したがる、何故でしょうか。その答えは、シナリオの存在があり、あなたが権力の秘密に関与しているからでしょう。これじゃ、私はエージェントであると宣言してるようなものじゃないですか。

晦渋(かいじゅう)

ゴルゴさんは確かに暗い。典型的に学生闘争以後の、マルクス、サルトルが時代遅れと感じる80年代、90年代の学生の刹那的思潮誘導そのもののような。

人間が常にシステムを作っては壊す、だからそんなものは役にたたないか?というと、別にそれでいいんじゃないかと思います。作ったシステムには寿命があり、本来の機能を果たせなくなりますから、その都度作り直せばいいだけのことです。作られたものをを永続させようとして当事者が固執するからいろいろな不幸が巻き起こる。

常に個々が瞬間瞬間に何をすべきか?を主体的に判断して実行できるようになれば、そういったことはなくなるのかもしれませんが、現実には、個々人が「これぞ自分のアイデンティティ」とばかりに現状肯定にしがみつくから、時期の節目には多くの人を巻き込んで大騒ぎがその都度起こってます。

そうかなぁ

なんでもかんでも壊してしまうし、先も見通せない。
だから、愛すべき存在だと思っているんですけどね。
精神主義といいながら情動をわすれて唯物的で普遍的な人間性を求めることのほうが怖いといっているだけなんですけどね。

>なんでもかんでも壊してしまうし、先も見通せない。
>だから、愛すべき存在だと思っているんですけどね。

そうですか。これは理解しましたが。
ことさら精神主義とか強調したこともないし、ましてや唯物的と唐突に出てくるので、うーんそんな話したっけ?何かミスリーディングかな?と勘ぐってしまいました。

私の書いたことが誤解を招きやすいというのもあります。

>生物としては小集団を形成して種を分岐していくというのが、あたりまえの姿であるはずであり、それが進化というもの本質でしょう。それに逆行しているのが人類という間抜けな猿。

これはよくわかります。生物は細胞、組織といった小単位の集合体です。決して単一構造ではありません。だから、大乗論を話す際にいつもそういう誤解――大乗=単一の大きな何か――が生じます。
この誤解が実はかなりの問題をはらんでいるのです。

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