元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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 (陰陽6の続き)

 では「暗黙の了解」にしばられたこの夫婦はどうすればいいだろうか?賢い読者の皆さんはもうおわかりでしょう。辻ちゃん藤原紀香結婚記事でも書いたけど、時折ちゃんとケンカしてガス抜きすればいいわけなんだな。

 陰陽・光と影で説明すると、一見安定したかのように見える結婚生活、それを成立させている「暗黙の了解」、これを維持して波立たせないように心は緊張している。それが相手の為、お互いの為だと信じてやっている。しかし心の底では、自分のエゴの欲求がうごめいている。緊張から解き放たれたいと考えている。その光と影を混ぜ合わせるのだ。

 相手の為と思ってなされている「暗黙の合意」に、自分のエゴを混ぜ合わせてみる。緊張から解き放たれて発散したい気持ちを混ぜ合わせてみる。関白亭主の妻のケースも、そうでないケースも、とにかく自分の不満を相手にぶつけてみればいいのだ。人間心の底に貯めている不満をぶちまけるだけでも気持ちは楽になる。それで改善される部分もあろう。

 しかしながら妻が不満を言ったとしても、夫が「分かった分かった」とその場しのぎの答しかしないならば問題が残る。多少夫が配慮してゴミ出しするなど、改善が見られるならいいが、そうでないなら逆効果。度重なると、妻は逆に「夫にはいくら言っても無駄」と諦めてしまう。関係が深ければ深いほど、心の深いエゴの部分をお互いにはき出す必要がある。その上で、お互いがどこまでお互いに配慮出来るかについて、「再合意」する必要がある。

 私がいろんなケースを見てきた経験から言ってみよう。一歩間違えば離婚になる覚悟で本気でぶつかる、時にはそういう必要もあろう。これは旧来の関係の破壊と、新たな関係の再構築である。今までの人間関係・結婚生活をぶち壊した上で、やり直すだけの謙虚さがあるかどうかが問題となる。どちらかのエゴが強ければ、終わるかも知れないギリギリの勝負なのだ。そういう破壊と再生は、定期的に行う必要がある。定期のオーバーホールでバラバラに分解、下手したらそのままおシャカってなわけだ。

 陰陽5で述べたミクシー疲れは、一般的な人間付き合いだ。それ程深刻ではない。適当に私生活をエゴの壁の向こうに残しておけばよいのだ。夫婦生活の場合は二四時間同じ屋根の下に暮らすから、深いところまで問題をえぐらなければならない(この点は出家生活も同じで後で触れます)。

 再合意するにあたっては、「男は外、女は内」とか色んな観念にこだわると難しくなる。どういう役割で夫婦関係を成り立たせるか、それぞれが相手にどういう奉仕をするかは、物理的条件はあっても本来自由である。それが心は透明な広がりということだけど、特定の観念にこだわっていると、リセットしづらいわけだ。別に条件次第では、共働きでも「女が外、男が内」でもいいわけだ。しかし男の収入が少ないのに、妻を外に出さないなどとこだわると、現実問題は解決しづらくなる。当然それに付随して不満も残る。できるだけ色んな観念・こだわりを除いた形のほうが、選択は自由になる。

 ここまで述べると、夫婦関係を維持すること自体、制約条件とも考えられる。だからあとは独り身で人生の意味合いを探ってみても良いわけだ。ただ再婚相手を探した場合は、同じ問題に行き着く可能性があることを念頭に置くべきだろう。

 あるいは「良妻を持てば幸福者になり、悪妻を持てば哲学者になるだろう」とのソクラテスの結婚の勧めもある。「良好な夫婦関係の維持=幸福」という図式にこだわらなければ、倒産を楽しんだ会社員のような人生もありうる。別の意味で有意義な結婚生活も可能なのだ。一旦意味づけたものを、破壊して再構築する勇気がポイントかな。

コメント


あれれコメント削除されとる。変なこと書いたつもりは無いが。。。

え?何もしてないけど。

削除?

もしかしたら、FC2事務局にA派アーレフ工作員が紛れ込んでいたりして。(藁)
で、アーちゃんの指示でやっているとか。

でも、VT正悟師が「うちの者がバイトで来ていませんか?」なんて、訊けるわけないか。

FC2スタッフ募集
http://fc2.com/invitation.html


「良妻を持てば幸福者になり、悪妻を持てば哲学者になるだろう」

尊師は結婚して苦を経験して精神世界に飛び込み、哲学者を飛び越えて宗教家になってしまったということですね。

今、尊師と奥様は「結婚してよかった」と思っているのでしょうか?
ぜひお2人に聞いてみたいです。

FC2のトラブル?

また例によってFC2のトラブルですかね?

すまそでつ

錯覚してたみたい

前提条件 縁 次第

> 今までの人間関係・結婚生活をぶち壊した上で、やり直すだけの謙虚さがあるかどうかが問題となる。

この場合の再構築を意図する側とその再構築なんてものには、まったく希望を抱いていない者が夫婦の関係の破綻をきたした事例を身を持って経験させて頂いた者としては、

> 関係が深ければ深いほど、心の深いエゴの部分をお互いにはき出す必要がある。その上で、お互いがどこまでお互いに配慮出来るかについて、「再合意」する必要がある。

というような、このプロセス以前に、すでに共同生活は終局を迎える場合が事実あるのだと実感しています。

よって、この前提(すなわち、やり直す気がある)条件が崩れてしまうところを何処に設定するのかという問題は、まったく不可思議未定の範疇であるので、これを規定して欲しいものだと思いました。


私は、そもそも当該人間関係が成立する時点で、その大旨の趨勢は動かし難い要素を孕んでいるのではないかという視点で、観なければならない要素が多分にあるのではないかという感じを経験的に抱いています、従ってこの記事内容は不毛な議論だと思わされました。

少なくとも、前提に和解の可能性をおいた場合に限れば、この記事の通りの趨勢もありうるでしょう。



オウム被害救済大幅減、25億→数億に 自民PT案

2008年01月12日10時05分

 オウム真理教による一連の事件の被害者救済を目指す議員立法をめぐり、自民党の「犯罪被害者等基本計画の着実な推進を図るプロジェクトチーム(PT)」(早川忠孝座長)で検討されてきた法案の最終版の概要が明らかになった。16日に開かれるPTの会合で示される予定。被害者への給付額は、当初案の25億円から「数億円程度」に縮小され、国が賠償金を肩代わりする求償も形式的なものにとどまる見込みだ。

 これまでの議論に対し、被害者弁護団は「当初の理念と大きく違ってきている」と反発しており、早川座長に対して再考を求める意見書を11日、とりまとめた。立法化までには今後も複雑な経過が予想される。

 教団は今年3月に破産手続きが終結する見通しだが、被害者に対する未払いの賠償金が25億円にのぼるため、PTが昨年11月から救済の枠組み作りを検討していた。

 原案では、債権を届け出ていた被害者全員の25億円分を国が肩代わりした上で、教団側に求償するとしていたが、PTでは「一般犯罪の被害者との整合性が取れない」など批判が相次いだ。

 このため、最終案では、給付額について被害程度に応じて「相応の金額を定める」とし、死亡の場合、災害弔慰金を基準に500万円程度を支給する方向で検討。このほか、被害の程度に応じて支給すると、総額で数億円になる見込みだという。

 また、原案で明記されていた求償について、「可能な限り回収につとめる」とする「精神条項」にとどめられた。

 こうした議論に対し、地下鉄サリン事件で夫を亡くした高橋シズヱさんは「国が求償権を持たないと、教団を経済的に抑える足かせが外れることになり、恐怖を感じ続けなければならなくなる」、松本サリン事件被害者弁護団長の伊東良徳弁護士は「国が事件が起きてしまった責任を認めて教団に請求を続けるという、基本理念が変わってしまう」と懸念する。

http://www.asahi.com/national/update/0111/TKY200801110312.html

危険なものの正体

>「国が求償権を持たないと、教団を経済的に抑える足かせが外れることになり、恐怖を感じ続けなければならなくなる」

中の人間が言うのもおこがましいのかもしれませんが、ある危険な団体への身入りが多少多くなったり少なくなったりしても、危険な団体であればその危険性はほとんど変わらないと思います。
貧しい世界のテロリストは立派な武器は持っていなくても、大国を脅かし続けています。

現教団はかなり人が少なくなっていますが、経済的理由でそうなっているわけでなく、全くもって組織に内在する問題ゆえです。
(入信も少しだけあるようですが、離れる人もかなりいます。残っていても表向きほとんど活動していない人も大勢います。)

逆に被害者賠償を続けるということは、社会的には教団の存続の理由付けのような側面もあります。もし「賠償は終わり」となったら、教団がどういう位置づけに立たされるかは微妙なところです。

社会的なものはともかく、教団への「危険」のレッテルは、たいへん意義深いものがあると思います。もともと、何かすばらしいもの、たいへんな恩恵をもたらすものは同時に大きな危険性を同時に内在するものだからです。
白い蛇にたとえられるクンダリニーも、その力ゆえに危険なものです。「へたに手を出すな」とされているのも、もっともです。
原子力や化石燃料、交通やITや医療など、どれもそうです。
「宗教」なんて、こんなものに人類の未来は託せない…ごもっとも。

オウム的な修行法の危険性?

>白い蛇にたとえられるクンダリニーも、その力ゆえに危険なものです。
>「へたに手を出すな」とされているのも、もっともです。

わざと、ソンシはそれを覚醒させて、
自分に依存しなければならないようにしていたんじゃないですか?


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世俗否定が必ずしも・・・

> 社会的なものはともかく、教団への「危険」のレッテルは、たいへん意義深いものがあると思います。もともと、何かすばらしいもの、たいへんな恩恵をもたらすものは同時に大きな危険性を同時に内在するものだからです。


このよな考え方は見解の相違に埋没させてしまうには惜しい考え方です。

しかしながら、俺たちが正しい価値観と生き様の実践をしているのだから他が間違っていると思う感覚が存続する限りに於いては、

恩恵をもたらすものは同時に大きな危険性を同時に内在するとする、至当な正しい視点も、説得力を持たない可能性を秘めていることを明示しているでしょう。

何が言いたいかお解り頂けるでしょうかね?



『93年シヴァ大神祭』において、「今回この地球は私(弥勒菩薩)の担当なの
である。よって、天界と人間界を行き来しながらコントロールしている」という
内容を説かれてますが、自分達では伺い知れない遠大な救済計画を感じてしまい
ます。参考情報としてお送りします。。

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朱元璋(1328-1398)
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朱元璋(1328-1398)は、貧農の家に生まれた。元の名は朱重八といったが、後に改名してこの名前になった。字は国瑞。
朱元璋が生まれたとき、家全体が赤く光輝き、近所の人々が火事と間違って家の周りに集まったという伝説がある。
元末の政治混乱で、飢饉や凶作が頻発しており、朱元璋の家も、流行病で家族を失った。
朱元璋はなんとか辛うじて生き延びたが、殆ど乞食同然の生活であった。
白蓮教徒たちが反乱(紅巾の乱)が勃発すると、朱元璋は占いで、紅巾軍に入るのが大吉と出たので、郭子興のもとに身を投じた。
朱元璋は自分が貧民だったので、貧民の味方という立場を打ち出し、徴兵された農民を取り込んだ。
このときに、徐達や李善長とも出会った。また、朱元璋が皇帝になる野望を抱き始めたのはこのときからである。
郭子興が死ぬと、その軍を受け継がれた二人を陰謀で殺し(元軍との戦いで戦死説あり)それらの軍を吸収した。
その後、集慶路を占領、応天府と改める。応天府を占領した朱元璋の勢力は、一大勢力となった。
そのころ、陳友諒が大漢国を打ち立て、張士誠も蘇州を本拠に勢力を築いていた
そして、朱元璋含めた三勢力で江南の覇権を争った。応天府では首都放棄を主張するものまで表れたが、劉基が陳友諒との決戦を主張して、竜湾で大勝する。
1363年、陳友諒は名誉挽回すべく、大軍で南昌を攻撃する。
朱元璋も迎え撃ち、3日にわたって激戦が続いた。その後、劉基の火計で、陳友諒も戦死、翌年に陳友諒の後を継いだ陳理が降伏、朱元璋は呉王を名乗った。
張士誠も呉王を名乗り、今度は二人で江南の覇権をかけて激突した。朱元璋は、張士誠の要地を確実に落としていった。
1366年に朱元璋は韓林児を呼び寄せたが水死する。それを機会に白蓮宗と縁を切り、逆に弾圧するようになった。
そして1367年、ついに蘇州の張士誠を討伐、朱元璋は大明という国号で即位した朱元璋は、元の内紛を機に、徐達に20万の軍で北伐を命じた。
当時の元の将軍、ココ・テムルの軍は陝西で交戦中であり、中原の防備は手薄だった。北伐軍は、大都を占領、明軍は大都を北平府と改称した。
1381年に雲南を平定、中国統一した。またモンゴルに出兵し、北元をほぼ壊滅させた。
朱元璋は、重農政策を打ち出し、大商人を弾圧して、荒地の開拓地への強制移住などを行った。
また、貨幣流通の掌握のために、銅銭、紙幣の発行、銀の通貨としての使用を禁じた。商人の保護も同時に行った。
そして「文字の獄」と呼ばれる大弾圧を行った。“光”や“禿”をつかったら、殺され、“盗”と同音の“道”の字を使ったものがそれだけで殺された。
文官は戦々恐々として、朱元璋から離れようとしたが許さず、文才のあるものは、強制登用した。科挙は極めて難しい試験を課されたが、明の時代に試験の難易度が下がり、定型文の暗記だけでよくなった。
これにより、明の官吏の意識は低下した。
また、独裁勢力の確立を目指し、中書省を廃止、軍を皇帝直属とし、宦官は学問をしてはならないという布告を出した。
1371年には、地方官の功績の評価による民の定着と農地回復の度合いを加え、1381年に全国一斉に土地台帳、戸籍台帳を作り、里甲制・衛所制を実施した。
1394年には工部の官吏と国子監の学生を総動員して治水事業を一斉に行った。
朱元璋は、自分が老いてくると、後の心配をするようになった。
皇太子は朱標だったが、温厚だったため、朱元璋は甘すぎると感じた。
1380年、左丞相「胡惟庸の疑獄」事件をきっかけとして、功臣の大粛清を始めた。
「胡惟庸の獄」と呼ばれたこの事件は一旦は終結としたものの、1890年に再び蒸し返される。そのときにはなんと、三万人を大粛清した。
やっと粛清の嵐が収まったかと思った1392年、皇太子の早世により、またもや粛清を始める。その後、朱元璋は死ぬ間際まで功臣を殺し続け、1398年崩御した。

サマナ、師はサマディ目指して早く死ね!

朱元璋・明帝国
■明の成立
16世紀以後に繁栄したアジアの王朝をずっとみてきました。最後は中国。明と清です。
 明(1368~1644)。建国者は朱元璋。皇帝としての呼び名が洪武帝(位1368~98)。貧しい農家の四男坊です。
 流行病で親も死に、口減らしのためにお寺の小坊主に出されます。やがて、元朝末期になり、各地に反乱がおこり、政情は不安定。お寺でも食べられなくなって、放浪の乞食坊主になる。三年間ほど、各地を放浪している。まだ十代の朱元璋は、このままの生活では一生うだつがあがらないと思って、いちかばちか、紅巾軍に参加することにした。
紅巾軍は、白蓮教という宗教結社からおこった元朝末期の反乱軍のひとつです。紅巾軍はたくさんの部隊が各地で活動していた。朱元璋は、その紅巾軍の一部隊に「俺も仲間に入れてくれ」と、志願するのです。ところが、「怪しい坊主だ
、敵方のスパイではないか」と疑われて、すんなり参加させてくれない。押し問
答しているところに、部隊長がやって来て、朱元璋の顔をじろりと見た。ひとこと「よし、入れてやれ」。
 隊長は朱元璋の顔を一目見て、みどころがあると思ったようです。実は、朱元璋は非常にかわった顔をしていたらしい。資料集をみてください。朱元璋の二つの肖像画がある。皇帝になってから描かせたものです。ひとつは、堂々としてい
い男。こちらは、ごつごつした顔はアバタだらけで、目はつり上がり、とても同じ人とは思えない。たぶん、こちらのかっこよくない方が、本当の顔に近いとおもう。
 隊長は、人並みはずれた人相に、何かをやる男かもしれないと感じたんだろう。その後、朱元璋は部隊の中で大活躍して、どんどん反乱軍の中で地位を上げていきます。暗殺という手段も使って、とうとう紅巾軍のリーダーになった。このころ元朝は、北京を中心に中国北部は支配していますが、反乱勢力を鎮圧する力はなくて、中国南部には、いろいろな反乱勢力がそれぞれ支配地域をつくって争っていた。朱元璋は南京を本拠地にしていて、やがて対立する勢力を倒して中国の統一に成功した。これが、明朝です。元朝のモンゴル人は、中国を放棄してモンゴル高原に退去します。
 中国歴代王朝の創始者は、だいたいが名門出身です。何の身分もない、ただの農民が王朝を開いたのは前漢の劉邦と、この朱元璋だけです。無一文の身分から身を起こし、立身出世する歴史上の人物は、普通は人気があるものです。例えば
、日本では豊臣秀吉。中国でも劉邦は人気がある。ところが、この朱元璋は全然人気がない。
 なぜかというと、非常に残虐で猜疑心が強い。皇帝になってから、異常なまでに人をたくさん殺している。それも、自分が皇帝になる前に反乱軍で苦労をともにした部下たちをどんどん殺すのです。
 例えば、「胡惟庸(こいよう)の獄(1380)」、「李善長の獄(1390)」、「藍玉(らんぎょく)の獄(1393)」という事件がある。それぞれ、若い頃から朱元璋に仕えていて大臣や将軍になった者たちが、謀反の罪で処刑された事件です。事件そのものが、朱元璋によるでっち上げらしいのですが、それぞれの事件で処刑された人数がすごい。胡惟庸の獄が1万5千人、李善長の獄も1万5千人、藍玉の獄が2万人。合計すれば5万人ですよ。一族郎党、関係者、ちょっとででも疑われたもの、みんな殺されてしまった。皇帝の昔の乞食坊主時代を知っている者はみんな殺されたということです。
 乞食坊主だったことは、そうとう朱元璋のコンプレックスになっていたらしい。役人が作成文書に「僧」「禿」とかいう文字があったら、とんでもないことになった。杭州府学という官立学校の教授の文章に「光天の下、天は聖人を生ず」
という一節があって、この先生は死刑になったそうです。光という文字が、坊主を連想させたらしい。
 朱元璋の奥さんに馬皇后という人がいた。反乱軍時代に二人は結婚して、互いに皇帝、皇后になってからも馬皇后は以前と同じように、夫の食事を作ったり身の回りの世話をしていた。この人にこんな話がある。
 馬皇后は、51歳で病死するのですが、死ぬ前から長く病んでいた。ところが、医者にも診てもらわないし、薬も全然飲もうとしない。朱元璋が心配して差し向ける医者もすべて追い返してしまう。心配した侍女が、「どうして医者に診てもらわないのですか」と尋ねたら、こう答えた。「私はもう歳だし、どんな名医に診てもら っても助からないことは自分が一番よくわかっている。もし、診察を受けて私が死んだら、夫は責任を追及して医者を殺すでしょう。だから、私は誰にも診てもらわないのです」。
 馬皇后は、夫の残虐なおこないをたしなめることができる唯一の人でした。こんな人柄だから、朱元璋が人気がない反面で、みんなから敬愛されたようです。
 話を戻します。朱元璋は全国を統一したあとも、本拠地を変えず、現在の南京を首都としました。当時の呼び名は金陵。
統一王朝で、首都を中国南部にしたのは、明がはじめてです。
朱元璋=洪武帝の政策をみていきます。
まず、皇帝独裁を強化します。
具体的にいうと、中書省を廃止して、六部と軍を皇帝直属にしました。唐の時代と比較してください。唐代は皇帝の下に中書省、門下省、尚書省とあって、その下に六部がありましたが、明代には最後に残っていた中書省もなくした。皇帝
の権限が強化されたということです。皇帝の権限を制約する機関は存在しません。こういう統治機構を中国史では皇帝独裁という。一世一元の制をはじめた。
 洪武帝の時代の年号は洪武。洪武何年という。同一皇帝の時代は改元しない。
これを一世一元の制という。日本では明治時代からこれを取り入れました。兵制は衛所制。
 兵士を出す家を軍戸として、一般人の民戸と区別して戸籍をつくる。そして、軍戸から軍を編成する制度を衛所制という。言葉だけで結構です。村落行政。
村落行政に関しては、元朝時代に放任だったのを引き締めるために、隣組制度を作る。これを里甲制という。110戸を里という単位に編成して、その中から裕福な農民が輪番で里長として、行政の末端を担わされます。細かいことは、お上を煩わせずに自分たちで解決しろということです。
里長に任された仕事で一番大変なのが、戸籍と租税台帳の作成。台帳のことを賦役黄冊(ふえきこうさつ)という。さらに、税の取り立ても里長の責任。決められた税額より少ないと、里長は自腹を切らなければならなかったから大変だった。それ以外に、治安維持などの仕事もありました。
全国的な土地台帳もつくられた。魚鱗図冊という。これは、土地の形が魚の鱗みたいに描かれている所から付いた名前です。資料集をみたら、なるほどというネーミングですね。
 明の時代は、元代にないがしろになっていた伝統的中国的秩序を回復しようという意識が相当あったみたいです。里甲制もその一つですが、さらに、朱元璋は『六諭』というものを発布している。これは、法律というよりは、道徳の教科書ですね。親には孝行しろ、目上の者を尊敬しろ、村の仲間は仲良くしろ、というような儒教的な道徳を六つならべたものです。これを、月に何回か村々の老人たちに、みんなの前で読ませた。
 皇帝が直接、こんな形で、民衆にお説教をするというのは、それまでの時代にはなかったことでした。
 これを、明治時代に日本が真似た。教育勅語がそれです。500年後の日本が朱元璋の政治から影響されているというのは、興味深い。法律では唐の律令を意識して、大明律令というのを編纂します。これも中国的秩序回復の一環。

サマナと師はサマディ目指して早く死にやがれ!

世俗否定or肯定が必ずしも・・・

>しかしながら、俺たちが正しい価値観と生き様の実践をしているのだから他が間違っていると思う感覚が存続する限りに於いては、

オセロのどっちが表か裏か、決着をつけようじゃないか!とか不毛なことは厭ですねぇ...
危険性と恩恵の関係は、それこそ上記の真逆の表現なんですが。
何か意見書くとたいがいこのリアクションが返るので、ちょっとうんざりすることはありますが。

かといって率直さを押し殺した関係は、いずれ破綻するものだし、相手が主張しても、「そうですね、オセロは白いですね」と半分くらい受けとめたらマッタリできるんじゃないかと。

サマナ、師はサマディ目指して早く死ね!

すでに多くのサマナ、師が亡くなっています。

事件や事故で亡くなった人たちもたくさんいますが、病気で亡くなっている人たちもかなりいます。
「教団に出家した人は早死するカルマを持っている人たちが多いな」という印象があります。
教団に起こる現象はダイナミックでスピーディなので、個人にとって最もダイナミックな体験である「死」という現象が多くのサマナ、師にスピーディにやってきたのかもしれません。

若くして亡くなることがいいことなのか悪いことなのかは一概に断定はできないと思います。

>サマナ、師はサマディ目指して早く死ね!

「人を呪わば穴二つ」という言葉があります。
他人が早死にすることを望んだり、その思考を口や文章で表現すると本人自身が
早死のカルマを形成する可能性があります。

日本一の商人と言われている斉藤一人さんの口癖は
「あなたにすべてのよきことが雪崩のごとく起きますように!」
というものです。

彼は他人にいいことがたくさん起きることを願い、その思考を口や文章で表現しているので、その果報によって自分自身にいいことがたくさん起こっているということです。

すべての人にすべてのよきことが雪崩のごとく起きますように!!

>わざと、ソンシはそれを覚醒させて、
>自分に依存しなければならないようにしていたんじゃないですか?

依存されることのしんどさを理解していればそんなことは...

仲がいいから喧嘩できる

>とにかく自分の不満を相手にぶつけてみればいいのだ。人間心の底に貯めている不満をぶちまけるだけでも気持ちは楽になる。それで改善される部分もあろう。

秋篠宮夫妻のインタビューで「夫婦円満の秘訣は?」「そう見えるということですね」というやり取りがありました。秘訣は「思っていることをきちんと伝えることで、より理解が深まるのではないか」ということだそうで。

いろいろ言い合いしてるほうが結局は仲がいいというのは納得できます。言い合いするということは、客観的に言葉を受け止める準備があるということで、「こりゃ話しても無駄だ」となれば、そこで対話はなくなりますから。対話がある状況が、エゴを超越できる環境だと思います。

今のサンガは対話はない。率直に話すことなんて、ほとんど無理ないんじゃないかと。
夜中に太陽の威光を喧伝するよりも、一人一人が法の灯明で照らして進んでいかなければどうにもならないでしょう。

カルマの法則

>『93年シヴァ大神祭』において、
>「今回この地球は私(弥勒菩薩)の担当なのである。
>よって、天界と人間界を行き来しながらコントロールしている」という
>内容を説かれてますが、自分達では伺い知れない遠大な救済計画を感じてしまい
>ます。参考情報としてお送りします。。

カルマの解放のためには地球温暖化を促進した方が良いんですね。
熱帯より寒いところではカルマの解放が遅いとかいう説法がありました。
で、ソンシの変化身はそう工作しておられる、

かどうかは分かりませんけど。

こう活動できない状況では、
別に人間界に肉体を持っている必要なんか無いじゃないかと考えるのは、
わたしだけでしょうか?

>依存されることのしんどさを理解していればそんなことは...

A派なら、それが上祐氏と麻原尊師との違いなんです!
と、言いそうですけど。

>サマナ、師はサマディ目指して早く死ね!

と言うのがいけないと仰るのでしたら、わたしは、

1000年アーレフが存続しますように!
サマナや師の皆様が1000年この人間界に存在し続けますように!

と言っておきます。

早世

>事件や事故で亡くなった人たちもたくさんいますが、病気で亡くなっている人たちもかなりいます。
「教団に出家した人は早死するカルマを持っている人たちが多いな」という印象があります。

例えば、誰ですか。合計何人ぐらいでしょうか。

承認待ちコメント

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実績と現状認識

〉A派なら、それが上祐師と麻原尊師との違いなんです!
〉と、言いそうですけど。

過去に省庁制を導入した背景、実績や、沈黙以外の発言がない現状を見れば、将来への予断と建前論は葬り去られます。

物理的にはいろいろな制約があり、それを乗り越えるのは、現場の当事者の仕事であって、神話や都市伝説か゛勝手に成就するわけではないので。

白か黒どちらも

> 率直さを押し殺した関係は、いずれ破綻するものだし、相手が主張しても、「そうですね、オセロは白いですね」と半分くらい受けとめたら

これが出来れば救われる安心立命の可能性は半分完成しているのでしょうね。

> 危険性と恩恵の関係は、それこそ上記の真逆の表現なんですが

そう、縁があれば現象する縁ないなら、現象はなくとも潜勢力は残る。ならばその表か裏、白か黒どちらもあり得るので、どちらも受け容られる。

> 「宗教」なんて、こんなものに人類の未来は託せない

そしたら人類の未来を託せなくもないのではと思いますがね。

新快速はやっぱりおっかない

>> 「宗教」なんて、こんなものに人類の未来は託せない
>
>そしたら人類の未来を託せなくもないのではと思いますがね。

陰陽なら、負の領域を完全に底固めして、蹴って浮上するように高みに上がるしかないでしょうね。

大事なものを託すには実績も根拠も要ります。

数年前に珍しく新幹線に乗りましたが、常連のビジネスマンは300キロ近い速度も別になんとも思わず、ずっと寝ていくんですよね(汗)
久しぶりに乗って、「新幹線ってこんなに速かったのか!」と驚いたものですが、万が一にも惨事がおきたらシャレにならん…絶対助からないなと思ったものです。それにも増して非常に乗り心地がよく安心感があったのも印象的。むしろ爆走する西日本の新快速は怖かった(苦笑)。東に比べて保線もしょぼくてガクンガクン揺れるし。まさに命を託してる。

昔、新幹線が走り始めた頃は故障も多く、そのたびにマスコミが寄ってたかって危険危険と叩いたそうです。全く信用されてなかった。今じゃ考えられないことですけど。あまりに根拠のない叩き方をするのを見かねて、運営局が資料集をマスコミ各社に配って、在来線との安全システムの違いを講義して、各社それなりに納得したそうです。

「新幹線ってこんなに速かったのか!」と驚いたものですが、万が一にも惨事がおきたらシャレにならん…絶対助からないなと思ったものです。

そういえばグルはヴァジラヤーナのことを新幹線に例えていましたね。

>運営局が資料集をマスコミ各社に配って、在来線との安全システムの違いを講義して、 各社それなりに納得したそうです。

 アーレフ・ひかりの輪はオウム真理教時代との違いを社会に説明していますが、未だに
納得されていませんなwww

新幹線は座席リクエストで必ず後ろのほうに乗っている。もっとも独逸の事故みたいに真ん中からやられることもあるが。

新快速、あの狭い狭軌であの速度は狂気としかいえない。福知山線の脱線から考えても、狭軌なのにあんな無茶なスピード出すなんて、まるでオウムじゃわ。勿論一番後ろしか乗りませんw それにしても首都圏の電車は遅いですなw

安全はトップマネージメント by JR東日本のえらい人

もともと関西は私鉄が強く、標準軌の並行路線も多いため、JR西は不利です。料金でも太刀打ちできないからスピードで勝負するしかない。

やはり貧すれば鈍するで、シェアを落とせば設備投資もじり貧になるので、単にスピードを落とせばOKでもなく、競争力を維持しないと安全にも響いてくるんですね。

狭軌でも保線、ATS、踏切をしっかり強化すれば一定の水準はキープできるはずです。実際、常磐線は130km/hでも安定感があります。速度と安全の順番を間違えたのが痛い失敗だったんです。安全は掛け捨ての保険でなく、確実に収益に資するということを見通してなかったのかも。ここも陰陽。相生と相克は表裏一体。

大きな投資計画は上層部が決断するしかなく、そこはトップマネージメントの責任範囲になってきます。トップの資質がもろに出ます。

解体の方向性

 個人的な信仰の自由の領域においては別だと思うけれど、サリン事件を起こしたという時点で、その集団性は維持されてはいけない。社会的な原則から言えばそれが全うなことであり、解体こそが他者に迷惑をかけない唯一の手段でしょう。

 また、テロの定義はいくつかあるでしょうけれど国家との対立軸にオウムがあったとは考えられず、単に坂本弁護士事件やその他の犯罪をごまかすための茶番劇であり、テロのような政治的な心情が作用するようなものとは考えられませんね。
もし、あれがテロならば末端の信者にいたるまで一丸となってテロを指向していたはずです。ところが、そんな事実はなさそうですしね。
これは麻原さんを首謀者とする犯罪であり、国家と集団の思想信条からの対立から生じた暴力、つまり前定義のもとにおいてはテロではないでしょう。

極悪集団が残るのみ

 アーレフや光の輪は主に経済的な理由と高齢化から、その集団性の維持は非常に難しいといわざるを得ないのではないでしょうかね。新しい会員と称し呼ばれる人たちは存続のための資金を集めれるような対象ではなく、どちらかというと本格的な心の救済を求める人たちであった。ところが、こういった人々に対応をできないばかりかとまどうばかり。
それはそうだと思う。出家や専従と自らを呼び信者たちの上位に立つのだけれども、その実は信徒に救済を受ける側であり、救済をうけているのは専従や出家である。
そういった自覚もないままにセミナーとかツアーとかいったカルト丸出しの不況もどきをしている。これじゃ社会的にみとめられようはずもない。
カルト的な手法を旧団体から相続しながら、それぞれの集団が運営される。A派にしても本気で浅原氏を信じているかというとそうでもないだろうと思う。単にオカルト集団としての香りをだし、そこで団体を維持しているにしかすぎないだろう。新約聖書ではないけれど、おそらくいま団体内にいる幹部たちがなんらかの罪で獄につながれようとしたとき身振り手振り入りで麻原氏を否定するだろう。

単に集団をまもるために宗教ぽいというか、もっというならばカルト的であるだけで、その実は空っぽの集団ではないのか。ああ、A派にかんしていえば、もっとたちが悪く、悪魔崇拝オカルト信奉というかたちで犯罪を肯定でもしかねない雰囲気を醸造し、そのもとには危険人物もいるようである。そういった人々は狂信的な性向からいつか、隠れ信徒、賠償逃れしている鬼畜どもの庇護をうけている麻原婦人のもとによりそうのではないか。そのとき一体なにがおきるのか、想像しただけでもぞっとする。
そうした地下カルトがなにをしでかすか、それを考えないといけないのではないか。

エージェントとして言っておかなければならないことだけど、埋蔵金こそ彼らはもっていないけれど、隠し資産のようなものは数千万円の小口単位で隠し持ってもいる。破産管財人に丸裸にされる前に隠した金であるという、本来これらのお金は被害者にわたるべき金銭であったはずではないか。あるいは社会復帰しようとする信徒たちに手渡されるべき金だったはずである。

オウム事件被害者に見舞金 

オウム事件被害者に見舞金 自民PTが法案骨子素案
1月16日11時46分配信 産経新聞


 オウム真理教(アーレフに改称)の被害者救済を目的に、議員立法を検討している自民党のプロジェクトチーム(PT)は16日、法律案骨子の素案をまとめた。地下鉄と松本の両サリン事件を「悪質重大なテロ行為」と認定し、給付金を支払う被害者の範囲を両事件の被害者に限定。給付総額については未定で、今後公明党と協議するなどして内容を詰め、通常国会への法案提出を目指す。

 素案などによると、給付金は「見舞金」の性格で支給され、対象は地下鉄と松本の両サリン事件の被害者や遺族で、坂本堤弁護士一家殺害など他の事件は含まれなかった。死亡や重度後遺障害、傷害など被害の程度によって類型化して、一定額とする。

 教団をめぐっては、3月に破産手続きが終結する見込みだが、被害者に支払われていない賠償金は約25億円に上る。このため、PTは昨年秋から、議員立法を目指して法案の内容を検討していた。

 被害者側は、未配当の約25億円全額を国が肩代わりして被害者に支給し、その後、教団から取り立てる案を要望していたが、PTでは一般犯罪の被害者との整合性が取れないなどとの反対意見があり、見舞金と位置づけられた。

 国は見舞金分については、被害者から損害賠償請求権を取得し、アーレフなどから厳格な回収に努めるとした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080116-00000916-san-pol

問題の解決があれば

>その集団性は維持されてはいけない。社会的な原則から言えばそれが全うなことであり、解体こそが他者に迷惑をかけない唯一の手段でしょう。

これをおっしゃる方が多いわけです。これについてまさに真剣に考えてみるべきでしょう。私見では、集団を一つの身体とみなすとすれば、癌細胞を切除する(問題の解決)か、もしくは癌を完治さすことができるならばその身体は生かして置いても良いのではないかと思ったりしています。癌が何であるか?を見極めることが肝要かとも思います。


身体性にかんして

生きているのか死んでいるのかという問題なんだと思いますよ。派生したいくつかの団体もありますが、すでに社会的な身体性は死んでいると思うし、死んだという自覚がなく、夜行する死霊たちが自分たちは生きているんだという。そういう状況だと思えます。
それは多くの人からは気味悪がられて当然だし、自らの霊性から集団という身体性をはぐくみ再生しようとする力を大きく妨げるものではないでしょうか。オウムの身体性のみが相続されましたが、その魂は麻原氏とともに煉獄につながれている。こういう状況では、いったん個別レベルで分解され集団性を完全に葬りさったうえで、そこから再生されるべきだと思うし、そうでなければ現在の百鬼夜行のような状況は永遠とつづくでしょう、

生かされる可能性

同じ名を持つ同一人物であっても、新陳代謝を繰り返すと、細胞一つ一つは入れ替わり、一生の間に名前を変えなくても生きている間、随分”心”も体の個々の細胞も入れ替わりますよね。

生かされている筈の命を途中で何の言われもなく奪うような良識のない団体であったので、その団体の個々の細胞を生きたままバラバラにすれば、問題は解決するのでしょうか?

社会的な身体性は死んでいるというのは、確かに死にかけている側面もあるかもしれません。新陳代謝を繰り返しているというより、淀み、腐りかけているかもしれないのでね。

病気は重いようです。その病気は他の命を途中で何の言われもなく奪う細胞が増殖し、それらの細胞は切除され、身体全体は機能不全に陥り、かつてあった細胞が排泄され切除されたのに、その身体には何等既に機能性を有していない細胞を懐かしんでばかりいる細胞ばかりなら、いつか本当の死が訪れるでしょう。

機能回復・相互協力・新陳代謝が起こるならその団体という身体はまだ寿命があるかもしれません。

それは命を途中で何の言われもなく奪う行為をなした、切除された細胞と同じ傾向を有さないならば、生かされる可能性はまだあるのではないでしょうかね。




分子原子レベル

分子原子レベルの組成では食べたもの呼吸した分だけ分子原子は置き換わっているとおもいます。たとえば舌の細胞構造などは二三日で全組織は分子レベルで見ると置き換わっています。しかし、まったく置き換わった舌で味わったものの味は変わるでしょうか。
遺伝的な問題だとおもいますよ。同じように組成されれば他客的にはそれは同じものだといってもいいとおもいます。
それと同じようにみえているというお話をしているんですよ。
切除された細胞だという意見は理解できますが、切除され増殖したところで、どうして私たちも被害者であったという訴求が声を大にしてなされないのか。それがまったくわからないところです。
冷静に見て、多くの信徒さんは被害者だとおもいます。たとえ大人の判断力をもってはいっていたとしても、麻原氏のようなきわめて人の霊性にふれることによって人をコントロールしようとする人は非常に防御するのは難しい、それは他のカルトをみてもわかることだと思うのですが・・・
どうして、私たちも被害者であるといわれないのか。
僕にはとんとわからないところです。多くの信徒さんにおかれては、こうした犯罪者の手によってなされた基本的人権を制限されるかのような行為を受けた経験は賠償を払うよりももらう方がふさわしいのではないか。そう思えるんですけどね。

基本的には団体を離れてひとりの被害者となっったとき細胞としてよみがえるでしょうけれども、それ以外では望みは低いと思いますし、それとは関係ないところである経済面でもおいつめられつつある。

そういったものにしがみつかずに仏陀がおしゃったように一人サイのように歩み修行されるのが僕には妥当だとおもうんですけどね。

>基本的には団体を離れてひとりの被害者となっったとき細胞としてよみがえるでしょうけれども、それ以外では望みは低いと思いますし、それとは関係ないところである経済面でもおいつめられつつある。

生活するだけなら、少欲知足ほど経済的なものはないでしょうね。

人間がひとつのところに固まって生活しているとか、各人ばらばらで生活しているというのは本質的に団体、サンガとは関係ないと思います。
いまでも教団の集団生活はありますが、生活協同組合レベルでしかないのが現状です。本当の意味では各人かなり孤立してますよ。
もちろん本当の意味でのサンガではない。
道場関係も道場だけで固めようとしてるから、あまり他のパートには関心ないみたいだし。
エゴの壁があればサンガは成り立たないし、本当の意味でサンガが機能するときはエゴを超えていけるものになっているはずです。


>そういったものにしがみつかずに仏陀がおしゃったように一人サイのように歩み修行されるのが僕には妥当だとおもうんですけどね。

一人暮らしすればOKでもなく、集まって生活しているからサンガなんだともいえない。真に一人に強いのと、心に壁を作っているのは別だと思います。

とても好意的な

ご意見を頂き感謝します。
ただし、聖なるものがあるとして、その聖なるものだと思いこんでしまった我々信じた側の者が被害者意識を如何に高めても詮無きことである。と個人的には受けとめています。

何故なら信じるに足る資質が私に備わっていたからです。しかし、人の霊性にふれることによって人をコントロールしようとする者に出逢おうと、(極端な譬えで言えば、仏に会えば仏を殺すという禅宗的)適切な感性が欠けていたものには、その信じてしまった自分を反省しなくてはならないと考えています。
ただし求道心を抱き求めている資質の者の集まりで構成されている身体という団体は、切除された癌細胞故に機能不全を起こしていても生きているなら、それなりに生きる役割があるはずでしょうし、死して猶生きたいと言って足掻いている訳でも無いので、天命に委ねるしかないのではないかなと思います。当然それなりに各細胞のそれぞれがこの身体を大事に思うのか、単に切除された悪性腫瘍を未だに身体を動かすには必要不可欠でそれなしで機能しないと思いこむ輩で満たされるなら自己増殖は癌細胞だけでしょうから死を望んでいるだけだと言うことを自覚されない哀れな細胞でしょう。


人間って要するに五蘊仮和合ですから、色の部分は皆さんご指摘のように比較的短期間で分子レベルでは更新されていく

でも今生における自己同一性を司るプログラムというか設定というか、ソフトウエア的な部分に関しては、ベースとなる色の部分が更新されても設定は保存されますよね。今生だけの問題なら非常に簡単に理解できる話

転生の場合がどうなるかというのが唯物論的な理屈では理解が困難になるところかもしれないですけど、たとえばえいべる股引教で提唱されている「アーカシック鯖モデル」で、転生を超えた設定の保存っていう発送を導入したら何の苦も無くそのへん理解できると思うのですが・・・

追加すると、アーカシック鯖モデルっていうのは、アーカシックレコードはデータの貯蔵だけでなくって、深い意識の処理プログラムを担ってて、鯖ークライアントモデルで個我はクライアントと。

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