元オウム教団幹部 野田成人のブログ

原則1日コメント3個迄(秘密コメは1個迄) 累積賠償額891万円

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皆さまにとって、来年が良い年でありますように。
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 松本家の裏支配に悩んだ日々でしたが、04年7月6日に“解放”されました。私が薬事法違反で警視庁に逮捕されてしまったのです。
 無許可で輸入した塗り薬を販売した事件は、オウム事件関連でよくある微罪捜査とは一線を画するものでした。ある司法関係者は「あなたの関与の程度で普通は逮捕されない」と言っていましたが、現実にアトピー悪化などの被害があったのです。この点は被害者にあらためてお詫び申し上げます。
 この事件で私は、当初から謝罪表明を幹部会で訴えました。しかし、他の幹部は反対でした。結局私は教団のスタンスとは別に初公判で謝罪し、教団からも突き放されましたが、グル絶対主義を否定する契機にもなりました。

 一方、教団では正悟師のとりまとめ役の私が不在となり、松本家の無責任ぶりに不満を抱いた二ノ宮正悟師と杉浦茂正悟師が上祐氏に「修行」からの復帰を直訴。これから上祐氏は松本家批判を展開して支持者を集めていくことになったのです。
 残る正悟師は杉浦実と村岡達子の両氏でした。杉浦実正悟師は00年以降の経理担当で、当初は松本家に忠誠を示す立場でしたが、経理面の問題で現実を直視せざるを得なくなりました。
 上祐氏はサマナに対し、「いままでのやり方にこだわっていては経済的に立ち行かなくなる」と訴えたようです。しかし、松本家側は荒木広報部長らを使って反上祐宣伝を繰り広げました。派閥争いで教団内は殺伐とした雰囲気が広がり、教団経営は一層圧迫されました。このツケの責任を杉浦実正悟師が負わされたのです。
 このままでは半年余りで資金がショートするという事態になって、ようやくサマナ向けの説明会が開かれ、杉浦実正悟師は責任を追及されて経理担当を辞しました。結局、経理担当は05年11月に村岡正悟師へと引き継がれます。私が執行猶予判決で出所したのは、その1ヵ月後の12月26日。既に教団は様変わりしていました。


 教団に戻った私を迎えたのは、村岡正悟師と別所幸弘氏(教団名・ラーマネッヤカ師)でした。別所氏は松本家のトラブルを処理する弁護士を紹介するなどし、幹部の中で唯一、正面切って松本家とコンタクトできる立場になっていました。別所氏は私に「ご家族はもう教団運営にまったく関与されていない」と強調し、私の処遇についてこう告げました。
「しばらく修行していたらいいんじゃないですか」
 松本家の指示はイエスマンだけで共有される機密です。予想通り、私は完全にカヤの外に置かれてしまいました。別所氏によれば、三女の意向も「修行」でしたが、派閥争いに辟易して事態打開を私に期待するサマナもいます。上祐氏を除けば順列でトップに来る立場上、説明もなしに引きこもるわけにはいきません。私が出所して3日後、東京・世田谷区烏山の教団施設で説法をする機会があり、少しぼかした表現でこう説明しました。

「アーチャリー正大師に指示されたので、仕方なくしばらく修行してます」
 しかし、説法が終わると荒木広報部長が怒鳴るように私に言いました。
「松本家の話はサマナの前でやる話ではないでしょう。社会融和上も問題があります!」
 教団内での彼の地位は私よりはるかに下。ナメられたものです(笑)。しかし、荒木氏が知子さんと“親密に”連絡を取っているという噂は私の耳にも届いていました。松本家の話が「社会融和上問題がある」とするなら、荒木氏も襟を正すべきなのです。なにせ、ある信者が大手メディアの記者から
「荒木さんと知子さんが同棲を始めたという噂がありますが本当ですか?」
 と尋ねられたほどですから。もちろん2人はそこまでバカではないと思いますが…。


 いずれにせよ、上祐氏の一派とA派教団の分裂は、私が出所した05年末の時点でほぼ決定的でした。もちろんA派教団といっても全員が麻原原理主義なわけではありませんが、その一角を突き崩す出来事も起きました。松本家四女の家出です。
 四女は知子さんと茨城県龍ケ崎市に住んでいました。しかし知子さんの面倒見が悪いらしく、06年2月に家出すると私や村岡正悟師に接触し、「ご家族」と神聖視されていた松本家の内幕を明かしました。四女は私たちにこんなことを訴えたのです。
「あっちゃん(三女のこと。アーチャリー正大師の「ア」を取って)が弟を虐待している。一番下の弟は、両足を脇に抱え込まれた上で股間を足で思いっきり踏んづけられていた。弟は『ゴメン、許して、許して』って泣き叫んでいたから、私が止めようとして間に割って入ろうとしたけど、突き飛ばされた」
 デ、デ、電気按摩ですか!? 四女の話を聞いて「松本家も聖人君子ではないんだ」と目を覚ます者もいました。村岡正悟師がその一人でした。

 松本家の威光を表に出せないA派は、正大師の上祐氏に対抗するため正悟師の看板を必要としていました。当時その役割を引き受けていたのが村岡正悟師だったのです。傍目から見ても、村岡正悟師は信者代表としての責務を果たしており、教団運営における役割は大きかったのです。
 しかし、四女の話で目が覚めた村岡正悟師に対し、知子さんは「あなたは私たちを大事にしなかった」と言って連絡を絶つようになったそうです。松本家支配が続く教団の状況は最悪でした。私の周りにも松本家のスパイが配されているようでした。


 こうした実態を伝えるべきはマスコミだと思いますが、その姿勢にも数々の疑問を感じました。私が07年3月に教団代表に就任したと内部発表し、加えてM派が分裂したため、殺到する取材に忙殺されたのですが、例えば某民放テレビの態度は酷いものでした。
 この局は以前から発言内容を編集で意図的に変えることが度々ありました。しかし「聞かれたら差し支えない限り答える」というのが私のスタンスです。それなりの対応をしようと考えて取材に応じました。撮影は3月5日に私の住居で行われ、正直な心境も吐露しました。インタビューはほぼ事前の打ち合わせ通りに進み、最後にこんな質問が来ました。
「(麻原への帰依を捨てるという)上祐氏は本心と違うことを言って、そう見せかけているだけとの説があるんですが?」
 これについては私自身、上祐氏がどう考えているのか聞いたことがありました。その答えに麻原帰依の片鱗もなく、インタビューでも「私の聞いた限りでは、そういう話はない」と否定しました。ところが午前零時ごろにM派幹部から電話があったのです。
「番組で一体どういう発言をしたんですか!」
 私の発言の前後関係を入れ替え、「上祐は麻原を切れない」という趣旨に編集されていたのです。早速そのテレビ局に抗議の電話をしましたが、ようやく連絡が取れたインタビュアーはこう言うだけでした。
「どうも番組の方で野田さんの発言をよく理解しないまま編集しちゃったみたいです。私も知りませんでした。すいません」
 そもそも番組自体が「上祐はまたウソを言って麻原への帰依を隠している」との構成だったようでした。類似の話は一般サマナから何度も耳にしましたが、マスコミは責任を求めても責任逃れの対応ばかりでした。


 さて、冒頭に記した通り、06年9月に最高裁で麻原の死刑が確定しました。予想されたことですが、信者には重い現実であり、死刑の話を表立ってする幹部はほとんどいません。だが逆に私は死刑の話を機会あるごとに触れ回りました。現実を認識しなければ信者は変わりません。
 既に事件から12年。それ以前の修行期間も合わせると20年以上の者もいます。長年守った考えを変えるのは容易ではありません。目を覚ますには強いショックが必要です。そのためには教祖の死刑しかないのかもしれません。
 死刑の是非をめぐっては、世間でも最近、山口県光市の母子殺害事件がマスコミを賑わせています。ところが取り上げられるのは弁護人も含む被告側への囂々たる非難ばかり。被告に反省が十分でない点は見受けられますが、疑問に感じるのは加害者側に対する世論の異常な憎悪です。
 私の立場からは言いづらいのですが、犯罪被害者が加害者に憎しみを抱くのは当然です。しかしマスコミと一般市民は日常の鬱憤のはけ口として便乗しているところはないでしょうか。

 みんなが「死刑だ、殺せ」と連呼します。でも皆さん、自分が死刑執行のボタンを押せるかどうか考えてみてください。果たして押せるでしょうか。なのに自分の手を汚さないで官吏にやってもらうのは虫がよくはないでしょうか。死刑は執行官も傷つきます。死刑囚にも家族がいます。麻原元代表の場合は知子さんと子供達ですが、それらも完全に切り捨てて「極悪人がひとり死んだ、あーメデタシ、メデタシ」と何事もなかったかのように忘れ去り、次に憎悪の矛先を向ける標的を探す、というのは馬鹿げているように思うのです。
 それではいつまでも憎しみの連鎖は終わらない。麻原元教祖の死刑は仕方ないかもしれません。それで信者の目も覚めるかもしれません。しかし私は、憎しみの連鎖はもうやめましょう、と強く訴えたいのです。


 最後に、一連の事件をどう総括するか。これは皆さんが私に最も問いただしたいことだと思います。事件の原因を分析する紙幅はありませんが、被害者ならびに遺族の皆様方には、この場であらためてお詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした。

 私個人としては事件以上に責任を感じることがあります。特に97年以降、教団を事実上切り盛りしてきた者として、社会との摩擦を繰り返した責任です。96年に団体が破産し、破防法適用を免れたのは97年。その後にパソコン事業で得たお金で、散り散りになっていたサマナを呼び戻したのは、ほかならぬ私です。破防法回避を免罪符と勘違いし、活動を活発化させ、謝罪や反省もなく事業でお金を稼ぎました。収益を一円も賠償に充てないまま……。
 上祐氏は98年頃、獄中から「儲けたお金を被害者賠償に充てたら」と勧めてきましたが、私は耳を貸しませんでした。00年までオウムの金庫番として賠償に最も強硬に反対し、不動産などを購入しました。その結果として招いたのは各地のオウム排斥運動でした。いわゆるオウム新法も制定されました。私が98年頃に謝罪と賠償の努力を始めていたら社会との距離はもっと近かったろう、そう思うと反省しきりなのです。
 私は今後も自分のできる謝罪と賠償の努力はさせていただくつもりです。本稿の原稿料もすべて被害者賠償にあてさせていただこうと考えています。

コメント


やっと反省したのか

松本家・A派が

反省するときはやってくるのでしょうか?

「グルは絶対に正しい!そして絶対に正しいグルに帰依しているわたしは絶対に正しい!」
というグルイズムの思考パターンにいったんハマるとそこから抜け出すのは大変です。

グルイズムの呪縛に囚われて「自分(たち)以外は凡夫・外道・魔境だ!」と強烈な排撃感情にさいなまれ苦しんでいる人たちが、その呪縛から一日でも早く解放されることを祈るばかりです。

被害者賠償にあたっては、野田さんかもしくはA派でもM派でもない人が、被害者救済基金みたいなどを立ち上げて、心ある元信徒やサマナ達が自由に金額大小に関係なく、振り込めるようなシステムがあれば、少しはでも賠償の足しになると思います。

今の教団の返済はあまり賠償になってない

>少しはでも賠償の足しになると思います。

厳密に「賠償の足し」となるかといえば、管財人が賠償計画、契約の終了を宣言し、法律で国家が見舞金の形で肩代わりして「早期終結」をはかるという流れからして、その後は金銭的には済んだ賠償という国家への借りを返すという返済目的に変わりますので、「賠償の足し」にはなりません。むしろ遅々とした今の償還ペースは逆に金銭的賠償としては「やらないよりまし」という性質のものです。けっして褒められるものではありません。何十年かかるかわかりません。賠償としては甚だ不完全です。

そして、難しいのが、債務者をどう定義するのか?少数の今教団に残っている人間が返済義務を負うのか?どこで線引きするのか?今まで破産状態だった旧教団から賠償を引き継いで支払計画を立てていたのが、今度は「義務」に変わります。今までのようなアレフの自主的契約とは違います。
でも実態としては、今まで通り、現役教団構成員の中から支払いを捻出するという形に落ち着くのではないかと思います。大昔にやめちゃった人を掘り返してお金の話をまとめるのは難しそうです。「支払います」という意思表示がなければ教団もろともそこまでになってしまう性質の債務です。

本気で被害者に謝罪する気はありますか?

>私は今後も自分のできる謝罪と賠償の努力はさせていただくつもりです。
>本稿の原稿料もすべて被害者賠償にあてさせていただこうと考えています。

 幾ら誌上でこの様な殊勝な事を書いても、このblogでこんなしょうもない事( http://alephnoda.blog85.fc2.com/blog-entry-176.html )を書いているようじゃ、端から見れば本気で被害者に謝罪する気があるのかどうか非常に疑わしく感じられますね。
 被害者感情を無視した軽薄な文章が凡夫により添削を食らったという事だけでなく、それを恥とも思わずにここで「訂正」した挙げ句、綺語を「正」とするその感覚が理解出来ません。
 「空気が読めない」のは教団の中の人の特徴ですが、VT正悟師にも以前からその傾向がそこはかとなく伺えたように記憶しております。

綺語プラス悪口

>「モーニング娘。の石川梨華とか可愛いですね」
>「あー、あの子、たしかに可愛いね」
> ちなみに三女の名は「リカ」。私は思わずこんなことを考えていました。
>〈石川梨華は可愛いけど、同じリカでも月とスッポン。雲泥の差だなぁ、トホホ…〉

確かに、ここの部分は綺語プラス悪口で、
正悟師としては、良くないと思います。
私も、もっとひどい綺語・悪口を言いますが、
文章にしてしまって、公開するのは良くない。
仏教者はまず戒律を守ることが重要ではないでしょうか?
一般読者を意識して、
多少ユーモアのある表現をこころがけているとは思うのですが、
「正悟師はお笑い芸人ではない」
ということです。

VT正悟師は

「見たまま、感じたままをありのままに表現する」という正直の戒を実践しようとしていると思います。

今まで教団はあまりにも「自分をよく見せるウソ」が多すぎたと思います。

「自分をよく見せるためにウソをつく」
「本音と建前を使い分ける」
という傾向は日本人に強いと思いますが、教団はその要素が非常に強いです。

今回のVT正悟師の暴露記事は
「自分をよく見せるためにウソをつく」
「本音と建前を使い分ける」
という教団の悪しき慣習に一石を投じたのではないでしょうか?

>「正悟師はお笑い芸人ではない」
 ということです。

「正悟師はこうあるべきである」というイメージを押し付けるより
まず「その人物をありのままに見て受け入れる」という方がいいのではないでしょうか?

「石川梨華は可愛いけど、同じリカでも月とスッポン。雲泥の差だなぁ、トホホ…」と考えたことをそのまま表現するのが現在のVT正悟師のありのままの姿だということです。

つまり月刊現代の記事でVT正悟師は松本家が聖人・君子でないことを明らかにしたのと同時に
正悟師たちも聖人・君子ではないことを明らかにしたということです。

お互いにありのままの姿を認め受け入れ、そこからお互いにどうするべきか考えるというのが人間関係の改善・個々の成長に役立つと思います。

綺語プラス悪口?

>>「モーニング娘。の石川梨華とか可愛いですね」
>>「あー、あの子、たしかに可愛いね」
>> ちなみに三女の名は「リカ」。私は思わずこんなことを考えていました。
>>〈石川梨華は可愛いけど、同じリカでも月とスッポン。雲泥の差だなぁ、トホホ…〉

>確かに、ここの部分は綺語プラス悪口で、
>正悟師としては、良くないと思います。


いいえ、実際そうでしょうから、綺語プラス悪口には当たらないでしょう。

綺語は無意味な言葉を話すことですし、悪口は相手を貶める言葉を発することですから。

わたしも正悟師の言うとおり、
「モーニング娘。の石川梨華」さんと松本麗●さんでは、相当違いがあると思います。
石川梨華さんの方がもちろん遙かに可愛いでつ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E6%A2%A8%E8%8F%AF

元モーニング娘。では、「矢口真里」の方が可愛かったですな、わたしの見解では。
ところで、今は石川梨華さんは卒業して「元モーニング娘。」になってしまいました。

ただ、今年流行った小島よしおの「そんなのかんけぇねー!」とか「おっぱっぴー!」が綺語に相当するかは分かりません。

これらは意味があるような無いような?

被害者賠償

わたしがアンチの立場で書くとすれば、

アーレフ、ひかりの輪、ケロヨンクラブなどを即時に解散させ、
オウム真理教の教えを継承したり、元幹部(「師」以上)が教団を設立することを禁止した上で、
信者だった者(サマナ以上および松本家)に賠償を課す方がいいと思います。


でも、お馬~♪の立場から言わせていただくと、
「信教の自由」「表現の自由」などを著しく侵害するような気がしますね。

ネットをやっていてつまらなくなりますな。
茶々を入れる対象が無くなりますし。

こうなったら、わたしのオウム関連のサイトはすべて外国鯖にしてしまうでしょうな。
規制も厳しくなるでしょうし。

アダルト無修正動画サイトがなぜ、外国鯖を使っているのかと言えば、
国内で規制が厳しいからそういうモノを国内鯖では作れないからでつ。
オウム関連もそれを同じことになってしまうとは情けない!

オウマーの西村さんもそうやって今まで乗り切ってきたんですな。

しょーもない話題です、自己嫌悪

じつは、わたしは、石川梨華はタイプでなくて、アーチャリー正大師のほうがかわいいと思っています。
ともこさんも、賛否両論わかれるようですが、わたしは、すげーかわいいと思っていました。
ちなみに、ケイマ正大師は、好みではありません(失礼)。
ところで、アーチャリー正大師が学校に通う理由はなんなんですか?開祖にすすめられでもしたのかな?

脱出

別に批判ではない。いろいろと記事を読んでいて、ふとピンときたことをコメントしてみた。

教団の運営ができなくなったら、A派のステージの高い一部の人たちだけで
教団を切り捨て脱出する予感がする。
シャンバラで結核患者がでたときに、修行が足りないで十分な対応をしなかったときのように。
ステージが違う、修行が足りない等の理由で脱出してしまう予感がしている。


訂正

シャンバラで結核患者がでたときに、「修行が足りない」という理由で十分な対応をしなかったときのように。
ステージが違う、修行が足りない等の理由で、他サマナを退け、脱出してしまう予感がしている。

教団の運営ができなくなったら、A派のステージの高い一部の人たちだけで教団を切り捨て脱出する予感がする。

それをやろうとしたら、あるいはやったら、きっとこのような結果になるでしょう。
というかこのプロセスが徐々に教団で進行していってるのではないでしょうか。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html

僕は教団の未来をもっとポジテイブにとらえています

ポジティブな未来とは?

教団にどのようなポジティブな未来があるのか、具体的なヴィジョンを共通さんは持っているのでしょうか?あったらお聞かせください。



1.教祖の死刑確定が覆され、教祖が無罪で釈放され、教祖が偉大な救世主となり全世
 界を救済する

2.教祖は刑死するが死後復活し、教祖が偉大な救世主となり全世界を救済する

3.教祖は刑死するが、教祖の長男・次男が偉大な救世主となり全世界を救済する

4.教祖は刑死するが、教祖の三女が偉大な救世主となり全世界を救済する

5.教祖は刑死するが妻が偉大な救世主となり全世界を救済する

6.教祖は刑死するが荒木さんが偉大な救世主となり全世界を救済する

7.教祖は刑死するが合同会議メンバーが偉大な救世主となり全世界を救済する

8.教祖は刑死するが上祐氏が偉大な救世主となり全世界を救済する

9.教祖は刑死し教団はバラバラになるが、教祖が説き明かした法則を弟子達が一般社会 で実践し 人々に財施・安心施・法施をなし続ける

 深刻な地球環境問題に直面した世界の人々が徐々に利他の実践に目覚めていき、徐々 に世界全 体に利他の実践が広まっていく

 特定の人物・特定の団体が世界を救うのではなく、世界の人たちの協力によって世界が 救われて いく


>僕は教団の未来をもっとポジテイブにとらえています

「教団の未来はどうなるの?教団の未来はどうなるの?」という教団のことしか考えないせまくて固い意識状態では教団も日本も世界も救われないでしょう。

当然1~8が現象化する可能性はないと思っています。
わたしは9にのみ望みを持っています。

「特定の人物・特定の団体が世界を救うのではなく、世界の人たちの協力によって世界が救われていく」のが来るべきアクエリアスの時代だと思います。

<オウム真理教>破産手続き、来年3月終結へ 管財人に聞く

 --破産手続きを終結させる理由は。
◆通常の破産事件なら約35%(約13億円)は高配当だが、生命・身体の被害としての賠償なら
たとえ100%でも被った痛手は癒えない。管財業務としては不満足そのもので、被害者救済はまだ道半ばだ。
だが、オウムは分派して回収がこれ以上厳しい。

--管財人を引き受けた当時を振り返ると。
◆スタッフや家族が無事で終えられるかが最大の心配で、命にかかわる事案だと考えた。
事務所前にトラック1台分の砂利がまかれたこともある。
抵抗が強かったサティアンなどの明け渡しでは「脱会して社会復帰するなら協力する」と
働きかけるなどして約7カ月で実現した。強制執行をせず、けが人もなかった。強行策を取らなかったのは正しかった。

--管財業務は異例の長さになった。
◆本来なら配当すれば終わり。当初は3~5年と思ったが、高配当を目指してあらゆる手を尽くした。
管財業務が続いたことで、定期的に教団に経済活動の報告を求める監視役になり、
教団の「目の上のたんこぶ」として無軌道な行動を控えさせた面もあった。

--印象深い出来事は。
◆一つは被害者への配当を高めるために、教団に対する国の債権放棄を実現できたこと。
通常なら不可能だが「小さなパイを国と被害者で分けるのは社会正義にあうのか」と訴えて特別法を制定してもらった。
大きな負担になってしまう施設解体費も、国会議員や省庁と直接掛け合い、国と自治体から約5億円拠出してもらうことができた。

--被害者の声が支えになったと聞く。
◆後遺症を負う方の話をうかがうと、家族をあげて大変な介護をしている。一刻も早くなんとかしたいと思っていた。
テロは国家権力に対する挑戦でもある。苦労が続く罪のない被害者を国は全面的に救ってほしい。
管財業務が終わるこの機会に、国が被害者補償を果たした上で、教団から債権を回収してほしい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071229-00000063-mai-soci

アイドル教はまもなくおわる

>9.教祖は刑死し教団はバラバラになるが、教祖が説き明かした法則を弟子達が一般社会 で実践し 人々に財施・安心施・法施をなし続ける

現状それに近いのでは?
お役所への名簿提出以上の組織としての規定がないから、もうこれ以上は枠組み上のばらばらはないでしょう。あるとしたら、現在の求心力が破綻したとき、もしくは集団居住や連絡、会合の禁止など、治安維持法なみの法的強制力。

>>僕は教団の未来をもっとポジテイブにとらえています
>
>「教団の未来はどうなるの?教団の未来はどうなるの?」という教団のことしか考えないせまくて固い意識状態では教団も日本も世界も救われないでしょう。

絶望が極まれば、それは希望へと変わるから、お先真っ暗でも、それもまたよし。

>「特定の人物・特定の団体が世界を救うのではなく、世界の人たちの協力によって世界が救われていく」のが来るべきアクエリアスの時代だと思います。

最終的に、一人一人の自助努力なしには問題解決の原動力になりえない。もの言わぬ偶像(idol)的盟主をかかげて、その威光で統一をはかるやり方は破綻してると思います。

キリストがあらわれた
キリストはじゅうじかにかけられた
キリストはしんだ
キリストがあらわれた
キリストはじゅうじかにかけられた
キリストはしんだ
キリストがあらわれた
キリストはじゅうじかにかけられた
キリストはしんだ
……
しゅじんこうのきぼうが 0 になった。
しゅじんこうはたおれた。

ふっかつのじゅもん:******

元信者とお馬~との狭間で

9.教祖は刑死し教団はバラバラになるが、教祖が説き明かした法則を弟子達が一般社会 で実践し 人々に財施・安心施・法施をなし続ける

>深刻な地球環境問題に直面した世界の人々が徐々に利他の実践に目覚めていき、
>徐々に世界全 体に利他の実践が広まっていく

>特定の人物・特定の団体が世界を救うのではなく、
>世界の人たちの協力によって世界が救われていく


そうですな。元信者としてはそれに賛同いたします。
もう組織に依存して修行したり救済活動をする時代は終わってしまったのかもしれません。

でも、アーレフやひかりの輪が潰れてしまうのはお馬~としては寂しい限りでつ。

えらそうなこと言ってすいません、自己嫌悪

言葉が足りなくて申し訳ない
ポジテイブにとらえているというのは、よい未来になるのだという見通しを持っている、という意味ではありません。
説明がへたくそなので、つたわらないかもしれませんが、この手の話をするとき、もっと明るい感情を思い浮かべていたいということです。
こころがすべてを作り出すともうします、教団の未来にかぎらず、まあ、周辺の環境がどうあるかに限らず、生活の中で、こころが乱れたものであるならば、きっと未来も、みだれたものになるでしょう。
オウムが悪いから批判的な話になるのはあたりまえである、心が乱れているといわれようと、批判するものがいなければ、正されていかない、、わたしもそう考える一人でした、が、私の場合よくよく考えてみると、だれでもいいから批判がしたい、と思っている部分があり、それをたまたま教団に向けているだけでした。
心理学というんでしょうか、とくに催眠術の分野に、正当化、という概念があるそうです。
たとえば、後催眠暗示を、催眠がとけたあと、あるひとが手をたたいたら、カーテンをあけたくなるように、と、かけられた人に、カーテンを開けた理由を尋ねると、部屋が暗かったから、外が見たかったから、などと心のそこから、理由をのべるのだそうです、みなさんは、お分かりのことと思いますが、表層の意識では、正義などの理由を掲げておこなうことも、たんに潜在的無意識に刻まれた煩悩というか、衝動にコントロールされているだけだったりするのです。

胸痛さんへ

この本をおすすめします。

http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%82%92%E8%B2%AB%E3%81%8F%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87-%E5%B0%8F%E6%9E%97-%E6%AD%A3%E8%A6%B3/dp/4884747615/ref=pd_sim_b_img_5

この本には肯定的な生き方をするための具体的な実践法が分かりやすく説明されています。
納税額日本一の斉藤一人さんもこの方の教えを実践して大成功しました。
教団関係者でもこの方の本を読んで共感し実践している人たちがいます。

わたしは今月末に行われるこの方の講座を受けに行きます。
会いに行くのが楽しみです。

ぜーんぜんポジテイブじゃねえな、俺(爆)

考えてみると、信徒になって、出家した背景には一般社会のもつ煩悩的な性質への批判がありました、それに飽きると、教団内の堕落に批判の目が向くようになり、そのうち、上祐社会融和政策路線が気に食わない、と言ったりもしたかと思えば、教団内でクーデターが起こってからは、原理主義批判をしてみたりしました。
人間の本音なんて完全に一つであるとは限らず、相矛盾する二つ以上の本音を葛藤させていることのほうが多いものです、どちらの主張も、相手の立場にたって考え、相手の気持ちを理解することだっていつの時期にもできたのですが、批判がしたいばかりにやってきませんでした。
そしていま、それらすべてを批判して回ることに飽きて、ほかに批判するものがなくなってしまった私は、たこが周りのものを食い尽くしてしまうと、ついには自らの足を食べてしまうように、自己批判をはじめてしまったわけです。
皆さんはそうならぬように、お気をつけください。

さて、自力戒律主義にくらべて、「恩寵感謝主義」の場合には
、意志や自力を基本に据えるのではなく、ハートからわき出る
行為のモチベーションを中心に据えます。そうして、大きなこ
とからではなく、小さなことから入ります。「小さなこと」と
は、等身大の無理のない大きさ、ということです。
マインドで考えた理論や大義からすると、人は、義務や責任に
ついて「~すべき」とか「~しなければならない」という課題
が無際限に拡大してしまう傾向があります。つまり、等身大の
「当身」の一大事ではなく、机上の空論的な一大事を想定して
、それに押しつぶされてしまいそうになってしまうことが多い
わけです。

そうではなく、ハートによる当身の、その身、その能力、その
環境での、生(ナマ)の、裸の、実感覚を 大切にします。
そうして、まず、神の恩寵に目を向けます。実感覚の中で、神
の恩寵を数え上げて、それを強く明確に意識します。
なぜなら、「忘恩の罪」こそが、色々な「黒雲としてのさえぎ
るもの」と「各種の不具合不調和」をもたらす根っこ(付近)
のものだからです。ですから、忘恩の罪を消失されるべく、神
から受けている「恩寵の自覚」に意識的に勤めるのです。そう
すると、自然に「感謝の念」が湧いて来るでしょう。感謝の念
が湧かないなら、湧くまで、ほかのことに目を向けず、神の恩
寵を認識し数えあげる段階に留まります。これが重要です。
そうやって、ハートに聖なる感謝の念が湧いて来たならば、お
のずと、次には、「恩寵をいただいている神様に対して、少し
でもご恩に報いたい」という「報恩の念」が醸成されて来るこ
とのを待ちます。ハート重視ですから、報恩の念が本当に湧く
まで、その段階に留まることが大切です。そうやって報恩の念
が醸成され湧いて来たならば、その念を動機として、「自分に
何ができるか?」を考え、自分の能力、当身の等身大の実感覚
の中で、恩返しとして、できるような小さな行為でよいので、
それを見つけて、それを進んでやるようにします。「進んで」
とは主体的に・・・という意味です。それも、恩返しさせても
らっているのだから、主体的であって、義務的でなく、イヤイ
ヤでもなく、功績を求めてでもなく、無私の軽さで、喜びなが
らやることができるでしょう。

これがハートから流出する、義務感でも意志でもない、「真の
奉仕行」です。夫婦や家族の中でも、そのようなハートから流
出する自然な無私の行為がお互いに贈与しあい流通していれば
、その絆は強く結ばれて、家族離散とか離婚などにはならずに
、幸福を築くことができるでしょう。

このような、義務感でも意志でもない、「真の奉仕行」状態で
行為をするとき、この行為者には、戒律主義の呪縛はありませ
ん。たとえ小さなことであれ、その奉仕行為は充実しています
。マインドによる大きな義務感や責任感から解放され、「只(
ただ)今、たった今」を誠実に生きて行為し、真の奉仕に従事
している陽気さと自由と喜びの中に生きることができます。
これが、「恩寵感謝主義」の立場での、奉仕行であり、戒律を
自力ではない形で守って行く実践方法になります。このような
「小さな報恩、無私の奉仕行」の積み重ねが、個我という月の
「反射光熱」を、三日月から半月そして満月へと増大させて行
くのです。

こうした実践過程には、自力戒律主義のような、重々しいプレ
ッシャーや重圧を伴う責任感やそれが実践できない時に生じる
自責の念や自己否定の黒雲の数々がありません。
そこに有るのは、カリフォルニアやイタリアやハワイや沖縄や
日向の太陽の如く「視界良好の快晴状態」で、陽気に、恩寵に
感謝しながら、主を讃えながら、報恩の無私なる奉仕行に嬉々
として邁進して行く光に満ちた菩薩行・・・有るのはそれだけ
です。

まとめましょう。「恩寵感謝→報恩奉仕→恩寵感謝→報恩奉仕
」 このような循環サイクルがあります。報恩奉仕をすると、
その過程で、さらなる神の恩寵を感じることができ、実際、神
の恩寵が豊かに降り注ぎます。ゆえに、一層、報恩奉仕に邁進
するハートになります。このディヴァイン・サイクルが稼働し
始める最初が肝心ですが、小さなことで良いのです。うまく、
稼働し始めたら、このサイクルを意識的に「守る」ようにしま
しょう。そうすれば、あとは、勝手に、回転してくれます。神
の光熱があなたというメディアを通して、活発に機能するよう
になります。なお、ここでの「光熱」とは、霊界用語で、光明
は知恵を象徴し、温熱は愛を象徴しています。

被造物の立場からすると、すべては、主の光熱による「∞恩(
オーン)」で出来ている、と言えます。
我々は、こうした「無限大の恩寵」を多くの場合、見過ごして
しまっています。釈尊の八正道でも、最初の一段階目は、「正
しく見る」です。神の恩寵を見過ごしてはいけません。
ゆえに、「恩寵感謝→報恩奉仕」という神聖サイクルを含めた
「恩寵感謝主義」は、こう表現しなおすことができます。--
---「知恩報恩主義」だと。
ですから、神聖渇望心という「上求菩提心」に支えられた「知
恩報恩主義の神聖サイクル」をどんどん回転させて行きましょ
う。
そうすると、どんどんあなたは軽くなり、竹トンボのように、
霊的にも上昇して行きつつ、現世でも、視界良好の快晴状態で
成功をおさめることができるでしょう。

以上、年頭にあたり、「戒律主義の超越」という重要論点につ
いて解説致しました。各宗教求道研究通暁後のエッセンスとし
て、上記のようなことが言えるわけです。これは当たり前のよ
うな事柄ですが、エッセンスなのです。皆様のお役に立てば幸
いです。しっかり心に留めていただければ、必ず役に立つこと
でしょう。
それでは、以上の事柄を留意して実践することにより、主の恵
みが一層豊かに注がれ、いやさか、となりますように。

↑ ↑ ↑ ↑

たいへん参考になります。
わたしもこのような実践に取り組んでいきたいと思っています。
貴重なお話ありがとうございました<(_ _)>

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