元オウム教団幹部 野田成人のブログ

★唯一人の荒らしの為にコメントは承認制になります★ 累積賠償額949万円

HOMEPR 都市難民 住宅ローン 経済 ニュース イスラム国 幸福・功徳 陰陽 オウム関連 団体存続 雑多 きまぐれ

◆2003年11月03日
預言・予言… マトリックス リローデッド考察・Matrix 解説 No.15


●預言(予言)について

 映画「マトリックス」「マトリックス リローデッド」の中では、マトリックス内に存在する女性預言者(オラクル)の言葉が、ネオやモーフィアスの行動に影響を与えます。オラクルの預言によると、ネオは人類を救う救世主であり、彼がマトリックスのソース(プログラムのソースコード)に辿り着けば、機械対人間の戦争は終わることになっていました。周囲からは気違いじみていると言われながらも、モーフィアスはその預言を信じて行動し、ザイオンと呼ばれる人類最後の拠点に追いやられた人々に希望を与えます。

 私たちの教団にも、予言がありました。「97年真理元年」「99年ハルマゲドン」などでした。その予言の後にくる世界を信じて、「教団武装化を進めた」と指摘される要素があったのは否めません。まさに次のモーフィアスの言葉のように……。


モーフィアス(以下モー)
「預言が本当なら、戦いのない未来が来る。だから戦える。だからこそ死ねるのだ」



 オラクルもマトリックス内に存在する限り、それはコンピュータのプログラムの一部かも知れない、つまり嘘である可能性もあったのですが、モーフィアスは預言の可能性の方を信じました。希望は、私たちを現実に立ち向かわせる原動力となるものです。しかしそれと同時に希望は、冷静な判断を失わせ、現実の可能性を無視して突き進ませてしまうことがあります。全く我々にとって人ごとではありませんこれは……。

 また、希望と失望は常に背中合わせです。もしその希望が叶うならば、人は喜びに満たされます。しかし叶わないとするならば、絶望の淵に追いやられてしまいます。希望を持っていたが故に……です。
 これは、欲求を増大させればさせるほど、欲求が満たされないときにより大きな苦しみを感じるのと同じです。

 物語では、ネオは救世主として、ソースに辿り着きます。しかしそこに待ち受けていたマトリックスの設計者(アーキテクト)から、預言も、そして救世主自身も、コンピュータのシステムの一部だったと告げられます。そして預言は成就せず、ザイオンは破滅の危機を迎えます。


モー「こんなはずはない……なぜ預言どおりにならないんだ……信じられない……ソースへたどり着けば戦争は終わっていたはずだ!!」
ネオ「預言は嘘だったんだ、モーフィアス。救世主なんて何も終わらせない……もう一つ別のシステムにコントロールされていたんだ」
モー「誰が信じるか!!」


 結局モーフィアスは、預言の真偽よりも、戦争が終わるという希望を信じたかったのかも知れません。冷静に考えればマトリックスの罠かも知れないと疑い得たにもかかわらず。それは彼自身が戦いのモチベーションを保つための希望であったかも知れません。

 オウムにあった予言も、実際には、予想されていたような重大な事態は何も起きませんでした。何も起こらなかったことについては、解釈はいろいろあるようですが、私見としては、予言は外れたと考えています。しかも、外れた予言のために多くの人を苦しめることになってしまったのです。
 なぜそのような事態に至ったか、それは自分を修行に向かわせる動機として、現実を直視することなく予言という希望・甘い幻想を追い求めたからとも言えましょう。

 しかし、それは修行の本質ではありません。予言が起ころうと起きまいと、人間は必ず死にますし、輪廻は存在します。希望があろうとなかろうと、淡々と努力するのが到達真智運命魂(菩薩)の取るべき道です。


アーキテクト「希望か……そんなものはただの幻想に過ぎん。力の源ではあるが、かつ、大きな弱点だ」


 私を含めて多くの修行者が、予言の結末と、その予言に起因して引き起こされた惨事に失望を感じた部分があったことは事実でしょう。希望がなくなった段階で、普通、人は失望して苦しみ、苦しみをごまかすために外側に何かを求めます。その結果、多くの信者が教団を離れてしまいました。しかしそういう幻想の希望ではなく、本質ではない観念を捨てた状態で、心が内的に充足できるどうかが問題なのです。

 預言の希望は裏切られ、機械の攻撃によって自分の船も完全に破壊されてしまい、茫然自失としてモーフィアスは呟きます。


モー「俺は夢をみていただけなのか……それももう終わりか……」


 しかし、その夢が壊れたときこそ、希望と失望に揺れ動く心から解放されるチャンスがあるとも言えます。私もここ数年、夢が覚めつつあるという感覚です。それは悪い意味ではなく、より心の本質に目覚めつつあるという意味で(私の実感なので皆さんにはピンと来ないかも知れませんが……)。


●映画の結末について

 ネオは救世主として、マトリックス内では超常的な力を発揮するようになっていたのですが、「リローデッド」の最後では「現実世界」でも超常的な力を発揮して、攻撃してきた機械部隊を殲滅します。こうなると、目覚めたと思った現実世界も、実はまだ夢の中の世界だったという可能性も出てきます。そうなると現実さえも、神か? はたまた進化した人類が用意した壮大な実験場だったのか……?

 個人的希望としては、この映画そのものが、生きることとは何か? 死とは何か? 夢とは何か? 現実と感じているものは何か? 一体何が真実なのか? という仏教ヨーガの世界観によらなければ、永遠に解けない問いかけを投げかけたまま終わってくれた方が、奥深くて良いと感じます。

 間違っても、愛のヒーロー・ネオが、「えっ? 何だか分からないけどやっぱり勝っちゃったの……?」というのはやめてほしいのですが、ラスト14分の戦闘シーンに70億(制作費の3分の2)もかけたとなると、ひょっとしてそうかも……。

コメント


「予言」(鍵括弧付き)

*根拠も示されていない
*以前の予言とも矛盾している
この様な新たな「予言」が虚であるか実であるかはすぐに分かりそうな物ですが。

 一連の事件についての解釈は様々ですが、結果的に多くの弟子達の「予言」に対する間違った観念を落としてくれたとは言えると思います。

サンディタ師

>一連の事件についての解釈は様々ですが、
>結果的に多くの弟子達の「予言」に対する間違った観念を
落としてくれたとは言えると思います。


とんだ迷惑だったでしたね、ソンシの予言は。

まあ、ソンシだけでなく、五島勉氏の紹介した「ノストラダムス」の
1999年7月の予言も外れましたし。

わたしなんて、ソンシへの帰依心がほとんどなくなったと同時に、
もう、一切の予言や占いの類を信じなくなりました。


黙示録の

予言は、解読に成功しました。あれは、時間的にズレがあるのですね。麻原死刑囚は、ダライ・ラマがインドに亡命した年を基準として計算しましたが、その基準が違っていたのです。ダライ・ラマがインドに亡命した時ではなく、ある時を基準に予言は組み立てられているのです。組み立てられているとは、自然にそうなる、ということではなく、そうなるようにオカルト秘密政権によって、歴史がコントロールされているのです。だから、予言が実現する、ということになるのです。では、何年に何が起きるのか、それは今、開示することは出来ません。

恐らくそれも電磁波攻撃の影響でしょうね。
いや、あなたが攻撃されてる。

篠澤教授に三千点さん

スカラー波なんてありましたな。

↓で、その団体は今でも活動しております。
http://www.pana-wave.com/

オウム(アーレフ)関係者は未だに
預言と予言の違いも分からないのでしょうか?



五島勉氏かぁ、、、なつかしい。いまどうしてんだろう。1999年ごろ本を出版してその後音沙汰なしだが。
2000年問題がおきると豪語していた、、たしか東工大の教授もどうしてんだろう。


予言のことだけで、教団ぶらさがってると、修行動機としてはもろいよね。
やっぱ。

そうじゃない、上述のように、なんのために修行するか、、、本質の部分に
着眼して修行している人はある意味強いよね。

なんにもなしでOK

>2000年問題がおきると豪語していた、、たしか東工大の教授もどうしてんだろう。

いや、おきました。軽微でしたけど。
90年代はけっこう影響が広範に及ぶことが予測されたため、各所で一定の対策予算などが投入されて、社会インフラでは目だった問題はなかったようです。けた溢れの問題は修正もわかりやすいし、時間的余裕をもてる。細々としたソフトウェアで年号表記がおかしくなったりしましたから、重要な社会インフラで対策していなかったら大きなトラブルも出た可能性はありました。

やばいぞーという共通認識があったから回避できたんですね。
問題を予測し、認識して対策すれば解決できるものは解決できる。
何も起きなくてOK、OK。新しいミレニアムを素直に喜べますね。
何も起きなかったことに根拠があるから「なぜだ!!!!!」とあせることもないです。

予言に囚われる人は、帰依がない

お金が貯まっているぞ さま
>とんだ迷惑だったでしたね、ソンシの予言は。

 上記の「予言(虚)」と予言(実)の違いを理解出来ていれば、迷惑に感じる事も無かったと思います。

>まあ、ソンシだけでなく、五島勉氏の紹介した「ノストラダムス」の
>1999年7月の予言も外れましたし。

 尊師はノストラダムスの予言については、
「四行詩なんて、どうにでも解釈出来る」
「ノストラダムスの予言は私には(前世の影響で)関係有るが、君たちには一切関係ない」
と断言していました。
 だからノストラダムスの予言に少しでも囚われる事自体、弟子としてはおかしいと思います。
 私は件の「1999年7月の予言詩」だけでも何通りもの解釈が発表された時点で、「この様な物に囚われても仕方が無い」と感じるようになりました。

>わたしなんて、ソンシへの帰依心がほとんどなくなったと同時に、
>もう、一切の予言や占いの類を信じなくなりました。

 尊師は「君たちがやらなければならないのは、(予言に囚われる事ではなく)確実に来る死のために日々の修行して準備する事である」とおっしゃってました。
 つまり尊師への帰依がなかったから、予言の囚われ予言に一喜一憂してその都度心を動かしたり、「予言が外れたから」という修行の本質から外れた下らない理由で信を失ったりする訳です。

|200710-07 23:09:37 |さま
 尊師やノストラダムスなどが個人で為したのが予言で、黙示録のように神から与えられたのが預言ですね。
 
二拍手さま
>やばいぞーという共通認識があったから回避できたんですね。
>問題を予測し、認識して対策すれば解決できるものは解決できる。
>何も起きなくてOK、OK。新しいミレニアムを素直に喜べますね。
>何も起きなかったことに根拠があるから「なぜだ!!!!!」とあせることもないです。
 
 元々オウムの救済目標の一つに「ハルマゲドン予言を回避させる」というのが有ったはずですが、
VT正悟師の過去記事によると事件以降の教団内ではハルマゲドン予言の成就を待望していたそうですね。
 何故、世紀末のハルマゲドン予言が外れた事を素直に喜べないのか、非常に不思議でした。
 おそらくその人達は、尊師の言葉よりも自分達の内側で培った「予言に対する間違った観念」に執着し帰依していたのでしょうね。

ハルマゲドンより、地軸の移動とかフォトンベルトを信じるというなら
まだわかるんだけどね。

経済危機ならあるかも。ただ、経済危機がトリガーで戦争やら国がペシャるってことは
ちょっと考えにくい。

話はすこしそれるが

ちなみに核ミサイル落とすのが、現代の戦争のやり方ではなくなってきているような気がする。またイラクに攻め込んだアメリカも、長い目でみると本当に戦争に勝ったのかわからないし。


サンディタ師

>>わたしなんて、ソンシへの帰依心がほとんどなくなったと同時に、
>>もう、一切の予言や占いの類を信じなくなりました。

>尊師は「君たちがやらなければならないのは、
>(予言に囚われる事ではなく)確実に来る死のために
>日々の修行して準備する事である」とおっしゃってました。
>つまり尊師への帰依がなかったから、
>予言の囚われ予言に一喜一憂してその都度心を動かしたり、
>「予言が外れたから」という修行の本質から外れた下らない理由で
>信を失ったりする訳です。

いいえ、下らなくはありません。
在家信者のわたしなどは真剣に信じておりました。

ソンシはハッキリと、
「第3次世界大戦は必ず起きます。わたしは宗教生命をかける!」
とまで言っていましたからね。


帰依と予言は連動しているんです!
少なくとも、在家信者にとっては。

それに、在家信者には大々的に宣伝していたじゃないですか!
『マハーヤーナ』『真理』などで。
「ソンシの予言が当たった」とか・・・。

でも、わたしが調べた限りでは、
「地上げ」と「地球温暖化」の予言しか当たっておりません。
(選挙についてはどちらとも言えません。まあ、波があるのは当然かと思えます)

第3次世界大戦やハルマゲドンなんて全然当たっていないじゃないですか。


予言は単に一般の人を修行に向かわせるための手段だったのでは?
「わしが吹かんと教団は動かんからな」
と尊師が発言したのを直接聞いたことがあります。
「わしが予言せんと、みんな煩悩的になるからな」
とあっさり尊師が言いそうです。
「わしの予言ははずれたし、わしは逮捕されたし、
仕方がないから気違いにでもなろうか、
わしは充分に法則を説いたから、
あとは弟子たちにまかせるぞ」
ということでしょうか?

私は反オウムであれ、親オウムであれ、
それぞれの立場で、
自己が最も正しいと思う救済活動を、
全力で進めていくことが、
最も正しい生き方ではないかと思います。

数年前にお台場に日本版の自由の女神が設置されたんだよね。
その自由の女神を、確か「バカ荒木」だったと思うが、地震兵器の起爆装置だとぬかしやがった。(笑)
それで、そのガセネタが教団内で膨らみ、そして、ひろまって、○月○日に地震がおきるというデマが流れた。
地震が起きる日にCMP関連の人も八潮に避難されられたっけ。

その当時、確か東京本部の師が、信徒を引き連れ名古屋に避難したんだよね。
大乗ブッタイニシエーションを何回も唱えているわりには、自分だけ助かればいいんだと
思ったのかな。とりあえず、あの行為には呆れた。

師のくせして、本当に地震がおきて多くの人が死んだり、困ったりするのに、自分だけあらかじめ避難して、「なんだかねぇ」と思った。

最近、その師の方が下向した情報を耳にしたが、出て行くときも「やっぱりね」でした。

#AIlHpmOkさんへ

>最近、その師の方が下向した情報を耳にしたが

最近下向した師は誰ですか?

まるで俗世間と同じ

昔、わたしが勤めていた会社でも似たようなことがありました。

わたしの属していた部署が業績不振になりました。
重役らしき方は、わたしが聞いているのも知らずに、
「ここを潰して・・・・」
なんて話していたんですね。
そして、あらかじめつくっていた新会社に使えそうな人を移していったんです。

わたしはその会社が潰れると思い、辞めてしまいました。
後に、元同僚は「(あの会社は)潰れたよ」と言っていました。

やっぱり、会社上層部の人は会社ごと潰すつもりだったんですな。


「師」クラス以上の人は信用すべきではありません。


#tfFP866M さん

情報を耳にしたのが、最近であって
下向したのは、もっと前です。お名前は申し訳ないですが、伏せておきます。
ごめんなさい。





預言は

実現します。なぜなら、そうなるように計画されているからです。だから、ヨハネの黙示録は、未来予言なのではなく、未来設計なんです。これは、このブログに群がっている工作員も知らされてないでしょう。彼らは、単に言われた通りに行動する奴隷ですからね。余計な事は知らなくていいのです。

ありゃりゃ!
それじゃオウムと一緒じゃん。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

予言に囚われる事は、正しい帰依ではない

お金が貯まっているぞ さま
>いいえ、下らなくはありません。
>在家信者のわたしなどは真剣に信じておりました。

 ハルマゲドンの勃発時期が異なる複数の「予言」が有る以上、もしいずれか一つの予言が成就した場合は自動的に他の予言は外れた事になります。
 つまり「勃発時期が異なる複数の予言が有る」時点で、幾つかの予言は必ず外れる事が確定しているわけです。
 それをもし「尊師の予言は絶対にだから」と全ての「予言」が絶対に成就すると考えていたとするなら、その人は知性が足りないと言わざるを得ません。
 もしも他の予言の存在を知らなかったとするなら、それは教学不足と言わざるを得ません。

>ソンシはハッキリと、
>「第3次世界大戦は必ず起きます。わたしは宗教生命をかける!」
>とまで言っていましたからね。

 世紀末のハルマゲドン勃発は有りませんでしたが、第三次世界大戦が起き得る状況は未だに続いております。
 アメリカがテロ対策を理由に世界中に戦争の火種をばらまいたり、意図的に仮想敵国である中国を経済的に肥え太らせて軍拡させたり、また核兵器が以前の核保有国だけでなく第三世界の国々にも拡散している現状を見る限り、「第三次世界大戦」が起きる危険性は未だ消えておりません。
 もしも今後も絶対に起きないと断定する人は、余程の政治音痴というか、かなりお目出度い人だと言わざるを得ません。

>帰依と予言は連動しているんです!
>少なくとも、在家信者にとっては。

 上で#AIlHpmOk氏もおっしゃってますが、「予言のことだけで教団ぶらさがってる」様な状態は、グルや法則や教団に正しく帰依しているとは言えませんね。
 予言は修行を始める動機には成り得ても、帰依の根本には成り得ません。
 帰依の根本はあくまでもグルであり法則であり、そしてそれに従う自分自身です。
 予言が成就しなければ信が保てないというのは、要するにその人が「予言に囚われている」という事に過ぎません。

 尊師は「三万人の(マハームドラーの)成就者が出ればハルマゲドンが回避出来る」だから「修行して成就し、救済しなさい」とおっしゃっていました。
 この部分は教本に記載されていますから在家の弟子であっても「知らない」という事は無いと思うのですが、それでもハルマゲドン予言の成就を待望している(していた)人達は、前述通り要するに「尊師の言葉よりも自分達の内側で培った「予言に対する間違った観念」に執着し帰依している(していた)」だけですね。

>それに、在家信者には大々的に宣伝していたじゃないですか!
>『マハーヤーナ』『真理』などで。
>「ソンシの予言が当たった」とか・・・。 
>でも、わたしが調べた限りでは、
>「地上げ」と「地球温暖化」の予言しか当たっておりません。
>(選挙についてはどちらとも言えません。まあ、波があるのは当然かと思えます)

 それは調べ方がかなり浅いですね。
 尊師の当たった予言に関しては書籍に出ているだけでも「三原山の噴火」「1ドル=100円」など沢山あるはずですが。
 選挙中に出版された「予言」というムック本には、尊師の予言はほとんど(確か99%)当たっていると記載されていました。
 外れたのは二件だけで、それも予言と言うよりは「年内に何名の成就者を出す」という教団内部での救済目標などでした。

>第3次世界大戦やハルマゲドンなんて全然当たっていないじゃないですか。

 上述通り、ハルマゲドン予言で外れたのは「20世紀末(あるいは21世紀初頭)に勃発する」という時期的な部分だけです。


某修行者さま
>予言は単に一般の人を修行に向かわせるための手段だったのでは?

 もしかすると各宗教に存在する一連のハルマゲドン預言(予言も)は、我々を修行の道に向かわせるために、神々をも巻き込み何千年もの時間を掛けて計画されていた事かも知れませんね。

>「わしが吹かんと教団は動かんからな」
>と尊師が発言したのを直接聞いたことがあります。

 それは私も直接聞きましたし、説法テープにも残っていましたね。
 ただしその「ホラ」の内容は尊師御自身に関する決意表明のような物で、予言という感じではありませんでした。

>「わしの予言ははずれたし、わしは逮捕されたし、
>仕方がないから気違いにでもなろうか、
>わしは充分に法則を説いたから、
>あとは弟子たちにまかせるぞ」
>ということでしょうか?

 尊師の予言に関しては、ある時期から意図的に「当たらない予言」をしていたと思います。
 事件については、ワザと逮捕されるようにし向けていたのを確認しております。

>私は反オウムであれ、親オウムであれ、
>それぞれの立場で、
>自己が最も正しいと思う救済活動を、
>全力で進めていくことが、
>最も正しい生き方ではないかと思います。

 その通りだと思います。
 逆に、未だ教団に属している人にせよ脱会してアンチに転じた人にせよ、基本的な十の戒律すら守らず、他を嫌悪し誹謗し排斥する事でしか自己の正当性を保てないような最悪の精神状態に陥っている人達は、正しい生き方をしているとは言えないと思います。


#AIlHpmOkさま
> 数年前にお台場に日本版の自由の女神が設置されたんだよね。
>その自由の女神を、確か「バカ荒木」だったと思うが、地震兵器の起爆装置だとぬかしやがった。(笑)
>それで、そのガセネタが教団内で膨らみ、そして、ひろまって、○月○日に地震がおきるというデマが流れた。
>地震が起きる日にCMP関連の人も八潮に避難されられたっけ。

 そのデマを流した人達は、おそらく魔境ですね。
 少なくとも「サマナが勝手に作ったデマによって、教団を動かした」という悪業を積んだ事は確実です。

>師のくせして、本当に地震がおきて多くの人が死んだり、困ったりするのに、自分だけあらかじめ避難して、「なんだかねぇ」と思った。

 その師の方は予言の成就に囚われるあまり、救済者の本分を忘れてしまったのでしょうね。
 少なくとも、尊師の弟子とは言えないと思います。


#Uft.EJpkさま
>預言は 実現します。
>なぜなら、そうなるように計画されているからです

 預言や予言はあくまでも「計画」、つまり「予定」であって「決定」ではないので、我々の意志と努力によっては結果を変更させる事だって出来る物だと思います。


ハルマゲドン予言

> もしかすると各宗教に存在する一連のハルマゲドン預言(予言も)は、我々を修行の道に向かわせるために、神々をも巻き込み何千年もの時間を掛けて計画されていた事かも知れませんね。

ちょっと近い。なかなか良い線いっている。ハルマゲドン予言を五島勉を使ったりして流布させたのは、世の中が変わる、という信念を大衆に持たせるため。何故なら、予言が外れれば、信じていた人達は絶望するからです。残されるのは、虚無だけ。やはり世界は予言など関わりなく動き続けている。これからも退屈な日常が繰り返される。信仰は破棄され、資本主義(お金主義)社会は永遠に動き続ける。そして世の中はよりいっそう、物質主義に移行し、支配体制は強化されるのである。
これが、60年安保、70年安保、2000年問題、ハルマゲドン、マヤの予言、フォトンベルト、とかの予言をマスメディアを通じて信じ込ませる理由です。よって、これから先も、オカルト秘密政権は下っ端工作員を通じて、未来予言を持ち出すだろうが、まず当たらないと思ったほうが良いです。しかし、ハルマゲドン予言を流布したのには、もう一つ理由があります。オカルト秘密政権は世紀末という時代を演出して、本当にメシア(救世主)が現れるかどうか、実験したのですね。ナチス・ドイツにも救済者は出なかった、次にアメリカでも出なかった、そしてその次に日本ではどうなるか、確かめてみたのです。だからある段階まで、彼らはオウムの活動を放任、もしくは支援さえしていたのです。それがちょうど、麻原死刑囚がマスコミに登場して、マイトレーヤ宣言をした時期に重なっています。そして教団がどう動くか、観察していたのです。そして教団が武装化しだした時点において、すでにオウムの解体は決定されていたのです。
しかしまだ黙示録の預言は完了していません。この後、ある重大な変革がある国で起こり、同時に自然災害(これもコントロールされている)も起こり、大衆の意識はお金主義から徐々に徐々に精神主義に移行していきます。局地紛争は起きるでしょう。世界政治や経済の混乱も起こるでしょう。誰かがまたハルマゲドンと叫ぶでしょう。しかし、それにも関わらず、時計の針のように正確に、世界は動き続けるでしょう。これが、黙示録の内容なのです。人類滅亡とか、終末は起こらないのです。なぜなら、この世界を動かしている者たちが望んでいるのは、破滅ではなく支配・コントロールだからです。そしてこの世界はマトリックスのように、彼らの大きな実験場なのです。この世界を変革出来るのは、ネオのような救世主だけです。彼らはハルマゲドンという条件を設定し、救世主の登場を促し、一刻もはやくその救世主を葬ろうとしているのです。そうすることにより、初めて世界支配が実現されるのです。つまりメシア(超能力者)が現れない限り、オカルト秘密政権を打倒することは出来ないのです。それを知っている彼らは、世界中で超能力者狩りを実行するでしょう。ここまでして超能力を恐れるのは、彼らが超能力の存在を肯定しているか、もしくは自分達にも超能力者が存在しているからです。
ちなみに、今後のメシア狩りは日本から別の国に移行していくでしょう。つまり、日本が黙示録に果たす役割は終わった、と考えていいと思います。それが彼らの未来設計であり、未来は予定ではなく決定なのです。ただ一つ、決定が変更される条件、それがメシアの登場なのです。だいぶ、サービスしました。

ノストラダムスはノストラダマス<騙す>だからな。
オウムの解釈でも1999にモ-ゼがきてボン教の予言に従うだっけな?
ボン教の予言ってなんだい?結局、天才バカボンってことか?

安易で不健全なメサイア待望の完全な行き詰まりが真のメサイアであり、人類がひとり立ちできなければメサイアの到来も意味がなくなる。安直なメサイア到来はないだろうね。どこまでも逆を行くんだな。

マト2はエンターテインメントとしてはパッとしなかったけど一作目で興行成績あげたので監督が好きにできたんだろうな。二作目のテーマは意義があるね。

予測

私に最も強烈に印象深く残っている仏典の翻訳のくだりが

渇望と落胆を除去しなさい

です。この意味で
> 希望と失望は常に背中合わせです。もしその希望が叶うならば、人は喜びに満たされます。しかし叶わないとするならば、絶望の淵に追いやられてしまいます。希望を持っていたが故に……です。
>アーキテクト「希望か……そんなものはただの幻想に過ぎん。力の源ではあるが、かつ、大きな弱点だ」
>しかしそういう幻想の希望ではなく、本質ではない観念を捨てた状態で、心が内的に充足できるどうかが問題なのです。

これらのことはまさにその通りでしょう。特に最後の部分が本来の目的であるべきなのは至極当然の流れとしてあったと思います。
ただこのスレッドのもう一つの主題”預言と予言”の中で、預言はとりあえず脇に置いて予言=予測=予報という側面に対しては、希望が力となる側面と幻滅が力になる場合双方があるという視点から、転ばぬ先の杖として100%の天気予報はできないと同じように現実に起きない予報もあるけれどもかなりの信憑性がある予測は可能であるはずであると考えます。

>予言は外れたと考えています。しかも、外れた予言のために多くの人を苦しめることになってしまったのです。

私も彼の預言は外れたとみなしました。ではなぜ起こると信じてしまっていたことが起きなかったのか?ここから私の未熟な予測技術の模索が始まりました。

まだまだ未熟者ですがこれまでに習得し得た予測技術から予言とは、未来に現実に起こる事象を前もって知りそれを事象が起こる前に語ることですから、予測可能な要素を収拾し適切な技術であれば未来事象を推測可能にさせます。

これら予言は、未来にその予測は現実に起こるか起こらないかで明確に正しい予測か間違った予測かは判定される運命にあります。

ではなぜ松本氏の預言は外れたのでしょうか?というより現実には起きない出来事を彼はあたかも未来に起きるかの如く心から信じて明言してしまったのか?

これが私の関心の的であり、現実に起こる未来事象を可能な範囲で正確な予測ができる必要性を感じさせてくれた良い失敗例を教えてくれたと思っています。

そして彼の未来事象預言発言を検証し、その収拾要素が正確な未来事象予測をさせるのに的確で無いものが多く紛れ込んでいてとみなすに至りました。(要するに未来こうなって欲しいという願望が紛れ込んでいた。)

別の視点では意図的に起きもしない未来事象を言って希望を喚起して修行に邁進させようとしたとみなせる側面もあるかもしれませんが、これはどうもあやしい彼は自分で言った預言は起こると信じて言っているふしが強かったです。
予報・予測・予言は必ず両面性を孕みます。
その予言どおりになって欲しい。その予言通りになって欲しくない。
これは共に未来の事象を決めるための大きなファクターの一つです。

もし信憑性の高い予測があった場合、
予測は良い意味では外そうとする(その未来に起きる事象対策をしようと)努力する面に有効性があります。
予測の通りに事象を、起こそうとするのはカルマを変えられてない証拠となってしまいます。



果たしてソンシの予言は何で外れたのか?

2ちゃんのスレタイではないですが。(藁)

サンディタ師はあくまでも、「麻原尊師の予言は当たっている」なんて仰っていますが、
予言は場所だけでなく時期を指定した場合、それが一致しなければ、
当たったと言えないと思います。

で、わたしは「ソンシの予言は外れた!」
と、判断しました。

では、何で外れたのか?

外向きには、エネルギー不足とか言っていましたが、
予知能力はエネルギーに左右されるものなんでしょうか?

教義によると、データはコーザルから時間をおいてアストラル、現象界に降りてくると言うことですが、
そのデータやイメージが途中で消えてしまうこともあり得るのでは。
それらはソンシだけのデータやイメージではないですから、当然変化するでしょう。
20世紀末にそれらが起きなかったのですから、もう起きないと思いますね。


お釈迦様も、予言や占いはいけないと仰っていたのにね。

>お釈迦様も、予言や占いはいけないと仰っていたのにね。

自分で判断できないのに、いろいろな情報に流されるのは無智だからでしょう。そりゃ期待したり落胆したりするでしょうに。どんな情報であっても、最終的な判断は個人で行なうしかない。

それともやっぱり、現実を見ないようにして何か期待をもち続けるのかな?「無知は幸福」ってことか。

未来のことを主体的に観察したり、シミュレーションしたり、前もって対策したりするのは予言や占いとは少し違いますね。
人間が天気予報するように、未来予知はそんな特別なことではないと思います。それぞれのレベルでみんな何らかの見通しを持ちながら生きていますし。車のブレーキは5秒後を予測しての行動で、それと(時間軸の大小以外は)たいして違いがない。

根拠のない判断が惨事を招く。

もう一つの要素

>根拠のない判断が惨事を招く。

松本氏が未来(10年後前後)に起こる出来事をあたかも事実の現象として語り、聴耳者に、そうだそうなると何ら根拠無いにもかかわらず、信じさせられる預言を語った前記以外のもう一つの要素は、とても大きな要素で実は根拠があったと私はみなしています。

黙示録であれ、ノストラダムスであれ、パドマサンバヴァの予言であれ、すべてヨハネなどその他の心の中でみたヴィジョンであって、現実現象を予測的に見たものではどれもこれもありません。

それと同じように一定の霊性を得ていたものの周囲にいる者たちの心の中にある希望や願望・こうなって欲しい等の想念が松本氏の心の中にヴィジョンとして観られることとなり、それを彼は間違って未来の現実現象と捉えてしまったに過ぎない。

それを本当に特定の年月にどのような現象として発現することなのかという検証は甘すぎた、いい方を変えれば自己の能力への過信と、未来がそうなって欲しいという願望が相乗効果的に未来予言として語らしめてしまい。

聴耳者の自らの心にある想いと一致する者にとって未来予言が確かな現実として起こるという妄想を肯定するというメカニズムによって、一つの根拠ある起きもしない未来予言をまともに受けとめた側にも大きな過ちがあると言えるでしょう。

お金が貯まっているぞ さま
>サンディタ師はあくまでも、「麻原尊師の予言は当たっている」なんて仰っていますが、

 「当たった予言も沢山ある」とは申しましたが、尊師のいわゆる「世紀末予言」が当たったとは一言も申しておりませんが?
 ハルマゲドンや第三次世界大戦について「現在の世界情勢が続く限り、今後も起きる可能性が有りますよ」という意見を述べていたので、それを受ける形で「外れたのは時期の部分だけ」とは申しましたが。

 元芝さんや白龍さんもそうだったけど、アンチの人って思い込みが強いが為に相手の話を正しく読み取る事が苦手な人が多いですね。

>予言は場所だけでなく時期を指定した場合、それが一致しなければ、
>当たったと言えないと思います。

 その通りです。
 それ故、私も’97年や’99年やらの「予言」は外れたと認識しています。
 そして同様の理由で
「必ず、第三次世界大戦は起きます。これはわたしの宗教生命をかけてもいい。必ず起きます。」
という予言は、時期が設定されて居ないが故にまだ外れてはいませんよ、という事です。

>では、何で外れたのか?

 マハームドラーというか方便というか、一種のブラフやハッタリだったからです。
 上記の「必ず、第三次世界大戦は起きます。」の説法(1993年4月10日 福岡支部)の最後の方をよく聞けば、尊師の真意は容易に理解出来るはずですが。

>外向きには、エネルギー不足とか言っていましたが、
>予知能力はエネルギーに左右されるものなんでしょうか?

 エネルギーが不足していると、予言の元になるデータが正確に読み取れないという事はあるようです。

>教義によると、データはコーザルから時間をおいてアストラル、現象界に降りてくると言うことですが、
>そのデータやイメージが途中で消えてしまうこともあり得るのでは。
>それらはソンシだけのデータやイメージではないですから、当然変化するでしょう。

 当然全ては無常ですから、予言の元になったアストラルのデータもコーザルのデータも、全ては変化していきます。
 それ故、中東で勃発するはずのハルマゲドンにしろ、それより規模の大きい第三次世界大戦にしろ、20世紀末に起こるはずだった形での勃発は二度と起きないと思います。
 ただ、現在の世界情勢を見る限りでは大規模な戦争の火種は尽きていないので、第三次世界大戦にしろハルマゲドンにしろ「今後絶対に起きない」と断言する事はとても出来ないという訳です。

>20世紀末にそれらが起きなかったのですから、もう起きないと思いますね。

 その「もう起きないと思いますね」というのは、貴方の願望というか「根拠の無い思い込み」に過ぎない物です。

 予言には三種類あり、一つは現象を詳細に分析して予測する方法。これは世界中の情報機関が行っている事です。
 二つ目はアストラル界でビジョンを見る方法。三つ目はコーザル界のデータを直接読み取る方法です。
 どうせ未来を予測するのなら、その三つの方法のいずれかを使ってみるべきかと思いますけれども。

>お釈迦様も、予言や占いはいけないと仰っていたのにね。

 原始仏典では小乗の教えばかり説かれていますから、サキャ神賢が仏典の中で「予言や占いはいけない」と仰っていたのは至極当然だと思います。
 だから尊師も「予言に囚われてはいけない」と明確に仰っていた訳です。


二拍子さま
>未来のことを主体的に観察したり、シミュレーションしたり、前もって対策したりするのは予言や占いとは少し違いますね。

 上述通り、尊師は「情報分析による未来予測」も予言の一方法として扱っていました。
 昔は尊師も、アストラル・ビジョンを見た際には一応は現実との整合性を調べていらっしゃいました。
 しかし後期の一連の「世紀末予言」ではそういった調査が為されないばかりか、肝心のビジョンの内容さえ語られる事が無くなりました。
 それ故(この記事での最初のコメントで述べた通り)、「根拠の示されていない「予言」は、当たらない(=ハッタリ、ブラフである)」と考えるようになりました。


理治さま
>黙示録であれ、ノストラダムスであれ、パドマサンバヴァの予言であれ、すべてヨハネなどその他の心の中でみたヴィジョンであって、現実現象を予測的に見たものではどれもこれもありません。

 その方々の事は良く知りませんが、宿命通や死生智が付くと過去や未来の出来事をその原因と結果を含めて連続的に見る事が出来るようになります。
 よく仏典のジャータカなどで、ある一つの行為が何カルパも先の未来を決定してしまうというような話が有りますが、これはその様な神通によって得られた体験が語られているのだと思います。

サンディタ師

>ハルマゲドンや第三次世界大戦について「現在の世界情勢が続く限り、
>今後も起きる可能性が有りますよ」という意見を述べていたので、
>それを受ける形で「外れたのは時期の部分だけ」とは申しましたが。

いいえ、それらは20世紀末に起こることになっていたと思います。
ハルマゲドンと関連していますね。

ノストラダムス自身、自分の予言が外れることも予言していましたね。

>元芝さんや白龍さんもそうだったけど、
>アンチの人って思い込みが強いが為に相手の話を正しく読み取る事が
>苦手な人が多いですね。

わたしはアンチではなく「中立」(ややシンパか?)です。

この界隈では、アンチは元芝さん、セガ~ルさん、白龍さん、さくらさん、キャンディちゃん、
など多いですな。

彼らは、アーレフやひかりの輪が潰れることを願っています。

でも、わたしは違います。
栄えて欲しいとはいいませんが、今のままでいいと思っております。

お世話になった方も多いですし、「脱会しろ!」なんて冷たいことはいいません。


それより

直観だね。イメージのケイマ大使、に対する直観力の尊師、という記述があったんじゃないか。人類滅亡はないが、預言は時期はずれだが、実現するでしょう。

要するに

尊師の預言は「実現するまで外れない」ってことなんですね。
該当してるっぽい現象がおこってはじめて
「ほら!当ったでしょ!」と獅子吼できる。

果たしてそれを預言と呼んでいいもんかどうか、
って問題になってきますけど。

予言とその未来の現実の関係

予言内容とその内容に基づく未来の現実の事象との間に一致が無いものは予言(預言)には入れられません。

予言とは、読んで字の如く、ある物事について、その実現に先立ち「あらかじめ言う」ことである。一般的には、その中でも「合理的には知ることのできない」未来を語ることを指す場合が多い。

予言の検証
予言が的中したかどうかを検証するためには、「いつ」「どこで」「何が」起こるかが明示されている必要がある。ゆえに、抽象的な言葉を事前に語り、事後に事実に合わせた解釈をすることは、予言として意味をなさない。予言を事前に明瞭に語り、かつ的中させた予言者ないし予言書は、現在では確認されていない。この場合、多く語った中で数例的中したといった、偶発的な的中の範囲を越えないものは、考慮の対象外である。バタフライ効果が知られてからは、確定的な未来を事前に語ることは不可能とされている。この点や、予言に用いられる方法論上の問題などもあって、予言は疑似科学に分類するのが一般的である。
バタフライ効果
「カオスな系では、初期条件のわずかな差が時間とともに拡大して、結果に大きな違いをもたらす」ということを詩的に表した表現。

(私見は少々異なり間違いなく実現に先立ち「あらかじめ言う」ことが、現実に「いつ」「どこで」「何が」起こるかを示し得るものがあると考えています。それが疑似科学と分類されようともあらかじめ予測した通りに現象が起こるように思われる予測技術があると経験している。)


預言者とは、神と直接接触・交流・対話し、直に聞いた(とされる)神の言葉を人々に伝え広める者のこと。

「預言者」を「神の代弁者」、「予言者」を「未来を語る人」の意味と区別する見方が一般的である。

聖書の預言には、未来を対象とするものも少なくなからずあるため、「前もって語る人」の側面を含むのも事実である。結果として、預言には「神の代弁者」と「(聖書と結びついているかに関わらず)未来を語る者」の二通りの意味を持っている。

自己成就予言
自己成就予言とは、予言をした者もしくはそれを受け止めた者が、予言の後でそれに沿った行動を取る事により、的中するように導かれた予言の事である。

上記のような常識を前提にして、松本氏が未来の事象を前もって語った内容を疑似預言であるとみなしてしまった、聴耳者達の思い込みの側面が明確にあった。

特に、彼の「いつ」「どこで」「何が」起こるかを語った内容を見る限り、
> 予言には三種類あり、一つは現象を詳細に分析して予測する方法。これは世界中の情報機関が行っている事です。
>二つ目はアストラル界でビジョンを見る方法。三つ目はコーザル界のデータを直接読み取る方法です。

こんな当たり前の原理に沿って前もって語った内容、松本氏が予言を事前に明瞭に語り、かつ的中させていない事実を無視することは、神の言葉を人々に伝えたことでも無く、正確に三つのデータを読み取ることができない人間であったこと両方を無視したい者の戯言でしょう。

事実は

> 外れた予言のために多くの人を苦しめることになってしまったのです。

このようになり、しかも彼がいかに優れた観想者の部分を備えていた時期があったとしても、語った内容のうち予想されていたような重大な事態は現実には(明言した時期が最も重要な要素として)何も起こらなかったことを素直に受け入れるべきでしょう。時期を曖昧にし彼を神格化するのは愚行です。(他の要素は別問題です。)

この事実は厳粛に受けとめるべきでしょう。そしてはじめて真の目的に近付く再出発も可能となると思われます。

お金が貯まっているぞ
>いいえ、それらは20世紀末に起こることになっていたと思います。
>ハルマゲドンと関連していますね。

 後期の説法の中でハルマゲドン予言に関連して話された事ですが、その頃の説法ではハルマゲドンはともかく第三次世界大戦の開始時期について明確に示した予言は無かったはずです。
 尊師が「宗教生命を掛ける」と話したのはあくまでも「第三次世界大戦は必ず起きる」という事のみであって、その開始時期については明示されておりませんでした。
 具体的に明示されていたのは初期の大宇宙占星学の記事の中でしたが、そこでは20世紀末ではなく21世紀初頭でしたね。。
 
>ノストラダムス自身、自分の予言が外れることも予言していましたね。

 救済者が出現して救済活動が成功すれば、それ以降の予言は外れるという話でした。
 ですから尊師が「第三次世界大戦は必ず起きる」と断言したという事は、要するに「今生の救済活動は失敗した」と宣言したのと同じ事なのです。
 私は救済活動の成功を渇望しておりましたから、尊師のその「宗教生命を掛ける」の話を聞いて落胆しました。
 逆に「第三次世界大戦は必ず起きる」という話を聞いて第三次世界大戦の勃発を渇望し、世紀末予言が外れたからと落胆した人達が結構沢山いらっしゃるのには、少々驚いております。

>わたしはアンチではなく「中立」(ややシンパか?)です。

 否定的な意見を述べているので、アンチに分類しました。
 もちろんアンチの中でも様々な立場の人達がいる事については十分承知しておりますので、アンチ全員を批判的にとえている訳では御座いませんが。


理治さま
>予言内容とその内容に基づく未来の現実の事象との間に一致が無いものは予言(預言)には入れられません。

 原理上、予言は外れる事も有ります。
 「当たった予言のみが予言」だとする理治さんの予言の定義は、あまりにも狭義に過ぎると思います。 
 それは理治さん独自の教義なのかもしれませんが、世間には受け入れられていない考え方ですね。

>ゆえに、抽象的な言葉を事前に語り、事後に事実に合わせた解釈をすることは、予言として意味をなさない。

 言いたい事はよく分かりますが、それも一応は予言含まれると思います。

>予言を事前に明瞭に語り、かつ的中させた予言者ないし予言書は、現在では確認されていない。

 何処まで明瞭に語れば良いのかよく分かりませんが、「明日~になるよ」のレベルなら古今東西、結構沢山いると思いますが。

>こんな当たり前の原理に沿って前もって語った内容、松本氏が予言を事前に明瞭に語り、かつ的中させていない事実を無視することは、神の言葉を人々に伝えたことでも無く、正確に三つのデータを読み取ることができない人間であったこと両方を無視したい者の戯言でしょう。

 だから後期に乱発された「世紀末予言」についてはその三つの方法の何れも使われた形跡がないが故に、予言だとは言えないというのが私の考えです。
 理治さんも、独特な思い込みが強すぎて相手の話を正しく読み取る事が苦手な方のようですね。

あらかじめ言う

> 予言の結末と、その予言に起因して引き起こされた惨事に失望を感じた部分があったことは事実でしょう。希望がなくなった段階で、普通、人は失望して苦しみ、苦しみをごまかすために外側に何かを求めます。

> もう、一切の予言や占いの類を信じなくなりました。
> 元々オウムの救済目標の一つに「ハルマゲドン予言を回避させる」というのが有ったはずですが、
> VT正悟師の過去記事によると事件以降の教団内ではハルマゲドン予言の成就を待望していたそうですね。
> 何故、世紀末のハルマゲドン予言が外れた事を素直に喜べないのか、非常に不思議でした。
> おそらくその人達は、尊師の言葉よりも自分達の内側で培った「予言に対する間違った観念」に執着し帰依していたのでしょうね。
> 預言や予言はあくまでも「計画」、つまり「予定」であって「決定」ではないので、我々の意志と努力によっては結果を変更させる事だって出来る物だと思います。

> 独特な思い込みが強すぎて相手の話を正しく読み取る事が苦手な方のようですね。



相手の話を読み取るのが苦手なのは私ばかりではなくサンディタさんも同じでしょう。

予め未来事象を「合理的には知ることのできない」未来を語ることを指す予言は、未来事象を正確に示したものでなければ人を惑わすことになる。
(未来に起こる事象を正確に語っても人は惑わされる側面が確かにあるのですが、それは今回の投稿と直接関係ないので考慮から外します)

私が言いたいのは、いかなる状況下であっても、ましていわんや多くの人に影響力ある者が、予め未来事象を語る内容が真に未来事象を正しく語らなかったことを問題にしています。

予言を信じようと信じまいと自由です。
そうであるが、特定の時期に決して起こらない内容を「あらかじめ言う」場合、それが起こらないと思えるように表現はしていないわけで、完全に聞く者を愚弄した発言である。そのような発言をするような者は、指導者として相応しくないことを言っているのです。(ここに私の発言の主眼があるのです)

確かに瞬間瞬間の宇宙の情勢は変化し、そこにいるすべての衆生の想念(コーザル)が変化する訳だから、ある瞬間から未来を見通すと予定される未来事象は、すべての衆生の心[想念(コーザル)]の変化に伴い、異なる時期の未来予測は変化するのは当たり前です。

しかし、「滅亡から虚空」以前の出版物あるいは説法、すなわち草創期に明言している予言そのものがまずもって、多くの信奉者を惑わしている。また90年以降の荒唐無稽な未来事象発言も多くの信奉者を惑わしていることを問題にしているのです。

かつての団体は、まったく彼が語った内容を信じない者で構成されていたわけではないでしょう。
すると多くの者が「予言に対する間違った観念」に執着し帰依していたというだけで、切り捨てることは不能であり、不毛なものの考え方です。

予言に起因して引き起こされた惨事に失望を感じさてしまったことの方が、最も重要な事実です。

> だから後期に乱発された「世紀末予言」についてはその三つの方法の何れも使われた形跡がないが故に、予言だとは言えないというのが私の考えです。

私にとって後期は最も後にしても92年以降早期は90年以降と捉えていますが、早期の例えばトワライトゾーン時代からすでに「あらかじめ言う」事をしていて、しかもそれは「世紀末予言」が含まれていた。そして当初はその回避が目的であった内容から、後期は逆に自らが世紀末に予言された破局的実現をするという預言成就に完全に方向が変わったのであり(これは知らない者が多いが紛うことのない本当の彼の意図)、それが多くの信奉者を、惑わす結果となった。

世紀末のハルマゲドン予言が外れた事を素直に喜べないのか?
それはサンディタさんが仲間に入れてもらえなかったかもしれない、裏の計画参加者にとって、自らで世紀末に予言された破局を実現をするという自己成就予言を目的とする別働隊があった事を明確に知っていたからです。

「予定」であって「決定」ではないのは、計画目標を掲げ、それに向かう事を言うわけだが、それは自己成就予言にしか過ぎない。

何度も言いますが、信奉者が惑わされていなければ問題はない。

そのためにはもし「あらかじめ言う」のであれば、確実に現象化する未来事象を語るべきであると言うことの重要性を主題にしているのですです。

にもかかわらず、一切の予言や占いの類を信じられなくされるような原因を作り、苦しみをごまかすために外側に何かを求める方向にさせたのは、とりもなおさず松本氏の語った「あらかじめ言った」内容に大きく依存している事実を指摘しているのです。
(影響されなかったというサンディタさんや一部の少数の人を主題にしているのではありません)

もし彼が年数を限定した「あらかじめ言った」内容通りの事象がその年に起こっていれば、多くの信奉者を惑わす事はけっしてなかったでしょう。2006年あたりまで年度特定の「あらかじめ言った」内容があったように記憶していますが、世界情勢として現実化した内容は無いでしょう。但し団体そのものの趨勢と読み直せばかなり信憑性のある内容だと個人的にはみなしています。

宇宙全体に生息する衆生の想念の微妙な変化に伴い変わることがあっても、近未来に地球上で起こる概略的趨勢はそんなに大きく変わることがないものです。

予言とはこういう内容を、「あらかじめ言う」ことであって、そうではない「口から出任せ」をその口から出る言葉に信頼を寄せている聴衆に語るのは、その聴耳者を愚弄すること以外のなにものでもない。




ソンシの預言って・・・

わかりやすく言ってみりゃこんなカンジですかね。

まず「ジャンケンとは、グーとチョキとパーがあり、グーは石を、チョキは鋏を、パーは紙を表すと。そしてグーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ、と言うゲームであると。そして私はジャンケンにおいて、決して負けることはないと」と、ソンシが高らかに獅子吼される。

そして実際にジャンケンした結果、ソンシはパーを、相手はチョキを出したとする。

そこでソンシはおもむろにおっしゃる。
「私のこのパーは、あなたがこれからいつか出すであろうグーに対して出したものであると。そしてあなたが出したそのチョキは、私が今まで出してきたグーに対して出したものであると。よって私の勝ちであると」と。
「私は、ジャンケンの手をいつ出さなければならない、とは定義していないと。そんなことを言うものは魔境であり三悪趣であると。どうだ、マンジュシュリー」
「ソンシのおっしゃる通りでございます」
「うん、ケイマはどうだ」
「・・・」
「うん、沈黙を以って同意と為すと。いやー、まさにケイマ大師はお釈迦様のようだねー」
ってとこですね。

まあ、それで私は幸福になれる!私はそれで解脱できる!って言う人は好きにすりゃいい話ですが。


いいね(^_^;)

篠澤教授に三千点さんのジャンケンの喩えは、まさに真実を言い表してると思います。
事象発現の時の限定をして「あらかじめ言った」内容が外れていても、ジャンケンの譬喩のように解釈したり、主張すれば、なんでも実際に起きない事をあたかも起きるが如くに言う、ほら吹きでも正しいことを言っていることになりますからね。

時期が違うだけだとか、意図的に嘘を言ったとかなんとでも解釈するように受けとめようと未だにする人がいる事実が完全に松本氏の発言に左右されている事の証明でしょう。事象事実と未来の出来事について「あらかじめ言った」内容は、冷徹に検証されることがなくては、松本氏の発言内容の中で評価できることと、まったく無価値の内容かの区別も付けようがないでしょうね。


もっとも問題を大きくしているのは、他の仏法の理解程度がとても適切で正しく解釈している部分と、事実には起こることがなかった預言を共存して語ってしまっているところにあるのでしょう。

このジャンケンの喩えは、

ソンシがタダの屁理屈を言っているような気がします。

http://www.fct.co.jp/zoomfct/news/5w1h.html
予言や予想の類は、
5W1Hのうちで、WHENとWHEREが一番重要では?

たとえば、
WHO・・・・・・アッサージ正悟師は、
WHY・・・・・・神々がソンシの死刑に抗議したため
WHEN・・・・・2012年に
WHERE・・・富士山が
WHAT・・・・・大噴火する
HOW・・・・・と予言した。


こんなことあり得ないかと思うかどうかは、人それぞれですけど。

「xxやるぞー」と何かイベントをブチあげても、その後の準備や方針にネタか本気かの違いがあって、きわめて手堅い、慎重な方法論で詰めていく時と、荒唐無稽な要求が続出して「いくらなんでもこれはムリ」という状況に追い込まれる場合の2パターンありました。
前者は本気で、後者は弟子のためのネタです。ようやく弟子たちが「まいったまいった」と一息つくと「OKOK、みんなよくやった」なんてこともありましたね。
全部本気に受け止められない、ってことは(まだ入信してそれ程長くなかったのですが)よくありました。

「嘘を嘘と見抜けない人には、グルの真意を理解する事は難しい」

理治さま
>相手の話を読み取るのが苦手なのは私ばかりではなくサンディタさんも同じでしょう。

 それはその通りです。(他を批判する要素は、自分自身にも少なからず存在しますからね。)
 特に私の場合、相手が如何に理解出来ていないか、何故相手が理解出来ないのかを理解する事が非常に苦手です。

>予め未来事象を「合理的には知ることのできない」未来を語ることを指す予言は、未来事象を正確に示したものでなければ人を惑わすことになる。

 予言である以上、内容が明瞭な物も有れば不明瞭な物も有ります。
 そして明瞭であれあれ不明瞭であれ、予言はそれを聞く人に不安や期待を生じさせ、心を惑わす一因になります。
 だから尊師も原始仏典でも「修行者は、予言には囚われるな」と述べているのだと思います。

>私が言いたいのは、いかなる状況下であっても、ましていわんや多くの人に影響力ある者が、予め未来事象を語る内容が真に未来事象を正しく語らなかったことを問題にしています。

 それは「弟子達の予言に対する間違った観念を取り除くために、故意に当たらない予言をしたのだ」と何度もお話ししましたが、理治さんは御自身の頑なな思い込みに囚われてしまって、その事実を受け入れられないようですね。
 その証拠も何度も述べた筈でけど。

>予言を信じようと信じまいと自由です。

 信じる・信じない以前に、修行者がそんな物に囚われる事がそもそも可笑しいのです。
  
>そうであるが、特定の時期に決して起こらない内容を「あらかじめ言う」場合、それが起こらないと思えるように表現はしていないわけで、完全に聞く者を愚弄した発言である。
>そのような発言をするような者は、指導者として相応しくないことを言っているのです。(ここに私の発言の主眼があるのです)

 理治さんは、「グルは指導者として、無責任な発言をしては成らない」という現世的な価値観を固くお持ちの方なのですね。
 しかしグルが弟子の嘘のカルマを落とすためには、弟子に嘘をつく時だってあるのです。(あらかじめ、そう断言してらっしゃいます。)
 これが理解出来ていないと、お話になりません。

 「嘘を嘘と見抜けない人には、グルの真意を理解する事は難しい」と思います。
 これは「嘘を嘘と見抜けない人には、オウムで修行を続ける事は難しい」とも言えますね。

>しかし、「滅亡から虚空」以前の出版物あるいは説法、すなわち草創期に明言している予言そのものがまずもって、多くの信奉者を惑わしている。
>また90年以降の荒唐無稽な未来事象発言も多くの信奉者を惑わしていることを問題にしているのです。
 
 それは「(未来予言の)信奉者を惑わす」事を目的としているのだから、当たり前です。

>かつての団体は、まったく彼が語った内容を信じない者で構成されていたわけではないでしょう。
すると多くの者が「予言に対する間違った観念」に執着し帰依していたというだけで、切り捨てることは不能であり、不毛なものの考え方です。

 グルでも真理の法則でもなく、自身の「予言に対する間違った観念」に執着し帰依していれば、修行に付いていけなくなるのは当然です。
(原始仏典にも「修行者は占いの類をしては成らない」と書かれていませんでしたか?)

 何度も説法で「修行者は、予言には囚われるな」と述べているにもかかわらず、聞く耳を持たず予言に執着し続けている人達に対しては、こういう方法でしかカルマを落とす事が出来なかたろう事は容易に想像出来ます。
 それなのに騙された事を人のせいにする人は、どうかしていると思いますが。

>私にとって後期は最も後にしても92年以降早期は90年以降と捉えていますが、早期の例えばトワライトゾーン時代からすでに「あらかじめ言う」事をしていて、しかもそれは「世紀末予言」が含まれていた。そして当初はその回避が目的であった内容から、後期は逆に自らが世紀末に予言された破局的実現をするという預言成就に完全に方向が変わったのであり(これは知らない者が多いが紛うことのない本当の彼の意図)、それが多くの信奉者を、惑わす結果となった。

 「当初はその回避が目的であった内容から、後期は逆に自らが世紀末に予言された破局的実現をするという預言成就に完全に方向が変わった」というのは、表面的にはその通りだったと思います。
 そしてもし理治さんが当時その事について本当に気付いていたのなら、この件で心が動く事は一切無かったろうと思います。

>世紀末のハルマゲドン予言が外れた事を素直に喜べないのか?
>それはサンディタさんが仲間に入れてもらえなかったかもしれない、裏の計画参加者にとって、自らで世紀末に予言された破局を実現をするという自己成就予言を目的とする別働隊があった事を明確に知っていたからです。

 もし理治さんが本当に「別働隊」とやらの存在を明確に知っていたのなら、「ハルマゲドン予言が外れた事を素直に喜べなかった」という事は理治さんが「別働隊」による予言の自己成就・達成を渇望していた(故に外れて落胆して喜べなかった)という事になりますが、それでもよろしいのですか?

>「予定」であって「決定」ではないのは、計画目標を掲げ、それに向かう事を言うわけだが、それは自己成就予言にしか過ぎない。

 基本的に、予言を成就させるのは神々です。

>何度も言いますが、信奉者が惑わされていなければ問題はない。

 弟子がグルの言動に惑わされないようでは、マハームドラーの修行になりませんが?

>そのためにはもし「あらかじめ言う」のであれば、確実に現象化する未来事象を語るべきであると言うことの重要性を主題にしているのですです。

 だからそれは理治さんが現世的な価値観を元に問題視しているだけですね。

>にもかかわらず、一切の予言や占いの類を信じられなくされるような原因を作り、苦しみをごまかすために外側に何かを求める方向にさせたのは、とりもなおさず松本氏の語った「あらかじめ言った」内容に大きく依存している事実を指摘しているのです。

 「一切の予言や占いの類を信じられなく成った結果、苦しみをごまかすために外側に何かを求める」のは、その人がグルの言葉に従わずに予言や占いの類を盲信していて、尚かつ「全ての苦しみの原因を自分の内側に求める」という真理の実践をしていなかったからに過ぎません。

>2006年あたりまで年度特定の「あらかじめ言った」内容があったように記憶していますが、世界情勢として現実化した内容は無いでしょう。

 確かに大宇宙占星学を含む一連の世紀末予言は全て外れましたね。
 でも大幅に時期がずれていますが、「日本の右傾化」も「再軍備」も着々と進んでおります。

>但し団体そのものの趨勢と読み直せばかなり信憑性のある内容だと個人的にはみなしています。

 つまり、本意では「世紀末の予言」をしていた訳ではないという事です。

>篠澤教授に三千点さんのジャンケンの喩えは、まさに真実を言い表してると思います。

 篠澤教授に三千点さんのジャンケンの喩えは、全くの的外れですよ。


二拍子さま
> 「xxやるぞー」と何かイベントをブチあげても、その後の準備や方針にネタか本気かの違いがあって、きわめて手堅い、慎重な方法論で詰めていく時と、荒唐無稽な要求が続出して「いくらなんでもこれはムリ」という状況に追い込まれる場合の2パターンありました。
>前者は本気で、後者は弟子のためのネタです。ようやく弟子たちが「まいったまいった」と一息つくと「OKOK、みんなよくやった」なんてこともありましたね。

 私の経験でも、そういう事ばかりでした。
 全く、「グルの発言の虚実を見抜けないと、グルの真意を理解する事は難しい」と思います。


思い込み

現世的な物事に言及している内容を世俗として無視し、事実現実真実を無視し、勝義での真意は異なる意義を込めて言ったのだと受けとめるのは自由です。

そして少数の者(わたしだけは)は正しく解釈しているとみなす側面がすでに松本氏の普通以下の人間性を有していたことをも無視する思いこみです。
彼は優れた観想者であった時期があった事は認めますが、それは現実社会の出来事を優れた観照能力があっても見誤るという程度のものという優れた観想者であったのです。現実の現世への執着を断つことは素晴らしいことでも、現実の事実真実の出来事その他のあらゆる事柄なしにして、勝義(真理)の世界はない。

現世的内容は現世における事実現実真実事象として示さねばならない。それがたとえ夢幻の世界であるとしても、その意味であっても勝義と世俗はつながっている事を無視することであり、それこそが異端(「選択する」)の始まりでしょう。
現世的な物事なくして勝義(真理)の世界などそれこそ夢幻の世界です。勝義のみが単独であるなどということは全くの思い込みに過ぎない。

> 私の経験でも、そういう事ばかりでした。
> 全く、「グルの発言の虚実を見抜けないと、グルの真意を理解する事は難しい」と思います。

でこぼこの手作りウレタンマットに座って「やっぱり市販よりこっちのほうがいいな、作ってくれ」
施設にいっぱい敷き詰められたデコボコマットを見るに、いかに修行空間がネタだらけだったか。

理治さん

サンディタ師は誰も理解できないグルの意思を、誰より理解してるんだからいいじゃないの。

あんまりサンディタ師と議論すると、サンディタ師のカルマ受けちゃって、下手したらグルへの絶対の帰依なんか具足しちゃいますよ。
そうなったら目も当てられん。元の黙阿弥だ。


二拍子さんは

「意図的にそうしようとして、わざとそうさせる分には、
何をやっても何をやらせてもOK」

ってことをおっしゃりたいわけですか?

>「意図的にそうしようとして、わざとそうさせる分には、
>何をやっても何をやらせてもOK」
>
>ってことをおっしゃりたいわけですか?

何でもいいわけありません。「なにをやらせてもOK」という表現はいくらでも拡大解釈でき、「OK」はまずありえない。
自ら意図した結果に導くコントロールがなければ、何の意味もない。
実はものすごく難しい。失敗させて気づかせるようなやり方は本当に難しい。

好きにしていいよと言われても、後でしっかり叱られたり、とにかくやってみろと放り出されたり、「判断と責任を他人任せにしない」「観念だけで頭でっかちになるな。体を使ってやってみる」こんなことが多かったと思います。どんな目的でどんな結果を?これを見極めるのは難しい。「こりゃネタですね」と分かっても、どうするのがベストかは一筋縄ではいかない。


予言はいろいろありますが、天の御意を汲むことができるかどうかでしょう。
人間は人間としての枠内で自由に意思して行動できますが、天の御意を外せばその報いを受けるし、意思を読み取って行動できる人はきちんと結果を出すでしょう。

予言は大枠において、それは天の意思の表れで必ず成就し、子細な予言はいくらでも外れるということです。

アクアリウムの中の魚は水槽内の環境に影響を与えることが出来ますが、管理者としての人間はそれにも増して餌の量、水温、明かりを自在にコントロールできます。あまりに人間の意思に反する魚には厳しい処置が取られることもあるでしょう。

二拍子さん

貴殿が「まるっきり逝っちゃってる人」
でないことはとりあえず理解しました。
現在の教団本体にいるなら、
なかなか苦労するであろう立場の方のようですね。

予言内容とその時の事実との関係

>下手したらグルへの絶対の帰依なんか具足しちゃいますよ。

と助け船を出して頂き、お気遣いを頂き、誠に有難う御座います。

申し訳ないんだけど、グルへの絶対の帰依みたいな阿保らしいこと一度も出来たことありませんし、(頑張ってみた時はあったように思う)そんなのがわたしに遷ってくれれば、面白いとは思いますが、ありえねぇ。

手段であって目的ではない、グルへの絶対の帰依なんてものは。(それこそこれは絶対だ)
目的に至るために、多くある手段の中の一つのであってそれがすべてみたいに馬鹿みたいに、阿保らしいこと出来るわけがない。

(1986年から1995年の間松本氏が直接指導できる条件にある間ならその手段も利用価値は甚大だったと思う。)
しかし直接指導出来なくなって12年も経って馬鹿みたいに絶対の帰依って、何に対してする、つうの (>_<))
って感じだね。

ところで予言と事実の関係について、わたし自身が最も関心を持っていることの一つとして発言させて頂いている訳ですが、1986年から1995年の間松本氏が常に現実的に関与可能な時、しかも凶悪事件を起こしている事が周知の事実となっていない間は、松本氏の手法は巧く機能していたことについては、諸手を挙げて賛成し、賞讃するに値する有能な指導者の資質を備えていたと認めざるを得ないと思っています。

しかしながら1995年以降は松本氏の使ったあらゆる手段は水泡に帰したということを関係者すべてが正しく承認することなく、精神的進化を進めることは不可能だとわたしは考えているが故に、冷静に事実を事実として認めることが出来ない方々に対しても、この境目によって使い方は変えなければならないよ。という事を表現したくて投稿しているのです。

そして予言とはヒナヤーナで使われることは決してありえません。何故なら現象世界を嫌悪する事を手段とするからです。
大乗では少々使われることもあるが脇に追いやられがちでしょう。
密教においては全面的に活用されます。
仏教学者の多くは小乗のみが釈尊の教えだと主張したがります。それなら大乗・密教の仏教は真理でも仏教でもないとしてしまうのであれば予言は排除され使われることはけっして無いでしょう。しかし密教の最後にはカーラチャクラタントラと呼ばれるものもあり、紛うことなく真理を正知する為に予言を、一手段として活用されてきました。日本の大乗仏教系でもほとんどの宗派が星祭り等として予言を使って来た歴史的事実があります。密教系では常用されて来たのが当たり前です。

人の心の成熟の為に有効に使われるなら予言はとても良い働きをする側面があると同時に苦しめてしまう側面は合わせ持っています。しかし少なくとも現実には起こることの無い未来事象をいう事で巧く機能したためしがありません。わたしが言いたいのは言った事が現実化しない予言を語ることによる、その言った時期に現実化しない事によって、何か正統な精神的進化に貢献できることがあるのか?を問うているとも言えるかもしれません。



水槽の中の魚と飼い主の人間

>アクアリウムの中の魚は水槽内の環境に影響を与えることが出来ますが、
>管理者としての人間はそれにも増して餌の量、水温、明かりを
>自在にコントロールできます。
>あまりに人間の意思に反する魚には厳しい処置が取られることもあるでしょう。

「魚」=何にも知らない無知な大衆
「管理者としての人間」=神通力を持った人間
と理解しました。


A派でしたら、こういう対比は好きでしょうな。

元芝さんはこういう例えは一番嫌うんじゃないですか?


この話で思い出したんですが、
『1999年以後』という五島勉氏の本があるんですが、
まさにそうですな。

ナチスのアドルフヒトラー総統の予言内容が書いてあります。

1988年以後、人間は二極分化して、被支配者と支配者がハッキリ分かれるとか。
支配者は神のような力を持つようになるとか書いてあります。
一方被支配者は支配者からある意味で恩恵を受けて暮らすようになるとか。

まあ、今の状況を考えると、経済的に二極分化しているのは認めるとしても、
アーレフでさえ、神のような力があるとは到底言えない状況にあります。

理治さま
>現世的な物事に言及している内容を世俗として無視し、

 世俗である・世俗でない等は、一切関係有りません。
 一連の対外的な事件については教団と一般社会のと関わり合いの話ですから現世的な価値観を持ちだして批判する事も可能でしょうが、予言の話はあくまでも教団内部の話なので、教団外部の価値観を持ち出して批判しようとしても矛盾が吹き出ておかしくなるだけなのです。
 つまり批判する価値基準がそもそも間違っているのだという事ですね。
 
>事実現実真実を無視し、勝義での真意は異なる意義を込めて言ったのだと受けとめるのは自由です。

 理治さんは尊師の言動・真理の法則・教団内のルールというという事実現実真実を無視しているから、予言問題について間違った解釈をしてらっしゃる次第です。
 予言の仕組み・定義すら自己流の解釈で論を進めているような状態でしたから、ちょっと正しい解釈を突き付けられただけですぐ破綻してしまう訳です。
 これではお話になりません。

 ところで「勝義」の意味が分からなかったので、調べてみました。
-------------------------------------------------------
しょうぎ 1 【勝義】

(1)〔仏〕 最高の真理。世俗・世間の判断を超えた仏教的真理。

(2)その語の本来の意味。第一義。

---------------------------------------------------------
 世俗・世間の判断を超えた「勝義」とその勝義(=真理)に従う教団内部の話をしているのに、理治さんは何故か世俗・世間の判断で批判しようとしている訳です。
 内部の特殊なルールで行われている事を外部の価値観で批判しようとするのは、そもそも的外れだという事です。
 それは丁度、ボクシングを知らない人がボクシングを見て「殴り合いをしているのは犯罪だ!傷害罪だ!」と批判しているのと同じでね。
 もし予言が外れた問題を批判されるので有れば、少なくとも予言の仕組みや意味合いについて真理の法則に則って正しく理解した後に、あくまでも真理の法則に則って批判すべきだと思いますが。


>そして少数の者(わたしだけは)は正しく解釈しているとみなす側面がすでに松本氏の普通以下の人間性を有していたことをも無視する思いこみです。

 「少数の者(わたしだけは)は正しく解釈しているとみなす側面が」というのは、理治さんの思い込みですね。
 私は、基本的な教義を学んだ人なら誰でも理解出来る程度の事しか話しておりませんから。
 「松本氏の普通以下の人間性を有していた」という側面も、現世的な価値観で表面的な行為しか見られない人にはその様に見えてしまうのだろうとは思います。
 理治さんは表面的な事に囚われすぎて尊師の言動の真意をまるで理解し得ていないみたいですね

>彼は優れた観想者であった時期があった事は認めますが、それは現実社会の出来事を優れた観照能力があっても見誤るという程度のものという優れた観想者であったのです。
>現実の現世への執着を断つことは素晴らしいことでも、現実の事実真実の出来事その他のあらゆる事柄なしにして、勝義(真理)の世界はない。

 世俗の価値観のみで批判している人が、勝義(真理)の話をするのはおかしいですよw
 理治さんは、御自身の立ち位置をもう少し明確に認識すべきかと思います。
 
>現世的内容は現世における事実現実真実事象として示さねばならない。
>それがたとえ夢幻の世界であるとしても、その意味であっても勝義と世俗はつながっている事を無視することであり、それこそが異端(「選択する」)の始まりでしょう。
>現世的な物事なくして勝義(真理)の世界などそれこそ夢幻の世界です。
>勝義のみが単独であるなどということは全くの思い込みに過ぎない。

 理治さんがお考えのように、「勝義のみが単独である」という事は有り得ません。
 そのすぐ後で「全くの思い込みに過ぎない」と仰ってますが、私はそういう思い込みをしておりませんのでこの場では的外れな論評ですね。
 理治さんは少なくとも「勝義とは世俗・世間の判断を超えた所に存在している」という点だけは、決してお忘れにならない方が良いかと思います。
 「超えた所にある」というのは、断絶しているのではなく連続し超越しているという事です。


二拍子さま
>でこぼこの手作りウレタンマットに座って「やっぱり市販よりこっちのほうがいいな、作ってくれ」
>施設にいっぱい敷き詰められたデコボコマットを見るに、いかに修行空間がネタだらけだったか。

 それは科学班の弟子達にウレタンマットを製造し供養させるための、一種の方便ですね。
 私はそういうのはグルの慈愛であると、好意的に解釈していました。
(尤も私は現世的に立派な物より、教団製のウレタンマットのように頭陀の行に適した見窄らしい物を好む傾向がありましたけど。)


篠澤教授に三千点さま
>サンディタ師は誰も理解できないグルの意思を、誰より理解してるんだからいいじゃないの。

 この程度の事は、誰にでも理解出来るレベルの話だと思います。
 まあアンチの人は無智のまま思考が停止しちゃっている人が多いから、何を言っても理解して頂けないとは思いますがね。 

>あんまりサンディタ師と議論すると、サンディタ師のカルマ受けちゃって、下手したらグルへの絶対の帰依なんか具足しちゃいますよ。
>そうなったら目も当てられん。元の黙阿弥だ。

 もし私が「グルへの絶対の帰依なんか具足しちゃって」いたら、今頃はもっともっと高いステージに居るはずですよ。
 事件前の教団内では「グルへの絶対の帰依」どころかワークでも修行でも怠け放題怠けていたから、今の状態で留まっている次第です。

 
>「意図的にそうしようとして、わざとそうさせる分には、何をやっても何をやらせてもOK」

 「何をやっても何をやらせてもOK」という部分はアンチの人がよく批判点として持ち出して来ますが、否定的な人がよく考えがちなステレオタイプの思い込みですね。


理治さま
>と助け船を出して頂き、お気遣いを頂き、誠に有難う御座います。

 篠澤教授に三千点さんのコメントを助け船と感じられたという事は、相当に追い詰められていたと感じられていらっしゃったのですね。

>手段であって目的ではない、グルへの絶対の帰依なんてものは。(それこそこれは絶対だ)
>目的に至るために、多くある手段の中の一つのであってそれがすべてみたいに馬鹿みたいに、阿保らしいこと出来るわけがない。

 「グルへの絶対の帰依なんてものは、手段であって目的ではない。」というのは、まさしくその通りです。
 しかし自力で解脱・悟りに到達出来ないのなら、解脱・悟りに到達するまではグルへ帰依しグルの手助けを受ける事は必要ですよね。

>(1986年から1995年の間松本氏が直接指導できる条件にある間ならその手段も利用価値は甚大だったと思う。)
>しかし直接指導出来なくなって12年も経って馬鹿みたいに絶対の帰依って、何に対してする、つうの (>_<))
>って感じだね。

 理治さんは、現象界でしかグルとの接触が無かったみたいですね。
 しかしその現象界のみを全てと捉える考え方は、ハッキリ言って無智だと思いますけれども。

>しかしながら1995年以降は松本氏の使ったあらゆる手段は水泡に帰したということを関係者すべてが正しく承認することなく、精神的進化を進めることは不可能だとわたしは考えているが故に、冷静に事実を事実として認めることが出来ない方々に対しても、この境目によって使い方は変えなければならないよ。という事を表現したくて投稿しているのです。

 ならば「尊師の世紀末予言は外れた」という表面的な部分だけではなく、「予言に対して間違った執着をしている弟子達が大勢居り」、その為に「意図的に外れる予言をしていた」という部分についても冷静に事実を事実として認めるべきかと思いますけれども。

>そして予言とはヒナヤーナで使われることは決してありえません。何故なら現象世界を嫌悪する事を手段とするからです。
>大乗では少々使われることもあるが脇に追いやられがちでしょう。
>密教においては全面的に活用されます。
>仏教学者の多くは小乗のみが釈尊の教えだと主張したがります。それなら大乗・密教の仏教は真理でも仏教でもないとしてしまうのであれば予言は排除され使われることはけっして無いでしょう。
>しかし密教の最後にはカーラチャクラタントラと呼ばれるものもあり、紛うことなく真理を正知する為に予言を、一手段として活用されてきました。
>日本の大乗仏教系でもほとんどの宗派が星祭り等として予言を使って来た歴史的事実があります。
>密教系では常用されて来たのが当たり前です。

 つまり旧教団の教義は三乗全てを含んでいましたから、密教的な側面として「予言が常用されて来たのは当たり前」という事ですね。
 しかしほとんどの弟子達のレベルは小乗以下だったので、弟子達に対しては「予言に囚われるな」と言い、そして予言に対する間違った執着を落とすために意図的に外れる予言をした訳ですな。

>人の心の成熟の為に有効に使われるなら予言はとても良い働きをする側面があると同時に苦しめてしまう側面は合わせ持っています。
>しかし少なくとも現実には起こることの無い未来事象をいう事で巧く機能したためしがありません。
>わたしが言いたいのは言った事が現実化しない予言を語ることによる、その言った時期に現実化しない事によって、何か正統な精神的進化に貢献できることがあるのか?を問うているとも言えるかもしれません。

 予言が当たるにしろ外れるにしろ、そもそも「予言」という外的情報に心が左右される様な状態では基本的な小乗の成就すら望めません。
 そして密教で予言を使うのは「正統な精神的進化に貢献」する為ではなく、予言を通じて宇宙の真理・神秘性を知る一助にするのが目的だと思います。
 だから予言に現世的な利益を求めて予言成就を喜んだり逆に予言が外れて悲嘆したり落胆したりする事や、あるいは現世的な価値観を持ち込んで予言問題をどうこう解釈する事は、そもそも根本的に間違っていると思います。


いえいえサンディタ師

>この程度の事は、誰にでも理解出来るレベルの話だと思います。
 まあアンチの人は無智のまま思考が停止しちゃっている人が多いから、何を言っても理解して頂けないとは思いますがね。 

>もし私が「グルへの絶対の帰依なんか具足しちゃって」いたら、今頃はもっともっと高いステージに居るはずですよ。
>事件前の教団内では「グルへの絶対の帰依」どころかワークでも修行でも怠け放題怠けていたから、今の状態で留まっている次第です。


そんなご謙遜を。
さすが尊師がお認めになった成就者だけあって謙虚ですね。
サンディタ師の説かれる法則は、あまりにも深遠すぎて誰も理解できようはずはありません。
アンチ・シンパかかわらず、です。
シンパですら、サンディタ師の境地まで至ったものは皆無でしょう。
未だ誰もサンディタ師を論破できないという事実が物語っています。
恐らく尊師でさえ、サンディタ師を論破できないでしょう。
A派や中間派、あるいは尊師ご家族でさえ、サンディタ師のおっしゃることを理解できていない。
だからサンディタ師を受け入れ切れていない。

和田秀樹さんや香山リカさんぐらいなら、サンディタ師を論破はしなくても理解ぐらいはできると思いますが。

ヒトラーの予言

お金が貯まっているぞ さま
>「魚」=何にも知らない無知な大衆
>「管理者としての人間」=神通力を持った人間
>と理解しました。

 それはあまりにも穿った物の見方だと思います。
 何故なら「神通力を持った人間」では天変地異を起こして人類を裁く事は出来ませんし、予言(神々の計画)のデータを作る事はもちろん預言を与える事すら出来無いからです。

ですから単純に
 「アクアリウムの水槽」=地球
 「魚」=地球上に生息している衆生
 「管理者としての人間」=地球の自然現象などをコントロ-ルしている神々
という意味だと思いますけれども。

>元芝さんはこういう例えは一番嫌うんじゃないですか?

 元芝さんはこの水槽の例のような動物的な主従関係に変な執着というか一種のトラウマがあるみたいですね。
 それ故、以前現れた時の彼は「タントラヴァジラヤーナにおけるグルと弟子の関係」を「動物的主従関係」のレベルでしか理解出来ていませんでした。

>この話で思い出したんですが、
>『1999年以後』という五島勉氏の本があるんですが、
>まさにそうですな。
>ナチスのアドルフヒトラー総統の予言内容が書いてあります。
>1988年以後、人間は二極分化して、被支配者と支配者がハッキリ分かれるとか。
>支配者は神のような力を持つようになるとか書いてあります。
>一方被支配者は支配者からある意味で恩恵を受けて暮らすようになるとか。
>まあ、今の状況を考えると、経済的に二極分化しているのは認めるとしても、
>アーレフでさえ、神のような力があるとは到底言えない状況にあります。

 日本の経済的な二極分化の原因は、アメリカからの圧力で始まった数々の経済政策に因る物ですね。
 様々な業種での「自由化」や「規制緩和」の促進、廃案になったホワイトカラー・エグゼンプションなどがそれです。
 つまりアメリカを中心にして現在の世界を支配している勢力は、意図的に人類の二極分化を狙っているという事です。

 ヒトラーの予言では、以下の「永遠の未成年」の予言も興味深かったです。
 この「永遠の未成年」の存在は、教団の内外を問わず現在日本中で見られますね。
----------------------------------------------------------------
「私が言った未来に現われる『永遠の未成年者集団』というのは、
 もちろん、死ぬまで大人になりきれない人間たち、ということだ。
 そんなことは、厳しい正常な社会ではありえない。だからそうなる
 背景には、甘やかされた異常な社会が当然ある。その中で、同じ
 ように大人になりきれない親に、愛玩動物のように育てられる
 ため、子どもも成人しても真の大人になれないのだ。」

ヒトラーの予言(完全バージョン)
ttp://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/b1fha400.html#01
---------------------------------------------------------------

だから異端とみました

「選択する」分別・弁別・分節するところには、何も真実は大印として現れ出でることは決してないでしょう。

勝義と世俗の二諦を別けるのは手段に過ぎない。勝義という飴を熟知しなければ勝義と世俗の両真理のつながりが判らないからに過ぎない。

世俗を離れところに勝義諦はけっして存立出来ない。

その証拠に松本氏が現世を嫌悪し己が救世主だと思いこむ瞑想に陶酔し、他の多くの衆生に苦悩を与えてでも己が救世主だと思いこむ流れが出来たとき仏教的縁起の考え方は表面から完全に消え、

独り善がりな救済と称した方向を展開してしまったが故に彼は現実世界で影響力を与えられない環境に行かざるを得なくなっている。

現実社会で生命を保たして頂いているということは、現実へ良き影響を与えることのないアストラルやコーザルが単独に無関係にあるなって思ってもそれは単なる思い込みに過ぎない。

大印とはアストラルやコーザル、だけで、見るものではけっしてありません。この現実世界に現れた象徴により悟っている事実がほとんどであるのです。

仏教では最も無知の根本を、別けて見ることだと言うように、異端(選択する)とは同じくこの世に生息する、他を受容し認め肯定しないものを、異端と言うのだとわたしはみなしています。

このことを単的に示すように勝義は世俗に無関係であるという一点をもって異端とて選択してることを如実に示しています。

この世に生きる他者が幸せになるお手伝いをしないで自らが悟りたいと想われる方は少なくとも他者と接触や交信はしない条件に無ければなりません。

ところが個我以外とたった一人とでも接し交信することがあれば、他者を受容し認め肯定しなければ単に我執を増大させることに役立つだけでしょう。

煩悩障を仮に断つことが出来ても、所知障を断たなければ大印も現れることはけっして無いであろうし、特定の個に執着し続ければそれは単に他を排除することをやり続けていることに過ぎない。

>「魚」=何にも知らない無知な大衆
>「管理者としての人間」=神通力を持った人間
>と理解しました。

少なくとも私がイメージしたものと全然違う。

同じ魚がアクアリウムの支配者になれるわけがないし、人間がアクアリウムの生態系をどういう気持ちで面倒見てるかを汲むということがポイントになります。
環境汚したり、共食いするようでは世話する側も心穏やかではないかも。

「御意」なんて言っても、なんのこっちゃになっちゃうし、半端に解釈してもおかしなことになるし。もっともらしく「これぞ」と振りかざすのはまずいし。そもそもブログのコメント欄で文字並べても意味ないのかな?あとは個々人で考えてくれってなっちゃう。考えた結果が正解かどうか私も保証できません。

自分でその世界に踏み込んで、いろいろ見て聞いてやってみて、ようやく感触つかむようなものかも。人に聞いたり教えたりするものではないのかも。

篠澤教授に三千点さま

篠澤教授に三千点さま
>サンディタ師の説かれる法則は、あまりにも深遠すぎて誰も理解できようはずはありません。

 そりゃ単に貴方が観念で壁を作って私の話に聞く耳を持たず、意図的に思考を停止させているだけだからです。
 そして誉め殺しで遠回しに誹謗して喜んでいると。
 まあ理性的な話し合いを放棄した人達が出来る事って、せいぜいこの位でしょうけど。
 でも元芝さんのように散々噛み付いて来た挙げ句、大嘘を吐きまくって遁走した訳ではないから、少しはマシでしょうかね。


 何度も言いますが私は誰でも理解出来るレベルの基本的な話しかしておりませんで、悪しからず。

サンディタ師

まあ、あなたは幸せな人です。
間違いなく。

篠澤教授に三千点さん

>サンディタ師の説かれる法則は、
>あまりにも深遠すぎて誰も理解できようはずはありません。

オウム教義が骨の髄まで染みついているので、
わたしや篠澤さんとは違うんでつ。

極A派に近いかもしれませんが、理解できないこともないでしょう。
アッサージ正悟師ぐらいでしたら、容易に理解できるでしょう。

>未だ誰もサンディタ師を論破できないという事実が物語っています。


いいえ、ただ一人だけいます。

それは、今は亡きオリーブの栄光さんでつ。
オンフルール板でバトルになった末、
当時、「大阪CBI」のHNで書いていたサンディタ師が逃げ出しました。
ちなみに、「オリーブの栄光」さん=アッサージ正悟師という疑惑もあります。

何でしたら、当時の過去ログでも出しましょうか?

何故嘘を言う必要性があるのか?

わたしは、サンディタさんの自らの発言に前後矛盾があることを、お気付きになれれることを期待して発言をしてきました。しかしながらお気付きでは無いようにお見受けしますので少しその部分を単的に示させていただきましょう。

> 一連の事件についての解釈は様々ですが、結果的に多くの弟子達の「予言」に対する間違った観念を落としてくれたとは言えると思います。
> それ故、私も’97年や’99年やらの「予言」は外れたと認識しています。

> 宿命通や死生智が付くと過去や未来の出来事をその原因と結果を含めて連続的に見る事が出来るようになります。

> グルでも真理の法則でもなく、自身の「予言に対する間違った観念」に執着し帰依していれば、修行に付いていけなくなるのは当然です。

> (原始仏典にも「修行者は占いの類をしては成らない」と書かれていませんでしたか?)
> 何度も説法で「修行者は、予言には囚われるな」と述べているにもかかわらず、聞く耳を持たず予言に執着し続けている人達に対しては、こういう方法でしかカルマを落とす事が出来なかたろう事は容易に想像出来ます。

> 基本的に、予言を成就させるのは神々です。

決定的な誤謬が以下です。

> 俗である・世俗でない等は、一切関係有りません。
 一連の対外的な事件については教団と一般社会のと関わり合いの話ですから現世的な価値観を持ちだして批判する事も可能でしょうが、予言の話はあくまでも教団内部の話なので、教団外部の価値観を持ち出して批判しようとしても矛盾が吹き出ておかしくなるだけなのです。

> つまり批判する価値基準がそもそも間違っているのだという事ですね。
> 内部の特殊なルールで行われている事を外部の価値観で批判しようとするのは、そもそも的外れだという事です。

ここに完全に自己矛盾が露呈しています。
> 世俗の価値観のみで批判している人が、勝義(真理)の話をするのはおかしいですよ

そして決定的に判っていませんと表現している内容が以下です。

> 予言が当たるにしろ外れるにしろ、そもそも「予言」という外的情報に心が左右される様な状態では基本的な小乗の成就すら望めません。
> そして密教で予言を使うのは「正統な精神的進化に貢献」する為ではなく、予言を通じて宇宙の真理・神秘性を知る一助にするのが目的だと思います。
> だから予言に現世的な利益を求めて予言成就を喜んだり逆に予言が外れて悲嘆したり落胆したりする事や、あるいは現世的な価値観を持ち込んで予言問題をどうこう解釈する事は、そもそも根本的に間違っていると思います。

どうですか、良くご自分のご発言に一貫性が無いのがお解りになられましたか?

内部の特殊なルールでといいながら、宇宙の真理・神秘性を知る手段と言っています。
はい判りますか?
内部の特殊な理論ということはあり得ないのです。すべてに当てはまることをダルマと呼んでいるのです。

わたしは終始、現実と勝義はつながりがあり現実世界に起こる『あらかじめ言う』ことを事実と違うことを言えば、ホラによって一時的に元気づけることがあるとしても、現実に起きない事をいえば、それが現象化する前に、この世に関与出来ない拘置所へと囚われの身にならざるを得ない現実が示しているように、自らの口から出した出来事が起こらない事実によって指導者生命は剥奪されているのです。

もっとも大きなサンディタさんの誤謬を一点だけ指摘するだけに留めましょう。
なぜ実際に起こる未来事象が判っていて、意図的に起きない出来事を予言と称して言いまくったのかの説明がなされていません。

本当に宿命通や死生智があってありのままに未来の事象が連続的に見る事が出来る方が、その起きる出来事でないまったく起きもしない事を言う必要性がまったく説明されていません。その嘘を言うことの利益が内部に限定するというのは詭弁です。

予言に対する間違った観念とはサンディタさんは実際には起きない事を”わざと”吹くことで真理に完達させようと嘘八百を言っていたと言いながら、原因と結果を含めて連続的に見る事が出来ると肯定しています。

さて本当に実際に起こる出来事が判っている方がご自分の得票が当選に値しないものしかないのが見抜けない醜態を示しますか?

松本氏には、未来の真実の出来事が観れる能力は、たまに知ることができるところがあった程度に過ぎないとしか、正統に判断することは不可能です。

正確な未来予言が可能にもかかわらず、意図的に異なることを言ったという趣旨で言っている割りには、実際に起こらないことを言う、その利益が語られていません。

神々の意思で予言が成就されるのであれば、松本氏は神々の域に足を突っ込んでいるとみなした人にとって予言は語られた時期に現実化すると、聞くものは思うと優れた指導者なら考えないはずはありません。

従って言葉に出して言う以上、未来に本当に起こる内容と松本氏が信じて疑わないことしか予言として発言のしようが無いことは自明であることになります。

正確な未来予言ができる機構を語りながら、その予言内容が実際には起きないことを言わなければならない、その分かり易い根拠をお示しいただきたいものだと思います。

実際に起こると予見されても語らない選択はあり得ます。

けれども、言葉にして表現した内容が起こりもしないことが解っていて、わざわざ未来に起きない内容を語らなければならない必然性が無ければ、わざと違うことを言う理由がありません。

普通起こるべき事象が予見されていて、その内容をわざと違う事象を表現する者がいたら、それは自己の観た未来予測を信じていないか?能力そのものを信じていないならば可能性はあるでしょう。




二拍子さま
>少なくとも私がイメージしたものと全然違う。

 私も前述のhttp://alephnoda.blog85.fc2.com/blog-entry-159.html#comment3338で既に指摘した通り、 お金が貯まっているぞ さんは少し「思い込みが強いが為に相手の話を正しく読み取る事が苦手」な傾向がある様です。


篠澤教授に三千点さま
 「これもカルマ落とし」と喜ぶのは簡単ですが、黙していても貴方がたの方の利益にならないので少しレスを付けます。

>和田秀樹さんや香山リカさんぐらいなら、サンディタ師を論破はしなくても理解ぐらいはできると思いますが。
> まあ、あなたは幸せな人です。

 尊師や旧教団に肯定的な意見を持つ者に対し、キ○ガイだの精神病だのと暗に決め付けて誹謗し中傷すると。
 しかし「なぜキ○ガイなのか」「なぜ精神病なのか」についての論証は一切出来ず、ただ幼児の口喧嘩のように反射的に罵っているだけと。
 こういう人達の方が余程「幸せな(≒お目出度い)」人達だと思います。
(世俗の価値観では「可哀想な人達」という表現も可能です。)


お金が貯まっているぞ さま
>オウム教義が骨の髄まで染みついているので、
>わたしや篠澤さんとは違うんでつ。

 染みついているというか、産まれた時から自分の内側で経験して来た事は、幾ら表層意識で否定的になっても抜き難いというう事です。

>いいえ、ただ一人だけいます。
>それは、今は亡きオリーブの栄光さんでつ。

 懐かしい名前ですね。
 彼も本題での論争ではなく、揚げ足取りや嫌がらせばかりが得意な方でした。
 彼は私以外に対してもそんな事ばかりしている内にカイヴァリヤさんの不興を買い、カイヴァリヤさんのサイトから追い出されてしまったみたいですね。

>オンフルール板でバトルになった末、

 彼と論争したのは、ほとんどカイヴァリヤさんの所でしたけれども。

>当時、「大阪CBI」のHNで書いていたサンディタ師が逃げ出しました。

 逃げ出したのではなく、M正大師に直接釘を刺されて投稿を躊躇している内にPCが壊れてWebに繋がらなくなったのです。
 再びWeb環境を復旧してカイヴァリヤさんの所を訪れた時には、既にオリーブ氏が追い出された後でした。

>ちなみに、「オリーブの栄光」さん=アッサージ正悟師という疑惑もあります。

 オリーブさんは基本的にアンチの上、性格にかなり幼稚な傾向が有りましたから、その可能性は低いと思います。
 またもし彼が件の正悟師なら地位や権力を振りかざすして上から押さえ付けて来るような発言があるはずですが、オリーブさんにはそれは一切御座いませんでした。


理治さま
>何故嘘を言う必要性があるのか?
>わたしは、サンディタさんの自らの発言に前後矛盾があることを、お気付きになれれることを期待して発言をしてきました。
>しかしながらお気付きでは無いようにお見受けしますので少しその部分を単的に示させていただきましょう。

 ここまで不理解なのは、或る意味芸術的とすら感じます。
 理治さんは頑なに自分の考えを繰り返すのみで私の指摘に対して有効な回答は一切出来ていませんでしたから、
「わたしは、サンディタさんの自らの発言に前後矛盾があることを、お気付きになれれることを期待して発言をしてきました。」
という部分は追い詰められた挙げ句虚勢によって発せられた大嘘としか言い様がありません。 
 レスが少し長くなるので、稿を改めたいと思います。


「何故嘘を言う必要性があるのか?」について

理治さま
>わたしは、サンディタさんの自らの発言に前後矛盾があることを、お気付きになれれることを期待して発言をしてきました。

 前述通り、それは大嘘ですね。

>しかしながらお気付きでは無いようにお見受けしますので少しその部分を単的に示させていただきましょう。

 一生懸命「矛盾点」を探したようですが、全て基本的な読み違え等の的外れな指摘ばかりでした。

>> 一連の事件についての解釈は様々ですが、結果的に多くの弟子達の「予言」に対する間違った観念を落としてくれたとは言えると思います。
>> それ故、私も’97年や’99年やらの「予言」は外れたと認識しています。

 「意図的に外れる予言をして、実際に外れました、その結果多く弟子達の「予言」に対する間違った観念が落ちました」という事ですけど。
 これの何処が矛盾してますか?
 敢えて問題点をあげるなら、実際に「予言」に対する間違った観念を落ちたかどうかについては、弟子によって様々だったという事くらいでしょうか。
 
>> 宿命通や死生智が付くと過去や未来の出来事をその原因と結果を含めて連続的に見る事が出来るようになります
>> グルでも真理の法則でもなく、自身の「予言に対する間違った観念」に執着し帰依していれば、修行に付いていけなくなるのは当然です。

 この二つの何処が矛盾しているのか、私にはサッパリ分かりませんが。
 上段文は体験者が大勢居ますね。
 下段文は真理に帰依していないのだから当然ですね。

>> (原始仏典にも「修行者は占いの類をしては成らない」と書かれていませんでしたか?)
>> 何度も説法で「修行者は、予言には囚われるな」と述べているにもかかわらず、聞く耳を持たず予言に執着し続けている人達に対しては、こういう方法でしかカルマを落とす事が出来なかたろう事は容易に想像出来ます。

 これも何か矛盾していますか?
 「修行者は予言に囚われてはならない」という事で一環していますが?
 もしかして小乗で禁じられている「占いの類」と修行によって得られる死生智や宿命通の体験を混同して「矛盾だ」と述べてらっしゃるのでしょうか?

>> 基本的に、予言を成就させるのは神々です。

 これの何処が何と矛盾しているのか、何の説明もないのでサッパリ分かりませんが?
 予言(この場合は預言の方が正当ですが)の内容は即ち神々の計画なのだから、神々が計画を成し遂げようとするのは当然だと思いますけど。


>決定的な誤謬が以下です。
>> 俗である・世俗でない等は、一切関係有りません。
> 一連の対外的な事件については教団と一般社会のと関わり合いの話ですから現世的な価値観を持ちだして批判する事も可能でしょうが、予言の話はあくまでも教団内部の話なので、教団外部の価値観を持ち出して批判しようとしても矛盾が吹き出ておかしくなるだけなのです。
>> つまり批判する価値基準がそもそも間違っているのだという事ですね。
>> 内部の特殊なルールで行われている事を外部の価値観で批判しようとするのは、そもそも的外れだという事です。

 それは私の誤謬ではなく、下記の通り理治さんの読み違えですよ。

>ここに完全に自己矛盾が露呈しています。
>> 世俗の価値観のみで批判している人が、勝義(真理)の話をするのはおかしいですよ

 これは理治さん御自身について述べた部分ですよ?
 理治さんは「世俗の価値観のみで(真理=勝義に則った教団を)批判している」癖に、勝義(真理)の(解説めいた)話をするのはおかしいですよ、と述べているだけです。
 私は「世俗の価値観のみで批判して」はいませんので、真理の話をしてもおかしくはありません。


>そして決定的に判っていませんと表現している内容が以下です。
>> 予言が当たるにしろ外れるにしろ、そもそも「予言」という外的情報に心が左右される様な状態では基本的な小乗の成就すら望めません。
>> そして密教で予言を使うのは「正統な精神的進化に貢献」する為ではなく、予言を通じて宇宙の真理・神秘性を知る一助にするのが目的だと思います。
>> だから予言に現世的な利益を求めて予言成就を喜んだり逆に予言が外れて悲嘆したり落胆したりする事や、あるいは現世的な価値観を持ち込んで予言問題をどうこう解釈する事は、そもそも根本的に間違っていると思います。
>どうですか、良くご自分のご発言に一貫性が無いのがお解りになられましたか?

 小乗や密教の中での「予言」の扱い方を「それぞれ」述べているだけです。
 何も矛盾してませんが?
 それとも小乗と密教とでは予言の捉え方が違うという事が「矛盾」だと言いたいのでしょうか?
 どうやら「決定的に解っていなかった」のは、理治さん御自身のようですね。

 
>内部の特殊なルールでといいながら、宇宙の真理・神秘性を知る手段と言っています。
>はい判りますか?
>内部の特殊な理論ということはあり得ないのです。すべてに当てはまることをダルマと呼んでいるのです。

 「内部の特殊なルール」という表現は、あくまでも現世的な価値観を正当と頑なに信じている理治さんから見た場合の「オウムという出家教団内のルール」の事ですね。
  私はその「内部の特殊なルール(理治さん側からの視点)」=「教団内のルール」=「密教の教義に則った真理の法則(勝義、ダルマ)」という意味で使用しています。
 理治さんはそれを言葉面で誤読して意味を取り違えて理解し、それを「矛盾だ」とあげつらっているだけです。
 一生懸命「矛盾点」を探した結果がこの程度とは、あまりに情けなくて涙が出そうです。


>わたしは終始、現実と勝義はつながりがあり現実世界に起こる『あらかじめ言う』ことを事実と違うことを言えば、ホラによって一時的に元気づけることがあるとしても、現実に起きない事をいえば、それが現象化する前に、この世に関与出来ない拘置所へと囚われの身にならざるを得ない現実が示しているように、自らの口から出した出来事が起こらない事実によって指導者生命は剥奪されているのです。

 この部分はかなり意識が混乱した状態で書かれたのか文法的な間違いや欠落が多く、意味が不明瞭です。
 もう一度分かり易く書き直して頂けると有難いです。

>もっとも大きなサンディタさんの誤謬を一点だけ指摘するだけに留めましょう。
>なぜ実際に起こる未来事象が判っていて、意図的に起きない出来事を予言と称して言いまくったのかの説明がなされていません。
>本当に宿命通や死生智があってありのままに未来の事象が連続的に見る事が出来る方が、その起きる出来事でないまったく起きもしない事を言う必要性がまったく説明されていません。

 だから「弟子達の予言に対する間違った執着を落とすため」だと何度も述べているでしょうが。
 また「教団を意図的に混乱させる」意味合いも有ったと思います。

 これはあくまでも私の憶測ですが、1993年4月10日の説法で「第三次世界大戦は必ず起きる」と宣言された時点でおそらく尊師は

ハルマゲドン予言を外すという救済活動は失敗したと考えており、それ故それ以降は尊師は以前の救済活動とは異なる道を選び始めた、と私は考えてます。


>その嘘を言うことの利益が内部に限定するというのは詭弁です。

 実際そうなのだから仕方がありません。
 また尊師はその様な方法を取るとハッキリ仰っていました。
 そしてそれは理治さんが密教教団の仕組みを正しく理解していれば容易に理解できるはずのことです。

>予言に対する間違った観念とはサンディタさんは実際には起きない事を”わざと”吹くことで真理に完達させようと嘘八百を言っていたと言いながら、原因と結果を含めて連続的に見る事が出来ると肯定しています。
>さて本当に実際に起こる出来事が判っている方がご自分の得票が当選に値しないものしかないのが見抜けない醜態を示しますか?

 何か勘違いして居るみたいですが、尊師は選挙中「自分は必ず当選する」等の予言は一切してらっしゃいませんでしたが?
 それに選挙の真の目的は「当選する事」では無かった筈でしたけど?
 どうやら理治さんは何もかも根本的に勘違いしてらっしゃる様ですね。

 因みにマイトレーヤ正大師は開票前に尊師がトップ当選する予知夢を見たそうです。
 しかし結果は御存知の通り、不可解と感じられるほどの惨敗でした。
 予測外の力が働けば予言の結果だって変わるのだという事ですね。
 

>松本氏には、未来の真実の出来事が観れる能力は、たまに知ることができるところがあった程度に過ぎないとしか、正統に判断することは不可能です。

 外部の事柄については一連のハルマゲドン予言以外にはほとんど語らなかったので知りませんが、内部の弟子に関する事についてはかなり正確に言い当ててました。

>正確な未来予言が可能にもかかわらず、意図的に異なることを言ったという趣旨で言っている割りには、実際に起こらないことを言う、その利益が語られていません。

 だから「弟子達の予言に対する間違った観念や執着を落とす」という利益が有るのだと、何度何度も語ったでしょうが。
 もう一度同じ様な事を書きますが、ここまで不理解なのは、或る意味尊敬します。

>神々の意思で予言が成就されるのであれば、松本氏は神々の域に足を突っ込んでいるとみなした人にとって予言は語られた時期に現実化すると、聞くものは思うと優れた指導者なら考えないはずはありません。
>従って言葉に出して言う以上、未来に本当に起こる内容と松本氏が信じて疑わないことしか予言として発言のしようが無いことは自明であることになります。

 その「松本氏は神々の域に足を突っ込んでいるとみなした人にとって予言は語られた時期に現実化すると、聞くものは思う」という事を利用して、弟子達を騙す訳です。
  

>正確な未来予言ができる機構を語りながら、その予言内容が実際には起きないことを言わなければならない、その分かり易い根拠をお示しいただきたいものだと思います。

 旧教団の救済活動の主目的は「弟子達を修行させ解脱に導く事」であって、「正確な予言をして信者を善導していく事」では無かったという事です。
 そして解脱のためにはグルが嘘を吐いてでも「弟子達の予言に対する間違った観念や執着を落とさねばならない」訳です。


>実際に起こると予見されても語らない選択はあり得ます。
>けれども、言葉にして表現した内容が起こりもしないことが解っていて、わざわざ未来に起きない内容を語らなければならない必然性が無ければ、わざと違うことを言う理由がありません。
>普通起こるべき事象が予見されていて、その内容をわざと違う事象を表現する者がいたら、それは自己の観た未来予測を信じていないか?
>能力そのものを信じていないならば可能性はあるでしょう。

 ですから弟子のカルマを落とすためにワザと嘘を吐いたという事です。
 尊師は弟子の成長のためにはどんな事でもするのです。
 サキャ神賢だって、弟子達を成長させるために一度教団を解散させたではありませんか。




サンディタ師

●大阪CBI(692) アベル外道テンリさんへ 題名:ちょっと、回答します
 アベルさんへ
>CBIさんに倣って開き直って「はいるあさはらぁ~~~」って叫んでやろうか(笑)。
>サンディタ師みたいに開き直って理想の抽象的グルに対して盲目的に徹底的に帰依するなんて道にも憧れちゃいますけどね(苦笑)。

 そりゃ、猪瀬正人君でしょ(笑)。
 私は、グルに対する帰依については、一言も述べてないけどね。(そんな次元の話じゃないし)
 成就者は「抽象的グル」を持ちませんし、盲目的な帰依で成就できるのは2つ目までです。大体、自分でグルの幻影を作り出すのは「魔境」の始まりですよ。私はとても其処まで創造力逞しく有りませんね(笑)。(真実以外に興味無いし)
 ただ、最初の内はそれでも良いという話もありますが。

どうでも良いけど、kaivaliyaさん所の掲示板で自身の発言の矛盾性を叩かれたからと言って、私の目が届かないと思ったのかここ迄来て、成就が云々と、関係ない話を持ち出して嘲っている小学生みたいな方が居ますね(→684)。
 内容に事実誤認が多くて、指摘するのも阿呆らしいですわ。(もしそれも叩いたら、また他行って悪口のカルマ積むんだろうな・・・)
 まあ、教義について一般の方が成就者に口論を挑むのは、町のチンピラがボクシングの世界ランカーに殴り掛かる様なもので、初めから勝負に為らんのですがね。
 真面目な問い掛けでしたら、キチンとお答え出来るんですけどねぇ・・・。
Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.01; Windows 98) 投稿日 : 2001年1月18日<木>23時36分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当時のログを見ましたら、
上記のように書いてありました。

当時はずいぶんプライドが高かったんですね。

あ、今も?

現実の出来事は厳粛に

発言に前後矛盾があるというのは、単に羅列の前後で言っているのではありません。

> 現世的な価値観を正当と頑なに信じている

現世を嫌悪するのは手段の小乗としてあったとしても、

ダルマとしては世俗諦と勝義諦は連続的につながりったものである。

そして真に「法」に完達しているなら、「弟子達の予言に対する間違った執着を落とすため」だと馬鹿なことを考える以前に、小乗・大乗・密教統観の上に立つものであるならば、正しく未来予測が出来、しかも本来法は、団体や一部の集まりの独り善がりなことの為にあるのではなく、すべての衆生に適応されるものです。

それなのに旧教団の救済活動の主目的は「弟子達を修行させ解脱に導く事」だけで、あらゆる衆生への貢献が視野に入っていないとすれば、そもそも救済などしていないと云って過言ではないことが判って居られないようだ。

あらゆる衆生への貢献が視野に入っていない証拠に、幾多の軍事行為を企画し準備し、有毒ガスの準備は、彼自身が逮捕されるまで信者に周知の事実では無かったが、この準備等は、実際になされていたのです。

> 私はその「内部の特殊なルール」=「教団内のルール」=「密教の教義に則った真理の法則(勝義、ダルマ)」という意味で使用しています。

これだけをもってして法が判っていない証拠です。
予言は未来事象を前もって言うことです。

それに反すればそれを語ったものの現実世界で予言した時期に現実世界で何ら貢献できなくなる趨勢にあります。

宇宙の真理・神秘性を知ることは現実世界・世俗諦を、否定し無視することではありません。現実に起こる事象への執着、その名称と形状容姿にとらわれないことであって、その現実・事実・真実に起こる出来事を否定したり、嘘八百を言うことではありません。


世俗と勝義を一緒くたにしてはいけません。

>発言に前後矛盾があるというのは、単に羅列の前後で言っているのではありません。

 きちんと何処と何処がどう「矛盾している」のかを抜き出して指摘しなければ批判になってませんよ。

>> 現世的な価値観を正当と頑なに信じている
>現世を嫌悪するのは手段の小乗としてあったとしても、
>ダルマとしては世俗諦と勝義諦は連続的につながりったものである。

 世俗と勝義とに連続的なつながりがあったとしても、実質的には別物です。
 それは丁度、一つの磁石のN極とS極のように連続的に繋がってはいてもエネルギーのベクトルは全く逆だという現象にもたとえられます。
 もちろん勝義の中に世俗の価値観を包括している部分も御座いますが、表面的には全く違う部分も多く御座います。
 特に密教では表面的には世俗の価値観と全く逆の事をする事が多く御座います。
 ここで問題にしている「教団内の(世俗的価値観から見たら)特殊なルール」、つまり「グルは弟子のカルマを落とすためなら嘘を吐く時だってある」という事は「指導者は嘘を吐いては成らない」という世俗的・顕教的な価値観とは表面的には相容れない物だと述べている次第です。


>そして真に「法」に完達しているなら、「弟子達の予言に対する間違った執着を落とすため」だと馬鹿なことを考える以前に、

 理治さんは現世的な価値観で「馬鹿なこと」と仰いますが、それが密教の教義なのだから仕方がありません。
 もう一度ティローパとナーローパの例やマルパとミラレーパの例を思い返して下さいませ。
 グルが弟子のカルマを落とすために、様々な「馬鹿なこと」をしたりさせたりしていますから。


>小乗・大乗・密教統観の上に立つものであるならば、正しく未来予測が出来、しかも本来法は、団体や一部の集まりの独り善がりなことの為にあるのではなく、すべての衆生に適応されるものです。 
>それなのに旧教団の救済活動の主目的は「弟子達を修行させ解脱に導く事」だけで、あらゆる衆生への貢献が視野に入っていないとすれば、そもそも救済などしていないと云って過言ではないことが判って居られないようだ。

 しかし実際には事件前の旧団体は「弟子達を修行させ解脱に導く事」が主であり、「あらゆる衆生への貢献」は二の次・三の次でした。
 それはグルの方針・教団の方針だったのだから仕方がありません。
 しかしそれ以前の問題として、解脱を目指す密教教団での在家の修行者はグルからの扱われ方が世俗の「あらゆる衆生」とは違うのだという事です。

>あらゆる衆生への貢献が視野に入っていない証拠に、幾多の軍事行為を企画し準備し、有毒ガスの準備は、彼自身が逮捕されるまで信者に周知の事実では無かったが、この準備等は、実際になされていたのです。

 事件の是非はともかく、実際に旧教団では「あらゆる衆生への貢献」は二の次・三の次だったいう事です。
 理治さんはその事実を無視して、旧教団を「世俗的な価値観であらゆる衆生へ貢献する団体」だと勝手に規定した後に「意図的に外れる予言をするなんてことは有り得ない」だとか「指導者は正しい予言をする義務がある」などと、まるで的外れな事を述べているだけです。


>> 私はその「内部の特殊なルール」=「教団内のルール」=「密教の教義に則った真理の法則(勝義、ダルマ)」という意味で使用しています。
>これだけをもってして法が判っていない証拠です。
>予言は未来事象を前もって言うことです。
>それに反すればそれを語ったものの現実世界で予言した時期に現実世界で何ら貢献できなくなる趨勢にあります。
>宇宙の真理・神秘性を知ることは現実世界・世俗諦を、否定し無視することではありません。現実に起こる事象への執着、その名称と形状容姿にとらわれないことであって、その現実・事実・真実に起こる出来事を否定したり、嘘八百を言うことではありません。

 密教修行者が自ら予言能力を身に付ける事によって宇宙の神秘を身を以て認識する事と、未だ小乗の戒すら守れずに予言に対して間違った観念と執着を持って予言に依存している弟子達に対してグルが意図的に外れる予言を行ってカルマを落とす事とは、全く別の話です。
 両者の状況・条件・目的がそれぞれどう違うのか、一つ一つ書きだしてみて下さいませ。(そうすればよく分かると思います。)
 それを一緒くたにして論じているから、理治さんは混乱していらっしゃる次第です。



 

無理解

>密教修行者が自ら予言能力を身に付ける事によって宇宙の神秘を身を以て認識する事と、未だ小乗の戒すら守れずに予言に対して間違った観念と執着を持って予言に依存している弟子達に対してグルが意図的に外れる予言を行ってカルマを落とす事とは、全く別の話です。

法とは一部のもの為だけに機能しているものではけっしてない、無理解がここに明確に示されています。

現実現象を否定することでは法には決してない。いい方を返ればすべての事実が法です。(三界を統合的に事実を観れば現象世界に起きる事象は無色界の影響の無いものはあり得ない)

理治さん

もうよろしやないの。
サンディタ師も悪気があって言ってるわけじゃなし。
A派にもわかってもらえず、孤立無援でひとりがんばってはるんやから、そっとしといたげましょ。
「尊師だけは私をわかってくださってる、私だけは尊師をわかっている」って最後の希望まで取り上げちゃ可哀想ですよ。
別に違法なことしてるわけでもなし。

篠澤教授に三千点さん

>A派にもわかってもらえず、孤立無援でひとりがんばってはるんやから、
>そっとしといたげましょ。
>「尊師だけは私をわかってくださってる、
>私だけは尊師をわかっている」って最後の希望まで取り上げちゃ可哀想ですよ。
>別に違法なことしてるわけでもなし。


まともなA派や極A派は工作員以外は書き込みはしないでしょう。
で、工作員はヴァジラキャンディー板では、投稿文を消して逃げると。

ですから、わたしは教団のA派でも極A派でもないのに、
「麻原尊師」への帰依を表明しているサンディタ師を
「A派(極A派)もどき」あるいは「ひとりオウム」に分類しました。

でも、今時、こういう尊師マンセーの投稿文をお書きになるんですから大したものです。
わたしもお馬~として、たまに戯れに書くことがありますが、
あるときなどアンチの元芝さんなどに攻撃されて大変な目に遭いましたね。

サンディタ師の言葉は永久保存ものだと思います。


理治さま
 随分レスが短くなりましたね。
 余程、窮しているという事でしょうか。
 でも私は理治さんを言い負かす事を目的としているのではなく、あくまでも貴殿の無智を取り除こうとしているだけなので、その辺は誤解無きようお願い致します。

>法とは一部のもの為だけに機能しているものではけっしてない、無理解がここに明確に示されています。

 そりゃ詭弁です。
 真理の法則全体が世俗にも影響し得るかどうかという法則の一般論の話をしているのではなく、そもそも密教教団でのグルと弟子という教団内限定の話をしているのです。
 密教におけるグルと弟子との契約は、(世俗等の)他には及びません。
 グルが意図的に嘘を吐いて弟子の嘘のカルマを落とすという方法(=密教教団内の特殊なルール)は、教団外の人には使えない方法です。
 その事と、「法とは一部のもの為だけに機能しているものでは無い」とは全く別の事です。
 確かに「真理の法則(=カルマの法則)が世俗でも機能する」というのは事実であり、正しい見解です。
 しかし密教的な「グルが意図的に悪業(嘘をつく、悪口を言う、殴るなど)を為す事によって、弟子のカルマを落とす」という方法は、それを受ける弟子側にある程度の法則の理解が無いと続けられない事です。
 もしそれを受ける側に法則の理解がないと、受けた側は「騙された」とか「あのグルはひどい、偽者だ」等と非難するのみで終わってしまいます。

 理治さんは密教の法則を何も解っていないか、どうしても自分の非を認めたくない為にあれやこれやと詭弁を弄しているだけですね。
 論語でも
 「過ちて改めざる、是れを過ちと謂う」
 「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」
と有ります。
 理治さんは如何でしょうか?


>現実現象を否定することでは法には決してない。
>いい方を返ればすべての事実が法です。
>(三界を統合的に事実を観れば現象世界に起きる事象は無色界の影響の無いものはあり得ない)

 その通りです。
 だから「予言が外れて落胆する弟子達が続出した」という事は、法則によって考えればそれだけ「予言成就を渇望していた弟子達がいた」という事です。
 そしてもし全ての弟子達を速やかに成就させようとするグルが居たならば、「予言成就を渇望する弟子達」に対してその間違った執着や観念を落とそうとする事はするでしょうが、間違っても「予言への邪悪な期待や間違った執着を持たせたまま導こう」とはしないはずです。
 それについては如何お考えでしょうか?


篠澤教授に三千点さま
>A派にもわかってもらえず、孤立無援でひとりがんばってはるんやから、そっとしといたげましょ。

 貴方のように悪意を持つ人に言っても仕方が無いのですけれども、私はA派に理解されていない訳ではないし、また理解されていないから今の状態がある訳でも御座いませんので、悪しからず。
 まあ貴方がたは事実を正しく認識する努力を放棄して、一生「騙された」とか「あのグルはひどい、偽者だ」等と非難し続けるレベルで留まるつもりのようですけれども。

 
お金が貯まっているぞ さま
>でも、今時、こういう尊師マンセーの投稿文をお書きになるんですから大したものです。

 私は現在もなお尊師から恩恵を受ける事が出来ているので、尊師を否定する理由が無いだけです。
 私とアンチの方々との違いも、その点だけだと思っています。

>わたしもお馬~として、たまに戯れに書くことがありますが、
>あるときなどアンチの元芝さんなどに攻撃されて大変な目に遭いましたね。

 シッカリとした理由が有るなら否定的な意見を持っても仕方が無いと思うのですが、元芝さんのように挫折が原因で悪口と嘘を言い続けねば己のプライドを保てないような状態になってしまったり、上記の理治さんのように法則に対する無知によって的外れな批判を繰り広げたりする様な状態は、現世的に見ても良くないと思います。



サンディタ師

>貴方のように悪意を持つ人に言っても仕方が無いのですけれども、

篠澤教授に三千点さんはそれほど悪意を持っているようには見えませんけど。

以前、ウルトラA派モ~ドで書いていたとき、
わたしも元芝さんに似たようなレスをもらったことがあります。

>私はA派に理解されていない訳ではないし、
>また理解されていないから今の状態がある訳でも御座いませんので、悪しからず。

では、現実世界かメ~ル上のやりとりで、アーレフA派との接触はあるんですね。

>まあ貴方がたは事実を正しく認識する努力を放棄して、
>一生「騙された」とか「あのグルはひどい、偽者だ」等
>と非難し続けるレベルで留まるつもりのようですけれども。

キャンディちゃんじゃあるまいし。 



>私は現在もなお尊師から恩恵を受ける事が出来ているので、
>尊師を否定する理由が無いだけです。
>私とアンチの方々との違いも、その点だけだと思っています。

確かにそうかも、オウム流の修行は帰依が一番重要ですからね

わたしも以前はソンシが夢に出てきてくれましたが、
帰依や信を無くして以来、
今はそういうこともなくなってしまいました。

やはり、別の帰依の源泉を確立せねばと思う今日この頃です。

>シッカリとした理由が有るなら否定的な意見を持っても仕方が無いと思うのですが、
>元芝さんのように挫折が原因で悪口と嘘を言い続けねば
>己のプライドを保てないような状態になってしまったり、

元芝さんの言っていることと食い違っているので、
コメント不能でつ。

>上記の理治さんのように法則に対する無知によって的外れな批判を
>繰り広げたりする様な状態は、現世的に見ても良くないと思います。

理治さんは部外者みたいで、オウム教義をあまり知らないので、仕方がないのでは?


お金が貯まっているぞ さま
>篠澤教授に三千点さんはそれほど悪意を持っているようには見えませんけど。

 論議どころか相手の意見を聞く気すらまるで無く、相手を暗に誹謗・中傷したり精神病呼ばわりしたりするだけの人には、悪意しか無いと判断せざるを得ません。
 本人はそうする事で得意がっているようですが、その内に元芝さんや白龍さんのように現世の法に触れる書き込みをして自滅してしまわないか心配です。

>以前、ウルトラA派モ~ドで書いていたとき、
>わたしも元芝さんに似たようなレスをもらったことがあります。

 いわゆる「負け犬」派と呼ばれる人達はすぐ噛み付いて来ますが、その内に自滅して自分達の巣に退散していくのが特徴ですね。
 皆な同じ様なトラウマを抱えているのも、顕著な特徴と言えるかも知れません。

>では、現実世界かメ~ル上のやりとりで、アーレフA派との接触はあるんですね。

 一応現役ですので、当然接触は有ります。

>キャンディちゃんじゃあるまいし。 

 「騙された」とか「あのグルはひどい、偽者だ」等と非難し続けるだけのレベルで留まっている点では、全く同じですね。

>やはり、別の帰依の源泉を確立せねばと思う今日この頃です。

 尊師に帰依をするのが無理なら、真理の法則その物に帰依をすればよいと思います。

>元芝さんの言っていることと食い違っているので、
>コメント不能でつ。

 虚言癖のある人は口先では何とでも調子の良い事を言いますから、そういう人のコメントを文字通りに受け取る必要は無いですよ。

>理治さんは部外者みたいで、オウム教義をあまり知らないので、仕方がないのでは?

 彼のコメントを読む限り、理治さんは元サマナの方みたいですけれども?

サンディタ師

オリーブの栄光さんが印仏板(正確には、その前の板1998年頃?)を去られた経緯について、
その管理人さんに訊ねてきました。

http://blog.goo.ne.jp/nirvana2005/e/57898c21b47103b845b2551b07a38fcf

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オリーブの栄光さん (ニルヴァーナ)

2007-10-17 20:53:52

yasuさん、

サンディタさんの以下のコメントは、大体その通りではないかなと思います。

ーーーーーーーーー

>当時、「大阪CBI」のHNで書いていたサンディタ師が逃げ出しました。

 逃げ出したのではなく、M正大師に直接釘を刺されて投稿を躊躇している内にPCが壊れてWebに繋がらなくなったのです。
 再びWeb環境を復旧してカイヴァリヤさんの所を訪れた時には、既にオリーブ氏が追い出された後でした。

ーーーーーーーーーー

オリーブの栄光さんは、1997年ぐらいから宗教掲示板に書き込みを始められたのではないかと記憶しています。
1998年あたりから、本拠としておられた宗教掲示板や、オウム問題をネットで議論するオウム48などで、オウムやオウム事件に関しては非常に刺激的な論考を書かれていて、私も楽しみに読ませてもらっていました。
私がオウム問題を考えるためにと開設したオウム真理教をホーリスティック(全体論的、あるいは、全体観的)に捉えるという掲示板にも、少しの間書き込みしてくれていました。サリン事件に関しての意見の食い違いがあり、この掲示板から去っていかれたという経緯もありました。なつかしい思い出です。

サンディタさんは、今でも、麻原尊師万歳ではないかなと思いますが、そういう姿勢は嫌いではありません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


たぶん、あの方は管理人さんとそりが合わなくて去られたと推測します。

オンフルール板を去られたのと似ていますな。


オンフルール板の場合は、
宮下杏菜さんという方が書き込むようになって、あべるさんがその方に入れ込むようになりまして、彼はだんだんとあべるさんとそりが合わなくなったと。

そして、自分の掲示板を作ってしまわれたと。
(今はもう、オウムネット界から去られました)


はて?

何か法にふれることしたっけかな?
別に自滅もしていないんだけど・・。

密教的手法の欠陥

返信を頂いているようなのを、今知りました。

> 密教教団でのグルと弟子という教団内限定の話
> 密教におけるグルと弟子との契約は、(世俗等の)他には及びません。

> だから「予言が外れて落胆する弟子達が続出した」という事は、法則によって考えればそれだけ「予言成就を渇望していた弟子達がいた」という事です。

まずこの三項目に意見を述べさせて頂きましょう。
一言で言えば、これは間違っていると解されるべきでしょう。
何故か?
それは、後に記す成就とはなんなのか?に関係しますが、グルと弟子の限定の話などというのはあり得ないのが仏法であると言えるからです。それはこの世に存在している組織でしかも西暦1000年頃の社会情勢で出来たからといって今の時代にして、それが社会が認め許し容認するかという視点がもし欠落していれば、ナーローパ・マルパ・ミラレパが与えて頂いた試練も同様に成果を生むことは決して無く、しかもその試練故に、後に多くの衆生を導くことが出来、ガンポパに法統を継ぐこともできなかったでしょう。
従って、密教教団で限定的契約というのは思い込みによる独りよがりに過ぎません。
よって2番目の記述も不毛です。
3番目の記述は、このスレッドの主題に関係します訳ですけれども、ここに至っても同じ原理が機能すべきでしょう。

「予言成就を渇望していた弟子達がいた」それがほとんどだとしましょう。
ここで、我々は「死の道」と「愛の道」の決して交わることの無い平行線でしかも目的は同じことを同時に進めているのです。従って「死の道」だけによって肉の死を最大限進めしかも生きていなければならず、同時に「愛の道」を進めるべき修道者を歩んでいるのです。

法は智慧と慈悲両方含んでいるのです。すると予言は決して成就しない内容を言うことは不毛なのです。愛の実践が出来ないからです。業とはなんだと思いますか、決して変えることのできないものと変えることが出来る要素の複合です。

よって無明行識名色とあるのです。
無明と明は対立概念ですが、これは片方だけになることは生きているかぎり決してありえません。そこにブッダの法があるのです。ですから、渇望することも落胆することも無く、決して自らの身・口・意の行為の統御を最大限行っても潜勢力(=行)は変更不能が残るのです。釈迦牟尼自身も彼の出身種族の釈迦族が攻め滅ぼされることは回避出来ないで、因が生じ果を待つしか無いことに対して、どうにか変えようとあがいても無駄だと言うような言葉を残しているでしょう。
よって

> しかし密教的な「グルが意図的に悪業(嘘をつく、悪口を言う、殴るなど)を為す事によって、弟子のカルマを落とす」という方法は、それを受ける弟子側にある程度の法則の理解が無いと続けられない事です。
>  もしそれを受ける側に法則の理解がないと、受けた側は「騙された」とか「あのグルはひどい、偽者だ」等と非難するのみで終わってしまいます。

このような独善的解釈をすることによって自己正当化を謀ろうとするのは自由ですけれども、それは本質的に、無常・縁起・無我(非我)空の教えには反する見方です。(内部だけということは不成立なのです。それが本当に多くの人間の幸福のために貢献しようとしているかぎりに於いて社会との適切な調和これは絶対に欠かせません)

何故なら、チベットでも日本でも密教教団が『心の成熟』に貢献した時期は、必ずその時代社会と調和していた時代に限るからです。空海さんが如何に優れた貢献をしたかを時代に即して検討してみるのは良い事例であると思われます。



> 成就させようとする

松本氏が云う成就とは結局独善的能力の獲得で終わって、他者の幸せに貢献することを目的としていなかったと云う結論に導きたいのであればそれで良いでしょう。

しかし、少なくとも私は彼がそんな低次の成就を主眼にしていたとは思えません、たとえ彼の活動が失敗であったとみなしていても、彼が目指した成就した者のあり方は、すべての衆生の真の幸福の為に手助けし貢献できる者を育てたいと念願したいたのだと思っています。

この視点で見る限り、彼は未来に真実起こる出来事を正しくヴィジョンとして観れていなかったと判断する以外に彼の仏教的資質からは他の選択肢は無いと結論的にみなしてます。

そして基本的にこれまでの密教的手段は大きな欠点を持ったまま改善されないでこれまで来ているので、その部分の改善がされない限り仏教的『心の成熟』には、先々役立たなくなる可能性を、松本氏の前例によって気付かせてくれたと有り難く感謝している次第です。

欠点とは本来胎蔵界・金剛界は調和的に活用されてきたのに、ある時期から金剛界的成就が優先的に取り沙汰され、愛の実践、修験道的権現(仮の現れ)信仰では無くて、縁起・空に反する、成就者や如来の自性を有した実体があるかの如く見間違えられた手法が横行し、結局真の愛『心の成熟』の道が閉ざされがちになってしまっていると言えるでしょう。復活させることが出来るのは密教に深く関わった者だけだろうと思われます。


A派上層部の皆さん

サンディタ師は、長らく汚れた現世に身を窶しながらも尊師から意識を外すことなく、未だに衆生に対しても臆することなくヴァジラヤーナを獅子吼できるほど尊師への帰依を守っているんですから、サンディタ師を「師」として受け入れてあげたらどうですか?

いつまでもほったらかしじゃあかわいそうですよ。

「負け犬」派からのお願いです。

>いわゆる「負け犬」派と呼ばれる人たち
って言っても「負け犬」派って呼び方自体初耳ですけど。

お金が貯まっているぞ さま
>たぶん、あの方は管理人さんとそりが合わなくて去られたと推測します。

 オリーブさんがカイヴァリヤさんの所を去った後に過去ログを見ましたが、オリーブさんはカイヴァリヤさんから「他を誹謗・中傷する事しか考えていない人には、この掲示板に書き込みをしてもらいたくない」という指摘を受けて、オリーブさんは少し逆ギレしてから去って行かれたという経緯でした。
 それ故、全体的に見ると「追い出された」という感じに見えました。


白龍さま
>何か法にふれることしたっけかな?

 長文を無断転載しておりますので、著作権法違反ですね。
 過去の判例から言えば、長文の後に簡単な感想分を少し入れるだけでは「引用」とは認められませんから。
 もっとも今どき「何を書いても私の自由」とか言っている人には、この手のWeb上の最低限のルールを聞いてもピンと来ないかも知れませんが。
 その他の白龍さんのコメントは、法的にはグレー・ゾーンです。

>別に自滅もしていないんだけど・・。

 これはまだきちんと指摘していませんでしたね。(遅れていてすみません。)
 白龍さんのコメントは御自身の完全な読み違えや認識違いを私の「矛盾」だと論ってるだけで、理治さんに毛が生えたレベルだったという事です。
 これも御本人の認識は薄いと思いますが。


理治さま 
 時間が無いので取り敢えず冒頭部分のみ回答します。

>グルと弟子の限定の話などというのはあり得ないのが仏法であると言えるからです。

 これは理治さんが密教におけるグルと弟子との関係、密教における成就のプロセスを全くもって認識していない証拠ですね。
 顕教の教義(の一部)で密教を批判出来ないという事を、どうか御理解下さいませ。


篠澤教授に三千点さま
>いつまでもほったらかしじゃあかわいそうですよ。

 VT正悟師には色々と善処して頂きましたし、師の会議でも「修行に入れば復帰OK」という事ですので、御心配無きよう。

>って言っても「負け犬」派って呼び方自体初耳ですけど。

 一部でそう言われているそうです。
 私も元サマナの友人からそう伝え聞いただけですので、正確な事は知りませんが。

それはよかった

「修行に入れば復帰OK」ですか。
ほっとしました。
ウッジャヤ師は5年現世にいましたが、
修行なしで師として復帰しましたね。

サンディタ師は修行に入れば「師として」復帰OK、なんですかね?
それとも「マハームドラー成就のための修行」なんでしょうか。
そして正悟師として復帰していただく、と。
確かに正悟師は数が減りましたからね。
衆生のために是非そうしていただくべきです。

で、なんで修行に入らないんですか?

なるほど

>長文を無断転載しておりますので、著作権法違反ですね。
> 過去の判例から言えば、長文の後に簡単な感想分を少し入れるだけでは「引用」とは認められませんから。

長文転載ですか・・。その点は気をつけなくてはいけなかったですね。
もし、今まで載せてしまった文章に対して、ご本人様からの注意、削除依頼があれば、文章の削除をさせていただくことにしています。今まで、1,2名の方で、削除依頼がありましたので、お詫びをし、削除させていただきました。サンディタさんの文章もここから転載させていただいていますが、そのことをおっしゃっているのでしたら、転載したサンディタさんの文章も削除させていただきますが、どうなさいますか?ご検討いただければ幸いです。

>もっとも今どき「何を書いても私の自由」とか言っている人には、この手のWeb上の最低限のルールを聞いてもピンと来ないかも知れませんが。

これは、「何を書いても・・」といっても、法に触れない程度にということで、みなさんが書いている程度と同程度にと言う意味ですね。サンディタさんも、自由に書いておられると思いますけど、それと同程度にという意味です。

>その他の白龍さんのコメントは、法的にはグレー・ゾーンです。

そうですか。

>これはまだきちんと指摘していませんでしたね。(遅れていてすみません。)

ぜんぜん気にしていませんから大丈夫です。^^

>白龍さんのコメントは御自身の完全な読み違えや認識違いを私の「矛盾」だと論ってるだけで、理治さんに毛が生えたレベルだったという事です。
>これも御本人の認識は薄いと思いますが。

まあ、誰でも、自分の見解というものがあって、その見解に基づいて物事を判断しております。当時の私は、サンディタさんの発言に関して、私の中で、前後の文で矛盾があると感じたわけです。したがって、そのように発言をしました。それは、特別なことではなく、自然な感想だったと思います。

その後、私自身が、何か自分自身で、そのことに関して、矛盾点でもさらけ出して大変な被害を被ったというのであれば、自滅したという指摘も妥当だと思いますが、私の中では、別に何も矛盾を生じておりませんし、被害も感じておりませんので、「自滅」というのは当たらないのではないかと感じております。

密教における成就

密教における成就のプロセス

が仮にあったとして
その成就された方が、もしも、俺は偉いのだという態度をとり、今身近に見聞する衆生が苦しんでいる者を軽蔑し、自らが出来る手伝いをしないことをもって、成就することであるならば、

そんな成就は単なる我執の強化に過ぎませんので、法に反しています。

サンディタ師

>長文を無断転載しておりますので、著作権法違反ですね。

ただ、自分のブログに転載していただけでは、鯖会社が文句を言ってきて閉鎖になります。
現にわたしがそうなりました。

>過去の判例から言えば、長文の後に簡単な感想分を少し入れるだけでは「引用」とは認められませんから。
>もっとも今どき「何を書いても私の自由」とか言っている人には、この手のWeb上の最低限のルールを聞いてもピンと来ないかも知れませんが。
>その他の白龍さんのコメントは、法的にはグレー・ゾーンです。

では、わたしのブログもそうですな。
今のところ鯖会社は文句を言いませんけど。

引用文と同じ長さくらい書くとするか。


>VT正悟師には色々と善処して頂きましたし、
>師の会議でも「修行に入れば復帰OK」という事ですので、御心配無きよう。

クンダリニーヨーガの成就でしたら、4つの条件だけで十分では?
①ダルドゥリーシッディ
②光の体験
③変化身の体験
④意識の連続

これだけは、いくら何でも成就条件としては曲げられないでしょうな。



<VT正悟師には色々と善処して頂きましたし、師の会議でも「修行に入れば復帰OK」という事ですので、御心配無きよう。>
ふざけるな!馬鹿やろう!サマナは一日でも現世に帰ったら下向扱いなんだぞ、再出家するには信徒からやりなおして、高額のお布施してやっとサマナに戻れるのに、なんでアホ師が修行に入ってすぐ戻れるんだ?戻るなら信徒からやりなおして、高額のお布施して戻れ、サマナ同様に。元師だからって甘やかすから師が傲慢に増長すだけだろう。

サマナと師とのあいだに

こういう不協和音が。

>ふざけるな!馬鹿やろう!
>サマナは一日でも現世に帰ったら下向扱いなんだぞ、
>再出家するには信徒からやりなおして、
>高額のお布施してやっとサマナに戻れるのに、
>なんでアホ師が修行に入ってすぐ戻れるんだ?
>戻るなら信徒からやりなおして、高額のお布施して戻れ、
>サマナ同様に。元師だからって甘やかすから師が傲慢に増長すだけだろう。


ソンシが嘆き悲しんでいるような気がしまつ。




なんてことは言いませんが、
師と平サマナでもめている様が目に浮かびますな。

わたしは元信者で部外者ですから、どうでもいいですけど。


昔は、師や正悟師は雲上人だと思っていたんですがね~。

白龍さま
>長文転載ですか・・。その点は気をつけなくてはいけなかったですね。
>もし、今まで載せてしまった文章に対して、ご本人様からの注意、削除依頼があれば、文章の削除をさせていただくことにしています。今まで、1,2名の方で、削除依頼がありましたので、お詫びをし、削除させていただきました。サンディタさんの文章もここから転載させていただいていますが、そのことをおっしゃっているのでしたら、転載したサンディタさんの文章も削除させていただきますが、どうなさいますか?
>ご検討いただければ幸いです。

 私の意見に対してどの様な感想を持たれようともその人の自由だとは思いますが、引用指摘する訳でも無いのに長文をそのまま無断転載される事は私の望む所では御座いません。
 付きましては、私のコメントの転載部分を削除して頂けたら有難いです。
 ただし、このblog内で白龍さんが私のレスを引用した後に回答されている白龍さんのコメントについては、私のコメント部分も著作権法で認められている引用の範囲内だと思いますので、そのまま転載してくださっても構いません。

>これは、「何を書いても・・」といっても、法に触れない程度にということで、みなさんが書いている程度と同程度にと言う意味ですね。
>サンディタさんも、自由に書いておられると思いますけど、それと同程度にという意味です。

 普通はそうなのですけれども、中にはそういう最低限のルールを踏み外している人がいるので、敢えて釘を刺した次第です。
 Web上の禁句を連発して法的にも真っ黒な元芝さんなどがその典型的な例ですね。

>まあ、誰でも、自分の見解というものがあって、その見解に基づいて物事を判断しております。
>当時の私は、サンディタさんの発言に関して、私の中で、前後の文で矛盾があると感じたわけです。
>したがって、そのように発言をしました。それは、特別なことではなく、自然な感想だったと思います。

 私の説明が下手なせいだったとは思いますが、白龍さんが矛盾点だと感じられたのは白龍さんと私との間で個々の字句の定義が違っている事が原因のようでした。
 あと、矛盾点を指摘するのならきちんと引用指摘しなければ批判になっていませんよ。

>その後、私自身が、何か自分自身で、そのことに関して、矛盾点でもさらけ出して大変な被害を被ったというのであれば、自滅したという指摘も妥当だと思いますが、私の中では、別に何も矛盾を生じておりませんし、被害も感じておりませんので、「自滅」というのは当たらないのではないかと感じております。

 確かにそうですね。
 私もまだ白龍さんの誤謬点について指摘していない状況ですし、白龍さんに対しては「自滅した」という表現は極めて不適当だったお思います。
 もしその事で少なからず気分を害されましたのなら、謝ります。


お金が貯まっているぞ さま
>引用文と同じ長さくらい書くとするか。

 著作権法をクリアするなら、それが無難だと思います。


>クンダリニーヨーガの成就でしたら、4つの条件だけで十分では?
>①ダルドゥリーシッディ
>②光の体験
>③変化身の体験
>④意識の連続
>これだけは、いくら何でも成就条件としては曲げられないでしょうな。

 過去の尊師の成就認定では、変化身の体験(の自覚)が無い人でもマハームドラーと認定された例も御座いますが、成就判定をするグルが不在の今、残っている人達でクンダリニー・ヨーガの成就認定をするなら上記の四つは必要不可欠だと私も思います。


ざけんな さま
>サマナは一日でも現世に帰ったら下向扱いなんだぞ、

 私は尊師の意思と教団の指示で今の状況がありますので、その御指摘には当てはまりません。


理治さま
>密教における成就のプロセス
>が仮にあったとして

 仮にも何も、説法で明確に述べられています。
 理治さんは外部の仏典には詳しいですが、あまりにも教団の教学が不足していると思います。
 批判対象の事も正確に知らないのに、まともな批判が出来るわけないでしょうが。

>その成就された方が、もしも、俺は偉いのだという態度をとり、今身近に見聞する衆生が苦しんでいる者を軽蔑し、自らが出来る手伝いをしないことをもって、成就することであるならば、

 そういう特殊な仮定は理治さんの脳内でしか存在していない事ですので、「そんな成就は単なる我執の強化に過ぎませんので、法に反しています」という指摘は現実世界では的外れになる次第です。


サンディタさんへ

>私の意見に対してどの様な感想を持たれようともその人の自由だとは思いますが、引用指摘する訳でも無いのに長文をそのまま無断転載される事は私の望む所では御座いません。
>付きましては、私のコメントの転載部分を削除して頂けたら有難いです。
 ただし、このblog内で白龍さんが私のレスを引用した後に回答されている白龍さんのコメントについては、私のコメント部分も著作権法で認められている引用の範囲内だと思いますので、そのまま転載してくださっても構いません。

本日、ご依頼の文章を削除させていただきました。
長期に渡り、不愉快な思いをさせてしまいましたことを深くお詫びいたします。
申し訳ありませんでした。

>私の説明が下手なせいだったとは思いますが、白龍さんが矛盾点だと感じられたのは白龍さんと私との間で個々の字句の定義が違っている事が原因のようでした。

今、読み直してみてもそうなのかなと思いますね。私は、結局、サンディタさんのおっしゃる定義が、ころころ変わっているようにみえたので、矛盾と捉えましたが、サンディタさん自身の中では、おそらく、それなりの整合性をもっているので、矛盾と捉えていないということなのでしょう。そこをすり合わせるのは、なかなか難しい作業だと思います。

>あと、矛盾点を指摘するのならきちんと引用指摘しなければ批判になっていませんよ。

結構文章を引用して、説明を試みたつもりですが、それでも足りませんでしたか。^^

>私もまだ白龍さんの誤謬点について指摘していない状況ですし、白龍さんに対しては「自滅した」という表現は極めて不適当だったお思います。
>もしその事で少なからず気分を害されましたのなら、謝ります。

ご理解いただければ、それで結構です。

白龍さん、サンディタ師

>本日、ご依頼の文章を削除させていただきました。
>長期に渡り、不愉快な思いをさせてしまいましたことを深くお詫びいたします。
>申し訳ありませんでした。


セガ~ルさんの時みたいになりましたね。

そもそも、掲示板やブログコメント欄の著作権はそのブログ主に属するのでは?
ブログ主が文句を言ったら、削除する必要がありますが。
2ちゃんでもそうでしょう。やたら、転載なさる方がいますけど。
もっとも、2ちゃんそのものが犯罪すれすれで、訴訟沙汰になっております。

セガ~ルさんの場合は個人情報に絡んでいるので、
白龍さんに削除を要求したんだと思います。
セガ~ルさんの場合とは違うと思うので削除する必要はないのでは?

わたしなんて、あべるさんの長文板に勝手に載せてしまいましたもの。

苦情がありましたら、あべるさんに言ってください。>サンディタ師
あの板はあべるさんが所有していますので。

喫茶Honfleur裏・長文専用掲示板
http://honfleur.sakura.ne.jp/bbs/00bbs16/bbs16.cgi


きっと、拒否されると思います。

お金が貯まっているぞさん

>そもそも、掲示板やブログコメント欄の著作権はそのブログ主に属するのでは?

この辺の詳しいことは分かりませんが、どうなんでしょうね。

>セガ~ルさんの場合とは違うと思うので削除する必要はないのでは?

ブログのコメント欄でも、間違えたから削除してくださいという依頼があります。
当然、その場合は、削除して差し上げます。
ブログ記事内でも、本人からの削除依頼があれば、削除させていただきます。
本人が嫌がっているものを、無理に載せ続けるのもどうかと思いますし・・。
教団全体に関わるような内容に関しては削除も考えますが、
サンディタさんの個人的見解ですからね。

真の目的

>>その成就された方が、もしも、俺は偉いのだという態度をとり、今身近に見聞する衆生が苦しんでいる者を軽蔑し、自らが出来る手伝いをしないことをもって、成就することであるならば、

>そういう特殊な仮定は理治さんの脳内でしか存在していない事ですので、「そんな成就は単なる我執の強化に過ぎませんので、法に反しています」という指摘は現実世界では的外れになる次第です。

すでに連続的つながっている真理世界の中から現実世界だけを分けて理解しようと思われているふしのあるサンディタさんが、今度は私の脳内にしか存在しないという表現で、現実に起こっている称号を与えられた方の事実の態度を、指摘しているにもかかわらず、現実世界では的外れであると主張なさっておられますね。元来、

(1)病苦からの解放
(2)この世の幸福
(3)解脱・悟り
を、多くの方に得ていただくこと

この三つを目的として団体に所属したのではないのですか?

そして各種の『発願』において、一切の生類が、彼らすべてが、すべての魂、などなど方々の幸福を願うものがあることは、何が目的だと言っているのでしょうね。

それは絵空事で、弟子達だけが成就と呼ばれる状態に胡座をかき、すべての魂・近隣者が苦しみ喘いでいるのは、彼らの業がなさしめた自業自得だからほっとけば良いということをあなたは、明確に書いておられる訳ではありませんが、間違いなくその意味で成就なるものを限定していることになりますよ。

>仮にも何も、説法で明確に述べられています。

これこそが飴を弟子達に与え、それによって真の目的に向かいやすくするための方便であって成就なんてものは『仮の称号』であって、目的はそこにけっしてなくて、真の幸せにより多くの人を誘うお手伝いをすることにある。(オマケあるいはその過程に於いて少なからずの精神的成長の基準として『仮の称号』を設けたに過ぎないでしょう。これは単に方便・手段であって『仮の称号』の成就なんてものは、無常なもので真の価値など塵ほどもありません)この三つの目的以外に、目的はあり得ません。


白龍さん

>>そもそも、掲示板やブログコメント欄の著作権はそのブログ主に属するのでは?

>この辺の詳しいことは分かりませんが、どうなんでしょうね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9#.E8.91.97.E4.BD.9C.E6.A8.A9.E3.81.AE.E5.88.B6.E9.99.90

で、元芝さんのようにダメと言っていたらダメなんでつ。

わたしのところはATAサイトみたいに著作権フリーでつ。
勝手に転載してかまいませんが、その利用者の自己責任でつ。


>>セガ~ルさんの場合とは違うと思うので削除する必要はないのでは?

>ブログのコメント欄でも、間違えたから削除してくださいという依頼があります。
>当然、その場合は、削除して差し上げます。
>ブログ記事内でも、本人からの削除依頼があれば、削除させていただきます。
>本人が嫌がっているものを、無理に載せ続けるのもどうかと思いますし・・。
>教団全体に関わるような内容に関しては削除も考えますが、
>サンディタさんの個人的見解ですからね。

サンディタ師が白龍さんの書き込み拒否を根に持ったんじゃないですか?

わたしのところは、
公序良俗に反していたり、罵詈雑言を発するなど不適切な投稿文でない限り、
サンディタ師の投稿であっても拒否はしません。

あ、こうなると、キャンディちゃんはダメですな。
サンディタ師などA派的な投稿者と口論の末、そうなるでしょうから。
で、キャンディちゃんを出入り禁止にしてしまうと。
なんか、ここみたいになりそうですな。


お金が貯まっているぞさん

>で、元芝さんのようにダメと言っていたらダメなんでつ。

なるほど。

>サンディタ師が白龍さんの書き込み拒否を根に持ったんじゃないですか?

この件は、それとは関係ないんじゃないですか。^^

白龍さん

ユーザーは、ご自身で作成されたホームページの内容について、あらゆる法的責任、損害賠償 および訴訟費用について全責任をお持ちいただき、また、日本国および米国の法律、法令、条例に反するような内容はもちろん、他人への誹謗中傷、いやがらせ、他人の知的所有権の侵害、プライバシーの侵害、公序良俗に反する内容 が掲載されてしまった場合、すみやかに削除する管理義務を担っていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、ここのFCSの利用規約には書いてあるんですね。

gooの方もだいたい同じでは?


でも、「他人への誹謗中傷、いやがらせ、他人の知的所有権の侵害、プライバシーの侵害、公序良俗に反する内容」にしても、ブログ主の解釈でどうにでもなるような気がします。


「こやつは、わしに都合の悪いことばかり書くから、『いやがらせ』だ」
なんていう、ブログ主もいたりして。(藁)


いくら寛大な?わたしでも、エロ広告なんて、問答無用で削除ですけど。

お金が貯まっているぞさん

>でも、「他人への誹謗中傷、いやがらせ、他人の知的所有権の侵害、プライバシーの侵害、公序良俗に反する内容」にしても、ブログ主の解釈でどうにでもなるような気がします。

解釈でどうにでもなる部分と言うのは、いかようにも逃げ道があるようにも感じますが、へたすると、そこを逆手に取られる場合もあるのかも。

まあ、虎の尾をわざわざ踏まなくても、安全な道はあるということです。^^

削除?

サンディタ師に「自分の発言は真理だ」という自負があるのなら、
別にそれが転載されようと引用されようと、真理の法則の流布ができた、と喜ぶべきなんではないでしょうか?
白龍さんに対しても「真理の流布のお手伝いをしている、功徳を積んですばらしい」と称賛すべきですよね。

だいいちサンディタ師は真理の法を書き込んでるんでしょう?
そもそも真理の法に著作権なんてあるんでしょうか。
すべての衆生が等しく共有し、その恩恵を享受すべきものでしょう?

サンディタ師はご自分で「聖者」だという自覚がおありですか?

サンディタ師

以前のサンディタ師の投稿なさったのを読み返していましたら、気になる一文を見つけました。

>いわゆる「負け犬」派と呼ばれる人達はすぐ噛み付いて来ますが、
>その内に自滅して自分達の巣に退散していくのが特徴ですね。
>皆な同じ様なトラウマを抱えているのも、顕著な特徴と言えるかも知れません。

元芝さんのブログコメント欄にも書いたんですが、

「ナンダカな~」という感じですな。

勝ち負けに拘っていますな。
こういう人は阿修羅止まりだというのを説法で読んだことがあります。

大丈夫かな?成就認定は。

変化身の体験で意識堕落天の体験はできましたが、
戯れ堕落天や神聖天の体験はできませんでしたじゃ、
不味いのでは?


白龍さま
>>そもそも、掲示板やブログコメント欄の著作権はそのブログ主に属するのでは?
>この辺の詳しいことは分かりませんが、どうなんでしょうね。

 著作権は基本的には著作者が有します。
 著作権の譲渡や放棄などの契約を結んだ場合は、著作権は著作者から一部または全部離れる事になります。
 このblogでは著作権についての規定や契約は特にございませんでしたので、このblogでのコメントの著作権は各々の著作者が有しているはずです。


お金が貯まっているぞ さま
>サンディタ師が白龍さんの書き込み拒否を根に持ったんじゃないですか?
 
 私は白龍さんのblogに投稿した事は一度も御座いませんので、「白龍さんの書き込み拒否」云々は有り得ません。。

>でも、「他人への誹謗中傷、いやがらせ、他人の知的所有権の侵害、プライバシーの侵害、公序良俗に反する内容」にしても、ブログ主の解釈でどうにでもなるような気がします。

 誹謗中傷や嫌がらせは甚だしい場合は刑法犯罪に発展する可能性もありますが、軽微な場合は民法上で処理されるようです。
 知的所有権の侵害は著作権法違反に問われます。
 プライバシーの侵害や公序良俗などの基準は各人で異なるので、各人の訴えに応じて民法上で処理されるようです。

 以前元芝さんが「blogに実名を書くのは犯罪だ!個人情報保護法違反だ!」という独自の主張を展開してらっしゃいましたが、実際にはネット上の実名晒しはあくまでも民法上のプライバシーの侵害にしか当たらない事案です。
 個人情報保護法は多人数の個人情報を保護するのが目的の法律ですので、この様な個人的な「個人情報漏洩」には適用出来ません。
  
 

白龍さま
>解釈でどうにでもなる部分と言うのは、いかようにも逃げ道があるようにも感じますが、へたすると、そこを逆手に取られる場合もあるのかも。

 民法上のトラブルになるかどうかは、被害者側がどう感じるかによって決まってくるようです。


篠澤教授に三千点さま
> サンディタ師に「自分の発言は真理だ」という自負があるのなら、
>別にそれが転載されようと引用されようと、真理の法則の流布ができた、と喜ぶべきなんではないでしょうか?
>白龍さんに対しても「真理の流布のお手伝いをしている、功徳を積んですばらしい」と称賛すべきですよね。

 「タントラヴァジラヤーナの教えは、それを理解出来ない相手には説いてはいけない」と説かれています。

 私は説法で説かれた程度の教えなら当然承知のはずと考えた上でそれ以上の話を一部披露しましたが、白龍さんその他の方々にはまるで理解して頂けなかったばかりか各々の語彙の定義に食い違いが生じたまま修正出来ない状態でしたので、これでは彼等が幾ら転載しても誰も利益がないと判断し、削除を依頼した次第です。
 
>だいいちサンディタ師は真理の法を書き込んでるんでしょう?
>そもそも真理の法に著作権なんてあるんでしょうか。

 法則を私の言葉で表現すれば、その文章には当然著作権が発生します。
 「真理の法」自体には著作権は御座いませんが、法則を世俗の言葉で説いた文章には著作権は生じるという事です。

>すべての衆生が等しく共有し、その恩恵を享受すべきものでしょう?
>サンディタ師はご自分で「聖者」だという自覚がおありですか?

 今回は珍しく顕教の教えを持ち出して来て滑舌よく批判してらっしゃいますが、世俗の常識や密教の基本的な法則をまるで御存知無かったようですね。
 故に貴殿のコメントは全て屁理屈にしか成っていない次第です。
 まあネタのつもりでも上記のように法則に則った発言をする事は貴殿に多少なりとも利益があると思いますので、今後もその調子で上っ面だけでも真理に則った発言が出来るよう、より一層励んで下さいませ。
(まあ、その前に意識を内側に向けて心の浄化に努めるべきだとは思いますけれども。)


お金が貯まっているぞ
>勝ち負けに拘っていますな。
>こういう人は阿修羅止まりだというのを説法で読んだことがあります。

 勝ち負けって何の事でしょうか?
 「負け犬派」というのは私が言い出した言葉では有りませんが、一部の攻撃的なアンチの方々の状態をよく表現した言葉だと思ったので紹介した次第です。

>大丈夫かな?成就認定は。

 現世で修行を進める場合、多少の阿修羅性は残しておいた方が良い事が多いです。、

>変化身の体験で意識堕落天の体験はできましたが、
>戯れ堕落天や神聖天の体験はできませんでしたじゃ、
>不味いのでは?

 残念ながら私は意識堕落天の体験は一度もありませんね。
 人間界以上に飛ぶ時ははいつも戯れ堕落天以上の体験ばかりです。

個人情報保護法に関しての補足

>個人情報保護法は多人数の個人情報を保護するのが目的の法律ですので、この様な個人的な「個人情報漏洩」には適用出来ません。

より正確には、個人情報保護法とは、日本における個人情報保護のために制定された、
(個人ではなく)事業者に対する個人情報保護の義務を規定した法律であり、
事業者(企業)として取り組むべき内容が書かれています。
http://www.nec-nexs.com/privacy/about/index.html より)

また、「個人情報保護法」での「個人情報」についての定義は、個人情報保護法 第ニ条に以下のように記されています。

------------------------------------------------------------------
第二条  この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。
------------------------------------------------------------------
ただし、専門家によると、以下のような点に注意が必要とのことです。
(最近、「個人情報保護法検定試験」の対策セミナーで聞きました)

・氏名や生年月日などであっても、基本的にはそれら単独(氏名のみとか)では「個人情報保護法」上の「個人情報」とはいえない。(企業内にある情報での話ですが)
・「個人情報保護法」上の「個人情報」と、一般的な「プライバシー」の概念は異なる。

利用規約

<ここの鯖会社の利用規約>

3項、コミュニティにとって不快な中傷的表現のある発言及びコンテンツの提供
さまざまなトラブルに発展しうる個人、特定団体、製品、その他を差別し、誹謗中傷を行うなど、名誉や信用を毀損する行為を禁じます。

4項、個人のプライバシーに関する情報の書き込み、掲載及び肖像権侵害
他人の住所、電話番号、パスワード、クレジット番号、その他不特定多数に知られてはいけない個人のプライバシーに関連する書き込み・収集を禁止します。同様に第三者への肖像権の侵害、個人情報の収集・蓄積またその恐れのある行為を禁止します。



なんて、書いてあります。


3項を読むと、特定の団体→宗教団体アーレフを誹謗中傷するのもいけないんですね。
なるほど。

わたしは宗教団体アーレフを誹謗中傷する書き込みなんて書いていませんからね。
気をつけないと、
HPにアーレフを誹謗中傷する記事を載せると削除なんてあり得るかも。(藁)

オウム真理教を非難するのは良いと思いますけど。


わたしは松本智津夫死刑囚は非難の対象にすべきだと思いますが、
ソンシ(=真理の御魂・最聖・麻原彰晃尊師)は非難する気はありません。



嗚呼。

サンディタ師

 
>私は白龍さんのblogに投稿した事は一度も御座いませんので、
>「白龍さんの書き込み拒否」云々は有り得ません。。

いいえ、貴殿が白龍さんのブログに書いて良いか?とか尋ねていたでしょう。
そうしましたら、白龍さんは拒否していました。
書いたら削除だと仰っていましたね。


>以前元芝さんが「blogに実名を書くのは犯罪だ!個人情報保護法違反だ!」
>という独自の主張を展開してらっしゃいましたが、
>実際にはネット上の実名晒しはあくまでも民法上のプライバシーの侵害にしか
>当たらない事案です。
>個人情報保護法は多人数の個人情報を保護するのが目的の法律ですので、
>この様な個人的な「個人情報漏洩」には適用出来ません。

http://www5.cao.go.jp/seikatsu/kojin/houritsu/index.html
  
ちょっと、これはおかしいのでは。
こういうものも適用されるはずです。 


>> サンディタ師に「自分の発言は真理だ」という自負があるのなら、
>>別にそれが転載されようと引用されようと、真理の法則の流布ができた、
>>と喜ぶべきなんではないでしょうか?
>>白龍さんに対しても「真理の流布のお手伝いをしている、
>>功徳を積んですばらしい」と称賛すべきですよね。

わたしから見ると、功徳にはならない気がしますな。
むしろ、無害な部分のオウム・アーレフの基本的な教義でも説いた方が良いかも。

それから考えると、

> 「タントラヴァジラヤーナの教えは、それを理解出来ない相手には説いてはいけない」
>と説かれています。

これはそうですね。
一般の密教書にもかかれていました。

では、
わたしやキャンディちゃんに対して、
「尊師がサマナとタントライニをするのは良い」
なんて言わないでくださいね。

わたしはそういう教義のタントラヴァジラヤーナ的な部分や予言は、
この世から無くすべきであると考えております。
でも、それ以外の基本的な教義は残してもいいかな。
(あまり、そういう性ヨーガの批判をするとダーキニーたちの反感を買いそうなんでやめておきますが)

>>勝ち負けに拘っていますな。
>>こういう人は阿修羅止まりだというのを説法で読んだことがあります。

>勝ち負けって何の事でしょうか?
> 「負け犬派」というのは私が言い出した言葉では有りませんが、
>一部の攻撃的なアンチの方々の状態をよく表現した言葉だと思ったので
>紹介した次第です。

元芝さんじゃないですが、単に貴殿の心の表れが現象化しているだけでは?
オウム流にいうなら、コーザルのデータやアストラルのイメージがPC画面上に投影していると。

>>大丈夫かな?成就認定は。

>現世で修行を進める場合、多少の阿修羅性は残しておいた方が良い事が多いです。、

それは認めます。

同じ阿修羅でも、動物や餓鬼の要素を持った者もいますからね。
わたしみたいに。
食欲や性欲をどうにかしないと。

夢で、日常生活の光景以外は妖怪やら戦闘シーンやら・・・。
漫画でも、吸血鬼や超能力モノが好みです。

嗚呼。
このままでは、来世、阿修羅の下層階級かな。

>>変化身の体験で意識堕落天の体験はできましたが、
>>戯れ堕落天や神聖天の体験はできませんでしたじゃ、
>>不味いのでは?

>残念ながら私は意識堕落天の体験は一度もありませんね。
>人間界以上に飛ぶ時ははいつも戯れ堕落天以上の体験ばかりです。

わたしには確認のしようがありませんので、何ともいえません。
ソンシでしたら分かるんでしょうけど。

貴殿の言動から見て、ちょっと信じられないです。


「個人情報保護法」について

お金が貯まっているぞ さま
>いいえ、貴殿が白龍さんのブログに書いて良いとか尋ねていたでしょう。
>白龍さんは拒否していました。
>書いたら削除だと仰っていましたね。

 読み忘れかも知れませんが、私はそのコメントは読んだ記憶が有りません。
 「長々と論議する気はない」という回答なら覚えていますが。

>ちょっと、これはおかしいのでは。
>こういうものも適用されるはずです。

 それは元芝さんやお金が貯まっているぞさん独自の「考え」であって、現実とは異なります。
 実際にこの法律が設立された目的とその内容、及び運用状態は
http://alephnoda.blog85.fc2.com/blog-entry-159.html#comment3457
で、学ぶ元信徒さんも補足説明している通りです。
 以下、当該箇所を引用させて頂きます。

>>個人情報保護法とは、日本における個人情報保護のために制定された、
>>(個人ではなく)事業者に対する個人情報保護の義務を規定した法律であり、
>>事業者(企業)として取り組むべき内容が書かれています。
>>(http://www.nec-nexs.com/privacy/about/index.html より)

>>ただし、専門家によると、以下のような点に注意が必要とのことです。
>>(最近、「個人情報保護法検定試験」の対策セミナーで聞きました)
>>
>>・氏名や生年月日などであっても、基本的にはそれら単独(氏名のみとか)では「個人情報保護法」上の「個人情報」とはいえない。(企業内にある情報での話ですが)
>>・「個人情報保護法」上の「個人情報」と、一般的な「プライバシー」の概念は異なる。

 つまり「個人情報保護法」はあくまでも住基ネット開始を受けて「個人情報取扱事業者(国や地方自治体等)」に対する個人情報の保護義務を定めた法律であって、ある個人が他の個人の個人情報を漏洩することを禁ずる法律では無いのです。
 因みにこれは、私が複数の無料法律相談所で弁護士などの法律の専門家から直接聞いた内容ですので、間違い有りません。
 お金が貯まっているぞさんも、私や学ぶ元信徒さんみたいに法律の専門家に直接お訊きするか、御自分で「個人情報保護法」の各条項を精読してみれば、私の話している内容が正しい事はすぐに分かるはずですよ。

>わたしやキャンディちゃんに対して、
>「尊師がサマナとタントライニをするのは良い」
>なんて言わないでくださいね。

 双方合意の上であれば、批判する理由は無いと思いますが。

>わたしはそういう教義のタントラヴァジラヤーナ的な部分や予言は、
>この世から抹殺すべきであると考えております。

 まさに阿修羅的というか、一種のヴァジラヤーナに近い考え方ですね。

>元芝さんじゃないですが、単に貴殿の心の表れが現象化しているだけでは?

 私自身コメントに阿修羅性があることは認めますが、件の箇所では勝ち負けの話はしていないのですが。

>嗚呼。
>このままでは、来世、阿修羅の下層階級かな。 

 阿修羅界における上層と下層の違いは、動物的要素の有無、即ち無智が強いか弱いかだそうです。
 お金が貯まっているぞさんの場合は、法則に対する無知を取り除く事から始められた方が良いかと思います。
 コメントを読む限り、貴方に限らずこのblogを訪れる大方の人達は結構基本的な法則が入っていない事が多いですから。

>貴殿の言動から見て、ちょっと信じられないです。

 表面的な見掛けや言動だけでは、正確な判断はなかなか出来ないという事ですね。
 

サンディタ師の

書き込みはいっつも自分がいかに正当か、
って言う主張の理由付けに終始してますね。
かわいそうになってきた。
同情の余地はあるからかわいそうなのは事実だけど。

で、なんで修行に入らないんですか?
現代表が話をつけてくださった上での教団の指示なのに。

ご自身の正当な主張をするための絶好のパスですよ。
どうか最高のシュートを決めてください。

可哀想な人=真理と縁の遠い人

篠澤教授に三千点さま
>サンディタ師の
>書き込みはいっつも自分がいかに正当か、
>って言う主張の理由付けに終始してますね。
>かわいそうになってきた。
>同情の余地はあるからかわいそうなのは事実だけど。

 いいえ、可哀想なのは無智に覆われているが故に正しい情報が得らないばかりか、間違った知識を「知ったか」で堂々と主張して他人を非難しまくったりする人の事だと思います。
 またいつもいつも事実誤認した挙げ句、理屈にも成らない屁理屈を持ち出して他人を遠回しに非難することしか出来ないような人達も同様に哀れだと思います。
 いずれも、真理とは縁の遠い人達だと思いますので。

 私は単に「それは間違っていますよ、正しい見解はこの通りですよ」と申しているだけ。
 もし現世の一般の人なら、「ああそうですか、私が間違ってました」で済む話です。
 それを逆に正しい情報を示した人に対して噛み付いて来て「かわいそうなのは事実」などとこの期に及んでまだ強がりを言うという事は、貴殿の内側は無智や嫌悪による相当に歪んだ価値観に支配されているという事だと思います。
 このように常に自分と価値観が異なる者達に対して嫌悪を向け、何が何でも相手を卑下し続けねばねば自分自身が保てないという人生は、本当に愚かで哀れだなあ、と感じます。
 
>で、なんで修行に入らないんですか?
>現代表が話をつけてくださった上での教団の指示なのに。
 
 現代表が話を付けて下さったのは「教団の中に戻る際は一旦修行に入る」という話とは別の事だし、「修行には入れ」などという指示は今現在教団の誰からも頂いておりません。
 どうやら篠澤教授に三千点さんは何か勘違いしてらっしゃる様ですね。


>「いいえ、可哀想なのは無智に覆われているが故に正しい情報が得らないばかりか、間違った知識を「知ったか」で堂々と主張して他人を非難しまくったりする人の事だと思います。
 またいつもいつも事実誤認した挙げ句、理屈にも成らない屁理屈を持ち出して他人を遠回しに非難することしか出来ないような人達も同様に哀れだと思います。
 いずれも、真理とは縁の遠い人達だと思いますので。」

>「私は単に「それは間違っていますよ、正しい見解はこの通りですよ」と申しているだけ。
 もし現世の一般の人なら、「ああそうですか、私が間違ってました」で済む話です。
 それを逆に正しい情報を示した人に対して噛み付いて来て「かわいそうなのは事実」などとこの期に及んでまだ強がりを言うという事は、貴殿の内側は無智や嫌悪による相当に歪んだ価値観に支配されているという事だと思います。
 このように常に自分と価値観が異なる者達に対して嫌悪を向け、何が何でも相手を卑下し続けねばねば自分自身が保てないという人生は、本当に愚かで哀れだなあ、と感じます。」


サンディタさんの家には鏡がないのかな。
今度どこかでご自分の顔に映してこう言ってみてください。
「このように常に自分と価値観が異なる者達に対して嫌悪を向け、何が何でも相手を卑下し続けねばねば自分自身が保てないという人生は、本当に愚かで哀れだなあ、と感じます。」
今のご自分に必要な言葉をあなた自身が説いておられますゆえ。

>「現代表が話を付けて下さったのは「教団の中に戻る際は一旦修行に入る」という話とは別の事だし、「修行には入れ」などという指示は今現在教団の誰からも頂いておりません。
 どうやら篠澤教授に三千点さんは何か勘違いしてらっしゃる様ですね。」

大丈夫ですか?
混乱してますか?
冷静になられていますか?
そんなに修行を忌避したいですか?
あなたは教団に戻りたいのでしょう?
だったら戻って修行に入られれば?と三千点さんは仰っているのですけど?


ゴォーーーール!

と思いきや、ありゃま、折角のパスを。
それじゃオウンゴールです。

じゃあなぜ教団に戻らないんですか?
「教団の中に戻る際は一旦修行に入る」というのであれば
教団から「サンディタ師、戻ってきてください」
とお願いしてるのではないですよね。

まあ、サンディタ師の気持ちも理解できんこともないですよ。
成就認定されたはいいが、支部に配属になって信徒に
「サンディタ師、サンディタ師」とちやほやされるわけでもない。
常にグルの近くにいられるワークに配属されて
「いいなー、すごいなー、グルと縁が深いんですねー」と
他のサマナにうらやましがられるわけでもない。
大勢の部下を与えられて右から左へ自由に動かして
プライドを満たせるわけでもない。
言ってみれば成就者としてのおいしいところを経験できずじまいだったんですから、かわいそうと言えばかわいそうですよね。
今に至って、満たせなかったプライドを取り戻そうとする気持ちもわかる。
「自分は成就者だ、俺を認めろ、俺の主張がわからない者は無知だ、悪業だ、勘違いだ、読み違いだ」と言いたくなる気持ちもわかる。
そんなのは誰にでもある弱さなんだから
素直に受け入れればいいものを。



この記事のコメントも伸びすぎちゃいましたな。
VT正悟師、すいませんでした。
この件はこのぐらいにしておきます。

と言ったらサンディタ師は勝利宣言でもするんでしょうけど。
まあ成就者って言ってもそんなもんですわな。
そんなのをありがたがってたんだからな~。
我ながら情けねぇ。

成就者のみんながみんなそうってわけじゃないですけどね。

以上、「負け犬」の遠吠えでした。


追伸

ありゃ、先に書き込まれた方がいらっしゃったんですね。
先に言われちゃった。

サンディタ師

>成就者のみんながみんなそうってわけじゃないですけどね。

>以上、「負け犬」の遠吠えでした。


そういうひかりの輪・非専従会員(在家信者)の篠澤教授に三千点さんの話はともかく、

一度訊こうと思っていたんですが、

サンディタ師は「ひかりの輪」をどう思っていらっしゃるんでしょうか?


「麻原尊師を裏切った香具師ら」なんてことは言わないでくださいね。


麻墓焼香さま
>今のご自分に必要な言葉をあなた自身が説いておられますゆえ。

 私は他を批判する際は常にその要素は自分自身にも存在すると自戒した上でコメントしていますし、このblogの過去ログでもその様に公言しております。
 だから篠澤教授に三千点さんには同じカルマを持つ物として縁が生じたのだと思いますので、四無量心を持って対応させて頂いております。

 ところで貴方御自身は如何ですかな?
 ちゃんと「他を批判する要素は自分自身にも存在する」と言う法則を理解した上で発言してらっしゃいますか?

>あなたは教団に戻りたいのでしょう?

 これも事実誤認ですね。
 今すぐ戻っても意味が無いと考えております。


篠澤教授に三千点さま
>じゃあなぜ教団に戻らないんですか?
 
 前にもお話ししましたが、今の教団ではグルとの契約である救済活動も自身の上向も望めないからです。

>まあ、サンディタ師の気持ちも理解できんこともないですよ。
>成就認定されたはいいが、(以下略)

 篠澤教授に三千点さんが、私の事だけでなく教団の事も全然理解していないという事だけはよく分かりました。

>成就者のみんながみんなそうってわけじゃないですけどね。

 しかし一部の師の悪例を全てと為して此処で吠えてらっしゃるのが、今の篠澤教授に三千点さんなのですけれども。

>以上、「負け犬」の遠吠えでした。

 私は普通に脱会して普通に暮らしている人の存在は認めますしそういう人達に「負け犬」などという言葉は決して使いませんが、自身の過ちも認められずに只吠え噛み付いて来るだけの人達は「負け犬」と形容するしか無いと思います。


お金が貯まっているぞ さま
>サンディタ師は「ひかりの輪」をどう思っていらっしゃるんでしょうか?

 現状における、救済方法の一つだと思います。


篠澤教授に三千点さま
>と言ったらサンディタ師は勝利宣言でもするんでしょうけど。

 あなた方は間違った認識を根拠に的外れな非難しか出来無かったのですから、勝ち負け以前の問題だと思いますが。

 しかし、この状況でなぜ私が負けを認めねばならないのか、サッパリ分かりません。
 あなた方の価値観が世間と比べて180°転倒している事だけはハッキリしましたが・・・・

単にマメなのか暇なのかそれとも・・・

わざわざ二日に分けてレス返すほどのことでもないでしょうにw

面白すぎてレスしちゃった

パモーチャナ師の説法

彼のブログより転載

http://blog.goo.ne.jp/bodhicarya/e/ca48baac0abe0a0f0ea8c383334200f1

 また、尊師は、次のようなたとえも言っていました。
 このたとえは、野球のたとえなので、ストレートに書くとわかりにくいので、これも少し翻訳して書きますと、

・原始仏教は、右利き打者が思いっきり引っ張ってレフトスタンドにホームランを叩き込む道である。
・密教は、レフトスタンドまで引っ張る力がない者が、流し打ちの技術を使って、ライトスタンドにホームランする道である。
・ヨーガは、センターにうまくはじき返す道で、ヒットの確率は高いが、ホームランにはなりにくい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

サンディタ師の説明より遙かにわかりやすい気がします。

彼は教団にしがみつかず、脱会して「ひとりオウム」になりましたが、
わたしはそれなりに評価いたします。

もちろん、まだ、ソンシへの帰依はあるようですけど。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://alephnoda.blog85.fc2.com/tb.php/159-da2d0101

 | HOME | 

プロフィール

alephnoda

alephnoda

野田成人のブログです
メール返事欲しい人は氏名・電話番号必須
ブログ手伝ってくれるスタッフ募集中
メールは上の画像の vv9919662014 @ じーめいる。コム

月別アーカイヴ

2037-12 : 1
2017-08 : 3
2017-07 : 1
2017-06 : 6
2017-05 : 4
2017-04 : 6
2017-03 : 6
2017-02 : 6
2017-01 : 5
2016-12 : 5
2016-11 : 4
2016-10 : 3
2016-09 : 3
2016-08 : 4
2016-07 : 4
2016-06 : 5
2016-05 : 3
2016-04 : 6
2016-03 : 3
2016-02 : 4
2016-01 : 6
2015-12 : 7
2015-11 : 9
2015-10 : 7
2015-09 : 5
2015-08 : 6
2015-07 : 8
2015-06 : 6
2015-05 : 8
2015-04 : 8
2015-03 : 8
2015-02 : 10
2015-01 : 10
2014-12 : 5
2014-11 : 9
2014-10 : 9
2014-09 : 9
2014-08 : 7
2014-07 : 6
2014-06 : 13
2014-05 : 9
2014-04 : 9
2014-03 : 8
2014-02 : 6
2014-01 : 5
2013-12 : 2
2013-11 : 6
2013-10 : 8
2013-09 : 8
2013-08 : 9
2013-07 : 13
2013-06 : 8
2013-05 : 12
2013-04 : 8
2013-03 : 10
2013-02 : 9
2013-01 : 12
2012-12 : 6
2012-11 : 10
2012-10 : 8
2012-09 : 4
2012-08 : 9
2012-07 : 10
2012-06 : 8
2012-05 : 8
2012-04 : 6
2012-03 : 13
2012-02 : 14
2012-01 : 15
2011-12 : 9
2011-11 : 13
2011-10 : 6
2011-09 : 10
2011-08 : 8
2011-07 : 9
2011-06 : 11
2011-05 : 9
2011-04 : 6
2011-03 : 11
2011-02 : 4
2011-01 : 6
2010-12 : 6
2010-11 : 5
2010-10 : 9
2010-09 : 10
2010-08 : 10
2010-07 : 7
2010-06 : 7
2010-05 : 7
2010-04 : 6
2010-03 : 6
2010-02 : 7
2010-01 : 4
2009-12 : 2
2009-11 : 3
2009-10 : 5
2009-09 : 3
2009-08 : 4
2009-07 : 9
2009-06 : 10
2009-05 : 10
2009-04 : 13
2009-03 : 7
2009-02 : 1
2009-01 : 4
2008-12 : 8
2008-11 : 9
2008-10 : 6
2008-09 : 7
2008-08 : 7
2008-07 : 8
2008-06 : 5
2008-05 : 4
2008-04 : 7
2008-03 : 7
2008-02 : 7
2008-01 : 7
2007-12 : 10
2007-11 : 8
2007-10 : 5
2007-09 : 8
2007-08 : 12
2007-07 : 7
2007-06 : 15
2007-05 : 18
2007-04 : 9
2007-03 : 17
2006-04 : 1
2004-03 : 12
[RSS 1.0]  [RSS FEED]

FC2Ad