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野田成人のブログ

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大乗について、の続き。まず前回の記事で、輪廻転生を前提に議論を進めていることに、突っ込みが入った。

「ブッダ釈迦牟尼は、余り前生とか輪廻転生とか言ってないじゃないか」

という趣旨。

小生からすれば当たり前の話でも、確かに既存仏教の言説に「仏教は輪廻を説いていない」などとする内容も散見される。これについては、このページにある以下の内容

「無我を説きながら、輪廻する主体が存在すると説くと矛盾が生じる」


そういうことでいいのではないだろうか。更に言えば、釈迦牟尼の時代の土着宗教においては輪廻転生するのが当然とみなされたようであり、わざわざその点を強調する必要もないと考えたのかもしれない。

ちなみに小生は、輪廻転生の存在云々については、個別対機的に対応するのが望ましいと考える。端的に言えば、死んだらすべて終わりだと考える人には、「あるよ」と対応し、どっかの宗教を信じていて「あるよ」と固く信じている人には、余りその話をしない、という感じ。ひょっとしたら釈迦牟尼もそのように対応していたのかもしれない。

その内、後者の輪廻・生まれ変わりを信じている人への対応を、前回内容の正義の追求と絡めて以下にもう少し詳しく。

まず、宗教的正義の追求と輪廻思想・生まれ変わりが結び付くと、どうなるか?来世天国に生まれ変わるために、今生の生存をないがしろにする者が出てくる。いわゆる、殉教者というやつ。

「アッラー・アクバル!(神は偉大なり)」

こう叫び自爆テロをやるだけで天界に行けたとするならば、天界はとっくの昔から「密」になっていたであろう。

人類史における戦争の多くは、宗教戦争である。宗教戦争に従事し戦死した者は、殉教者として崇められた。その評価は、殉教すれば死後天国に行けるという希望とも結びついたであろうし、殉教者を讃える風潮が広まることにより、死をも恐れぬ過激な一神教徒が増える。かくして、キリスト教徒が多い中世ヨーロッパでは、政治と絡んで宗派ごとの争いが絶えず、ようやく近代になり政治と宗教を切り離す仕組みができたほどだ。

このような殉教思想は、一神教のイスラム・キリストだけではない。大乗仏教の浄土真宗による一向一揆にも、「死ねば極楽浄土に行ける」という思想があった。

宗教戦争において、聖職者だけではなく、多数の一般大衆が殉教へと導かれた。小生は、この目で結果を見たわけではないが、ここで死んだ者のほとんどは地獄に落ちたと考える。

それはどういう地獄かというと、(宗教的)正義のために死んだ者がいつの間にかまた生まれ変わり、同じように戦争を続けるという地獄。これはオウム以外の仏教書でそういう体験を読んだことがある。

まずそもそもが、正義のための戦争に臨む心の働きそのものが地獄である。先に挙げた一向一揆には、

「進者往生極楽 退者無間地獄」

という思想があった。これは

「(戦場で前に)進めば極楽に行けて、逃げたら地獄に行くよ」

という意味である。このような脅し文句で、信者を戦争に駆り立てたわけだ。あらゆる暴力団の脅迫が可愛く見える程の宗教的脅迫だが、この追い詰められた心の働きそのものがもう地獄。

「相手をこのまま生かしておいて悪業を積ませ続けると、相手は地獄に落ちてしまう」

という相手の事を考えた上でのポアの思想でもない。そこには来世自分がどうなるかという、究極のエゴしか存在しない。

このような宗教的正義追及による殉教は、宗教的初学者には危険な落とし穴ではなかろうか。それなりに真剣に神の慈悲を追求した者は、宗教的正義に潜む無慈悲さに気づくことになるわけだが、一旦死んでしまったのでは、経験がぶつ切りになり、因果関係がつかみにくくなる。

信仰の正義は、二元性から解放されるチャンスがあると、先の記事で述べた。しかし、忘却の泉に遮られてしまったのでは、同じ過ちを繰り返すリスクがある。その一つの現われが、延々と生まれ変わりと戦死を繰り返す地獄ということになろうか。

(つづく)

コメント


~ 如来(タターガタ・真理勝者・真理到達者)は普遍に広がって、世界に遍在している。 ~

ヴァッチャ火経(アッギヴァッチャ・スッタ)

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀はサーヴァッティのアナータピンディカ園にとどまっておられた。
そこにヴァッチャが訪れ、このように尋ねた。

「ゴータマよ、この世界は永遠であると、
このような見解をあなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は永遠でないと、
このような見解をあなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は有限であると、
このような見解を、あなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は有限でないと、
このような見解を、あなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は無限であると、
このような見解をあなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、この世界は無限でないと、
このような見解をあなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、生命と体は同一であると、
このような見解をあなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、生命と体は同一でないと、
このような見解を、あなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、生命と体は別個であると、
このような見解をあなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、生命と体は別個でないと、
このような見解をあなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、如来は死後に存在すると、
このような見解をあなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

「ゴータマよ、如来は死後に存在せずと、
このような見解をあなたは持っていますか。」
「ヴァッチャよ、そのようには考えていない。」

第二章

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
この世界は永遠であると、執着してしまえば、
それは正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
この世界は永遠でないと、執着してしまえば、
それは正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
この世界は有限であると、執着してしまえば、
それは正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
この世界は有限でないと、執着してしまえば、
それは正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
この世界は無限であると執着してしまえば、
それは正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
この世界は無限でないと、執着してしまえば、
それは正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
生命と体は同一であると、執着してしまえば、
それは、正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
生命と体は同一でないと、執着してしまえば、
それは、正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
生命と体は別個であると、執着してしまえば、
それは、正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
生命と体は別個でないと、執着してしまえば、
それは、正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
如来は死後に存在すると、執着してしまえば、
それは、正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」

「ヴァッチャよ、苦しみの滅尽とは執着しないことである。
如来は死後に存在せずと、執着してしまえば、
それは、正しく覚醒し苦しみの滅尽に至る障害となる。」
 
第三章

「ここに色があり、ここに色の生起があり、
ここに色の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように如来は色に執着せず、色をとらえる。」

「ここに受があり、ここに受の生起があり、
ここに受の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように如来は受に執着せず、受をとらえる。」

「ここに想があり、ここに想の生起があり、
ここに想の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように如来は想に執着せず、想をとらえる。」

「ここに行があり、ここに行の生起があり、
ここに行の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように如来は行に執着せず、行をとらえる。」

「ここに識があり、ここに識の生起があり、
ここに識の滅尽があり、滅尽に至る道がある。
このように如来は識に執着せず、識をとらえる。」


第四章

「それでは、こうして解脱を果した者は、
その次に何処へと生まれ変わるのですか。」
「生まれ変わると考えるのは適切ではない。」

「それでは、こうして解脱を果した者は、
その次に何処にも生れ変らないのですか。」
「生れ変らないと考えるのは適切ではない。」

「生まれ変るでも、生れ変らないでもない。
ゴータマよ、これはどういうことでしょう。」
「ヴァッチャよ、実にこのように考えなさい。」

「小さな器で大海の水をすくい上げた時、
大海の水は果たしてどこにあるだろうか。」
「ゴータマよ、水は小さな器に閉じています。」

「小さな器をこなごなに打ち砕いた時、
大海の水は果たしてどこにあるだろうか。
「ゴータマよ、水は大きな海に開いています。」

「色としてとらえると、如来は生まれている。
色としてとらえないと、如来は生まれてない。
如来は普遍に広がって、世界に遍在している。」

「受としてとらえると、如来は生まれている。
受としてとらえないと、如来は生まれてない。
如来は普遍に広がって、世界に遍在している。」

「想としてとらえると、如来は生まれている。
想としてとらえないと、如来は生まれてない。
如来は普遍に広がって、世界に遍在している。」

「行としてとらえると、如来は生まれている。
行として捕らえないと、如来は生まれてない。
如来は普遍に広がって、世界に遍在している。」

「識としてとらえると、如来は生まれている。
識として捕らえないと、如来は生まれてない。
如来は普遍に広がって、世界に遍在している。」

法悦が湧き上がった彼はこのように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は心から仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


タターガタは

タター + アーガタ
真理
真実
真如    来る  → 如来(真理から来た者)と漢訳される場合と

タター + ガター
真理
真実
真如    至る・到達する・行く・去る → 如去(真理に到達した者)と漢訳される場合がある

オウム真理教ではパーリ語・英語辞典の「タターガタとは勝利を得て真理に到達した者」という説明に従って
タターガタに「真理勝者」という訳語を採用していた。

漢訳の色受想行識は肉体と精神を構成している五つの集まりのこと。

パーリ語では
ルーパ・ヴェーダナー・サンニャー・サンカーラ・ヴィンニャーナ

現代日本語では
身体  感覚     表象    意志     識別
肉体  五感     想念    身口意の行い 認識


肉体と精神を構成している五つの集まりは無常であり、苦しみである(苦しみの真実)

肉体と精神を構成している五つの集まりに対する執着が生じるほど、苦しみが生じる(苦しみの生起の真実)

肉体と精神を構成している五つの集まりに対する執着が滅するほど、苦しみが滅する(苦しみの滅尽の真実)

正しい集中を実践することで執着を滅して苦しみを滅する中道は苦しみの滅尽に至る道である(苦しみの滅尽に至る道の真実)

という四つの真実を実体験し実感することが仏陀釈迦牟尼の中道の実践です。


そして

如来は普遍に広がって、世界に遍在している

という真実を実感して、肉体と精神を構成している五蘊から解放されることが仏陀釈迦牟尼の中道の実践です。


~ タターガタ(如来・真理到達者)は三千大世界(十億世界)を光で満たす。 あるいは望むだけ。 ~


「わたしは内側に光を燃焼させる。


永遠の火を灯し

常に心を静かに集中して

わたしは梵行を実践する。


心臓は光の場所である。


よく自己を整えた人が人の光である。


真実と法と自制と梵行

これは中道によるものであり、ブラフマンを体得することである。


~ 仏陀の言葉 原始仏典サンユッタ・ニカーヤより ~ 」


修行者たちよ、「苦しみの滅尽に至る道を修習した」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。

~中略~

世尊が法輪を回転させなさったとき、神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」

~中略~

そして、無量で巨大な光明が天の神々の威力を超えて世界に現れた。

~ 初転法輪より ~


懸命に修行しているバラモンに

もしすべての真実が明らかになれば

彼を魔を打ち破って端然としていることができる。

あたかも、太陽が宇宙全体を照らしているかのように。

~ 成道した直後の仏陀の言葉 原始仏典より ~


修行者たちよ、「修行者が広大無辺な心によって、光り輝く心を修習する」というのは何であろうか。

修行者たちよ、ここに修行者がいて、光明の状態をよく保ち、一日中光明の状態を完全に保っている。

修行者たちよ、このような状態を「修行者が広大無辺な心によって、光り輝く心を修習する」というのである。

~ 仏陀の言葉 「神足相応」より ~


アーナンダよ、タターガタ(如来・真理到達者)は三千大世界(十億世界)を光で満たす。 あるいは望むだけ。

~ 仏陀の言葉 原始仏典より ~


※太陽と月が照らす範囲が一世界

 一世界の千倍の世界が小千世界

 小千世界の千倍の世界が中二千世界・百万世界

 中千世界の千倍の世界が三千大世界・十億世界



無始相応(アナマタッガ・サンユッタ)

第一章

あるとき、わたしはこのように聞いた。

ある日のこと、仏陀はサーヴァッティのジェータ林にあるアナータピンディカ園で、集まって来た比丘衆にこのように説かれた。

「比丘達よ、この輪廻には始まりがない。
あらゆる生が無智に覆われ、貪欲に縛られ、幾ら遡ろうとも、輪廻の始まりは見えて来ない。

例えば、過去の母親を数え上げるため母親一人に一本の草を対応させるとしよう。
すると、数え終る前に地上の草は尽きている。

比丘達よ、このように永遠の時の間を我々は苦しみながら生まれ変わり続けた。
それゆえ、解脱を求める方が賢明だと言える。」

第二章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀はサーヴァッティのジェータ林にあるアナータピンディカ園で、集まって来た比丘衆にこのように説かれた。

「比丘達よ、この輪廻には始まりがない。
あらゆる生が無智に覆われ、貪欲に縛られ、幾ら遡ろうとも、輪廻の始まりは見えて来ない。

例えば、自分の父親を数え上げるため父親一人に一粒の砂を対応させるとしよう。
すると、数え終る前に地上の砂は尽きている。

比丘達よ、このように永遠の時の間を我々は苦しみながら輪廻をし続けて来た。
それゆえ、解脱を求める方が賢明だと言える。」

第三章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀はサーヴァッティのジェータ林にあるアナータピンディカ園で、集まって来た比丘衆にこのように説かれた。

「比丘達よ、この輪廻には、始まりがない。
あらゆる生が無智に覆われ、貪欲に縛られ、幾ら遡ろうとも、輪廻の始原は見えて来ない。

比丘達よ、汝らは、如何に思うだろうか。
この長い輪廻において生き物が流した涙をすべて集めるならば、海よりも大きいだろうか。」

「尊師よ、それは、言うまでもありません。
この長い輪廻において生き物が流した涙をすべて集めるならば、海よりも大きいはずです。」

「比丘達よ、汝らは始りがない過去から今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
父の死に遭って、数え切れない涙を流して来た。

比丘達よ、汝らは始りがない過去から今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
母の死に遭って、数え切れない涙を流して来た。

比丘達よ、汝らは始りがない過去から今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
息子の死に遭い、数え切れない涙を流して来た。

比丘達よ、汝らは始りがない過去から今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
娘の死に遭って、数え切れない涙を流して来た。

比丘達よ、汝らは始りがない過去から今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
知人の死に遭い、数え切れない涙を流して来た。

比丘達よ、汝らは始りがない過去から今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
家の財を失って、数え切れない涙を流して来た。

比丘達よ、汝らは始りがない過去から今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
病の苦に遭って、数え切れない涙を流して来た。

こうして、汝らが始りがない過去から今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
流し続けた涙は大海と比べて、遥かに大きい。

比丘達よ、このように永遠の時の間を我々は苦しみながら、輪廻をし続けて来た。
それゆえ、解脱を求める方が賢明だと言える。」

仏教系の高校で

宗教の授業もあったけど
覚えてるのはお釈迦様の本名は
ゴウダマ・シッダールタだけ

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