持ち逃げ
「保護の決定が下りまして、初回の支給が7/7から可能なんですが、7/9の朝10時からってことでお願いします。」
保護申請していた中田さん(仮名)から連絡があったのは、7月第一週のこと。路上生活状態がしばらく続いたホームレスには珍しく、彼は携帯電話を所有していた。その携帯に役所の調査担当CW(ケースワーカー)から、決定の連絡があったようだ。冒頭はその連絡を受けた中田さんから小生への電話連絡である。
当方の支援では、初回支給には必ず支援者側の人間が同行するようにしている。初回支給に同行しない場合、恐らく3割程度の入居者がいなくなると思われる。理由は単純で、家賃含めてそのまま持ち逃げの可能性である。
11年前に支援を始めた頃は、同行せずに何度か持ち逃げをされた事がある。勿論支援を受ける側も、当初から持ち逃げする事を計画していた人ばかりではないだろう。普段持ちなれない大金(10~20万円程度)を手にした途端、魔が差してギャンブルや飲食に使い込んでしまうこともあろうか。納めるべき家賃等に手を付けてしまうと、後ろめたくなって戻れなくなる。その結果、ホームレス状態の振り出しに戻るパターンとか。
厚かましい人の場合には、「落としましたぁ~」とやった上でそのまま居座る人もいた。しかし居座る方が少数で、失踪してしまう方が多い。そうなるとこちらとしても支援した意味が余り無くなってしまう。単に10万超のお金をプレゼントして失踪では…。
以上のような事情から、こちらとしては保護申請時だけではなく初回支給時にも同行してお金を回収する。その為にこちらから直接役所に初回支給の日時を確認することも少なくないが、支給の日時を本人にしか教えない面倒な役所もあったりする。今回は本人から連絡があったということ。
だが中田さん初回支給予定の二日前、7月7日朝に春日部市役所CWから突然連絡が入る。
「今中田さんがお一人で初回支給受け取りに来ていますが、渡しちゃって大丈夫ですか?」
二日後だと思っていた支給が今日の今だという、全く寝耳に水の連絡。
「今からすぐそちらに向かうので、ちょっとお金の受け取りまで待たせておいてもらえますか?」
そう返答した上、車に飛び乗り、春日部市役所に向かう。家から市役所までは約30分程度。初回支給時には、初回説明で多少時間はかかるが、間に合うかどうかは微妙なところ。
市役所駐車場に車を止めて、息を切らせて福祉課3階に上がると、CWが本人にまだ説明中。間に合った。。。
説明が終わってから、本人に家賃含めたお金約8万円を清算してもらう。
小 生「初回支給だけど、電話で7月9日って言ってなかった?」
何事もなかったかのように中田さんは答えた。
中田氏「いえ、7月7日って言いましたよ。」
人によっては清算の際にお金を出し渋る事もあるが、そのようなそぶりは一切ない。自分が日にちを聞き間違えた可能性がゼロだとは言えない。しかし冒頭に掲げた連絡で、7/7と7/9という二つの日付を明確に聞いた記憶なのである。
首をかしげたくなる気持ちを抑えながら清算を終えて、役所で中田さんを見送る。それが彼の最後の姿となった。
翌日以降、彼が住んでいた住居に別の入居者の案内等用事で訪ねるが、彼の姿は確認出来ない。どころか、同居人に聞いても、
「初回支給の日以降、帰ってないんじゃないですか?」
というではないか。持っている筈の電話も通じない。恐らくこのまま失踪であろう。
この一か月後、役所の地区担当CWからも連絡があり、失踪廃止となる。
後から考えれば、初回支給でお金をもらってそのまま居なくなるつもりだったのではないか。それで小生には二日後の日にちを知らせたと考えれば、全て腑に落ちる。
今回で5回目の保護申請だった彼は、元々ホームレス状態でも構わなかったのだろう。特に夏場はそのようなホームレスは多い。担当CWが機転を利かせたせいで、彼が手にしたのは半分以下の5万前後。彼は小生が現れた時どう思ったのだろうか。
仮に当初からそのような意図を持つ人間が支援を求めて来たとしても、初対面でその意図を見抜くのは至難の技。改めて支援する意味・意義を考えさせられる、居心地の悪い何かが残った。
(終わり)
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