前科者
YさんはHさんからの紹介で、こちらの物件にやってきた。Hさんからの紹介は、ハッキリ言って質が悪い。Hさんからの紹介で公園に行ってみたら、もうその人がいなかったり、話を聞いてみたらそういうつもりがなかったりとか、物件に来たと思ったら一日でいなくなったり等々。
元々暴力団にいたと自称するYさんは、小指ともう一本指の先がなかった。年齢は小生より少し若い程度で、見た目は朗らかなおじさんという感じ。話もむしろ饒舌な方で、暴力団という重々しさは、余り感じられなかった。
しかし40代後半にして、保護歴が10回以上というその経歴は、典型的な人間不信であるように思われた。饒舌さも表面を取り繕うための手段であったのだろう。
同じ住居には、Mさんという30代半ばの人が先に入居していた。「人が沢山いる所が苦手」というMさんは、ホームレスの人にありがちな対人関係が苦手なパターン。Yさんとの関係がうまくいくかどうかが懸念された。
ある日の夕方、Mさんの方から小生宛にメールで連絡があった。
「アイコスが盗まれました。
部屋に置いてたんですけど、なくなってます。
充電器まで持ってかれたんで、気のせいではないと思います。
証拠はありませんが、取るような人はYさんくらいしか見当たりません。」
シェアハウスでの盗みトラブルは少なくない。仕方なくまず電話でMさんに確認する。
小生「え~と、まずアイコスって何なの?」
M氏「電子タバコです」
小生「それが無くなったの?」
M氏「はい、Yさんしか考えられません。警察に言えばいいでしょうか?」
同居しているのはもう一人いるのだが、それはウチのスタッフだ。しかもタバコは吸わない。確かにYさんしか考えられない。
小生「本人が認めないんだったら、警察もどこまで動いてくれるか分からないよ。被害が電子タバコ一個だけって状況でもあるし。」
M氏「そうですか…」
アイコスは数千円前後のものらしいが、換金されてしまえばどうしようもないだろう。こちらとしては諦めてもらうしかないと思っていた所、しばらくしてまた連絡が来た。
M氏「Yさんが帰って来たんですが、自分のと同じ電子タバコを持ってるんです。」
小生「え、そうなの?で、本人は何て言ってるの?」
M氏「知り合いが二つ持っていてもらった、と言うんですけど、充電器まで同じなんです。これは純正品じゃなくて、自分が100円ショップで買って来たヤツだから、有り得ないんですけど。」
証拠がないならば問い詰めようがないが、ブツが相手の所にあるならば話は違う。しかし赤の他人である入居者同士では、話をまとめるのは無理だろう。そう思って住居まで行くことにした。小生が到着するまでにもひと悶着あったようだ。Mさんに経緯を再確認する。
小生「それでどうなったの?」
M氏「最初、知り合いにもらったって言ってたんですけど、私に『使い方を教えてくれ』って聞いてきたんです。それで『充電器まで同じなのは有り得ない、自分の指紋があるかどうか警察に見てもらっていいか』と聞いたら、『じゃああげるよ』って返して来たんですけど」
小生「じゃあ戻って来たのね?」
M氏「でももう壊れてるんです。」
小生「使えないの?」
M氏「使えないです。」
恐らくそのアイコスが元々Mさんの物であったのは間違いなかろう。それを盗んだ上で「もらったもの」だとして「使い方を教えて」とは、何という神経の持ち主だろうか。図太いというより、間抜けさが入り混じった頓珍漢というべきか。
小生「あなたとしてはどうしたいの?私としては余り警察沙汰にはしたくないけど…」
M氏「警察に訴えたいです。」
小生「……じゃあその前に本人に確認するから。」
重い気持ちで階段を上ってYさんの部屋に行く。
小生「Mさんがアイコス盗まれたって言うんだけど、盗んだの?」
Y氏「……はい」
なんとあっさり認めた。
小生「警察呼ぶって言ってるけど、それでもいいの?」
Y氏「いいです。」
小生「……」
警察が来れば、窃盗未遂もしくは器物損壊で逮捕ということにもなるわけだが、それを本人はどこまで分かっているのだろうか。しかしMさんが怒っている以上、こちらとしても放置は出来ないので、警察に110番した。
(つづく)
コメント