収入申告
生活保護を受けると、収入申告をする必要が出て来る。生活保護で働いて収入が得られた場合、保護基準である最低生活費を収入が超えれば保護は廃止になり、最低生活費に満たない場合はその差額分だけを支給される。その計算を役所がするために、「今月どれくらい働いて、どれくらい収入を得たか、それを申告してください」というものである。
当方の店子は、ほとんどが60代を超える老人たち。60代の老人たちには、流石に「仕事を探してください」という就労指導はない。しかし中には20代含めた若者もいる。その若者たちには、保護課もそれなりに気合を入れて就労指導をしてくる。ここが一つのポイントでもある。
さて今年初めの事である。20代の若者が2人ほどある市で保護申請をした。ここの市は対応が厳しく、保護そのものが決定するまで、こちらも相当対応に苦労した。役所内でも「20代なら仕事は余裕であるんじゃないか?」という議論が出て、保護すべきかどうか判断を迷っていたらしいのだが。いずれにせよ目出度く保護決定が出たその内の一人、路上生活状態にあった20代若者の話である。この若者を以下Kさんとする。
Kさんは、オウム流に言うと「タマス」な人である。最初に駅に迎えに行くときから、時間の感覚がルーズで、遅れてきて平気な顔をしていた。携帯電話は持っていたのだが、いつ電話しても留守電になる。その折り返し電話がかかってくることも、滅多になかった。
そんなタマスなKさんだが、お金の使い方は(他の保護者に比べて)かなり節制していた。大体の保護者は、お金の使い方が粗くて、借金を作るなど色々トラブルを起こして出て行ってしまう事が多い。しかしこのKさんに限っては、そのようなことはないだろう、と思われた。
保護が決定して2カ月程経過して、Kさんの様子はどうだろう、と思って電話してみた。しかしやはり留守電で、その後折り返しもなかった。何度か架電してみたが、反応は同じであった。時期を同じくして、役所からも電話がかかって来た。
役所「Kさんなんですが、仕事に就いたようなのですが、その収入申告がありません。見込みでは保護が外れる見通しなんですが、その決定ができずに困っています。連絡は付きませんか?」
小生「そうですか、こちらも何度か電話しているんですが、連絡が付かずに困っていますけど、何とか連絡取るようにしてみます。ただ…」
役所「ただ、なんでしょう?」
小生「すでに就職しているというような話は、今初めて聞いたのですが、ひょっとしたらもう失踪してしまっているかも知れません。あくまで今までの前例にそういう人がいたということなんですが…」
役所「分かりました、こちらも連絡を取り続けてみますが、大家さんの方でもお願いします。」
上記のようなやりとりがあり、こちらでも連絡を取り続けてみることにした。
Kさんが住んでいるのはアパートである。同じアパートのKさんの隣にちょっと管理人ぽい仕事をしてくれるMさんがいるので、Mさんに様子を聞いてみることにした。
M氏「Kさんですか…、全然顔合わせませんし、ここしばらくは物音もしないですね…」
隣に住んでいるMさんがそういうなら、多分もう失踪してしまったのではないか。そのように小生は推測した。人間とは現金なものである。困った時は泣きついてきても、自分の力で仕事をして金や住居がなんとかできるようになれば、挨拶もなく立ち去っていく。そのようなケースを数多くみてきたが、Kさんもそういうケースかも知れない。そのように判断して数日放っておいた。そこから数日して、また役所から連絡が来た。
役所「何度か訪問もしていますが、やはり会えません。〇月〇日までに収入申告をして頂けないと、このままでは廃止になってしまいます。」
役所の方でも、廃止するにしてもキチンとした処理をしなければならない。その為に失踪であろうとも、色々と確認が必要であるとのこと。そのような話があったので、確認の意味も含めて住居を訪ねてみることにした。
その日の夜、車を飛ばしてアパートに着いた。鍵を開けてみると、「訪問票」がそのままになっている。「訪問票」とは、役所のケースワーカーが訪問した際、保護対象者が不在であった場合に残していく連絡メモである。またすぐ先の窓枠の所に鍵がおいてある。鍵を置いていく、というのは、もう戻らない、という意思表示であることが多い。後から考えれば、鍵がかかっていて中に鍵が残されているのは、失踪の状況とは違うと判断できたわけだが。しかしこの時は先入観もあって
「もう失踪したかな」
と思って部屋の中に入って行った。
すると突然部屋の奥から本人が現れた。
(つづく)
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それは彼の親戚の友達が高山らーめんをたべたからです。
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