元オウム教団幹部 野田成人のブログ

★唯一人の荒らしの為にコメントは承認制になります★ 累積賠償額916万円

HOMEPR 都市難民 住宅ローン 経済 ニュース イスラム国 幸福・功徳 陰陽 オウム関連 団体存続 雑多 きまぐれ

フードバンクの幸福になる激マズ乾パン、続き。

ミッキーさん、生活が厳しそうなので、元払いで送っておきましたよ。まだフードバンクに5箱位在庫があったと思う。例えばこれ、ミキサーで砕いて、何かのお菓子の素材にすると結構いけるんじゃないかと。願わくば、「普通に」食べられるレシピ開発して、その上でこちらに教えて下さい。

で、小生も、今毎朝食ってます。異様な硬さに、ちょっと病みつきかも。大量にあるし、美味しくないので、どんどん食べられます。あの、美味しいと、ちょっと贅沢をする後ろめたさが出て来る貧乏性でして、美味しくないと後ろめたくないんです。

思えば、出家していた時分からすると、随分生活レベルが上がってしまったなぁ~

昔は、ガストのドリンクバーを見て

「なんて豪華で贅沢なメニューなんだ!」

と思ったものだ。

今ではほぼ毎週位、外で誰かと会ったりする機会に飲んでいる。そうするとどんどん有難みは薄れてくる。初めてドリンクバーを経験した時の感激は、もはやどこにも存在しない。

10年前は、夏の暑い日にペットボトルのコーラを飲むのがうまかった。それもひと夏に2-3回だけなのだが、回数を制限するからうまいのだ。もはやその感激もない。

え?10年前、お前まだ出家だったんだろって?

一応正悟師って、食に関する戒律というか制約は、外れてたんで。

たかがドリンクバーごとき、コーラごときで…、と思われるかもしれない。しかし世の中には、似たような経験をしている人は少なくない筈だ。

テレビや雑誌の特集で、「絶品グルメ」とか「究極の美味」とかいつもやっている。現代人は、そういうのが好きなのだろう。次のような表現で、如何にうまいかを表したりすることがある。

「このお店の○○(ex.お好み焼き、焼肉)を食べると、他の○○(ex.お好み焼き、焼肉)が食べられなくなる」

前回記事に書いたのと逆の内容だが、そういう経験をしたことはないだろうか?一度極上の味を知ってしまうと、もう後戻りが出来ない、というヤツかな。

今日の記事は、独り言というか愚痴みたいな話なんだけど、以前業務スーパーの激安納豆を食べている、と書いた。納豆というより、雑菌を繁殖させたんじゃないか、と思うような味。どことなく雑巾(ぞうきん)風味なのだ。

納豆

それでもこの納豆、一応納豆菌を繁殖させているのである。ここ10年近く、この納豆ばかり食べていた。これが一番マズイ納豆だから、である。

ところが数年に一回、本当に納豆菌ではなく雑菌繁殖ではないか、と思われる製品を買わされることがあった。納豆を混ぜても全く糸を引かないのである。その度毎に苦情を言うと、新しい納豆を送って来てくれた。ここまでは問題がない。

ところが昨年は、何と2カ月ほどの間に2回も糸を引かない納豆が店頭に並んでいたのである。流石に嫌気が差して違う納豆に変えた。もう会社自体ヤバいのかもしれない。ということで納豆は一ランク上の納豆に。またまた生活レベルが上がってしまった、ああ…。

取り止めのない話に聞こえるかもしれないが、禍福はあざなえる縄の如し。快楽だけを味わい続けることは出来ない。快楽のツケは、苦痛となって返ってくる。美味いもの追求のグルメは、生活水準が下がった時の不満を増大させる。逆に不足状態で我慢しておけば、後で残り福にありつける。この陰陽のコントロールこそ、仏教の核心部分でもあり、拙ブログ主張の要諦。

多分、枯れ葉さんは、これ読んだだけじゃ分からんでしょうから、多少なりとも実践したければ、岩槻まで会いに来るしかないね、ってことです(コメントには返信しません、メール頂ければ、日時設定します)。

コメント


受けるより与えるほうが幸福であるIt is more blessed to give than to receive. 聖書 使徒20:35


おごるほうが おごられるほうより偉いのです。

支援物資助かります!

俺も生活保護されたいよ~(T0T)中途半端に健康だから困るよな~。。

それはさておき、幸福になる乾パンが届いたのでさっそく作りました、チョコクランチ。調理自体は十数分くらいでしょうか、簡単でそこそこにおいしかったです!詳しくはメールの方で。

ちなみに、僕は夏場にタンポポとか庭に生えてる草も普通に食べてるくらいなんで、この乾パンそのままでもいけそうです。どうもありがとうございます。

仏道は中道


「贅沢はいい。質素は悪い」という相対する観念を持つと

「質素は悪い!」という想念が生じて、苦しみが生じます。


「質素はいい。贅沢は悪い」という相対する観念を持つと

「贅沢は悪い!」という想念が生じて、苦しみが生じます。


どちらの観念も手放すと

贅沢に対しても、質素に対しても

「悪い!」という想念が生せず、苦しみが生じません。


贅沢から質素になっても苦しまず

質素から贅沢になっても苦しみません。


相対する観念・想念に対する執着を手放していき

心を一点に集中し続けていると

「どちらでもいい」「どちらもいい」という中心感覚になり

心が力強く輝きながら広がり、平安になり、苦しみが滅します。


「修行者たちよ、修行者が心が一点に集中する状態を得たならば

これを名付けて、サマディという。

~ 仏陀の言葉 原始仏典より ~ 」


「心が相対する現象から離脱するがゆえに、心が苦しみから解脱するのである。

~ 仏陀の言葉 原始仏典より ~ 」


「 中道
 
実践においては「中道」が説かれる。
「中道」とは、単に二つの極端な立場の中間をとるというのではなく
二つの極端から離れた自由な立場、矛盾対立を超越している立場を意味する。

当時のインドには、苦しみから解放されるために、どのような実践方法をとるかについて、さまざまな立場があった。
ローカーヤタ派のように快楽主義に立つ思想もあったが、大方はいかにして欲望を制御するかに関心があった。
欲望が苦しみの原因と考えられたからである。
欲望を制御する方法として、さかんに行われたのは、肉体の苦痛を耐えしのぶ苦行(タパス)である。

ブッダも、悟りを得るまでの一時期、苦行を実践したことがあるが、後に苦行の無意味さをさとり、
瞑想すなわち禅定の方法を選んだとされる。

このことから、ブッダは快楽主義でも苦行主義でもない「中道」をとったといわれる。
そして、「中道」が修行者のとるべき道として説かれる。

「修行僧らよ、出家した者が近づいてはならない二つの極端がある。

二つとは何か。

一つは、欲望の中にあって、欲楽にふけることで、劣っていて、いやしく、凡愚のすることで、聖なるものでなく、目的にかなうものではない。

もう一つは、自分を苦しめることにふけることで、苦しく、聖なるものでなく、目的にかなうものではない。

如来は、両極端に近づくことなく、中道を悟った。

これは、(真理に対する)眼を生じ、知を生ずるもので、心の平静・神通力・悟り・涅槃へ導く。

(Mahāvagga 1-6-17) 」

http://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/b/chudou.htm

広大無辺な心によって、光り輝く心を修習する


わたしは内側に光を燃焼させる。


永遠の火を灯し

常に心を静かに集中していて

わたしは清浄行を実践する。


心臓は光の場所である。


よく自己を整えた人が人間の光である。


真実と法と自制と清浄行

これは中道によるものであり、ブラフマンを体得することである。

~ 仏陀の言葉 原始仏典サンユッタ・ニカーヤより ~


修行者たちよ、「苦しみの滅尽に至る道を修習した」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。

~中略~

世尊が法輪を回転させなさったとき、神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」

~中略~

そして、無量で巨大な光明が天の神々の威力を超えて世界に現れた。

~ 初転法輪より ~


懸命に修行しているバラモンに

もしすべての真実が明らかになれば

彼を魔を打ち破って端然としていることができる。

あたかも、太陽が宇宙全体を照らしているかのように。

~ 成道した直後の仏陀の言葉 原始仏典より ~


修行者たちよ、「修行者が広大無辺な心によって、光り輝く心を修習する」というのは何であろうか。

修行者たちよ、ここに修行者がいて、光明の状態をよく保ち、一日中光明の状態を完全に保っている。

修行者たちよ、このような状態を「修行者が広大無辺な心によって、光り輝く心を修習する」というのである。

~ 仏陀の言葉 「神足相応」より ~


アーナンダよ、タターガタ(如来・真理到達者)は三千大世界(十億世界)を光で満たす。

~ 仏陀の言葉 原始仏典より ~


※太陽と月が照らす範囲が一世界

 一世界の千倍の世界が小二千世界

 小千世界の千倍の世界が中千世界・百万世界

 中千世界の千倍の世界が三千大世界・十億世界



東京新聞「埼玉中央」3月2日「『貧困ビジネス』訴訟賠償命令」という記事がありました。「生活保護費の受給日には、五、六人で車に乗せられて区役所へ。十万円ほどの保護費を受け取ると、車の中で袋ごと回収された。それなのに、支給されるのは一か月五千円と、毎日五百円ずつだけだった」とあります。訴訟を起こした元入居者二人は「偶然知り合った支援者に相談して退所できた」とありますが、この「支援者」はまさか野田さん?

宗永寺(新聞では名前は伏せてありますが)についても、「新たな入居や施設開設を禁止する行政処分を行った」と書かれています。

違います

多分私の師匠の藤田孝典氏じゃないでしょうかね

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://alephnoda.blog85.fc2.com/tb.php/1277-5b4d4cf6

 | HOME | 

プロフィール

alephnoda

alephnoda

野田成人のブログです
メール返事欲しい人は氏名・電話番号必須
ブログ手伝ってくれるスタッフ募集中
メールは上の画像の vv9919662014 @ じーめいる。コム

月別アーカイヴ

2037-12 : 1
2017-06 : 5
2017-05 : 4
2017-04 : 6
2017-03 : 6
2017-02 : 6
2017-01 : 5
2016-12 : 5
2016-11 : 4
2016-10 : 3
2016-09 : 3
2016-08 : 4
2016-07 : 4
2016-06 : 5
2016-05 : 3
2016-04 : 6
2016-03 : 3
2016-02 : 4
2016-01 : 6
2015-12 : 7
2015-11 : 9
2015-10 : 7
2015-09 : 5
2015-08 : 6
2015-07 : 8
2015-06 : 6
2015-05 : 8
2015-04 : 8
2015-03 : 8
2015-02 : 10
2015-01 : 10
2014-12 : 5
2014-11 : 9
2014-10 : 9
2014-09 : 9
2014-08 : 7
2014-07 : 6
2014-06 : 13
2014-05 : 9
2014-04 : 9
2014-03 : 8
2014-02 : 6
2014-01 : 5
2013-12 : 2
2013-11 : 6
2013-10 : 8
2013-09 : 8
2013-08 : 9
2013-07 : 13
2013-06 : 8
2013-05 : 12
2013-04 : 8
2013-03 : 10
2013-02 : 9
2013-01 : 12
2012-12 : 6
2012-11 : 10
2012-10 : 8
2012-09 : 4
2012-08 : 9
2012-07 : 10
2012-06 : 8
2012-05 : 8
2012-04 : 6
2012-03 : 13
2012-02 : 14
2012-01 : 15
2011-12 : 9
2011-11 : 13
2011-10 : 6
2011-09 : 10
2011-08 : 8
2011-07 : 9
2011-06 : 11
2011-05 : 9
2011-04 : 6
2011-03 : 11
2011-02 : 4
2011-01 : 6
2010-12 : 6
2010-11 : 5
2010-10 : 9
2010-09 : 10
2010-08 : 10
2010-07 : 7
2010-06 : 7
2010-05 : 7
2010-04 : 6
2010-03 : 6
2010-02 : 7
2010-01 : 4
2009-12 : 2
2009-11 : 3
2009-10 : 5
2009-09 : 3
2009-08 : 4
2009-07 : 9
2009-06 : 10
2009-05 : 11
2009-04 : 13
2009-03 : 7
2009-02 : 1
2009-01 : 4
2008-12 : 8
2008-11 : 9
2008-10 : 6
2008-09 : 7
2008-08 : 7
2008-07 : 8
2008-06 : 5
2008-05 : 4
2008-04 : 7
2008-03 : 7
2008-02 : 7
2008-01 : 7
2007-12 : 10
2007-11 : 8
2007-10 : 5
2007-09 : 8
2007-08 : 12
2007-07 : 7
2007-06 : 15
2007-05 : 18
2007-04 : 9
2007-03 : 17
2006-04 : 1
2004-03 : 12
[RSS 1.0]  [RSS FEED]

FC2Ad