元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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リフォーム最大の難所と思われたユニットバスの下水配管は、何とか無事終了。

と思っていたところ、上水道配管の方に思わぬ伏兵が…。

ユニットバスは、大抵風呂浴槽の手前の所にねじ止め蓋を開けて配管を結ぶ箇所がある。それをこちらで結ばなければならない。

水漏れ1

この作業が困難な所は、通常の工具が入って行かない狭い所でナットを締め付けなければならないということ。これには以下のような専用工具を使う。

立水栓レンチ


専用工具で思いっきり締めたが、なんだかナットが湿っているような気がする。数時間ほど放っておいて再度確認すると。

水漏れ2

画像の水色配管の下あたりに確認できるように、水滴が数滴ついている。漏水である。数時間でわずか数滴でも、漏水は漏水。一か月も経てば大きな水たまりが出来てしまう。う~ん。。。失敗やり直し。

水道栓のPJネジは、テフロンのシールテープというのを巻いてからナットを締め付ける。一度ナットを外してから、古いシールテープを一旦外す。再度新しいシールテープを少し多めに巻いてから、もう一度専用工具で思いっきり締め付けた。

……が、数時間後確認すると、やはり数滴漏れている。

う~ん、本日は時間切れ撤退。


ネットで「シールテープ 水栓 漏れ」で検索してみる。すると以下のようなサイトを発見。

自主管理大家の日々

ああ、このサイトは「必殺大家人」のサイトだ。前にも参考にしたことがあるが、大家業界では、ちょっとした有名人。立ち退き訴訟含めてなんでも自分でやってしまう大家なのだ。しかも16棟440戸保有だという。だが水漏れ修理は、上手くいかなかったようだ。以下引用。

「止水栓を閉める
 シャーワー水栓はずす
 シールテープ巻きなおす
 シャーワー水栓取り付ける
 止水栓を開ける
 水漏れチェック
 水漏れ確認
(最初に戻って繰り返し)

 これを5往復したところで断念・・・
 …
 もう疲れました・・ココは業者さんにお願いします・・・・」

コメント欄も見てみると、「まったく同じ経験があります。」というコメントが並んでいる。う~ん、自主管理大家誰もが通る道のようだ。

コメントを更に見ると、プロと思しき人間から以下の内容が

「根本的にホームセンターに売っているシールテープは厚みが厚くて、ネジに喰い付きません」

「シールテープを巻く時にある程度引っ張りながら(シールテープを伸ばしながらという感じかな。プロ用のシールテープは引っ張ると伸びます)巻く事です。」

ああ、そうだそうだった。シールテープの巻き数を増やせばいいというもんじゃない。逆に増やすことによって、ネジ山に絡まなくなっているんだろう。多分そうだろう。

ここで小生は、DIY(自分でリフォーム do it yourself)を一番最初にやり始めた頃のエアコン設置を思い出した。エアコン配管の場合、ナットを締め付ける力は、強すぎてもダメ弱すぎてもダメ、一定の力で締め付けなければならない。本来ならば、「トルクレンチ」という一定の力の所で「カチッ」とレンチが折れて分かる特殊器具を使う。最初の頃はこのトルクレンチを買うのをケチって、感覚で締め付けていた。

サービスポート5

ある時、締め付けたエアコンのナットから漏れるので、スパナで思いっきり締めた。それでも何度締めても漏れるので、一番大きいスパナを使って思いっきり締めた。すると、「パンッ」とエアコンガス圧で配管がブッチ切れた。ここで締め過ぎていた為に漏れていたことに気づいた。強すぎず弱すぎず、一定の力で締める、という原則を忘れてしまっていたのだ。

今日のポイントなのだが、失敗してしまうと冷静さを失ってしまって、焦って当たり前の原則すら頭から吹き飛んでしまうことがある。逆に焦ってやらなくてもいい事を一生懸命してしまったりする。失敗したなら、本来は冷静に原則に戻らなければならないところなのだが。

多分ここは、シールテープを巻き過ぎたに違いない。沢山まけばいいというものではなく、4-5巻で十分なのだ。それがキチンとネジ山に噛んでいるかどうかが問題。それを確認しよう、と次の日現場に乗り込んだ。水漏れしているナットを外してみると、やはりシールテープが巻き上がってしまい、ネジ山に噛んでいなかったようだ。このように巻き上がってしまうと、巻き上がった最後の山一周分しか水を止める箇所が無いことになる。巻き過ぎても水漏れが起こるのはこういう仕組みなんだろう。

水漏れ3

そうだ、ここは落ち着いて、しっかりシールテープがネジ山に絡むように巻けばいいだけなんだ、落ち着いて巻くんだ。

そして3回目の水漏れチェック。

















え~~、やっぱり水漏れ。。。。














またまた水栓を締め、ナットを外して、シールテープを外して巻きなおし。











落ち着いて今度こそ、と4回目の挑戦。











ええええええええぇぇぇぇぇぇぇ~やっぱり水漏れ。。。。。









落ち着いて巻いたにしても、シールテープをしっかり巻けるだけのスペースが無い狭い所。それが作業を困難にしているわけだが。

同じシールテープで巻いた他3箇所は問題なく締まっている。この一カ所だけの為に今更水道屋を呼ぶのは、お金もかかるしちょっとプライドが許さない。が、どうしようか…。

「なんだかなぁ~」

とやるせない気持ちで裏に回ってみると、裏からスパナが入って回せそうだ。本来ならユニットバスは、浴槽前面のスカートにある蓋を外して作業するべきところ。この設置場所は、たまたま後ろが空いているというだけである。ダメ元で裏に回って、スパナで半回転ほど回してみた。すると水漏れは止まったように思われた。

う~ん、本来なら前からしか作業できない所、裏口入学したみたいでなんか気持ち悪い。1-0でリードの九回裏ツーアウト満塁、レフトポール上空疑惑の大ファールのあと、センター深い所ダイビングキャッチのファインプレーで何とか逃げ切った、みたいな後味悪さ。

3年12億円の松坂、2年目シーズン公式戦最終日1回を3安打、4四死球、5失点大炎上よりマシってことにしておきましょうか。。。

(後味悪いけど終わり)

コメント


中道の実践


琴の弦(緊緩中道)

パーリ語経典の律蔵・犍度・大品(マハーヴァッガ)においては、釈迦が、どんなに精進しても悟りに近づけず焦燥感・絶望感を募らせていたソーナという比丘に対して、琴の弦を例えに出して、中道を説いている。

弦は、締め過ぎても、緩め過ぎても、いい音は出ない、程よく締められてこそいい音が出る、比丘の精進もそうあるべきだと釈迦に諭され、ソーナはその通りに精進し、後に悟りに至った。


「 中道 」より
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%81%93

初転法輪


初転法輪 ~ 初めて真理到達者が法輪を回転させなさったこと

~ 真理到達者がお説きになったこと ~ 
 

このようにわたしは聞いた。

あるとき、世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにとどまっておられた。

そこで世尊は五人の修行者たちにこのようにお説きになった。


「修行者たちよ、苦しみの滅尽に向かう修行者は二つの極端な道を実践してはならない。

二つの極端な道とは何であろうか。


一つは外に向かって喜びを追求する道である。

この道は苦しみの滅尽に向かわず、聖なる道ではなく、利益をもたらさない。


一つは外に向かって苦しみを追求する道である。

この道は苦しみの滅尽に向かわず、聖なる道ではなく、利益をもたらさない。


修行者たちよ、真理到達者はこれら二つの外に向かう極端な道を放棄し

中心に向かう道を現実に正しく理解したのである。

この道は目を開き、静寂・証智・正しい理解・苦しみの滅尽をもたらす。


修行者たちよ、真理到達者が現実に正しく理解した、眼を生じ、精通を生じ、静寂・証智・正しい理解・苦しみの滅尽をもたらす中心に向かう道とは何であろうか。


これは八つの正しい道である。

つまり、正しい見解、正しい思考、正しい言葉、正しい行為、正しい生活、正しい努力、正しい気づき、正しい精神集中である。

修行者たちよ、これが真理到達者が現実に正しく理解した、眼を生じ、精通を生じ、静寂・証智・正しい理解・苦しみの滅尽をもらたらす中心に向かう道である。


修行者たちよ、苦しみの真理とはこれである。

生まれることは苦しみであり、老いることは苦しみであり、病になることは苦しみであり、死ぬことは苦しみである。

愁うこと、悲しむこと、苦しむこと、痛むこと、悩むことは苦しみである。

怨み憎んでいる者に会うことは苦しみである。

愛する者と別離することは苦しみである。

求めても得られないことは苦しみである。

つまり、五取蘊は苦しみである。

(五つのとらわれの集まり・肉体、感覚、表象、意志、識別)


修行者たちよ、苦しみの生起の真理とはこれである。

それは再生に導き、外側に向かう喜びであり、愛着に巻き込まれ、様々な対象に喜びを見出す渇愛である。

つまり、欲に対する渇愛、形あるものに対する渇愛、形なきものに対する渇愛である。
    
   (欲界に対する渇愛 色界に対する渇愛   無色界に対する渇愛)


修行者たちよ、苦しみの滅尽の真理とはこれである。

それはまさにそれらの渇愛から離れ、滅し、放棄し、解放され、執着しないことである。


修行者たちよ、苦しみの滅尽に向かう道とはこれである。

それはまさに八つの正しい道である。

つまり、正しい見解、正しい思考、正しい言葉、正しい行為、正しい生活、正しい努力、正しい気づき、正しい精神集中である。


修行者たちよ、「これは苦しみの真理である」と、私にはかつて聞いたことのない法則において
眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「苦しみの真理は理解できる」と、私にはかつて聞いたことのない法則において
眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「苦しみの真理を理解した」と、私にはかつて聞いたことのない法則において
眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「これは苦しみの生起の真理である」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「苦しみの生起の真理は捨断できる」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「苦しみの生起の真理を捨断した」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「これは苦しみの滅尽の真理である」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「苦しみの滅尽の真理は現証できる」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「苦しみの滅尽の真理を現証した」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「これは苦しみの滅尽に向かう道である」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「苦しみの滅尽に向かう道は修習できる」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、「苦しみの滅尽に向かう道を修習した」と、私にはかつて聞いたことのない法則において眼が生じ、精通が生じ、智慧が生じ、明知が生じ、光が生じた。


修行者たちよ、私はこの四つの真理を三転十二相に行じることによって如実智見がいまだすべて清浄とならなかった間は
修行者たちよ、私は天・魔・梵天の世界、沙門、婆羅門、人、天の衆生界において無上の最上正覚を現正覚したと宣言しなかった。

修行者たちよ、私はこの四つの真理を三転十二相に行じることによって如実智見がすでにすべて清浄となったがゆえに
修行者たちよ、私は天・魔・梵天の世界、沙門、婆羅門、人、天の衆生界において無上の最上正覚を現正覚したと宣言した。


また私に精通と見解が生じた。

「私の解脱は不動である。これは私の最後の生である。私はもはや再生することはない」と。


世尊はこのようにお説きになった。

五人の修行者たちは大喜びして世尊のお説きになったことを受持した。

そして世尊がこの教えをお説きになっていたとき、尊者コーンダンニャに塵を離れ垢を離れた法眼が生じた。

「生じたものは滅する」と。


このように世尊が法輪を回転させなさったとき、地上にいる神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」


地上にいる神々の声を聞いて、四天王の神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」


四天王の神々の声を聞いて、トウリ天の神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」


トウリ天の神々の声を聞いて、夜摩天の神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」


夜摩天の神々の声を聞いて、兜率天の神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」


兜率天の神々の声を聞いて、楽変化天の神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」


楽変化天の神々の声を聞いて、他化自在天の神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」


他化自在天の神々の声を聞いて、梵天の神々は声を発した。

「世尊はバーラナシーのイシパタナ・ミガダーヤにおいて、無上の法輪を回転させなさった。

これは沙門、婆羅門、天、魔、梵天、世界中の誰によっても反転させることはできない。」


このように、その刹那、その瞬間、その瞬く間に梵天の世界まで声が届いた。

そして、無量で巨大な光明が天の神々の威力を超えて世界に現れた。


直ちに世尊は大喜びして言った。

「コーンダンニャが理解した。コーンダンニャが理解した」と。

これによって、コーンダンニャはアンニャータ(理解した)・コーンダンニャと呼ばれるようになった。


時に世尊は法則を説いて、その他の修行者を教え導き教誡した。

時に世尊が法則を説いて教え導き教誡したとき

尊者ヴァッパと尊者バッディヤに塵を離れ垢を離れた法眼が生じた。


「生じたものは滅する」と。


彼らはすでに法則を見て、法則を得て、法則に悟入して

疑惑を越え、怠惰を除き、平安を得て、師の教えを除いて他に依ることなく、世尊に言った。

「私たちは願わくば世尊のみもとにおいて出家して具足戒を得ましょう。」

世尊は言った。

「来なさい、修行者。法則はよく説かれた。正しく苦しみを滅尽するために聖なる修行を行いなさい。」

これがかの尊者たちの具足戒であった。


 
時に世尊は施物を食しながら、法則を説いてその他の修行者を教え導き教誡した。

三人の修行者が托鉢に行き、その得たところによって六人は暮らした。


時に世尊は法則を説いて、その他の修行者を教え導き教誡した。

時に世尊が法則を説いて教え導き教誡したとき

尊者マハーナーマと尊者アッサジに塵を離れ垢を離れたの法眼が生じた。


「生じたものは滅する」と。


彼らはすでに法則を見て、法則を得て、法則に悟入して

疑惑を越え、怠惰を除き、平安を得て、師の教えを除いて他に依ることなく、世尊に言った。

「私たちは願わくば世尊のみもとにおいて出家して具足戒を得ましょう」。

世尊は言った。

「来なさい、修行者。法則はよく説かれた。正しく苦しみを滅尽するために聖なる修行を行いなさい。」

これがかの尊者たちの具足戒であった。



時に世尊は五人の修行者に告げて説いた。


「修行者たちよ、肉体は我ではない。

修行者たちよ、もしこの肉体が我であったならば、この肉体は病むことはないだろう。

肉体において『私はこの肉体を用いよう、あの肉体を用いないようにしよう』ということができるだろう。

修行者たちよ、しかし肉体は我ではないがゆえに、肉体は病み、肉体において

『私はこの肉体を用いよう、あの肉体を用いないようにしよう』ということができない。


感覚は我ではない。

修行者たちよ、もしこの感覚が我であったならば、この感覚は病むことはないだろう。

感覚において『私はこの感覚を用いよう、あの感覚を用いないようにしよう』ということができるだろう。

修行者たちよ、しかし感覚は我ではないがゆえに、感覚は病み、感覚において

『私はこの感覚を用いよう、あの感覚を用いないようにしよう』ということができない。


表象は我ではない。

修行者たちよ、もしこの表象が我であったならば、この表象は病むことはないだろう。

表象において『私はこの表象を用いよう、あの表象を用いないようにしよう』ということができるだろう。

修行者たちよ、しかし表象は我ではないがゆえに、表象は病み、表象において

『私はこの表象を用いよう、あの表象を用いないようにしよう』ということができない。


意志は我ではない。

修行者たちよ、もしこの意志が我であったならば、この意志は病むことはないだろう。

意志において『私はこの意志を用いよう、あの意志を用いないようにしよう』ということができるだろう。

修行者たちよ、しかし意志は無我であるがゆえに、意志は病み、意志において

『私はこの意志を用いよう、あの意志を用いないようにしよう』ということができない。


識別は我ではない。

修行者たちよ、もしこの識別が我であったならば、この識別は病むことはないだろう。

識別において『私はこの識別を用いよう、あの識別を用いないようにしよう』ということができるだろう。

修行者たちよ、しかし識別は我ではないがゆえに、識別は病み、識別において

『私はこの識別を用いよう、あの識別を用いないようにしよう』ということができない。


「修行者たちよ、あなたたちはどう思うか。肉体は永遠であろうか、無常であろうか。」

「無常です。」

「無常であるものは苦であろうか、楽であろうか。」

「苦です。」

「無常、苦にして変化の法則を有するものを見て

『これは私のものである。これは私である。これは私の本質である』ということができるだろうか。」

「できません。」


「感覚は永遠であろうか、無常であろうか。」

「無常です。」

「無常であるものは苦であろうか、楽であろうか。」

「苦です。」

「無常、苦にして変化の法則を有するものを見て

『これは私のものである。これは私である。これは私の本質である』ということができるだろうか。」

「できません。」


「表象は永遠であろうか、無常であろうか。」

「無常です。」

「無常であるものは苦であろうか、楽であろうか。」

「苦です。」

「無常、苦にして変化の法則を有するものを見て

『これは私のものである。これは私である。これは私の本質である』ということができるだろうか。」

「できません。」


「意志は永遠であろうか、無常であろうか。」

「無常です。」

「無常であるものはであろう苦か、楽であろうか。」

「苦です。」

「無常、苦にして変化の法則を有するものを見て

『これは私のものである。これは私である。これは私の本質である』ということができるだろうか。」

「できません。」


「識別は永遠であろうか、無常であろうか。」

「無常です。」

「無常であるものは苦であろうか、楽であろうか。」

「苦です。」

「無常、苦にして変化の法則を有するものを見て

『これは私のものである。これは私である。これは私の本質である』

ということができるだろうか」

「できません。」


「このゆえに修行者たちよ、

一切の過去・未来・現在の肉体の、あるいは内、あるいは外、あるいは粗雑なもの、あるい微細なもの、
あるいは劣ったもの、あるいは優れたもの、あるいは遠いもの、あるいは近いものである一切の肉体は、

『これは私のものではない、これは私ではない、これは私の本質ではない』

と、このように正しい智慧をもってありのままに観察するべきである。


一切の過去・未来・現在の感覚の、あるいは内、あるいは外、あるいは粗雑なもの、あるいは微細なもの
、あるいは劣ったもの、あるいは優れたもの、あるいは遠いもの、あるいは近いものである一切の感覚は

『これは私のものではない、これは私ではない、これは私の本質ではない』

と、このように正しい智慧をもってありのままに観察するべきである。


一切の過去・未来・現在の表象の、あるいは内、あるいは外、あるいは粗雑なもの、あるいは微細なもの、
あるいは劣ったもの、あるいは優れたもの、あるいは遠いもの、あるいは近いものである一切の表象は

『これは私のものではない、これは私ではない、これは私の本質ではない』

と、このように正しい智慧をもってありのままに観察するべきである。
 

一切の過去・未来・現在の意志の、あるいは内、あるいは外、あるいは粗雑なもの、あるいは微細なもの、
あるいは劣ったもの、あるいは優れたもの、あるいは遠いもの、あるいは近いものである一切の意志は

『これは私のものではない、これは私ではない、これは私の本質ではない』

と、このように正しい智慧をもってありのままに観察するべきである。


一切の過去・未来・現在の識別の、あるいは内、あるいは外、あるいは粗雑なもの、あるいは微細なもの、
あるいは劣ったもの、あるいは優れたもの、あるいは遠いもの、あるいは近いものである一切の識別は

『これは私のものではない、これは私ではない、これは私の本質ではない』

と、このように正しい智慧をもってありのままに観察するべきである。


修行者たちよ、多聞の聖なる修行者がこのように観察すれば

すなわち肉体を遠離し、感覚を遠離し、表象を遠離し、意志を遠離し、識別を遠離する。

遠離すればすなわち離貪する。

離貪すればすなわち解脱する。

解脱すればすなわち『私はすでに解脱した』という智慧が生じ

『生はすでに尽き、聖なる修行はすでに完成し、なすべきところはすでになされ、もはや再生することはない』
と知る。」


世尊がこのように説いたとき、五人の修行者は歓喜して世尊の説いたところを信じて受持した。

また世尊がこの教えを説いていたとき、五人の修行者は執着なくあらゆる漏れから心が解脱した。

そのとき、世間に阿羅漢は六人となった。


~ 初転法輪 終わり ~



シールテープいるの?

トランプが勝ったので、何か記事を書かれているかなと思って久しぶりに覗かせてもらいました。

ユニットバスの水栓との接続部分は、袋ナットとパッキンで水を止めるので、シールテープは通常巻きませんよ。
シールテープを巻くと逆にパッキンに圧力がかからなくて水漏れの原因になるのでは?
あと、まさかとはパッキンは忘れてないですよね?もしくは何度もやり直したせいでパッキンが変形したとか。
10年前はそうゆう構造でしたが、もし変わっていたらごめんなさいm(_ _)m

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元設備屋さん、どうもです。

私もプロではないですし、プロの方のご意見頂いたので、状況説明他。

給水給湯管ジョイント部分は PJ1/2 の雄ネジで来ています。

PJネジは、平行メスネジ(Gメス、パッキン使用)でもテーパーメスネジ(RcRp、シールテープ使用)でも合致するとされています。

今回問題となったところは、架橋ポリ管で給水給湯配管をしています。実は3つのユニットバスの内、2つは架橋ポリ管で、一つは旧来のHT管とHIVP管をつなぐやり方でしています。旧来のHT、HIVPを使った方は、ステンのフレキ管でパッキンを使ってGネジで結びました。確かにこちらの方が簡単と言えば簡単でした。フレキにしたのはお分かりかと思いますが、現場合わせの調整で自由度が効くからです。

二つのユニットバスは、旧来配管でやるのが面倒になり、ポリ架橋管で配管しました。架橋ポリ管のメス金具は、ホームセンターで売っているヤツはテーパーメス(Rc?)の奴しか知りません。ポリ架橋管がテーパーメスで来ている所に、ユニットバスはPJネジで来ているわけですから、それをわざわざテーパーメスをGメスネジに返還する部材を使うまでもないだろうと思ったわけです。

実際、架橋ポリ管を使ったユニットバスの内、一つは一回のシールテープ巻で漏れがなく収まりました。問題となったユニットバスの方も、給湯の方は問題ありませんでした。

ネジの形状からしても、Gメスで合わせるよりは、テーパーメスで合わせた方が密着性も良いだろう、という判断でした。

ただ狭い現場の作業性を考えると、面倒でもテーパーメスをGメスに変換してパッキンで結べ、というのがプロの考えなんでしょうかね?

大統領選ですか…、う~ん、ちょっと思うところはありますが、書くとしても1-2日かかるでしょうね。。。今は人を治す事に労力を取られてまして…。

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