元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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安保関連法案についての私見等々(キチガイの戯言仮説の詳細)。

小生は、12800年周期の陰陽転換から逆算して世の中の流れを読んでいるので、拙ブログ・著作にも書いた通り、世界中が何らかの大きな混乱(多分戦争)に巻き込まれるだろう、と考えています(はい、ここでつまらないと思った人は、記事閉じてね)。

当然ながら日本もその例外ではない、どころか日本人が次周期の支配原理・女性原理文明を再興するには、男性原理・一神教の過ちを痛感するような出来事を経ない限り無理だろう、と考えます。つまり先の大戦のような痛い目を見ないと目覚めないだろう、と。

安保法案は、300年前のカルト集団・一神教狂信者プロテスタント最後の超大国アメリカに押し付けられているもの。本当に、安倍にしろ麻生にしろ、爺ちゃんが総理だったからって、漢字読めない書けないでも総理にしてもらえるという売国奴・奴隷一族だからしょうがないんだけど。小生としては、

「だったらさっさと戦争してもらって、オウム同様早く自爆して痛い思いして目覚めてくださいな」

という逆説的賛成であります。

ところが現状は、世論調査で内閣支持率が過半数を切るなど、安保法案に国民の過半数が反対しているような雰囲気で、

「お、なかなか踏ん張っているなぁ~、さすが女性原理の国だ」

と考えているところです。このままなら戦争も起きないでしょう。

でもこのままでない状況というのが、余り皆さんが神経払わないにも関わらず現実にもの凄く依存している分野から起こるだろう、と思われます。くどいようですが、経済の問題です。

先月半ばの話ですが、中国が人民元を連日切り下げました。これは中国経済がかなり逼迫して来ている証拠です。「通貨切り下げ競争再来か?」と言われてます。

通貨切り下げ競争というのは、輸出を伸ばして自国経済を潤そうとする為にやるのですが、前世期の大戦はこの通貨切り下げ競争が原因で起こったと言われています。戦後経済は、同じ過ちを犯さないようにしようという反省からシステム構築したわけですが、現実には同じような競争が起こりつつあります(日銀他中央銀行の量的緩和など)。

更に具体的に突き詰めるなら、皆さんが今のそれ程豊かでもない生活の所、更に「2割、3割切り詰めろ」という話になった時、我慢できるか、ということです。多分怒りが爆発するでしょうが、それが世界規模で起きるリスクがあります。為政者が爆発する国民の怒りをコントロールしようとするならば、それは怒りを外敵に向けるしかありません。その兆候は、中国を見ればよく分かるでしょう。

このような流れに至る根本要因を考えるならば、個人主義、その個人主義のとめどもなく増大する物質的欲望、そこに至らしめたプロテスタントの思想、その土台にある一神教…ということになります。えーとあと追加していうと、科学万能主義。

これら(現代人の科学万能主義・個人主義・物質的欲望)の流れは、誰にも変えることができない時代の流れであり、その先には自滅しかないと考えます。それを先日のビデオ取材で、

「人間のレベルではどうしようもない時代の流れ」

と述べました。

聞き手の田野辺さんが「それって神様しかいないって流れですか?」と返して、これを「分かりあえない、理解できない」としましたが、その思考は裏を返せば

「人類は地上の支配者であり、自らの未来も運命も自ら決定できる」

という思考でしょう。少なからぬ日本人もそのような幻想を抱いているかも知れません。

はっきり言いますが、小生はこれは人類の傲慢でバカな思考だと考えます。

科学が進歩したからといって、人類がどれだけ地球のこと、宇宙のこと、そして人間自身のことを分かったのでしょうか?突き詰めれば突き詰める程、謎が深まるし、人間の限界が見えてくるわけなんですけど。大宇宙の中の人類など、人間体内の大腸菌以下でしょう。

しかし現実には、川内原発再稼働とかやってしまうということです。あれだけの原発事故があったにも関わらず。

混迷を深めるばかりの民主主義に加えて、格差が広がるばかりの資本主義。一神教が生み出した近代合理主義・個人主義によるこの二つの制度はお先真っ暗の現状ですが、この延長上に明るい未来展望のある回答を出せる人間は、誰も居ないわけです。

繰り返しになりますが、一生懸命「人間とはなんぞや」「宇宙とはなんぞや」「真理とはなんぞや」「生存の意味合いとは」と突き詰めようとした人間でさえ、善の追求をしながらも、それが最悪の結果をもたらしてしまうわけです。その最悪の結果が出ているにも関わらず、それまでの思考パターンを変えようとしないという。ええ、オウム信者の事ですけど。

そのオウム信者らを嗤っているだけでは、結局同じ轍を踏むだけなんじゃないか、と小生は危惧するわけです。

オウム事件は、一神教というものがどのような過程で過ちを犯すかという教訓を与えてくれるものだと考えます。他者に対する共感・同化という女性原理の視点からオウムを考察するならば、日本人のみならず現代人全ての足元の問題が見えて来るでしょう。しかし、他者を切り捨て断罪する男性原理・勧善懲悪の「バカな信者、バカな教団、憎むべきオウム」という二元論的思考でしか捉えられないならば、オウムと同じく一神教の陥穽にはまるリスクは高まることでしょう。

ぶっちゃけ早い内に痛い目に遭っとけば、300年前のカルト一派が作った超大国アメリカの支配からも早く抜けられるだろう、と思ってるわけで…。

コメント


こんにちは。コメント失礼します。
野田さんはご著書や、ブログなどで一神教と多神教を比較し、
一神教の危険性を様々な観点から指摘されていると思います。
しかし、その点についてはどうも納得できないのです。

多神教の古代世界でも、多神教国家同士の大きな戦争は沢山ありましたよね。
(例えば古代のローマ、ギリシャ、エジプト、その他中東などにおいて。)そして、
戦争に負けた国家の国民を奴隷にしたり、残酷な方法で殺したりしてました。

多神教の神様は戦争の神様や、残酷な神様も多く、
子供を生贄として受ける神様もいました。(モレク、バアル信仰、
ケルトのアミニズム信仰の中などで。)

また古代インドではカースト制度があり、いくら努力しても、
決して埋められない差別によって人が分断されていました。

多神教世界が多様な価値を認め合う、
寛容で慈悲に満ちた世界だとは必ずしも言えないんじゃないでしょうか?

そして一神教については、私は、「どんな神様を信じるか?」
によって内容が全部変わってくると思うんです。
ハードウェア(一神教)が同じでも動くソフト(どの宗教か)
によって全然変わってくると思います。

場合によって人殺しや戦争を肯定するような神を信じていれば人を殺すかもしれないけど、
人殺しを例外なく絶対に否定する神を信じている中では、そもそも人を殺す事はできないと思うんです。

人殺しが罪であるはずのキリスト教徒が、
十字軍で人殺しを行ってきたのは、教皇や、
東ローマ皇帝など権力者が共謀して、戦争に参加すれば免罪符を発行するなどして、勝手に本来のキリストの教えとは違う教えを付け足し、自分の権力欲などの自己正当化の為にキリストへの信仰を全く別なものに変えてしまった事に
原因があるのではないでしょうか。

イエス・キリストの教えが直接的に書かれている福音書の通りに、
「敵を愛せ、人を殺すな」という言葉を本当に信じ、そのイエス・キリストが唯一絶対の神だと信じる限り、人を殺す事は事故を除き、起こりようが無いのではと思います。

整理しますと、私が言いたいのは、

①多神教世界は寛容で慈悲に満ちたすばらしい世界というだけじゃなく、問題が沢山あるのでは?

②一神教というシステムが同じだと全てオウムと同じ自滅の運命を辿るわけではなく、信仰する対象の違いによって結果が違ってくるのでは?

という事です。長い文章失礼しました。

ちょっと誤解しているフシがあるように思うんですが、私の主張要旨は

①一神教と多神教は、一周期12800年で入れ替わる。
②この陰陽転換は、一神教=男性原理、多神教=女性原理に対応
③女性が偉い世の中になれば、男性が偉い世の中より争いは減る
④その社会の例は、縄文時代とか、「太古女性は太陽」だった時代

ということです。そっから逆算したり演繹的に理論こねくり回して書いてます。

ローマギリシャの時代って、少なくとも半周期超えてるわけで、男性原理優位なんです。尤も女性原理の時代でも争いは全くないわけではなく、人殺しもあると思いますよ。

あと多神教国家のギリシャ文明時代と現代を比較して、総人口当たりの殺人という意味で考えるなら、WWⅡ後のこ3四半世紀は相対的に少ないと思います。ただその少なかった反動が出るだろうと考えるわけです。

そもそも神が殺せと人間に命令することは、バガバッドギーターにもありますし、一神教でなくとも生死の問題を取り扱う宗教には不可欠な要素です。

多神教の世界が多様な価値を認められる、というのは、世界が限られているからです。カースト制度も世界を区切る役割をしていました。狭い世界に区切ることにより、全体としての社会秩序の安定があるのです。これを不寛容で慈悲がないと現代人は取るでしょう。

しかし現代の問題の一つは、知識を増やし過ぎることによる不幸ですが、更にその問題自体に気づいていないことも不幸を深めています。例えば仕事などあらゆることをマニュアルという知識に落とし込むことにより、人間はそこで未知の過程で創意工夫するというやりがい・生き甲斐をそがれ、機械部品のように酷使されるだけになります。

こちらの要約としては、回答しようとすると、何からどう説明すればいいか困っているのが現状なのですが、これは、あなたの考えていることと私の考えていることに相当の隔たりがあることを意味します。

整理した①②に対しては

①多神教にしろ一神教にしろ、それぞれのメリットデメリットがある。どちらが素晴らしいという主張ではない。しかしそれぞれの支配が長く続くと、人々はその束縛圧迫故にそこから解放を望むようになる。

②オウムにしろキリスト教にしろイスラム教にしろユダヤ教にしろ、みんな正義のための人殺しをやったんです。それは事故でもなんでもないんです。以下の主張自体が間違っています。正義を信じたから良心の呵責もなく人殺しができたんです。

>イエス・キリストの教えが直接的に書かれている福音書の通りに、 「敵を愛せ、人を殺すな」という言葉を本当に信じ、そのイエス・キリストが唯一絶対の神だと信じる限り、人を殺す事は事故を除き、起こりようが無いのではと思います。

付け加えておきますと、皆さんが今のシステムで本当に幸せだと思っているなら、変化は起こりません。私には、カースト制度同様、一旦貧乏になったら子供も含めてそこから抜け出せない社畜奴隷制度にしか思えないんですが、私の仮説が間違っている可能性もありますからね。

回答ありがとうございます。ようやく理解してきたと思います。

①野田さんが多神教の寛容で慈悲に満ちた世界として想定されてたのは、
縄文時代などの女性が偉いとされていた時代であり、
男が偉かった古代ローマ、ギリシャ時代より古い時代。

②一神教と多神教には双方メリットデメリットがあり、どちらが素晴らしいという事ではなく、
片方の支配が長く続くと不満が溜まって行く。

③一万2千8百年の周期で支配構造が転換していくのではないか?

という事ですね。「一神教支配の終焉」は2回読んだのですが、
野田さんの多神教の捉え方について十分に理解出来ずに誤解してたようです。

しかし、殺人するなと明言している、
イエス・キリストへの信仰から何故、正義の為の殺人が生まれるのか?
そこが分からないです。

信者が一神教の宗教を信じる中において、
殺人が正義だと確信するには、まず、
信者が神が殺人を正義と定めたと認識する理由が必要だと思うんです。

オウムはタントラ・ヴァジラヤーナという教えによって場合によっては、
人を殺す事が正義とされていました。教祖の麻原も命令のなかで直接的に殺人を命令しました。

キリスト教の十字軍は神の代理人とされる教皇が聖地奪還の戦争への参加を呼びかけ、
免罪符を発行して戦争を正義としました。

イスラム教では聖典のコーラン自体に
「多神教徒は見つけ次第、殺してしまうがよい」など、
異教徒の殺害を推奨する教えがあります。
一部の宗教指導者もアラーの名で異教徒の殺害を呼びかけています。

このように聖典、神の代理人(とされるもの)
が殺人を肯定するから、信者が正義だと思って殺人、戦争
が起きるんだと思います。

例外なく殺人を禁じる一神教を信じ、そして、勝手に神の代理人の如く、
教えを修正したり、解釈変えて殺人を肯定するような
事をしなければ信者による正義の殺人は起きないと思います。

例えば、キリスト教について言えば、
権力者による都合の良い、情報操作や圧力
(キリスト教発祥以前から存在する帝国主義、領土拡張主義に対する正当化)
に負けずに、

福音書に登場するイエス・キリストの教えである、
殺人をしない、敵を愛する。という事を純粋に信じる限り、
殺人する理由が無いと思うんです。殺人しない事が正義ですので。

「革命か戦争か」の陰陽論のように一つの正義を追求すると、いずれ信者の中で、
価値観の逆転現象が起きるという事があるにしても、それは逆転して殺人してる時点で、
もうイエスに対する信仰ではなくなっていると思うんです。
裏切りになるのではないでしょうか。

簡単に、まとめますと、

「いかなる場合も殺人を肯定しないというタイプの一神教を信じる中では、
殺人も戦争も起きない。もし、起きたとすれば、それは裏切りで、
その神への信仰ではない」  という事です。

私が何故こんな事を書くかというと、
私は聖書に書かれているイエスの言葉は、寛容で柔和で慈悲深くて救いがあり、
その言葉に希望を見出しているからです。

イエスの福音書の言葉を信じて、
政治権力などの情報操作に惑わされず、陰陽転換せず、
多くの人が純粋に信じ続ける事が出来れば暴走したり殺人、戦争、自滅をせずに
もっと寛容で慈悲深い世界がやってくるように思えるのです。

少なくとも旧約聖書を共有するアブラハムの宗教では、いかなる殺人も否定するというものにはなりません。例えば以下のような記述がいくつかあるからです。

申命記20:16-17「しかし、あなたの神、主が相続地として与えようとしておられる次の国々の民の町では、息のある者をひとりも生かしておいてはならない。すなわち、ヘテ人、エモリ人、カナン人、ぺリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたとおり、必ず聖絶しなければならない。」

また死後の世界での至福を説く宗教では、相対的に現実世界の人間の命を軽んじるケースがどうしても出てきます。

イエスの「汝の敵を愛せよ」は、非常に実践困難です。1万人キリスト教徒がいても、それを実践できる人は、片手に満たないくらいでしょう。そうなるとそれは単に理想・綺麗事のお題目に過ぎず、目の前の敵に当てはめることはできないものなのです。

いずれにせよオウムとアブラハムの宗教の信者がそうなのですから、それが人間(のさが)というものだということです。

追記ですが、宗教実践者含めて大抵の人は宗教に対して間違った理想を抱きますから、指導者はその人達向けに現実とは合致しない綺麗事の理想・大義名分を掲げます。宗教の本質の一つは、自分の幸福と他人の幸福を交換することですが、ほとんどの人は絵にかいた餅で終わります。

その理念を実践に移すなら、究極的には「地獄に堕ちる」ことになるのですが、そんなことは最初から言うと誰も付いてきませんから、本当の事は最後の方になるまで言いません。その実践に至るには、5年10年という期間ではなく、20年、30年、40年と実践してようやくたどり着くかつかないか、という長い道のりですが、どの宗教であれ、ほとんどの信者はそこまで辿り着きません。

すると大多数の理念を実践できない頭でっかちの信者の為に、本質とは違う組織防衛とかをするわけです。これはその本質を実践することが、何十年もかけなければ到達できないものである以上、仕方がないことなのです。

回答どうもありがとうございました。

しかし、申命記20:16-17は旧約聖書ですから、
イエス・キリストを唯一の神と、
信じる者にとっては意味合いがかなり変わってくると思います。

新約聖書のイエスの教えは、「新約」の語源でもある、
エレミヤ書31:31-34 にあるように
「神との新しい契約」という位置付けです。
ですので、もしイエスを信仰するならば、
旧約と新約で矛盾する場合、新約を信じる事が正しいと思います。

ご存知の通りだと思いますが、
福音書の中のイエスは、旧約聖書を唯一の聖典とする
律法学者、祭司長などと度々衝突しており、
律法学者や祭司長はイエスを捉えて殺す事計画も作っていて、
決定的に対立していました。

旧約、新約聖書の中においても対立、矛盾が現れています。
旧約の申命記19:21や出エジプト記21:24~25においては、
神の命令として「目には目を持って報いなければならない」
と書かれていますが、新訳では、

「『目には目を、歯には歯を。』と言われたのを,あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。 悪い者に手向かってはいけません。 あなたの右の頬を打つような者には,左の頬も向けなさい。」
(マタイの福音書5:38~39)

と矛盾しています。しかし、新約を信じるのがキリスト教徒の態度だと思います。
戦争についても、旧約で神が肯定していても、
イエスは人を殺すな、敵を愛せと言っている時点で否定してると思います。

ですので要するに、
「イエスを信仰するなら、旧約と矛盾がある場合は、新約を信じる」
事になると思います。

>イエスの「汝の敵を愛せよ」は、非常に実践困難です。1万人キリスト教徒がいても、
>それを実践できる人は、片手に満たないくらいでしょう。
>そうなるとそれは単に理想・綺麗事のお題目に過ぎず、目の前の敵に当てはめることはで>きないものなのです。

その通りだと思います。私も全然実践など全く出来てないですが、
(野田さんはブログ読む限り、かなり実践されてると思います。)

私は一神教への信仰によって、殺人、戦争、または自滅する事はあるが、
少なくとも福音書に基づくイエス・キリストへの信仰は例外じゃないかと思うという事です。そして1万人の内、片手に満たない程度でも居れば絶対不可能な教えという訳ではないですし、失敗しても悔い改めながら信仰を続けて努力すれば少しは理想に近づけるのではないかと希望を持ってます。

人間が成熟するその前に人間の概念や宗教の意義を悪い意味で覆す技術的特異点が達成された社会が出現しそうな肝?

>イエス・キリストを唯一の神と、
>信じる者にとっては意味合いが

この辺でもうかなりぶっ飛んでる。

熱心で敬虔なクリスチャンというのはわかるが、
要するに「イエスを信じれば救われると思うんです」
と言ってるようにしか見えない。

ヤマヒロシさんへ


ヤマヒロシさんが平安に到達しますように

ヤマヒロシさんってキリスト教徒ですか?

>この辺でもうかなりぶっ飛んでる。

>熱心で敬虔なクリスチャンというのはわかるが、
>要するに「イエスを信じれば救われると思うんです」
>と言ってるようにしか見えない。

私が一番言いたいのはそういう事ではなく、
私は野田さんの2冊の著書やブログを読んで、
納得できる事の方が多いですが、一神教が暴走し自滅するという主張に対して、
疑問があったので、意見を投稿したんです。

全ての一神教について知らないですが、論理的に考えると、少なくとも、
「福音書に登場するイエス・キリストを唯一の神とする信仰は、例外であり、
暴走も自滅もしないのではないか?」 という事が私の主張です。
(十字軍などありましたが、戦争、殺人してる時点で信仰ではなく神への裏切り。)

ヤマヒロシさんへ

ヒロシさんの主張は、宗教家の決まり文句なんですよ。それ反則技。

いいですか?例えば僕が創価学会入って幸せになれなかったら、学会員はこのように述べます、「教えは完璧なのですがあなたが実践していないから幸せになれないのです」と。

これはどの宗教でも必ず利用される論理です。この「ちゃんと実践していないから」という言い分を使うと、全ての宗教はある意味で完璧になります。

テロを起こすイスラム過激派も「イスラムの教えは完璧だが過激派はちゃんと実践していない」という風に処理されます。この手の論理は非常に卑怯なんですよね。

「ちゃんと実践できないような教えはその本人にとって意味が無い」という考え方をした方が建設的じゃないでしょうかね。「聖書を学んだはずなのになんでブッシュは聖書を片手にイラク戦争を開戦したのか」と。「ちゃんと実践できなかった原因は何か」と。「もっと彼にはこのように実践させれば良かったのではないか」と。

意味分かりますかね?

>宗教の本質の一つは、自分の幸福と他人の幸福を交換することですが、
??
宗教の本質のひとつは、自分の幸福と他人の不幸を交換することですが、
??

五行様

>宗教の本質のひとつは、自分の幸福と他人の不幸を交換することです

あ、はい、失礼しました、間違えました、ご指摘の通りで訂正させて頂きます。

ミッキーさんへ

ミッキーさん返事どうもありがとうございます。

私は、ただ純粋に論理的に考えてるつもりです。

>いいですか?例えば僕が創価学会入って幸せになれなかったら、学会員はこのように述べます、「教えは完璧な
>のですがあなたが実践していないから幸せになれないのです」と。
>これはどの宗教でも必ず利用される論理です。この「ちゃんと実践していないから」という言い分を使うと、
>全ての宗教はある意味で完璧になります。

「幸せになる事」と「人を殺さない事」とは全く違うと思います。
よっぽどの極限状態に置かれない限り人を故意に殺さないという事は、
そんなに難しい事じゃないと思います。

そして
「ちゃんと実践すると殺人する一神教」と、
「ちゃんと実践すると殺人しない一神教」があるのではないかと思います。

オウムは麻原の教えをちゃんと実践したから信者の人が殺人したんですよね?
逆にイエスの教えをちゃんと実践したら人を殺せないですよね?

オウム信者の人の麻原信仰の実践のように、イエスの教えを真面目に実践するならば、
人を殺したりしないと思います。
要するに安全なタイプの一神教もあるという事です。

>「聖書を学んだはずなのになんでブッシュは聖書を片手にイラク戦争を開戦したのか」と。
>「ちゃんと実践できなかった原因は何か」と。
>「もっと彼にはこのように実践させれば良かったのではないか」と。

ブッシュなど聖書を学んでもちゃんと実践できずに人殺しや戦争する人は沢山居ます。
そういう人をどうすれば良いかという事については、
少なくとも、一神教、キリスト教を諸悪の根源として批判するのは本末転倒になってると思います。
むしろキリストの教えをちゃんと実践出来ない事に原因があるわけですから。

そして例え、一神教が自滅して無くなっても、殺人や戦争が少ない寛容な社会が来る事は無いと思います。
キリスト教が生まれるずっと前、約6千年前の多神教メソポタミアの時代から戦争しまくってたわけですから。

そして現代は水爆や化学兵器や生物兵器などありますから、キリスト教国の政府における建前上の信仰すらなければ、もっと大量虐殺、大戦争やりたい放題の無茶苦茶な世界になると思います。

> むしろキリストの教えをちゃんと実践出来ない事に原因があるわけですから。

そうそう、その発想が大切だと思いますね。

教えだけが問題でもなく、実践できなかった本人だけが問題でもなく、問題の原因は複合的で、その原因の追求には大きな価値があると思います。

野田さんは聞き手に分かりやすく、教えの部分に注目して原因追求を試みていると僕は思いますが、クリスチャン当事者がもっと細かく更なる他の原因を追求するというのは当然でしょうね。



傍観者の皆さんへ

いいですか~?これは皆が教団時代に積んだカルマの返りですよ~(笑)。

凄いめんどくさいよね。うちらってこういう面倒くさい奴らだったわけ。

主な宗教は、何千年前に、その時代のその地域の人達にはわかるようなレベルで説かれたものです。
例えばオバマ大統領が南北戦争時代にタイムスリップして政治理念をといても、全く理解してもらえないでしょう。
人類は進歩していますから、インダス文明、ローマ帝国など、その時代ではもっとも進んでいた人達といえども、現代人からみれさまばはるかに民度が低いです。
それに加え、根本の教えは素晴らしいのに、後世の捏造、誤解がかなり加わっています。
宗教はそのようなものなのに、まるまる、現代人に当てはまるものと考えて盲信するのが悪いとおもいます。
中学生には中学のカリキュラムが必要なように、そのレベルにある人が宗教を学ぶ、そして必要なくなったら卒業していき、もっと良いものを求める。そういうのが、ちょうど良い宗教のあり方だとおもいます。
無宗教でも、人を自然におもいやれるひとも存在します。河野義行さんのような方ですね。
宗教を学んで教訓をものにしたら卒業する、そしてみんなが宗教なしでもお互いおもいやれるようになるのが、理想だとおもいます。

私は、チベット仏教と、中観派を勉強しましたが、仏教は素晴らしいが疑問点が少なくなく、シルバーバーチ、カルデックなどのスピリチュアリズムを勉強してやっと納得がいきました。
オウムに関しては、元信者が指摘している問題だけでなく、低級霊の憑依が大きく関わっているのではないかとかんがえます。麻原氏に憑依して力を貸しており、あれだけのことができたのではないかとおもいます。ヒトラーも、数多くの暗殺計画を何度も奇跡的にかわしましたよね。
また、岡崎一明さん、土谷正実さん、林郁夫さんなど、事件のキーマンとなった人物には、子供の頃、または修行と言えるほどのものではなく、試しにやってみましたレベルの段階で明らかな神秘体験があったそうですから、彼らにはもともと霊媒体質があり、その時点での心がけが良くなくて低級霊を惹きつけてしまったのではないでしょうか。
林さんと一緒に働いていた医師の話を聞いたことがありますが、人格も腕も素晴らしかったそうで、それに比べて向井千秋さんときたら、、と言っていました。心臓外科の名医とうたわれるのは本当に困難なことで、もともとの心がけは素晴らしい方であっただろうとおもいます。盲信やマインドコントロールだけで道を踏み外すとは思えません。

ミッキーさんへ

>そうそう、その発想が大切だと思いますね。
>教えだけが問題でもなく、実践できなかった本人だけが問題でもなく、問題の原因は複合的で、その原因の追求には大きな価値があると思います。

いや、全然違いますよ。その話に則して言うなれば、
教えには何の問題も無いが、実践できない個人が問題だとずっと言ってるわけですよ。

それについて、
オウムは殺人を例外的に認める教えがあり教え自体が問題ですから、
同一視するのは無理がありすぎる。
(オウムは生まれてすぐ自滅されてる時点で全然違いますけど。)

後、めんどくさいなら別に返事しなくて良いんじゃないですか?
自分で返事書いてそれをめんどくさいとか言われてもねえ。自意識過剰なんじゃないですか?

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