元オウム教団幹部 野田成人のブログ

★唯一人の荒らしの為にコメントは承認制になります★ 累積賠償額987万円

HOMEPR 都市難民 住宅ローン 経済 ニュース イスラム国 幸福・功徳 陰陽 オウム関連 団体存続 雑多 きまぐれ

 最後のオウム裁判に絡んで、イスラム過激派のテロについて述べています。小生なりのオウム事件の謝罪・反省・総括という意味で、「テロの根絶」という視点で考察しています。前回の結論を繰り返しますと、「テロの根絶は無理です」。理由は、イスラム側はここ一世紀に渡り、欧米側の侵略を受けてきた、と考えているからです(前回半世紀としましたがオスマントルコ崩壊以降の植民地時代も含めると1世紀)。対イスラム国空爆も続いている以上、絶対無理でしょう。むしろ小生は、「テロぐらいで済めばまだいいんじゃないの…」と懸念します。

 懸念する背景は、一神教同士の争いになる可能性があるからです。イスラム教はアラーの神を掲げる一神教ですが、欧米側の思想背景であるキリスト教も一神教です。オウム事件の教訓・総括として小生が考察したのは、一神教は最後は暴走して自滅する、ということ。

 一神教は、その正義の追求と実現のために、直線的に拡大・発展しようとする性質があります。その過程で、外側もしくは内側に敵を見出して戦いを挑むことになります。オウムのテロは、欲望に満ちた物質社会を悪とみなして戦いを挑んだわけです。

 グローバル資本主義や民主主義という錦の御旗を掲げた欧米至上主義は、地球を席巻しようとしています。キリスト教を背景にした近代合理主義の拡大が、イスラム圏と文明の衝突を起こすわけです。今回の「表現の自由」に関する争いも、そこに該当。

 「表現の自由」と「宗教への冒涜」を巡る争いは、更に広がりつつあります。シャルリー紙が、事件後も預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことに対し、パキスタン等のイスラム圏で、これに抗議するデモが起こりました。イスラム圏と欧米の心情的対立は、ますます深まりつつあります。

 しかしキリスト教とイスラム教は、元を辿れば、同じ旧約聖書を聖典とし、同じくアブラハムを最初の預言者とし、旧約聖書における同じ創造の神を唯一神としています。あたかも兄弟宗教のような関係です。ユダヤ教も合わせて、「アブラハムの宗教」と呼ばれます。同じ神、同じ聖典、同じ預言者に遡る宗教同士がいがみ合っているところは、まさに一神教そのもの。

 このキリスト教vsイスラム教という一神教同士の争いは、物質主義vs精神主義という対立の様相を呈している--そのように考えてよいでしょう。キリスト教が物質主義に陥った過程としては、一つには政教分離を行ったことが大きいです。政教分離を行う以前は、キリスト教も一神教ですから、ひたすら正義を追及して争いを続けていました。近代以前のヨーロッパ史では、30年戦争とか80年戦争とか長期に渡る宗教戦争を、各地で延々と繰り広げてきました。カトリックvsプロテスタントだの、教皇権と世俗の王権が争ったりとか。

 何百年かそういう不毛な争いを続けて疲弊した挙句、出した結論が「政教分離」。とにかく政治に宗教を持ち込むと争いになるから、宗教は私的領域に留めることにしよう、と。その上で、神との契約をカトリック教会から個人の内面に取り戻したプロテスタントが、神への義務として金儲けをやる。それが今のグローバル資本主義の発展につながっているんですが、詳しくは「一神教支配の終焉」もしくは「プロ倫」関係書籍を参照下さい。

 いかなる価値観であれ、それが広まっていく過程で相(あい)対立する概念も台頭します。グローバル資本主義という物質主義も、拡大する過程でイスラム原理主義という精神主義者を生み出し、貧困・格差等の問題が大きくなる過程でグローバル資本主義に疑問を持ち、精神主義に走る者が出現します。日本においても、経済成長が見込めない閉塞感に満ちた状況で、若者は高度経済成長期やバブル期で夢を見てきた親の世代とは違う価値観を持ちつつあります。欧米の若者がイスラム国に走るのは、四半世紀前バブル期の日本に疑問を感じた若者がオウムに集ったのと、同じ構図があります。

 このイスラム教vsキリスト教の対立も、イスラム国や今回の表現の自由だけの問題に留まるなら、単なるテロの複数形で終わるでしょう。「テロで済めばいいね」と小生が懸念するのは、欧米側における金融の問題があるからです。サブプライム・リーマンショック以前より拙ブログもその問題を指摘し続けてきましたが、資本主義自体が抱える構造的問題は、昨今誰の目にも明らかになりつつあります。アベノミクス・日銀バズーカ砲で史上最低金利が続く日本ですが、国債バブルが弾けた暁には、国際金融市場が大混乱に陥るリスクがあります。経済が大混乱に陥った時に、一神教同士の感情的蓄積がどう解放されるか。オウム事件や今回のテロどころか、イスラム国すら可愛いく見える程の惨状が繰り広げられるリスクがあります。これが小生の「今更ハルマゲドン」説です。

 ところでキリスト教vsイスラム教は、同じアブラハムの宗教という兄弟宗教間での争いである旨、記しました。拙ブログ読者でなくとも、麻原長男がアレフ教団に提訴したという争いは聞いているかも知れません。既に記事にした内容ですが、かつて教団において「救世主」扱いされた麻原三女が、今は麻原妻と次男を後ろ盾とする二宮正悟師ら幹部から悪魔扱いを受け、三女の腹心だった中堅幹部が除名等の排斥を受ける事態に至っています。

 一神教は、誰かを悪と見なすことにより、自らが正義である為の足場を固めるようなところがあります。10年前の分裂騒動において、上祐氏や小生を追い出した幹部が、今度は追い出されるという有り様。今は追い出す側である二宮君や荒木君も、恐らく10年以内にはそのどちらか、あるいは両方が追い出される側になることは間違いないでしょう。そもそもあの面倒見の悪い母親が、次男とうまくいく訳がありません。次男が投げ出すか、もしくは母親と仲違いした次男が母親の腹心を追い出すか、どちらかの結果になるでしょう。

 このようなアレフの内部分裂は、傍目には馬鹿げた権力争いにしか映らないでしょう。しかしながら小生には、同じ唯一神、預言者、聖典を共有しながら争っているアブラハムの宗教も、オウムと相似形であるように映ります。そのタイムスケールが長く規模が大きい分だけ、地球人類に与える影響は、オウムと比較になりません。どっぷり欧米の価値観に染まっている日本人が、オウムを嗤えるか、という問題です。

 「一神教の暴走と自滅」はあくまで小生の仮説に過ぎません。オウム側のみならず社会の側からも顰蹙を買うかもしれない、そのような仮説をブログ上で展開する理由は、オウム事件の反省からでもあります。「おかしい」と思ったことに声を上げず行動にも反映させなかった結果、教団の暴走を許しめ事件に至らしめてしまったという反省です。

 上記背景理論には、拙ブログの核心部分である「陰陽転換」があります。世の中の支配原理が、男性原理から女性原理に移行するということですが、気が向いたら次回書いてみます。

(1/20昼稿了、その後人質ニュースが入ってきたのでタイトルの辺だけちょこっと変更)

コメント


大きな転換期


陰陽転換に関しては

個人レベルにおいても、地球人類レベルにおいても

「わの舞」の千賀さんの本

「タオ・コード」

「タオの法則」

「ガイアの法則Ⅰ・Ⅱ」が非常に示唆に富んでいます。


「わの舞 DVD」
https://www.youtube.com/watch?v=V7h0jtjwia0

「わの舞 新刊DVD-楽園の舞」
https://www.youtube.com/watch?v=MjSENSJSyGo


tZdvIO.wさんはいま生きていますが

tZdvIO.wさんが努力しようとしまいと

tZdvIO.wさんはいつか必ず死にます。

生じたものは滅します。

陰は陽に転じ

陽は陰に転じます。


ようするに、悪業を積むっていうのは
その魂が、まだまだ未熟だってことでしょう。
ダイジが言ってたよ。「俺はこれだけやった。だけど、むなしい」
そう気づいたとき、修行に向かうんだと。

お釈迦さんが、そうでしょう。
あらゆるこの世の快楽ってものを享受していたわけでしょう。
一国の王子で、若さがあり、最高の美女の奥さんと、かわいい息子
富、権力、名声。。

しかし何かがおかしい。だって、最期は結局死ぬじゃないか。

わたしのような凡夫は、目の前にあることを一生懸命にやること。
それしかないじゃないでしょうか。
みんなそうですよ。それは悪業だからやめろ。
と言ったところで止めないのが未熟さゆえなんですよ。

エッチな本読むな、と言われて14歳の男からエロ本取り上げるようなものでしょう。
俺はこんなに「抜いた」だけど虚しい。
そう思ったときが、チャンスですよ。
人それぞれ機が熟するまでには、長ーい道のりがあるんでしょう。

ヴァンギーも彼女つくればいいんですよ。
お釈迦様の真似するなんて、三アサンキャ十万カルパ早いんだって。

エネルギーの浪費なんだよ。ほんとに虚しいと思ってから
禁欲するんじゃないと、あの世で酒池肉林路線ですよ。

ようは女を避けてるだけだと、離れられないんですよ。
ギター弾いて、女性に愛を奏でると。

スナフキンのような、渋いおっさんになって、苦しんでいる女性を救済すると。
そして、相手が望むならキスしたりすればいいじゃん。

誰も文句言わないよ。お釈迦様ってなさってたことです。




お釈迦様は、キスするまでもなく
苦しんでいる者を歓喜状態になさったんですよ。

子供を失い嘆き悲しむ母にも歓喜を授けたんです。
そういう段階じゃないでしょう。われわれは。

せっかくギターも上手で、そこそこのルックスで、若い女性が求めてくるなら
愛の音楽を奏でると。
その先はあなたがた次第ですと。

ただ、やって捨てるという誰かさんみたいなのは最悪ですね。
この女となら死んでもいい。そう思った時
神の領域に入るんでしょう。

わたしは、そんな経験ありません。ダイジやキリストじゃないんで。
ただ性欲解消のためにやるっていうのはダメなことは明白ですね。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

キリスト教って一神教ですか??
イスラム過激派vs先進緒国じゃないでしょうか?

「逃げよ、逃げよ、すべてのジュネーブから逃げ出せ」
ってスイスフランショックのことだったんでしょうかね。
やっぱりこの後は金融崩壊・通貨リセットが来るのか。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ヨーロッパニズム

>イスラム過激派vs先進緒国じゃないでしょうか?

ヨーロッパニズムかなあ?!
そもそもヨーロッパ人の思考法が、どうしても馴染みません。



フランスのオランド首相が、キリスト教以外の宗教について
学校教育で生徒たちに教える方針を決めたというニュースをラジオで聴きました。
これはいいことです。
国際化社会においては、他宗教についての理解が大事だと思いました。
フランスは、臨済正宗のティクナットハン禅師や、チベット仏教のソギャル・リンポチェを受け入れた国ですから、そういう前向きな方針を打ち立てられたんでしょう。
無理解から邪悪心が生じ、そして自由の名のもと邪悪心によって表現すると。
こういうことはなくしていかないといけません。


イスラム国による日本人拉致事件もイスラム教に対する無理解が根底にあります。
わたしもそうです。
イスラム教の人たちも、根本的には仏教やキリスト教の人たちと同じです。
みな苦しみから解放されたいというのは同じです。

安倍さんのことをあまりよく思っていませんでしたが、今回の事件の被害者を
解放するために力を注がれていることに感動しました。
先の首相のK泉が、香田証生を見殺しにしたので
今回もきっとそうなるんじゃないかと決めつけていました。
人は、悪だと思っていても次の瞬間善をその人に見ることがあります。
だから、邪悪心に囚われて攻撃するというのは、愚かなことです。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

いつものことですが、コメント欄だけを見ると、野田さんと同じ目線に立ててる人がほとんどいないようで悲しいですね…。

それは置いておき、テロで済むか否かの問題ですが、イスラム国等の過激派が核を持つ可能性を考えると、ちょっと怖いですね。

これは確か上祐さんも指摘していたと記憶しています。

特に、テロリストが核を発射した場所が、イスラム以外の国だった場合、反撃はどうすんの?って疑問があります。

いずれにしても、核を使われると、中東発の第三次世界大戦に繋がるでしょうね。朗報なのは、北米のシェールガスの件からも、石油関連が紛争の原因となる可能性はほとんどなくなってきたかもしれません。

ところで、欧米の支配について、少し発想の逆転をしてみませんか?

例えば、野田さんは日頃、ろくでなしと付き合ってますね。

しかし世界を見ると、それ以下の人々、例えば殺人や強盗、誘拐や強姦などを日常的に為す人々が、途上国などを中心に数多く生じています。

アジアやアフリカには、物質的環境が整っていない為でしょう。

ヴィヴェーカーナンダも、インドの貧困を、欧米の物質文明によって解決できると考えたようですが、

一神教というか、欧米の支配というのはその点、物質的に整備されていて、教育にしても、治安にしても、法にしても、優れているわけです。

ではもし、「とにかく自分だけ楽して生きたいから盗みも殺しもやってしまおう」などと平然と考える人々が割と多いスラム街などを、少しでもマシにするとしたら、どうしたらよいでしょうか。

お金をポンと渡す。するとどうなるか。野田さんがよくご存知ですね。すぐに使い果たしてしまうでしょう。

そこで、NGOなどはこう考えます、「彼らにお金だけを渡すのではなく、仕事を与えよう」と。

こうして、「会社に行って働きましょう」だとか、「家族を養いましょう」だとか、「最低限、水道や電気、ガスを使える住環境にしましょう」といった観念の植え付けが始まり、

国の成長に従ってそれは「テレビや洗濯機、自動車を持ちましょう」だとか、「健康保険に加入しましょう、年金を払いましょう」といった観念の植え付けに変わっていきます。

そうしないと、堕落したり、犯罪に走ったりする人が出てくる可能性があるからです。

これが、平和ボケした日本人には、「フリーメーソンの陰謀で我々を無知化しようとしている」と映るわけですね。

東洋の思想には、西洋の素晴らしさを理解できないというデメリットがあります。

確かに欧米の支配は終わろうとしていますが、東洋はそれ以前に衰退していたという歴史的事実を直視する必要があると思います。

この現象界で物理的な発展が無ければ、すぐに滅びます。インディアン、チベット、アイヌなど、精神文明ばかり重視した民族の成れの果てを見ればそれは明らかです。

オウムも確実に滅ぶでしょうね。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ヴァンちゃん

滅ぶよ教団は。

教祖自身も高弟には言ってたからね、「ある時、私の名前が世界に広がる、そして教団は終わりなんだ」って。

教団の教えってさ、「全力で~」とか、明らかにアレ、滅びまっしぐらでしょう。

教団を維持しようという気がほとんど感じられない。それをやると魔境扱いされるからねぇ。

今、奥さんと正悟師が教団維持に尽力してるけど、仮に次男坊が継いでも、その時までには相当数の脱会があるでしょう。

でも、滅びるは言い過ぎかな、ごめん。

ありのままをとらえるのは難しい。
何かわからないものに出会うと、自分の知っている何かに当てはめたい。その方が安心だから。得体の知れない存在は不安ですよね?自己防衛ですから当たり前ですが…。
ただ、考察をやめるのは怠惰だと思います。

フロイトはヒステリーや精神病の研究から、当時の論文に゛間もなく人間は根源的な問題に直面する時代が来るだろう″と書いていました。生きる事、生まれた事それ自体に疑問を持つと…。まさに、ですね。しかし、日本は先端の学問を取り入れるのが遅い国です。超越至上主義のもと、医学や化学やらめざましい発展をしていますが…、確かに心の問題だけは戦後という感じなんでしょうか?
仏教聖典の数々、医学や化学、科学、心理学、脳科学、数学、物理学にも通じるものがあって素晴らしいですね。諦めずに勉強してください。

ヨーロッパニズムって何??

日本のイスラム教団体の代表が、イスラム国の日本人人質事件に対して
抗議しましたね。
日本政府は、欧米諸国の圧力にも関わらず、パレスチナに支援してきた。
そして、日本人はイスラム教徒に対しいやがらせをしたりしない。
人質を殺すことは、コーランの教えに反している。
即刻、無条件に人質を解放せよと。
わたしも同意です。

かつて、日本人の一ボランティアがイスラム過激派に殺された時
日本の外務省は「自己責任」と切り捨てました。
そんななか、ただ一人哀悼の意を述べられたのが
今の天皇陛下でした。




管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

チベット仏教の言葉を間違って広めてはいけないと思う。
人質解放とオウム用語を関連付けるのは論理展開上、飛躍である。

ヨーロッパニズムって

ヨーロッパの価値中心主義ですが、根底にあるのは「理性」主義および「合理」主義であろうと思います。
人間理解が私たちとは違います。
とかく東洋的な思想は清濁併せのむ形での人間理解をします。
しかし、ヨーロッパ人が「人格」をいうときは、自己の内の理性的な人間像を意味しています。
私にとって西洋思想の根底にある形式論理学は冷たい理論形式です。

またヨーロッパでは森を切り開いて都市をつくることで発展してきました。
自然を征服することで文明を成り立たせてきました。
ですから、自然と調和するような一体感がありません。

アメリカ合衆国はヨーロッパ文明をそのまま移植した感じになっているのはいうまでもありません。

私もそう思いますが・・・

>チベット仏教の言葉を間違って広めてはいけないと思う。
>人質解放とオウム用語を関連付けるのは論理展開上、飛躍である。

私もそう思うのですが、思想や哲学についてはちゃんと批判して超克するのでなければ、そのようなものはいつまでもダブついて中途半端に使用され、利用されます。
だから、私はちゃんと「批判」する必要があることを説いています。
これは元オウム信徒でなければできないことです。
自己批判をもってせねばならないのです。
ところが、ひかりの輪も「否定」「封印」するのみで、批判して乗り越えていません。

思想が人格形成に大きく携わった時、その思想が否定されることは「人格」を否定するがごとくに受け取られることがあります。
それは思想が人格面に及ぼす影響からは仕方ないことです。
しかし、人格は批判すべきではないにしても、思想はちゃんと批判されてこそ次の段階があります。
だから、私は「自己批判をもって」と言うのですが、それは人格否定や人格批判ではなく、その思想を通ったものが人格的に大きく影響を受けていることは当然であるから「自己批判」という操作がやむを得ないのです。

しかし、誰かがちゃんとやらねば、一度表面化された思想は絶対に中途半端に使用され利用されます。
きちんと批判して乗り越えることができるのは、今のところ上祐さんしかいないのではないかと思っています。
「ひかりの輪」がそれをしないから、いつまでも世間はそのもどかしさから脱却できないでいます。


人間の人格は昨日今日で出来上がりません。西洋的で申し訳ないが、生まれてから死ぬまで形成し続けています。遺伝子にデータを刻むように。あなたが感動したことや出会った人や事柄、親や学校の事、幼少期、赤ん坊の頃の事、脳は忘れないそうです。自己批判は必要でしょうが、どうしても立ち向かえない壁を持つ人たちもいます。向き合うと辛すぎるからできないのです。批判ばかりが大切なのではない。時には自分の想念を認めてあげる事、自分を肯定的にとらえる事も大切だと思いますよ。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

なるほど

>自己批判は必要でしょうが、どうしても立ち向かえない壁を持つ人たちもいます。向き合うと辛すぎるからできないのです。批判ばかりが大切なのではない。時には自分の想念を認めてあげる事、自分を肯定的にとらえる事も大切だと思いますよ。

確かに言えている。
やはり、できる人は限られている。
誰もが道を作れるわけではないから。

そういったことは、上祐さんでしかできないのですよ。

私も恩師を批判せねばならない状況がありましてね。
聖書は憎む者に石を投げるな!ということは書いてあっても、
愛する者に石を投げねばならない苦しみを書いてはいません。
だから泣きながら石を投げました。
それができるのは限られた人だけで十分です。

上祐さんは存じあげませんが、誰でもできると思いますよ。
苦しいとは思いますが。

マークさん

上祐さんは大乗の道を歩みだしたので、自身の言動が決して世間の価値観から逸脱しないということが前提となっていますよね。

そのようなベースで為される自己批判には、どうしても限界があるんじゃないでしょうかね。常に世間の顔色を見ながら話さないといけないわけですから。

ちなみに私は苫米地さんの見解が好きですよ。

野田さんの著書の巻末だったと思います、「教団の中身云々が間違っていたとは思わない、山の中でやっていれば良かったのに、山から下りてきたことが問題」みたいなことを、確か。

大乗というのはあくまでも自己修行が中心なのに、それを実質的な救済活動にしてしまったことが最大の誤りだと私は思ってますね。

人間世界には人間世界にベストなリードというものがある。仏教なんてものは一部のマニアにしか適さない。

人間は、働いて、家族を養って、阿修羅や天へと転生するのがベスト。人間に仏教を説いたらむしろ悪業でしょう。「準備のできていない者に空の教えを説いてはならない」っていうのと似たようなものじゃないでしょうかね。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

不謹慎だと読んでて思いました。
喧嘩になるのだし、戦争になるのだし、問題多いし、宗教なんか無くてもいいとさえ思います。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ミッキーさん

コメントありがとうございます。

>上祐さんは大乗の道を歩みだしたので、自身の言動が決して世間の価値観から逸脱しないということが前提となっていますよね。
>そのようなベースで為される自己批判には、どうしても限界があるんじゃないでしょうかね。常に世間の顔色を見ながら話さないといけないわけですから。

この世にあって団体として存立する以上は、社会的実体としての義務があります。
あれだけの事件を起こしてしまったのですから、「ひかりの輪」にはすべきことがあります。
その「すべきこと」をしていない「もどかしさ」が、それならば「ひかりの輪」は存在すべきではないという価値判断に世間が傾いたとしても文句はいえないでしょう。

私はひかりの輪が誠実に歩もうとしているのだろうと理解していますが、一方で重要な責任を果たしていないと考えています。
被害者への賠償責任も重要ですが、それをする前提としてちゃんと麻原が撒き散らした思想の断罪と処分です。
それをしなければ、被害者や遺族の方々は可哀想です。
いまでも麻原を尊師と語り、「世間は認めないが麻原の思想は正しかった。」などと言えてしまう人たちが後を絶ちません。
つらいかもしれませんが、麻原批判をやって「思想を葬る」ことをしないと、まだ亡霊のように思想がこの世に彷徨いつづけてしまいます。
思想はちゃんと弔う必要があります。
このとき「弔い」とは、否定でも封印でもなく、ちゃんとした批判です。
それをせずに、ただ「まじめにやっています。」は通りません。
公安の方々が観察保護を外せないのも理解できます。
麻原が撒き散らした思想の断罪と処分というのはそういう意味です。
ただ、これをできる人は、おそらく上祐さんだけです。
「弔う」役割を果たせるのは、喪主となれる人物のみです。

>野田さんの著書の巻末だったと思います、「教団の中身云々が間違っていたとは思わない、山の中でやっていれば良かったのに、山から下りてきたことが問題」みたいなことを、確か。


これは正しいと思います。
内的な意志における「善」が対象とするものは、内的な意志における目的、時、場所、状況が想定されています。
でも、それが外的な行為となるとき、外的行為においては内的意志とは違った目的、時、場所、状況が関係してきます。
ですから、内的意志における「善」は、たとえそれが外的行為の動機の一翼を担うとしても、それがそのまま外的行為の<善>とはならないのです。
つまり、山を下りたらちゃんと外的行為の<善>がもつところの目的、時、場所、状況において外的行為は展開されねばならいのです。


マークさん

なるほど、社会的責任というものですね。

この業界でそういった硬派な発想をする人は本当に少ない。野田さんみたいなタイプですね。

ただ、実質的な話をすると、ちょっと難しいのは、そもそもオウムに思想があるという認識すら世間にはない。

オウムは異常者集団という漠然としたイメージを持っていたり、若い人は一連の事件のことも知らなかったりしますから、

そこに「麻原の思想はこの辺が間違っていて」といった批判を真摯にしても、ほとんど見向きもされないでしょう。

メディアがオウムを狂人のように扱ったので、マークさんの仰る「思想の弔い」という行為をする意味が世間には分からないでしょうし、興味も持たれないと思います。

遺族や被害者はそれよりもさっさと全額賠償して解散して欲しいはずです。

この、実質的な部分を度外視したとして、思想の弔いをすることができるのは、果たして上祐さんなのかという疑問が私にはありますね。

麻原彰晃という人物が及ぼした影響力を失わせる為には、その本人が行使したエネルギーと同等かそれ以上の量を伴わせる必要があると思いますね。

上祐さんって、ちょっと口先だけな部分あるんですよ。重みが少し足りてない。カリスマ性は少しありますが、麻原彰晃の思想を吹き飛ばすほどの器ではないでしょう。

それができるのは、例えばヒトラーだとか、そういった強烈な影響力、支配力を持つ人物でしょうね。良くも悪くも歴史に名を残すような、強烈な。

ミッキーさん

ミッキーさんのおっしゃること、よくわかります。

ありがたいです。

>メディアがオウムを狂人のように扱ったので、マークさんの仰る「思想の弔い」という行為をする意味が世間には分からないでしょうし、興味も持たれないと思います。

この部分が果たしてどうなのか。
「思想の弔い」の意味があるか否か。




イスラム国の首謀者が見えない。
いるんでしょうけど、表に出てこない。

それと、イスラム教の精神的指導者もはっきりしない。
ちゃんとした指導者がいないのも、このような暴挙を許す原因じゃないでしょうか。
勢いがあるので、生半可なことでは止められないでしょう。

あと、イスラム国に従う一般人が背後にいるので、単純に空爆するわけにはいきません。
イスラム国に従わないものは、死を突き付けられます。
見せしめ的なやり方をしてるようです。
ホモ、ドラッグ使用人も殺されるそうです。

さて、オウムの弔いをするには、修行するしかないでしょう。
ヒットラーなどのカリスマなんて必用ありません。
そういうカリスマを求める心の働きそのものを観察する必要があります。

ぼくは修行してないとギターを抱いた長老に言われましたが(笑)
修行と言うのは人から言われてするようなものじゃないと思います。
社会生活はしつつも、自分の心の働きを良く観察するのが大事だと思います。

仕事でも修行になると思います。やりたくないことでも
他の利益になることは良いことだという想いですると修行になると思います。
オウムは、他者の利益を考えなかったことが往々にしてありました。
救済の名のもとにそれをやった。

自分の心を観察することになれてくると、だんだん悪い心を持たなくなってきます。
悪い心を持ったとしても、「これはいかんな」という判断ができてくるんじゃないでしょうか。
それを続けていくと、オウム事件のようなあるいはテロリズムのようなことは起こりえないと思います。

イスラム国のある人は、家族や友人をアメリカやその他の軍に殺された人もいます。
そういう人が復讐する気持も理解しないといけません。
彼らの怒り悲しみはものすごいのです。

自分の心を良く観察することは、他者の心を理解する訓練にもなるんじゃないでしょうか。
お釈迦さまも心を観察する瞑想を伝授されていたと思います。

オウム思想を弔うには、修行するしかないというのが正解でしょう。


管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

元信者さん

マークさんはね、弔うという言葉の中に、社会的な影響云々の意味を含めて仰ってるわけ。

オウム関係者なんて、よくもまぁたくさん修行したじゃないの。上祐さんなんて特に。

そんな上祐さんが頑張って総括して、色々と裏側も暴露した。四女も色々ぶっちゃけた。

でもさ、全然ダメなんだよね。

しっかり弔うならね、前提として、例えばまず本人が社会から大きく注目を受けていたり、受け入れられている状態から、大衆に分かりやすく語りかける、といったプロセスが必要なの。

修行してもそんなん無理だから絶対。

修行してオウム思想を完全に理解して自分一人だけで完結するオナニー的弔いの話じゃないの。

あなた相当なオナニストだわ。

ばっちぃ。ちゃんと毎日風呂入れよな。

確かにオナニスト傾向は強いと思います。
でも、ここ半年以上は射精しないように努めております。
しかし、我慢汁というか先走り汁みたいなのは出ます。
ドピュッシーはしてません。
朝立ちの時ついいじってしまうんです。そうすると「ヌルッ」としたのが出て
いけないと思ってやめます。

風呂は家にないので、近場の温泉に行くか、となりの家のシャワー使わせてもらってますから、どうぞご安心を(笑)

社会に向けての弔いと言うのはなんか変だなって思います。
そもそも弔うっていうのは、内心の問題ですから。

社会に向けては、ルールを守り真面目に生きていけばいいじゃないでしょうか?
「わたしは、オウム思想を弔いました」みたいな主張は、「私今でもオウムやってまーす」と
変わらないと思いますが。

元信者さん

>社会に向けての弔いと言うのはなんか変だなって思います。

小乗系の人は、皆、そう思うでしょうね。「弔い?は?何言ってるの?」と。そもそも弔う意味をほとんど理解できない。

マークさんのような発想は、社会と本気で向き合おうというタイプの方にしか浮かびません。

が、元信者さんのような自分本位な方にも理解できるように、私なりに説明しましょう。

あのね、もし少しでも自分なりの真理を社会に向けて発信したいのだとしたら、“禊ぎ”が必要です。ヤクザを辞めるなら“指詰める”だとかそれなりのことやってもらわないと誰も納得しねーよ、みたいな話です。

その際、「オウムにもこういうメリットもあったんですよ」なんてことを一言でも発しようものなら、「こいつは全然ダメだ、反省するつもりがない、エゴが残っている」と見なされます。

ですから、徹底的に自己批判する、思想批判する。それも社会の立場に立って、する。

するとね、社会がある程度はそれを認めてくれて、上祐さんや野田さんのようにメディアへ露出する機会が増え、そこでメッセージを発信することで、不特定多数の人に自己の経験を様々な形で還元することができるようになるわけですよ。

しかし、その還元の部分だけを軸にするタイプ、つまり「本当は俺って真理で正しいんだけど大乗の為に本心を偽って世間に謝罪しよう」みたいな自我意識が残っていたら、いつまでも社会は受け入れてはくれないでしょう。

一度、心の底から、自分が学んだことを捨て切った方が、かえって逆に後から自己の経験を他者に還元できてくるんだよ、というお話です。

一方、マークさんは恐らく、社会への還元云々というより、道義的責任といったものが根底にあるように私は感じます。「弔うと社会にも良い影響がある」という発想は二次的、副次的なもの。

多分ですけど、社会と真剣に向き合おうというタイプの方は、「始末を付ける」というか、そういう発想が生まれてくるのも頷けます。

ただ、始末を付けてメディアに露出できる野田先輩は、もうメディアに対してだいぶ消極的になっておられるようですがね。

ちょっと野田さんに聞いてもらいたいのですが、私や元信者さんのように、こうしてこのコメント欄で何かしら発信している背景には、

私達が成し遂げられなかった理想を、野田さんに代わりに果たして欲しいという心理があるのかもしれません。

コメントしている皆は、心のどこかでもしかしたら、野田さんに夢をたくしているのかもしれませんね。コメントを通して、野田さんに影響を及ぼそうとしているのは、その後の野田さんの活動への影響を踏まえたもの、代理戦争ならぬ代理大乗。

よくいますもんね、「いいか野田よ」みたいに語りかける輩。偉そうに語る陰に、打ち砕かれた夢や理想を、まだどこかで少しだけ隠し持っているような、そんな風にも思えてきます。

負けましたからね~、オウムは。派手に。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://alephnoda.blog85.fc2.com/tb.php/1100-6fa71de7

 | HOME | 

プロフィール

alephnoda

alephnoda

野田成人のブログです
メール返事欲しい人は氏名・電話番号必須
ブログ手伝ってくれるスタッフ募集中
メールは上の画像の vv9919662014 @ じーめいる。コム

月別アーカイヴ

2037-12 : 1
2017-09 : 3
2017-08 : 4
2017-07 : 1
2017-06 : 6
2017-05 : 4
2017-04 : 6
2017-03 : 6
2017-02 : 6
2017-01 : 5
2016-12 : 5
2016-11 : 4
2016-10 : 3
2016-09 : 3
2016-08 : 4
2016-07 : 4
2016-06 : 5
2016-05 : 3
2016-04 : 6
2016-03 : 3
2016-02 : 4
2016-01 : 6
2015-12 : 7
2015-11 : 9
2015-10 : 7
2015-09 : 5
2015-08 : 6
2015-07 : 8
2015-06 : 6
2015-05 : 8
2015-04 : 8
2015-03 : 8
2015-02 : 10
2015-01 : 10
2014-12 : 5
2014-11 : 9
2014-10 : 9
2014-09 : 9
2014-08 : 7
2014-07 : 6
2014-06 : 13
2014-05 : 9
2014-04 : 9
2014-03 : 8
2014-02 : 6
2014-01 : 5
2013-12 : 2
2013-11 : 6
2013-10 : 8
2013-09 : 8
2013-08 : 9
2013-07 : 13
2013-06 : 8
2013-05 : 12
2013-04 : 8
2013-03 : 10
2013-02 : 9
2013-01 : 12
2012-12 : 6
2012-11 : 10
2012-10 : 8
2012-09 : 4
2012-08 : 9
2012-07 : 10
2012-06 : 8
2012-05 : 8
2012-04 : 6
2012-03 : 13
2012-02 : 14
2012-01 : 15
2011-12 : 9
2011-11 : 13
2011-10 : 6
2011-09 : 10
2011-08 : 8
2011-07 : 9
2011-06 : 11
2011-05 : 9
2011-04 : 6
2011-03 : 11
2011-02 : 4
2011-01 : 6
2010-12 : 6
2010-11 : 5
2010-10 : 9
2010-09 : 10
2010-08 : 10
2010-07 : 7
2010-06 : 7
2010-05 : 7
2010-04 : 6
2010-03 : 6
2010-02 : 7
2010-01 : 4
2009-12 : 2
2009-11 : 3
2009-10 : 5
2009-09 : 3
2009-08 : 4
2009-07 : 9
2009-06 : 10
2009-05 : 10
2009-04 : 13
2009-03 : 7
2009-02 : 1
2009-01 : 4
2008-12 : 8
2008-11 : 9
2008-10 : 6
2008-09 : 7
2008-08 : 7
2008-07 : 8
2008-06 : 5
2008-05 : 4
2008-04 : 7
2008-03 : 7
2008-02 : 7
2008-01 : 7
2007-12 : 10
2007-11 : 8
2007-10 : 5
2007-09 : 8
2007-08 : 12
2007-07 : 7
2007-06 : 15
2007-05 : 18
2007-04 : 9
2007-03 : 17
2006-04 : 1
2004-03 : 12
[RSS 1.0]  [RSS FEED]

FC2Ad