元オウム教団幹部 野田成人のブログ

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 前回まで、自由シリア軍に参加した青年を題材に考察してきました。一神教自体が、自らのシステムを内部崩壊させる因子を生み出しているということです。そう言うと「(イスラム国に参加しようとした)北大生にしろその青年にしろ、例外的な事例じゃないか?」と仰るかもしれません。ハイ、確かオウム事件の時もそういう話でした。前例のない凶悪事件を起こしたオウム。その末端信者に至るまで例外的な絶対悪として、マスコミも識者も断罪しました。少しでもオウムを擁護しようものなら、「お前もオウムか?」という目が向けられるという、魔女狩りのような空気が充満していたのです。

 これに対して小生は、一神教の善悪二元論的な勧善懲悪の思考が、現代の社会システム自体を崩壊に至らしめる「凡庸なる悪」ではないかと危惧するわけです。異端・異物を排除してしまおうという空気が、巡り巡って悪を蔓延らせてしまうというのが本記事内容。

 実はフジテレビの取材受けたんです。放映されるかどうかはまだ分かりませんが、オウムとイスラム国の類似性を述べるという内容だったので、まずその話から行きましょう。一つの側面として言えるのは、物質主義に対する精神主義ということです。地球全てを席捲しつつあるグローバル資本主義という物質主義、それに対する対立概念としての精神主義です。もう一つの切り口は、既存価値観に対する破壊衝動ということです。もの凄く幼稚な表現をしてしまえば、

「現状が悪だから、(それを破壊するという)別の正義に飛びついた」

という一神教の善悪二元論的な思考です。

 こういうと皆さんは、

「ああ、やっぱりこいつらは幼稚だ、バカだ、狂っている」

というかも知れません。しかしこれも全く同じ一神教の善悪二元論的思考・勧善懲悪思考です。既存価値観に対する破壊衝動、これ働いているほとんどの大人が大なり小なり抱えていると思うんですね。単純に言えば「仕事のストレス」ですけど、それを外側にぶつけることにより、玉突き式に弱い立場の人間が追い込まれてしまう(下の方子供のいじめも見て下さいね)。そういう空気が世の中蔓延しているということです。自由シリア軍の青年にしろ、「死ぬつもりだった」という北大生にしろ、追い込まれた立場にあったと言っていいんじゃないでしょうか。

 オウムは麻原を一神教的な絶対正義とし、相対的に社会を悪と見なして武装化し事件を起こしてしまいました。しかし社会の側も同じく一神教的な善悪二元論思考なのです。

 今回オウムより更に巨大な「悪」であるイスラム国の脅威が目の前にあります。小生は、オウムについては社会の縮図であり、またイスラム国含めたイスラム過激派については「欧米至上主義を掲げるアメリカ(欧米)の政治的・文化的侵略が生み出した」と述べました。オウムもイスラム国も、問題の根源は同じであり社会の普遍的な価値観に潜んでいると考えます。すなわち、その集団の構成員にとっての当たり前の正義を追求しつづけることにより外側に悪を見出し続けているということです。集団の構成員とは、オウム・イスラム国だけではなく、社会一般も同じであるところがミソですが、ご理解頂けますでしょうか?

 現代日本人にとって当たり前の正義、当たり前の価値観とは、資本主義と民主主義と言ってもよいでしょう。しかしこれを生み出したのは、キリスト教のプロテスタントであり当然一神教的な勧善懲悪の父性原理を内包します。この欧米によってもたらされた価値観は、いくつかの戦いに勝利して正義の座を勝ち得てきました。第二次世界大戦においては、全体主義・ファシズムとの戦いであり、戦後の冷戦構造下においては、共産主義との戦いでした。そして冷戦後は、テロとの戦い、そして今回のイスラム国です。このままアメリカ型の資本主義と民主主義は、拡大しつづけることができるのか、という問題です。

 対テロ戦争とは別の視点から考えます。資本主義がこのまま右肩上がりの経済成長を続けられるのか、と言う点については、少なからぬ方が疑問を抱いているのではないでしょうか?日本はバブル崩壊後、失われた20年を経験して来ました。「アベノミクスで景気が復活した!」と考えている人は一体どれだけいるでしょうか?かつての電子立国日本を支えてきた電機メーカーが、円安でも軒並み苦戦しているわけですが、ここに来てスマホ最大手サムスンすら危機に直面しているとの報道(サムスンショック)。要するに、スマホも含めてあらゆる商品がコモディティー化しているのです。コモディティー化した商品は、中国やそれに続く発展途上国に仕事を取られるだけです。いや商品だけではありません。労働力もコモディティー化、つまり均質化しているのです。企業にとっては、どの人材を使っても同じ。できるだけ従順で使いやすい奴隷のような人材が求められます。就職活動は社畜になる競争です。小生は、通貨という現代の神が支配する奴隷制度だと思います。

 前回述べた子供のイジメは、この労働力コモディティー化と関係があります。人間が均質化されていっているんです。派遣労働者として均質化・コモディティー化した労働力商品として仕事では表面取り繕って、家に帰ったらネットで憂さ晴らししている大人。その背中を見て、子供も表向きよい子で、裏でいじめをするんでしょう。DV(家庭内暴力)の件数も増えてますから、結果離婚で片親になれば子供はそれだけでも自暴自棄になり破壊衝動を膨らませます。ということでイスラム国予備軍が大量生産中なのです。ビリヤードの玉突き式に悪が発生するところは、よくよく考えないと分かりづらい。

 ところでこの労働力の均質化・コモディティー化ですが、どっかでよく見た光景です。そうです、オウム信者です。自分で思考せず、グルのコピーになるべく、上の指示に唯々諾々と従う。みなさん、オウムを憎みながら、オウム信者そっくりになっているんです。「日本はますますオウム化する!」って、拙著(革命か戦争か)の帯カバータイトルだったんですが、ハイ、ここでまたいつものニーチェです。

「怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ。
 汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである。」

(つづく)

コメント


日本最大の宗教の信徒に対するのは容易ではありません、表向きに逆らえばリンチ殺人されます

僕の職場の99%はオウム信者全員即死刑、刑務所で飯を喰わせる税金が勿体無い、
としか言いません。つまり何も道理や経緯や理屈を考えていません。ザ・ワイドの草野さんの情報を善と悪の二元に区分する作業のみを脳で行っています。カルトではありませんが、日本ワイドショー真理教に皆入信しておられ、草野さん・みのさん(あたり)が教祖・尊師・グルでそのグルを動かしているのはもしかしたら電通→アメリケ合衆国という構図かもしれません(確信は持てません)。

2ちゃんと同じです

仮にオウムが絶対悪でないという論理的整合性を持った意見を語ったとしても、
そのときには、アイツは「オウム」だキチガイには関わるな、2ちゃんでいう「在日乙」、
それで話は終わります。彼らは白と黒を塗れさえすれば終了で、いったん塗れば、あとはいかなる手段を用いても黒を殺す消す倒す、ことが次の作業になります。新たな考えを聞いて考えを一度くだされた裁定を変更することはまずありません。

腸内細菌は悪でもない善でもない細菌が多数を占め
残りが善玉菌と悪玉菌のバランスで人は生きています。

悪玉菌が増えすぎると病気になるというのは理解できると思います。
しかし、悪玉菌を全滅させると、人の抵抗力が落ち弱くなってしまうそうです。

人間社会にも当てはまることで、悪人がある程度いることで
人は耐え忍び、ストレスに対する抵抗力をつけるのです。

そうしてみると、悪や善など外側の現象にあれこれジャッジメントすることの
バカらしさが分かると思います。







現役から、こんなの送ってきたよ。
10月4日に合同会議名でお供物班の2名への除名処分が決まりましたが、お供物班の2名から以下のメッセージが送られてきました。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

 これまで、お供物班からは、9月5日、9月6日と2回にわたり、教団本部へ内容証明郵便を送達し、お供物工場の会社に関する書類の返還を求めてきました。ですが、未だに領収書以外の必要書類が返されていません。そればかりか、お供物工場からの依頼で無償で経理を担当してくれていた方が、内容証明送達後に突然、会社経費の銀行口座からおよそ300万もの現金を引出してしまいました。この経費は、もちろん、お供物工場稼働のための光熱費や材料の購入費として使われるべきものです。

 このままではお供物を作り続けることが困難になると判断した私たちは、越谷裁判所に対して、書類の返還を求める仮処分の申請を行いました。

 そして、10月1日、経理の本部である越谷に対して、越谷裁判所による強制執行がなされたのです。しかし、執行官が越谷に出向いても、経理担当者は、領収書数枚以外の書類や通帳を提出しませんでした。

 これは、強制執行妨害という刑事罰にも相当する行為で、もし私たちが被害届を提出すれば逮捕者が出ることになるそうです。また、銀行から勝手に現金を引き出したことについては、実は、被害届を出すように銀行から勧められてもいます。ですが、逮捕者を出すことが私たちの本意ではありません。そのため、現在は、お供物を作り続けるために、私たちと教団双方の弁護士同士で返還を協議してもらっている状況が続いています。

 また、私たちは、10月4日付で教団からは除名処分を受けました。けれども、私たちは何ら除名処分に値するような行為をした覚えもありません。ただ、お供物を作り、神々へ供養したいだけなのです。

 教団が「お供物を作るな」という指示をだしている以上、それでも「お供物を作り続ける」ためには、最低限与えられた状況内で、お供物工場を存続し、その中で作り続ける以外、方法がありません。

 わたしたちは、ここに居られる限り、お供物を作り続けていくつもりです。

(お供物班からのメッセージ ここまで)

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

======================
教団への仮処分の執行
======================

 なぜお供物班が仮処分の申請という手段をとったのか、にわかには理解しがたい方もいらっしゃるかもしれませんので若干説明を加えます。

 お供物工場をできるだけ長く稼働させるためには、経費を早急に回収する必要性がありました。そして宗教性を無視して暴走する合同会議からお供物工場を守り続けるためには、会社の重要書類を破損されずに取り戻す必要性がありました。

 でも、それだけではなく、実はお供物班が返却を要請していた重要書類の中に、日付と譲渡の相手方を「白紙」とした株式の持分譲渡契約書が含まれていたのです。

 これは、お供物班2人の「株式持分を譲渡する」とした書面で、日付および、譲り渡す相手方が「空欄」になっているものです。つまり、この書面を持っている者は、いつでも、自分の都合のよいように、日付と譲り受ける人物の名前を書き込むことができたのです。このような形式の書類は、一般的には信義則に反し、悪質とみなされることがよくあります。
 もしこの白紙の株式の持分譲渡契約書が使われてしまったら―ーお供物班はお供物工場を失い、お供物を作り続けることができなくなってしまいます。

 そこでお供物班が教団に対して行った仮処分の執行というのは、強制力が強く、その執行を拒むことはできません。それだけに請求する側に正当性があると裁判所が認めた場合にしか「執行」されないものです。

 今回、教団に対してこの強制執行がなされたということは、お供物工場の主張に相当の正当性があり、緊急にその請求を認めて保護する必要性があると、裁判所が判断したということなのです。

これも、そうみたいだよ。

パーモッジャン・ナッチャー
           パティンジャハ・ムッター
           ヴァナタマーヤー・パンニャッタ・ムッタ・デーヴィー

 9月6日付けの私たちに対するお知らせに関して3人の思いを書きました。

1.8月の合同会議で決められた、私たちの修行入りの理由は曖昧で、あまりにも法則を無視したものでした。
 そのため、、再三に渡って、運営委員会に対して、具体的な理由を明示してほしいと要請をしてきましたが、いまだ、その解答は来ていません。

2.道場側の主張した修行入りの理由は、グル外しと2名の方の除名を助長させたということでしたが、納得いかないことばかりでした。その上、正悟師から届いた修行の条件は、無期限で懲罰的な内容でした。

 私たちのグルは尊師であり、存命中はいかなる場合もグルは尊師です。それ以外の方は、例え猊下であられても、有りえないことです。

 これはマルパの生涯の中に出てきます。

 グルであるナーローパは、眼前の空にマルパの個人的なイダムのヘーヴァジラのマンダラを現し言った。

「お前はわたしに礼拝するか、このイダムに礼拝するか。」マルパは生き生きと鮮やかなマンダラに礼拝した。

ナーローパは言った。
 グルが存在する以前には
 サキャ神賢の名前さえ聞かれなかった
 1000カルパのすべての覚者方は
 ただ、グルゆえにやってくる
「このように言われているように、このマンダラはわたしの化身である。」
そして、イダムは、グルの心臓に溶け込んだ。

 このようにグルに礼拝しなかったことが過ちとして説かれています。その過ちによって、マルパの後継者は息子とはなりませんでした。
 また尊師の説法においても、グルが亡くなった後でも、生前のグルに対する愛着や帰依の残っている弟子の方が、直ぐに切り替えて今のグルに従う者より、帰依に於いて優れているという説法もあります。

 よって、現時点で猊下がグルということは有りえません。ましてや「鏡輝を中心とした子供たちをわたしと観想し・・・」の尊師のお言葉に従えば、G猊下お1人がグルとして教団に関わられることは、尊師のご意思ではないと思います。すくなくとも猊下お2人揃って、戻られることが尊師のご意思だと思います。

3.運営委員会のメンバーであったVP師・MR師は、運営会議において何度も止められていたG猊下に関するさまざまな問題を、直接合同会議でぶつけることが、皆に真実を伝える唯一の方法だと思い、教団がおかしくなることを防ぐため、問題提起をしていました。その審議中、修行入りを言い渡されたため、提議人であり、当事者である彼女らが参加するかしないかの検討が4月の合同会議で行なわれました。
2時間に及ぶ意見交換がなされ、まず3択による多数決が行われました。

その内容は以下のとおりです。

 (1)合同会議に出る権利がある
  ※制限なし                7名(1回目)
 (2)傍聴はいい。
  ※自分に関係するところは許可を得た上で発言権あり、議決権はなし
                       8名(1回目)→15名(2回目)
 (3)長期修行中なので、合同会議に出ない。
  ※但し自分に関係するところは参加・発言あり8名(1回目)→8名(2回目)

その結果(2)・(3)の2択で、再度多数決が行われ(2)に決定しました。

 7月・8月の合同会議で、上記の採決において、(1)に挙手をした人が、除名を助長させたという理由で責任を問われ、個人攻撃を受けその結果修行入りとされました。

 更に、長期修行入りが決定された経緯は、まず、議決は全会一致を旨としていたため、反対者2名がいても、それをビルパ師によって勝手に無効票と決めつけ排除されました。また、会議に参加していた私たち3名とバッダジ師も初めから決議権を剥奪されていました。この状況で無理やり全会一致として可決されました。一方的で原則を捻じ曲げるものでした。

 上記は、不衰退の法則に反する出来事です。よって、このようなとんでもない理由で修行に入るということは、グルの教えが実践できない方向に行ってしまいかねませんのでお断りせざるを得ませんでした。

 現在の合同会議は尊師の法廷裁判のような茶番劇が繰り広げられています。
皆さんはこの現状をどのように考えられるでしょうか?

 私たちは、このような法則から外れた合同会議の決定には到底従えません。

4.最後に、VP師及びMR師の除名について私たちの思いをお伝えいたします。

 私たちは、除名に反対しました。グル(尊師)でもないのに、長年一緒に法則の実践をしてきた法友を除名(破門)にするなど到底出来ることではありません。法友が間違った時には、それを保護し、尊師の許しが出るよう気遣うことが修行者としての取るべき態度だと、サキャ神賢は説法でおっしゃっています。

 私たちは尊師と伴にこの道を進んで行きたいと思っています。

 最後までお読み頂きありがとうございました。皆さんもよく考えて、自分の信じる道を心のままに進んで頂けることを願っています。

他言を訂正する者

>>元サ

>また尊師の説法においても、グルが亡くなった後でも、
>生前のグルに対する>愛着や帰依の残っている弟子の方が、
>直ぐに切り替えて今のグルに従う者より、
>帰依に於いて優れているという説法もあります。

「説法もあります」ではなくて「帰依に於いて優れている」が正解です。

「創造されたものは維持され破壊される」という宇宙の法則

破壊神シヴァ神を奉じる教団の破壊プロセスが順調に進んでいるみたいですね。




ニノミー教団の意向なんか完全無視して

言いたいことは言えばいいし

やりたいことはやればいいよ\(^o^)/


「教団が「お供物を作るな」という指示をだしている以上、それでも「お供物を作り続ける」ためには、最低限与えられた状況内で、お供物工場を存続し、その中で作り続ける以外、方法がありません。

 わたしたちは、ここに居られる限り、お供物を作り続けていくつもりです。」

「私たちのグルは尊師であり、存命中はいかなる場合もグルは尊師です。それ以外の方は、例え猊下であられても、有りえないことです。

「私たちは、このような法則から外れた合同会議の決定には到底従えません。」

「私たちは尊師と伴にこの道を進んで行きたいと思っています。」


言いたいことやるぜ~♪

やりたいことやるぜ~♪

それがホタテの~

それがホタテの~

ホタテのロックンロール\(^o^)/♪


「ホタテのロックンロールREMIX 」
https://www.youtube.com/watch?v=7j1y_h9QyKs

それではみなさんまた会いましょう

本日の提供は

http://fast-uploader.com/file/6969627239220/

でお送りいたしました

皆さん待望の除名関連コメでたので、本文中のはすべて削除

一応ふざけ半分ではなく教学していることをここに証ます

みなさんも教学頑張ってください

http://imgs.link/OxCZxI.jpg

偉大なるマホトマの言葉

眠れない者どもは偉大なtなるマホトマの言葉を聞きなさい

http://fast-uploader.com/file/6969638856542/

ジハード(聖戦)とコーランとイスラムの教え

ムハンマドは「ジハードをし、開放せよ。断食し、健康を得よ。旅に出て儲けよ」と述べている。
『コーラン』第9章第5節には「だが、4か月の神聖月があけたなら、多神教徒(後にゾロアスター教やヒンドゥー教、仏教を奉じる人びとまで一神教を奉じる民と同様に扱われるようになった)は見つけ次第、殺してしまうが良い。ひっ捉え、追い込み、いたるところに伏兵を置いて待ち伏せよ。しかし、もし彼等が改悛し、礼拝の務めを果たし、喜捨も喜んで出すようなら、その時は遁がしてやるがよい」という文言、また第9章29節に「アッラーも、終末の日をも信じない者たちと戦え。またアッラーと使徒から、禁じられたことを守らず、啓典を受けていながら真理の教えを認めない者たちには、かれらが進んで税を納め、屈服するまで戦え」という文言があるように、当初、ムスリムとの戦いに敗れた多神教の信者は死か、改宗か、もしくは貢税を求められた。それに対し、「啓典の民」は服従と納税が強制された。また、「啓典の民」はのちに拡大解釈が行われ、ゾロアスター教やヒンドゥー教、仏教を奉じる人びとまで一神教を奉じる民と同様に扱われるようになった。
『コーラン』第8章15節「信仰する者よ、あなたがたが不信者の進撃に会う時は、決してかれらに背を向けてはならない」、および16節、「その日かれらに背を向ける者は、作戦上または味方の軍に合流するための外、必ずアッラーの怒りを被り、その住まいは地獄である。何と悪い帰り所であることよ」。
ジハードにおける献身をたたえ、その忌避を戒める『コーラン』の章句は、第47章4節「あなたがたが不信心な者と戦場で見える時は、かれらの首を打ち切れ。かれらの多くを殺すまで戦い、捕虜には縄をしっかりかけなさい。その後は戦いが終るまで情けを施して放すか、または身代金を取るなりせよ。もしアッラーが御望みなら、きっと御自分でかれらに報復されよう。だがかれは、あなたがたを互いに試みるために戦いを命じられる。およそアッラーの道のために戦死した者には、決してその行いを虚しいものになされない」、および第48章16節「あと居残った砂漠のアラブたちに言ってやるがいい。『今にあなたがたは、強大な勇武の民に対して戦うために召集されよう。あなたがたが戦い抜くのか、またはかれらが服従するかのいずれかである。だがこの命令に従えば、アッラーは見事な報奨をあなたがたに与えよう。だがもし以前背いたように背き去るならば、かれは痛ましい懲罰であなたがたを処罰されよう』」とある。
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『異教徒は探し出して殺せ』

このような教えを説く宗教はもはや宗教とは呼ばれない。
コーランは大規模なテロリスト集団のマニュアルである。

異教徒とは、煩悩や幻影の隠喩です。
つまり、己の中に潜む煩悩や幻影に囚われず
捨断しなさいと、ムハンマドはおっしゃったのです。

愚か者は誤解し外側に意識を向け、そして自滅する。

イスラムのマニュアル「コーラン」の説く淫らな「天国」と教典内容の信憑性

イスラムにおける天国は、信教を貫いた者だけが死後に永生を得る所とされる。イスラム教の聖典『コーラン』ではイスラムにおける天国の様子が具体的に綴られている。
そこでは決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しみ、フーリーと呼ばれる永遠の処女と性行為を楽しむ事ができる。

このような教えはおよそ宗教性を欠いた俗物的な資本主義的な価値観と相違無い。少なくともヴェーダの系譜の宗教とは思われない。俗物的な教祖や指導者が信者を操るために思いつきで吹聴した虚実である可能性が大いにあり、怪しむべき教えである。

ブッダの教えとコーランの比較

「ブッダの真理のことば・感興のことば」の中で、ブッダは「 仏弟子は天上界の快楽にさえもこころ楽しまない。正しく覚った人の弟子は妄執の消滅 を楽しむ。」と説く。
反し、コーランでは「天上界で決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しみ、フーリーと呼ばれる永遠の処女と性行為を楽しむ事ができる。」と説く。
これだけをもってもいずれの教えが正しいかはともかく、この2つの教えは相反する真逆の教えと考えることができる。

聖典は文字通り理解するものばかりではなく
暗喩的表現もあり得る。

酒池肉林の天国というのも
愚か者トラップとして捉えられる。

戦え・殺せという表現は、煩悩に服従するな。幻影におびえるな。
恐れず、勇敢に対峙せよ。

そのように捉えると、聖典は価値あるものとなるでしょう。


酒・SEX・肉食の快楽の位置づけの逆転

酒・SEX・肉食の快楽を楽しみと説くコーランの教えと、それは苦痛であると教える仏教。布教のための殺人を善行と説き、布教のために殺されても喜べ、と説く仏教は、数多くの点において全くの逆の教えと考えるのが妥当であると思われる。

イスラムにも賢者がいることは疑いようがない。
彼らはつつましく暮らし、貧しいものを助け、瞑想に親しむ。

イスラム=悪だ!一神教支配だ!

このような捉え方こそ捨断しましょう。

イスラム教圏の多くの人々は、日本人に敵意を向けていない。
異教徒であるにもかかわらず。

むしろ、こちらが気づかない日本人の美点を評価してくれたりする。

教典鵜呑み主義はやめよう。

それではイスラム過激派と同じだ。


イスラムの人はなぜ日本人を尊敬するのか

イスラムの人はなぜ日本人を尊敬するのか
http://homepage3.nifty.com/morrio/back1/islam/miyataislam.html

イスラム教徒の中に、異教徒である日本人が大好きな人が多いのは何故ですか?

イスラム教徒の中に、異教徒である日本人が大好きな人が多いのは何故ですか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12110864022
イスラム教徒やアラブ人の中に、
 アメリカを激しく憎む人たちがいるのはなぜですか?
http://muffin-net.com/kinkyu/index3.html
日本という国を心の底から尊敬しています :) サウジアラビア
http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-959.html
イラン・シーア派最高権威、「日本は経済や政治の同盟国」
http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/45947-%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%A2%E6%B4%BE%E6%9C%80%E9%AB%98%E6%A8%A9%E5%A8%81%E3%80%81%E3%80%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%82%84%E6%94%BF%E6%B2%BB%E3%81%AE%E5%90%8C%E7%9B%9F%E5%9B%BD%E3%80%8D
「日本は理想郷」と信じているイスラムの人たち 歴史的にも文化的にも尊敬されている日本
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39400

補助参考・参照用URL

なぜ日本はいまだに近隣諸国から嫌われるのか
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7691039.html
世界中で嫌われている? 韓国の世界の印象
http://kdgkkxmjfd4.seesaa.net/article/378190762.html
なぜ中国人は世界で嫌われるのか?
http://www.sinkan.jp/news/index_4561.html

いろいろ資料さがしてきてくれてありがとう。
日本人もイスラムの人たちから学ぶことがあると思う。

相互扶助・弱い人に対する慈悲・高い精神性に対する尊敬など。
彼らが憎むのは、強欲、傲慢、独りよがりなど
仏教でも禁じられていることでもある。

中国人、韓国人には、そういう人が多く
世界中で我欲のままふるまい、現地の人たちから嫌われているようですね。

結論総括

個人的には
コーランで説く「天上界で決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しみ、フーリーと呼ばれる永遠の処女と性行為を楽しむ事ができる。」という報償、報いには全く興味が無い。
宗教的にはイスラム教に魅力は感じない。
また原理主義派イスラム人と、そうでないイスラム人の相反する極端な2種の人々の存在を忘れてはならないこと(混同しない)。、

それだからといってイラン人やイスラム人が嫌いという訳では無い。
ただ安全保障的には「彼らはよく盗難したり嘘をつく」という印象が少しあるので(逆に一目で誠実とわかるタイプの人もいるが)信頼が築けるまでは(友人関係としての)相手とのセキュリティには少しだけ気をつけたいと考えている。

いえいえこちらこそどうもありがとう

>>いろいろ資料さがしてきてくれてありがとう。

いえいえ。
私もできるだけ思いこみと論理だけでなく客観的に資料に基づいて結論を出すべきと考えたからです。 そういう作業がないと対話相手との意思疎通は好き嫌い善悪水かけ論になってしまいます。

この人はオウム止めてもアレフ止めても止めなくても今生で解脱するような気がします

http://fast-uploader.com/file/6969668902650/

《解説 ヨーガ・スートラ》

1-21 解脱を求める強い熱情をもつ行者たちには、無想三昧のの成功は間近い。

1-22 強い熱情という中にも、温和、中位、破格の三つの程度があり、それに応じて、三昧の成功の間近さに差異がある。


> 聖典は文字通り理解するものばかりではなく
> 暗喩的表現もあり得る。


なるほど、
そういえばそうですね。

道教書や密教経典なども文字通り実践してはいけないと言うことになりますな。

経典原理主義

経典原理主義(笑)
http://fast-uploader.com/file/6969677664824/

何故イスラム原理主義過激派がいるのでしょう?

それはコーランに『異教徒は探し出して殺せ』等々が記述してある以上どうしようもないことです。
イスラム原理主義過激派信者に文句を言うのは筋違いで、コーランを記述した人に罪の追求をすべきです。

それだから私は、内容に『異教徒は探し出して殺せ』 と書いてあるような経典に帰依することはできません。私はこの国に在住する以上、日本国憲法原理主義者でもあるからです。したがって刑法、憲法に抵触するような内容が説かれている経典には帰依しません(笑)。

バガヴァッド・ギーターに記述してある「戦争やれ」というのは

あれは明らかに喩え話(実際に人間同士が殺しあいをせよという意味ではない)として解釈可能ですが、コーランの『異教徒は探し出して殺せ』の前後の説話の具体性や脈略から、あれを喩え話と解釈できる人はちょっとそういう人がいたらどういう喩えか聞いてみたいものです。
また、もし正当な「コーランのあそこの説示の意味はこういう喩えなんだよ」という文言があれば、イスラム社会は直ちにそれを世界にふれてまわるべきです。そうでなければ確実に世界から誤解されます。

イスラム教/コーラン聖典の寛容は非寛容(コーランの第9章5節「剣の節」)によって破棄されたという見解

コーランのなかには戦争を唱える箇所もあれば平和を唱える箇所もある、ということらしいが、「じゃあやっぱり戦争を唱える箇所が<在る>」という話になる。
どちらかといえば(せっかくの)コーランの寛容章を『敵を許してやりなさい』というコーランの教えの多くの章を『多神教徒は見つけ次第殺せ』 第9章5節が打ち消している、
という見解があるそうです。 

http://52133480.at.webry.info/201106/article_2.html

また
「そのような者と出くわしたらどこでも戦え。そして彼らが汝らを追い出した場所から(今度は)こちらで向うを追い出してしまえ。もともと(彼らの引き起こした信仰上の)騒擾は殺人よりもっと悪質であったのだ。だが(メッカの)聖殿の近くでは、向うからそこで戦いをし掛けてこないかぎり決してこちらから戦いかけてはならぬ。向うからお前たちにしかけて来た時は、構わんから殺してしまえ。信仰なき者どもにはそれが相応の報いというもの。」

この具体性のある、使用名詞、「者ども」と他者(人間)の複数形を用いている『殺人よりもっと悪質』という生々しい表現など、
コーランの『異教徒は探し出して殺せ』 の説示を(内的自身の世界における殺せの意味の)喩えとしてかばうにもちょっとかばい切れない。
もし「これは喩えだから」を有効にすればおよそこの世の何でも「これは喩えであって私はそんなつもりでいったのではない」が通る話になる。


『絶対神の御名によって異教徒を殺す事は、悪神によって汚れた霊魂の救済につながる恵みとなる』、とこれはポア思想そのもであるが、もともとはキリスト教原理主義者の唱えていた事らしい。旧約聖書を読むと、イエス登場以前の章は、はっきりと、「xxxxは石を投げて殺害しなければならない」、等々の文言が多々見られる。
臨済の、 「仏に逢うては仏を殺せ(喩)」とは明らかにその殺しの意味が異なっている。

多くの見解を真剣に期待して探したが
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%80%8E%E7%95%B0%E6%95%99%E5%BE%92%E3%81%AF%E6%8E%A2%E3%81%97%E5%87%BA%E3%81%97%E3%81%A6%E6%AE%BA%E3%81%9B%E3%80%8F+%E4%BE%8B%E3%81%88&biw=853&bih=577&psj=1&ei=-xdKVNX7Gdb48AWh8IL4Dw&start=10&sa=N#q=%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3+%E3%80%8E%E7%95%B0%E6%95%99%E5%BE%92%E3%81%AF%E6%8E%A2%E3%81%97%E5%87%BA%E3%81%97%E3%81%A6%E6%AE%BA%E3%81%9B%E3%80%8F+%E4%BE%8B%E3%81%88&start=0

『異教徒は探し出して殺せ』 の句をかばう相応しい答えは無かった。
探せば探すだけ『異教徒は探し出して殺せ』 の殺せは「他者殺害」という意味であることを確信させるだけであった。

ヴァジラヤーナ思想もポア思想も歴史的にみれば、敬虔なカトリックキリスト教徒、イスラム教徒がむしろすばらしい行為として誇りを持ってやってきたことであった。
あたりまえに説かれそれを聞く者も異議を唱えなかったことなのである。
今日の平和、個人主義蔓延、人権尊重というヒューマニズムが過去の由緒正しい神聖な行為を巨悪よばわりしているにすぎない。つまり時代が環境が急速に変化し、それに対応できなかった(しなかった)、と言える。

しかしながら古典仏教やヴェーダ聖典の系譜では禁戒の中に「不殺生」が既に在り
同時期にあって他の宗教とは別格な宗教だったのである。
しかしキリスト教/聖書もイエス登場以降の項は「殺す無かれ」に全面改訂がなされている。
イスラム教徒の中に聖典に全く新しい教えを付記修正するレヴェルの革命的なイエスキリストのようなカリスマが今日まで誕生しなかった、ことも1因であると考える。

不殺生も文字通り解釈すると
生きてはいけない。

生き物を殺すなかれ?
生き物を殺したのをいただくことによって、我々は生きていられる。

植物も生き物です。

果物の場合、種をまき散らしてもらうために「食ってくれ」と言っている。
果物だけで生きていけるならそうすればよい。

つまり、この不浄なる肉体を捨てる覚悟を持ちなさい。
と、ブッダはおっしゃっているのです。




戦って死ぬ人は、少なくとも己の肉体を捨てた。
戦争は殺生だから反対。

どちらが高い世界に行くかは、前者だと思う。

好んで戦うのは煩悩だが
やむにやまれぬ捨身の心で、勇敢に戦いなさい。

臆病者は恐怖を克服できないままだ。
勇者のみ恐怖を克服する。

ブッダは、他のために肉体を捨てる実践をされた。
しかし、スマサナーラは溺れた人を助けようと川に飛び込む人を
無智だと言った。

仏教教典は、ともするととんでもない糞尿を生み出す可能性がある。
仏典に精通した糞尿製造機。

そうはなりたくないものです。

武士道とは死ぬことと見つけたり。
と、
ブッダの死を恐れない平安の境地は同じ。

ただ、方便が違うだけ。

両者ともエゴを超えている。
聖典はエゴを超えるための案内標識。

間違って読むと道に迷う。

内部で訴訟合戦とはこはいかに

ちょっと外部からは理解しがたく、教団の内部で、訴訟を起こしているのは非常に奇異に感じるのですが、ちょっと解説をお願いしたいです。

上記の供物の件もそうだし、前にWが次男を提訴したとか、今回長男が教団を提訴したりとか。一つの組織の「内部」なんですよね。長男も教団の金で生活してきたわけですよね。内部での争いごとを、外の制度を借りてやる、オウムが否定していた社会制度を使って、外部の弁護士を巻き込んで、争いごとを起こす。通常の会社だったら裁判沙汰というのは極力避けるわけで。外部に醜聞を撒き散らして、教団全体としてはマイナスなのでは? 「お供物を作り続けるために」って、外から見れば、はぁ?という感じで、内部で話し合って解決すればって感じなのですが。

>訴訟

教団に強力な影響力を持っている人が外部にいるから訴訟ということになる

現段階では、
訴訟したやつは、
除名されたやつか
最初から外部の人


麻原彰晃さんの長男が裁判する、4000万円を求めるとか、

これは僕は離れて見てるからのんきでおれますが、

当事者の人たちは大変だろうなあと思っています、

僕だったらたえられない、逃げたくなりそうというか、

「苦しみたくない」と思っています。

みんなが幸福に長生きしてほしいですし

みんなが幸福な輪廻転生をしてほしいと思っています。
                       草々

除名された二人

あるとき埼玉の某店でバッタリ出会った。
群衆の中でこの二人の周りに霞がかかってるような
牡鹿半島とか金華山辺りのよくある風景でマイナスイオンが霧みたいになって山を覆ってるような
なんというか人間離れしていました。

二人の空間だけ別世界なのです。
神々しくて目にしただけで澱んだ心が浄化されました。

埼玉にいたときはたまにオウムの人とバッタリ出会いましたね。
南越谷のバリエ二階では次女を見かけました。

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